「というわけで、このアンデッドドラゴンもついてくることになって、セイルークは四つ目のポイントを手に入れたわけなんだ」

 今、私たちがいるのはセイルークのために新しく作った竹の建物の中だ。

 そこでカリーン、アーリ、ロアとハルハマーに、何があったのか詳しく話をしていた。

「ふむ。なかなかイベントたっぷりの空のデートだったわけだな」

「カリーン。違うからな?」

 私は、じとっとした視線をカリーンに向ける。

 カリーンはどこ吹く風とそれを受け流す。


 その間、ドラゴン二匹は興味深そうに室内を嗅いで回っている。アンデッドドラゴンに嗅覚があるのかは、大いに謎だ。ただ、それでも二匹とも気に入ったようだ。

 そのときだった。扉を開け、シェルルールが飛び込んでくる。

 その手にはくるりと丸まった羊皮紙の巻物が一本。最新式の通信装置からの知らせのようだ。

「カリーン様! ハーバフルトンより通信です。至急、親展とのことですぅ!」

「なんだ良いところなのに。これからルストの初デートの話を根掘り葉掘り──」

「いや、そんな事実はないから! カリーンもいい加減にしようか」

 羊皮紙をカリーンに手渡したシェルルールが目を丸くしてこちらを見てくるので、私はきっぱり否定しておく。

「はは。そんなに照れると逆に……」

 羊皮紙の封を切り、目を通すにつれてカリーンの軽口が途切れる。

 重苦しい雰囲気が室内に広がる。

 カリーン以外の面々が互いに顔を見合わせる。

 羊皮紙を読み終えたカリーンが顔を上げ、皆を見回すと口を開く。

「緊急事態の可能性が高い。連絡はタウラからだ。東の国境付近で、超大型のモンスターが発生、移動しているのを確認。進行方向にはハーバフルトンが含まれるそうだ。ハーバフルトン到着まで推定、六日」

「六日ということは、移動速度はそこまで速くなさそうだね。それで、タウラは無事なのか? というか、なぜそんなところで超大型モンスターが……」

 私は思わず口出ししてしまう。

「タウラの状態については記述はないな」

「そうか……。口出ししてすまない」

「なに、いいさ。さて私はハーバフルトンに戻らねば。どれだけでかいのか、今から楽しみだ」

 そう言って、がははと笑うカリーン。しかし虚勢を張っている時、笑い顔が少しひきつるのは、カリーンの昔からの癖だ。

 領主としての皆の命を背負う重圧を想像しようとしてやめる。今はそれよりも少しでもカリーンの手助けをすべきだろう。

「セイルーク、ハーバフルトンまで何人乗せて飛べる?」

「ぎゅー」

 絆を通して伝わってきたのは三人。そもそもセイルークはハーバフルトンまで人を乗せて飛べるんだな、と内心で感心する。

「カリーン様、三人ならセイルークが運べると」

「助かる、ルスト師。私、ルスト師、ロアの三名はセイルークでハーバフルトンへ向かう。ハルハマー師、先行部隊から開拓部隊への引き継ぎ作業の監修を頼む。その後、アーリを連れて錬成獣で移動し、ハーバフルトンで合流してくれ。この地のカゲロ機関の責任者は──」

「シェルルールがいいかと」

「うむ。そうしよう。ありがとうルスト師。シェルルール、頼めるかな」

「は、はいっ! がんばりますぅ」

 びくっとなって背筋を伸ばして返事をするシェルルール。

「あとは、リリー殿下だ。どうしたものか」

「カリーン様、わしの方で引き受けましょう」

「……すまん。ハルハマー師、よろしく頼む。さて、準備でき次第出発だ」

 カリーンのその声で皆が慌ただしく動きはじめた。


          


「これは見たことがある。そうだ、地下遺跡のダンジョンに初めて入ったときに、もや越しに見えたモンスターだ……しかし巨大だな……。ロア、どうだ?」

「──なか、見えそうで、見えない」

 両手を眼鏡型の魔導具にあて、目を細くして眼下の敵を見つめるロア。無表情に、しかし口調はどこか悔しそうにそう告げる。

 どうやらロアの遠視と透視の魔眼でもダメなようだ。

 ハーバフルトンに戻った私たちはタウラと合流していた。タウラは連絡をくれてそのままハーバフルトンで待機していてくれたのだ。そのタウラの案内で、セイルークに乗り、迫り来るという巨大な敵の偵察に来ていた。

 カリーンはハーバフルトンで陣頭指揮を執っている。最悪の場合はハーバフルトンの放棄もあり得る事態だ。

 いま私たちが行っている偵察の報告によって、決定されるだろう。

 そしてそれは今のところあまりかんばしくはなかった。

 何せ、敵の姿が見通せないのだ。その周囲を真っ黒な何かが覆っていた。これを見ていると、アンデッドドラゴンのアンがいたはかぐもも積乱雲で覆い隠されていたのをどうしても思い出してしまう。

 ただ、何か悪意のあるものが中にあるのは間違いない。時折、真っ黒な何かを突き破って小型のモンスターが外へと出てくるのだ。

「いま出てきたのは、ツインテールホーンの、変異種。体表に、黒い血管みたいなものがいっぱい……美味おいしくなさそう」

 遠視で見た結果を教えてくれるロア。最近何度も確認されている変異種のモンスターの出どころも、こいつだった可能性が高い。

 私の目には小さすぎてよくわからないが、ロアが次々に報告してくれるモンスターたちには様々な種類がいた。

 ただ、そのどれもが通常のモンスターから変異したものだという。

 そうして変異種モンスターを次々に生み出しながら徐々にハーバフルトンに近づいているようだ。

「ルスト、どうする? ロアでも見通せないとなるとお手上げだ」

 ここまで一緒にセイルークに乗って案内してくれたタウラが聞いてくる。

 私は懐中時計を懐にしまいながら、それに答える。

「──危険だが、あの黒いのが通り過ぎたところに着陸しよう。できるだけ手早く済ませるけど、高確率であの変異種モンスターが襲ってくるはずだ。二人とも、すまないがモンスターを防いでほしい」

「うん」

「わが剣、ルストのために振るおう」

 こちらを向いて無表情にうなずくロアと、うれしそうに笑いながら剣を抜いて構えるタウラ。

 頼もしい二人だ。

 そんな私の感情が絆を通して伝わったのか、セイルークも一鳴きする。

「ぎゅー」

「ああ、すまない。もちろん、セイルークの爪にも期待しているよ、よろしくな。よし、セイルーク、あの砕けた岩のところに着地してくれっ」

 私の指差した先を目指し、セイルークが降下を開始した。

 セイルークのやや荒っぽい着地。

 着地ついでに、その両足でおおかみらしき変異種モンスターを踏みつぶしてくれている。

 着地の反動でセイルークの体が沈み込む。そのタイミングでロアとタウラがほぼ同時にセイルークから飛び降りる。

 そのまま周囲をはいかいしている変異種モンスターたちへと振るわれる、けんせんやりの刺突。

 またたく間に、大地が黒い血に染まる。

 ──あの黒い血も念のため確保しておくか。

 私は《純化》処理済みの採取用の手袋をはめる。最近はすっかり愛用している品だ。

 慎重にセイルークの尻尾を伝い地面へと下りる。セイルークも近づく変異種モンスターたちを倒してくれているため、尻尾が動いて下りるのも一苦労だ。

 地面につき、ほっとしたのもつかの間、すぐにリュックサックからからの瓶と細長いガラスの筒、そして数本の小型スクロールを取り出す。

 研究者としての勘みたいなもので、大地に流れた後の黒い血と、変異種モンスターの死骸の血の両方を、それぞれ採取しておく。なんとなく後で比べると面白そうな気がしたのだ。

 口にくわえたガラスの筒で、慎重に採取対象の液体を吸い、瓶へと注いでいく。

 そのときだった。私の背後を血なまぐさい風が吹き抜ける。どうも近づいてきた変異種モンスターをタウラが処理してくれたようだ。

 ──急がないとな。

 私は小型の《封印》のスクロールを、栓をした瓶に巻き付け、空にしておいたポーションホルダーに次々に刺して固定していく。

 次は、土の採取だ。

 黒い血の染みた土と、血のついていない部分の土をそれぞれナイフの刃先にのせて瓶へ。

 こちらも《封印》、と。

 ──本当はあいつの通り過ぎてない部分の土も欲しかったが仕方ない。

 残念ながら、通り過ぎた幅が広すぎて遠いのだ。

 私は離れたところで移動を続ける巨大な黒い存在を見ながら、必要そうなものを集めていく。

 次の採取をと、振り向いた私の目の前に変異種モンスター。それは、コウモリみたいな姿。

 こちらに向けられた開かれた口から、次の瞬間、槍の穂先が突き出てくる。

 ロアの刺突だ。

「邪魔した」

「いや、ありがと」

 私たちは短く言葉をかわし、それぞれ自分の仕事へと戻る。

 ──急がないと。魔素濃度の測定はサンプルの土を後ではかるので我慢しよう。採取はこれでいい。あとは距離だ。

 私はタウラとロア、セイルークに話しかける。この短時間で周囲の変異種モンスターは全滅していた。

「採取は終わった。あとは距離をはかりたい。ついてきてくれ」

「早めにして。あれはムリ」

 ロアが穂先で指し示して告げる。そこには、こちらへと向かってくるモンスターの大群の姿が見えた。


          


「ギリギリ、でしたね」

「危なかった」

「二人とも、すまない」

 私たちは再び空の上にいた。迫り来るモンスターの群れに追いつかれる寸前に、なんとか最低限の調査を終え、全員無事にセイルークに乗ることができた。

 数体、飛行型の変異種モンスターもいたが、ロアが魔素の槍を飛ばして全て処理済みだ。

 眼下には無数の変異種モンスターがひしめき合っている。遠くから見ると、黒々とした海のようにすら見える。

「おかげであれを調べるための試料は手に入れられたよ。二人とも、ありがとう」

「あれ、ルストはなんだと思う?」

「今のところ、さっぱりだ。とりあえず、アンノウンと名前だけでもつけとこうか」

「ぎゅー?」

 私たちが体勢を整えながら、そんな話をしているところへ、セイルークの鳴き声。

 絆を通して伝わってくる内容に、私はしばし考え込む。

 ロアとタウラにもセイルークの提案と、そして自分の考えを伝える。

「ぎゅ!」

 セイルークから伝わってくる肯定の意思。

 私はロアとタウラに、しっかりつかまるように伝えると自分もセイルークの背中にしがみつく。

 セイルークが、ばっとその翼を広げる。至近距離で輝く、真っ白なうろこまぶしい。大量の魔素が翼から放出され、それが一枚の障壁を形作る。

 そのまま障壁が細めのえんすいけいに変化していく。

「これが、魔族の配下を一撃で消し飛ばしたという新しいドラゴンブレスっ!」

 タウラの驚嘆の声。

 そう、セイルークから、眼下の変異種モンスターたちにブレスを放って数を減らしておくかと提案されたのだ。

 それに対して、前のときよりも障壁で作る光の絞りを、細くして放ってみてとお願いしてみた。

 セイルークのあぎとが、大きく開く。全身の鱗から光が集まり、そしてこうこうとした輝きが放たれた。

 渦巻く光が大地へとたたきつけられる。そのねじれ具合は前回以上に激しくなっていた。

 光の奔流がぐにぐにと暴れるようにして大地をえぐり、大きな傷跡を残していく。

 降り注いだ光が、大地にあるもの全てを、消し飛ばしていく。

 当然、あれだけひしめき合っていた変異種モンスターは、跡形もない。

 捻れ、暴れた光の奔流がそのままアンノウンに襲いかかる。

 アンノウンの黒い表面に、捻れた光が当たる。

 その表面をいくばくか削り、しかし同時にその黒い何かに光が吸い込まれていくようにも見えた。

「少しは効果あった、のか?」

 私がそうつぶやいたときだった。

 急にセイルークがブレスを止め、力強く羽ばたく。その羽ばたきで一気に上昇するセイルークと私たち。

 アンノウンの体にさざ波が立ったかと思った次の瞬間、無数の黒い細長い針のようなものが四方八方に飛び出す。

 上昇しながら体を捻るセイルーク。飛び出してきた針のすきをぬうようにして、飛ぶ。

 針をギリギリのところで完全にかわしきり、そのままセイルークは一気にその場から離脱したのだった。


          


 最後に想定外の反撃を受けたが、私たちは、無事にハーバフルトンに戻ってきた。

 戻って早々、私は最優先事項に取りかかるべく、カゲロ機関の本部へと駆け込もうと走りだす。

 カリーンへの報告はロアとタウラにお願い済みだ。

「ギュッ!」

 そこに、セイルークからの声。お腹がいたらしい。

 ──セイルーク、休まず飛び続けてくれたからな……

 駆け込んだカゲロ機関にいたコトに、私は挨拶もそこそこに、ポーションを投げるように渡す。矢継ぎ早に指示を伝える。

 目を白黒させていたコトだが、すぐに慌ただしく動きだしてくれる。

 ──これでセイルークのご飯と鱗のお手入れは大丈夫。あとは帰りに測定したセイルークの遠距離飛行時の巡航速度を再計算するところから……

 私は記録しておいた各種資料をテーブルに広げた。

「ほお、これは!」

 計算し、出たのは意外な結果だった。

 四回目のポイントを取得した今の場合と、二回目のポイントを取得した後だと、今の方がわずかだが速度が遅くなっているのだ。

 三回目のポイント取得後に計測する暇がなかったことが悔やまれる。

 ──某王族の方のお相手をするのに時間をとられなかったら調べられたのにな。

 しかし、過ぎたことは仕方ないと気持ちを切り替える。

 算出した巡航速度に、懐中時計で調べたセイルークの飛行時間と大地のわいきょく度を合わせ、次にアンノウンの進行した跡地で調べた移動速度の概算から、大まかなハーバフルトンへの到達日時を割り出す。

 ──アンノウンは一直線でハーバフルトンに向かっていた。観測した範囲では障害物を一切けないで破壊しながら、だ。まあ残念なことにあそこからハーバフルトンまで、川ぐらいしか障害となるものがないんだよな。

 私はカリカリとペンを羊皮紙に走らせる。

 ──アンノウンの速度は落ちないと仮定しよう。速度が落ちたらラッキー、ぐらいでいた方が安全だ。

「よしっ! ……なるほど。四日か」

 私は自身の計算に間違いがないか、再度見直す。

 経過時間を勘案しても、タウラの最初の知らせよりは短いが、これは仕方ない。何せ辺境には正確な地図などないのだ。

 多分私がやったように、飛行する存在に乗りながらでなければ計測自体が困難なはずだ。

 そのなかで誤差二日とはいえ、タウラはよくやったと言える。どうやって調べたか聞くのを忘れていたが、多分、託宣の能力を応用したんだろうなと目星をつける。

 そこへちょうどタイミングよく、カリーンが本部の部屋へとやってくる。

 ロアとタウラもいる。

 私はいま計算したばかりの結果を皆に伝える。

「……ルスト、大変助かるがこんを詰めすぎるなよ。ルストのその優秀さと勤勉さにはいつも助けられているが、いまここでルストに倒れられる方が困る。だいたい、何も食べてないと聞いたぞ」

 カリーンの心配するような声。そういえば普段は移動中に携行食を食べて済ませるのだが、空の上だとそれも難しく、しばらく何も食べていなかった。私は、ロアをずっとそれに付き合わせてしまったなと、今更気がついて後悔する。

「ロア、すまない。食事の時間をとるのを忘れていた」

「うん、お腹空いた」

「というわけだ。ルスト、お前も来い。食事だ」

「いや、でもほら、試料の分析が……」

 背伸びをして、満面の笑みで、がしっと私の両肩を掴むカリーン。その見開かれた瞳が私の瞳を正面からとらえる。キラキラとこちらを見つめ発せられる、強大なプレッシャー。

「ルスト師。食事、だ」

「──はい。カリーン様」


          


「これは、興味深い。興味深いぞ……」

 さっさと食事を済ませた私は逃げるようにしてカゲロ機関の本部に戻ってくると、意気揚々と試料の分析に取りかかっていた。

 机に並べたのは、採取してきた試料に加え、先行部隊に同行した際に発見していた変異種モンスターの素材。そして分析に使う呪い感知の羅針盤と、支給された潤沢な予算でそろえた機材の数々。

 その潤沢な予算は、人材面でも効果を発揮していた。優秀な錬金術師が王都をはじめ、各地からカゲロ機関に集まり続けているのだ。

 わざわざ遠方から来てくれた、彼ら彼女らカゲロ機関の機関員たちに、支給している給与も当然、潤沢だ。少なくとも懐かしの錬金術協会の、同ランクの錬金術師の倍は払っている。

 コトやシェルルール等の古参メンバーには、当然それ以上支給しているが、それでも十分な利益が出ているとハルハマーが嬉しげに言っていた。

 それはもう、みな、やる気に満ちている。

 ハルハマーは、救国の英雄だとか竜を従えし者だとかいう、私の恥ずかしい二つ名や名声にかれて人が集まっていると言っていたが──

「ルスト師、結果出ました。しかし、これ──」

 私は渡された資料に素早く目を通す。それはここまでの検証の結果を裏付けるものだった。

「コト、ありがとう。……やはりな。間違いない。早速、この結果をもとに錬成の第一工程に入ってくれ」

「わかりました。素材はどうされますか?」

「私の作っておいたストックがある。それを。無制限で」

「っ! いいのですか! どれも最高級の等級ですよね?」

「ああ。コトの手堅い仕事ぶりはいつも見せてもらっているから。コトたちなら無駄にしないで活用してくれるでしょ」

「ありがとうございます! 早速、皆で取りかかります!」

 興奮気味に早足で駆けていくコト。

 私も同じ錬金術師として、最高の機材と最高の素材を使う楽しさは知っているので、それをほほましく見送る。

 ──良いものは反応が違うんだよね。こちらの細かい調整に敏感に反応してくれるから。その分、繊細さがいるけど。カゲロ機関の皆もだいぶ腕を上げてきたしね。それに素材はまた錬成すればいいだけだからね。

 私はここまでの結果を簡単に羊皮紙にまとめると、カリーンへ途中経過を報告しに行くため、カゲロ機関の本部から外へと出る。

 ──このまま予定通りであれば十分に間に合う。私にとって都合の良すぎる展開だ。多分だが、敵はセイルークのことを警戒しすぎている感じがある。

 すぐにカリーンのいる建物が見えてくる。

 ──確かにセイルークのブレスはアンノウンに完全に無効化されていたし、爪や牙といった物理的な直接攻撃は届かないだろう。セイルークのことを『勇者』と呼んでいた。それと何か関係があるのだろうな。とはいえ、錬金術のことをめている? いや、違うか。敵の把握している錬金術はリハルザム基準なのかもな。

 物思いにふけりながら、カリーンの執務室の扉をノックする。

「入っていいぞ」

 カリーンの声。私は扉を開ける。

 部屋にはちょうどタウラたちも揃っていた。私は皆に途中経過を伝える。

 アンノウンの接近まで、あと二日と迫っていた。


          


「ルスト師、申し訳ありません。想定外でした」

「なーに。コトが謝ることじゃないさ。それに、錬金術はこれだから面白い、と私は思っている」

 対アンノウン用の錬成品。ほぼ完成したそれが私の前に置かれている。

 そう、ほぼ、完成なのだ。

 作ろうとしていたのは三本セットのポーション。そのうちの一本が不完全だった。

 ──この結果を見るに、錬成に重要なピースがあと一つ、足りない感じだな。

 それは私の錬金術師としての勘、だ。

「ルスト師、タウラ様をお連れしました!」

 そう言って声をかけてきたのはカゲロ機関の錬金術師で、コトの部下だ。

「ありがとう。タウラも急に呼び出してすまない」

「問題ない。それで、どうしたのだルスト」

「実は──」

 私は目の前のポーションを示し、自分の推測と錬成用の素材が不足している可能性があることを告げる。

「それでさ。タウラが見た遺跡にあったという卵の殻。それが答えになるんじゃないかと思ってるんだ」

「そうか……。くっ、すまない。私が回収してさえいれば」

「いやいや。そもそもタウラが教えてくれなかったら存在すら知らなかったから。それで申し訳ないのだけど、タウラが途中立ち寄ったと言っていた、東の国境の遺跡に案内してほしい」

「もちろんだ。すぐに向かうか?」

「ああ。コト、ここは頼めるか」

「もちろんです。ルスト師、お気をつけて。無事のお帰りを」

 周りのカゲロ機関の機関員たちも口々に無事を祈ってくれる。

「なんだか大人気だな、ルスト」

 珍しくそんな軽口を叩くタウラを連れて、私はセイルークに乗って出発した。


          


「ここだ、ルスト」

 タウラに案内されてやってきた、人骨のオブジェの前。

「ここで、骨のリビングソードと戦闘になったんだね?」

「そうだ。その攻撃の余波で──すまない、貴重な素材を」

「いやいや、攻撃されたら当然だよ。タウラの命の方が大事だ」

 私は地面にいつくばるようにしながら、タウラに答える。

 片手には呪い感知の羅針盤を、反対の手にはペンデュラムを作動させている。

 真剣にその地の魔素と呪術を調べていたので、タウラからの返事がないことにも気がつかなかった。

 ──面白い。これは面白い。ここが、何かの儀式場なのは間違いない。タウラによるとアレイスラ教の聖堂を模しているとか。この人骨のオブジェの前で、何かの力場が収束するようになっているようだ。

「──生命の誕生? いやこれはもっとおぞましいもの……。聖堂を模し、神の像の代わりに死者を象徴する人骨のオブジェを配置して──。呪術における、類似性を使用している? とすると、これは利用できるかもしれない。鍵となるのは時間、か。うん? この反応……」

 楽しくなってきて思わず独り言が増える。

 そんな私を静かに見守ってくれているタウラ。

「タウラ」

「何かわかったのか、ルスト」

 私は羅針盤をしまうと、採取用の手袋をはめた手を、人骨のオブジェへ突っ込む。

「る、ルストっ。なにを!?

「あった。卵の殻だ」

 そう言って私は手にした拳大の欠片かけらをタウラに示す。

「はあ、何かと思ったぞ。しかしよかった。これで戻るのか?」

「いや、それが……」

「どうしたのだ、ルスト」

「ここで、錬成していってもいいかな? どうもこの場所を利用しないと、錬成に成功しない気がするんだ」

「なるほど」

「多分、一晩徹夜すればできるんじゃないかと……」

「そうか。では寝ずの番は任せてくれ」

 そう言って剣を掲げるタウラ。

「ルストの背中は私が守ろう。なんぴとたりとも、いかなる敵が来ようとも。邪魔はさせない」

 キリッとした顔で宣言するタウラ。

「ありがとう。頼りにしてる」

 私は早速スクロールを展開させると、未完成のポーションの錬成に取りかかりはじめた。


          


「完成した……!」

「そうか。素晴らしい。こちらもちょうど片付いたところだ」

 私はその声に慌てて振り向く。

 そこには顔を血でらしながらもしっかりと立って、剣を構えたままのタウラの姿があった。

 その足元には、無数のモンスターの姿。言葉通り、タウラは一晩中私のことを守って戦い続けてくれていたようだ。

「タウラっ! 顔にが!」

「なに。かすり傷だ。出血が少しあるから、ひどく見えるだけ──」

 私は話しはじめたタウラの元へ駆け寄ると、急いで座らせて傷の確認を始める。

 確かに本人の言う通り、怪我は浅い。

 しかし《転写》のスクロールで確認すると止血を阻害する毒が検出される。

「いま、治療する!」

「しかしもう、夜明けだ。アンノウンが……。錬成が終わったなら、ハーバフルトンに急ぎ戻らねば──」

「いや、ダメだ。いま治さないと、これは傷が残る。すぐに済ませるから、これを押さえてじっとしてて」

 私は清潔な布で傷を押さえさせると、急いで解毒作用を備えたポーションを作成する。

 徹夜の錬成後の追加での錬成は、ガリガリと私の精神を削っていく。しかし一切の妥協はしない。

 完璧に治せるように、最高のポーションを作り上げると、傷と布の隙間からそっとポーションを注いでいく。

「よし。よしよし。そっと布をどけてくれ」

 私はタウラの頭に手を添え、少しずつポーションを傷口に垂らしていく。

 再生する皮膚がひきつれて、跡が残ってしまわないように細心の注意を払いながら。順調に傷の端から肉が盛り上がり、皮膚が形成され、傷口が閉じていく。

「──よし。はぁ。終わったよ、タウラ」

 そっと自らの顔を剣の刃に反射させて確認するタウラ。

 なぜか無言だ。

「──もしかして違和感ある?」

「えっ! いや、そんなことはない。ありがとう、ルスト」

 小声で答え、くるりと背を向けるタウラ。

「さあ、ルスト、戻ろうハーバフルトンへ」

 私たちは急いで遺跡を抜け出すと、セイルークに乗って空へと舞い上がった。