上目遣いで睨まれ続ける一樹は、邪念を振り払うべく、八咫烏の育成について思考を巡らせた。

カラスの巣立ちは、遅くとも八月。

そのくらいまでの世話は必要だが、学校がある一樹は掛かりきりになれない。

蒼依も同じく学校に行くので、世話を出来ないタイミングは一樹と被る。

「俺と蒼依が居るときは二人で世話をして、学校に行っているときは、父さんに頼もうと思う」

話題を変えようとした一樹に、蒼依も応じた。

「分かりました」

和則であれば、子供の一樹に対して不利益なことはしない。

『一樹以降の賀茂家に、代々引き継がれていく式神達』

八咫烏の世話は、賀茂家の力を高めることに繋がる。

故に賀茂家の当主にして再興を望む和則は、喜んで八咫烏を世話するだろう。

手伝ってもらう依頼料は、一樹が蒼依から借金した。和則も金を稼がなくてはならないからだ。

「進学するためには、真面目に学校に通わないといけないからな」

引っ越した一樹は、蒼依と同じ公立中学に通っている。

現在は中学三年生であり、高校進学の費用に借りるアテが出来た一樹は、高校には進学するつもりだった。

「受験勉強、お手伝いしますので、頑張ってくださいね」

「ああ、そっちも頑張る。偏差値が高いらしいけど」

蒼依の家は、市町村合併で隣接する花咲はなさき市に吸収合併された田舎村だ。

公立高校の選択肢は複数あって、偏差値ごとの普通科のみならず、専門高校と呼ばれる農業高校、商業高校、工業高校も一校ずつ存在する。

私立高校も複数あるが、地元では花咲学園高等学校が第一選択肢に入る。

高校は義務教育ではないが、中卒の陰陽師だと、依頼人から侮られて不利益を蒙る。そのため一樹も、程々には真面目に勉強していた。


「生まれるまでは孵卵器がやってくれるから、気を送るだけで良いけどな」

人工孵卵器は、一時間毎の転卵や温度・湿度調整など、孵化に必要なことを全て行ってくれる。

孵卵器の温度と湿度は一定に保たれており、孵化の二~三日前からは転卵を止めて、湿度を上げて、孵化を全自動で行ってくれる設定だ。

一樹が行わなければならないのは、一樹自身の気を送ることである。

与える気の量が大きければ、妖怪変化としての力が強くなる。

それに一樹の気で育てて式神化すれば、一樹の気を八咫烏の力に変換するとき、損失も小さくなる。

八咫烏の寿命は不明だが、ハシブトガラスは飼育下で約二〇年とされる。

カラス達が生きている間は、蒼依のように生きたままの式神契約をして、カラス達が死んだ後に一樹が生きていれば、神霊として牛鬼のような契約に切り替える考えだった。

◇◇◇◇◇◇

それから二〇日間で、神気を送ったほうから五羽の雛が孵った。

「沢山孵りましたね」

蒼依は優しい声で、言外に「これで良いのですか」と問うた。

「五羽とも孵るのは、予想外だった」

問われた一樹は、戸惑いつつ正直に答えた。

送る呪力を陽気と神気に分けたため、一〇個のうち半数は駄目になると思っていた。

妖怪に神気を送っても育つ訳がないし、逆に神鳥には神気以外を送っても育つ訳がないからだ。

さらに野生でも、人工の孵化でも、全ての卵が孵ることなど有り得ない。

そのため一樹は、五個のうち、二個から三個ほどの卵が孵る光景を思い描いていた。


二羽までなら、両肩に乗るだろう。

三羽なら、頭に乗られて何とかなる。

だが五羽は、一体何処に乗るのか。

一樹は自身が案山子になって、伸ばした両手に二羽ずつ乗せる光景を妄想した。

そんな一樹の困惑に構わず、ヒナ達は「ピヨッピヨッ」と鳴きながら、物音がするたびに口を開けて餌を強請ってきた。そして満腹になると、口を開けなくなる。

一樹は餌を強請られるたびに、条件反射的に給餌して、気も与え続けた。そして糞の始末もして、八咫烏のヒナ達を育て始めた。

孵化するまでの二〇日間に飼育方法を調べていなければ、大変なことになっていただろう。

蒼依も八咫烏達を可愛がっており、二階にある四部屋のうち、一部屋を八咫烏達用の部屋にしてもらった。

さらに蒼依は自分の部屋に連れて行って、ヒナの世話をしてくれたりもする。

蒼依の部屋から物音が聞こえてきて、同じ二階に住んでいる一樹は、今夜も蒼依が世話をしてくれているのだと認識した。

「母親代わりだな」

和則に任せている時間を除けば、一樹と蒼依の世話の割合は、蒼依のほうが若干多い。

一樹が依頼したのではなくて、蒼依が率先してやってくれているのだが、八咫烏達も一樹と蒼依を両親のように認識している。

八咫烏達が自分でそう言った訳ではないが、和則に対するよりは懐いているので、親馬鹿の一樹は、そのように認識している。

「はぁ、疲れた」

子育てをしているような状態の一樹だが、蒼依が八咫烏達を自室に持ち込む時間は、一樹の管理下から離れる。

一樹は風呂に入って寝ようと、風呂場に赴いた。

そして洗面所の扉を開けたところで、湯上がりの蒼依と鉢合わせした。

普段は日に当たっていないのではないかと不安を覚える色白の肌が、風呂で血行が良くなったらしく、仄かに赤みを帯びて健康な色になっていた。

「すまんっ」

一樹は慌てて後ろを向いて、扉を閉めた。

普段の一樹は、蒼依に声を掛けられてから風呂に入る。

だが最近は、八咫烏達の世話で時間帯が不規則になっており、一樹は蒼依の迷惑にならないように音で判断していた。

洗面所を施錠していなかったことを責めるのは、酷だろう。

蒼依の家は二世帯住宅で、蒼依は実質的に二階で一人暮らしだった。

ここは蒼依の家であり、蒼依がルールで、そこに押し掛けたのは一樹である。つまりは有罪である。一樹は蒼依が服を着て、判決を下しに来るのを待った。

だが蒼依を待つ間、女性らしい体付きの白い肌は、思い起こさざるを得なかった。

『……主様。気で繋がっているので、考えていることが少し伝わるって言いましたよね』

気が必要なはずの蒼依から、繋がる気を逆流させての意思伝達があった。

────こんなに明確に、意思を伝えられるのか。

今まで人型の妖怪を一度も使役した経験が無かった一樹は、蒼依の鮮明な意思伝達に戦慄した。そして、自分の罪が重いらしいと自覚せざるを得なかった。

『責任、取ってください』

まさか裸を見られたから「もうお嫁に行けない」という古風な話だろうかと、一樹は慄いた。

杉の木が電柱だった時代の話をしていた山姥に育てられた蒼依は、本気で言っているのかも知れない。判断が付かなかった一樹は、だが答えを返した。

『式神化したからには、一生面倒はみるつもりだ』

自分のほうが、世話になっている状態だと一樹が自覚したところで、感情のいくらかが伝わることを思い出した。

意図せずに本音が伝わったらしく、蒼依からの追及は止んだ。

「早々に、意図しない感情の伝達をカットする訓練をしよう」

初めて人型を使役した一樹は、使役できない父親からは教えられておらず、自身に足りていない部分を自覚した。

そのようなトラブルにも見舞われつつ、一樹は八咫烏の育成を続けた。

そしてついにYouTuboにて、『見習い陰陽師が八咫烏を育て始めました』とタイトルを付けて、ピヨピヨと鳴く八咫烏達の動画をアップロードし始めた。

五羽に対する困惑も載せると、コメントでアホだと言われつつも、励ましのメッセージも送られて、炎上せずに再生回数が増えていった。

その中で、八咫烏達の名前を尋ねるコメントが投稿されていた。


『山田次郎 六時間前

養育、お疲れ様です。

ところでヒナ達には、名前を付けてあげましたか。

いつまでもヒナ達だと、困ると思います。

それではこれからも頑張ってください』


付けた名前は、性質に影響を与えるために、かなり重要だ。

一樹は悩んだ挙げ句、五行から五神を選んで付けた。

「木行の青龍、火行の朱雀、金行の白虎、水行の玄武、土行の黄竜にする。五羽に与える気も、五行で分ける。そうしたら俺にも、見分けが付くからな」

土行は麒麟とされることもあるが、麒麟は人を傷つけないことや、八咫烏が空を飛ぶことから、黄竜を選択した。

一樹は八咫烏の数が五羽で良かったと、心から思った。

もしも六羽や七羽であれば、麒麟や鳳凰と名付けただろうが、五行を超えてしまうために、与える力が被ってしまう。

それに数が多いと掌握しきれなくなって、戦闘指揮も行き届かなくなる。戦うために入手した式神であるのに、多すぎて使えなくなっては、本末転倒である。

「強そうな名前ですね」

「そうだな。でも、どれくらい強くなるのかな」

八咫烏は、『古事記』では高御産巣日神が、『日本書紀』では天照大神が神武天皇に遣わしたとされる導きの神だ。


高御産巣日神は、天地開闢のときにあらわれた五柱の神々の一柱だ。

創造の神であり、神々の住まう高天原たかまがはらから、地上である葦原アシハラノ中国ナカツクニに、神を降ろす神だとされる。すなわち、神である八咫烏を地上に降ろせる。


天照大神は、日本神話の主神、太陽神、皇祖神などとされる。

神々の住まう高天原を治める日本神話の主神であるため、こちらも神である八咫烏を地上に降ろすに相応しい力と立場を持つ。


各神話に鑑みるに、八咫烏の潜在能力は非常に高い。

神霊である牛鬼や、イザナミの分体である山姥に、神格で劣ることは無いだろう。

そこへ一樹が、地蔵菩薩(閻魔大王)の神気を注いで誕生させたのだから、薄まった血と神格も相応に取り戻せたのではないか、と、一樹は予想した。


────妖怪に負けて殺されるよりは、勝ってくれたほうが良いか。

資格を持っていない見習いの試験に持ち込むには、いささか強すぎる気がしなくもない。

だが八咫烏自体は、日本に生息しており、大した力は持たないとされる。

人々の先入観や、印象を覆すのは容易ではなく、使役したところで悪目立ちする式神ではないと判断した一樹は、名付けた青龍、朱雀、白虎、玄武、黄竜の五羽を予定通りに育てていった。


カラスの成長は、人間よりも遥かに早い。

ヒナ達は一ヵ月で、若鳥と見違えるほどに成長した。

「「「「「カァーッ、カァーッ」」」」」

未だ少し高めだが、鳴き声は既に「ピヨッピヨッ」ではなくなった。

元が八咫烏とのハーフだからか、それとも給餌や水に鳥用の栄養補助食品を混ぜたからか、通常のカラスに比べて身体も随分と大きくなっている。

知能も普通のカラスよりは高く、人間の顔を見分けて行動を変えたり、紙コップ二個のうち片方に餌を隠して当てる遊びを覚えたりと、賢さも少しずつ身に付けてきた。

プールで水浴びしたり、餌を洗ったりと、カラスの習性も持っているが。

一樹は遊びついでに、放つ気の種類を合図として、集合、追跡、観察、攻撃、撤退を行う練習もさせた。

八咫烏達が飛べるようになると、鳩の式神を出して追わせたり、攻撃させたりする訓練も行った。

そして八咫烏達が充分に育った頃、陰陽師の国家試験が迫ってきた。

「……森で捕まえた小鬼を振り回して遊ぶのは、止めなさい」

一樹は、『多分』育ったはずの八咫烏達を引き連れて、国家試験に臨んだ。