元気に仕事を引き受けてくれたシェルルールを残し、私はハルハマーとともに地下遺跡へと向かうメンバーと合流していた。

 再び訪れた地下遺跡は、変わらない様子だった。

 今回の地下遺跡探索のため、先行部隊に参加していたロアとアーリ、そして肩に止まったセイルークが一緒だ。先頭は当然ハルハマー。

 地上の入り口からはしごを下り、しばらく進むとハルハマーが生活し、研究していたスペースに行き当たる。そこは、男の独り暮らしで好き勝手に研究に没頭していたらこうなるだろうなという乱雑さ。

 部屋の隅には大量の保存食が積み上げられている。

 ここら辺は、前回はセイルークを助けるために行きそびれてしまった場所だ。この惨状を見ると、それは特に残念なことでもないが。

「暇を見つけては、生活用品はかなりハーバフルトンに運んで、片付けてしまったからな。残念ながらもてなしはできん」

 がははと笑いながら、そんなことを言うハルハマー。

 ロアがぼそりとつぶやく。

「信じられない汚さ。これで片付けた?」

「嬢ちゃんは相変わらずしんらつだ」

 ロアの辛口にもなぜか機嫌良さげなハルハマー。アーリの方がおろおろしている。

「放っておいて大丈夫さ。それよりもアーリもロアも二人ともカリーンのそばを離れて大丈夫? 王都での襲撃も未解決だろ」

 私は歩きながらアーリに話しかける。先日の襲撃、十中八九は呪術師が絡んでいるとは思う。しかし、れの人間を実際に手配したのは呪術師とは別の存在の可能性もある。

 呪術師が直接的に仕掛けてくるなら、使い魔を使いそうなものだ。

「カリーン様にはしばらくはハーバフルトンで大人しくしていてもらうようにお願いしてあります。ハーバフルトン内でしたら警備も厚めですので」

 アーリとそんなことを話しているうちに、ハルハマーが立ち止まる。

 そこは、通路の行き止まりであった。そしてその正面の壁はれいびょうの壁と似た材質でできているように見える。

「ここじゃ。ルストから聞いた話から考えると、ここが一番怪しい場所だ」

 ハルハマーが壁を指差す。

 私はリリー殿下から譲り受けた鍵の魔晶石を取り出すと、ゆっくりとその行き止まりの壁へ近づいていった。

「転移するかもしれない。皆、ダメもとで私につかまって」

 私はハルハマーたちにそう伝える。

 原初魔法の転移式が不明の現状では、どこまでが転移対象とされるかは全くの未知数だ。

 体に掴まるぐらいでうまく一緒に転移されるとは限らないが、なにもしないよりはましだろう。

 皆が私の肩と腕に掴まったのを確認すると、私は取り出した鍵の魔晶石を壁へとかざした。

 目の前の壁に鍵の魔晶石を近づけると、壁に魔法陣が浮かび上がる。

「おお!」

「一発で正解を引いたなっ」

 私の肩や腕に掴まっている皆から感嘆の声が上がる。

 霊廟の壁のものと同様に、くるくると壁の上で回りはじめる魔法陣。それが崩れ、魔素の光がやはり文字となって壁の表面に現れる。

 霊廟のときはリリー殿下からの求婚の衝撃もあってしっかりと見ていなかった文字。

 今回現れた文字もやはり、『管理者権限を確認』と書かれている。

 しかし、わずかな違和感。

「あ、『バックドア』の文字がないんだ──」

 私は書かれた文字のうち、読み取れる部分に素早く目を通す。そして、違和感の正体に気がつく。

 しかし、『バックドア』というものが何かは相変わらず、わからないままだった。それでも、何かが変更になっている可能性が高いと、皆へと警告しようとする。

 しかし、私が口を開くよりも早く、壁からあふれ出す魔素の光。

 それは私の体を通して皆へと広がり、そのまま全員の体を包み込んでいってしまう。

 次の瞬間、世界がパッと切り替わる。

 私たちを取り囲んでいた地下遺跡の壁が完全に消失していた。

「え、転移しました? 外?」

 私の肩に掴まったままのアーリの呟き。先ほどまで感じなかった日の光が私たちに降り注ぎ、風が吹き抜ける。

 私の後ろには、ロアにハルハマーもいる。私の腕を掴んで一緒に転移してきたようだ。

 しかし、アーリが掴んでいるのと逆の肩が不思議と軽い。

「セイルーク、いない」

 ロアが私の空いた肩を見て、ぼそりと呟いた。

「セイルークだけ取り残されたのか? それとも別の場所へ?」

 私は呟きながら急いで辺りを見回す。

 辺りはひらけていて、少し離れた場所には無数の建物が見える。

 石とも金属ともわからない不思議な質感の朽ちた建物群。

 どれもなかなかの大きさがある。

 足元も不思議だ。石というには柔らかく、僅かに弾力を感じる。

 そのどれもが霊廟のときの転移先の小部屋とは全く別物で、戸惑ってしまう。

 何よりも、戻るための壁がどこにあるのかがわからない。

「なんだか不思議な場所ですね。今のところ争いの兆候はなさそうです」

 同じように辺りを見回しながらアーリが教えてくれる。

「ありがとう、アーリ」

 見れば見るほど不思議な場所だ。見たこともないものが溢れている。弾力のある床には不思議なもんようがそこかしこに描かれ、あちらこちらに金属製と思われる棒状のものが突き出ている。

 その床の紋様を眺めているときだった。私はふと、ここまで来る道中に見かけた変異したモンスターのことを思い出す。

 その紋様のどこがそう連想させたのかは判然としないままに、私は念のため「呪い感知の羅針盤」を取り出す。

「──反応してる」

「何か言いましたか、ルスト師」

 アーリが私の独り言を拾ってくれる。

「いや、ごめん。──これなんだけど」

「それは! ということは、呪術師がここにもっ!?

「いや、まだわからないけど。可能性はあるかな」

 私とアーリが話しているところに、ハルハマーもやってくる。

「なんだなんだ。それは新作の魔導具か? 面白そうなものを持ってるじゃないか、ルスト」

「魔導具だなんて、大層なものじゃないですよ。ハルハマー師。ただ、呪いに反応する羅針盤です」

「なん、だと! それはすごい。一般的に錬金術と呪術は相性が悪くて、しかもほとんど素材になりそうなものが手に入らないというに。よく作ったな──」

「ごほん」

 アーリのせきばらい。

「あー。それで、その羅針盤が反応しとるわけか」

「そうなんです。ここは念のため調査すべきかと」

「そうだの。安全の確認も重要な仕事じゃ」

「アーリとロアも、いいかな」

「うん」

「はい。見に行かなかったことで後々、禍根となるのは避けるべきと私も思います。いまのところは何も見えません。ただ、気をつけて行きましょう」

 羅針盤が指し示す方向へ、警戒しながら進む。

「どうやらこちらのようだ」

 近くの建物の裏を指差した私は、角を曲がろうとしてロアに制止される。

「先、うまく見通せない。ちょっと待って」

 ロアの魔眼が妨害されているようだ。私は大人しく従う。

 ロアが建物の角からそっとやり先を差し出し、先を穂先に反射させて確認している。

「何か、ある。よくわからない」

「代わるわ、ロア」

「はい、アーリねえさま

「……直接の危険は見られません。ただ、私にも何か不明です。気をつけて」

「りょーかい」

 私はそっと建物の角から踏み出す。

 ──羅針盤の示す先は、どうやらあれか。

 建物の壁に備え付けられた何かの装置のようだ。呪術とおぼしき黒いもやがその上方に広がり、壁が覆われている。さらにそのもやの先に何かが見える。

 私はゆっくりと近づきながらそれを眺める。

 ──なんだろう、あれは? 転移装置の一種か? その先に見えているものは、モンスター、か?

 そのときだった。私の肩が、ぐっと引っ張られる。

「ルスト師、敵です!」

 直前まで私が立っていた場所を何かが通り過ぎる。

 石だ。拳大ぐらいのそれが高速で飛んできて、目の前の装置に直撃する。

「ああ!」

 もやの発生が止まってしまった装置を見て思わず声を上げてしまう。

 その間に、ロアが投石をしてきた敵へと駆け寄り、槍を突き出し仕留めていた。

 ロアに貫かれた敵は二足歩行で見た目は子供ぐらいの背丈。手には投石器らしき道具。顔は作り物の猫のようだった。

「まだ来ます! 警戒を!」

 次に現れたのは二匹。ひょこひょこと体を左右に揺らしながら近づいてくる。

 その二匹は手ぶらだ。とりあえず武器を持っているのは最初の個体だけだったようだ。

 警戒しながら、手早く、意見交換をする。

「あれはなんだろう。猫をモチーフにした小型ゴーレム?」

「動きが滑らかだ。ゴーレムというよりはぬいぐるみに近そうだぞ。猫人形ってとこか?」

 私の意見にハルハマーが返す。確かに質感はふわふわしていそうだ。

「気をつけて。透視があまりうまくできない。危険」

 ロアが槍を振り、貫いた猫人形を抜き飛ばして警告を発する。ロアの槍から離れて地面に落ちた猫人形がぽんっと音を立てて煙となって消える。

「消えた?」

 私は、その不思議な現象に思わず声を上げる。

「ルスト師、来ますっ!」

 アーリがロアと同じように槍を構える。ひょこひょこと揺れていた猫人形たちがぴたりと体の揺れを止める。

 次の瞬間、大きく跳びはね、こちらへと迫る猫人形。くわっと開かれた口の中には鋭い牙が四本、前に突き出すように広がる。

 このままだとアーリとロアへとその牙が刺さる軌道。

 しかし、二人とも冷静に手にした槍を振るう。

 いっせん

 二人の槍先がそれぞれ猫人形をとらえ、真っ二つに両断する。

 私のところからちらりと見えた猫人形に残る斬り口から見て、やはり非生物のようだ。

 しかしはっきりと確認をすることができなかった。猫人形の残骸が地面へと落ちた瞬間、それらもぽんっと音を立て、煙へと変わってしまう。

 私はしゃがみ込み、両断された残骸があったはずの場所を探る。

 猫人形の一切の残骸が消えていた。

 しかし代わりに、私は落ちているものを見つける。

 親指の爪くらいの大きさの、薄くて円いもの。金色に輝くそれを私は拾う。

「金貨、かな? 見たことのないデザインだ」

「ルスト師、また来る!」

 ロアの警告に私は急ぎ立ち上がると、振り返った。


          


「これで、最後っと」

 《研磨》のスクロールの竜巻で、バラバラになった猫人形が煙になり、代わりに現れた金貨がぴょんと竜巻から飛び出す。

 ちょうど目の前に落ちてきたそれを片手で掴む。

 私たちは、あのあと次々と現れた猫人形たちをようやく倒し終えたところだった。

 地面のそこかしこに、キラキラとした金貨が散乱している。散乱具合で、かなりの数がいたのがわかる。結構な時間がかかってしまった。

 なぜかヒポポやローズたちをスクロールから呼び出せなかったのだ。

「ルスト師、どうするのこれ?」

 ロアが足元の金貨を拾いながら聞いてくる。

「見たことのない金貨ですね。通貨としては使えないと思います。それに金貨としても質が悪いかもしれません」

「確かに。大きさの割に軽いね」

 アーリの指摘に私はうなずきながら答える。

「わしは持っていった方がいいと思うぞ。ここはいわゆる、ダンジョンってやつだ」

「ダンジョンというとあれですか? 原初の時代には無数にあったという──」

 私は記憶を探りながらたずねる。

「そうだ。専用のモンスターが湧き、宝が眠るという、あれだ」

「でも、ここ、外」

 ロアの不思議そうな声。

「ああ、見た目は外だが、ずっと行くと見えない壁があるか、元の場所に戻されるはずだ。わしの知っている文献によればだがの」

「そんなダンジョンがあるのですね。だから猫人形たちは、ダンジョンモンスターだから煙になって消えた──?」

 アーリがロアの代わりに返事をする。

「つまりこの金貨はドロップ品ってことか。って、ハルハマー師が研究用に欲しいだけですよね?」

 私のツッコミに、がははと笑いながら肯定するハルハマー。

 私は、まあ仕方ないかと、落ちている金貨をざっと竜巻で集めて一気にリュックサックへとしまっていく。

「研究用にしたいのはもちろんあるが、ダンジョンならドロップ品が何かに使えるって可能性もあるんじゃぞ」

 満足そうにその様子を見ていたハルハマーがそんなことを言う。

 私は軽く肩をすくめると、当初の目的地にしていた建物へ、足を進めた。

 そのときだった。

 私の目の前に突然現れる半透明のプレート。

「え、何これ」

「敵!?

「うぬ?」

 アーリたち三人から、驚きの声が上がる。そちらを見ると、皆の目の前にも同じように半透明のプレートが浮かんでいる。しかも、皆、それが見えているようだ。

「何か書かれているぞ。ルストは読めるか?」

 私はハルハマーに言われ、自分の目の前のプレートに視線を戻す。そこには、私の目には二重写しになって、文字が書かれていた。

「ええ。タイムアップ、と」

 私がそう伝えたときだった。視界が切り替わる。

 一気に暗くなる。

 すぐに慣れた目で見回すとそこは地下遺跡の中、私が鍵の魔晶石をかざした壁の前だった。

「きゅーっ!

 どんっという衝撃。頭の上が一気に重くなる。

「セイルーク! 無事だったかっ! よかった。……そこは重いからどいてくれ」

 背後から私の頭へとダイブしてきたセイルークをよいしょっと抱き下ろす。

 両手で抱きかかえたセイルークを囲むようにして、皆が無事を喜んでいる。

「きゅっきゅっきゅー!」

 契約の絆を通じて、セイルークの感情が伝わってくる。どうやら心配したのはこっちだと言いたいらしい。

「セイルークからしたら私たちが急に消えたように見えたのかな。ごめんごめん、心配かけたね、って痛い痛い」

 なだめるように声をかける私の足にベシベシとセイルークの尻尾が当たる。

 自然と皆から上がる笑い声が明るい。

 私もつられて思わず笑ってしまった。

「あ、ない」

「ルスト、もしかして?」

「ええ。先ほどの金貨がなくなってますね。全部」

 リュックサックの中を確認していた私が、ハルハマーに伝えると、ひどく残念そうな顔をする。

「ダンジョンの中から持ち出せないみたいですね」

「鍵の魔晶石は無事か?」

 私は言われて鍵の魔晶石を取り出してみるが、そちらは問題なさそうだ。しっかり形を保っている。

 念のため、《転写》のスクロールで情報を読み取るが、変化は見られない。

「大丈夫ですね。でも一体どういうことなんですかね。タイムアップと出たプレート自体は皆、見えたんだよね」

 私がアーリとロアに訊ねる。

「見えた」

「見えましたね。あれがいつもおっしゃっていた半透明のプレートなんですね。不思議なものですね」

 ロアとアーリが口々に答えてくれる。

「ふむ。セイルークが入れない。そして倒すと消えるモンスターと、現れる金貨。錬成獣のスクロールから《顕現》ができない。時間制限、プレートの表示、持ち出せない金貨、か」

 私は今回ダンジョンへと入ってみて、わかったことを並べてみる。

「とりあえず、制限時間内にやるべきことを特定したいのう。あの転移した先にボックスがあるのか。もしくは次へ進む何かがあるのかもしれん」

 私の呟きに対してハルハマーが告げる。

「そうですね。……もしくは金貨、か」

「どういうことですか?」

 アーリの不思議そうな顔。

「いや、金貨を持ち出せないってことは制限時間内に必要枚数の金貨を集めるのかもって思って」

 私はふと思ったことを伝える。

「なるほど、それはあるかもしれんの」

 ハルハマーの感心した顔。

「どちらにしても要検証、ですね。ただ集めればいいってわけでもないでしょうし。どちらにしても一度、先行部隊の本部へ戻りましょうか。そちらのしんちょくも確認しないと」

 そう皆に告げると、私たちは地下遺跡を出ることにした。


          


 私たちが不在にしていた僅かな間に、シェルルールたちの奮闘で本部がかなり様変わりしていた。

 まず、先行部隊の本部として、イブのたけのこから最初に生えた竹の塔の一室を使うことになっていた。

 それから、先行部隊に参加しているカゲロ機関の錬金術師たちが手分けして運んだ備品が設置されている。それらは収納拡張済みのリュックサックやカバンに入れられ運ばれてきたものだ。

 小型の通信装置も部屋の中央に置かれている。どうやらセッティング中のようだ。

「シェルルールさん、同期完了しました。──来ました! ハーバフルトンからです」

「やりましたね! ありがとう」

 錬金術師の一人がシェルルールに報告している。

「お疲れさま。無事につながったみたいだね。皆もご苦労さま」

 私は部屋の中にいたカゲロ機関のメンバーたちに声をかける。

「っ! ルスト師、おかえりなさいませ。こちらの進捗は予定通りです。そちらはいかがでしたか?」

「予定通りか、それは素晴らしいね。こちらは少し難航しているよ」

 私がシェルルールと話していると、再び通信装置が稼働する。

 装置に生えたつるが握るペンが、カリカリと羊皮紙に文章をつづる。

 ペンの動きが止まり、くるくると巻かれて排出される羊皮紙。それを取り上げたシェルルールが渡してくる。

「カリーン様からです」

「皆、作業の手を止めてくれ。カリーン様からだ。先行部隊の働きへの称賛と更なる献身を期待している、とのことだ。予定通り、開拓部隊も出発するらしい」

 私はそこで一度、本部の中にいる皆の顔を見回す。皆がこちらを見ている。

「開拓部隊の面々が来たら驚かしてやろうじゃないか。せっかく来たのに、もう開拓の仕事がないじゃないかっ、てな」

 私が冗談めかしてそう伝えると、皆からも明るい笑い声が上がった。


          


 先行部隊の働きで、都市開発の準備は着々と進んでいた。

 特にモンスターけの結界のおかげで、対モンスター用の防御設備の設営を後回しにして、生活環境関連の設備の設営から始められたことが大きい。

 辺境の開拓には、通常であれば周辺地域に生息するモンスターの調査や対策がつきものなのだ。ハーバフルトンの前身の野営地も、対モンスター用に費やす労力、コストは大きかったはず。

 そして何より、今回はシェルルールの頑張りが素晴らしい。

 ハルハマーの評価では、コトの方が組織管理にけていて、シェルルールは錬金術師としての才能を買われていた。

 ただ、今回の先行部隊での働きを見ているとその評価は改めた方がよさそうだ。

 シェルルールは、確かに少し抜けているところはあるが、周りから慕われフォローされるタイプのようだ。

 今も本部で、シェルルールは皆に囲まれて、キャッキャと楽しげに話をしている。

 先行部隊にはシェルルール以外にもカゲロ機関所属の女性の錬金術師が多数参加しており、有益だったり効率が上がるようなアイデアを、いくつも提案してくれている。

 私はカリーンへ決裁を求める書類を作りつつ、聞くとはなしにその様子を聞いている。

 どうやら何か話がまとまったらしい。こちらへと来るシェルルール。私は羊皮紙への書き込みを中断すると、話を聞く姿勢をとる。

「ルスト師、今よろしいですか。こちらの地区へ先行して水回りの配管を敷設する件なのですが──」

 手渡された書類に目を通しながら話を聞く。

「なるほど。でもシェルルール、当初の予定だと上水道の敷設は開拓部隊の方で統一規格で行うはずだったと思うけど」

「はい。本格的な敷設はそうなのですが、イブの竹管を使わせていただければと思いまして。竹管を、ここからここへ通していただくと──」

 地図を指差し説明を続けるシェルルール。

「──面白いな。これなら確かに敷設も撤去も容易たやすいな。それに水の確保にかける労力の大幅な削減になる、か。イブも節を抜いた竹管をこの規模なら延長できる」

 私はイブの余力をもとに軽く計算してみる。

「ありがとうございます。いまの人数であれば、設置済みの、ルスト師特製のパラライズクラウド型の水調達でも、水はまかなえているのですが……」

「今後の開拓の途中で、今の供給量だと本格的に上水道が敷設される前にそこがボトルネックになる、か」

 渡された書類、二枚目に目を通しながら答える。

「はい。モンスター避けの結界を最大限活かすのであれば簡易的にでも敷設してしまうのがいいかと思います。撤去もローコストです」

「わかった、進めてくれ。素晴らしいアイデアだね、シェルルール」

「っ! ありがとうございますぅ。でもボクの案はどれもこれも、ルスト師の錬金術があればこそです。早速、下準備に取りかかりますっ」

 顔を赤くして、そのままうれしそうに本部をぱたぱたと小走りに出ていくシェルルール。素直に喜びが溢れているのが見てとれる。

 私はカリーンから裁可をもらう追加の書類がいるなと心の中にメモしておく。

「書類を通信装置で送ったら、一度イブを起こさないとな。──ダンジョン探索は明日に延期だな」

 私は呟くと、先ほどの決裁書類の続きを書くのに、ペンを動かしはじめた。


          


「全然足りない、ルスト師」

「そうだね。半分も入ってないか。これは根本的に集め方を変えないといけないな」

 今日は私とロアの二人で地下遺跡の奥のダンジョンに来ていた。

 開拓部隊の到着が間近に迫り、準備で忙しいなかでなんとか作った時間。しかしアーリもハルハマーも予定が合わず、ロアと二人でのダンジョンアタックとなった。

 そしてこれは本日七回目のダンジョンアタックとなる。

 六回のタイムアップの間に、色々と進展もあった。

 そのうちの一つ、そして最たるものが、いま私たち二人の目の前にある箱だ。ダンジョン内の建物を探索中に見つけた。とはいっても部屋の真ん中、祭壇のような一段高くなっている場所にどんっと置かれているのだ。部屋に入ってすぐに目につく。明らかに見つけてくれと言わんばかりの置かれ方だ。

 その箱をロアが、不思議そうに槍先でツンツンとつついている。

 何で出来ているのか不明なのだが、ものすごく薄い素材なのに、ロアの槍で全く傷がつく様子もない。そして、祭壇から持ち上げようとしても動かない。

 その箱の中に、私たちが集めた金貨を入れたところだ。

 そして箱のふたの裏には、半透明のプレートに表示されるのと同じ原初文字が書かれている。

「『宝箱を満たせ。さすれば道は開かれん』か」

 私は何度も読んだその文字を再び呟いてしまう。宝箱というのは多分、この目の前の箱のことだろう。ただ、ペラペラの板で出来ていて、見た目がかなり貧相、まるで子供が適当に板を張り合わせただけにも見える。

 それなのにあり得ないぐらいの頑丈さ。思わずロアが槍でつつき回してみたくなるのもわかる。

「ロア、槍でつつくのはそれぐらいにしときなよ」

「うん。ルスト師、そろそろ時間」

 ロアのその声とともに七回目のタイムアップの表示が現れる。

 ロアはすっかり体感でタイムアップが来るタイミングを覚えてしまったらしい。意外な才能だ。

 私たちは地下遺跡に転送される。

「お腹いた」

 お腹を片手で押さえてロアが告げる。キュルキュルと可愛らしい音が聞こえてくる。

「そうだね、今日はダンジョンアタックはこれぐらいにしておこうか。ダンジョンに付き合ってくれたお礼に、夕食、ごちそうするよ」

 私は腕によりをかけて、新作メニューでもてなそうと意気込み、ロアを誘ってみる。

「いい。ルスト師のご飯、美味おいしくない。姉様と食べる」

 意気込みが無駄に終わった私は肩をすくめると、地下遺跡を出たところでロアと別れる。

 せっかく疲労回復効果の高いポーションをアレンジした新作メニューを開発したのだが、仕方ない。

 味見がてら、本部にいるカゲロ機関の面々への差し入れにするかと決めると、私は自室に使っている竹の部屋へと向かった。


          


「こ、これは素晴らしい!」

「ちゃんと美味しい、だと!?

「まさに食べるポーション。みるみる疲労が消えていく。それにお腹も膨れるなんて」

「画期的すぎます。さすがルスト師。目のつけどころが違いますね」

 ロアにふられた後に立ち寄った本部で、私は新作のメニューをカゲロ機関の面々に振る舞っていた。

 夕食には少し早い時間だが、もうすぐ定時だしお腹が空いている頃合いだったのだろう。なかなか好評のようだ。多分。

 ガヤガヤとにぎやかに私の提供した新作メニューを食べてくれている。

「ふー。ルスト師、美味しかったです。この浮かんでいるプルプルもちもちしたのは、何で出来ているのですか」

 一気に飲み干したシェルルールが手にしたカップを握りしめて訊ねてくる。

 私はおかわりをカップに注いであげながら答える。

「これはメインの材料は、ビッグビーツというモンスターの豆の粉を加工したものでね。高い魔素はもちろん高タンパクで栄養価が高いんだ。それに植物系モンスターから採れる食材もブレンドして、もちもち感を出してみた。食感も、なかなかだろう?」

「はい、こんなの初めてですぅ」

 嬉しそうにおかわりに口をつけるシェルルール。手にしたスプーンであっという間にカップに浮かんでいるものを食べると、粘性高めのポーション飲料を再び飲み干してしまった。

 そしてまだ物欲しそうに上目遣いでこちらを見てくるシェルルール。

 私は苦笑いしつつ再びその手のカップにおかわりを注ぐ。

「カロリーも高めだから、これぐらいで終わりにしといた方がいいよ?」

「はいです!」

 元気よくお返事してくるシェルルール。最後だからか、ちびちびと大事そうに飲みはじめる。

 他にも飲み足りなそうな機関員らにおかわりを注ぐと、用意した分はあっという間になくなってしまった。

 私は皆が飲み終わるまでの間に、不在中の進捗を確認しておく。

 どうやら開拓の準備は相変わらず順調なようだ。

 私の裁可を求める書類数枚に、さらさらとサインをし、魔素で簡易的な刻印をする。

「ルスト師、ダンジョンはいかがでしたか?」

「うーん。進展はあったんだけど、難航しててね──」

 私は今日一日のダンジョンアタックの様子をシェルルールに伝える。

 定時を過ぎて人もまばらになった本部で、ふむふむと頷きながら話を聞くシェルルール。

「ルスト師! ぜひ次はボクもダンジョンに連れてってください!」

 話を聞き終わると突然そんなことを言いはじめるシェルルール。

「いや、日程が合えば、構わないけど……」

「やった! ありがとうございます! ちょっと試してみたいことがあるんですー」

 嬉しそうにそんなことを言うシェルルール。その様子から、どうやら何か思いついたことがあるようだった。


          


「なるほど、逆転の発想だ。よく思いついたね、シェルルール」

「えへへ。ボクでもルスト師のお役に立てて嬉しいです! うまくいくか、実は自信がなかったのでほっとしました」

「確かにこれは効率的ですね。……少しわいそうですけど」

 私とシェルルール、そして今日はアーリの三人がダンジョンアタックに参加していた。

 私がシェルルールを褒め、シェルルールはほっとした表情で照れている。アーリは少し複雑な顔だ。

 私たちの目の前には金貨がふちまで詰まった宝箱がある。

 シェルルールの案というのはとてもシンプルなものだった。

 まず、猫人形の頭を片手でわしづかみにしたアーリ。そのまま、宝箱の上で猫人形の首を斬る。

 落下する猫人形の胴体。

 箱に触れた瞬間、煙と化し、金貨が現れる。

 そして私がアーリの手に残った猫人形の頭にポーションを数滴垂らす。

 むくむくと猫人形の胴体が生えてくる。

 以下、その繰り返しであっという間に金貨がまってしまった。

「まさかこんなやり方があったなんてな」

「多分ですけれど、正規の方法は別にあるかもです。この猫人形以外の強めの敵とかが別の場所にいて、大量の金貨をドロップする、とか」

「確かにその可能性もあるけど、結局見つけられなかったからね。シェルルールのお手柄だ」

「ありがとうございます。ルスト師が、切り離された猫人形の体が地面に落ちたタイミングで煙に変わったって聞いたときにピンときたんです。ダメージを負った状態でダンジョンに触れるのが条件なんじゃないかなって」

「なるほどね。この猫人形自体じゃなく、ダンジョンからの作用で煙の発生、猫人形の残骸の消去、金貨の発生が起きてると推測したのか。それにしてもポーションが作用するってことは──」

 二人で今回のことを検証する私たちを、冷めた目で見つめるアーリ。

「──お二人とも、早くしないとタイムアップになりますよ」

 あまりに見かねたのか、声をかけてくるアーリに、私とシェルルールは肩を丸めて謝る。

「ごめんごめん。さあ、それじゃあ宝箱の蓋を閉じてみますか。何が起きるか、楽しみだね」

 私はそう言うと、金貨の詰まった宝箱の蓋に手をかけた。

 宝箱の蓋を閉じた瞬間、箱が光を放つ。

 ふわりと浮かび上がる宝箱。

 あんなにしっかり地面にくっついていたのがうそのようだ。

 真っ黒に染まり縮んでいく宝箱。それはどこかで見たことのある形へと変化していく。

 そう、前に霊廟で見た真っ黒な立方体──ボックスへと変化していた。

「これがもしかしてボックス、ですか?」

 アーリが少し離れてボックスを見つめている。眉を寄せた表情から、少し警戒しているのがわかって、ほほましい。

「ああ。ボックスだ。アーリもシェルルールもありがとう。二人のおかげで三つ目も無事に手に入れられたよ」

 私は二人にお礼を伝え、ボックスへと手を伸ばす。前回同様、私の目の前に半透明のプレートが現れ、ボックスからプレートへと『ポイント』が流れ込んでくる。

 書き換わるプレートの文字。それがちょうど止まったタイミングで、タイムアップの表示が現れた。


          


 地下遺跡を出て、地上へのはしごを登りきった私の元に、セイルークが飛んでくる。

 ぼふっと私の顔面に着地したセイルークが早速『ポイント』を頂戴と催促しているのが伝わってくる。

「セイルーク、わかったから落ち着いて! はしごから落ちるって」

 はしごの下から見上げてくるアーリたちの視線が痛い。

 なんとかはしごから落ちるのを免れ、顔面に張り付いたままのセイルークをひっぺがすと、またまれるのは勘弁と、いつものナイフの準備を始める。

 その間に、私の後からはしごを登りきったアーリとシェルルール。シェルルールは何が行われるのか興味深そうに私の準備する姿を見ている。

 ナイフとポーションの準備を終えた私はアーリたちに離れるようにお願いすると、早速、そのナイフで自身の左腕を切り裂く。

 待ちかねたとばかりに、振り切ったナイフの刃先から飛んだ私の血のしずくを、伸ばした舌でぺろっと空中で受け止めるセイルーク。

「キュ──ッ!

 現れる二枚の半透明のプレート。いつものように操作をする。

 並んで立っているアーリがシェルルールに説明している。首を動かし目を必死に凝らしている様子のシェルルール。その様子に同じ研究を志すものとして私が共感を覚えている間に、セイルークへのポイントの付与が完了する。

 さすがに慣れてきた私は傷跡にポーションを振りかけながらセイルークの様子をうかがう。

 セイルークを包んでいた『ポイント』の光が収まる。

「……でっか!」

 今回のセイルークの変化として、翼の枚数は増えてはいない。そのかわり、一回りどころではなく、セイルークの体が大きくなっていた。それは、人間を一人乗せて、飛べるんじゃないかと思えるぐらいの大きさだった。

「ぎゅるるー」

 セイルークは体が大きくなっただけではなく、声まで低くなったようだ。鳴き声が野太くなっていた。


          


 セイルークに『ポイント』を渡したあと、私たちは歩いて本部へと向かっていた。

 その横を並んで歩くセイルーク。

 私はそっちを見上げながら呟く。

「これ、どう見ても部屋に入らないよな。どうしよう、専用の建物、作るか……」

「ルスト師、やりすぎはダメですよ」

 私の呟きにアーリの突っ込みが入る。

 そうしているうちに本部が見えてくる。

 なんだか騒がしい。

「ルスト師、開拓部隊が到着したみたいですっ!」

 シェルルールの弾んだ声。

 見ると確かに見知った顔が増えている。

「あれ、カリーンじゃないか。来るはずじゃなかったよな。また面白がって飛び入りで参加したのか……」

 開拓部隊の中にカリーンがいるのが見える。

 こちらに気がついた様子のカリーン。

 巨大化したセイルークを見て驚いている。

 私たちはカリーンの方へと歩いていく。

「カリーン様? 開拓部隊には参加しない予定でしたよね?」

 私の声に、ぽりぽりとほほをかき、気まずい表情をするカリーン。

「いや、まあ、ちょっとな……」

 珍しく歯切れが悪い。いつもなら開き直ってガハガハ笑うはず。そのカリーンの様子に嫌な予感がする。

 そのときだった。開拓部隊の人混みのなかから飛び出してくる人影。

「ルスト様! お会いしたかったです! まあ、ドラゴン殿も立派になられて。すでに例のものは手にしたのですね。さすが、救国の英雄ですね」

 ──げっ! なんでここにリリー殿下が! というか近いって!

 私がじりじりと下がりながらカリーンの方をにらむと、片手を顔の前に上げてすまなそうにウィンクした。口がパクパク動いている。

 口の形から判断すると、「だめだった」と言っているようだ。

 ──いやいや、ダメだったじゃないから! 頼りになる上司様だと感謝した私の気持ちを返してほしいわっ!

 私は内心カリーンに突っ込みながらひきつった笑顔でリリー殿下に返事をする。

「これはこれは、リリー殿下。こんな未開の地にようこそいらっしゃいました。こんなところでは何ですから、室内へご案内します。ただ、急なお越しでなにぶんお泊まりいただく場所の準備が……」

「ルスト様の部屋でもよろしくてよ」

「……ははっ。ご冗談にしてもあまりよろしくありませんよ。すぐに準備しますので、私はこれで一度失礼します!」

 ──いやいや、本当に冗談じゃないから。未婚の王族の女性を、たとえ開拓地とはいえ部屋にあげるなんて、良くてスキャンダル。最悪、命のやり取りだろ、それ。

 私は冷や汗をぬぐいながら、その場を急いで離れ、イブの元へと向かった。