第四話 五鬼童家の調査
二次試験の結果が発表され、試験を受けた七四八二人中五五八人が合格した。
陰陽師協会側が「毎年五〇〇人以上は受からせたい」と目標を掲げており、それが達成可能な試験難易度にしているため、概ね計画通りである。
このうち下位の四五八人が、そのままF級陰陽師に認定された。
そして上位一〇〇名は、暫定的なE級陰陽師に認定されている。
三次試験は上位一〇〇名に対して行われ、合格すれば中級とされるD級陰陽師に認定される。
「さて、どうしたものかな」
二次試験が終わった夜。
今回の国家試験で責任者を務める男、A級陰陽師にして五鬼童家の当主である五鬼童義一郎が、二人の副責任者を集めて質した。
態度が気軽いのは、副責任者の一人が実姉の春日弥生で、もう一人が実弟の五鬼童義輔だからだ。姉弟間で私的に会うときにまで、堅苦しい言葉は使わない。
国家試験の責任者が偏るのは、陰陽師として力がある家が持ち回りで行うからだ。今回を含む三年ほどは、五鬼童の担当となっている。
姉は結婚して苗字が変わったが、元は五鬼童という苗字のB級陰陽師だった。
総責任者を務める義一郎がA級で、副責任者の一人である義輔はB級。
五鬼童家は、一家で総責任者と副責任者二名を揃えられる陰陽師の大家だ。
「どうしたも、こうしたも、ないだろう。儂の娘達が二位と三位になったのは残念だが、そんなものは実力だ。兄者、全て公正にやれば良いのだ」
ガッシリとした体格の義輔が、堂々と宣った。
三次試験は、受験生同士で直接戦う対戦試合が行われる。
中級陰陽師になれば、大口の依頼が入り、強い妖怪との実戦も増える。対戦相手に負けるような人間には、強い妖怪との戦いに駆り出される中級資格は与えられない。
成績上位者のキャリアを下級で開始させたくない陰陽師協会は、一位と一〇〇位、二位と九九位という形で、対戦相手を上と下から順番に選んでいる。
また成績の下位者には、下級から下積みを経験させたほうが、以降の成長を期待できると考えている。
相手に一〇分耐えられるか、相打ちで引き分けた場合、両者共にE級だ。
勝った五〇名以下、合格者の一〇分の一以下だけが、最初から中級となる。
三次試験は、対戦相手を数値化できないために、点数が付かない。
そのため勝った五〇名は、二次試験の成績順で序列が定まる。
一樹の場合は、三次試験で一〇〇位の相手と対戦して、それに勝てばD級陰陽師の資格を得られると同時に、陰陽師国家試験の首席合格者となる。
総責任者の義一郎に対して、慣例に沿って公正にやれと返した義輔に口を挟んだのは、二人の姉の弥生だった。
「そういう話ではないのですよ、義輔。同い年で、沙羅や紫苑に勝てる賀茂一樹は、人間ではない。それでは、正体は何か。それを懸念しているのです」
弥生が指摘した『賀茂一樹の正体』なる問題に、義輔は押し黙った。
一樹と同い年で受験した義輔の双子の姉妹、沙羅と紫苑は二位と三位だったが、二人が負けるのは異常である。
五鬼童とは、前鬼・後鬼という鬼神達の子孫の家系だ。
前鬼・後鬼は、元は生駒山地に住んで、人に災いを為していた。
そこで修験道の開祖である
役小角は、『古事記』(七一二年)に登場した神の一言主を、『日本霊異記』(八二二年)で使役した逸話すら持つ天上の存在だ。日本八大天狗を上回る力を持った別格の天狗でもあり、石鎚山法起坊の名も持っている。
その弟子の前鬼は、後に日本八大天狗の一狗、大峰山前鬼坊となった。
すなわち五鬼童とは、神すら従えた修験道開祖の弟子にして、鬼神と日本八大天狗の血を引く家柄である。
強大な妖怪二系統の血を引く五鬼童は、気の内包量が尋常ではない。
かの有名な陰陽師の大家、賀茂一族の系譜が相手であろうとも、人間を相手に気の量で負けるはずがないのだ。
「賀茂家であるならば、術式で負けても恥ではありません」
役小角は賀茂の一族で、賀茂役君小角とも呼ばれる。
五鬼童の先祖であった前鬼・後鬼の師匠の出身家である賀茂家なればこそ、五鬼童家が術式で負けても恥とはならない。だが問題は、術式とは別の所にあると弥生は考えた。
「ですが三枚目の守護護符に籠められた気は、一枚で沙羅や紫苑に匹敵しました。あれは、人間の力では有り得ません」
「……そうだな」
義輔は娘である双子の姉妹、沙羅と紫苑の力量を思い浮かべた。
五鬼童は、優れた子孫になる血筋や力量の相手を配偶者に選んでいる。
そして修験道の開祖から直接受けた修験を基に、一三〇〇年以上も修行方法を練りながら試行錯誤してきた。五鬼童が正しく修行すれば、一五歳で並の天狗であるC級に届き、落ちこぼれでなければ二〇歳までにはB級へ届く。
義輔は本家の次男だが、兄に何かあれば当主を代われる経験と力は持っており、その可能性も踏まえて結婚相手も選んでいる。娘の沙羅と紫苑は、五鬼童本家と比べても遜色ない血統だ。
二次試験では沙羅が紫苑に勝ったが、それは気質の違いが出ただけだ。
姉の沙羅は、落ち着いた性格で、気質が鬼神寄りの防御型だ。
鬼神には、『鬼神に横道なし』という言葉がある。小手先の曲がったことはせず、正面から堂々と受けて立つ。
妹の紫苑は、勝ち気な性格で、気質が天狗寄りの攻撃型だ。
天狗とは、天の犬である。日本では天の狐ともされるが、その名のとおりに天を駆け、敵を打ち払っていく。
攻撃型の紫苑でも、鬼神と八大天狗の血統による呪力量で、相応の結果が出る。そして防御型の沙羅が作る護符は、まさしく人外のレベルだ。
総責任者の義一郎は、改めて告げた。
「五鬼童が、同い年の『只の人間』に呪力で負けるなど、有り得ない。賀茂一樹は、鬼神と八大天狗の血統を上回る何かが混ざっている。それはどのような怪異の力か。それが陰陽師協会に食い込むと一体どうなるのか。さて、どうしたものか」
同じ言葉を繰り返した義一郎は、試験の不正を行いたいのではなく、突然現れた謎の存在をどうすべきか、それを問うているのだと告げた。
人ならざる血が入っていようとも、陰陽師協会は気にしない。
五鬼童も鬼神と大天狗の子孫であるし、かの有名な安倍晴明も、母親は『葛の葉』という気狐だ。純血の人間で無ければ陰陽師に相応しくないと言うならば、日本の陰陽道を支えてきた安倍晴明と、その子孫達の功績も否定される。
五鬼童家も鬼と天狗の血を引いており、A級陰陽師には気狐なども属している。
故に、妖怪の血を引いていようとも、陰陽師として不適格とはならない。
だが賀茂一樹が何者であるのかは、五鬼童にとって関心事項であった。ましてや、自分達が責任者を務める試験に来たのであれば、尚更である。
一体何を懸念しているのか、弥生は具体的な展開を義輔に説明した。
「賀茂一樹が悪性であって、B級に昇格して、都道府県の現場統括者になったとします」
「……うむ」
「すると担当する都道府県内の依頼は把握できるので、邪魔な陰陽師が居れば、大妖を投じて邪魔者を始末できます。そしてエリア内に、一般人を喰う妖魔の地を作るかもしれません」
それは陰陽師協会にとって、存続に関わるほどの危機だ。
五鬼童直系の一人程度が悪性であっても、陰陽師協会は妨害できる。だが、互角の相手ならば防げるが、格上の相手となると困難だ。
賀茂一樹は、既に沙羅と紫苑を上回る成績を上げている。将来のB級は確定的だが、B級に留まらない可能性も大いにあった。
「A級に至る可能性も、大いにあるでしょう。これが悪性であるならば、協会としても、五鬼童としても、看過できません」
そのように弥生は、締め括った。
前鬼・後鬼の子孫である五鬼童は、修験道の霊峰である大峰山麓の下北山村前鬼に修行者のための宿坊を開いた。そして一三〇〇年を超える今でも、役行者との約束を義理堅く守って、宿坊を続けている。
五鬼童に生まれた男子の名前には、必ず『義』が入るほどに、五鬼童は義理深い一族でもある。
義輔は目に理解の色を宿して、弥生と義一郎の話に納得した。
「話は分かった。だが、どうやって善悪を確認する。我らが問うたところで、試験に落ちるようなことを言うはずがないぞ」
指摘された義一郎も、陰陽師国家試験を受験しに来た相手に対して、問答で聞き出せるとは思っていなかった。
お前は悪性かと問うて、悪性だと答える妖怪は山ほど居るが、それは自分が圧倒的に有利な状況で相手を
陰陽師協会を訪ねて来て、自分が邪悪な妖怪だと宣う阿呆は居ない。
「問答ではなく、戦いで気質を見る。陽気や神気で戦い、その中で見せる人間性が善性であれば、一先ず善性で良かろう。悪性であれば、程度によって様々に対応する」
「賀茂一樹は一位だ。一〇〇位の奴と戦っても、何も引き出せんぞ」
対戦相手の変更は不可能だ。
あくまで慣例の対戦相手選定であり、ルールとして明確に定まっている訳ではないが、二位と三位に五鬼童が居るときに勝手な変更は出来ない。
護符の作り方が上手いからといって、実戦で強いとは限らない。
だが五鬼童は、一樹の動画も軽くだが、確認している。
使役している八咫烏五羽が小鬼達を狩っており、その中には中鬼も居て、少なくとも五羽それぞれがD級以上の力は持っていた。すなわち陰陽師としての一樹の実力は、D級五体を超えている。
D級とは、西洋ではリザードマン並の強さだ。
一樹に対する一〇〇位の対戦相手が、どれほどの力量であるのかは不確定だが、格闘技の世界一位でもD級を相手に物理では勝てない。そして気が強ければ一〇〇位になるはずもなく、敗北は必至だった。
「最後にエキシビションマッチを組めば良い。一位の賀茂一樹と、二位と三位の沙羅と紫苑の二人とを同時に対戦させるのだ。それを受けて勝つのなら、五鬼童でC級に推薦するという条件で」
「成程」
説明を受けた義輔は、大いに納得した。
日本陰陽師協会は、『日本の陰陽師達が、日本の妖怪変化を効率的に祓う』ために組織される団体だ。
組織で活動すれば、全都道府県に守りの薄い地域が生じず、人々の犠牲が減少する。
そのために、使える新しい陰陽師を選んで格付けするのが陰陽師国家試験であり、使える強い陰陽師に高いランクを与えるのは試験の趣旨に沿う。
そして今年の陰陽師国家試験の責任者は、五鬼童家である。
首席に良い人材が居たから、一つ上のランクで推薦するというのは、対象者が自家と無関係であれば問題視されることではない。
「賀茂一樹には、予め総責任者の私から伝えておく。義輔は、沙羅と紫苑に説明しておいてくれ」
「だが賀茂一樹が受けるか?」
「わざわざ動画を投稿して、試験で目立っているのは、早く上に行きたいからだろう。金か、地位か、名誉か、何れであろうと、せっかく与えられた機会を逃すことはあるまい」
「……分かった。沙羅と紫苑に話しておく」
かくして一樹と、五鬼童家の双子との対戦が、試験に組み込まれた。
「ところで二人とも、鰹節を二本ずつ持ち帰ってくれんか。うちは双子で、六本になった。流石に喰えん」
「「…………」」
運営側の五鬼童が、鰹節を廃棄していますとは言えない。
義輔の力強い眼差しに見詰められた姉と兄は、二本ずつを引き受けた。
◇◇◇◇◇◇
二次試験が行われた三日後の八月四日。
蒼依と八咫烏五羽を連れた一樹は、対戦試合が行われる三次試験の会場へと赴いた。
八咫烏五羽は、大型鳥用のキャリーバッグ二個に分けて入れている。そして一樹と蒼依で、一つずつ運んできた。
ハシブトガラスの重さは五五〇グラムから七五〇グラム。大型鳥用のキャリーバッグと合わせても二キログラムほどで、中学三年生が持ち運べる程度だ。
くわえてタクシーで移動したので、道中で職務質問されるようなことも無かった。
「三次試験は、見学できるんですね」
「試験会場は、練馬区の光が丘公園に変わるからな。凄く広いぞ」
光が丘公園は、練馬区にある都立公園で、元は飛行場が置かれていた。
広さは六〇ヘクタールで都内四位だが、六ヘクタールにも及ぶ広大な芝生広場があるため、野外の対戦試合に向いている。
人を害する妖魔を倒す陰陽師は、公益に資する存在だ。
その陰陽師を増やす国家試験であるため、国や東京都も場所を貸してくれる。
「一ヘクタールの試合会場が五つ用意されて、各会場で一〇試合ずつが行われる」
一ヘクタールは、一〇〇メートル四方、一万平方メートルの広さとなる。
何かに例えるのであれば、四〇〇メートルの陸上競技を行うトラック場や、縦横一〇八メートルの野球場のグラウンドと同程度だ。
野球場を使って一対一で戦うならば、充分な広さだろう。
対戦する両者は、白いテープの線で囲われた両端から試合を開始する。
そして一〇分以内に式神や術を飛ばしたり、武器を振るったりして、相手を攻撃する。
二次試験で作成した守護護符は、各自が三枚を残している。そのうち相手の二枚を破壊すれば、勝利となる。
「主様は、その広さで足りるのですか?」
蒼依の懸念は、五鬼童の双子と戦うことを想定したのだろう。
一〇〇位の相手と戦うのであれば不要だが、二位と三位を同時に相手取るのであれば、広さが不足するかも知れない。
「五鬼童は、飛べるらしいからなぁ」
エキシビションマッチの連絡があった後、一樹は五鬼童で検索して、戦いの動画を見て回った。
一樹と異なり、五鬼童家達は動画のアップロードなどは行っていない。
だが古くから沢山の戦いを繰り返す五鬼童家の動画は、それなりに撮影されている。知名度が高いほど再生数も増えるので、他人の手による動画の転載も行われやすい。
アップロードされていた動画には、五鬼童の術者が天狗の翼を生やし、空を駆け、急降下して妖怪を狩る姿が映っていた。
対する一樹も、空中戦が可能な八咫烏五羽を投入予定だ。
空中戦を行えば、設定されたフィールドを飛び出して行きかねない。
「一応、エキシビションマッチは、六ヘクタール全部を使って良いそうだ」
「それなら安心ですね」
一樹の勝利を確信する蒼依は、安堵の表情を浮かべた。
勿論一樹も、戦って負ける不安は持っていない。
────問題は、こいつ等が勝手に明後日の方向へ飛んでいかないかだが。
数日間もホテルに居た八咫烏達は、運動不足で、やる気が満々だ。解き放てば、どこまででも飛んで行きかねない。
一樹は一抹の不安を覚えながら、そのまま試合会場入りを果たした。
会場で受付を済ませた一樹は、キャリーバッグから出した八咫烏達に羽ばたきをさせながら、先に行われている試合を見学した。
既に試合は、『五〇位 対 五一位』、『四九位 対 五二位』で始まっていた。
一樹は最後に回されているため、九試合を待たなければならない。
試合時間が迫るまでは公園を散策しても良いが、ほかの受験生達の試合は勉強になるので見学を選んだ。
ただし、一番参考になるであろう五鬼童の試合がある時間帯には、自身の試合もある。そちらの見学は、試合時間的に難しかった。
見られたとしても、九八位や九九位との対戦は直ぐ終わるだろうが。
「持ち込むものは、何でも良いんですか」
隣に座って一緒に試合を見学する蒼依に、一樹は試合から目を離さずに言葉だけで返答した。
「持ち込むものは、法律に反しない範囲で、これから陰陽師の活動で使っていくものなら何でも良い。試合だけ高価な符を大量に持ち込むとか、誰かから借りるとか、対人用の重火器を持ち込むのは駄目だけどな」
試合は、陰陽師として活動していけるのかをみる試験だ。
試合にしか揃えられない高価な符や、一時的にしか借りられない他人の武器を持ち込んで試合に勝っても、その後に活動していけない。
また重火器で妖怪を殺したければ、陰陽師ではなく自衛隊に入るべきだ。
論外なことは禁じられており、そのほかであれば概ね許容される。
「だけど使って良い守護護符は、二次試験で作って残った三枚だけだな。三枚のうち二枚が壊されれば、負けになる」
「どうして三枚作ったのに、二枚で負けなのですか」
「受験生の安全に配慮しているからだろう。二枚壊れた時点で試合終了の合図を出せば、対戦相手が次の攻撃を止められなくて当たっても、三枚目が壊れるだけで済む。陰陽師協会は、受験生の片方を殺したい訳じゃないからな」
一枚で一〇秒保つのであれば、二枚目が壊れてから制止しても、大抵は三枚目が壊れる前に止められる。
試合終了後の意図的な攻撃は、試合ではなく、傷害や殺人未遂だ。
試合に失格となり、陰陽師の資格も与えられず、警察のお世話になる。
したがって試合終了の合図があれば、止まらない受験生は居ない。
三次試験は、D級とされるリザードマンの下くらいの戦いが暫く続いた。
四一位から五〇位と、五一位から六〇位の受験生達は、D級に入れるか否かの境目にいる。
呪力は殆ど同じで、それを如何に上手く使うかで勝敗が決する。
圧倒的な呪力差で押し潰す戦いよりも、創意工夫の余地があって、それなりに参考になった。
────体術とか、頭を使った戦いの組み立て方でも、勝敗は変わるな。
中級のD級と、下級のE級とでは、世間から受ける扱いに大きな差がある。
そのため受験生達は、敗北しそうになっても容易には諦めず、必死に相手を倒そうとした。
呪術を放ち、気で大幅に向上させた身体能力で武器を打ち合い、それなりに二次試験の順位を逆転させていく。
「D級って、これくらいなんですね」
犬の怨霊で作った式神を放った術者が居たが、蒼依は淡々と評価した。
外見は古風な大和撫子の蒼依だが、山姥の祖母との同居生活のためか、あるいは八咫烏達が小鬼を狩って来るからか、倫理観や情緒は普通の中学三年生ではない。
「この辺の受験生は、実力的にはD級下位だけど、守護護符も作れるし、それを突破できる有効な攻撃も出来る。同格の相手に勝てれば、E級上位の小鬼には負けない。だからD級になれる」
二人が見守る中、試合に決着が付いて、対戦相手が入れ替わっていった。
二一位から三〇位と、七一位から八〇位くらいになると、次第にリザードマンの中と、小鬼の上くらいの一方的な戦いに変わる。
実力差が開くと、下位者は一発逆転を狙って大技を仕掛け始める。勝つ手段があるために試合は成立しており、実際に番狂わせも発生するが、それは上位者も経験が浅くて、甘さがあるからだ。
────ここで負けるなら、E級に落ちるのは本人のためだな。
実戦で妖怪に負ければ、そこで死んでしまう。
故に「未だ修行不足だから、下級からやれ」と告げるのは、命を失わずに済む本人と、陰陽師を死なせずに済む陰陽師協会の双方にとって、大いに利に適う。
甘い陰陽師が炙り出されて、弾かれていくのを見守る内に、試合は明確にD級とE級との実力差がある一方的な戦いに変わっていった。
一一位から二〇位と、八一位から九〇位とでは、大番狂わせにも程がある。
万が一の可能性も有り得るが、確率論的には極小であり、一樹の目の前では起きなかった。
試合は順当に流れていき、やがて一樹の順番となった。
「それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃいませ、主様」
一樹は後ろに五羽を引き連れて、対戦試合の選手待機所へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
待機所に入ると、対戦相手である紋付き袴姿の青年が待ち構えていた。
彼は一樹に向かって、高らかに名乗りを上げる。
「うはははははっ、俺が安倍晴明の子孫、安倍晴也だ!」
自信溢れる表情の青年は、一樹より少し年上の高校生くらいだ。言葉やしぐさの端々からは、自信と活力が満ち溢れていた。
試合前に対戦相手に話し掛けるのは、ルール違反ではない。
敵を威圧したり、挑発したりして掻き乱すことも勝負のうちであり、怯えるような者が悪いと考えられる。なにしろ陰陽師になった後は、妖怪と殺し合いをするのだ。
だが待機所の会話は生中継されており、「わざと負けなければ家族が酷い目に遭う」などの発言は脅迫罪となる。また試合前の攻撃も、傷害罪で逮捕案件だ。
一樹は怪訝に思いながら、対戦相手に聞き返した。
「安倍晴明の子孫は、室町時代からは土御門を名乗りました。そして嫡流の土御門家は、平成六年に三六代目が亡くなって途切れました。あなたは、何処の安倍晴明さんのご子孫ですか?」
安倍晴明は一一〇〇年前に実在した人物で、土御門家は三六世代を重ねている。
一世代毎に子孫が二倍ずつ増えた場合、子孫は数百億人にもなる。
地球にはそれほど人類は存在しないが、ようするに血を引いた子孫であれば、日本中にどれだけ居てもおかしくはない。
だが安倍嫡流は土御門に姓を変え、土御門本家嫡流は断絶した。そのため安倍晴明の子孫を自称する相手に対して、一樹は違和感を覚えた次第だ。
「俺が安倍晴明の子孫である証拠を見せてやる。見ろ、これが俺の式神だっ!」
一樹の質問に対して、晴也は自らの影から、大鷹の式神を飛び立たせた。
「ピィイーッ、ピィイィーッ」
大鷹は、バサバサと翼をはためかせると、甲高い鳴き声を上げながら、晴也の肩に飛び乗った。
質問に対しての答えとばかりに大鷹を示された一樹は、晴也の肩に乗る大鷹の式神を観察した。
影から出て来るならば、肉体が存在しない霊体である。
紙や木片を用いた道教呪術系ではなく、鬼神や神霊を呪力と術で使役する陰陽道系であり、死んだ大鷹の霊を用いている。
「その子は、あなたが育てたのですか」
「いや、コイツは我が家に伝わる式神だ。見ろ、まさしく日本鷹、戦国時代の鷹狩りで使われそうな凜々しい姿。これこそが、我が家が古くから続く陰陽師家である証だ!」
晴也の堂々とした態度に反して、発言内容では安倍晴明の子孫であることを証明できていない。一樹は、相手がわざと混乱させる精神攻撃でも行っているのかと疑った。
鷹が怨霊系ではない部分に関しては、一樹も安堵したが。
「霊体の式神は、完全破壊されなければ術者の影に戻り、時を経て復活します」
「それがどうした!」
「うちの八咫烏達には手加減させて、大鷹の霊体も浄化しないので、大鷹が負けたと思ったら、すぐに戻してください。安倍さんの身体にも、大鷹の霊体の一部を残しておくと、より安全でしょう」
一樹は生中継を見る人々に対しても、鷹の式神を殺す訳ではないと説明した。
「カラスよりも、鷹のほうが強いに決まっとるやろが。試合で思い知れや!」
「それでは試合で拝見します」
一樹の式神はカラスではなく、八咫烏である。だが相手も承知の上で、勝つために気勢を上げたのだろうと、一樹は理解した。
そして気勢を受け流し、フィールドの端に向かった。
八咫烏達は、一樹の後ろをピョンピョンと付いて来る。
そんな八咫烏達に向かって、一樹は優しく言い聞かせた。
「あー、アレを虐めちゃいけませんよ。軽く、軽く、分かりますか?」
「「「「「カァッ?」」」」」
八咫烏達はチョコンと首を傾げながら、頼もしからざる答えを返した。
もっとも八咫烏達は、創造神ないし主神が遣わした神鳥で、神武天皇を導いた。そして今は、一樹と式神契約をしている。使役者と式神との意思疎通は、繋がる気を介して明確に行える。
本来であれば、言うことは聞いてくれる。だが数日間、都内の狭いホテルの室内に入れられた八咫烏達は、欲求不満である。