私は果実酒が入ったグラスを揺らす。

 背中を壁につけ、できるだけ気配を消していると、不思議と目の前のきらびやかな世界が一枚の絵のように見えてきた。

 そうしながら、私はここ数日のとうのような日々を思い返す。魔族と化し、王都をほしいままにしていたリハルザム。すっかり正気を失っていたリハルザムを倒し、そのけんぞくにされていた人々についてはセイルークの助力を得て、ブラッディボーションによって人間へと戻せた。最後に人としての意識を取り戻し、リハルザムは人として死んでいった。

 そのあとの王都の復興作業は目の回るような忙しさだった。そこでカリーンを通信装置で呼び立てて、ようやく王都に到着。しかしカリーンにすべてを任せてハーバフルトンに戻ろうという私のもくはものの見事に砕け散った。

 それどころかカリーンに連れられ、こうして参加できるだけの夜会やら舞踏会やらに連れ回される羽目になってしまっていた。

 回していたグラスから果実酒をそっと口に含む。

 今日来ているのは、カリーンによると特に重要な夜会、だそうだ。

 はくめんの会と、たしかカリーンが言っていた。その名の通り、参加者は、みな一様に顔の上半分を覆う真っ白なお面をつけている。

 そういう趣向の夜会らしい。

 ぜいたくな調度品に、抑え気味の照明が雰囲気を出している。

 ──照明の魔導具はどれも一級品だな。そこら辺に飾られている美術品の方は価値がさっぱりわからないけど。

 私は仮面越しに室内の魔導具を観察しながらそんなことを思っていた。

 そこへ、声がかかる。

「隣、失礼しても?」

 男性にしては高めの声。服装は男装だが、かなり中性的な雰囲気をまとっている。服装の良し悪しはあまりわからないが、素材の布はかなりの品質のようだ。仮面の下の口元から察するに多分女性、それも高位の人物なのだろう。

 そして何よりも、重心の移動、所作から見て、かなり出来そうだ。

 私は礼を失しない程度に会釈して答える。

「もちろんです。王国に」

 そう言って軽くグラスを掲げる。カリーンから教えてもらった最近流行はやりの挨拶だ。

「王国に。そして救国の英雄に」

 その男装の麗人もグラスを掲げる。

 ──まあ、こんな半分の仮面じゃ、誰が誰かなんて、すぐわかるよね。とはいえ、私には相手が誰かさっぱりだけど。まあ、この夜会の参加者だから貴族以上の位なのは間違いない。動き方から見て、軍部関係か、王族を守護する近衛系の人か。

 私は相手を観察しながら考える。カリーンからは事前に、面白そうだから好きに動いていいぞ、とのお達しだった。それだけの、巨大な貸しが王国に対してあるから、色々と大丈夫、らしい。

 どうしたものかと、カリーンの姿を探す。当のカリーンはお偉いさん方と丁々発止のやり取りをしているのが、遠くに見える。

 その近くに控えるアーリがハラハラしているっぽいのが少し哀れだ。心の中でアーリにエールを送る。

 まあ、そんなカリーンのごとを真に受けたわけではないが、せっかくなので一つ、私も餌をまいてみることにする。

「救国の英雄といえば、こんな話はご存じでしょうか。彼がとある呪術師を探している、と」

 私は今回、手がかりを得られなかった呪術師について、話を振ってみる。

 タウラのため、というのも、もちろんある。それに加え、呪術師がセイルークをしつように狙っている様子から、個人的にも情報を得ておきたい、というのが偽らざる気持ちだ。

「ほう。それは面白いお話ですね。呪術師、ですか。そういえば創世の神話に、このような言葉があります。はとはかささぎの巣にいる、と」

 私はその続きを待つが、どうやらそれで終わりらしい。

 目の前の男装の麗人は口元に笑みを浮かべてグラスを傾けているだけだ。

 ──全く意味がわからない。鳩にかささぎ、って呪術師になんの関係があるんだ。これが貴族特有の言い回しってやつか。まあ、適当に返しておくか。えっと、かささぎって確かカラスの仲間だったよな。とすると、巣にいる鳩を餌にでもする、とかか? そうだとしたら、なかなか賢いよな。

「かささぎの知恵は素晴らしい、とも言いますしね」

 まあ、きっとカラスの仲間なら、かささぎは頭が良いだろうと私は返しておく。

 目の前の男装の麗人の顔の見えている部分──ほおや耳が、なぜか急に真っ赤になる。

「私の完敗です。さすが当代随一の錬金術師と呼ばれるだけはありますね。これを」

 そう言って、急に間合いを詰めてくる。鋭い踏み込みだ。ふわっと花の香りが広がり、私の鼻孔をくすぐる。

 そっと私の手の中へと何かを滑り込ませ、そのまま立ち去っていく男装の麗人。

 私は訳がわからないまま、その後ろ姿を見送る。

「剣姫様と、だいぶ親しげだったじゃないか」

 そこへカリーンの声。

 振り返ると、お偉いさん方とのやり取りが終わったのかカリーンとアーリが近づいてくるところだ。上気したカリーンの顔からはうれしげな雰囲気がにじみ出ていた。

 多分、交渉が満足いくものだったのだろう。その後ろのアーリの顔は見えないが、少し疲れていそうだ。俺はアーリに労りの意を込めて軽くほほむとカリーンに答える。

「剣姫様って。今の、リリー第二王女殿下か」

 私は名前だけは聞いたことのあるこの国の王女と話していたのかと、少し不安になる。

 ちょうどいいかと、先ほどの王女とのやり取りをカリーンに伝え、どんな意味があったのか聞いてみる。

 なぜか私の話の途中から、口を手で隠しはじめるカリーン。どうやら懸命に笑いをこらえているらしい。

 一層不安になってくる。

 私の話にアーリも首をかしげている様子から、アーリも私と同じように理解していないようだ。

「カリーン?」

「すまんすまん。あー。さすがルストだ。面白い。面白すぎる」

「そういうの、いいから。で、どういう意味なんだ?」

「鳩はかささぎの巣にいるってのは、他人の成功や地位を横取りするってことさ。そういう創世の時代から伝わる故事があるのさ。呪術師の動向、そのものだな。王室も当然、呪術師の情報をつかんでますってアピールだったはずだ」

「……そんなのわかるわけないぞ」

 カリーンの解説に思わず眉間にシワが寄ってしまう。神話とか伝承は、私の守備範囲外なので。

「それに対するルストの返事がたまたまだろうが、皮肉になっているのさ。かささぎの知恵、つまり烏鵲うじゃくってのは、先のことばかり心配して、身近な危険に気づかないって意味だ」

「あー……」

 カリーンの話で、なんとなく意味がわかってきてしまう。

「王都の人間は、みな寄生キノコにやられていたんだろう? 当然、剣姫殿下も例外じゃないってわけだ。情報通を気取っても、キノコにやられてたのを助けたのは私ですよってルストは言ったことになる」

「それは──さすがにまずかったよな? 不敬罪にならないか」

「いや。直接言ったわけじゃない。ルストはただ、かささぎの話をしただけだろう。だから安心しろ。それより、その手に持っているものはなんだ?」

 目ざといカリーンの指摘で、私は先ほど何かを渡されたことを思い出す。

 ゆっくりと手のひらを広げてみた。


          


 白面の会を退席してきた私たちは、レンタルした客車に乗り込む。

 皆が席についたところで、御者席にいるシェルルールに、私から声をかける。

 客車を引く、二頭の錬成獣が進みはじめる。ヒポポと同じ、カバ型だ。六本足でヒポポより一回り小さいが、シェルルール自慢の錬成獣らしい。錬成に最近ようやく成功したと嬉しそうに見せに来ていたのを思い出す。

 私は客車の席で、ようやく外せるかと、面を取る。

 目の前の席のアーリも、前に使っていためんの魔導具の下に、りちに白面をつけていたようだ。面布をまくり、白面を外している。

 ぎゅっと片目をつむったまま、急いで片眼鏡型魔導具をかけると、ほーっと長めのため息をついている。

 ──似た機能の魔導具同士だと、干渉しやすいから、片方しかつけられないのはわかるけど。面布をしていたら、白面つけなくてもバレないだろうに。アーリも真面目だな。

 そんなアーリの様子を見るともなしに眺める。

 片眼鏡の魔導具をつけ直して、相当ほっとしたのか、アーリにしては普段見られないぐらいかんした表情をしている。思わずまじまじとその様子を見てしまう。

「アーリ、早速ですまない。例の件、擦り合わせていこうか」

 隣のカリーンがアーリに話しかける。

 はっと表情を引き締めるアーリ。すっかりいつもの顔だ。

「はい、カリーン様。未来視の魔眼に反応した人物ですが──」

 二人で、先ほどの白面の会に参加していた貴族たちの名を確認しはじめる。

 ──ああ、なるほど。要注意人物の確認ね。実際の戦闘にならなくても争いの予兆だけで魔眼が反応するのか。アーリは、私の魔導具なしであれだけの数の人間の確認をしていたのか。それは疲れるわけだ。

 私は一人納得しながら、二人の会話に入る必要は特にないので、手にしたままだったものを改めて確認することにした。

 リリー王女殿下から渡されたのは、一風変わった魔晶石だった。

 通常よりもかなり細長く、棒といっても差し支えないぐらいのもの。長さはちょうど私の手の中に隠れるぐらい。太さは指よりも細い。

 それは、私が全く見たことも聞いたこともない形式のものだった。

 これでもマスターランクの錬金術師として一般的に流通している魔晶石はもちろん、すでに過去のものになってしまった形式の魔晶石についてもかなりの数をしつしているつもりだった。

 その私から見ても、それは完全に初見の存在。

「世界は広いな」

 思わず、そうつぶやいてしまう。

 せめて容量と出力だけでも調べるかと《転写》のスクロールを取り出す。

 狭い客車の中なので、自重して膝の上にスクロールを広げ、その上に魔晶石を置く。

「《転写》」

 表示されるデータに目を通していく。

「なんだろう、これは」

「何かわかったのか?」

 いつの間にか危険人物の擦り合わせが終わったのか、カリーンが聞いてくる。

「え、ああ。一つ、わかったよ」

「ほう。それで?」

「出力も容量も少なすぎる。魔晶石として、基本的には役に立たないだろう。ただ、考えられるとすると──」

 そのときだった。ガタッと立ち上がるアーリ。その目に、魔素のきらめきが宿っている。

「敵襲ですっ! 前方、あと後方からも来ますっ!」

「ほう。やっぱり来たか!」

 なぜか嬉しそうなカリーン。待っていたとばかりに、椅子の下に隠していた漆黒の剣を取り出す。それは私がお土産に渡したいんてつ製の新品だ。

 私は、「この魔晶石は鍵なんじゃないか」と言いかけた言葉を飲み込む。そのまま襲撃に備えて、御者台にいるシェルルールに停止を伝え、スクロールを取り出した。

 客車が止まる。

 待ちかねたように、飛び出していくカリーン。

 その手にした剣の重量で、カリーンの踏み込みに合わせて大きく客車が揺れる。

「なんであいつは一番に飛び出すかな……」

 普通に考えて敵の狙いはカリーンだ。私は思わずあきれて呟いてしまう。

 飛び出したカリーンを追うようにして、アーリも外へと駆け出す。こちらは軽やかな身のこなしだ。

 その際、客車の横に立てられた領旗に手をかけ引き抜いていくアーリ。

 よく見ると、領旗のポール部分がやりになっていた。

 ──アーリ、槍を持ってないと思っていたら、あんなところに。

 私もスクロールを展開、発動しながら、そのアーリの後を追って客車の外へと出る。

 そこは、すでにカリーンの独壇場と化していた。

 嬉しそうに新品の隕鉄の剣を振り回すカリーン。一振りごとに風を切り裂くごうおんが響く。

 その剣の先には、漆黒の服に、漆黒の覆面をつけた敵が複数いた。暗殺者だろうか。

 滑らかな動きで、カリーンの背後をとろうと連携している暗殺者たち。

 阻止しようと、そこへ繰り出されるアーリの槍。鋭い刺突に、槍についたままの領旗がはためき、カリーンの背後を狙っていた暗殺者の足を、槍先が貫く。

 ちらりと背後を確認して、カリーンが敵に向かって突っ込む。その背後をカバーするように動くアーリ。

 アーリの援護で背後を気にせずに済むようになったカリーンが、さらにとして剣を振るい、あっという間に複数いた暗殺者たちは制されていく。

 どうやらカリーンは剣の腹の部分で暗殺者たちを殴り、斬り殺してはいないようだ。

 ──並の人間相手じゃ、カリーンとアーリの二人なら当然圧倒するよね。気絶にとどめておく余裕すらあったみたいだ。まあ、カリーンの馬鹿力であの重量のもので殴られたら、生きているとは限らないけど……

 私がそんなことを思いながら見ていると、意図的に意識を残しているのだろう、最後の敵に隕鉄の剣を突きつけ、カリーンが口を開く。

 一応、事情の如何いかんを問うようだ。

 何を話しているか聞こうと私も近づいていく。そのときだった。アーリが血相を変えてカリーンに向かって走りだす。

「ローズ!」

 私がアーリの様子を見て叫ぶ。

 ほぼ同時に、カリーンを押し倒すようにして上にかぶさるアーリ。

 その二人を守るように、事前に発動していた《顕現》のスクロールから、ローズのつるあふれる。

 くるくると、地面に伏せた二人の周りで、蔓の壁が形成される。

 次の瞬間、暗殺者の体が膨れ上がる。

 何か液体をき散らしながら、爆散する暗殺者。

「っ! 《研磨》」

 私は追加で発動した《研磨》のスクロールによる竜巻で、その飛んできた液体を吹き散らす。

 それでもしずくが数滴、ローズの蔓へと付着してしまう。

「まだですっ!」

 アーリの叫び声。

「くっ! ローズ、二人を回収! シェルルールは、出発して! 全速力っ」

 私は矢継ぎ早に指示を出す。

 覆いのようになっていたローズの蔓がするするとほどけると、カリーンとアーリに巻き付く。客車へと急ぎ向かう私のあとを追ってくる。

 ちらりと見たローズの蔓。先ほどの液体が付着した部分が、黒く変色している。まるで、アザのようだ。出会ったときのタウラの顔に刻まれていたものと似ている。

 ──呪い、か。しかも人の命を代償にかけるタイプ……。呪術師だなっ!

 シェルルールがこちらへと向けて走らせてくれた客車に私は飛び乗る。私のあとを追うように《顕現》のスクロールが続き、そこから生えたローズの蔓に巻かれてアーリとカリーンも、客席の中へと転がり込んでくる。

 そのときだった。

 カリーンが気絶させたはずの残りの暗殺者たち。その体もぽこぽこ、ぽこぽこと膨らんだかと思うと、次々に爆散し、液体を撒き散らす。アーリが見たのはこれだったのだろう。

 路地を、壁を、飛び散った液体が汚していく。

 間一髪で、そこから走り抜ける客車。

「カリーン、一度、宿まで戻る。いいか?」

 ローズの蔓をもぞもぞと抜け出し、立ち上がったカリーンに問いかける。

「ああ、驚いた驚いた。爆発したぞ。宿だな、そうしよう。あれは手がかりもなさそうだしな。他に何かあるか、ルスト? アーリ?」

「今のところ、次の襲撃は見えません」

 アーリがカリーンに答える。

 私はほっと息をつくと、シェルルールに速度を少し緩めるよう伝える。

 全速力は錬成獣にも客車にも過度の負担がかかる。長時間維持するのは当然、好ましくない。

 それでも高速で夜を駆け抜けていく客車。

「あの暗殺者たちだけど、最初に爆発した一人は自分の意思っぽかったけど、あとは誰かが起動した、と思う。完全に気絶させていたよね、カリーン?」

 私は自分の推測を伝える。

「ああ。ほぼ全力で殴ったぞ。──それじゃあ、見ていた存在がいるということだな」

 カリーンはどかっと椅子に座ると腕を組む。

 その動作で、手にしたままの剣の重さもあって、客車がぐらっと揺れる。

「ああ。ロアのような遠視の魔眼は相当レアだし、暗殺者と見ていた存在が、魔素のパスでつながっていたら私が気づけたはず。だから多分、目視だ」

「例の呪術師、だな」

「ああ。ほぼ間違いないと思う。タウラは喜ぶな。手がかりがなくて意気消沈していたから」

 私とカリーンが話している間に、客車は私たちの泊まっている宿へと駆け込んでいった。