「ルスト、返事が来たぞ」

 カリーンがヒラヒラと手にした手紙を振って見せてくる。

 タウラが戻ってきてから数日後の昼下がりだった。夜会の方も、行かないといけない会にはおおかた参加し終わった。それもあり、ここ数日は久しぶりにゆっくりと過ごしていた。

 黒い立方体探しをするためリリー殿下へ話を聞きに行く用事がなければ、ハーバフルトンに戻れていただろう。そう考えると、なかなか複雑な気分だ。

 その、リリー殿下からの返事。むげにされることはないとは思うが、万が一あてが外れた場合には別の手立てを探さないといけない。

 その方が気楽かも、と思いながら私は手紙を受け取り、目を通していく。

「それで、リリー殿下からは何て書いてある?」

 にやにやしながらたずねてくるカリーン。

「……王城へ招待された。しかも、またしても当日の今日だ」

「それはそれは。だいぶ熱烈じゃないか! さすが、求婚されただけはあるな」

「カリーン、もう、そういうのはいいから」

「はは、すまんすまん。で、誰を連れていく? 一人で来いとは書いてないのだろう?」

「……ないな」

 私は手紙を読み返すがそんな記述は見当たらない。

「であれば慣例的に二人は随行しても問題ない。で、誰を選ぶんだ」

 再びニヤニヤとするカリーン。なぜか私が誰を選ぶかが面白いようだ。

 私は黒い立方体の探索の成功率を上げることを念頭に、二人の名前を告げた。


          


「タウラもシェルルールも、急に連れ出してしまってすまないな」

 私たち三人と、セイルークは王城の控え室にいた。ここでリリー殿下からの呼び出しを待っているように言われたのだ。

「いや、そもそも私の呪術師へのふくしゅうが根底にあるのだ。今回のことも含めて、ルストにはかなりの労力を使わせてしまっているだろう。本当に感謝している」

 真剣な顔でお礼を言ってくるタウラ。

 そんな私たちの顔を交互に見て、おずおずと話しかけてくるシェルルール。

「あの、ついてくるの、本当にボクでよかったんでしょうか……」

「ああ、シェルルールの錬金術師としての仕事ぶりを見ていたけど、かなり思考が柔軟なように感じられたし、着眼点も鋭い。だから、シェルルールは普段通りにしていてくれ。あまり気負わずに、気がついたことがあったら教えてくれたらいいから」

「ルスト師──! わかりました! ご期待に添えるよう、全力を尽くします!」

 なぜか、感極まった様子を見せるシェルルール。

 なぜか、あきれたように私とシェルルールのやり取りを見ているタウラ。

「ルスト、ほどほどにしておいた方がいいぞ」

「……何のことだ?」

「いや、何でもない」

 すっかりご機嫌な様子のシェルルールは、張り切って、この後の私たちとリリー殿下の話を記録するため、準備を始める。

 書記役をしてくれるようだ。

 セイルークはそんな私たちのやり取りなどどこ吹く風といった感じで、私の肩の上でうつらうつらしている。

 どうも体が大きくなってから、前より寝ていることが多い気がする。

 そんな中、ついにリリー殿下からお呼びがかかった。

 私たちが案内されたのは中庭にしつらえられた庭園だった。

 決して豪華ではないが、植えられている一つ一つの植物が厳選され、丁寧な仕事ぶりで手が加えられているのがうかがえる。

 その庭園は、来客に王族の威光を示すよりも、そこを訪れる者の心を慰めるのを優先している雰囲気が漂っている。

 城の中でもやけに奥まった場所にあるようだし、もしかすると王族のプライベートな空間なのかもしれない。

 そんな庭園の中ほどにある四阿あずまやで、リリー殿下が一人座り、お茶を飲んでいた。

「ルスト様、ようこそいらっしゃいました。ドラゴン殿も歓迎いたします。ルスト様、お連れの方々をご紹介いただけますか」

 リリー殿下から、紹介を促される。セイルークは寝てしまったかのように大人しいので、タウラとシェルルールを紹介する。

「リリー殿下、この度はお時間を頂き、誠にありがとうございます。こちらは復讐の女神アレイスラの信徒にして、神官騎士タウラ。そしてこちらはカゲロ機関の錬金術師シェルルールです」

「ほう、貴殿があの神官騎士タウラ殿ですか。先のスカイサーモンの襲撃時の活躍はわたくしの耳にも届いています」

「恐縮でございます、殿下」

 膝をつき、答えるタウラ。

「錬金術師シェルルール殿はルスト様の元で働かれているのですか?」

「は、はいっ。そうですぅ……」

 かなり緊張した様子のシェルルール。もしかすると王族を前にしたときの庶民としては、これが普通なのかもしれない。

「ルスト様がここに連れてくるということは、優秀なのでしょうね。さあ、どうぞ皆様席についてください」

「それでは遠慮なく」

 私がタウラの椅子を引いている間に、シェルルールは自分で座ってしまう。

 座ってから周りを見回して、しまった、という表情を見せるシェルルールに優しくほほみかけるリリー殿下。しかしすぐにこちらを向くと話しかけてくる。

「手紙によりますと、ルスト様は、先日のれいびょう以外に原初の文字が浮かび上がる壁があるか、お聞きになりたい、ということで間違いありませんね」

「はい。その通りです」

「たまたま、心当たりがございます」

「なんと! それは、お教えいただけますか?」

「その前に、一つ確認です。ルスト様はわたくしに話されていないことがありますよね。あの霊廟で何を見つけられました?」

 私は当然、聞かれるだろうとは覚悟していた。セイルークの急激な成長。そしてわざわざリリー殿下へと接触し、お話を聞きたいと言っている時点で、リリー殿下からしたら何かがあったと思うのは当然だろう。

 私はタウラの託宣と、半透明のプレートのことを除いて話すことを決断する。

 リリー殿下は私を取り込みたいと思っているようではあるが、セイルークを成長させるというこちらの行動を阻害するようなことはないだろう。多分だが、積極的に私に嫌われるような行動は取らないんじゃないだろうかと思う。

 その分、成長したセイルークの価値が高まるので、アプローチが一層激しくなる恐れはある。

「やはり! あの霊廟にはあったのですね」

「リリー殿下はあの黒い立方体が何かご存じなのですか」

「王家に伝わる伝承で、『ボックス』と呼ばれているものに間違いないと思います。『ボックス』の中には『ポイント』があるとも」

 そのリリー殿下の言葉に、私の肩の上で寝ているはずのセイルークがピクッと動くのを感じた。

「『ボックス』に、『ポイント』ですか……」

 私は、リリー殿下から聞いた聞き覚えのない単語に思いを巡らす。

 ──ポイント、か。てっきり二文字だと思ったんだけどな。セイルークとの契約時に表示されていた読めない文字列が二文字だったから……

「はい。ポイントはptとも言うようです。ただ、王家に伝わっているのは単語だけで、それがどういうものなのかははっきりとはわかりません。どうかされましたか、ルスト様」

「っ! いえ、何でもないです。リリー殿下、大変参考になりました」

 どうやら驚きが顔に出てしまっていたようだ。しかし、やはりあれは『ポイント』だったのかと今の話で確信する。

「それでしたらよいのですが。そして、『ボックス』の場所についてですが、辺境の地、今ではルスト様たちが開拓しているアドミラル領に一つあるはずです」

「……それは、遺跡でしょうか」

 私がとっさに思い浮かんだのは、ハルハマーが勝手に滞在していた地下の遺跡だった。アドミラル領の領都候補のすぐそばの。

「すみませんが、具体的なことはわからないのです」

「いえ、そちらも大変参考になりました」

「ルスト様は今のお話だけで、心当たりがあるのですね。さすが、ドラゴンの契約者です。すぐに向かわれるのですか」

「騎士カリーンの心づもり次第ですが、そうなるかと思います」

 私は王都でやり残したことがないか、考えながら答える。そもそも、延び延びになっていたアドミラル領の領都の開発に着手する良い機会かもしれない。

「それでしたら、ぜひ、わたくしも同行させていただけませんでしょうか」

 両手の指を合わせて首をかしげるリリー殿下の、爆弾発言。

 その場の緊張が、一気に高まる。

「恐れながら、発言をよろしいでしょうか」

 そんな緊迫した空気に、タウラが切り込む。

「もちろんですよ。何でしょう?」

 リリー殿下は自らが緊迫させた空気を気にもせず気軽に許可する。

「王族の方が、辺境の地へ赴かれるのは危険すぎるかと……」

 私はよくぞ言ってくれたと、タウラの勇気を称賛する。いいぞ、もっと言ってやれ。

「魔族を倒した当代きっての英雄にして、ドラゴンの契約者たるルスト様なら、同行する者が一人増えようが何ら問題ありませんよね?」

 こちらを見つめてくるリリー殿下。自らの剣の腕を誇示してこないところが、あざとい。そして一人でついてくるつもりなのかと頭が痛くなる。

 ここは困ったときのカリーン頼みでいくことにする。

「私は騎士カリーンに仕える者。その領土たるアドミラル領への王族の方のお運びについては、この場で私からはお返事ができません」

「──ふぅ。わかりましたわ」

 何がわかったのか、にっこりと微笑むリリー殿下。

 それはそれは、とても嫌な予感がする、笑顔だった。

 そしてその意味深な笑顔のまま、口を開くリリー殿下。

「そうですわ、ルスト様。かささぎの巣にいたはとですが、追いたてられるように東方へ飛び立ったようですよ。追いたてたのは、よほど怖い番犬みたいですね」

 なぜかそこでタウラを見るリリー殿下。話の内容はいまいち理解できないが、どうやら口を挟んだタウラに当てつけを言っていることだけは雰囲気から伝わってくる。

 ガタッと立ち上がりかけるタウラ。

「タウラさん、ダメです。落ち着いてください」

 シェルルールがなぜかそんなタウラへと手を伸ばす。

 ──いつの間に仲良くなったんだろ、あの二人。そういえばここへ来る道中、二人で何か話してたみたいだけど。それにしてもリリー殿下の言ったかささぎに鳩ってなんだ?

 私はなんとなく聞き覚えのあるそのフレーズを思い出そうと努める。

 ──どこかで……。ああ、なんだ仮面の夜会のときの。うん? てことは──。

 私がタウラの方を見ると、必死に訴えかけるような瞳で見つめられていた。

「え、ええと。リリー殿下。鳩の新しい巣はおわかりなんでしょうか」

 私は、多分鳩が呪術師のことを指していて、タウラが自分で質問できないから代わりに聞いてほしいと目で訴えていると推測する。

「残念ながら詳しくは。どうもなかなかに速い翼を持った鳩のようで。ただ、東には鳩が巣作りしやすい古き遺跡のたぐいがたくさんあるとか」

 私は再びタウラの方をちらりと窺う。

 先ほどまでの切羽詰まったような瞳が、いまは感謝の色を浮かべているように見えた。

 そんな私たちの様子を、にこやかな笑顔を浮かべてリリー殿下が見ていた。


          


 私はヒポポに乗ったまま、見よう見まねで両手を組み、祈りをささげていた。祈りの対象は、前を行くカリーン、だ。

 リリー殿下との庭園での会談を終えてから数日後。バタバタと準備に追われる日々を乗り越え、私たちは王都を離れ、アドミラル領へと帰還していた。

 そして、なんとリリー殿下のアドミラル領への同行をお断りすることに、成功していた。

 まさに奇跡。

 カリーン様々である。

 私はそのことで、何度目かわからない祈りをカリーンに捧げているところだった。

 カリーンいわく、王都で方々に作りに作った貸しが、相当役に立ったらしい。貸しを使って伝手つてをたどり、最終的にはリリー殿下の乳母に当たる人物経由で辺境行きをいさめてもらったらしい。

 それを聞いて、カリーンの持つ政治力を大いに見直した。本当に、持つべきものは素敵な上司様、である。

 いよいよアドミラル領へ出発というときに、リリー殿下の同行がないことが確定した瞬間のカリーンが、まさにその頼れる素敵な上司様だった。

 いつものひょうひょうとした感じで、「私が好きにやっていいって言ったからな。その分のフォローをしただけさ。それも元々はルストの功績で作った貸しを使っただけだし。大したことじゃない。なにより、十分面白かったからな」とおっしゃられたカリーン。

 最後の一言さえなければ完璧なのにと思った件に関しては、その場にいたアーリやロアも同意してくれた。

 そんなこんなで、仲間内だけの気楽な道中を私は満喫していた。

 襲ってくる辺境在住のモンスターですら懐かしい。

 それらを、アーリとロア、そしてヒポポの事前のお知らせを聞いてからのんびりと迎撃の準備をして、気負うことなくさくさくと対処していく。

 もちろん、錬成用の素材はぎ取り、残った肉はリットナーヘのお土産だ。王都で結んだ取引で見込める利益が相当あるらしく、カゲロ機関への予算も上乗せしてくれるらしい。

 ちまちま魔物の肉を買い取ってもらっていたのが遠い昔のようだ。

 そんな帰りの道中、モンスターを狩っていないときはもっぱら今後の予定についての相談をしていた。

 カリーンの方針としては、ハーバフルトンに一度帰り、新たな領都の開拓のための部隊──開拓隊──を編成するつもりのようだ。

 ちょうど今もその話をしているところだった。

 カリーンが、後ろを振り返る。

「ルスト、まだそれをやっているのか」

 祈る姿の私を見て呆れ顔だ。

「感謝の気持ちの表明は大切だろう、カリーン

「それじゃあ、感謝ついでに仕事を頼む。開拓隊を受け入れるための、遺跡に先行する先行部隊の指揮をルストがやってくれ」

「謹んで承りましょう」

 それぐらいお安いご用と、私は安請け合いをする。ヒポポの上でお辞儀の真似事をして応えておいた。