「あ、寝るの忘れてました……」

 気がつけば外が明るい。ここでのカゲロ機関の管理を、憧れのルスト師より任されたシェルルールは、昼間は管理業務に追われていた。

 その仕事ぶりは、ルスト師や周りからは十分に評価されていたが、向上心に満ちたシェルルールは自主的に錬金術のけんさんを続けていたのだ。主に夜間に。

 元々が凝り性のきらいのあるシェルルールは、最近ではこのように寝るのを忘れて、夜通し錬金術にのめり込むことがしばしばあった。

 ぼーっと、窓の外を眺めていたシェルルールがはっとした様子で、慌てて錬成用の金属トレイで自らの顔を確認する。

 少しゆがみ気味の自分の顔を見て、声にならない悲鳴を上げるシェルルール。

「ああっ。今日は発足式でルスト師がいらっしゃるのにっ」

 トレイに映ったシェルルールの顔は徹夜明けで少しむくみ気味。錬成素材の反応を凝視していた目も血走っていて、目の下にはクマまで浮かんでいた。

「こ、こんな顔じゃルスト師の前に出られませんっ」

 金属トレイを持ったまま、イブの計らいでカゲロ機関の部屋のすぐ近くに用意してもらった自室に走り込むシェルルール。

 ルスト師から頂いた収納が拡張されたバッグに手を突っ込み、こういうときのために秘蔵していたポーションを取り出していく。

「うう、残り少ないです。でも仕方ありません。また、頑張って錬成しましょう」

 取り出したポーションのうち、中くらいのサイズの瓶からまずは手に取る。内容液が手に触れ成分が変質してしまわないように慎重に、ガーゼにポーションを垂らしていく。

 特殊な瓶の形状で数滴ずつ滴り落ちるポーション。それをガーゼにきっかり三滴垂らしたところで、金属トレイで自分の顔を確認しながらガーゼを目のクマに沿ってゆっくりと動かしていく。

 ガーゼに浸透したポーションが肌に触れた部分が、スッと冷やされていく感覚。目の疲労すらもぬぐい去られていくかのようだ。

 ガーゼが通り過ぎた後には、すっかり目のクマが消えていた。

 同じように三滴垂らし、反対の目のクマも消すシェルルール。ちょっと徹夜しただけでクマが出てしまう体質のシェルルールにとって、ルスト師から作り方を教わったこのクマ取りポーションは、至宝の一品だった。

「うん、ばっちりです。ルスト師に頂いたレシピ、そして何より錬成素材と純水は、いつも本当に桁外れです。ボクも素材錬成をもっと練習しないとな────

 シェルルールは先日見学した、ルスト師の練達した錬成姿を思い返してぼーっとしかける。ルスト師のそのときの錬成はシェルルールにはとてもとても──そう、美しく見えていた。

 ──どこまでも無駄のない所作。

 ──そしてまるで呼吸するかのように自然に、いつもの穏やかな表情で、難しい錬成をやすやすとこなされていて。

 ──何よりもルスト師の錬成って、拝見しているだけで新たな錬成の可能性をボクに次々に思い浮かばせてくれる。

 ──あれこそ、まさに理想の……

「あっ! 時間っ」

 そこで妄想から我にかえる。時間がないことを再確認すると、シェルルールは急いで残りのポーションを使用していく。

 最も小さいサイズのポーションから溶液を数滴、両目に垂らす。さっと目の充血が取れていく。じんわりと温かく感じる瞳。いつもならその気持ちよさを堪能するのだが、今はその一瞬も惜しい。急いで次に、最も大きなサイズの瓶のポーションを手に取る。これは他のものより粘度が高い。ほぼジェル状になっているそれを、両手で広げるとあごの下からリンパを流すようにしてシェルルールは自身の顔に塗り広げていく。

 ジェル状ポーションをつけた手でのひとでごとに、目に見えてシェルルールの顔からむくみが取れていく。納得ゆくまで丹念に、しかし手早く顔のマッサージをしたところで、金属トレイを上下左右に動かしながら自分の顔を確認するシェルルール。

「よし、うん。いいですね。あとは服を着替えて……」

 そこで、たらりと冷や汗が流れる。

 慌てて、竹製のクローゼットを確認していく。正規の錬金術師の制服は全て着用した後で、洗濯がまだだった。

「仕方ない、ですね。今日はそもそも、ハレの日。ちょっとぐらいおめかししてもバチは当たらない、ですよね……」

 そう自分に言い聞かせるようにして、シェルルールはクローゼットに唯一残っていた服を取り出すと、身にまとう。普段あまり着ないタイプの凝った作りのそれ。本日の厳かな式に着ていくにはやや派手すぎるきらいはある。とはいえまともに着られる服が他にはないという自分自身への大義名分がある。そうして、着慣れないが故に手間取りながらも、無事に身にまとうと、最後に金属トレイを机の上に立てかけるように設置して、数歩後ろに下がりながら全身を確認する。普段の錬金術師のローブに比べて、若干、露出が多い。

「うん、いいんじゃない、ですかね、多分。……なにか、ルスト師に言われちゃう、かな」

 不安と期待のこもったそんなつぶやきを残して、シェルルールは急ぎ部屋をあとにした。


          


「さあ、皆さん。ルスト師がお戻りになるまでに準備は完全にしちゃいましょう」

「はーい」

「かしこまりました。代行」

「もう、代行だなんて。シェルルールでいいですよ、コトハちゃん」

「だめです、代行。公私のけじめはしっかりつけなければ。代行はあのルスト師から直接この街のカゲロ機関の責任者に任命されたんです。とても名誉なことです。当然、呼び名もしっかりとしたものでなければ」

 そう、優しく諭すようにシェルルールに話しかけてくるのは、カゲロ機関の錬金術師でシェルルールより少し年上の少女であるコトハ。シェルルールから見て、コトハは同じ時期にカゲロ機関に所属した同期のような存在。二人はそのときからの付き合いで、今では気の合う友人でもあった。

「はーい、コトハちゃん。それで会場の様子はどうでしたか」

 シェルルールは自分の執務室へとコトハを伴い戻ってきたところで質問をする。

 今回の発足式の会場も当然イブの竹製の建物だ。そしてその建物自体はカゲロ機関、特にルスト師から責任者としてイブに対する権限の一部を委託されているシェルルールの管轄であった。

 当然、その会場となる建物は事前にイブに依頼し、建設済み。ただ、なにぶんイブ製の建物を式典の会場として使用すること自体が初めてなのだ。会場内部を管轄するアドミラル領の文官たちとの細やかな折衝が必要不可欠であり、それについてはコトハが引き受けてくれていた。

「昨日までに修正いただいた以上の要望は出ませんでした。私が見せていただいた部分ではすでに会場内の準備も完了しておりました」

「それは何よりです。イブさんに式直前にお願いして、今から建物の構造を変化させることになっていたらと……想像したくないですね」

「まったくです、代行」

 そう言って、あん感からかくすくすと笑い合う二人の錬金術師の少女。これでカゲロ機関としては最大の懸念点だった部分が無事に完了した形になる。

 その安堵のせいか、シェルルールのお腹が可愛く鳴る。

「代行、またお食事は取られてないのですか?」

「いや、その……」

 誤魔化そうとしたところで再びお腹が鳴る。可愛らしくも、より大きな音で。

「いま、軽食をなにか用意させましょう」

「そんな、悪いから。ボクが自分でなにか買ってくるよ」

「発足式とはいえ、通常業務がなくなるわけではありません。こちら代行の決裁の必要な書類です。今のうちに確認しておいてください」

「はーい」

 そう言って、手早く書類に目を通していくシェルルール。その様子には手慣れた雰囲気が出ていた。どこぞの事務仕事の苦手な領主様とは対照的だ。

 そうして決裁を全て処理したタイミングでコトハが戻ってくる。どうやら用意してくれた軽食は二人分ある。

「わー美味おいしそう。ちょうど終わったよ」

「それはよかったです。はい、こちらお飲み物です。ルスト師の新作に似せてみました」

「え! これ、コトハちゃんの錬成品なの。それは楽しみです──美味しい」

「ありがとうございます。ちょっと自信作でした」

 そう言っておすまし顔をするコトハ。公私のけじめをしっかりつける彼女が冗談めかしているので、今はプライベートの友人として接してくれている、ということだろう。

「それにしてもシェルルールちゃん、いくらルスト師に憧れているからって、ご飯を抜くところまで真似するのはやりすぎよ?」

 シャルルールの想像通り、いまはプライベートな方の時間のようだ。コトハのお小言の言葉遣いが砕けたものになっている。

「ごめんなさい。でもわざとじゃなくて。ちょっと朝は身だしなみに時間がかかっちゃったんです……」

「たしかに。ずっと気になってたのよ。いつにもましてお肌がつやつや、瞳も澄んでるのよね。もしかしてポーションなの?」

「あ、わかる? そうなの。ルスト師が特別に作成してくれたレシピがあって。ほら、ボクって目の下にクマが出来やすい体質でって言ったら──えへ」

「ふーん。服も気合いが入っているし。……ルスト師がお戻りになるものね。おめかししなきゃだね」

 そんなたわいもない会話を交わしながら、二人して軽食を取る。それはシェルルールにとっては忙しくなる前の短い憩いの時間だった。


          


「セイルークさんの着陸場所、確保開始してっ!」

「東側、大丈夫です!」

「西側、あと少し……大丈夫です」

 ルスト師がハーバフルトンを出立するタイミングで送られた通信装置による連絡。そこから概算で算出したルスト師の到着予定時刻に合わせ、カゲロ機関の建物正面の広場で、機関員たちがバタバタと動き回っていた。セイルークが着陸する場所を機関員たちが確保していたのだ。

 特に先日の避難の形を取った住人の増加にともなって、この街の中心部に位置するカゲロ機関周辺は人や錬成獣の往来が激増していた。前のようにセイルークが自由に着陸するのも難しくなってしまっており、こういった形で場所取りをしているのだ。

 この場所取りの全体の指揮はコトハが行っており、シェルルールは出迎えに向けての準備を整えて待機しているところだった。

 ──ルスト師に直接お渡ししなければいけない書類はすべてそろっている。口頭での報告も、大丈夫。ちゃんと頭に入っています。

 そんなことを考えながら、自らの髪を撫でつけるように何度も触れるシェルルール。

「着陸場所、確保完了。セイルークさん用のポーションは?」

「準備できています」

「了解。代行、あちら。見えました」

「っ! はい、ありがとうコトハちゃん」

 空に点がひとつ。それがみるみる大きくなってくる。

 あっという間に近づいてくると、そのまま降下。そして確保した着陸場所にその巨体を収めるセイルーク。

 とてもなめらかな着地で、巻き起こる風すら穏やかだ。完全に着地し翼をたたむセイルーク。その身をかがめた背中から軽やかにルスト師が下りてくる。

 ──え、ルスト師、ですよね。うん、ルスト師です。どうして変に感じたんだろう……。あ、そうか。ルスト師はいつもセイルークさんから下りるときは尻尾に乗って慎重に下ろしてもらっていたんだ。どうして今日は違うの……?

 シェルルールが覚えた違和感。しかしすぐにシェルルールはそれを心の奥にしまい込むと、自身に課せられた仕事を優先する。

「おかえりなさいませ、ルスト師」

「ただいま。シェルルール。留守の間、ありがとう。素晴らしい手腕を発揮してくれたみたいだね。ここのカゲロ機関をしっかり導いてくれてありがとう」

 穏やかな笑みを浮かべ、ねぎらいの言葉を伝えてくるルスト師。

 ──褒められましたっ! やっぱり、いつものルスト師だぁ。相変わらずカッコいいなぁ……

 シェルルールはそんなことを考えているなんてまったくひと欠片かけらも表情には出さずに、てきぱきと返答していく。

「そんなっ! ボクなんて大したことありません。ルスト師こそ、大活躍されたと伺っております。おは、もうよろしいのですか」

「ああ。ぴんぴんしているよ」

 そう言って自身のお腹の辺りを軽くさする仕草をするルスト師。その右手には、見たことのない手袋。

 ──あれは、いつもの採取用の手袋ではないみたいです。何かしら。かなり高度な錬成品に見えるけど。かっこよくて似合ってはいるけど、どうして片手だけ? 合理的なルスト師なら、おしゃれのためってことはないはず……。

 ルスト師の細かな変化を目ざとく見つけ、そっと心の中にある専用の映像保管場所にそれをしまい込みながら、表面上は何も気づいた素振りを見せずに話を進めていくシェルルール。

「それは何よりです。早速ですが、こちらが最優先のご確認いただきたい書類です。また、簡単にご不在の間のご報告を。その後、今日の発足式についてカゲロ機関で打ち合わせの後、カリーン様を交えた最終打ち合わせにご出席ください」

 そう言いながらシェルルールの差し出した書類を受け取ると、早速、歩きながら目を通しはじめるルスト師。その足取りもいつもより軽やかだ。

 先日大怪我をしたとは到底思えない身のこなし。

 ──本当に回復なされているみたい。でもなんだか所作が前のルスト師と少し違うような……。そう、ルスト師のいつもの足音とリズムが違うような……。

 胸の奥にしまい込んだはずの疑問が再びふつふつと湧き上がってくる。それはほんのわずかな違和感。

 書類の持ち方。

 歩き方のくせ。

 そしてほんの僅かな、表情を浮かべるタイミングの変化。

 それらはカゲロ機関に所属して以来、ずっとルスト師のことを見つめ続けてきたシェルルールだからこそ覚えるような違和感だった。

「うん、よくまとまっている。なにからなにまでありがとう、シェルルール。今日使うカゲロの苗は?」

 歩きながら途中まで確認したタイミングで声をかけられ、はっとなるシェルルール。

 ──またです。

 普段であればルスト師は、書類を最後まで確認してから声をかけてくるのだ。そのため、僅かにシェルルールの返答が遅れてしまう。

「──最高のものを複数、準備しています。最後にルスト師にお選びいただけたらと。各苗の分析結果については最後の追加資料の中に──」

「うん、たしかに。完璧な仕事ぶりだね、シェルルール。データ上はどれでも問題ないレベルだ。これは後で実物を確認させてもらうね」

「予定に組み込み済みです。イブさんの部屋にございます」

「さすがだね。私がイブの確認に行くのはお見通しか」

 苦笑気味に褒めてくれるルスト師。その笑みはよく、ルスト師がシェルルールを褒めてくれるときに浮かべてくれるものだった。

 ──やっぱり、ルスト師はルスト師です。だとすると、呪術師からお受けになられたという怪我の影響? まるでほんの一部だけ、別の人格が混ざり込んでしまったかのような……。

 観察と想像だけで事実のかなり近くまで到達するシェルルール。それは錬金術師としての彼女の才覚のあかしでもあった。


          


「イブ、『起きて』」

 イブの眠るこの街の中心たる場所まで同行してきたシェルルール。本当は遠慮することも考えたのだが、ルスト師から当然来るよね、とばかりの表情で誘われて、のこのこと喜び勇んでついてきてしまっていた。

 それでもしっかりとわきまえなければと自らを戒め、邪魔にならないよう部屋の隅で待機するシェルルール。しかしその視線は、ルスト師の一挙一動を見逃さないように全神経を集中していた。

 そんな視線を知ってか知らずか、ルスト師はイブを起動させると、不在の間の情報をイブから読み取っているようだ。

 ──すごい、そうか。そういう手もあるのですね。錬成獣に蓄積された街自体の記録を《転写》のスクロールで一気に把握されている……。なんて、効率的な。ボクの用意した報告が馬鹿みたい。

 そこまで考えて、自分の間違いにすぐに気づき、こっそり首を振るシェルルール。

 ──ちがうちがう、そうじゃないんだ。複数の視点からの報告なのが大事なんだ。そう、錬金術と一緒。多角的な分析を経て、より真実に近づいていく。ルスト師がいまなされていることはまさにそれなんだ。

「ごめん、おまたせ」

 ルスト師が再び眠りについたイブの元からボクの方へと戻ってくる。

「これが、用意してくれたカゲロの苗、だね。うん、どれも状態はいいね」

 そう言いながら、じっくりと六つあるカゲロの苗を見比べていくルスト師。シェルルールはその様子をじっと見つめる。

 実は用意されたカゲロの苗のうちの一つはシェルルールが準備したものだ。自分では他の誰にも負けない最高のものを用意したという自負がこっそりとある。一つ一つ、葉の状態、魔素の通りを確認していくルスト師。

 息をひそめるようにして、シェルルールはルスト師の選択を見守る。

 ──次のが、ボクのだ。

 そのまま、シェルルールの用意したカゲロの苗を確認し、次の苗へと移るルスト師。

 ちょっとしたショックを押し隠していると、最後までしっかりと確認したルスト師がシェルルールの元へ戻ってくる。

「あれにしよう。葉の状態は他にいいのがあったけど、魔素の通りは抜群だ。この街にはあれがぴったりだと思う」

 そう言いながら指さしたのはシェルルールの用意したカゲロの苗だった。

「はい、ルスト師」

 思わず、返事をする声が弾んでしまう。少し不思議そうな表情をして、すぐに笑みを浮かべてくれるルスト師。そのまま、ルスト師はもうまもなく開始される発足式の最後の打ち合わせのため、カリーンの元へと向かっていった。それを見送ると、シェルルールは自分でも少し舞い上がっているのがわかりながらも、選ばれたカゲロの苗を発足式の会場に移すように手配をかけるのだった。


          


「代行、ここでいいのですか。代行であれば壇上に上がってもいいと先ほど進行役の方がおっしゃっていましたよ」

「よいです。ボクはここまで一緒に頑張ってきた皆と一緒にここから見たいです」

 ついに発足式が始まろうとしていた。事前準備を余裕をもって済ませたカゲロ機関の面々はひとかたまりとなって会場の客席にいた。そこで、ばたばたと直前まで準備に追われている他の部署を高みの見物をしているところだった。

 そんな一団の中に、シェルルールもいた。そのシェルルールに壇上の席を勧めたのはコトハだった。実際、シェルルールの肩書とカゲロ機関での活躍を鑑みると、壇上で座っている方が収まりがいいのは確かだった。

 ただ、アドミラル領自体が若い領であり、カリーンも格式に確固たるこだわりの薄い性格ということもあり、そこらへんは融通が利くのだ。

 シェルルールは他のカゲロ機関の機関員たちに告げた理由を発足式の運営側にも伝えており、了承を得ていた。

 ただ、その本心は、特等席でルスト師の壇上での晴れ姿を眺めていたいというものだった。

 ──壇上にいると、ルスト師の後ろ姿しか見えないです。そんなの、耐えられません。

「あ、始まるようですね」

 司会係の挨拶とともに発足式が開始される。

 そのときだった、どこからともなく音楽が流れてくる。発足式にふさわしい、静かでそして荘厳なメロディ。

「え、楽隊ですか?」

「いえ、聞いていません」

「楽隊が来ていたのであれば、音響効果を高めるように会場の補正依頼が運営側からあったはずです」

「飛び入りでしょうか」

 ざわざわとざわめくカゲロ機関の面々。驚きも当然といえた。こんな辺境の地で楽隊を招こうとすればカゲロ機関にも当然協力要請の一つや二つは出ていなければおかしい。しかし、それらしき依頼は一切なかったのだ。

「この素晴らしさ。そして突然の驚き、これはルスト師に間違いありません」

 他のざわめく機関員たちに神託を告げるように確固たる自信をもって告げたのはシェルルールだった。それは根拠などない、ただの勘。しかし、ルスト師の仕業以外には考えられないのも事実。

 そしてその神託めいたシェルルールの言が正しかったことがすぐさま証明される。

 音楽に合わせて壇上に上がってくるアドミラル領の重鎮に、主要メンバーたち。その中でもカリーンの次に登壇してきたルスト師の肩には、一匹の見たことのない錬成獣が乗っていた。

「あれ」

「錬成獣ですね」

「初めて見ます」

「植物型ですね。あれはつるの一種かしら」

「あの錬成獣が音楽を奏でているのね」

「すてき……」

 ルスト師の登壇とともに登場した錬成獣。

「多分、もとはヤハズエンドウだと思うのだけれど……もしかして複数の種類を? そんなことが可能なの?」

 その光景を見て呟いたのは、錬成獣に造詣の深いコトハだった。どうやらコトハの見立てでは、そのルスト師の肩の錬成獣は、複数の植物をかけ合わせて錬成されたもののようだ。そんなことが可能だとは、シェルルールは全く知らなかった。

 ルスト師が壇上の席につくと、舞台の奥に移動していくヤハズエンドウ。そしてその体がどんどんと成長し、舞台の奥の壁を覆うように繁茂していく。その成長に合わせ音楽が重厚さを増していき、盛り上がりが最高潮に達した瞬間、音楽が止まる。

 一瞬の静寂が訪れる。

 皆の注目が全て舞台に集中したタイミングで、壇上で立ち上がったカリーン。

 そしてカリーンによる開会の挨拶が始まった。


 アドミラル領の領民、そしてハーバフルトンの者たち、さらにはこの新たな都市の設立に携わった全ての者たちへの感謝から始まったカリーンの演説。

 その演説の背後で静かに流れるのは、ルスト師の錬成獣の奏でる音楽。

 どうやら話の盛り上がりに合わせてルスト師が錬成獣に細かく指示を出しているのが、シェルルールには見て取れる。

 ──すごい。れいな音楽。ルスト師がこんなにも音楽に造詣があるなんて。カリーン様の演説を邪魔することなく、絶妙に盛り上げるように奏でられているみたい。

 感心しきりのシェルルール。そうこうしているうちに、カリーンの話がついにルスト師とカゲロ機関にも及ぶ。カリーンから最大級の賛辞をもって感謝を伝えられるルスト師。そしてすぐにカリーンはカゲロ機関の面々に視線を向け、一人一人を労うように語りかけてくるのだった。

 その様子に、シェルルールの周りのカゲロ機関の機関員たちはみな、感極まった様子でかしこまっている。

 当然、それはシェルルールへも向けられた賛辞だ。しかし、シェルルールは素直にそれを受け取れなかった。もちろん、カリーンに思うところがあるとか、賛辞の言葉に気になる点があるとか、そういうわけではない。

 ただ、気がついてしまったのだ。

 きっかけは音楽の僅かなほころび。ルスト師の錬成獣の奏でる完璧に聞こえる音楽には、僅かに音が外れていたり、リズムがズレているときがあった。

 それは本当に僅かなもので、他の誰も気にしている様子はなかった。しかし、シェルルールの耳は聞き分けてしまったのだ。

 錬成獣に指示を出すルスト師をこれまで以上によくよく観察する。どうやらルスト師は自身の手の動きと、手の形で細かく錬成獣へと合図を送っていたようだ。そして、ルスト師の手袋をはめた右手の動きが、左手に比べてどうにもぎこちないようにシェルルールには見えた。

 ルスト師のそんな様子に、シェルルールは心配が積み重なっていく。それでも、何よりもルスト師の邪魔になってはいけないと、じっと我慢して静観を続けている。

 そしてついに、カリーンが新たなる領都の名前の発表を始めようとする。

 奏でられていた音楽がちょうどいいタイミングで消える。シンと静まり返った会場。

 静寂を切り裂くように、カリーンより宣誓がなされた。

 新たなる領都の名が、告げられる。

「我がアドミラル領の領都となるこの地を、われカリーン=アドミラルの名において命名する。その名は、プタレスク」

 爆発的に上がる歓声と拍手。それを一身に受けるカリーンの後方、その様子をじっと真剣に見つめているルスト師。シェルルールはそんなルスト師を見つめていた。どうやら、ルスト師はこっそり右手をかばっているようだ。

 シェルルールが見つめる先で、そっと、左手で右手を握り込むように押さえるルスト師。そのまま、右手を隠すように服の裾の下へと動かした。

 カリーンの宣誓と同時に、再び奏でられはじめる音楽。一気に壮大な曲が流れはじめる。

 ──ルスト師、大丈夫なのですか……片手だけで錬成獣にこんな細やかな指示をして、音楽を奏でさせるなんて。この場面で指示に片手しか使わないなんて。よっぽど右手の調子が悪いんじゃ……。

 真剣な表情で壇上にたたずむルスト師。その左手はとても忙しそうに動かされていた。それを見つめるシェルルール。心配のあまり、思わずその表情は曇ってしまっていた。


 カリーンの宣誓がいよいよ終わりに近づいてくる。

 さすがにカリーンの話にも耳を傾けるシェルルール。

「さあ、いにしえよりの習わしに従い、カゲロを植えよ。新たなる領都プタレスクの栄光を祈願せよ」

 右手をまっすぐ前に持ち上げるカリーン。

 席についていた者たちは皆、そのカリーンの手の動きに合わせて立ち上がる。

 その中へロアが、カゲロの苗を手に進み出る。シェルルールはハーバフルトンの命名式においてもカゲロの苗を運ぶ役をロアが務めたのだと、かつてルスト師から聞いたことがあった。

 普段の戦闘用の装束とは異なり、ドレスとも民族衣装とも見える服をまとったロア。その姿は女性のシェルルールから見ても美しく、どこか異国の香りを感じさせるものだった。

 着飾ったロアが壇上から下り、まっすぐカリーンの指差す先へと進む。客席でその姿を見守る群衆。

 その視線に見守られながら、苗をささげ持ったロアが進む。

 大きく開け放たれた扉を出たときだった。

 そのロアの左右に随伴するかのように、人ならざる影が、二つ、空より現れる。

 セイルークとアンデッドドラゴンだ。しずしずと進むロアの周りで、まるでじゃれつくように楽しそうに振る舞う二匹のドラゴンたち。

 明るい未来を感じさせるその振る舞いに、見守る群衆たちからは自然と拍手と笑いが巻き起こる。

 そんな温かな雰囲気のなか、ロアがカゲロの苗を下ろす。そこはちょうど広場の中央。そしてロアがゆっくりと苗の根に土をかけていく。

 その周りを踊るように軽やかに走り回るドラゴンたち。

 しかしよく見るとカゲロの苗を取り囲むように一枚の魔法陣が現れていた。

 ──あれがドラゴンによる原初魔法? ルスト師やハルハマー師がおっしゃられていた……。

 その魔法陣の出現とともに、カゲロが一気に成長をしていく。

 ハーバフルトンでカゲロの大樹を見慣れているシェルルールから見ても、その成長した新たなカゲロは大樹と呼ぶにふさわしい大きさと威容を誇っていた。

 ──いま見えた魔素の流れ。そうか。セイルークさんだけじゃなく、アンちゃんさんも祝福をしてくれたんだ。

 そうシェルルールが考える間にも成長を続ける、カゲロ。ついにはイブ製の竹製の建物を抜かし、領都で最も大きな存在となっていた。

 観衆から、歓声が上がる。

 ドラゴンからの祝福というのは、それだけで都市の行く末を大いに盛り上げてくれると、普通の人々からすれば、期待してしまうものなのだ。

 特にアドミラル領の臣民にとっては、ハーバフルトンですでに一度その奇跡ともいうべき所業を目の当たりにしている。

 今回の領都となるプタレスクで、カゲロがハーバフルトンを超える成長を見せたのだ。それも二匹のドラゴンたちの祝福によって。

 この命名式で期待を裏切られなかったあん、そして、それ以上を示してくれたことへの驚き。それが観衆の歓声となって表れているのだろう。

 その称賛は、全て二匹のドラゴンたち、ひいてはその契約者であるルスト師へ向けられたもの。

 壇上にいるルスト師は、歓声が向けられているのが自分自身であることにあまり頓着してないのか、いつもの穏やかな笑みを浮かべているようにシェルルールには見えた。

 ──おごりたかぶった様子もなく、いつもと変わらぬ平常心を維持されてる。さすが、ルスト師です。どんな難しい錬成のときも穏やかな笑みのままに淡々と完璧以上にこなされるお姿を何度も見ていますが、こういった場でも、あの落ち着きはらったご様子。

 そこでふと、シェルルールは自分がどこか勘違いをしているのではという可能性に気がつく。今日、ルスト師が来てから、その様子を子細に観察し続けてきたシェルルールの中に徐々に積み重なってきた違和感。

 ──やはり何か、重大な何かを抱えていらっしゃるの?

 シェルルールが内心の不安にとらわれているときだった。一つ、別の問題が起きる。

 式次第では、カリーンの合図でロアがカゲロの苗を植え、その次はルスト師の演説の予定だった。

 ドラゴンたちの奇跡によって盛り上がった状態で、その契約者たるルスト師の演説という、この式でもシェルルールにとっては最も見どころの部分。そこになんと、リリー殿下が乱入してきたのだ。

 ──えええっ! で、殿下っ! 今はさすがにまずいですよっ。

 不安も忘れて、あわてて壇上の様子を見回していくシェルルール。

 ──立ち上がりかけたルスト師は、素知らぬ顔をして再び席に腰を下ろすところ。

 ──カリーン様は……いつもの、悪そうな笑みをお浮かべのようです。はぁぁ。

 ──アーリ様とロア様は……。

 そっと二人からは目をそらすシェルルール。目線が合うのを避けるべきだと、本能が告げたのだ。

 ──ハルハマー師。ハルハマー師なら……。

 壇上のかたたちのなかでは、比較的ではあるが、一番の常識人であるハルハマー師の方を、最後の希望を込めてうかがうシェルルール。

 ──目が合いました。ああ、そうですよね、静観ですよね。

 ハルハマー師がわざわざ壇上からシェルルールに目配せしてくれる。このままで、という意図をそこから読み取るシェルルール。もうすっかり諦めて静観することを決めるシェルルール。ルスト師の見せ場を邪魔されたことへのいらちはもちろんあるが、それと同じくらい、実はシェルルールはリリー殿下のことを心配していた。

 シェルルールは初めてお会いしたときから、リリー殿下と不思議と気が合うのだった。そもそもが身分の差はとても大きい。そしてリリー殿下のとっな行動もある。

 しかし、ルスト師へのリリー殿下のアピールが全くこれっぽっちも相手にされていない様子に、シェルルールはどこか親近感を覚えてしまうのだ。

 そしてなぜかシェルルールもリリー殿下から気に入られているようで、とくにプタレスクへいらしてからは、数回、お声がけをいただいて、その随行やら視察という名のお散歩に随伴しているほどだった。

 そしてシェルルールも、どこかお茶目なところのある殿下の随伴を結構楽しんでいたのだった。忙しすぎる日々の業務の、ちょうどよい気分転換になっているほどに。

 そうしているうちに、そんな周囲の思惑も知らない様子で壇上で話しはじめるリリー殿下。ただ、観衆の反応は当然、いまいちだ。さすがに自国の王女たるリリー殿下へ野次を飛ばすような者はいなかったが、誰もが困惑した様子で、リリー殿下の演説への反応も薄い。

 しかし全く気にした様子もなく話し続けるリリー殿下。

 ──リリー殿下っ! みんな困惑してますよっ! お付きのリスミストさんも、早く止めてあげてっ!

 そんなシェルルールの内心の叫びは当然、届かない。

 ──ああ、リリー殿下の悪いところが……。どこか浮世離れしているというか、周囲の雰囲気をお感じになられていないところがありますね、リリー殿下って。まるで本当はあの場にいらっしゃらないんじゃないかと思うぐらいの、周囲からの視線に対する鈍さ、みたいなものが……決して悪い方ではないとは思うんですけど……

 そうして、やきもきしていると、ようやくリリー殿下の演説が終わった。

 パラパラとした拍手。

 やりきった感のある笑みを浮かべて手を振りながら袖へと引っ込むリリー殿下。

 困惑したような重たい雰囲気が会場を押し包んだところで、ルスト師が軽やかに立ち上がる。

 それだけで、皆の注目が一気にルスト師へと集中する。どこかほっとしたような安堵感と、ようやく本来の演説が聞けると、会場の期待が高まるのが伝わってくる。

 ──会場のどうしようもないこの空気を、ルスト師は立ち上がっただけで一瞬で変えられてしまった。はぁ、すてき……。

 そして始まるルスト師の演説。それはカリーンのように、皆の意思を発揚するような覇気あるものでも、リリー殿下のように聞くのが苦痛な話でも当然なかった。

 淡々と語られるそれはしかし、聞く人を不思議と魅了した。そのルスト師の揺るぎない実績。そして傲らない性格も相まって、淡々とした言葉一つ一つが、なぜかすとんと胸に落ちてくるのだ。

 シェルルールにとっては、それは本当に至福の時間だった。

 そして楽しい時間ほど短く感じるというのも、これまた世の常。あっという間に、ルスト師の演説が終わってしまう。

 それは聴いていた者たちの、万雷の拍手によって締めくくられた。

 その様子にシェルルールはにんまりと顔が崩れてしまうのだった。

 ──やはりルスト師は素晴らしいです。それをアドミラル領の皆は当然しっかりと理解していますね。この会場の割れんばかりの拍手喝采が、何よりの証……。

 さっさと席につくルスト師。その淡々とした様子に思わず自分こそルスト師の一番の崇拝者だと自負のあるシェルルールですら苦笑してしまう。

 ──ルスト師が、すっかりお仕事は終わったものとしてくつろがれている……。

 ゆったりとした様子で席についているのも、とても様になっていた。長い手足を軽く組んで、背もたれに軽く体重をかけたその見た目だけで、シェルルールの鼓動は、少し速くなる。


 命名式はその後は大きなトラブルもなく無事に終了した。

 シェルルールはルスト師の晴れ姿を見た感動でまだ少し頭がぽやぽやとしながらも、他のカゲロ機関の錬金術師たちを率いて研究部屋に戻っていた。いまごろ部署によっては祝いの振る舞い酒が提供され、持ち寄った食べ物で宴会のような状況となっていることだろう。そのような集まりが、プタレスクのそこかしこで行われている。カゲロ機関の部屋にも、遠くから近くからざわざわとした人が集まったとき特有の声が届く。

 ただ、残念なことに、シェルルールたちは仕事だった。

 錬金術師の組織であるカゲロ機関は、特にここプタレスクでは都市基盤そのものを管理する立場だ。常時、管理の手を緩めることはできないし、たとえこのようにめでたい日でも、日常業務が続々と押し寄せてくる。

 どちらかといえば、こういう日の方が、普段と違うことで忙しいぐらいだ。

 今も、都市内の連絡用装置である蔓型錬成獣による通信装置へ緊急を告げる受信があった。

 コトハがその排出された羊皮紙をひったくるようにして手に取ると目を通し、すぐさま数名の機関員である錬金術師を派遣している。

「急いで出ていく人たちがいたけど、問題はあり?」

「いえ、ルスト師っ。十分対応可能な範囲と思われます」

 発足式を終えたルスト師が、カゲロ機関に戻ってきた。まだ、正装のままだ。カリーンたち、首脳部を中心とした方たちとの食事会が予定にあったはずと、シェルルールは不思議に思う。

 その疑問が顔に出ていたのだろう。ルスト師がシェルルールの方を向いて笑いながら告げる。

「さぼって抜け出してきちゃった。ちょっと試したい錬成があってさ」

「無事の離脱、何よりです」

 シェルルールも冗談めかして応える。シェルルールにしてみれば、ルスト師が人間関係というどうしても煩わしいものが付随することに時間を割くより錬金術に傾倒したい気持ちはよくわかるからだ。

 そしてその点が、シェルルールがいま一歩を踏み出せず、ただただ崇拝の気持ちだけを積み重ねている現状の要因でもあった。

「皆が優秀で本当に助かる。なにかあったら言ってね。自分の研究室にいるから。あ、忘れてた、これ余り物だけど差し入れ」

 そう告げて、収納拡張されたリュックサックからたくさんの食べ物を取り出すルスト師。どうやら参加なされていた食事会の食べ物のようだ。

 機関員たちから歓声が上がる。

 そのまま、さっさと自分の部屋へと向かってしまうルスト師。去り際もとてもスマートだった。

 皆が、ルスト師の差し入れに殺到しているなか、シェルルールは一人悩んでいた。

 しかし今がいい機会かもと、そっとルスト師の研究室へと向かうことにする。

「ルスト師、シェルルールです」

 ドアをノックし、名乗る。

「ああ、どうぞー」

 ルスト師の了承の声を聞くと、ドアを開け中に滑り込むように入るシェルルール。

「どうしたの? 悩み事かな、シェルルール?」


「実は──」

 シェルルールは今日、会ってから感じ続けていた違和感を、そして発足式のときに考えたことを告げる。

「そうか──。心配かけちゃったみたいだね。申し訳ない」

 どこまでも優しげに告げるルスト師。なんと答えるのか迷われているようにシェルルールには見える。

「心配だなんて、そんなおこがましいです。すみません、せんさくするようなことを言ってしまって」

 言うだけ言って落ち着いたシェルルールは急に自分の言動が恥ずかしくなる。

「いや、いいんだ。しかしシェルルールの観察眼は本当に素晴らしいね。それは錬金術向きの才だよ。そうだな──」

 自らの右手の甲をさすりながら考え込む仕草をするルスト師。

「シェルルール。これから話すこと、しばらくは、私とシェルルールだけの秘密にできる?」

「え、あ、えっ! はい、できますっ!」

 うれしさのあまり思わず挙動不審な返答をしてしまうシェルルール。

 ──ふ、二人だけの秘密っ!

 じっとシェルルールの顔を見つめるルスト師。しかし何かに納得した様子で再び話しはじめる。

「うん、よし。実は──」

 ルスト師は、そう言うと右手の手袋を外す。そして、そのまま呪術師との間で起きたことを教えてくれる。

「そんな……とても大変な目にあわれたのですね」

「ごめんごめん、そんなつもりで伝えたわけじゃないんだ。ほら、シェルルールならさ、これがどんな働きをするか、一緒に調べてくれるかと思ってさ。皆に内緒で」

 そう言って片目を閉じながら手袋を外した右手を見せてくるルスト師。口元にはにやりとした笑みが浮かんでいる。

「ほら、よーく見てて」

 そう言ってルスト師が取り出したのは小さめの魔石。それをいくつも右手で握る。すると次の瞬間、ルスト師の右手が黒いもやに覆われる。シェルルールは思わず息をむ。

 もやが消え、ルスト師が右手で握っていた魔石を床の上に並べていく。大きさが不揃いのそれを、ルスト師は何か規則性をもって置いていっているようだ。シェルルールはすぐそばに同じように屈んで、じっとその様子を見つめる。

 ──ルスト師は、魔石で何かの形を作られている、みたい? あっ。もしかして、鳥?

「──できた」

 ルスト師が指をぱちんと鳴らす。次の瞬間、黒いもやが魔石から現れると、それが床に置かれた魔石同士をつないでいく。

 気がついたときには、魔石で、鳥が出来ていた。

 その魔石で出来た羽の部分が、バサバサと羽ばたきを始める。

「う、動きました……」

「うん。面白いよね。さ、ここからだよ」

 次の瞬間、魔石で出来た鳥が空中へと飛び上がる。ただ、その動きはふらふらとしていて、なかなか安定しない。

「あっ、あっ! 飛んだ! 飛びましたよっ。頑張れ……頑張れっ──あぁ」

 シェルルールは思わず応援する。しかし残念ながら鳥は失速して、そのまま床に落ちる。すると、魔石はバラバラになってしまい、さらには魔石ごと消えてしまう。

「どう?」

 いたずらっ子のような顔のルスト師からの短い質問。

「──とってもとっても、興味深いです!」

「こっそり調べるの、手伝ってくれる?」

「はい、もちろんです。ぜひ! ぜひともこの秘密のお手伝い、ボクにやらせてくださいっ」

 シェルルールはルスト師の真似をしてにやりとした笑みを返すと、喜び勇んで約束をする。シェルルールとルスト師は二人して、この新たな研究対象に夢中になるのだった。