「これが、セイルーク?」

 宿に戻った私たちを迎えたアーリとカリーンが、変化したセイルークを面白そうに眺めていた。

 特にカリーンは興味津々な様子で、セイルークの増えた翼をつんつんと指先でつついている。

「これ、別々に動くのか?」

 セイルークがカリーンの声に応えて翼を動かす。

 四枚ある翼が器用にも、別々に動く。ばっさばっさという音とともに風が巻き起こり、皆の髪や服の裾がはためく。

「くちゅん」

 その一枚の翼の先がアーリの鼻先をくすぐったのか、くるっと後ろを向いたアーリの方から、くしゃみの音が聞こえてくる。

 ロアがそんなアーリにしくハンカチを差し出す姿を何とはなしに眺めながら、私はカリーンに遠乗りであったことの報告を続ける。

「──以上です」

「それで、何か面白いことはあったか、ロア?」

 私は十分に波乱に満ちた報告をしたのだが、そんなことをロアにたずねるカリーン。

「ルスト師、別れ際にリリー殿下に迫られてうれしそうだった」

 そこで、ロアからのいわれのない告発を受ける。確かにれいびょう跡から王都に戻ってきた際にリリー殿下がだいぶ距離を詰めて話しかけてきてはいたが、私には何もやましいことはない。

「ほーう、そうなのか、ルスト? 確かにリリー殿下は目鼻立ちは美人だからな。男装姿のしさと、どこか天然で抜けているところがあるギャップは男性諸君から見たら、大層魅力的だろうよ」

 なぜか満面の笑みのカリーン。そしてリリー殿下の性格についても詳しいようだ。私も髪に枝の刺さった姿を思い出してしまう。

「ごほんっ。そんなことはありません。それに何より、断ってますから!」

「それ、セイルークが来る前に言いかけてた、あれ? ということは、二人で霊廟の中でも、そんなことを話してたの?」

「ほー。それは今の報告には入ってなかったなー」

 ロアの質問にかぶせるように、悪ノリしたときのテンションで聞いてくるカリーン。これは、めんどくさいやつだ。とても。

「確かに、霊廟の中で、リリー殿下から求婚されました。でも、私はカゲロ機関を辞める気も、そしてアドミラル領を離れる気もないので。だいたい王家に入るとか柄じゃないですし」

「そうかそうか。ルストのその気持ちは私としては嬉しいことだな。しかし、王族からの求婚があったとはな。それは報告するべき事柄だと私は思うぞ」

 満足げなカリーンだったが、後半は面白がりながらも、色々と思索を巡らせている顔つきに変わっていた。

 しかしロアはまだ疑問の残る顔をしている。

「でも、あれ、断ったっていってもすごい中途半端だった。リリー殿下、別れ際にも迫ってたぐらいだし、諦めてないと思う」

「──あれは仕方ないだろう! セイルークも来て、さらに敵が襲ってきたんだから。あのあと改めてお断りできる雰囲気じゃなかったし……」

 なんとなく言い訳めいたことを言ってしまう。

「ロア、それぐらいに」

 見かねたのか、アーリが止めてくれる。

「それとカリーン様、ルスト師。タウラ殿に連絡がつきました。急ぎ戻ってくるとのことです」

 アーリから告げられたのは、タウラのことだった。リハルザムを倒した際に手がかりが見つけられず、一人王都を離れて呪術師の捜索をしていたタウラ。

 先日のはくめんの会の後の襲撃に、呪術師の関与が疑われることをアーリから連絡してくれていたのだ。

 その返事が届いたのだろう。

「そうかそうか。呪術師からの襲撃に、魔族の配下らしき存在。王家もちょっかいをかけてきたと。王都滞在も、いよいよきな臭くなってきたな」

 手のひらに拳を打ちつけ、カリーンは心底楽しそうにそう言った。


          


 私は数日かけて、ヒポポのケアをしていた。

 そんなある日のこと。私の部屋のドアがばたんと音をたて、乱暴に開く。

「呪術師! 出たのか!?

 タウラが王都に戻ってきた。

 私の宿の部屋に入るなり、こちらへと詰め寄ってくるタウラ。

「落ち着いて! まだ確定では……」

 私は、鼻息の荒いタウラに一連の襲撃のことを伝える。

「その手口は、間違いない。呪術師だ。私が呪いを受けたときと状況もかなり似ている。──それで、呪いを受けたローズは大丈夫だったのか?」

 その瞳にふくしゅうの暗い炎を燃やしながらも、錬成獣のローズの心配をしてくれるタウラ。

「ああ。せんていもしたし、呪いの侵食の浅かったところは、私の特製ポーションを塗布したから、すぐに回復した。いまはピンピンしているよ」

 私は先日のローズの様子を思い出しながら答える。剪定するときは、相変わらずいやいやしながらだったが。

「ああ。それは余計な心配だったな。ルストなら当然、大丈夫か」

「いや、そんなことはないよ。心配してくれてありがとう、タウラ」

 リリー殿下と違って、含みのない相手とのやり取りはほっとするなと思いながら、私はタウラにお礼を伝える。

 そうして私たちが話していると、カリーンが部屋に入ってくる。

「タウラ、戻ったのか。なんだ、ぼろぼろだな。大丈夫か」

「アーリ経由で連絡、ありがとう。私は問題ない。どうも王都周辺のモンスターの出現傾向が変わりつつあるようだ。初見のモンスターがいてな」

 私はタウラにポーションを差し出しながら、興味をひかれて訊ねる。新種のモンスターだろうかとわくわくしながら。

「タウラが見たことのないモンスターがいたのか。どんな奴だった? 場所は?」

「ポーション、助かる。私が見かけたのはだな──」

 そこで一息にポーションをあおるタウラ。

 ふう、と吐息をもらすと、青ざめていた顔にだいぶ赤みが戻っている。問題ないと強がっていたが実際はかなり疲労もたまっていたのだろう。

 心なしか丸くなっていた背筋も伸びたように見える。

「場所は王都からみて東だった。ただな。私が見たときにはすでに息絶えていたんだ。──ああ、ありがとう」

 私が空のポーションの瓶をタウラから回収するとお礼を言ってくる。

「どういたしまして。そうか、死骸か」

「それとな、その死に方がちょっと変でな」

「変?」

「多分死んでから時間がっていたからか、その体はバラバラだったんだが。ただ、どうにも外からの傷って感じではなくてな。そう、まるで内側から何かがあって……」

 見たものを思い出しているのだろう。顔をしかめながらそこで一度言葉を止めるタウラ。

「体内で、爆発したとかそんな感じ?」

 私は夜会の帰りの襲撃を思い出しながら訊ねる。

「うーん、どうかな。そうとも言いきれない、見た目だった……。ああ、あと残った皮膚の一部に不自然な感じで血管が浮き上がっていた」

「ほう、それは興味深いな。東か。私もちょっと見に行って……」

 そこへカリーンから待ったがかかる。

「二人とも、ストップ。ルスト、すまんがそれぐらいにしてくれ。それでだ、タウラ。帰って早速なんだが、一つ頼みがある」

「ほう。カリーンから頼みとは、珍しいな。それでなんだ?」

 私は後で詳しく聞き出そうと思いつつ、いつの間にかタウラとカリーンが随分と仲良くなっているなと、不思議な気持ちで二人を眺める。

「改めて、託宣をお願いしたいのだ」

「ふむ。しかし呪術師については何度も試しているが、何も出ないぞ」

「セイルークについてなら、どうだ?」

「ほう……」

 タウラはカリーンの提案に感心した様子を見せる。すぐに手のひらサイズの女神アレイスラの教典を取り出すと、祈りをささげる姿勢をとるタウラ。その全身が、巡る魔素の光でうっすらと輝きはじめる。託宣が始まったようだ。私は邪魔をしないように息を殺してその様子を見守る。

 目をつむったまま、タウラの指が教典をめくりはじめる。ピタリとその指が止まった。

「『呪いを討ち滅ぼす』」

「『聖なる担い手』」

「『運命の車輪は七つのを持つ』」

 タウラの口から語られる託宣。

 その指が経典をめくり終わる度に告げられたのは、三つのフレーズだった。

 すっとタウラの全身から魔素の光が消えていく。

「聖なる担い手……。運命の車輪の七つの輻、か。これがセイルークへの託宣か。興味深い」

 何かを考えている様子のカリーン。

 私は、輻って確か車軸を支えている放射状の棒のことだったよなと思いながら、疑問点を口に出す。

「呪いを打ち滅ぼすって、セイルークが呪術師を倒すだろうってことだよね。運命の車輪は?」

「それは多分、呪術師を倒す流れに必要な何か、じゃないのか?」

 考え考え、そう口にするカリーン。

 私はそれで、なんとなく思い当たる。半透明のプレートに表示される例の読めない文字かなと。

 そんな私たちの話をひどく真剣な顔つきで聞いているタウラ。

「しかし、カリーンはなんでまたタウラにセイルークへの託宣を頼もうと思ったんだ?」

「結果的には大当たりだったろう? 呪術師はセイルークのことをしつように狙っているようだしな。そしてセイルークが一回り大きくなったタイミングで現れた敵。それに何よりもタウラのいたアレイスラ教団の教会への襲撃。何か、つながるんじゃないかってな」

「ありがとう、カリーン。これは大きな手がかりだ。しかし、そうか。託宣の力が狙われたのか。生き残ったのが私だったのが悔やまれる、な。私のいた教会にはもっと託宣の力の強い者たちがいたのに──」

 ぎゅっと拳を握りしめるタウラ。

 カリーンがそんなタウラに近づくと、そっとその握りしめられた手に、自らの手を重ねる。

「いや、そんなことはない。生き残ったのがタウラだからこそ、ルストと出会い、いまここにいるんだ。それは間違いないさ」

 そのときだった。部屋の隅でうつらうつらしていた話題の主のセイルークが、起きて顔を上げる。

 じっと、こちらを見る。

 そのタイミングで、私とセイルークの目の前に、半透明のプレートが現れる。

 そこには、こう書かれていた。

契約竜=セイルークが条件を達成。クエストが解放されます。

 ──ワールドクエスト:運命の車輪を支える七つの輻──

 達成2/7。

 □□□□□□□

 契約者の×%℃¥

 □□□□□□□

 □□□□□□□

 □□□□□□□

 管理されし暗黒

 □□□□□□□

 ──ワールドアナウンス──

現存するプレイヤー三名に、ワールドクエストの解放がアナウンスされました

 文字の横に描かれた車輪の絵。その七つある輻のうち二つが光っていた。


「タウラ、カリーン。プレイヤーって何かわかるか?」

 私は二人に訊ねる。

 タウラの手を離したカリーンがこちらを振り向き口を開く。

「どうしたんだ急に。プレイヤーといえば、『原初の八人』と呼ばれる魔族のことだろう? 童謡にも出てくるじゃないか」

 そう言って歌いはじめるカリーン。私には聞き覚えのない歌だ。途中まで歌ったところで、何かに気がついた様子のカリーン。相変わらず勘がいい。

「前に言っていた、半透明のプレートが出たのか。ルストとセイルークにしか見えないと言っていたやつだな。どこら辺に出ているんだ? 今も出ているのか?」

 私の目の前に来ると、手を伸ばしてバタバタと振り回すカリーン。好奇心で目がキラキラしている。

 動きも相まって、子供みたいだ。

 下からのぞき込むようにして顔を近づけてくるカリーン。私から見ると、ちょうどプレートに顔を突っ込んでいる形になって、邪魔だ。

 その額を押して遠ざける。

「ちょうど顔のところだ、カリーン。読むのに邪魔」

「押すなよ。それで、何と書かれているんだ?」

 目の前と言われて寄り目になっているカリーン。一方、タウラは何のことだかわからない様子できょとんとしている。

「読めない部分もあるんだが、こんな感じだ──」

 私はプレートに書かれた内容を伝える。

「クエストに、ワールドアナウンス──訳のわからない単語ばかりですね」

 困惑顔のタウラ。

「これはあれだな。何かを見つけてあと五回セイルークをでかくしろってことだろう。二回はすでに成長して、でかくなっているしな」

 うんうんと断言するカリーン。その意見の内容に、私もおおむね同意する。

「セイルークを成長させる必要があることが、魔族に伝わったってことか……」

「それは、そんなに深刻に考えなくてもいいだろ。呪術師と魔族は何らかの関係があるのはこれまでの動向から明らかなんだし。襲ってきたら返り討ちにしてやるだけだ。なっ!」

 意気揚々と拳を突き上げるカリーン。

 タウラもカリーンの様子を見て、おずおずと真似して拳を突き上げる。

「それよりもルスト、重要な問題があるぞ」

 一転、深刻そうな顔のカリーン。しかし、目が笑っている気がする。

 私は嫌な予感がする。

「なんだよ、カリーン」

「セイルークを成長させるのに、霊廟にあったと言っていた黒い立方体みたいなものを、他にも探す必要があるんだろ? それって、リリー殿下の協力がいるんじゃないか。どうするんだ?」

 明らかに面白がっている様子の、カリーン。だが、その意見は無視できないものだった。

 私はこれからのことを想像して、思わず黒い立方体探しを諦めたくなってしまった。