私は本部のある建物の奥、イブの本体が眠る場所へと向かう。

 途中、カゲロ機関の面々に出会う度に、地下遺跡を攻略したことを祝われる。どうやら外にいる大きくなったセイルークがよく目立つようだ。言われてみれば本部の窓からも、セイルークの姿が見える。

 ──セイルーク、皆に囲まれてうれしそうだ。

 バサッと、セイルークが大きくなった翼を広げる度に歓声が上がっている。

 ──今のうちにやること済ませておくか。

 私はイブの本体が眠る部屋の前へと来ると、入り口のせきりょくを解除する。錬金術協会で設置していたものの簡易版だ。イブ自体にも自衛能力があるので、セキュリティとしてはあまりレベルを高く設定していない。

 部屋に入る。

 部屋の中央は、露出した地面になっている。そこにどんっと鎮座する、『たけのこ』型錬成獣。

 巨大化し、その身を都市へと変貌させたイブ。それらは全て、地下茎でつながっている。

 この本部の奥深くに設置した部屋で、その地下茎のから生えている『たけのこ』が、都市全体を統括するイブの本体となっていた。

 そのイブの周りには、結界の魔素を都市維持のために変換するのを補佐する魔導具を等間隔に設置している。

 私はそのすきをぬってイブの本体に近づくと、起動のフレーズを告げる。

「『起きて』イブ」

 イブから手足が生えてくる。

 よっこいしょっとその身を地面から引き抜くと、手足をぷらぷらさせるイブ。

 まるで寝すぎてしびれたーとでも言っているようだ。

 そのイブの背中からは、太い地下茎が地面の下へと伸びている。まるで巨大な尻尾か、パイプのようだ。

 そのパイプを行き来する大量の魔素が錬金術師としての私の目には見える。

 ようやく体操じみた動きを終えたイブに私は建物の増設をお願いする。

 一つは当然、大きくなってしまったセイルーク用。そしてもう一つは不本意ながらリリー殿下のための建物だ。

 特にリリー殿下のための建物は王族が宿泊する場所となる。掘っ立て小屋というわけにはいかない。

「見た目だけでも、できるだけ豪勢にお願い。まあ、リリー殿下が帰ったら迎賓館にでもすればいいよね。──リリー殿下、帰るよな?」

 自分で言ってて一抹の不安を感じる。

 そんな私の不安顔をよそに、しゅぴっと両手を上げるイブ。

 その動きに合わせ、地面が鳴動する。それは外に、新たな竹の建物が生え出てくることによる振動。

 両手を掲げていたイブが手をくるくる回して、次にクロスする。

 大地の鳴動が止まる。

 こてっと、たけのこの先をかしげるイブ。

「ありがとう、もう大丈夫。イブ、『眠れ』」

 ばいばーいとでも言うように手を振って、穴へと戻っていくイブ。生えていた手足が引っ込む。

「はあ、戻るか」

 私はため息を一つ。気合いを入れ直すと、外へと向かった。

 イブの本体が眠る部屋を出て、本部の部屋を通ると、シェルルールが私のことを待っていた。

「ルスト師! リリー殿下の件ですが、現在ハルハマー師が応対しておりますー。本部の隣に応接用の部屋を準備できました。今しがた、新しく生えてきた竹の建物に宿泊用の家具を用意しますか?」

「さすが、シェルルール。仕事が早くて助かるよ。ダンジョンあがりで疲れているところ申し訳ないね。というか、家具足りてないよね?」

 私はシェルルールの有能ぶりに感謝しながら答える。

「カゲロ機関のメンバーから、余った家具を供出させてますー。先行部隊に選ばれたときに皆さん、収納拡張したリュックサックをルスト師からもらっていたので、何人かは家具を余分に持ってきていたんです。すごい拡張率だと、収納するのが楽しくなって調子に乗っていたメンバーがいたみたいです──」

 私はそういえば、出発前に配ったなと思い出す。自分でいま使っているリュックサックを作る前の練習で作って、余っていたものを配っただけなのだが──。

 そんなに喜ばれていたかと思うと逆に心苦しい。

「そ、そうか。それは何が幸いするかわからないな。家具を提供してくれたメンバーの名前とおおよその家具の値段を控えておいてもらえるかな。あとで補償するから」

「皆さん、ルスト師の先見のめいを褒めたたえてましたー。このために収納拡張済みのリュックサックを配られていたのだと」

 私は苦笑いでそれに応えると、あとはシェルルールに任せ、その場をあとにした。


          


「ルスト様! すごい地響きでした。あれはルスト様が?」

 私は、リリー殿下の応対をハルハマーと交代する。本当はこのままお任せしてしまいたいところだったが、そうもいかない。

 普段なら、こういうときにここぞとばかり、からかってくるハルハマーですら、こちらへ同情の視線を向けている。

「はい、リリー殿下。殿下用に新しく建物を生えさせました。いま、中を整えているところです。それまでよければ本部の隣にお部屋を用意したので──」

「まあ、ありがとうございます。でもわたくし、それよりもドラゴン殿に乗って飛んでみたいですわ」

 何を言い出すんだこいつはっ、と思わずリリー殿下の顔をじっと見てしまう。周囲の皆もぎょっとした表情をしている。

 セイルークだけが涼しげな顔だ。絆を通して、いいよー大丈夫だよーという意思が伝わってくる。

「危険すぎます、殿下」

 さすがに見かねたカリーンが止めてくれる。

 いいぞカリーン。もっと言ってやれ! と最大限の応援を無言で視線にのせて送る。

「あら。伝承ではドラゴンの契約者は姫を乗せて共に空を飛んでいますよ」

 しれっとした顔でそうカリーンに返したリリー殿下が、セイルークに近づくように踏み出す。ちょうどセイルークとリリー殿下の間に立っていた私の横を通り過ぎざまに、ささやくリリー殿下。

「空の上でなら、次の『ポイント』の──」

 そのささやき声は、ちょうど私にだけ聞こえるような大きさだった。

 そのままスタスタとセイルークに近づくリリー殿下。優しい手つきで、セイルークの前足をではじめる。

 ──リリー殿下も意地が悪い。今のささやき、次のポイントの場所を知りたかったら、一緒にセイルークに乗りましょうと皆の前で誘えってことだよな。

 私はため息をし殺す。

 仕方ないかと覚悟を決めると、リリー殿下に近づきながら口を開いた。

「リリー殿下、王家の忠実なるしもべたるアドミラル家が家臣ルストが、おんを空の旅へとお誘い申し上げます」

 スタスタと近づき、片膝をついて右手をリリー殿下へと差し出す。

 ──どうせ誘わざるを得ないなら、せめてカリーンを認めさせてやる。リリー殿下が私のこの手を取ったら、カリーン=アドミラルは王家公認の忠臣ってことになるはず。

「っ!」

 カリーンの、息をむ音が聞こえてくる。しかしカリーンもさすが貴族、ここで口を出してはこない。

 リリー殿下の供の騎士たちも無言だ。

 高まる緊張のなか、にこりとほほむリリー殿下が私の手を取る。

「お誘いありがとう。さあ、我が身を、空へ」

 私は、自らの手のひらにリリー殿下の左手をのせたまま立ち上がる。そしてふと困る。

 ──どうやってセイルークに乗るか、考えていなかった……。

 ポケットと袖に忍ばせたスクロールを使えばなんとかなるけど、それはさすがにまずいかと思いとどまる。王族をつるで巻き付けて持ち上げるなんて、許されないよな……

 づらを想像してふるふると頭を振っていると、セイルークから絆を通してイメージが送られてくる。どうやらおすすめの乗り方があるようだ。

 私はそのイメージに従い、リリー殿下の手を引いてセイルークの後ろ足側へと近づいていく。

 ペタンと後ろ足を折り曲げ、座るセイルーク。その尻尾の先がくるくると丸まると、ちょうど人が乗れるぐらいの足場になる。

 ありがたく、その尻尾で出来た足場にリリー殿下と乗る。ぐっと体が持ち上げられる感覚。

 リリー殿下は歓声を上げている。どうやら単純に高いところが好きなようだ。

 リリー殿下が愛用している騎獣を思い出して一人納得していると、セイルークの背中、二対の翼の間へと近づく。

 まだ動いている足場からひょいっとセイルークの背中へ跳び移るリリー殿下。

 セイルークの背中、平らな部分は人の足裏の幅一つ分程度しかないようだ。

 そこに片足でうまくバランスをとったまま、くるりとこちらを向くリリー殿下。

「ルスト様もお早くっ!」

 声が弾んでいる。私はしっかり動きが止まるのを待って、慎重に乗り移る。

 座れる場所は二対の翼の間だけのようだ。前に横座りで座ったリリー殿下の、不本意ながらすぐ後ろに座る。

 セイルークから、つかまるようにイメージが送られてくる。ちょうどコブのような突起があるので腕を伸ばす。

 伸ばした私の二の腕に、ぽんっとリリー殿下が頭を預けてくる。花の香りが鼻先をくすぐる。周囲はなぜか皆、無言だ。ただただ、刺さるような視線だけが注がれてくる。

「準備はよろしくてよ」

「……はい。セイルーク」

 私の声に応えるように大きく翼を羽ばたきはじめるセイルーク。

 私たちを乗せ、その身は空へと舞い上がった。

 向かい風が目に痛い。低い位置にある雲が横を流れていくのが見える。

「さて、リリー殿下。飛びましたよ。これで誰の耳もありません。そろそろ教えていただけますか」

 楽しそうに歓声を上げて下を見ているリリー殿下に声をかける。

 私はまっすぐ前を見つめたままだ。

 断じて高いところが怖いわけではない。

 前方不注意は良くないと、注意を払っているだけだ。

「上、です」

 下をのぞき込んでいた姿勢を戻すと、再び私の右腕に頭を預けてくるリリー殿下。人差し指を立て、にこやかに笑いながらリリー殿下はそう告げる。

「上? 雲、ですか」

「そうです。あの雲。あの上にはドラゴンたちの墓があるそうです。はかぐもと呼ばれるその領域には、墓守たるアンデッドドラゴンがいると。それこそが、次なる『ポイント』を持つもの、です」

 つられて見上げた上空には、積乱雲が浮かんでいる。

 確かになかなか見ないぐらい立派な大きさだが、私にはしょせんただの雲にしか見えない。

「ただの雲にしか見えません」

「いまこのとき、この場所の真上。あそこに見えていることが、何よりの証拠ですよ。いまを逃せばもう見つけるのは困難になると思いますよ」

「……リリー殿下、貴方あなたは一体何をどこまでご存じなのですか」

「タウラ殿と仲の良いルスト様ならご存じでしょう、アレイスラ教に存在する予言のことを」

 微笑むリリー殿下。

「託宣のことですか? このことが、予言されていたと?」

「タウラ殿は託宣まで行えるのですね。神殿騎士としてだけでなく、神の僕としても優秀なのですか。予言はその託宣の上位互換です。三代前の大教主は、優秀な予言者だったそうです」

 私はいま聞かされた情報について思考を巡らす。ポイントがボックス以外のものから手に入ること自体はまあいいだろう。セイルークの最初の契約時のことを考えれば、そのアンデッドドラゴンとやらがポイントを持っていてもおかしくない。

 問題は、予言とやらのしんぴょうせいだ。とはいえ予言の詳細を聞いたところで判断の足しにはならないか。

 気になるのは、いかにも時間がないとばかりにかされていること。こちらの判断力を奪いにきている気がする。

 とはいえ、この状況でうそをつくことで、リリー殿下にとって何か得になるかな?

 このまま墓雲とリリー殿下が呼ぶ場所へ行って何もなかったとしても大したことはないだろう。

 とすると、やはり実際に行って確かめざるを得ないか。

「さあ、どうでしょう。ルスト様。早く決めないと雲が流れていってしまいますよ」

「──わかりました。このまま確かめに向かいましょう。でも、リリー殿下、約束してください。地上に降りるまでは危険なことは避けます。私の指示に従って、危ない真似はしないでください」

「まあ! それをわたくしに命令できるのは、未来の旦那様だけですわ」

 面白がる口調でそんなことを言うリリー殿下。

 私はそれには答えず、急上昇して頭上の積乱雲を目指すように絆を通してセイルークに指示を出した。すぐに急上昇をするセイルーク。

「きゃっ」

 腕の中でリリー殿下が短く、驚きの悲鳴を上げる。

 ほどなくリリー殿下が指差していた積乱雲が間近に迫る。

 次の瞬間、視界が白く染まる。

 地上で遭遇する霧の何倍もの濃さ。普通の雲よりも明らかに視界が悪い。それなのに、雷の一つも起きていないようだ。

 ──これは間違いなくただの雲じゃないな。水滴もつかない。

 不思議な静寂が支配するその真っ白な空間をぐんぐんとセイルークが上昇していく。

 前方が明るい。

 そのまま、雲らしきものを抜ける。

 まぶしい。

 セイルークが羽ばたきをゆるめ、ゆっくりと滑空を始める。

 明るさに慣れた目で、周囲を見回す。

「ルスト様、あれ……」

 眼下の真っ白な雲。その中央を指差すリリー殿下。

 何を指差しているのだろうかと目を凝らす。

「あれは、骨?」

 同じ白色をしていてわかりにくいが、雲の中央に、無数の骨が山積みになっていた。

 それはまるで雲の中に浮かんでいるかのようだ。

 滑空をしながら、セイルークがそちらへと近づいていく。

 間近に見ると、一つ一つの骨が大きい。明らかに人のサイズではない。

「ドラゴンの骨、か?」

 私がつぶやくと、まるでそれが合図だったかのようにセイルークが骨の山へ着地する。

 そのまま沈み込むかと私は一瞬、緊張する。しかし、リリー殿下はキョロキョロと楽しそうだ。

 そして、私の予想に反して、セイルークは骨の山に無事、立ち続けていた。

「すごいですね。骨自体が浮いているのかしら」

「ぎゅるる?」

 下りる? と聞いているのが絆を通して伝わってくる。セイルークの尻尾が丸められ足場として近づいてくる。

「下りてもいいのですね。ありがとうございます、ドラゴン殿。お先に失礼しますね」

 私が躊躇ためらっている間に、体を起こしたリリー殿下は身軽な動きでセイルークの尻尾へと飛び移ると、そのまま尻尾を伝って行ってしまった。

 私は慌ててセイルークの作ってくれた尻尾の足場へと移る。ゆっくりと下ろしてくれるセイルーク。その気遣いに感謝をしつつ、間近に迫った骨の地面に片足を伸ばしてみる。

 ゆっくりと体重をかけるが、びくともしない。

 私は慎重に骨の山に下り立つ。

 そこへ駆け寄ってくるリリー殿下。

「ルスト様、ここ、すごいですね。この骨、ものすごく頑丈なのに全く重くありません。やはり全てドラゴンの骨なのですかね」

 リリー殿下が足元の骨を持ち上げて話しかけてくる。

 私はリリー殿下の勝手な行動を注意しようとして、危うく思いとどまる。

 ──危ない危ない。注意なんてしたら、旦那づらするなら結婚してからにしろとか、また言い出しかねないからな、このお姫様は。うろちょろするなと言いたいが、ここは、我慢だ。

 私が一人葛藤していると、セイルークが再び鳴き声を上げる。

 そして絆を通して、始まるよ、と伝わってくる。

 私たちの足元の骨が、カタカタと音を立てて動きはじめていた。

 カタカタ、カタカタ。

 私が足元を見ていると、動きだした骨が一定の方向に向かっているのがわかる。

 動きだした骨同士がこすれ、ぶつかり、音がどんどんと大きくなっていく。

 私たちの足を避けるようにして移動していく骨たち。それらは一ヶ所へと集まりはじめると、次々と組み上がっていく。

 まるで何かの生き物の標本のようだ。

 すぐさま、その全体像が明らかになる。

 気がつけば、私たちの目の前には、組み上がった骨で出来たドラゴン──アンデッドドラゴンが立っていた。

「リリー殿下、私の後ろに!」

 私はポケットに忍ばせていた数少ないスクロールを構え、リリー殿下をかばうように移動する。

「ギュルルー」

 そこへ響くセイルークの鳴き声。

 どうやら、セイルークは目の前のアンデッドドラゴンが敵じゃないと伝えたいようだ。

 言われてみれば、確かに敵意は感じられない。しかし、アンデッド系のモンスターは感情を持たないものも多い。

 私は警戒を完全には解かずに様子をうかがうことにする。

 スクロールを構えたままの私の目の前で、セイルークが気軽な感じにアンデッドドラゴンへと近づいていく。

 鼻先をくっつけ合う、セイルークとアンデッドドラゴン。どうもドラゴン同士の挨拶に見える。

「あら、仲良しさんのようですよ、ルスト様。私もあの骨のドラゴン殿に触らせてもらえないかしら」

 リリー殿下が興味津々な様子で近づいていこうとするのを必死に押しとどめる。

 そうしている間にも、なにやらセイルークがアンデッドドラゴンに語りかけている。うなずくような仕草をするアンデッドドラゴン。

 すると次の瞬間、アンデッドドラゴンの姿がグニグニと変形しはじめる。

 骨がまるで溶けたかのように一つにまとまると、どんどんとその固まりが小さくなっていく。輝きはじめる、その固まり。

 原初魔法らしき文字と魔法陣がその固まりの周囲を巡ったかと思ったら、一気に光が強くなる。

 光が収まると、そこには真っ白な見た目の幼女がたたずんでいた。白い肌に白い髪。その身にまとう服まで白い。

 しかし、よく見るとその幼女は人間ではなさそうだ。頭には一対の角、そして背中には三対の翼が生えているようだ。

 短めの翼をぱたぱたと動かしながら、すーっと幼女が私の目の前に、近づいてくる。

「そなたが、血の契約者じゃな。ふむ、うまそうじゃ」

 幼女が、なにやら物騒なことを言いはじめた。

 あまりの突拍子もないことに、私が警戒すべきか戸惑っていると、さらに幼女が近づいてくる。

 セイルークからは目の前の幼女への危機感は相変わらず伝わってこない。

「ふむふむ。なんじゃろなー、この匂い。薬臭いんじゃが、とってもかれる匂いじゃ。嗅いでると、くらっくらしてくるわい。そなた、これまで何か、大量の薬を飲んできているのー。普通の人間とは思えないぐらいほうじゅんな匂いじゃ──じゅる」

 盛大にこぼれたヨダレを袖で拭く幼女。

「あー。お嬢さんはアンデッドドラゴン、なのかな。私たちはポイントの件で聞きたいことがあって……」

 私はジリジリと下がりながらもここへ来た目的も含めて、たずねてみる。

「確かに、わしはアンデッドドラゴンちゃんじゃ。気軽にアンちゃんと呼ぶとよいぞ。聞きたいことがあるなら、対価を貰おうかの。なに、ほんのひとみでよいのじゃ。そなたの肉の端っこをひと欠片かけら、それでどんな質問にも答えよう」

 ジリジリと下がる私に合わせて、ジリジリと近づいてくる幼女。

 私はリスクをてんびんにかけてみる。目の前の肉食幼女に噛まれても、だけなら手持ちのポーションで対応は可能。

 問題は肉、そして何よりも血を与えることで、原初魔法の何らかの契約が発生する可能性だ。こればかりは詳しくないから推測が立たない。

「……その姿のままで、一噛み、ですよね、アンさん?」

「アンちゃんでよいよい。まだピチッピチの千三歳よ。そしてな、一噛みするのはもちろんこの姿じゃよ。元の姿では、味がわからんしの」

「まあ! ルスト様、ダメですわっ! そんなっ、そんなの……ふしだらですわっ」

 なぜか止めようとしてくるリリー殿下。しかも、理由が意味不明だ。

 これがもし一緒にいたのがカリーンなら、確実に面白がっているところだろう。タウラなら、目的を最優先するはず。合理的だからな彼女は。そして、アーリやロアなら沈黙しているだろう、多分。……いくらロアが食いしん坊だからといってもこの話題にはさすがに食いついてこない、よな。

 私が現実逃避気味にそんなことを考えている間にも、肉食幼女がじろじろと私の四肢を眺めてくる。

「どこの肉がよいかのー。どの部位も美味うまそうで美味そうで、アンちゃん困っちゃうのー。ぷりっぷりの太もも。とろける舌触りの二の腕。肩ロースも捨てがたいのー」

「部位はこちらで指定させてもらいます」

 私は念のためくぎを刺しておく。下手な部分を食いちぎられたくない。

「なんじゃー。いけずよの。まあアンちゃんは食わず嫌いはないのでの。どこでもよきよき」

 うきうきとした仕草をする肉食幼女。

 私はポーションホルダーから一本ポーションを抜くと、ため息を一つつき、袖をまくった左腕を差し出す。

「肘から手首までの間、小指側で」

「よし、契約成立じゃ。やっふー! いっただっきまーす」

 腕の皮膚をハムハムされたあとに、何か食い込んでくる感覚。そのまま、ぶちっと肉を噛みちぎられる。

 あふれ出す血を執念深く求めてくる肉食幼女を力ずくで引きがすと、傷口にポーションをドバドバ振りかける。

 金色のポーションの液体が腕から流れ落ちる頃には、傷はすっかり消えていた。

 リリー殿下が、わーわー騒いでいるが、無視だ。

 私は、例の半透明のプレートが現れないことを確認すると、ほっとあんの息をつく。心配していた事態にはならずに済んだようだ。

 改めて引き剥がした肉食幼女の方を向くと、行儀の悪いことに、口の中で肉を堪能しているっぽい。

 もぐもぐと口を動かしている肉食幼女を私はじとっとした目で見る。

 その私の視線に、何を勘違いしたのか、肉食幼女は口の中のものを飲み込むと、味の感想を言いはじめる。

「まさに至高の味っ、美味美味じゃー! そなた、素晴らしいの。最高じゃの。また食べたいの」

 肉食幼女からの全く嬉しくない褒め言葉をスルーして、私は早速質問を投げかけることにした。

「まったく無粋よのー。そなたも自分の肉の美味うまさに、もっと誇りを持てばよいのじゃ。アンちゃんがこれまで食べてきたなかで、最も美味い肉をした生き物なのじゃぞ、そなたは。この肉の味の余韻だけでアンちゃん、あと数百年は存在を保てるわ」

 いくら褒めちぎられようが、もう噛まれるのはごめんなので、私は粛々と契約の履行を迫ることにする。

「仕方ないの。約束は約束じゃ。それで最初の質問は、『ポイント』とは何か? だと!」

 なぜかびっくりしたような顔をするアンデッドドラゴン。

「いや、すまんすまん。『ポイント』は『システム』で使う数値で、何かしらの行動をするとまっていくし、貯まった『ポイント』で特典と交換できるじゃろ? うむ。アンちゃんの保有ポイントも、そっちのホワイトドラゴンの成長にも当然使えるぞ」

「え、『システム』? そなたもそっちのホワイトドラゴンと契約する際にシステムウィンドウを開いたじゃろ? そうじゃそうじゃ、その半透明のプレートじゃ。え、自力じゃ開けない!? まじか……。もしかしてお主らって『NPCノンプレイヤーキャラクター』のまつえいかの? 生まれながらのスキルは全くないのか」

「アンちゃん、バリバリ文系脳なんで、あまり詳しくないのだがのー。一応説明すると『NPC』というのはな、『プレーヤー』が──」

 ペラペラと半分訳のわからないことを話すアンデッドドラゴンの話を必死に聞いているときだった。

 急に、目の前のアンデッドドラゴンの腹部から、巨大な漆黒の矢が飛び出す。

 そのままその極太の漆黒の矢が、アンデッドドラゴンを地面に縫い付ける。

「かはっ」

 アンデッドドラゴンから漏れる苦痛の吐息。

 響き渡るセイルークの怒りの叫び。

 リリー殿下が抜剣し、剣先で空を指し示す。

「ルスト様、上空、敵ですっ!」

 いつの間にか周囲を覆っていた雲が消えていた。そしてその晴れ渡った空に敵とおぼしき存在のわらい声が響く。

「うひゃひゃ~。勇者様が入ってくれたおかげで、長年探していた墓雲のフィールドに、ようやく入れたぜー。カモフラージュの雲が邪魔だったんだが、ありがとうよ、勇者様~。ついでに死んでくれるかな~」

 見た目は巨体の蜂と人の混ざりもののような敵。アンデッドドラゴンを貫いているのは、巨大な蜂の針のようだ。

 話すうちにも、モゾモゾと新しい針が生えてきているのが見える。

「け、契約者、殿。手を出せ、早くっ! この針がアンちゃんのポイントを、全て奪う、前にっ!」

 臨戦態勢をとっていた私に、アンデッドドラゴンが苦しそうに話しかけてくる。

 私は一瞬ためらい、しかしすぐに左手をアンデッドドラゴンに差し出した。

 伸ばした私の手をがしっと掴まれる。すごい力だ。幼女の爪が、私の手に食い込む。

 にじむ血。

 半透明のプレート──アンデッドドラゴンがシステムウィンドウと呼んでいたもの──が私とアンデッドドラゴンの目の前にそれぞれ展開される。

 ──読める文字が、増えている?

 私はシステムウィンドウに表示された文章に目を奪われる。

 その間にも、私のシステムウィンドウに表示されたポイントの数値が増えていく。握られた手を通してポイントが流れ込んでくるのだ。

「ルスト様、危ないっ」

 リリー殿下の悲鳴。

 次の瞬間だった。セイルークが私たちと敵の間に割り込むように飛び込んでくる。

 セイルークの目の前に障壁が現れる。それはれいびょうでセイルークが展開したのと同じもの。その翼から大量の魔素が放出され、形作られた障壁。

 その障壁に、敵の撃ち出した極太の針が激突する。

 金属の擦れるような耳障りな高音。

 障壁がゆがむ。

 そして再び、耳障りな高音。

 くいのように太いそれが、いくつもいくつも障壁に向かって撃ち出されてくる。

 たわみが、どんどんと大きくなる。このままでは破られてしまう。セイルークの焦りが伝わってくる。

 そのときだった。掴まれていた手が離れたかと思うと、目の前の幼女がぐたっと脱力する。まるでもう自身の体重すらも支えられないかのように。腹部を貫き地面に刺さったままの針だけが、幼女を支えている。

 離された私の手から白い光が溢れ出す。

 どくどくと流れ出した光の奔流が目の前のセイルークの背中へと吸い込まれていく。

 輝きだすセイルークの体。

 真っ白だったセイルークのうろこが、輝きを増していく。

 その輝きに合わせて、障壁が変化していく。

 平面だった障壁がセイルーク側を頂点にしてえんすいけいになっていく。

 セイルークのあぎとが、大きく開いたかと思うと、その奥にこうこうとした輝きが現れる。セイルークから伝わる強い怒り。

「ドラゴンブレス? まずい、リリー殿下、伏せて!」

 私はリリー殿下に駆け寄るとその頭を掴んで地面に押し下げる。

 すぐさま私も身を低くする。

 せつの静寂。

「ほあっ? え、たんまたんま──」

 針の射出を止めた敵。離脱したいのだろう、背中を見せる。

 音を超越した衝撃波がまず周囲を圧する。駆け抜けた衝撃波が、敵を空中でほんろうする。

 次に、セイルークの鱗、一枚一枚に宿った光がその開いたあぎとの前に集まる。そして光が放たれた。

 生み出されたのは、破壊をもたらす光の奔流。それが障壁で形作られた円錐形の中で渦を巻くようにねじ曲げられると、一気に敵へと迫る。

 間一髪、敵が渦巻く光の奔流を避けたかに見えた。

 そのとき、不思議なことが起きた。

 避けたはずの敵が渦に巻き取られるように光へと飲み込まれていったのだ。

 まるで光にからめとられたかのように。

 光の奔流の中、一瞬ボフッという音とともに白い煙が現れるも、すぐに散ってしまう。

 その代わりにキラリと光る丸いものが落下していくのが見えた。

 セイルークが大きく羽ばたくと、落下していくものを追って飛び立つ。

 あれは、敵の魔石だろう。霊廟のときのことを考えると、何か手がかりになるかもしれない、とセイルークが感じているのが伝わってくる。

 私はセイルークを見送り、ゆっくりと体を起こす。

 周囲は様変わりしていた。衝撃波のせいか、骨がひどく散乱している。

「あれ、リリー殿下は?」

 私が辺りを見回す。

 すぐに、それらしきものが。

 少し離れたところから、人の腕が突き出していた。突き出たそれが、バタバタと動いている。

「しっかり頭を下げさせたと思ったんだけど、もしかして体を起こして、飛ばされたのかな──?」

 私は、首をひねりながらバタバタと動く手に近づく。

 見下ろしながら、手がかかる、と内心ため息をつく。そのまま見なかったことにすればいいという強烈な誘惑。しかし、なんとか誘惑を振り切ると、私はバタバタ動く手を掴み、引っ張り上げる。

 ──お、重い。

 リリー殿下の顔が骨から出てくる。

「ぶふっ、はぁはぁ。口の中がジャリジャリします……」

 ぺっぺと、細かな骨を吐き出すリリー殿下。上半身が出たところで私は手を離し、あとは周囲の骨を掘るようにして、どかしていく。

 自分がしっかり伏せていなかったのが良くなかったと気づいているのか、掘られ待ちのリリー殿下は恥ずかしげだ。顔が赤い。

「あ、ありがとうございます、ルスト様。敵はどうなりました?」

「セイルークが無事に倒しましたよ。魔石が出たのでもんようが確認できるかと、セイルークは回収に向かってます」

「アンデッドドラゴン殿は?」

 二人して向かう視線の先には、変わらずに地面に突き刺さったままの針。ドラゴンブレスの衝撃波でもそのままだ。

「──せめて、抜いてあげましょうか」

 ようやく立ち上がれたリリー殿下と、二人してアンデッドドラゴンの元へと向かう。

 できるだけ優しく、これ以上損壊が増えないように気をつけながら、まず幼女の体を貫いている針を地面から抜く。

 次に、幼女の体を私が支えると、リリー殿下が針をその体から引き抜く。

 完全に針が抜けた幼女の体は、ひどく軽かった。

 次の瞬間、私の腕の中で、幼女の姿がグニグニと変形しはじめる。まるで初めて見たときの変形のようだ。

 私は驚きながらも、落とさないように気をつけてその変化を眺める。

 再び溶けた幼女の体が輝く一つの固まりとなる。それは、私の両手にのるぐらいの大きさの光。

 原初魔法らしき文字と魔法陣がその周囲を巡り、一気に光が強くなる。

 光が収まると、私の手のひらの上に骨で出来たドラゴンが、ちょこんと座っている。

 初めて見たときの数十分の一サイズのミニマムなアンデッドドラゴンが、私の手の中からこちらを見上げてくる。

「か、可愛い! 可愛いですよ、ルスト様!」

 リリー殿下の鼻息が荒い。

 ぐいぐいと、自分の体で、私を横から押してくる。

 リリー殿下がかぶった骨の粉が降りかかってきて、うっとうしい。

 それは手のひらの上のアンデッドドラゴンも一緒だったのだろう。

 小さく、くしゃみをしている。

 そんな迷惑に気づいていないのか、手のひらを出してくるリリー殿下。どうやらのっけてほしいらしい。

 くしゃみをし終わり、こき、と首を傾けているアンデッドドラゴン。じーとこちらを見上げ続けている。

 その間もぐいぐいと横から押し付けられてくるリリー殿下の体。

 私はアンデッドドラゴンを、無言でリリー殿下の手のひらに置く。決してアンデッドドラゴンを犠牲に、逃げたわけではない。

 それでも、押し付けられていた体温と花のような香りから離れて、ほっと息をつく。

 そこへ、セイルークが帰ってくる。

 前足には真球の魔石。

 それを私の前に置くと、セイルークは不思議そうな顔でリリー殿下の手のひらの上のアンデッドドラゴンに顔を寄せる。

 じっと見つめ合う二匹のドラゴン。つんと軽くセイルークが鼻先でアンデッドドラゴンの小さな頭をつつくと、その体をくわえてリリー殿下から取り上げる。

「あっ……。まだ撫でてないのですが……」

 自分の背中にアンデッドドラゴンを乗せて、ふいっと横を向くセイルーク。

 私はそのままセイルークに絡んでいくリリー殿下を止めると、魔石を見せる。

「はぁ、残念です。うまくいけば契約できたかもしれなかったのに……。あ、はい。ルスト様。その紋様はやはり魔族のものかと。『最弱の七席』と言われている魔族の紋様に見えます。確か『最弱の七席』は空をそのみかにしていると言われていますね」

「やっぱりさっきの敵も魔族のけんぞくか。魔族と呪術師たちはよほどポイント集めとセイルークの成長を阻止したいらしいな。そういえば『勇者』がどうとかって言っていたけど、リリー殿下は『勇者』って知ってる?」

「いえ、初耳です」

 名残惜しそうにアンデッドドラゴンの方を見ながら答えるリリー殿下。

 どうやら、いまできることはこれぐらいのようだ。皆が心配しているだろうから戻らないと。

「セイルーク?」

「ぎゅ!」

 どうやらアンデッドドラゴンを連れていくつもりらしい。アンデッドドラゴンもセイルークの上からこちらを見下ろしてこくこくと頷いている。

 こうして新しい仲間を加え、私たちは地上へと戻ることにした。


          


 私たちがセイルークに乗って地上へと近づいていくと、どんどんと人が集まってくるのが見える。

 こちらを見上げ、口々に何か叫ぶ人々。

 セイルークは一瞬どこに降りるか迷う様子を見せるが、開拓本部の正面に降下していく。

 そこへ向かってわらわらと皆が集まってくる。

 その中でもひときわ目立つ、カリーンの赤い髪。

 どうやら着陸場所を空けるように指示出しをしてくれているようだ。すぐに着地できそうなスペースができる。

 ──セイルークはこうなることを予想してカリーンの居場所を見つけたのか。賢さのレベルも上がっている?

 私がそんなことを思っている間にも、大地が目の前まで迫る。

 落下の速度を落とそうと、セイルークがばっさばっさと大きくその六枚ある翼を羽ばたき、着地の姿勢に入る。

 巻き起こる風が地上にいる人々の間を通り抜ける。

 アドミラル領の人間たちはこれぐらいは慣れたものだ。平然としている。

 何人か、よろけている人間もいる。見ない顔だ。多分リリー殿下の随行の者なのだろう。

 この程度の風でよろけていて大丈夫なのか、他人ひとごとながら心配になる。見るとリリー殿下も険しい顔だ。

 ふわりとセイルークが上手に着地を決めると、すぐに下りられるように尻尾を差し出してくれる。

 私たちは尻尾を伝って久しぶりの地面へと下り立った。

 すぐさま皆に囲まれる。

 私はカリーンを筆頭にアーリとロア、ハルハマー。それにカゲロ機関の面々。

 リリー殿下も取り巻きに囲まれ質問攻めのようだ。

「ルスト!」

「ルスト師!」

「まったくお前は──」

 皆が口々にしゃべって全然聞き取れない。

「ストップストップ! みな、心配をかけて申し訳ない。しかし、しゃべるのは一人にしてくれ」

 顔を見合わせる面々。どうやらカリーンが話すようだ。

「カリーン、申し訳なかった。リリー殿下の要望を断りきれなかった」

 私は機先を制して、謝っておく。

「空の上で何があったんだ、ルスト。巨大な雲が一瞬で消えたし、ものすごい光が空を走ったぞ。それにセイルークの顔つきが変わっているじゃないか。……しかも何か可愛らしいものまで乗せているし」

 カリーンの視線はセイルークの頭の上からこちらを見下ろしているアンデッドドラゴンに向いていた。

 確かにミニチュアサイズなのは、可愛いかもしれない。見た目は完全に骨、のドラゴンなのだが。

 リリー殿下といい、可愛いの基準がよくわからない。

「あ、可愛い」

 アーリもアンデッドドラゴンを見てそんなことを呟いている。ここにはいないタウラも見たら似たようなことを言いそうだ。逆にロアやシェルルールは冷静に観察している様子。ハルハマーは別の種類の熱い視線をアンデッドドラゴンに送っている。

 私は皆を見渡し、当たり障りのない部分だけを説明していく。

 リリー殿下のお言葉で上空の雲に向かったこと。そこで見つけたドラゴンの墓とアンデッドドラゴン。そして敵の襲来。

 撃退するときにセイルークが放ったドラゴンブレスのこと。

 そんな話でも、ハルハマー以外のカゲロ機関の面々からは、話の要所要所で歓声やら驚きの声が上がる。

「すげーなー。俺もドラゴンに乗って空の上に行ってみたい」

「二匹もドラゴンを従えてるなんてさすが我らが機関長」

「王女様と冒険だなんて素敵ね」

 アーリたち付き合いが長いめんは、またかと冷めた顔だ。ロアなんて騒いでいるカゲロ機関員たちをわいそうなものを見るような目で見ている。

 私も実際、気疲れするような経験だったので、そんな風に騒がれても苦笑いしか出てこない。まあ、娯楽として部下たちが話を楽しんでいるなら邪魔するのも良くないかと判断して口を閉じる。


 ただ、詳しくは内々にと、カリーンに目配せをしておく。

 カリーンもそっと頷き返してくると、その場に解散を告げてくれた。