第一話 牛鬼と山姥

「あの閻魔大王、絶対に赦してないだろ」

一人の男が輪廻転生して、一四年が過ぎた。

今世の男は、賀茂かも一樹いつきという名前を得た。

父親の和則かずのりは、国家資格を持つ陰陽師の一人だ。一樹は弟子の立場で活動しており、未だ資格は持っていない。

前世と今世は、どちらも戦後に年号が二度変わっており、時代は概ね変わらないと思われる。

大きく異なるのは、輪廻転生した今世には妖怪や魔物が生息しており、それに対抗する陰陽師や魔法使いのような存在も居ることだろう。

今世の日本の人口は、前世よりも少ない八〇〇〇万人前後。

世界規模で同様に人類が減少しており、時代や技術が殆ど変わらないことから、今世で跳梁する妖怪や魔物の影響が大きいと察せられた。

何しろ日本が国土と主張する土地の三分の二は、妖怪の領域に属している。

そんな日本で、国家資格を持つ陰陽師は、約一万人。

陰陽師にはランクがあって、国際基準に合わせた和則のランクはC級だ。これは実力的には『中の上』と見なされて、相当に稼げる立場だ。


もっとも、一樹が手を貸すまでの和則は、D級陰陽師だった。

D級は『中の下』とされ、下級の妖怪を相手にすれば安定して稼げるが、和則は中級の仕事に拘って呪具に大金を使い、収支は赤字になりがちで、複数の借り入れで自転車操業に陥っていた。

そのため一樹の両親は、離婚している。

『給食費は未納で、一日の食事が給食だけの日もあった』

『給食に出たデザートなどを持ち帰り、妹に与えていた』

『道端に生えている草花の蜜は、意外に甘くて美味しい』

『空腹でふらつき、体育の授業は立っているだけだった』

そんな生活をしていたのだから、母親が離婚の判断に至ったのは無理もない。

一樹は、式神術を覚えるために父親の傍に居る必要があった。

裁定者は『高い呪力で邪を祓えば、その分だけ魂に染み込んだ穢れの浄化も早まる』と告げた。

一樹の魂に染み込んだ穢れが一〇〇万だとして、一樹の魂とは無関係な邪を一〇〇万祓ったところで、染み込んだ穢れは浄化できないだろう。

だが一〇倍の一〇〇〇万なら可能かも知れない。

妖怪に喰われて一体化しての地獄墜ちなど断固拒否で、一樹は陰陽術を覚えて邪を祓いたい。

そんな一樹が父親から離れることを拒んだ結果、母親は妹だけを連れて出ていった。

故に一樹は『貧しい転生先を選んだ裁定者』に対して、「穢れを浄化しやすい家に転生させろ」と、苦言を呈した次第だ。

「一樹、何か言ったか」

「言っていないよ」

和則が聞き咎めたので、一樹は問題ないと答えた。

現在は、依頼を受けている最中だ。故に、気を散らせた一樹が悪い。

息子を質した和則は、依頼人に向き直って、改めて礼を述べた。

「このたびは、賀茂和則陰陽師事務所にご依頼を頂き、誠にありがとうございました。それで相川さん、妖怪は『牛鬼』であるとか」

「そうさ。暴れ回って、凶暴なやつじゃよ。そこに川があるじゃろ」

依頼人である白髪の老婆が、手に持った細長い杖で指し示した先には、田舎の山奥を緩やかに流れる川が見えた。川幅は広く、水量も少なくない。水は透明で、川底の小さな石が色まで分かるほどに澄んでいた。

「その川を挟んだ向い側、杉林の手前に立っているのを見たよ。それはもう大きくて、頭の高さは二階建ての家の屋根くらいだったかね。うちには孫娘も居るんだ。早く、何とかしておくれよ」

山の地主である老婆は、しわくちゃな顔に、忌々しそうな感情を滲ませながら訴えた。

そして孫娘に向き直って、柔和な笑みを浮かべる。

蒼依あおい、直ぐに何とかしてもらうからねぇ」

「はい、お婆ちゃん」

依頼人に付いてきた孫娘の蒼依は、『大和撫子』という言葉が似合いそうな少女だ。

大和撫子とは、女性を草花の撫子に例え、色白で黒髪、謙虚で礼儀正しいことなどを表わす言葉として使われる。

年頃は一樹と同じで、雪国を思わせる白い肌と、きめ細やかな黒髪を持ち、内向的で大人しそうな雰囲気を醸し出している。洋服よりも着物が似合いそうな古風な日本人の体型だが、それがより一層の謙虚さを印象付けている。

そんな、か弱い孫娘を見せられた和則は、依頼人の老婆に力強く答えた。

「お任せください。本当に牛鬼が出ても、大丈夫ですので」


牛鬼とは、牛の頭部に鬼の身体を持った怪物、あるいは牛の頭部に蜘蛛の身体を持った怪物だ。

清少納言の『枕草子』に「名恐ろしき怪物」として登場し、多くは川岸や海辺に現れて、人を喰う存在だと伝えられる。

枕草子における牛鬼は、地獄の獄卒である牛頭馬頭の『牛頭』を指す。

牛頭は、牛の頭に人間の身体だ。そして牛頭のまま、身体だけ鬼にしたのが牛鬼である。

江戸時代に描かれた蜘蛛の足を持つ牛鬼は、土蜘蛛退治で有名な源頼光が活躍する『丑御前の本地』の古浄瑠璃(江戸時代に流行った紙芝居)で、同じ頼光のために土蜘蛛と牛鬼を混同している。本来の牛鬼は、牛の頭に鬼の身体である。

────川岸に現れるのは、合っているな。

一樹が学んだ牛鬼は、C級陰陽師が立ち向かえる相手ではない。

それは牛鬼の背丈が、二階建ての家の屋根に届く話からも想像が付く。

二階建ての民家の屋根であれば、全長八メートルに届く。

陸上生物で、最大級の大きさのアフリカ象の全高が、四メートル未満。老婆の話から考えた牛鬼の大きさは、アフリカ象の二倍以上だ。

牛鬼とアフリカ像の体格差を何かで比較するならば、人間と犬だろう。

身長一六〇センチメートルの人間と、体高七〇センチメートルのセントバーナードは、大きさを五倍にすると牛鬼とアフリカ象のサイズになる。

アフリカ象に対して、上から犬のように眺められるのが牛鬼の大きさだ。

────しかも牛鬼は、大きいだけではない。

牛鬼は鬼の身体を持った怪物で、身体は人間よりも強靱だ。さらに素手ではなく、巨大な棍棒を持った絵姿で描かれる。そして牛鬼に対峙するのは、アフリカ象ではなく、人間なのだ。

牛鬼と人間の大きさは、八メートルと一六〇センチメートル。

両者を五分の一にすれば、一六〇センチメートルの人間と、三二センチメートルの大きな靴だ。人間の身体は細長いので、靴の形状は太い運動靴ではなく、細い女性用のパンプスだろう。

牛鬼の大きな手であれば、人間の胴体を片手で掴める。

牛鬼と人間の大きさからは、まるで戦いにならないと容易に想像できる。

牛鬼と戦いたければ、自衛隊の部隊かB級陰陽師を投入すべきだ。

それでも和則が依頼を受けたのは、一樹の莫大な呪力を知るが故だった。和則は一樹の力で、軽々とD級からC級に昇格した。

「一樹、牛鬼を探せ」

「分かったよ、父さん」

和則に指示された一樹は、懐から五枚の式神符を取り出した。

そして両手の上に乗せながら、呪を唱える。


臨兵闘者皆陣列前行りんぴょうとうしゃかいじんれつぜんぎょう。天地間在りて、万物陰陽を形成す。生は死、有は無に帰すものなり。ならば死は生、無は有に流転するもまた理なり……』


臨兵闘者皆陣列前行とは、呪力を持つ九字だ。もともと九字は、中国の『抱朴子』という仙道書に載る魔を避けるところから来ている。

意味は『臨む兵、闘う者、皆、陣列べて前を行く』となる。

続く『天地間在りて、万物陰陽を形成す』は、『天地間の一切のものは、全て陰陽を為す』だ。

そして『生きる者は死に、有は無に帰す。ならば逆に、死から生、無から有も生まれる』と唱えている。無から有が生まれるのは、地球の生命の成り立ちを考えれば、おかしなことではない。

生命の循環は、ことわりなのだと一樹は唱えた。

『……この者、木より流転し無の陰なれど、我が陽気を与えて生に流転せしむ。然らば汝、陰陽の理に基づいて、我が式神と成れ。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


有の木が、無の紙になるならば、無の紙が、有の式神になるのも、流転する陰陽の理だ。

一樹が言霊ことだまを唱えながら呪力を注ぎ込むと、式神符が五色の輝きを放ち、光の中から五羽の鳩が飛び出した。