リリー殿下がこちらへと歩く動きに合わせて、頭から生えた枝に残った葉っぱが一枚、揺れている。

 今にも落ちそうな葉っぱぐらい、取ってあげたらよかったのにと思ってゾロアーたちの方を見れば、しまった! という表情をしている。

 どうやら二人とも失念していたようだ。

 私は頑張って視線を、揺れる葉っぱからそらす。ここで下手に手を出して取ろうとする愚策は決して冒さない。

 やや視線をそらしたまま、リリー殿下へと話しかける。

「さて、これで私の勝ち、ということでよろしいですね」

「ええ。完敗です。最後の飛び出しは申し訳ありませんでした」

 殊勝な顔で頭を下げるリリー殿下。揺れる葉っぱ。

 ふと視界の端で、ロアがごそごそしている様子が見える。前に使っていた面布の魔導具をつけ直していた。

 ──ロア、絶対面布の下で大笑いしているよね、あれ。ずるいぞ。私は必死で耐えているのに!

 私は気を取り直して、リリー殿下との会話を続ける。

「私が勝ったので、この魔晶石のことをお教えいただけますかな?」

「まあ、意外とせっかちなのですね、ルスト様は」

 突然の名前呼び。どういう心情の変化かはわからないが、ひたすらスルーしておく。

「それで?」

 私は笑顔で催促してみる。

「ご覧いただいた方が早いでしょう。申し訳ありませんが、お一人でついてきてください。ゾロアー、リスミストもここで」

「はっ」

「かしこまりました」

 私もロアの方を向く。腕を組んでそっぽを向いている。面布のせいで表情は見えないが、なんとなくあまり機嫌は良くなさそうだ。

 ただ、待っていてはくれそうではある。

 さっさと歩きだしたリリー殿下のあとを追うようにして、私も歩きだす。

「それで、リリー殿下、どちらへ?」

れいびょうです。知っていましたか、この霊廟は国祖たるケルシャル王のものといわれておりますが、それだけではないのです」

「いや、歴史にはとんと疎くて、存じません」

 私は自分の苦手分野なので、はっきりと伝えておく。

 それに無言でうなずくリリー殿下。私が興味も知識も乏しいことをすぐに理解してくれたようだ。

 霊廟の入り口を通り過ぎ、さらに奥へと向かうリリー殿下。

 分かれ道の一つを進む。

 しかしすぐに正面には壁。ただの突き当たりのようだ。

「簡単に説明しますと、このケルシャル王の霊廟のような施設がこのカルザート王国内にはいくつかあるのです」

 リリー殿下が取り出したのは、はくめんの夜会で私に手渡されたものと同じに見える細長い魔晶石だ。

 リリー殿下がその魔晶石を、正面の壁へとかざした。

 リリー殿下の手の魔晶石が、壁に触れる。

 魔素のきらめきで、魔晶石がふわっと光ったかと思うと、次の瞬間、壁に魔法陣が浮かび上がる。

 見たことのない魔法陣だ。

 くるくると壁の上で回りはじめる魔法陣。それが崩れたかと思えば、魔素の光が文字となって壁の表面に現れる。一見、読めない文字列だ。

 その文字はセイルークの半透明のプレートに表示されるものと同じ形式のものだった。

 その一部が二重写しのようになって、私の目には映る。

「バックドア? 管理者権限、……入力?」

 思わず、その意味のわからない、飛び飛びのその文字をつぶやいてしまう。

「ルスト様! やはりこの文字が読めるのですね!」

 ばっとこちらを振り向き、距離を詰めてくるリリー殿下。またふわりと、花の香りが鼻先をくすぐる。

 リリー殿下の手にした魔晶石が壁から離れ、文字も消える。

「お、落ち着いてください、殿下。ほら、賭けに勝ったのは私ですよ。説明の続きをお願いします」

 私は両手を上げ、迫るリリー殿下を押しとどめる。

「失礼いたしました。この壁に浮かび上がった文字は、原初魔法の文字だと王家に伝わっております。しかしその読み方も、長きにわたる戦乱の中で、失われていってしまったようなのです。千年前に始まった、人と竜種対、魔族の争いで。もう残っているのは、こういった古い建物に、この鍵の魔晶石をかざして現れるものだけとなってしまいました」

 自らの鍵の魔晶石を握りしめながら、呟くように教えてくれる。

「なるほど……。しかし、なぜ私がそれを読めると思われたのですか?」

 私は一連のリリー殿下たちの行動を思い出しながらたずねる。その行動から推測するに、会う前から、目をつけられていた可能性が高そうなので。

「原初魔法が竜種より人へと伝えられたという逸話はルスト様もご存じかと思います。そしてルスト様は数百年ぶりに竜種との契約を果たされた方。であれば、この原初の文字も読めるのでは、と思いました」

 そこでいったん、口を閉じるリリー殿下。その視線は私の反応を探っているかのようだ。

 私はそんなリリー殿下の視線には気づかないふりをして、自分が渡された魔晶石でもできるのか試してみようと、鍵の魔晶石を取り出す。リリー殿下を避けるようにして壁へと近づくと、魔晶石をかざそうと腕を伸ばす。

 背後で、リリー殿下が再び口を開く。どこか決意のにじむような口調。

「それで、改めてお願いします。ルスト様、わたくしと結婚し、王家に入ってくださいませんか」

 えっと驚き、私はリリー殿下の方を振り返る。

 ちょうど同じタイミングで、私が壁にかざした魔晶石から発生した魔法陣が、文字へと変わる。

 しかし、それは先ほどのものと、文章が変わっていた。

《管理者権限を確認。転送を開始します》

 私の体を包んでいく、魔素の光。

 目の前の、髪から枝を生やしたまま真剣な表情でこちらを見つめるリリー殿下の顔が、次の瞬間、かき消えた。

 リリー殿下の驚き顔が消え、目の前に現れたのは殺風景な小部屋だった。

 どうも、私の方がどこかに転移させられてしまったっぽい。

 現代の錬金術では、まだその再現には至っていない転移魔法。かつて原初魔法が世界に満ちていた頃には存在していたという、伝説の魔法の一つだ。

「びっくりした……。あれって求婚だったんだよな?」

 呟きが小部屋に響く。

 ──結婚してと言われるとは考えもしなかった……。ドラゴンとの契約者を取り込みたいっていう政略結婚的な何かっぽいけど。いや、まずは目の前の事象に対応することを優先しよう。

 ざっと見回した小部屋には出入り口どころか、窓ひとつない。

 ただ、ひとつ。

 部屋の中央に真っ黒で、手のひらより少し大きいぐらいの立方体が回転しながら浮いていた。

「完全な密室だな」

 ──ただ、この鍵の魔晶石をどこかの壁にかざせば帰れそうな気はするんだよね。転移前に文字の浮かんだ壁と、ここの小部屋の壁が似ているし。問題はあれだよな……。

 私はくるくると回り続ける黒い立方体を怪しみながら見つめる。

 ──わなか。もしくは……。ちらりと見えた転移前の壁には管理者権限と書かれていた。とすると、あれは何かを管理するためのものか。はたまた、ここがあれを管理するための部屋か。

 迷いながらも、私はいつものように決断する。迷ったら好奇心を優先することにしているのだ。

 部屋の中央へと歩み寄ると手を伸ばす。浮かぶ立方体に触れる直前でせきりょくを手のひらに感じる。

 そのまま持ち上げていくと、手の動きに合わせて、立方体が持ち上がる。

 重さは感じない。

 そのときだった。

 くるくると立方体の回転が速くなったかと思うと、私の目の前に半透明のプレートが現れる。

 プレートに表示された文字列は一部しか読めないままのものだ。この、すべての文字が読めないのが微妙に不便だ。

 二文字だと思われる前半の記号と、五文字と思われる後半の記号。

 ただ、それは見覚えのある文字列だった。

 初めてセイルークと契約したときに見た文字列。

 回り続ける黒い立方体に、白い線が浮かんだかと思えば、そこからあふれ出す白い光。その光が私を包んだかと思うと、半透明のプレートに表示された数字とおぼしき文字が変わりはじめる。

 手の中で回転しながら光をき散らし続ける黒い立方体。そして変化を続けるプレートの数字。

 どれくらい時間がったか定かではないが、気がつけばプレートは消え、黒い立方体が部屋の中央に戻っていた。

「何だったんだ、一体……」

 私が改めて黒い立方体へと手を伸ばすも、今度はそのままさわれることなく、立方体を手が通過してしまう。

「さわれない……。プレートも消えてしまって確認できないか」

 私はいま起きたことについて思索を巡らす。

 ──多分だが、記号の変化の仕方から見て、どうもセイルークと契約した際に減ったものが少し増えたように思える。セイルークと契約した際と逆の順番で変化していたように見えたから。ふむ。しかしこれが何かは依然として不明か。

 私は、まだわからないか、といったん謎は保留にしておく。

 次は元の場所に戻れるか試すため、鍵の魔晶石をこの部屋へ来たときに目の前にあった壁にかざしてみた。

 再び、かき消えるようにして、壁が消失する。

 日の光が、先ほどまで室内にいた目にまぶしい。

「ルスト師! どこから──?」

 ロアの驚きの声。目の前には、ロアと、ゾロアーたち。

 どうやら霊廟の外に転移したようだ。

 ぱりん。

 そのときだった、私の手の中から、硬質な音がする。手の中の鍵の魔晶石を見る。

 それは、れいに真っ二つに割れていた。

「壊れた……」

 ──壊れる仕様なのか? それか、一度きりしか使えない?

 私はあとで詳しく調べようと、割れた魔晶石をしまい込む。

「ルスト師、何があったの? 突然出てきた」

 重ねて聞いてくるロア。私はゾロアーたちの耳を気にして、小部屋のことは濁して答えることにする。

「どうも、霊廟の中から転移したみたいだ。ゾロアー殿、リリー殿下は多分まだ中にいるかと思います」

 私は霊廟の中を指し示す。無言で顔を見合わせるゾロアーとリスミスト。目配せのあと、リスミストが霊廟の中へと向かう。

 どうやらゾロアーがこの場に残るようだ。こちらを、いい笑顔でじっと見つめるゾロアー。なんだか、帰しませんよ、と言われている気がしてくる。

 ──ああ、これで帰っちゃうってわけにはいかないか。そうだよね。返事もしないといけないしな。最初から答えは決まっているようなものだけど、けじめはつけないとね。

 そうこうするうちに、すぐにリスミストを連れて、リリー殿下が速足で外へと出てくる。波打つ豊かな金髪を、なびかせながら。

 編み上げていた髪をほどいたようだ。木の枝が取り除かれている。よく見ると、リスミストの手に、粉々になった木くずが見える。

「ルスト様! ご無事で何よりですっ──」

「ご心配をおかけいたしました。どうも外へと飛ばされてしまったようです。しかも、魔晶石も割れてしまいました。これは、そういうタイプの仕掛けなのでしょうか?」

 私は質問される前に、真実だけを淡々と述べて、さらに質問をすることで先制してみる。

「え、それはっ! しかし、ではあの文字は──」

 そこまで話して、結局口を閉じるリリー殿下。やはりあの壁に表示される原初の文字のことは、このめんでも大っぴらにはしたくない様子だ。

 ここぞとばかりに畳みかけることにする。

「それと、先ほどの件ですが、お断──」

 そのときだった。

「きゅーっ!

 聞き慣れた鳴き声が、私の断り文句を遮る。影が私たちの頭上を通り過ぎたかと思うと、ずしっとした重みが私の頭の上にのしかかる。

 セイルークだ。

「セイルーク! 重い! どうしたんだ、いったい。お留守番、していたはずだろ?」

「おお、あれがうわさの!」

「伝説は本当に──」

「やはりルスト様こそが……」

 セイルークを見たリリー殿下たちが、急にかしましい。

「きゅー! きゅー! きゅー!」

 そんな周りの様子など無視して、激しく鳴き続けるセイルーク。

 様子がおかしい。

 セイルークとの付き合いも長くなってきたので、なんとなくかされていることだけは伝わってくる。それも、かなり切羽詰まっている感じだ。

 私の反応の鈍さに、もう待てないとばかりに首を伸ばすセイルーク。

 その口が、私の左腕へ。

「いたっ!」

 セイルークの牙が、私の左腕を浅く切り裂く。

 傷からは、血がにじみはじめていた。

「キュ──ッ!

 高らかなセイルークの鳴き声。

 私の目の前と、セイルークの前、それぞれに半透明のプレートが現れる。

 先ほど、立方体から溢れ出た白い光を取り込み、増加した何かが表示されたプレートだ。

 それはセイルークと初めて契約したときの焼き直しのようなシチュエーションだった。

「ルスト様、血が!」

 事情を知らないリリー殿下がこちらへ駆け寄ろうとしてくるのを手を上げ押し止める。

「セイルーク、これが必要なのか?」

「きゅっ! きゅっ!」

 私の肩から飛び立ち、滞空したまま、こちらを真剣な瞳で見つめるセイルーク。その尻尾が肯定するかのように上下に動く。

 一瞬のためらい。

「わかったよ」

 私は、結局、プレートの文字列に指を触れる。

 減りはじめる数値と思える文字。

 そして現れた二つの文字列。

 これは、二重写しになっていて、今なら読める。

 「はい」と「いいえ」だ。

 当然、「はい」と書かれた方へ触れる。

 セイルークの牙によって、うっすらと血のにじんだ傷口から溢れ出す白い光。

 それらがすべてセイルークへと吸い込まれるようにして移動していく。

 輝くセイルークの体。

「なんと神々しい……やはりルスト様なら」

「神の光?」

「これは王国のためになんとしても手に入れなければ──」

 リリー殿下と取り巻きの驚きの呟きがここまで漏れ聞こえてくる。一つ、欲望丸出しの発言が交じっていたが。

 溢れ、辺りを満たしていた光が、収まる。

 セイルークの体は一回り大きくなり、翼が一対、増えていた。

「ギュルル」

 少し野太くなったセイルークの鳴き声。私の肩に止まろうとして、足が少しはみ出す。

 重たい。

 私が少しよろけていると、再び、セイルークが高らかに鳴く。

「ギュ──ッ!

 そこに含まれる警戒を促す響き。

「ロアっ! 何か見える!?

 私はとっさにロアに訊ねる。

「っ! 霊廟! 崩れて、何か出てくる!」

 その言葉が合図だったかのように、いくつかの出来事が立て続けに起きる。

 二対の翼を大きく広げ、魔素の輝きを宿すセイルーク。

 ゾロアーとリスミストがリリー殿下を守ろうと霊廟側にその身を割り込ませている。

 私もロアを霊廟から遠ざけようと手を引く。

 そして、霊廟が崩落した。

 無数のれきがこちらへと飛んでくる。

 ぶつかるっ、というタイミング。その瓦礫が、まるで壁に当たったかのように空中で一瞬止まり、そのまま地面へと落ちていく。

 そこにあったのはセイルークの翼から溢れた魔素が作り出した、障壁だった。

 盾のように展開された魔素が、リリー殿下たちも含めて私たち全員を瓦礫から守ってくれていた。

 すべての飛んできた瓦礫が、セイルークの魔素の盾で防がれる。目の前に、瓦礫の山が積み上がる。その瓦礫の山の向こうには、崩落によって生じたじんが舞い上がっている。

 その砂塵の中から、大きな黒い影が飛び出してきた。

 だがすぐに、大きく見えた黒い影が、みるみる小さくなったかに見える。

 どうも光の加減で、砂塵に影が大きく映っていただけらしい。

 そして現れたのは、パッと見は、人だ。

 それが、しゃべりだす。甲高い声で。

「ふぁあー。久しぶりの出番だー。お、この匂い、ものほんのドラゴンちゃんじゃないですかー。ふぃー。これは腕が鳴るなー」

 それはポキポキ、ポキポキと肩を回して音を立てている。

 四つある肩。

 腕も、四本ある。

 その身長は私よりも少し低いぐらいだ。しかし、全身に筋肉をまとっているため、大きく見える。

 そして何よりも目を引くのは、その顔だ。

 首がなく、肩の間から直接生えたその顔にあるのは、大きな口と穴だけの鼻。それだけだった。

 ストレッチのような動きを続ける敵に対し、こちらはすでに全員、臨戦態勢だ。

 敵の放つ圧倒的なプレッシャーに、セイルークの張った盾のこちら側で皆武器を構え、敵を凝視している。私も、スクロールを構える。

 しかし、よくよく見ると、リリー殿下の剣を持つ手はブルブルと震え、その顔は青白くなっている。

 それに対してロアは落ち着いたものだ。

 その目には溢れんばかりの魔素のきらめきが宿り、眼鏡型魔導具がフル稼働している。

 そこにあるのは、敵のわずかな変化を外側からも内側からも見逃さないという意気込み。

 その姿勢が、頼もしい。

 いくら剣姫とたたえられていようと王室育ちの姫君と、修羅場をくぐってきたロアでは、やはり経験と覚悟が違うのだろう。

 ちなみに、ゾロアーとリスミストの顔もかなり強ばっている。こちらは敵と自分たちの実力差を察しているのだろうか。

 そして私の肩から首を伸ばしたセイルークは、これまでに見たことがないぐらい、どうもうな表情をしている。ギリギリと牙をみしめ、らんらんと光る瞳。ここまで好戦的な様子のセイルークも珍しい。

 その二対の翼は、魔素の盾を維持してくれている。

「誰か、あれが何か知っているか?」

 そう、皆に問いかける。皆、無言だ。

 全員の様子を見て、ここは私が相手に問いかけるべきかと口を開く。敵なのは、ほぼ間違いないが、言葉をしゃべったのだ。何か聞けるかもしれない。

「問わせてもらう! そのほうは魔族かっ? 人へ、敵対する者か?」

 私の問いかけが聞こえないのか。もしくは単に無視しているだけか。その敵は一切答えることなく四つある拳を握りしめると、セイルークの魔素の盾を連打しはじめる。

 その一撃一撃が、信じられないぐらい重たい。

 ビリビリとした振動が、拳が打ちつけられる度に、空気を揺らす。

「ふむふむ。この感触、なんだ、まだ第二形態じゃないですか。せっかく、ものほんドラゴンちゃんなのに、まだまだ子供ちゃんでしたかー。気張って損したー。さっさとひねつぶして、二度寝しよー」

 体勢を変え、腰を落とすとまるで正拳突きを放つような姿勢をとる、敵。

 その体から放たれるプレッシャーが、一気に高まる。

 錬金術師としての私の目には、敵が、足から大地の魔素を吸い上げているのが見える。

 その体幹に、大量の魔素が蓄積されていく。

 私は本能の訴える危機感のままに、スクロールを発動させた。

 敵の腰の回転に乗せられた魔素が、渦となって右手の一本へと流れていく。

 それとは反対側の左側二本の腕は、引き手となってその腰の回転をサポート。

 そして、右側残りの一本の手が、魔素を大量に宿した腕の、肘部分を支えるように握り込む。

 すべてをみぎこぶし一点に集約するような、その動き。

 そして、突きが、放たれる。

 敵ながら思わず見とれてしまうような美しい動作。四本の腕を持つ存在が放つ突きとして、これがまさに正解だと思わされる。

 セイルークの張った魔素の盾へと敵の拳が突かれる。

 盾が、散る。

 爆風が、生まれた。敵の拳の先から溢れ出した魔素と爆風が、濁流のようにこちらへと襲いかかる。

「《顕現》ローズ!」

 私の叫び声に合わせ、あらかじめ展開していた複数のスクロールからローズのつるが溢れ出す。

 押し寄せる魔素と爆風の濁流に対して、傘のような形をとるローズの蔓。幾重にも重なり合い、分厚く形成された蔓の傘が、私たちへ襲いかかるもの全てを散らすようにして防いでくれる。

「ふぅ。──ローズ、捕獲を試みてくれ!」

 蔓の傘の一部が、こちらへと了承の合図してくれる。

 そして、傘を形作るのとは別のスクロールが、敵の周囲を回るように飛び交い、取り囲む。そこから溢れたローズの蔓が、敵へと迫る。

「なんだー、この匂いは? 召喚獣にしてはポーション臭い。植物の人工生命体かー? おら、ドラゴンをさっさと捻り潰して寝るつもりなんだけどー」

 そんな訳のわからないことを言いながら、四つある拳を縦横無尽に振るう敵。

 迫るローズの蔓が、敵の拳ではじかれる。

「あれ? てごわ、い? あれ? あれー?」

 弾き続ける敵の拳をかいくぐり、溢れ続けるローズの蔓がついに敵を捉える。蔓に生えたイバラのトゲが、敵の腕に食い込む。

「まだまだー。ふんっ!」

 敵が気合いを込め、体を捻る。

 敵の腕に巻き付いたローズの蔓が、引きちぎられてしまう。あのスカイサーモンすらも引き裂いたローズの蔓が。

「強い! 捕獲は諦めよう。ローズ、全力で頼む!」

 私はそれを見て、ローズにお願いする。

 たとえローズの蔓を引きちぎろうとも、それはたった一本。

 そこには、数十本どころか、数百本単位で敵に迫るローズの蔓。

 敵の振るう拳は到底その数に追いつけず、ついに限界を迎える。

 敵の全身を、イバラの蔓が覆い尽くす。

「ルスト師! 敵、笑ってる!」

 完全に蔓で覆われた敵の表情を、ロアが透視して教えてくれる。

 私にも見えていた。敵が、足から大量の魔素を吸い上げているのが。

 それは先ほどのセイルークの盾を破ったときとは比べものにならないぐらいの、莫大な魔素だ。

「ローズ、とどめをっ!」

 少し焦りながら、私は叫ぶ。

 敵の全身に巻き付いたローズの蔓が、一気に引き絞られる。

 それに合わせて、バラバラになる敵。

 足も、取れ。

 腕も、もげ。

 胴体も、潰れ。

「おおっ? おら、ここで、死ぬのかー」

 蔓のすきから漏れ聞こえた敵の声。

 そしてローズの蔓が、ついにその頭を引きちぎった。

 頭部を失った敵の体が、ボフッと音を立てる。そこに立ち込めたのは、真っ白な煙。

 その煙が風で吹き散らされると、敵の体は跡形もなく消えていた。

「消えた……。モンスターや呪術師の使い魔じゃなかったのか?」

 このように死んだ後に消えてしまう存在を初めて見た私は、驚きながらも非常に興味をひかれる。そこへロアから声がかかる。

「ルスト師、あれ」

 その指先の指し示す先に、ゆっくり近づいてみる。すると、敵の消えた場所の地面に埋まるようにして、魔石があった。

 私は《純化》処理済みの採集用手袋を片手にはめ、慎重にそれを拾う。

「これまた珍しい。完全な真球……。しかも何かもんようが刻まれている」

 それは通常ゴツゴツした石のような魔石とも、カッティングが施された形状をしている魔晶石とも違っていた。

 私がまじまじと手の中の魔石を眺めていると、ロアとリリー殿下たちが近づいてくる。

「ルスト様、先ほどは守っていただきありがとうございました。そちらもルスト様の錬成獣ですか? とても、お強いのですね。──その紋様はっ!」

 手の震えは止まり、顔色も少し赤みを取り戻したリリー殿下が、私の手の中の魔石を見て息をむ仕草をする。

「ええ、こちらの錬成獣はローズといいます。リリー殿下はこの紋様をご存じなんですか?」

 私はスクロールから顕在したままのローズの蔓をでてねぎらいながら訊ねる。

「……ルスト様も『原初の八人』のことはご存じですよね」

「ええ。創世の時代に現れたと言われている最初の八人の魔族ですよね。なんでも何体かはいまだに代替わりせずに、生きているとか」

「ええ。八体のうち、五体は主に争乱の時代にドラゴンによって打ち倒され、代替わりをしたそうです。ただ、残りの三体は、いまだに創世の時代から二千年以上、生き続けていると言われています。その三体が『妄執の一席』、『不義の三席』、『最弱の七席』。王家に残る資料で見たことがあります。これは不義の三席と呼ばれる魔族の紋様に見えます」

「つまりは、先ほどの四つ腕の敵は、その不義の三席の配下とか被創造物だという可能性があると」

 無言で頷くリリー殿下。少し赤みが戻っていた顔色が再び青白くなっている。

 私は余計なお世話かと思いつつ、リュックサックから気付け用にポーションを取り出すとリリー殿下に渡す。

「こちらは?」

「単なるポーションですが、少し気分が落ち着くかと思います」

「まあ。ありがとうございます」

 笑みを浮かべ私からポーションを受け取るリリー殿下。しかし飲まずにしまってしまう。

 ──そうか。王族ともなれば、不用意に飲むわけないよな。失念していた。

 少し顔色が良くなったリリー殿下が、帰還を告げる。

「さあ、王都に戻りましょう。霊廟の崩落に魔族の関与があることは、わたくしから関係部署に通達いたします」

「ありがとうございます。街道の修復については──」

 私が、本気を出したヒポポによって刻まれた足跡について言及すると、それもリリー殿下の方で引き受けてくれるらしい。

 ありがたいことではあるが、後が怖いなと思いつつ、断るのも無礼かとお願いすることにする。

 そうして、私はロアの後ろに乗せてもらい、皆で王都へと向かった。