「ハルハマー師、こちらの受け入れ態勢は完了です」

「よし、あとは開拓部隊の奴らと、シェルルールの嬢ちゃんにおまかせして、わしらもハーバフルトンに向かうとするか」

「わかりました」

 私は腕に抱えたアンデッドドラゴンのアンちゃんをギュッとします。

 ハーバフルトンに戻ったカリーン様からの至急の連絡。それは、アンノウンと名付けられた存在の襲撃から、ハーバフルトンの住民を避難させるというものでした。

 アンノウンの迎撃についてはルスト師があっという間にその正体と対処法を分析してしまったとは聞いております。

 何でも、ハーバフルトンに着いたその日のうちにすぐさまタウラ殿を連れて、アンノウンのすぐそばで試料を採取。そのまま帰ると食事も取らずに分析に入ろうとしたそうです。

 同行したロアがお腹がいて仕方なかったと連絡を寄越したほどです。

 カリーン様がルスト師に強引に食事を取らせるも、あっという間に抜け出し、そのまま休みも取らずに分析を完了させてしまったとか。

 まったく、あの方は大丈夫なのでしょうか。確かに、今回のことでも、ルスト師がいなければハーバフルトンが助かる道はなかったでしょう。

 でも、ルスト師だって人間です。

 たとえ、周囲がどれほど、当代一の錬金術師だと称賛し、救国の英雄だとたたえ、竜を従えし者と持ち上げようが、その体は普通の人間と大差ないはずです。

 どちらかといえば私たちのように武にる者よりも、体力的には劣るでしょう。

 私は、ルスト師がスタミナポーションを飲んでいる姿ばかり見ている気がします。

 私がそんなことを思い出しながらため息をついていると、騎獣に二人乗りしたリリー王女殿下とシェルルールがやってきます。

 ハルハマー師が二人に住人の簡易的な受け入れ体制の準備の完了と、ハーバフルトンに向かうことを伝えています。

 真剣な面持ちでそれを聞くシェルルール。彼女は避難してくる住人たちの様子をリリー殿下と確認に行って戻ってきたところのようです。

 住人たちの護衛には、カゲロ機関特製、ルスト師監修の改良ブリックゴーレムの大軍団がつけられているそうで、不具合が生じていないかの確認に行っていたと聞いています。

 リリー殿下はなぜかシェルルールと気が合うのか、そんなブリックゴーレムの大軍団が見てみたいと言ってシェルルールを騎獣に乗せて連れていってくれたようです。

 ハルハマー師に報告するシェルルールの話を横で聞いている限りでは、ブリックゴーレムの大軍団はモンスターを次々とせんめつし、道を踏み固めながらこちらへ戻ってきているみたいです。

 ここに着いたらまたレンガとして都市の礎になる予定のブリックゴーレムたち。資材と同時に、新たに一気に投入される住人という人材。

 これで領都の開拓も一層進むことでしょう。カリーン様のもく通りに。

 私は、アンちゃんを抱え、ハルハマー師の騎獣に乗せてもらいながら、カリーン様の手腕に思いをはせます。

 盟友たるルスト師に全幅の信頼を寄せながらも、為政者としてはたった一人の英雄の力に頼り切ることなく、万が一の最悪の場合を想定するその冷静さ。

 さらには、その状況を上手に利用して、住人の避難という策で領都の開拓を一気に推し進める、したたかさ。

 どうやら、リリー殿下はこの地に残るようです。ハルハマー師がうまく言いくるめたようですね。

 私の腕の中のアンちゃんへ送られてくる、その熱を帯びた視線からそっとアンちゃんを隠してあげます。

「行くぞ」

 ハルハマー師の掛け声で、私たちはハーバフルトンへと出発しました。


 ハーバフルトンへと着くと、そこは今まさに、戦端が開かれようとしていました。

 ハーバフルトンへ迫る、真っ黒な小山のような存在。あれが、アンノウンでしょう。

 その小山の下からい出るようにして、次々に現れるモンスターたち。その体は真っ黒な血管のようなもので覆われています。

 ハーバフルトン側はそれに対し、防御用の隊列です。その先頭には漆黒のいんてつよろいをまとったカリーン様の姿があります。

 戦場の気配に、未来視の魔眼がうずきます。

 私は片眼鏡の魔導具を操作し、視野を絞ると未来視の魔眼をわずかに発動させます。

 これほどの大規模な戦闘の気配、ルスト師から頂いたこの魔導具がなければ到底耐えられなかったでしょう。ルスト師にはいくら感謝しても、しきれません。

「モンスターけの結界の縁に沿って陣を張っているのね。結界を越える際に、僅かにひるすきが出来ている。え、ルスト師の姿が見えない。不在?」

 私は二重写しになった世界で、少しだけ先の世界の情景を垣間見ます。

 このまま戦闘はハーバフルトン側に有利に進むかと思ったときでした。私の未来視の映像に、異変が映ります。

「いけないっ! カリーン様に早く伝えないとっ」

 私は戦線の最前線に立つカリーン様の元へと駆け出しました。


          


「カリーン様!」

「おう、アーリ。戻ったかっ!」

「はい! カリーン様、あの、ルスト師はご不在なのですかっ」

「ああ。どうしても必要な素材があるとかでな。回収に行ったぞ!」

 未来視で見えた可能性からルスト師のご不在は推測していました。しかし、実際にカリーン様から聞くと、やはり心細く感じてしまいます。そしてそんな弱くなった自分に嫌悪を感じます。

「そちらは避難した住民の受け入れはどうだ?」

 大剣を横いっせんし、まとめて数匹の変異種モンスターをぎ倒しながら、カリーン様がたずねてきます。

「問題ありません。万全の態勢でシェルルールが差配しています。彼女ならそつなくこなすかと」

「そうか。ルストのとこは部下も優秀だな。引き抜きたいぐらい、だっ!」

 私の手短な報告に、そう応えながら、ぶんぶんと大剣を振るカリーン様。その度に敵が吹き飛んでいきます。

「カリーン様、お知らせしたいことがあります!」

 カリーン様のすぐそばまで近づくと私は悪い知らせを伝える覚悟を決め、叫ぶように告げます。

「聞こう」

「アンノウン本体から、このあと直接攻撃が来ます! 密集陣形では被害が拡大します!」

「伝令っ。各分隊長へ、急ぎ伝えよ! 未来視だ! 散兵陣形っ」

「はっ!」

 複数の伝令がカリーン様を中心に広がっていきます。それにつれて、密集して変異種モンスターとたいしていた隊列が広がります。

 しかし完全に広がりきる前にアンノウンからの直接攻撃が始まってしまいました。

 筒のようなものがアンノウンから伸びたかと思うと、そこから真っ黒な塊が、射出されてきます。

 上空へと射出されたそれが弧を描き、こちらへと近づきます。

 遠目に小さく見えた塊が、どんどんと近づくにつれてその実際の巨大さが明らかになります。

 そのまま大地へと激突する直前、それが空中で爆発したように飛散しました。

 真っ黒な塊が、雨のように降り注ぎはじめます。

「「「盾、構え!」」」

 私とカリーン様がいる場所よりやや後方にそれが降り注ぎます。近くの分隊長たちの叫び声がシンクロします。

 雨のように見えたそれは、その一つ一つが変異種モンスターでした。真っ黒な血管が全身を覆った様々な種類のモンスターが、上空から降り注ぎます。

 その質量で、盾を構えたハーバフルトンの兵たちが次々に押しつぶされていきます。

 しかしカリーン様の指示で素早く散開していたおかげで、その被害は最小限にとどまっています。

「今のは着弾測定ですっ」

「本番、くるぞ! 全軍さらに拡散せよっ」

 アンノウンから放たれる真っ黒な塊。

 それが連続していくつも、いくつも空中へと射出されてきます。

 適度にばらまくように放たれたそれは、明らかにハーバフルトンの全軍を攻撃範囲に想定していました。

 ギリッと、カリーン様が歯を食いしばる音が聞こえてきます。

 空中で真っ黒な塊が飛散しました。

「みな、生き残れよっ!」

 カリーン様の叫び。そのときでした。

 一条の光が上空を走ります。その渦巻く光が、ハーバフルトン全軍の上空全体をカバーするかのように、横薙ぎに移動すると、無数にあったアンノウンからの真っ黒な塊が、次々に消滅していきます。

「セイルークのドラゴンブレス!? ルストかっ」

 アンノウンからの攻撃を全て防ぎきったセイルーク。それに乗ったルスト師が、降りてきます。アンノウンと私たちの間に降り立つセイルーク。

「すまん、カリーン。それにアーリも。遅くなった」

「待ちかねたぞ、まったく。それで?」

「ああ。無事に完成したよ」

 私たちを安心させるかのように笑うルスト師。しかしその笑みは遠目にもちょっとだけ自慢げで、どこか子供みたいにも見えます。

 私はそのルスト師の笑みにほっとするとともに、少しだけ胸がぎゅっとするような感覚を覚えました。

「カリーン、あとは任せてくれ! セイルークはドラゴンブレスが再度、撃てるようになるまでここで待機を。タウラもハーバフルトンの皆をよろしく」

「仕方ないな、任せろ」

「ルスト、すまんが頼むっ。皆の者、今のうちににんの対応を!」

 カリーン様からの指示。

 しかし私はルスト師の背中をじっと見つめます。

 セイルークから下りたルスト師が、一人でまっすぐに歩きだします。アンノウンへと向かって。

「はぁ、はぁ。ようやく追いついたわい。あれは、ルストか。あいつはまた一人でやらかす気だな」

 遠ざかっていくルスト師を見つめていると、追いついてきたハルハマー師がどこか楽しげに話しかけてきます。

 私は未来視の魔眼を最大限まで解放し、ルスト師の未来を見ようとしていました。しかし、いつものようにその未来ははっきりと見ることができません。

 ルスト師が、セイルークと契約してからは、常にこうです。ルスト師の起こしうる、常人とは比べものにならないぐらいの無数の未来が重なりあって見えてしまい、うまく判別ができないのです。

「……ルスト師にはきっとお考えがあっての、単独行動のはずです」

 アンノウンから再び這い出てきたモンスターたちが、一斉に動きはじめます。

 その牙の先にはルスト師。そしてその後方にいる私たちへと向かってきます。

 ルスト師が何本ものスクロールを発動させたようでした。

 複数のスクロールによって、空中に巨大な魔法陣が描かれます。その巨大な魔法陣から、ヒポポブラザーズたちが、こちらもあふれ出るようにして次から次へと顕現していきます。

 ヒポポブラザーズたちはルスト師を中心にして密集していきます。

 ルスト師の姿が、押し上げられるようにしてヒポポブラザーズたちの上へと移動するのが見えます。

 そのまま、ヒポポブラザーズたちと黒き血のモンスターたちが、激突します。

 それは真っ黒で毒々しい海に突撃する、巨大な船のようでした。船が波を切り裂き突き進むように、ヒポポブラザーズたちの集団が黒き血のモンスターたちをはじき飛ばし、踏み潰し、アンノウンへと迫っていきます。

 ヒポポブラザーズたちによって弾かれたものや、元々ヒポポブラザーズたちを避けて進んだ黒き血のモンスターたちが、カリーン様たちの形作る防御陣へと再び迫ってきます。

「ハルハマー師! 良いところに戻ってきたな。これから再び楽しい楽しい迎撃戦だぞ。皆も、早い者勝ちだからな。気合いを入れ直していけっ!」

 カリーン様がこちらをちらりと見て、お声がけくださります。そのまま隕鉄の極太の剣を掲げ、皆を鼓舞します。

「イエス、マム!」

 皆の返答に合わせるかのように、戦場に野太いドラゴンの鳴き声が響きます。

 激しい羽ばたきの音。再び上空へと舞い上がったセイルークでした。

 そのあぎとにはすでに障壁が展開され、全身のうろこが輝いています。

「あ、私の獲物……」

 そんなカリーン様のつぶやきが聞こえた気がしましたが、すぐにセイルークから放たれたドラゴンブレスが周囲の光と音を圧倒します。

 私たちへと迫っていた黒き血のモンスターたちが、放たれたドラゴンブレスで再び薙ぎ払われます。

 えぐれる大地。

 巻き起こるじん

 私がドラゴンブレスの着弾の衝撃波をやり過ごし顔を上げると、セイルークが急上昇していく後ろ姿が上空に見えます。その背後に迫る、アンノウンから放たれた黒いやり

 そのままセイルークと黒い槍は上空、雲の中へと見えなくなってしまいました。

 地上に視点を戻せば、収まりかけた砂塵のなかから、ボロボロのモンスターたちが続々と現れてきます。

「よしよし。良い子だ、セイルーク。ちゃんと威力を犠牲に範囲を広くして、ぶっぱなしてくれたな」

 荒々しい笑顔を浮かべ、うれしそうなカリーン様。結界の縁を越えた黒き血のモンスターたちへと駆け寄り、楽しげに剣を振り回しています。

「皆も、カリーン様に続け!」

 私も大声を張り上げ、皆へと呼びかけると槍を掲げて目の前の黒き血のモンスターへと躍りかかりました。

 私はどうしてもルスト師の方を目で追ってしまいそうになるのをこらえ、目の前に迫る黒き血のモンスターたちへと槍をくり出します。

 未来視の魔眼が教えてくれます。

 敵の倒れるさまを。

 私が槍先に乗せて差し出すべき、死の軌跡を。

 ため息が出るほど、それは簡単な仕事でした。セイルークのドラゴンブレスによって弱り、さらにモンスター避けの結界で、敵は一瞬怯むのです。

 魔眼がなくても失敗しようがない、完全なお膳立て。

 周りを見回しても、皆、緊張感はあれども余裕があるのがひしひしと伝わってきます。

 ──ルスト師がお戻りになった瞬間から一気に流れがこちらにきました。でも、これだとカリーン様には、物足りないかもしれないですね。

 そんなことを考えている間にも、あれほど大量にいた黒き血のモンスターたちの第二波は、気がつけば残り僅かです。

 ハーバフルトンの周囲の大地は、真っ黒に染まりました。

「アーリねえさま、あれ」

 いつの間にか、カリーン様の近くから私の隣に来ていたロア。欲求不満になりそうなカリーン様から避難してきたのでしょう。

 私は軽くため息をつき、ロアが槍で指し示す先を確認します。

 そこでは、アンノウンが上空に向かって次々に黒い槍を放っていました。多分上空を旋回しているセイルークを追うようにして放たれているのでしょう。

 ──敵がセイルークの対策にばかり力を入れていたというルスト師の分析が通信装置で伝わってきていたけど、本当にセイルークばかり狙っている……。そうか、それを利用して、セイルークはおとりになっているのね。

 私はそれに気がつくと、はっとしてアンノウンの近くへと、視点を戻します。

 未来視の魔眼は発動しません。まるでその真っ黒な表面に妨害されているかのようです。

 その代わりに、私は見つけます。

 大地を駆けるヒポポブラザーズを。

 悲しいことに、その数は減っているようです。残っているのは、数頭です。

 ルスト師のことですから、多分傷ついたヒポポブラザーズは順次送還しているのでしょう。

 その先頭には、私が目を離した間に顕現したのでしょうか、ヒポポの姿が見えます。

 ヒポポにまたがったルスト師。ついにアンノウンに触れそうなほど近くまで接近すると、その周囲を回るように、ヒポポは移動を続けています。

 遠目に見えるルスト師が、騎上で何かを腰のポーションホルダーから取り出しています。

「あれが、今回の切り札。アンノウンのいくつもの素材をもとに、ルストが錬成した三本一組のポーションだ。スリーカウントと、名前をつけていたな」

 そうタウラが教えてくれたときでした。

 ルスト師が一本目のポーションの中身をアンノウンへと振りかけています。

 その効果は絶大でした。

 真っ黒な塊だったアンノウン全体に波紋のような振動が走り、まるで、ほどけるようにその黒いものがひも状に変化していきます。

 うねうねとうごめく、真っ黒な無数の紐。それはアンノウンの中心部から四方八方に伸びています。

「私もよくはわからなかったのだが、ルストの説明では、一本目は結合を解く効果だそうだ。変異種モンスターの内臓部分の構成を分析した結果を応用したのだとか。アンノウンは無数の呪いで編み込まれた紐を、さらに半円状に編み込んだ、呪いの籠のようなものだと言ってた。多分だが」

 タウラ殿が淡々と説明をしてくれます。きっと遺跡からの帰りに、二人でセイルークに乗っていたときに聞いたのでしょう。ちなみに私もその説明を聞いてもさっぱりです。しかし、ルスト師が作ったポーションがちゃんとアンノウンに効いていることだけは見てわかりました。

 そしてまた、ルスト師が次のポーションを取り出したようでした。