懐かしのハーバフルトンに戻った私は、先行部隊の出発を控え、準備に追われていた。

 久しぶりのハーバフルトンはさらに発展していたが、忙しすぎてゆっくりと見て回る時間もとれず、そこだけは残念だった。

 カリーンが、視察と称してハーバフルトン内をふらふらしている姿だけは見かけた。こういうところの要領の良さは、本当にうらやましい限りだ。

 しかし、そんな準備に忙しいなかで見た限りでも、リハルザムが倒されたことで国内の物流が回復の兆しを見せ、人と物の流れが戻ってきたことがよくわかる。

 ハーバフルトンの提供する魔素の豊富な肉やカゲロ機関でも生産を開始した魔晶石を求めて、国内各地から人が訪れているようだ。

 カゲロ機関を任せていたハルハマーと、不在の間の情報共有および先行部隊へカゲロ機関から誰を出向させるか話し合うなかで、そんな話を聞いているところだ。

 アドミラル領への入植希望者も増え続けているらしい。王都からの流出は減ったようだが、代わりに魔族殺しの英雄を二名も有する領、ということで人気なんだとか。

 ハルハマーが誇らしげに言うので、なんだか気恥ずかしい。

 それにしても成長したセイルークの姿を見たときのハルハマーの興奮具合は相当なものだった。

「ハルハマー師も、本当に先行部隊に参加して大丈夫ですか?」

 私は何度目かの質問を再びたずねてしまう。ハルハマーと二人して錬成作業をしながら。

「もちろんだとも。こんなこともあろうかと、わしがいなくてもカゲロ機関がうまく回るように、ちゃんとコトを仕込んでおいたわ。誰かさんが規格外の発明をしたりしない限りはうまく回るだろうて」

 笑いながらそんな意味ありげなことを言うハルハマー。

 どうも誰かさんというのは私のことらしい。新機軸の錬成やら魔導具を発明したことがないとは言えないので、思わず苦笑いしてしまう。

「でも、それなりに貢献はしてますでしょう? その誰かさんも」

「それなり、どころではないな。その誰かさんのおかげで、錬金術の歴史は何十年も進んだと思っているよ。しかしな、周りで振り回される方はそれなり以上の実力がないとついていけん。そういう意味ではシェルルールは優秀じゃな。逆にコトは、錬金術もそこそこだが管理能力の方が見込みがあるの」

 降参とばかりに私は音をあげる。

「わかりました、わかりました」

「うむ。よろしい。それに遺跡に行くならわしの案内が必要じゃろ。内部に一番詳しいのはわしだしの。それを使う場所はわからんのだろ?」

 そう言って、私の持つ鍵の魔晶石を指差すハルハマー。

「しかし、よくリリー殿下から二つ目ももらえたの。王家にある鍵の魔晶石はそれっきりなんだろ」

「ええ、なんとか。かなり高くつきましたが……」

 私はリリー殿下がアドミラル領へついてくるのを阻止したあと、鍵の魔晶石を手に入れるためのやり取りを思い出して、げんなりした気分になる。自然と口も重くなるというものだ。

「がははっ。モテる男はつらいの」

「そんなんじゃありませんよ……。ドラゴンの契約者を王家に取り込みたいってだけです」

「それがモテておるってことだ。しかしセイルークが成長したか。その場面を、わしもぜひとも見てみたいものだ」

 そのときのハルハマーは研究者の顔をしていた。

 ハルハマーに、カゲロ機関の管理に人材の育成にとお願いしてばかりの私としては、そんな表情を見てしまうと、労をねぎらうためにも、連れていかざるを得ない気持ちになってしまう。

「さて、こちらは終わったぞ。そっちを手伝おう。しかし、相変わらずよくこんなものを思いつくな」

「ええ、先行部隊で使うと便利かなって思いまして。それじゃあそちらを頼みます」

 そうして、着々と準備をしながら、夜が更けていった。


          


「ルスト師、いま、少しよろしいですか?」

 一時休憩のさなか、アーリが話しかけてくる。その背後にはロアの姿も見える。

 私たちは先行部隊とともにハーバフルトンを出発し、目的地たる遺跡までちょうど半分ぐらいの位置にいた。

「ああ」

 私は返事をすると、途中まで食べていた、いつもの携行食を口の中に押し込む。

 アーリがあきれたようにこちらを見ている気がする。その後ろにいるロアは、じっと私の口元を見つめているようだ。

 私は急ぎ口を動かしながら、ごそごそとかばんあさると二人に無言で携行食を差し出してみる。

 アーリには手を振って断られたが、ロアの方は二本ともさっと受け取る。

「──ロア」

 アーリの視線が、ロアへとそれる。そっぽを向いて、背中に両手をまわして携行食を隠すロア。私はこのすきにと、口の中のものを全て飲み込むと、アーリに訊ねる。

「それで、何かあった?」

「──はぁ。はい、ロアが気になるものを見つけたと」

「そうなの?」

 私は立ち上がりながら、ロアの方を見る。

 口をもぐもぐさせながらうなずくロア。私とアーリが話している一瞬の隙に口に突っ込んだようだ。

「ん、んー」

 不明瞭な音を出しながら、ロアは片手である方向を指し示す。口からはみ出た携行食が、その動きでぴくぴく上下する。

「了解。見に行ってみますか」

 私とロアを交互に見るアーリの視線が、なんとも冷たい。

 私は首をすくめながら、近くにいたハルハマーと、先行部隊に同伴していたシェルルールに、少しここから離れることを告げる。

 それに対してニヤッと笑って私とアーリたちの方を見たハルハマー。ゆっくりどうぞとばかりに手を振ってくる。

 私も乱暴に手を振り返すとアーリたちのところへ戻る。そして足早にロアの指し示す方へと向かって歩きだした。

 そうしてそこから移動すること少し。ロアが立ち止まる。

「ここ」

 岩影に隠れるようにして、それはあった。

「──これは、タウラの言っていた新種か!」

 私は《純化》処理済みの採集用手袋をはめると、いそいそと近づく。

「これは……。アーリ、ロア、二人は少し離れたまま待っててくれるか?」

 私はバラバラになった新種と思われるモンスターの体の一部を観察しながら告げる。

「わかりました。ロア」

「ん」

「ありがとう。《展開》《転写》」

 私はスクロールに目を通していく。

 ──あっ、これはもしや。

 私はすぐさま、がさごそとリュックサックを漁る。

「……何かわかりましたか」

「アーリ。うん、これは見た方が早いかも。ゆっくりと来てもらえる? あ、そこら辺は踏まないように気をつけて」

 私が指し示した黒くなった地面を避けるようにして、アーリとロアが慎重に近づいてくる。

「それは?」

「ロア、知ってる」

 私の手元をのぞき込む二人。だが、反応はまちまちだ。

「ロアは一緒にいたからね」

 なぜかそこでぷくっとほおを膨らませるアーリ。

 私は自然とロアと目線が合う。ロアからの無言の圧。

 しかしその意図がうまくみ取れない。

 私は仕方なく、そのまま説明を続けることにする。

「これは、呪いに侵食されたローズのつるをもとに作った魔導具で、呪いに反応するんだ」

 手の中の羅針盤をゆっくりと動かしながら特にアーリに向かって説明をする。

「ほら、羅針盤の針。見えるかな?」

「あっ。動きましたね。モンスターの死骸と、その黒くなった地面、両方に反応しているのでしょうか」

「うん、そうみたいだね。それでね、ちょっと待ってね」

 私はスクロールと、採取用の小型ナイフを取り出す。

「《展開》《純化》。で、ここをこうすると──」

 《純化》したナイフの刃で、そっとモンスターの内臓らしき真っ黒な物体の端を切り取る。

 アーリが、興味深そうに私の手元を覗き込んでいる。

 ぽとりと落下する、真っ黒な内臓の欠片かけら

 その塊が地面についた瞬間だった。シューと塊が溶けると、いくつもの黒いひものような形になり、そのまま音を立てて消えていく。わずかに発生する黒いもや。それもすぐになくなり、あとには地面に黒い跡だけが残されていた。

「あっ!」

 アーリの驚きの声。

 そして、先ほどからのロアの無言の圧も、いつの間にか消えていた。

「ね。面白いでしょ。多分結合して存在していた呪いが、切り離すことで解けてるんだと思うな。この素材、何かに使えそうでしょ?」

「……危なくないのですか?」

「それに、時間」

 私が、わくわくと素材採取を始めようとしたところで、冷静さを取り戻したアーリとロアから注意が入る。

「──細心の注意を払いながら、急ぎます」

 顔を見合わせ、二人して頷くアーリとロア。

「わかりました。でも、時間になったら引きずってでも戻りますからね」

 こちらに向き直ってそう告げるアーリは、満面の笑みを浮かべていた。


          


 先行部隊を連れて、新たなる領都候補地たる遺跡に到着する。

 前に訪れた際に拠点として使っていた建物が見えてきたので、中を覗いてみる。

「そのまま、使えそうだな。荒らされた形跡もない」

 前に簡単に修理した壁の穴のあとをぺたぺたと触って確かめる。

「当然だ。ここら一帯はわしが張り直した結界に守られとるからな。モンスターは入ってこんよ」

 両手を腰に当ててハルハマーが胸を張る。

「そう。そういえば聞いていませんでしたけど、こんなに広範囲なモンスターけの結界、どうやって維持しているのですか?」

 私は前から気にはなっていたが、結局聞きそびれていた疑問を今更ながらに訊ねる。

「実は、わしは途切れていた地上部分の魔素のパスをつないだだけ。地下遺跡の奥に原初の時代の何かがあるはずなんだが、そこまで探索できておらんのだ」

 がははと大笑いするハルハマー。

 照れ隠しの大笑いなのだろう。

 しかし、私も同じ錬金術師として言わせてもらえば、原初魔法の時代の魔素のパスを繋ぐというのは、そこらの錬金術師には到底不可能な最高難度の錬金術だ。

 例えて言うなら、大昔のページの欠けた本を翻訳して違和感なく読めるようにするぐらいの難度の高さだろう。

 感心しながら見ていると、早速ハルハマーが先行部隊に参加しているシェルルールたち、他のカゲロ機関の錬金術師に指示出しを始める。

「ルスト師も。例のやつ、どかんと頼むぞ」

「そうですね。さっさとやりますか。このあと、地下遺跡の探索が控えてますしね。中心はここで?」

 私は建物から出ながらハルハマーに答える。

「うむ。地形的にも問題なかろう。少々ずれたところであとから移動もできるんじゃろ?」

「そこは自由度高めにしてますよ」

「ルスト師、準備が整いました」

 私がハルハマーと話している間にシェルルールが戻ってくる。

「ありがとう、シェルルール。相変わらず手際がいいね。素晴らしい」

「そんなっ!」

 なぜか、うつむくシェルルール。

 ほんのり耳が赤くなっている。

 私はリュックサックを下ろすと、そこからハルハマーとともに、この日のために作成したものを両手でゆっくりと取り出す。それは、一抱えほどもある大きさのもの。ずっしりとした重みが伝わってくる。

「みな! 見ものだぞっ」

 あおるようにそんなことを言い出すハルハマー。その言葉につられるように、作業をしていた先行部隊の面々がわらわらと集まってくる。

 ──そんなに面白いことではないと思うんだけど。でも、この方が注意喚起しやすいか。

「皆さん、足元に注意して。あと、何かにつかまって」

 私は集まってきた面々にそう伝えると、両手で持った巨大なもの──『たけのこ』を、ゆっくりと地面へと置いた。

「『起きて』イブ」

 地面に置いた『たけのこ』型の錬成獣に、私はあらかじめ設定していたキーワードを語りかける。

 ハルハマーのせいで集まった視線がこちらを注視するなか、訪れる静寂。

 何も起きない時間が流れる。

 戸惑いの空気が漂いはじめた、そのときだった。

 イブと私が名前をつけた『たけのこ』から、まるで手足のようなものが生えてくる。

 生えた手足を大きく広げ、うーん、とまるで寝起きのように伸びをするイブ。

 立ち上がったイブは、私の背を優に超えて、見上げるばかりの高さだ。

 両腕をぶんぶんと左右に振り、まるで体操のような動きをしたかと思うと、ゆっくりとイブが歩きだす。

 私とハルハマーは視線を交わし、ゆっくりとイブのあとを追う。

 周りでぜんとしてイブの威容を見つめる他の先行部隊の人々も、私たちにつられるようにして、ふらふらとついてくる。

「ふんっ。少しは慣れている奴らでもこの有り様だ。ルストについていくのが大変だっていう、わしの言い分の正しさが証明されたな」

 がははと笑いながらそんなことを言うハルハマー。私は苦笑いを返す。

 そうしてイブが歩くことしばし。生えた両手でぺたぺたと地面を触っている。そのまま辺りを見回すような仕草。

 何か満足したのか、足を折り曲げその場にペタンと座り込むイブ。どうやら土の地面の日当たり等を確認していたのだろう。

 お気に入りの場所だとばかりにくつろいだ雰囲気が漂ってくる。

 そして、それが始まった。

 たけのこだったイブが、一気にその体を成長させていく。

 元々が通常のたけのこの何十倍もの大きさだったイブが、巨大な竹へと成長していく。

 高さだけではない。その太さも通常の竹を明らかに逸脱し、肥大成長を続けていく。

 人が何人も手を繋がなければ届かないぐらいの太さ。樹木でいえば幹にあたる、そのちくかんが地面に接する部分に、扉が形成される。

 窓のような開口部もポコポコと開いていく。

 イブは、巨大な竹で出来た塔となった。

「皆、掴まって!」

 私はイブだった塔の竹の壁に手をつきながら皆に呼びかける。すぐさまハルハマーが壁に手をかける。

「お前ら、早くしろ!」

 ハルハマーの怒鳴り声に、皆が急いで動きだす。

 イブの急成長だけでは終わらないのだ。イブから伸びた地下茎が、遺跡の下の地面を縦横無尽にっていく。

 そして、塔と化したイブの周辺に、竹が次々と生えていく。

 その速度に、その頻度に、地面が鳴動する。

 地面を割って無数に突き出してくる竹。

 それぞれが、巨大な竹へと成長し、そしてその壁にはやはり扉と窓が作られていく。

 こうして、遺跡の跡地には、あっという間に即席の竹製の都市が完成した。

「ふあぁ! すごい、大きくて立派です──これ、もうこのまま、開拓も都市の建築作業も、要らなくないですか。ルスト師!」

 シェルルールがイブの竹の壁を手ですりすりとしながら、興奮気味に感嘆のため息をつく。

「ペンデュラムを使いながら、地面をよく見てごらん。シェルルール」

 私は地面に走る魔素のラインを示しながら伝える。カゲロ機関の面々には魔素の見方のコツを簡単に伝えてあった。

 自分のペンデュラムを取り出し、目を凝らして地面をじっくりと観察しているシェルルール。

 シェルルールのペンデュラムは、鎖の先端にモンスターの骨を削り出して形成されたかくすいがついている。その四角錐は、格子のように中空で、そのモンスターの魔石が中に入れ込まれている逸品だ。

「すごい、根が魔素のラインに絡み付いているんですか? もしかして、魔素を直接取り込んでいる──」

「正解! さすがシェルルール。ちゃんと修練を続けているみたいだね。素晴らしい」

 私は彼女の努力を手放しで褒めたたえる。初めてカゲロ機関に来たときの彼女は、他の見習い同様、魔素の見方を全くわかっていなかったのだ。それがこの短期間で、魔素を見ることに関してはマスターランクに準じるぐらいまでには成長している。

「っ! あ、ありがとぅ、ございますぅ」

 なぜかうつむいてしまうシェルルール。その様子をほほましく見ながら、私は解説を続ける。

「イブはシェルルールが見た通り、モンスター避けの結界の魔素のラインに沿って根を張ってあるんだ。魔素のラインから魔素を少しずつ借りているわけ。これだけの規模を維持するには錬成獣単体じゃ、到底無理だからね」

「なるほどです。なら、それこそずっとこのままでも──」

 私は首を振る。

「それでも足りないのさ。多分もって半年ぐらいだね。それにモンスター避けの結界が少し弱まるデメリットもあるから。だから、こうする」

 私はイブへと右手を触れ、再びキーワードを伝える。

「イブ、『眠れ』」

 イブの動きがゆっくりになる。先ほどまで続いていた都市全体の成長が止まる。

「これでもう少しもつはずだ。その間に、開拓し、しっかりとした都市を建築していくって感じだね。それに、竹の家は煮炊きには向かないからね」

 私は最後に軽い冗談めかしてシェルルールに伝える。しかしシェルルールから笑い声が上がることはなく、キラキラとした瞳でこちらを見ているばかり。

「おーい、ルスト! こっちは終わったぞ。そっちはまだか? 地下遺跡、行くぞ」

 ハルハマーが近づきながら声をかけてくる。私がシェルルールと話している間に他のメンバーへの仕事の差配を済ませてくれたようだ。

「こっちも、終わりました。シェルルール、ここでイブの状態確認をお願いね」

「わかりました! 外部要因の加わった状態の錬成獣の暴走に関するお話は、ばっちり履修しています。お任せください! ルスト師が創られた錬成獣が万が一にも暴走するようなことはないとは思いますが」


 頼もしいシェルルールにその場を任せ、私は歩きだしたハルハマーのあとを追っていった。