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「式神に猫又が増えました」

旅行から帰った一樹は、自身のYouTuboチャンネルで、鬼猫島から連れてきた猫又の紹介を行った。

紹介を正確に行うのであれば『蒼依の式神』となるのだが、蒼依は一樹のチャンネルには登場していない。

蒼依を登場させると、次の問題が生じる。


・蒼依が山姫と露見して、生活に支障を来す恐れがあること。

・山の神を使役できる一樹の陽気を警戒されてしまうこと。

・一樹の宣伝チャンネルでありながら、メインが変わること。


とりわけ三番目に関して、一樹は確実に起きると確信している。

────男より可愛い女の子のほうが、確実に伸びる。

蒼依は未だ人を殺して喰っていない山姥、零落前の女神イザナミの分体だ。

古風な女神の外見は、着物が似合う純和風の大和撫子である。

『立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花』

そんな蒼依が一樹のチャンネルに登場すれば、視聴者は食い付くだろう。

一樹が蒼依に式神契約をしていると知られれば、騒ぎは免れない。

そのような騒がれ方は不本意であるため、蒼依は撮影者として裏方に徹しており、YouTuboに登場していない。

一樹が依頼人と会う際は、マネージャーの肩書きを与える予定だ。

────霊の猫又が出る分には、問題ない。そもそもコイツ、オスだし。

猫又の大多数はメスの姿で描かれており、世間的にはメスのイメージがあるが、猫又にはオスとメスの両方が存在する。

古い記録では『和漢三才図会』(一七一二年)にも、オスの記述がある。

『おおよそ一〇年以上生きた雄猫には、化けて人に害をなすものがある。黄赤の毛色の猫は妖をなすことが多い』

現代で一〇年を生きる猫は珍しくもないが、それ以上を生きれば、猫又になることがあるのだ。蒼依が連れてきた猫又は、和漢三才図会に記述されていたような茶トラのオスであった。

「ちなみに名前は、猫太郎です」

猫太郎の名付け親は、使役者の蒼依だ。

名前のセンスが非常に古風なのは、山姥に影響を受けたからか、それとも本人のセンスであるのか、判然としない。

だが猫太郎は、蒼依の式神だ。

使役者が式神に行う名付けは大切で、一樹は命名に一切干渉しなかった。

名は体を表す。

蒼依が猫又に求めた役割は、敵を倒す式神ではなく、猫だった。

猫太郎は、使役者から猫であることを求められた。

故に、山姫の蒼依を介した一樹の莫大な神気を得て、中魔くらいにまで強化された後も、家猫のように長閑に寛いでいる。

一樹が、経緯を省いて名前を紹介したところ、視聴者達からは否定的な意見が殺到した。

『ひ・ど・す・ぎ・るw』

『どうして誰も止めなかった』

『猫太郎は、主人に噛み付いて良い』

猫太郎の名前は、確かに古風だろう。

だが悪いとは思わない一樹は、蒼依のために視聴者に対して反論した。

「否定された方、全国の猫太郎さんに謝ってください」

一樹は表情を引き締めながら、カメラに向かって言い放った。

すると視聴者達は、コメントで一斉に反論した。

『そんな奴は、全国には居ないw』

『おい。まさか牛鬼の名前、牛太郎じゃないよな?』

牛鬼の名前を指摘された一樹は、命名の失念に気付いた。

八咫烏達は卵から孵しており、命名するのが自然だった。

猫又は野良猫を拾っており、こちらも命名は自然だった。

だが牛鬼は、椿に宿った神霊であり、逸話を考えれば生前の名前があるはずで、命名は考えていなかった。

「牛鬼には、名前を付けていませんでした」

陰陽師が使役するのであれば、使役対象の名前は有ったほうが良い。

一樹は莫大な気で牛鬼を使役しているが、さらに名前でも縛れば、制御の精度が確実に上がる。

また使役時に消費する気が減り、牛鬼自体も強化される。


「先程のコメントは、『うしたろう』でしょうか。それとも『ぎゅうたろう』でしょうか」

真面目な表情の一樹が尋ねると、コメント欄が慌てふためいた。

『強大な怪物を、ゆるキャラ化するなっ』

『うしたろう君に狩られる鬼達が、不憫すぎる』

牛鬼の名前が『うしたろう』では、威厳に乏しいかも知れない。

人間には、近い名前で『きんたろう』も居る。

前掛けを着けて、マサカリを担いで、熊の背に乗った絵姿が日本に浸透しているが、それと同種と考えれば威厳に乏しいのは明らかだ。

だが一樹は、ギリシャ神話に登場する怪力の『ヘラクレス』などは、日本の牛鬼の名前には相応しくないと思った。

日本神話から探しても、天岩戸に隠れた天照大神を引き摺り出した天手力男神アメノタヂカラオノカミなどは名前に逸話が付随しており、やはり牛鬼には相応しくない。

────牛太郎で良いんじゃないか。

牛太郎の名前であれば、牛に関連していることが一目瞭然だ。

万が一にも二体目以降が増えれば、牛次郎、牛三郎、牛四郎と付けていけるので、太郎も悪くない。名前を決定した一樹は、視聴者に宣言した。

「牛鬼は、うしたろうと名付けます。ありがとうございました」

『おい馬鹿、やめろっ』

『これはヒドイ』

どよめく視聴者に構わず、一樹は牛鬼の名前を牛太郎にした。


「それと猫又の件とは別に、もう一つ報告があります」

『牛鬼の件がサラリと流された件について』

未だに視聴者が反対し続けているが、一樹は話を切って捨てて、強引に先へと進めた。

配信画面に『三〇〇万円達成』というロゴを載せて、鬼猫島に赴く前に持ち掛けられていた調伏依頼が、目標額に達した旨を説明した。

「以前、配信中に視聴者の方からご提案頂いた、クラウドファンディングです。ご提案者様と一緒にTwittorなどで告知させていただきましたところ、一日くらいで目標に到達しました。調伏対象は『鉄鼠』で、ネズミの妖怪です」

一樹がネズミと口にしたところ、猫太郎が背後から忍び寄ってきた。

そして一樹の頭の上に乗り、二又の尻尾を振って、鳴き声を上げる。

「なぁーん」

「……ぐぇっ、重い」

大量の気を与えられて実体化した猫太郎は、殆ど猫と遜色ない。

そしてネズミ狩りには、意欲的であるらしかった。

だが依頼人が生配信するために、あまり目立たせたくない蒼依は、連れて行けない。したがって蒼依の式神である猫太郎も、自宅待機である。

「お前は留守番だ。そもそも鉄鼠は、ヤバいんだよ」


鉄鼠とは、平安時代に僧侶が変じた妖怪だ。

当時、后に子が生まれず世継ぎを欲した白河天皇は、三井みい寺の僧侶・頼豪らいごう阿闍梨あじゃりを呼び、后が懐妊するように祈祷を命じた。

そして成功した暁には、褒美は望むものを与えると約束した。

頼豪は一〇〇日間の祈祷を行い、やがて承保元年に敦文親王が誕生する。そして褒美に、三井寺に戒壇を建立したいと望んだ。

そのとき、当時勢いのあった延暦寺が、横やりを入れた。

そのため山門(延暦寺)と寺門(三井寺)との争いになることを憂いた白河天皇は、頼豪の望みを退けた。

約束を破られた頼豪は、白河天皇と延暦寺を恨んだ。そして「皇子を魔道の道連れにする」と口走りながら、断食の行の果てに死んだ。

程なく、皇子が死んだ。

それでも恨みの晴れなかった頼豪は、鉄の牙を持つ大鼠に変じた。

そして八万四〇〇〇匹ものネズミを従えながら、比叡山を駆け上がり、延暦寺に襲い掛かったのである。


以降、比叡山は鉄鼠の怨念に占拠されている。

比叡山からは、頼豪の怨念が溢れ出しており、周辺の京都府や滋賀県にも被害を出し続けている。

鉄鼠の強さはB級とされる。だが八万四〇〇〇匹を根絶しない限り、残った怨霊が周囲の穢れを取り込んで、鼠算式のように増えて復活してしまう。

白河天皇が仕事の正当な対価として、約束通り三井寺に戒壇を作れば済んだ。

そして延暦寺も、横やりを入れるべきでは無かった。

おかげで行政は、今でも定期的に依頼を出して、間引きを行っている。

そのような経緯があるため、陰陽師が間引きに協力すれば、周辺地域の安全性が高まる。地元からは歓迎されるだろう。

公益性が高く、クラウドファンディングを立ち上げ易くて、理解と支援者も得られ易かった。

「依頼者さんは、調伏を生配信されるそうです。クラウドファンディングの日数は未だ残っていますので、引き続き、ご支援をお願いします。金額が増えれば、調伏の量を増やしますので」

かくして一樹の初仕事は、鉄鼠の間引きとなった。

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「鉄鼠の間引きって、カボエネさんは採算が合うんですか」

一樹に対して、クラウドファンディングで鉄鼠の怨霊を間引きする依頼を出したのは、チャンネル登録者数が数万人ほどいるYouTuborの青年・カボエネだ。

カボエネとはYouTuborとしての名前で、カメラは回っていないもののカボエネと呼ぶように求められた一樹は、そちらの名前で呼んでいる。

もちろん一樹としては、依頼料を貰えれば名前の呼び方など何でも良い。芸能人も本名ではなく、芸名で呼ばれている。それと同じことだ。

生憎と中学生の一樹は、事務所を立ち上げられていない。

そのため一樹の父親が、契約書に記される請負人となる。一樹は父親の事務所に属する担当陰陽師として、派遣されて来た。

生配信用の機材や電源用バッテリーを積んだカボエネの車は、一樹を乗せて京都から比叡山へと向かっている。

依頼人が生配信するため、蒼依はお留守番だ。

せっかくのネズミ退治だが、蒼依の式神である猫太郎も、今頃は家でゴロゴロしている。

もっとも猫太郎にとっては、家でゴロゴロすることが、本懐であるのかもしれないが。

「直接的には還元されなくても、社会貢献は評価してもらえるからね。やらない善より、やる偽善って言うし」

カボエネは運転しながら、助手席に座る一樹に説明した。

行政が実施する鉄鼠の怨霊間引きは、熊を人里から離す対症療法と同様だ。

行政の予算・依頼先・実施時期は決まっており、延暦寺だけに掛かりきりにもなれない。根絶は断念せざるを得ず、被害がゼロにはならない。

そんな鉄鼠の一部でも祓って数や力を弱めれば、地元には助かる人達がいる。助かる人は感謝するし、直接助からなくても活動を評価してくれる人もいる。

クラウドファンディングの立ち上げから一樹の送迎までを行ったカボエネは、様々な労力に採算が合うのかは微妙だが、動画配信者としては株を上げられる。


「社会貢献だからか、五〇万円の大口支援も、六つありましたね」

「そうそう。大口スポンサー様のお名前は、動画に載せるって書いたら、作った枠が全部埋まって驚いたよ。将来有望な陰陽師との人脈も出来たし、イベントを企画するのも悪くないなぁ」

全国に一万人しか居ない陰陽師との人脈は、貴重で間違いない。

しかも一樹のような中級以上は、陰陽師全体の二割程度だ。

医療を医師に相談したり、法律関係を弁護士に相談したりするように、悪霊を知り合いの陰陽師に相談できれば心強いだろう。

緊急事態では近場の陰陽師に対応を求めるので、知り合いが必ずしも役に立つとは限らない。

だが依頼人が満足しているので、人脈に関して一樹は深く掘り下げなかった。

「三井寺や延暦寺は、こんなにも京都に近いんですね」


三井寺や延暦寺がある滋賀県が、京都府の東に位置するのは一樹も習った。

だが距離までは知らず、京都から両寺まで車で一時間未満と聞いて驚いた。

京都から三井寺までは、徒歩ですら数時間で行ける。

「如意越えっていう古道があってね。銀閣寺から大文字山、如意が岳、長等山を越えて大津に入るなら、一二キロメートル未満かな。女性の足でも、四時間で行けるね」

交通の不便な大昔、白河天皇が三井寺に祈祷を依頼できた所以である。

「平家物語にも登場する道だよ。昔の道は、もっと険しかっただろうけどね」

カボエネは平家物語を口にしたが、実は三井寺の頼豪と白河天皇の話自体も、平家物語に記されている。生憎と一樹は、由緒正しき道は使わずに、車で進める道路で移動したが。

かくして戦闘前の疲労を避けて延暦寺に到着した一樹は、八咫烏の足に再生機を取り付けた。

カボエネが配信準備を整えて、生配信が始まる。

「どうも皆さん、カボエネです。今日は事前告知通り、C級陰陽師の賀茂一樹君に、クラウドファンディングで延暦寺の鉄鼠を倒してもらいます。詳細は前回の投稿をご覧ください。さてと一樹君、その再生機は何かな」

向けられたカメラに再生機を見せた一樹は、再生ボタンを押した。

すると一樹の声で、二つの音声がループ再生される。


『山門、めでたげなり』(延暦寺って、りっぱだよね!)

『寺門、侮らはし』(三井寺って、軽い扱いで良くね?)


再生機からは、頼豪が聞けば憤死するようなメッセージが流れ始めた。

視聴者の誰かがコメントで解説してくれることを期待した一樹は、どのような意味があるかの詳細な説明は省いた。

その代わりに、作戦名を口にする。

「今回は『鉄鼠ブチギレ、誘き寄せ作戦』を実行します」

再生されている言葉の意味を察した視聴者達は、一斉に反応した。

九割ほどは悪魔のような所業に恐れ戦き、一割ほどは作戦を不安視している。

鉄鼠は、尋常ではない恨みを持つ。普通に調伏するのとは比較にならないほど、鉄鼠の恨みを引き寄せるのではないかと不安を抱いたのだ。

だが鉄鼠を引き寄せることこそが、まさに一樹の狙いであった。

「それでは再生状態で、八咫烏達を比叡山の各所に飛ばします。依頼人のカボエネさんは、陰陽師の私が直接守っていますので、ご安心下さい。よし、遊んで来い」

「「「「「カァアアアッ!」」」」」

解き放たれた五羽の八咫烏達は、比叡山の各所を自由に飛び回った。

そして脚に取り付けられた再生機から、鉄鼠が燃やす憎しみの炎に向かって、盛大に油を撒き散らしていった。


『山門、目も及ばず』(延暦寺って、イケてるよね)

『寺門、悪しげなり』(三井寺とか、無様だわぁ)


揶揄の効果は、絶大だった。

比叡山を飛び回る八咫烏達の後ろに、八咫烏を追うネズミの怨霊が次々と生じ始めた。

怨霊の集団は群れて合体し、瞬く間に小型犬、中型犬、大型犬の大きさへと巨大化していく。

鉄鼠の怨霊は激怒しながら、悠々と飛び回る八咫烏達を追いかけていく。

それをドローンで空撮するカボエネと視聴者に向かって、一樹は解説した。

「鉄鼠に変じた頼豪は、八万四〇〇〇匹のネズミの怨霊を率いて、比叡山に攻め込みました。一匹ずつ倒すのは時間が掛かるので、まずは集めます」

まるで料理番組で行われる調理の手順であるかのような気軽さだ。

もちろん全ての怨霊が釣られているわけではない。

一部は一樹とカボエネに気付いて、駆け寄ってきた。

『カヤ』

一樹はすかさず、虚空から白木の弓を取り出す。

「国家試験でも使っていましたが、私は弓を使えます。元はカヤの木に宿った『頬撫で』という妖怪で、青白い手を伸ばすことで知られています。小分けになったネズミの霊如き、これで充分です」

あくまで妖怪の特性だと言い張った一樹は、弓の弦を掻き鳴らした。

『鳴弦』

一樹が鳴らした弦の振動が、比叡山の山肌に伝わっていった。

すると山肌に空間を軋ませる音が、人知を超えた存在のうなり声のように響き始めた。

赤い光が山肌から流れる血のように溢れ出して、地を駆ける鼠たちの身体に纏わり付く。

「ギイイイッ」

炎の血だまりから湧き出した青白い亡者の手が、ネズミの怨霊を次々と掴んで握り潰した。潰された霊は掴まれたまま、絶叫しながら地の底へと引き摺り込まれていく。

ネズミ達は混乱し、無数に湧き出す手から逃れようと走り回った。


────お前は、本当の理不尽を知らない。

世継ぎを欲した白河天皇のために頼豪が祈祷を行ったにも拘わらず、山門と寺門との争いを憂いた白河天皇が約束を守らなかったのは不当である。

だが白河天皇が約束を守れない原因を作ったのは、他ならぬ山門と寺門自身だ。

争いを解決するために話し合うなり、解決出来ないならば別の要求をするなりすれば良かった。

それらを行わなかった頼豪は、「皇子を魔道の道連れにする」と宣言して皇子を道連れにして、祈祷の結果を無かったこととして清算している。であれば、問題は解決済みのはずだ。

後世の無関係な人間に迷惑を掛ける正当性など、全くない。

むしろ、頼豪が行っていることこそが理不尽だ。

自分が理不尽な目に遭ったと怒り続ける頼豪に対して、冤罪で大焦熱地獄に堕とされた一樹は、怒りを抱いた。

────お前に本当の理不尽を見せてやる。

一樹は再び弦を掻き鳴らした。

すると無数の亡者の青白い手が、ネズミを掴もうと地の底から湧き出してきた。

ネズミ達は絶叫して逃げ回るが、絶叫して逃げたところで地獄からは抜け出せない。

複数の亡者の手がネズミを掴み、彼らの苦しさを力に換えて、掴んだネズミを地の底へと引き摺り込んでいく。

「地獄へようこそ」

一樹の術は、人間の枠を超えて、天の猛威と化していた。

天に向かって人間や妖怪が悲鳴を上げて抗議し、その力に抗ったところで、天が何かを思うことなどない。

そこに在る世界を受け入れようと、あるいは抗おうと、地獄に変わりはない。

地獄は変わることなど有り得ず、そのまま地獄で在り続ける。

怒れる一樹の呪力が、近寄ったネズミ達の怨霊を掴み取り、一匹残らず引き摺り込んでいった。

「鳴弦」

怨念を消した一樹は、すかさず神気を籠めて、おぞましい気を周囲から祓った。

比叡山には、先程とは打って変わり、清浄な気が満ちていく。


他方、比叡山の各地で怨霊を集めた八咫烏達は、一ヵ所に集合した。

すると怨霊も合体して、アフリカ象とまではいかないが、サイくらいの巨体と化した。

ネズミの重さは二〇グラム程度で、それが八万四〇〇〇匹集まっても、メスのアフリカ象の半分程度の重量だ。サイくらいの大きさは、概ね妥当なサイズと考えられる。

巨体となった怨霊が、比叡山を飛び回る八咫烏達を地上から追いかける。

それをドローンで観察するカボエネは、視聴者の疑問を代弁した。

「さっきの術は、大丈夫なのかい」

具体的に問われなかった一樹は、適当に誤魔化した。

「頬撫では、手を伸ばす妖怪です。霊体を捕まえ易いので使いましたが、呪力消費は小さいです。まだ呪力は残っていますので、大丈夫ですよ。牛太郎、出てこい」

一樹が呼びかけると、ゆるく名付けられた牛鬼が姿を現した。

周囲の木々すらも上回る全長八メートルの牛鬼は、巨大な棍棒を天上に振り上げると、八咫烏を追い回す鉄鼠を睨め付けて、雄叫びを上げる。

「ブォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「行け、牛太郎。鉄鼠を叩き殺せ!」


牛鬼の雄叫びに呼応した一樹が命じると、牛鬼は勢い良く比叡山を駆け上がる。

そして鉄鼠に向かって、振りかぶった棍棒を全力で叩き付けた。

それは人間サイズの鬼が、中型犬をバットで殴り付けたのをスケールアップした光景だった。

鉄鼠の腹部に、棍棒が深くめり込んだ。明らかに肋骨を折る深さで沈み込み、次いで鉄鼠の巨体を浮き上がらせて、盛大に弾き飛ばした。

背の高い木々が、バキバキバキと薙ぎ倒されていく。鉄鼠は土煙を上げながら、比叡山の斜面を豪快に転がっていった。

それを追って、牛鬼が走り出す。直ぐに転がった鉄鼠に追い付いた牛鬼は、巨大な足で鉄鼠の身体を踏み付け、両手で棍棒を振りかぶって、全力で叩き付けた。

叩き落とされた棍棒が、鉄鼠の頭部を激しく殴打した。

棍棒が頭骨の一部を陥没させて、怨霊の霊体を擂り潰す。

「ギイイイイイイッ!」

巨大ネズミの絶叫が、比叡山に響き渡った。

鉄鼠は咄嗟に逃げようと藻掻いたが、上空の八咫烏達が掴む再生機が、再び挑発した。


『山門、有識なり』(延暦寺って、優れているよね)

『寺門、めかかう』(三井寺、あっかんべー)


三井寺を揶揄された鉄鼠は、激怒しながら牛鬼の左足に噛み付いた。

すると牛鬼は痛がるそぶりを見せた後、先ほど棍棒で殴った鉄鼠の腹を、右足で蹴り飛ばした。牛鬼は雄たけびを上げながら、棍棒で鉄鼠の背中を二度、三度と殴り付けていく。

牛鬼の左足に噛み付いた鉄鼠も意地になって、決して離さずに食らい付いた。

「BGMは、怪獣映画に出る自衛隊のテーマでお願いします」

「いやいや、どっちも怪獣だからね!?

怨霊の鉄鼠は、肉体の一部を削り取られる程度では、行動を鈍らせない。

上空をゆったりと飛び回る八咫烏達が、再生機で挑発を続けるので、怒れる鉄鼠は逃亡しない。周囲から怨念を集めて回復しながら、憎き敵を噛み続けた。

対する牛鬼も、噛み付いて動きが止まった鉄鼠を殴り続けた。

攻撃を続ける牛鬼は、鉄鼠が集める怨念を削り続けていく。

牛鬼も傷付くが、その傷は一樹から流れ込む気で回復していった。


B級の力を持った、巨大な牛鬼と鉄鼠による、怪獣大決戦。

そんな動画を配信するカボエネのチャンネルは、過去最高の同時視聴者数という、盛り上がりをみせていた。

依頼と配信の成功を確信した一樹は、カボエネに尋ねた。

「このまま戦闘を継続すれば、鉄鼠が掻き集められるだけの恨みを集めてくれます。その後、八咫烏達を参戦させて鉄鼠の全身を浄化し尽くしますので、もう少しだけ、地味な戦いを続けても良いですか」

「もちろん許可するよ。地味とは思わないけれど、比叡山を解放しちゃおう!」

許可を得た一樹は、牛鬼に命じて鉄鼠を殴らせ、怨念を削り続けさせた。

そして弱ったところで八咫烏達を参戦させて、鉄鼠の全身に五行を浴びせ掛ける。

棍棒の連打と五行の浄化を浴び続けた鉄鼠は、挑発され続けて逃げるに逃げられず、やがて絶叫しながら消滅していった。

怪獣大決戦の動画は、僅か数日で、数百万回も再生された。

比叡山は完全解放された可能性があり、現在調査が行われている。