そこからドラグバーンのとうのラッシュが始まった。

「ぬぉおおおおおおおおお

 右ストレート、左フック、右アッパー、左ボディブロー、回転しながら尾での薙ぎ払い、ブレス、炎の牙によるみつき。

 咆哮を上げながら、ドラグバーンはとどまることなく攻撃を繰り返す。

 俺はその全てを二本の刀で防ぎ切った。

 右ストレートを怨霊丸で逸らして。左フックを黒天丸で逸らして。

 右アッパーは僅かに後ろへ下がりながら拳の下に刀の切っ先を当てがい、軌道が最もブレて上方向への力が強くなったタイミングで、峰を使って跳ね上げる。

 左ボディブローは、後ろに下がった時の勢いで体を左に逸らして、俺にとっての右側、ドラグバーンの拳の外側から最適のタイミングで力を込めて、体の左側へ向けて受け流す。

 回転して尾での薙ぎ払い。先読みしてジャンプすることで回避。

 ブレス。怨霊丸による『斬払い』で相殺。

 炎の牙による噛みつき。空中にいる隙を狙われたが、黒天丸を鼻先に突きつけて、迫ってくる顔の勢いを『流刃』で利用し、回転しながら身をかがめて牙を回避。

 二本の刀をドラグバーンの胴に叩きつけ、その反動を利用して着地。

 これが僅か一呼吸の間に起こった出来事。

 同じような密度の攻防を何回も何十回も重ねて、ようやく数秒という時間を稼ぐ。

 鼻血が出そうになるほど集中した。

 目が限界を訴えて血の涙が出るほどドラグバーンを『観て』、徹底的に動きを先読みする。

 一度でもミスればアウトだ。

 一秒があまりにも長く感じる極限の死闘の中で、俺の剣が磨かれていく。

 だが同時に、体力気力精神力がとんでもない勢いで削られ、限界という名の死がどんどん近づいてきていることを、他でもない俺自身が自覚していた。

 しかし、そんな限界ギリギリのせめぎ合いに……俺は勝った。

「アラン! できたわ!」

 後ろからステラのそんな声が聞こえた。

 耳がその言葉を受け取った瞬間、俺は脊髄反射で敵の攻撃を反撃ではなく移動のための推進力として使う技、一の太刀変型『激流加速』を使ってドラグバーンの攻撃を受け流し、ステラの射線を通すために即座に奴から離れる。

 勢いに乗って離れる瞬間、ステラの方に目を向ければ、まるで太陽の放つ光全てを一本の剣に圧縮したかのような純白の極光を放つ聖剣を構えた女勇者の姿が見えた。

 今の聖剣からは、その力を向けられていない俺でも思わずゾッとするような、それこそ蒼炎竜ソウル・ドラグーンとなったドラグバーンすら圧倒する絶大な力を感じた。

 あれが決まれば勝てる。そう確信するほどの。

 だが、その感覚を誰よりも強く認識しているのは、標的にされたドラグバーンだろう。

 奴は俺が離脱したと見るや、獣の生存本能をフルに発揮し、全力の回避行動を取った。

 しかし、そんなドラグバーンの足が止まる。

 足下から絡み付いてきた、無数の光の鎖に全身を絡め取られることによって。

「「「『聖なる鎖ホーリーチェーン』!」」」

「な、なんだと!?

 それはエル婆とエルトライトさんを中核に、多くのエルフ達の放った捕縛の魔法だった。

 見れば、全滅したんじゃないかと心配していたエルフ達が崩壊した城壁の向こうからつえを構えている。

 傷ついてこそいるが、その数はあまり減っていないように見えた。

 彼らの近くには、ろうこんぱいの様子のリンの姿。

 どうやら俺がドラグバーンを食い止めている間にリンによって治療され、この瞬間のために魔法の発動を進めていたようだ。

 時間をかけて編み込まれた聖なる鎖は、ドラグバーンの動きを一瞬確かに止めてみせた。

 その一瞬こそが、致命的なドラグバーンの隙だ。

 そんなドラグバーンに向け、満を持して勇者の最強技が放たれる。

「『真・月光の刃ルナムーンスラスト』!」

 溜めに溜め込んだ力の全てを三日月状の刃に圧縮した、一撃必殺の斬撃。

 それが回避を封じられたドラグバーンに迫る。

 ドラグバーンは力任せに聖なる鎖を引きちぎり、体の前で両腕を交差して、ステラ渾身の一撃を耐えようとした。

「ぬぅううううおおおおお

 だが、三日月の刃は止まらない。

 ドラグバーンの腕を斬り裂きながら、前へ前へと進んでいく。

 その体の全てを切断すべく、断罪の刃は前進を続ける。

 それでも、ドラグバーンは破滅にあらがった。

 ドラグバーンの体が後ろに逸れる。

 受け止めるのは無理と判断し、上に向けて受け流すつもりのようだ。

 しかし、そう簡単にいくわけがない。

 今放たれているのは、勇者が長い時間をかけて放った、全力全開の一撃だ。

 ドラグバーンの両腕がちぎれ飛ぶ。

 だが、奴は牙で三日月の刃を噛んで文字通り食い止め、頑強な鱗と蒼い炎のよろいで無理矢理に耐える。

 耐えて、耐えて、耐えて。

 そうしてドラグバーンは遂に……耐え切ってしまった。

「ふんぬぅううううう

 三日月の刃が軌道をねじ曲げられ、上空に向かって飛んでいく。

 ドラグバーンは両腕を失い、全ての牙が砕けかけ、体にも大きな裂傷が刻まれているが、まだ致命傷には届かない。

 ステラの、いや俺達全員の渾身の一撃を、この化け物は弾き飛ばしたのだ。

「俺の、勝ちだぁあああああ

 ドラグバーンが絶叫に近い雄叫びを上げ、口の中にブレスの炎を生み出す。

 今の攻撃が不発に終われば、もう俺達に決定打たり得る攻撃はない。

 俺も限界が近く、これ以上ドラグバーンを抑えてはいられないだろう。

 エルフ達も疲労困憊。

 ステラも多分、ほとんどの魔力を使い果たしてる。

 そして、ドラグバーンはあの傷ついた体で、己の命が燃え尽きるまでの間に、俺達を倒し切れると確信しているのだ。

 このまま戦い続ければ、ドラグバーンを討ち取るまでの間に、俺達の敗北と言えるだけの被害が出てしまうかもしれない。

 だが、──それは今の攻撃が不発に終わればの話だ。

「いいえ、ドラグバーン。──私達の勝ちよ!」

!?

 ステラがそんな言葉を発すると、ドラグバーンは驚愕しながら上を見る。

 そこにあるのは受け流された三日月の刃。

 そして、この状況を見越してドラグバーンの上を取っていた俺の姿だ。

「お前なら、ステラの全力攻撃ですらも弾くかもしれないと思ってたよ」

 だからこそ、この俺の行動は最後の保険。

 正真正銘、最後の切り札。

「五の太刀変型──『光返し』!」

 敵の遠距離攻撃をそのまま相手に返す技、五の太刀『禍津返し』。

 その変型である、味方の攻撃の軌道をねじ曲げて返す必殺剣が炸裂する。

 俺は怨霊丸を手放し、黒天丸だけを両手で握り締めて。

 三日月の刃を絡め取り、黒天丸の斬撃と共に、ドラグバーンの首筋に叩き込んだ。

「うぉおおおおおおお

「ぬぁあああああああ

 俺は黒天丸に全力を込め、ドラグバーンは首筋の筋肉に力を込めながら蒼い炎の鎧を纏わせて、最後の攻防を繰り広げる。

 ピシリ、と何かがヒビ割れる音がした。

 刀を握る手を通じて俺には伝わってくる。

 これは、黒天丸の悲鳴だ。

 これまでの戦いで酷使し、蒼い炎に何度もぶつけ、最後には勇者の全力技の制御にまで使って、さすがの黒天丸にも限界が訪れてしまった。

 すまん黒天丸! 耐えてくれ!

 あと一撃だけでいいんだ。

 かつての大英雄『剣聖』シズカを支え続けたお前の力に頼らせてくれ!

 そんな俺の意思が通じたかのように、黒天丸はピシリピシリとヒビを広げながらも、折れることなくドラグバーンの首筋を斬り裂いていき……。

「ハーッハッハッハッハッハッハ!」

 唐突に、ドラグバーンが笑い声を上げた。

 それが勝利を確信した声に聞こえて、俺の心臓が跳ね上がる。

 だが、違った。

 ドラグバーンの、この笑みは、


「見事ッッ!」


 己を打倒した者達に送る、称賛の声だったのだ。

 ドラグバーンの首が切断され、宙を舞う。

 首を失ったその体がゆっくりと倒れる。

 動き出す気配はない。

 今まで感じていた圧倒的な威圧感も消えている。

 死んだ。

 最後の最後まで、牙を剥き出しにした凶悪な笑みを浮かべたまま、ドラグバーンという魔族は命を散らしたのだ。

 それを確認して……俺は最後まで耐えてくれたヒビだらけの黒天丸を天に掲げた。

「「「う、うぉおおおおおおお」」」

 エルフ達が勝利に沸き立ち、喜びに満ちた絶叫を上げる。

 エル婆とエルトライトさんはホッと息をきながらも、新たな脅威が来ないか警戒し、リンは完全に気が抜けた様子でペタンとしりもちをつく。

 そして、ステラは、

「やったわね!」

「ああ」

 俺の傍に駆け寄ってきて、おもむろに左手を上げた。

 俺もまた左手を上げ、俺達は力強いハイタッチを交わす。

 また手加減をミスったのか、ミスリルの越しなのに手が痛いが、その手の痛みが、戦いの終わりと勝利の実感を俺に伝えてきた。

「勝った……!」

 最後に、噛み締めるようにそう呟く。

 こうして、エルフの里で巻き起こった『火』の四天王ドラグバーンとの死闘は、俺達の完全勝利で幕を閉じたのだった。