怒った紫苑が捨て台詞を残して、待機所から歩み去って行った。

残った沙羅は、少し困った表情を浮かべた後、一樹に一礼した。

「それでは、お言葉を試させていただきます」

「ああ、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


双子の性格差に感心した一樹は、沙羅と頷き合って待機所を後にした。

これで負ければ目も当てられないが、相手は五鬼童一族だと分かっている。五鬼童一族は、国家試験の受験時にはC級の実力があり、二〇歳頃までにはB級に昇格する。

対して八咫烏達は、D級の中鬼ですら遊び道具に出来るので、C級の力は持っている。そして一樹の気が尽きない限り、回復し続けられる。

八咫烏達と、紫苑と沙羅は、同じC級だ。五対二の戦いで、まともに戦えば勝敗が明らかだ。

そして一樹には、B級の牛鬼も控えている。

一樹は試合の開始場所に移動しながら、八咫烏二羽ないし三羽で、沙羅と紫苑を相手取れば良いと考えた。

そして移動する間、一樹は五羽に向かって、制限の解除を伝えた。

「フィールドが広くなった。フィールドから出なければ、自由に遊んで良いぞ。あの二人に、全力で沢山遊んでもらえ」

「「「「「カァアアアッ!」」」」」

自由に遊ぶ許可を得た八咫烏達は、バサバサと翼を羽ばたかせながら、鳴き声を上げ始めた。

位置について、青いランプを確認した一樹は、虚空に印を描いた。

山姥との戦いではセーマンを使ったが、時間がある。今回は、より複雑なドーマンを描いた。

横五本縦四本の呪術図形・ドーマンは、九本の棒で構成されており、九字を表す。

元が中国の『抱朴子』に載る九字に由来し、九星九宮を表して、術を強化する印として使える。一樹はドーマンを使い、術を強化した。


『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。汝等を陰陽の陰と為し、我が気を対たる陽と為さん。然らば汝等、我が陽気を汝等の力と変え、疾く天駆け敵を征討せよ。急急如律令』


試合開始ブザーが鳴ったのと同時に、一樹は強化した八咫烏達を解き放った。

三次試験と異なるのは、式神である八咫烏達に術まで用いて、莫大な気を流し込んだことだ。

八咫烏達に送り込まれた気は、五行のエネルギーと化して、八咫烏達の身体を包み込み、大砲から放たれた弾丸のように撃ち出した。

五色に輝く巨大な光が、芝生を巻き上げながら、高速で突き進んでいった。

「嘘でしょっ!?

「飛んでっ」

その遥か先、強ばった表情を見せた紫苑と、引き攣った表情で指示を出した沙羅が、背中から天狗の翼を生やして空中に跳躍した。

すると砲弾は弧を描くように上昇して、空に逃げた二人を二手に分かれて追尾する。

『『鬼火!』』

飛翔した沙羅と紫苑の両手から、拳大の炎の塊が二つずつ生み出された。生み出された炎は、追尾する八咫烏達に向かって飛んでいく。

向かってきた炎を躱すために直線飛行から曲線飛行へと変わった五羽は、そのまま二手に分かれた。

沙羅を追いかけるのが、土行の黄竜と、水行の玄武。

紫苑を追いかけるのが、木行の青龍、火行の朱雀、金行の白虎だ。

「「カァー」」

一鳴きした黄竜と玄武は、陰気を土と水に変えて、晴也を攻撃したときよりも遥かに強力な高圧の土石流を沙羅に浴びせ掛けた。

空中の沙羅は、翼を羽ばたかせて攻撃を回避する。すると土水の放水は、一本の線からシャワーのように形を変えて、広範囲に撒き散らされた。撒き散らされた泥水は、流石に回避し切れない。沙羅の服に纏わり付き、重石となっていった。

一方で紫苑には、さらに苛烈な攻撃が行われていた。

「ふーざーけーるーなーっ!」

木行の青龍が木矢を作り、金行の白虎が金属の鏃を作り、火行の朱雀が炎を纏わせて、紫苑に火矢の雨を降り注がせる。

対する紫苑は、新たな鬼火を二つ生み出して、自身の周囲に展開させた。生み出された鬼火は、紫苑を守って火矢の雨の一部を防いだが、全ては防げずに紫苑に命中し、纏った気を突破して身体を打ち据えていった。

全ての火矢は避けきれないと判断した紫苑は、全身に気を纏わせてダメージの軽減を図りつつ、八咫烏に向かって飛び、呪力を籠めた金剛杖を鋭く振るった。

だが天狗の翼を生やした紫苑の飛行能力は、神鳥の八咫烏には遥かに劣る。紫苑は、素早く躱す八咫烏達を全く捉えられないまま、一方的に火矢を浴びせられた。

紫苑の気と守護護符の護りが、次第に削り取られていく。

「沙羅ぁ―っ!」

紫苑が金剛杖を振り上げながら、大声を上げた。すると沙羅が紫苑のほうを向いて頷き、おさげを解いて紫苑と同じミディアムストレートの髪型になった。

そして二人は跳躍して、空中で交差する。

交差した二人は入れ替わり、互いを追う八咫烏に向かって鬼火を放ち、金剛杖を振るった。


────同じ髪型にして、交差で入れ替わって、追っ手を混乱させたのか。

双子は背丈も格好も同じで、髪型くらいしか大きな違いがない。

近くでゆっくりと観察すれば目付きが異なるが、戦闘中の沙羅は、流石に待機所で話していたときほど穏やかな表情ではない。

髪を下ろされた後の双子は、泥水を被った沙羅と、焦がされた紫苑の服装が無ければ、一樹には見分けが付かなかった。

八咫烏達も、一瞬だけ戸惑った様子だった。

だが沙羅と紫苑には、既に八咫烏達の気が纏わり付いている。八咫烏達は攻撃を躱すと、直ぐに元の標的を追いかけ始めた。

「互角の力量ならば、二対一、あるいは三対一で戦って、勝てるわけがない」

交戦する八咫烏達と双子の強さについて、一樹は一人と一羽が、概ね互角程度だと見積もった。くわえて八咫烏達は、一樹の気で回復している。

負けることは無いだろう、と、一樹は判断した。

交戦して不利を悟ったのか、二対一で紫苑よりは押し込まれていない沙羅が、空中から急降下して術者である一樹に直接迫った。


「俺を直接狙ってきたか。極めて常識的な判断だ」

鬼火を纏った沙羅が空中で金剛杖を振りかぶり、一樹に狙いを定める。

対する一樹は堂々と沙羅に向き合い、迎え撃つ様に式神符を出して構えた。

だがそれは、常識的な対応に見せかけて、沙羅を引き寄せる罠だった。

「すまないな。今回は、相手が非常識なパターンだ」

急降下で迫る沙羅に向かって、一樹の影から巨大な腕が伸びた。

そんな腕の次には、巨大な厳つい牛頭、鬼の巨体が現れていく。

急降下で迫っていた沙羅は、迎え撃つ巨大な鬼の手に悲鳴を上げた。

「きゃあああああああっ!?

巨大な手に身体を掴まれそうになれば、悲鳴の一つも上げるだろう。

沙羅は回避する間もなく、牛鬼の巨大な左手に鬼火ごと身体を掴まれた。

「沙羅ああっっ!」

紫苑が叫んだが、三倍の敵に追われていては、ほかに為す術もない。

さらに一樹は、混乱に乗じて状況を有利にすべく、捕まえた沙羅を追い回していた黄竜と玄武にも指示を出した。


『黄竜と玄武は、残った一人を追うのを手伝え。五対一だ!』

「「カァーッ」」

一樹に命じられた二羽は、翼を翻すと、先に紫苑を追っていた三羽に加わった。そして五羽で五行を使い、紫苑一人を追い回し始めた。

火矢の雨で追われていた紫苑に、土石流の追撃が追加された。

「そちらが双子なら、うちは五つ子だ」

厳密には巣が異なるが、生まれたときから同じ場所、同じ親、同じ餌で育てた。カラスは群れで暮らす生き物であり、一樹の気とも繋がっているため、連携は双子並には得意だ。

「いやああああっ! ばかあああっ、ふーざーけーるーなーっ!」

一樹が見上げる空の彼方から、悲鳴が響いてきた。

火矢の雨で焼かれていた紫苑が、攻撃を避けた先で土石流を浴びせられる。

他方、牛鬼に身体を掴まれた沙羅は逃れようと藻掻いたが、叶わなかった。

牛鬼にとっての人間は、人間にとっての女性用の薄い靴であるパンプス並の大きさだ。

牛鬼は鬼の身体を持つ神霊で、一樹の陽気で強化されている。そんな牛鬼の手に掴まれた沙羅が、掴まれた状態から脱せるはずがない。

一樹は沙羅に聞こえるように、発声して牛鬼へ指示を出した。


「牛鬼、お前の棍棒で地面を一回殴れ」

牛鬼の持つ棍棒は、人間よりも遥かに大きい。その巨大な棍棒を振り上げた牛鬼は、それを勢い良く地面に叩き付けた。

直後、鈍い衝撃音が響き、芝生が抉れて土が弾け飛んだ。

驚いて抵抗を止めた沙羅に向かって、一樹は声を掛けた。

「左手で掴んでいるB級の牛鬼が、右手の棍棒で殴れば、C級の護符を破壊するどころではない。相手がB級の大鬼であっても、棍棒で殴れば身体が陥没する」

牛鬼は人間ではなく、鬼の身体を持っている。

その力で棍棒を叩き付ければ、打ち据えられた人間は身体が陥没して、全身の骨が砕ける。

一樹は沙羅に対して、何が起こるのかを説明した。

「勿論、そんなことはしないが、これが実戦だったら決着している。だから降参しろ。俺の牛鬼は、B級の力を持っている。それも下位ではない」

身体を掴まれている沙羅は、牛鬼が保有する神気の大きさを肌で感じ取れる状態にあった。

降伏を求めた一樹に対して、沙羅は紫苑に目を向けながら答えた。

「分かりました。私は牛鬼に捕まります。ですが紫苑は頑張っているので、紫苑が降伏するのかは、紫苑に任せたいのですが」

沙羅は、牛鬼の手を塞ぐという微妙な降伏条件を付けた。

もっとも五対一では、八咫烏達が負ける可能性は皆無に近い。それに牛鬼の左手は塞がったが、右手と棍棒も空いている。

一樹は鷹揚に頷いて答えた。

「別に構わない。八咫烏達は、一羽で互角の力がある。そして五羽と牛鬼を突破できてすら、俺には勝てない。せっかく宣伝になるのだから、少しアピールしておこう……『カヤ』」

一樹は虚空から和弓を取り出すと、矢に呪力を籠めた。

山姥と戦った際、一樹は矢に五行の火行を籠めて『火行ノ祓』を射掛けた。だが籠められるのは、五行だけではない。式神の力を矢に纏わせて、放つことも出来る。

一樹は自身と気が繋がる牛鬼の力を逆流させて矢に籠めると、芝生に向かって射掛けた。

『牛鬼ノ祓』

矢は放物線を描いて飛び、芝生に突き立てられた瞬間、バアアアアンッと弾けるような爆発を引き起こした。まるで牛鬼に棍棒で殴られたかのように、芝生と地面の一部が弾け飛び、勢い良く舞い上がった。

思わず息を呑んだ沙羅に向かって、一樹は告げる。

「俺にはほかの式神も、呪術もある。この攻撃を受けながら、俺の守護護符を突破できるか」

一樹に問われた沙羅は、完敗の表情を浮かべながら答えた。

「本当に、お強いのですね」

一樹と沙羅の視線の先では、紫苑が八咫烏達に追い回されていた。

先端を加熱させ金属の火矢の雨を浴びせ、水弾の暴風雨を撒き散らす。

五羽は、『遊び相手として、獲物役になってくれている紫苑』にトドメを刺さないように、程々に手加減しながら撃っていた。

それを戦っている紫苑も理解しており、何やら怒って叫んでいるが、その声は遠すぎて一樹には届かなかった。

牛鬼が近くに寄せた沙羅と共に、戦いの様子を見守りながら、一樹は沙羅に話し掛けた。

「あっちは諦めが悪そうだな」

「紫苑は、負けず嫌いなんです」

三次試験と異なり、エキシビションマッチには時間制限が設けられていない。八咫烏達が楽しんでいる様子を見た一樹は、暫く好きにさせることにした。


一樹が八咫烏達と紫苑の戦いを見守る間、沙羅から質問が投げかけられた。

「私のトドメを刺しませんでしたけれど、悪しき妖怪なら倒しましたか」

「倒せるなら、当然倒すだろう。逃したら被害が出るんだぞ」

逃してしまった山姥を思い浮かべながら、一樹は無念そうに答えた。

蒼依の家の納屋や周囲には、鳩の式神を配置しているが、山姥が接近した形跡は無い。

大鬼並の強さを持っており、のたれ死ぬようなタイプでもないので、何処かに逃げ果せたのだと思われた。

「それでは実戦で、善き妖怪が相手だったら、どうしますか」

「その牛鬼が、善き妖怪のパターンだった。牛鬼を倒せと依頼を受けて赴くと、椿の神霊だったんだ。だから倒さずに式神化して、手伝ってもらっている」

「そうなのですね」

牛鬼の手の中で動く気配がして、一樹は沙羅に振り返った。

沙羅は牛鬼を見上げた後、一樹に向き直って尋ねた。

「八咫烏達は、親元から卵を取ってきたのですよね」

「あいつらの親は、首輪が付いた飼い犬を食べていた。子供もそうなるから、俺が育てている。子犬が可哀想だからではなく、俺の良心が咎めないからだが、あいつらを殺す気は無いぞ。怨霊系は嫌いだ」

沙羅と目を合わせた一樹が答えると、沙羅は待機所で話したときのような穏やかな表情で尋ねた。

「私に仰られたことは、全て本当ですか?」

「……八咫烏達の親は、動画を撮ってあるから渡しても良い。牛鬼は、神気を感じ取れるだろう」

エキシビションマッチの目的を察した一樹に対して、沙羅は頷き返した。


「一樹さんがどのような方か、少し分かりました。ところで一樹さん、携帯番号を教えていただけませんか。誤解やすれ違いがあれば、解けるかもしれませんし」

「了解。牛鬼、離してやれ。五鬼童家の用件は終わったらしい」

一樹に指示された牛鬼は、左手をゆっくりと降ろして、沙羅を解放した。

すると飛び降りる際に沙羅は蹌踉めいて、一樹が咄嗟に抱き留めた。

「そこまで調査するな」

「ちょっとしたお詫びという解釈で、如何でしょうか」

蹌踉めいた振りをした沙羅が、上目遣いで微笑むと、一樹は溜息を吐いた。

そして沙羅に纏わり付いた泥水に向かって、気を送る。

『還れ』

すると一樹の気から変換された泥水は、光球と化して霧散していった。

「「「「「カァー、カァー、カァー」」」」」

「ふーざーけんなーっ、きゃあああっ」

一樹と沙羅が抱き合う間、五羽には紫苑を追い回させて、存分に遊んでもらった。