『B級昇格、おめでとうございます!』

絡新婦の妖怪調伏から三ヵ月後、一樹はB級陰陽師に昇格した。陰陽師協会から連絡があった日に沙羅からも祝福のメールが届いて、ようやく一樹は昇格を確信した。

県内外の自治体の首長、様々な団体の代表からも、協会経由で沢山の祝電が届き、世間の上級陰陽師に対する扱いも知れた。


B級の定数は六四人で、都道府県の統括者が四七人、残る一七人は大半が未来の統括者だ。

B級は不足しており、現在の統括者には、実力がC級上位も少なからず混ざっている。

残る一七人はB級の実力者だが、単純計算すれば、四七都道府県に一七人しか後継者が居ない。一人は五鬼童本家の長男で、A級候補であるため、全員が未来の統括者に成るわけでもない。

県内の最大戦力がB級とC級とでは、B級の大鬼やC級の中魔が出た際の対応は全く異なる。

自衛隊などと協力、あるいは単独で早期に対応できそうなのがB級陰陽師で、県民を逃がしつつ他県に助けを求めなければならないのがC級陰陽師だ。

しかも他県から応援に来る陰陽師は、自身の安全を最優先して、無理はしない。

なぜなら統括陰陽師が責任を負うのは、自身が統括する地域だからだ。他県を助けるために無理をして、自身の統括地域が危険に晒されては本末転倒である。

そのため隣接する複数の都道府県からB級が集まって、ようやく対応に入ることなどザラである。場合によっては、わざと遅れて来ることもあるだろう。

なにしろB級が居ない地域は、自身の統括地域に大鬼が出たときに、増援を出してくれない。より正確には増援を出せないのだが、返されないと分かっている貸しは、小さくて十分なのだ。

すると被害は拡大するし、複数の上級陰陽師を緊急で呼べば、依頼料も高く付く。

それでいて助けられた県は、遅いと文句も言えない。そんなことを口にすれば、次は来てもらえないかもしれないのだから、頭を下げ続けるしかない。

B級を抱える県と、C級しか居ない県とでは、それほどの差がある。


現在はB級が居る県も、いつ殉職されるか分からない。

そのため将来の統括地域が未確定のB級陰陽師は、ぜひ懇意になりたい人材だ。

本人が所属してくれれば最高だが、懇意になって手を貸してくれるだけでも有り難い。

B級陰陽師が一人居るだけで、隣県に増援すれば恩に着せられるし、隣県と派遣し合えば安全なうえに貸し借りも無しに出来る。

それに遺伝要因と環境要因の双方から、B級陰陽師の子供はB級陰陽師に成り易い。現在のB級陰陽師の大半は、親も上級陰陽師だった。B級陰陽師に強いコネがあれば、複数の子供がB級になったときに、招ける可能性が上がる。

祝電一つの手間で、B級陰陽師を招聘できる可能性が高まるのだから、各都道府県から祝電が殺到するのも道理だった。

「見なかったことにしよう」

沢山の祝電が届いたとの文面を一読した一樹は、協会からのメールをそっと閉じた。

すると程なく、スマホにもショートメッセージが届いた。

それに対して一樹は、流石に眉を顰める。

「スマホへの連絡は、緊急だけにしてくれ」

父親や蒼依、普段から連絡してくる沙羅ならば構わないが、そのほかが祝電を送る程度であれば、現状では多すぎて迷惑だ。それでも緊急かも知れないので、一樹は仕方が無く確認した。

『困っているから助けて』

緊急性は不明だったが、今度の一樹はメールを閉じられなかった。

メールの発信者は、一樹の実妹だった。


一樹の両親が離婚したのは、一樹が小学三年生、妹が小学一年生のときだ。

長年の困窮を招いた父親の見栄や、物事の優先順位の間違いが、主たる離婚理由だと一樹は認識している。食事が給食だけの日を経験していれば「パパ、ママ、喧嘩しないで」と言ったところで、無意味なのは明白だ。

それでは呪力の高かった一樹が、父親の代わりに鬼退治をして稼げば良かったのか。

いかに呪力があろうとも、まともな式神符を作れない段階で戦場に赴けば、単なる餌であろう。そうなれば妖怪に魂を吸収されて、共に地獄墜ちとなる。

二度の地獄墜ちは絶対に避けたかった一樹の結論は、「どうしようも無かった」となる。

離婚の際、母親は一樹と妹を同時に引き取ろうとした。

だが輪廻転生の経緯から、陰陽術を覚える必要があった一樹は、父親に付いていった。

小学三年生の子供が、母親ではなく父親に付いていくのは、世間的に見て異常事態だ。

そのため離婚理由には、母親側の問題もあったのだろうと見なされてしまい、息子から拒絶されたうえに謂われない非難まで浴びたと感じた母親は、一樹のことも嫌いになった。

この件に関しても、一樹の結論は「どうしようも無かった」である。

一樹には大焦熱地獄で魂に染み込んだ穢れがあって、浄化しなければならない。母親のために放置すれば、死後に苦しむこととなる。そして死後のほうが、途方もなく長いのだ。

一樹がB級陰陽師に昇格した今になって再婚すれば、母親が間違っていたことになる。

金を稼いでも、両親の再婚が無理そうだと考えるのには、そのような事情があった。


だが妹の綾華は、一樹を嫌いにはならなかった。

精神年齢が高かった一樹は、妹の世話をして、よく遊んであげて、両親の喧嘩から庇った。子供を巻き込んで喧嘩する両親と、庇って遊んでくれる兄とでは、誰に懐くのかは明白だ。

離婚の段階で綾華が一樹に最も懐いていたことも、母親は気に食わなかっただろう。

母親には味方が必要だったのだろうが、一樹に言わせれば小学一年生の妹こそ味方が必要だった。

そのため一樹は、両親が離婚した後も母親に露見しないように、式神のハトで妹の登下校を見守らせたり、ハトで妹と遊んであげたり、父親の仕事で近場に行けるタイミングでは密かに会いに行ったりもしていた。

会っているのは内緒だと言い含め、母親が気付く証拠も渡さなかった。綾華も嘘が上手くなっていき、一樹が教えた電話番号も、クラスメイトの女子の名前で登録している。

そんな妹にとって『お兄ちゃん』であり続ける一樹は、連絡に応じて綾華に会いに行った。

◇◇◇◇◇◇

今は母親の旧姓・伏原を名乗る綾華は、母親の実家がある京都府京都市に住んでいる。

古都である京都市は、鉄鼠が暴れていた比叡山に近いが、それと同時に巨大な観光地でもある。母親と母方の祖父は、安定した収入を得られる観光産業に従事している。

母親から好かれていない一樹は、家に寄るようなことはせずに、市内の鴨川沿いのベンチで綾華と待ち合わせた。綾華と共に鴨川沿いのベンチに座った一樹は、緩やかに流れる一一月の鴨川を眺めながら語り掛けた。

「綾華、久しぶりだな。元気にしているか」

綾華はセミロングで、平均的な身長、かつ細身の女子だ。

整った容姿で、一樹は兄のひいき目もあり、蒼依を除くクラスの女子と比べても可愛いと考える。離れて暮らすので学力は不明だが、少なくとも会話している限りにおいて、知能は低くない。

性格に関しては、ほかの誰かに対するときは分からないが、一樹に対しては甘える妹である。

それは「親に甘えられない」という養育環境に問題があったためで、仕方がないというよりは、むしろ一樹に甘えるのが正常な行動だ。

綾華はいつも通り、甘える妹となった。

「うん、元気。でも困っちゃって」

綾華は大げさに溜息を吐くように、肩を上げながら息を吸って、吐いて見せた。

その様子を見た一樹は、一先ず元気そうだと安心してから告げた。

「金以外なら相談に乗るぞ……と、前なら言っていたが、困っているなら言って良いぞ。B級になったから、もう金には困らない」

鉄鼠の調伏で借金を返し、沙羅からの依頼料で稼ぎ、YouTuboではスーパーチャットも送られるようになった一樹は、国内の旅費には困らなくなった。

まだ事務所は立ち上げておらず、父親の事務所に所属しているが、依頼料を父親と折半する形であれば、B級陰陽師向けの高額な依頼も受けられる。

一億円が必要な状況であっても、今の一樹であれば一ヵ月もあれば用立てられる。

その場合、母親から綾華を引き取るくらいは考えなければならないし、蒼依の家に居候の状態を再考しなければならなくなるが。

「おめでとう。B級に上がるのは分かっていたけれど、ちょっとだけ早かったね」

綾華は小学一年生の頃から、一樹の式神を見てきた。

県を跨いで送られる鳩の移動速度、術の持続性、伝達の精度などが上がっていく様を六年間も見ていれば、実力も分かっている。綾華に言わせれば、一樹がB級に至るのは当たり前だ。

それでも少し早いと思ったのは、昇格はD級からB級に成るような飛ばし方はせず、順番に上がるものだからだ。

「現役のA級から推薦があったんだ。B級も何人か、推薦人に名を連ねていたな」

「そうなんだ。それじゃあ次はA級だね。三年以内かな」

断言した綾華は、国家試験のエキシビションマッチや、鉄鼠退治の動画も見ていた。

一樹は呪力がB級どころではなく、B級の牛鬼を式神に持っており、誰も解決できなかった比叡山の鉄鼠も祓って、B級でも一番の実力者だと世間にも示した。

現在のA級八名は、七位と八位がB級の実力なのだと知られている。定数八名に合わせるため、B級上位で定年が近い功労者を繰り上げている。

だが本来のA級陰陽師とは、B級妖怪を倒す者の席である。A級の実力者が現れれば、B級は席を譲るのが当然だ。そのため綾華は、A級昇格は時間の問題だと確信した。

「ははっ」

一樹は軽く笑ったが、自身でもA級に至ることは確信しており、否定はしなかった。

どれだけ早く一樹が昇格するかで、陰陽師協会が体面を取るか、実を取るかが分かる。実力者を評価しなければ、一樹は大義名分を以て堂々と、評価相応の働きをすれば良いことになる。

だが陰陽師協会には、所属する陰陽師達の生死が懸かる状況で、体面を選ぶ余裕は無い。

遅くとも三年以内。すなわち一樹が未成年の間にA級に上げて、協会が実力者を正当に評価している姿勢を示すであろうことは、概ね予想できた。

その分だけ貢献も期待されてしまうが、魂に染み込んだ穢れを祓うためには必要なことである。

「それで、困ったことって何だったんだ」

近況報告を終えた一樹が尋ねると、綾華は自分の背中に目配せしながら訴えた。

「あたしの背中で、背後霊にみたいになっていた陽鞠、居なくなっているよね」

「……ああ、居ないな」

綾華が話した陽鞠とは、小学五年生のときに、鉄鼠の怨霊に殺されたクラスメイトだ。

京都市は比叡山に近く、八万四〇〇〇匹からなる鉄鼠の怨霊が不定期に溢れ出していた。

B級中位だった鉄鼠は、八万四〇〇〇分の一であればF級下位の二割ほど。

F級の力は、小鬼やゴブリン、チンパンジーなどと見なされており、握力は成人男性の六倍。女子小学生にとっては一匹でも充分に脅威で、数匹も群れて襲ってくれば、簡単に殺されてしまう。

定期的な間引きをしていても、そのような事故は無くならない。だからこそ一樹が行った鉄鼠退治は、世間から高く評価されているのだ。

妖怪に殺された陽鞠は、無念から霊体化した。

そして綾華には、クラスメイトに与えられるだけの呪力があった。

綾華は賀茂家の娘であり、高呪力の一樹と同じ母親の胎から生まれ、一樹の呪力に触れて育った。まともには修行していないが、保有する呪力はC級くらいあるだろうと一樹は想像している。

その呪力を送って、綾華はクラスメイトだった霊体の陽鞠を維持してきた。

それを行った理由は、「クラスメイトが死んで消えそうだったから手を差し伸べた」で、深い思考の結果ではない。一樹が一緒に居たのは小学一年生までだが、綾華も呪力を送る程度は出来た。

一樹が綾華に会いに行ったとき、陽鞠が居たことは何度もある。陽鞠は陽気な性格の少女で、綾華に対する害意は無く、一樹も綾華の話し相手になるのであればと見逃していた。

「俺が鉄鼠を調伏したから、成仏したのか」

自分を殺した原因である鉄鼠が祓われたのであれば、無念も晴れる。それで成仏したのであろうかと考えた一樹に対して、綾華は首を横に振って否定した。

「ううん。お兄ちゃんが鉄鼠を倒した動画は、陽鞠も見ていたけれど、普通に凄く喜んだだけで、成仏はしていなかったよ」

「成仏しなかったのか」

綾華が力を与えすぎたので、消えなかったのかもしれない。そのように想像した一樹は、成仏しなくなってしまった霊の存在に、眉を顰めた。

もっとも、当事者の姿は見当たらなかったが。

「それで陽鞠は、どうなったんだ」

「……困っちゃって」

綾華は口をへの字にしながら訴えた。

「もし何か問題があったなら、陽鞠を見逃していた俺も同罪だろう。そもそも霊を発見したら駆除しろという法律なんて無い。それで、どうなったんだ」

一樹が改めて問うと、綾華は渋々と答えた。

「クラスの子が、枕返しの妖怪に遭って死んじゃったんだけど、その子の身体に入っちゃったの」

綾華の話は、情報量としては多くなかった。

だが事の重大性に、一樹は目眩がした。

◇◇◇◇◇◇

B級陰陽師とは、都道府県の医師会や弁護士会の会長くらいの社会的立場を持つ。

最低でも、都道府県の妖怪に関する全般を統括しているか、将来は統括する立場であって、その先のA級になれば全国規模に及ぶ。

綾華が一樹を連れて来た当初、乗り移った娘の両親と、乗り移られた娘の両親は、どちらも拒否的な反応を示した。

乗り移られた北川楓という少女の両親からすれば、自分達の娘が死んだと思ったところで甦り、心から安堵して喜んだところで、魂が別人だと告白されてしまった。

『娘は蘇った。おかしなことを言っているが、混乱しているのだろう。そうであってほしい。それ以外であってほしくない』

北川家の両親は、そのような感情を抱いている。


乗り移った南原陽鞠の両親からすれば、死んだと思った自分達の娘の魂が現世に留まっており、肉体を得て蘇った。

『娘は成仏しておらず、肉体を得て蘇った。死んだ娘さんの身体に乗り移ったことについては、自分達も一度は娘を失っており、饒舌に尽くしがたい。だがその娘は、わたし達の娘なのだ』

南原家の両親は、そのような感情を抱いている。


身体は北川家の娘で、魂は南原家の娘。

法律的には、北川楓という少女が死亡を取り消されているが、少女の記憶は南原陽鞠のものだ。両家は自分達の娘だと主張して、譲れなくなっている。

第三者の介入に拒否的だったのは、どちらの家も、「自分達が引き取る」ほかの結論は、受け入れられなかったからだ。

そして楓の身体を持つ陽鞠も、「自分は南原家の娘の記憶を持つから、身体を貰って出ていきます」とは流石に言えない。有り体に言って、収拾が付かなくなっていた。

だが陽鞠と楓の友達で中立的立場である綾華が、都道府県の医師会や弁護士会の会長に匹敵するB級陰陽師の一樹を連れて来たことで、ようやく北川家で話し合いの場が設けられた。


「……まずは、自己紹介します。私は賀茂一樹、B級陰陽師で、娘さんの友達である伏原綾華の兄です。両親が離婚して苗字は異なりますが、このように足を運ぶくらい兄妹仲は良好です。綾華達の傍に、陽鞠さんの霊が居ることは、私も知っていました」

その様に切り出した一樹は、死んだ陽鞠が霊体として綾華と共に居たことや、それは綾華の呪力が高いために実現したのだとも説明した。

「陽鞠さんは、死後に本来は消えるところを、高い呪力を持つ綾華に取り憑いて保っていた状態に近いです。私は悪霊ではないと判断して、妹の友達を祓うことは避けて見逃していました」

楓との関係の補足があって、事件が発生する前の状態を全員が共有した。

「陽鞠ちゃんは、楓の友達だった。生前には、何度かうちに来たこともある。それで、どうしてこんなことになったのか」

口を開いたのは、陽鞠が乗り移った楓の父親だ。

それに対して一樹は、事実関係を確認した。

「……綾華からは、枕返しの妖怪が出たと聞きました」

枕返しとは、寝ている人の枕を頭から離れた場所に置いてしまう妖怪だ。

鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(一七七六年)では、小さな仁王のような姿で描かれている。

枕を返すと、現実の世界と夢の世界が逆転してしまい、夢から帰って来られなくなる。和歌山県の龍神村では、檜を切り倒した七人の木こりが枕を返されてしまい、全員死んだと伝えられる。

枕返しも妖怪であり、人間を殺して気を吸い、糧としている。寝ているところを襲うのは、無抵抗で殺し易いからだ。

「枕返しの場合、身体は残ったまま、魂だけ連れ去られて死亡します。魂が無くなれば、二度と目が覚めず、すぐに身体も死んでしまいます。近くに居た陽鞠さんが、死んでしまう楓さんを生かそうと乗り移ったのでしょう」

そのように陽鞠の行為をフォローして南原家の顔を立てつつ、楓が死ななかったと説明して北川家の感情にも配慮する。一樹の解釈について、両家は一先ず否定しなかった。

状況に理解を得た一樹は、結論の前に大前提を話した。

「陽鞠さんを責め立てれば、陽鞠さんが楓さんの身体から抜けて、娘さんが死ぬかも知れません。私は北川家でも、南原家でもなく、妹から依頼を受けて、妹の友達であるご両家の娘さんの味方をしに来た上級陰陽師という立場で対応させていただきます」

娘がどちらだとは言わずに、娘の味方をすると説明する。

一樹は気を使いながら、慎重に両家から理解を得ていった。

「こんな事件って、前例があるのかしら」

一樹に尋ねたのは南原家の母親だった。

死者の身体に別人の魂が宿った前例は、一樹が知るだけで四〇件はある。

「一度死んだ人が、ほかの人の身体で蘇る前例は、色々とあります」

一樹は様々な前例から、状況が似ており、真っ当に解決している例として、一四世紀から一七世紀にかけての中国の明王朝で王同軌が書いた『耳談』に載る借屍還魂を挙げた。


安徽の桐城県という場所で、東門と西門にそれぞれ娘を持つ家があった。

どちらも一〇歳を超えたばかりだったが、疱瘡で死んでしまった。

そして東家の娘が閻魔大王庁で、「寿命いまだ尽きず」と判断されて、現世に還された。

だが東家は娘を火葬してしまっており、少女の魂は西家の娘の身体に乗り移って蘇る。


────閻魔大王、またお前か。

死者は没した後、七日ごとに計七回の審理を受ける。

秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、泰山王の順番で、五回目の閻魔大王が審理を行うときには死後三五日が経っている。

死後三五日も経てば、現世に戻しても、死体が処分されているのは明らかだ。

すると、ほかの身体に乗り移るしかないので、トラブルになるのは必至である。

閻魔大王にとってアリの如き矮小な存在である人間に対して、適切なフォローが為されていない先例に、一樹は内心で怒りを露わにしながら話を続けた。


西家は、娘が蘇ったと大喜びした。

それは北川楓が生き返ったときに、北川家が大喜びしたのと同じ様な状態である。

だが復活した娘の記憶は、東家の娘だ。自分は東家の娘だと言って、家に帰してほしいと願う。

その話はたちまち噂になって、東家にも伝わった。

東家の両親が迎えに行くと、西家の娘は直ぐに気付いて、喜んで両親を呼んだ。

だが東家の両親にとっては、自分達の娘とは姿も声も違う。それでも娘は帰りたいと言い、東家の両親も「それならうちで引き取ろう」と言うのだが、西家にとっては、たまったものではない。

『せっかく生き返った娘を取られてなるものか』

両家の争いは収拾が付かず、官が両家や近隣住民の話まで聞き集めた。


「それで、どうなったのですか」

北川家の母親が、不安げに問うた。

「官の判決は、『身体は西家、魂は東家。よって両家とも、彼女を娘と扱うべし』でした。少女は両家に半分ずつ住み、両家から娘として扱われ、嫁入りでは両家が競って嫁入り道具を揃えました。そして彼女の夫は、両家から婿殿と呼ばれたそうです」

陽鞠の実家である南原家にとっては、二年前に死んだと思っていた娘が蘇って、幸せに生きてくれるのだから、想像だにしなかった喜びだろう。

楓の実家である北川家にとっては、やはり死んだ娘が蘇って、生きた証である子供……自分達の孫を残してくれるのだから、死んでしまうよりは良いだろう。

一樹は陰陽師として、前例を提示しながら訴えかけた。

「このような結論で、如何でしょうか。当事者の陽鞠で楓はどうだ」

両家に訴えかけた一樹は、最後に大人しそうにしている、本来は陽気な少女に尋ねた。

「うん、綾華のお兄ちゃんが言ったとおりにしたいかも」

陽鞠は口調を楓に寄せており、北川家にも配慮する様子が窺えた。

大変そうだと思った一樹は、助け船を出した。

「過ごし難かったら、『パパ、ママ、お嫁入りします』と言って逃げてしまえば良い。ゴールが見えているんだから頑張れよ。困ったら、綾華経由で連絡してくれれば良い」

「……霊体だったし、何か困るかも知れないから、直接連絡先を教えてほしいかも」

陽鞠は大人しそうな楓の顔で、照れながら訴えた。対する一樹は、両家の両親に視線を送った後、この一押しが両家の結論に繋がるだろうかと考え、自分の連絡先を教えることにした。

「分かった」

一樹が娘に連絡先を教える中、両家の両親は無言で視線を交わし合っていた。

「お兄ちゃん、知らないよ」

「……俺は陰陽師として、霊障事件の被害者に緊急の連絡先を教えただけだ」

呆れた眼差しの綾華に対して、一樹は無罪を訴えた。