第七章 ドラグバーンという魔族


 時は少しさかのぼり、アランとステラが神との対話をしていた頃。

 勇者達との戦いを後の楽しみとして残し、エルフの里から撤退した魔王軍四天王の一人、『火』の四天王ドラグバーンは今、エルフの里から大分離れた山の中で体を休めていた。

 といっても、体に刻まれたダメージは自慢の回復力で既に完治している。

 休んでいるのは、神樹の加護のざんが完全に消えるまでやることがないからだ。

 つまり暇なのである。

 そんな彼のもとに四体の竜が寄ってきた。

 いずれも絶大な力を感じさせる竜の頂点、上位竜だ。

 それが、まるで飼い主にすり寄るペットのように、ドラグバーンにじゃれつき始めた。

「ハッハッハ! 可愛かわいい奴らめ!」

 ドラグバーンは、そんな竜達をでくり回して構い倒す。

 竜達もうれしそうに目を細めた。

 ひまつぶしにはちょうどいい。

 特にこの世界に来てからの日々は本当に退屈だったので、りょうを慰めてくれる竜達の存在は、ドラグバーンにとってありがたかったのだ。

 ちなみに、ここにいる四体の竜達は全員雌である。

 ハーレムであった。

 なお、先の戦いでドラグバーンについていき、討ち取られた竜達はほとんどが雄だ。

 これはドラグバーンが自分のハーレムを作るために意図して雄達を排除した……わけではなく、単純に雌達はドラグバーンの帰りを待つことを選び、雄達はドラグバーンに付き従うことを選んだというだけの話。

 彼は竜達に一切の強制をしていない。なんなら命令もしていない。

 ただ、ドラグバーンの力になりたいという竜達の想いを尊重しただけ。

 そもそもの話、別にドラグバーンは意図して竜達を率いていたわけではないのだ。

 今回の騒動の始まりは、魔王の采配があまりにも気に食わなくて、魔王城で数年単位のふて寝をしていた時のこと。

 ふと起きてみると、城内で魔族達の会話が聞こえた。

 なんでも、ここ数年、魔王が各地に配置した魔族達が相次いで討伐されているらしい。

 討たれた者の中にはローバやフランケなど、ドラグバーンが実力を認めていた強者の名前も含まれていた。

 特にローバなどは何代も前の魔王の臣下であり、その魔王が討たれてからも代々の魔王に仕え、この世界で力を蓄え続けながら、勇者や英雄達を相手に数百年間生き残り続けた古豪。

 フランケは、そんなローバが後継者にするべく造り出した最高傑作の人造魔族だ。

 四天王にこそ遠く及ばないとはいえ、彼らは並の魔族とは比べ物にならない強者であった。

 そんな彼らを倒せるほどに強い奴が敵にいる。

 それを知った瞬間、ずっと破裂寸前だったドラグバーンの我慢が限界を迎えた。

 魔族とは、戦いに生きる種族である。

 常に分厚い雲が太陽を覆い尽くし、天変地異が繰り返され、一切の自然の恵みと呼べるものが存在せず、荒廃を極めた彼らの生まれ故郷『魔界』。

 そこには草木の一本すら生えておらず、食べられるものがない。

 どこかの誰かの話によると、過去に魔界の神による過剰な干渉のせいで荒れ果ててしまったとされるこの世界で生き残るためには戦うしかなかった。

 戦って、勝って、倒した相手を食らうしかなかった。

 ドラグバーンは、それこそが正しい魔族のあり方だと思っている。

 生きるために戦う。生きるために強くなる。

 そんな人生に生きいだそうとするならば、やはり、それは戦いの中にしかないはずだ。

 いつしか、ドラグバーンは強敵との戦いに生き甲斐を見出すようになった。

 己が生きるために磨いてきた力の全てを存分に振るえる相手との戦いが、楽しくて楽しくて仕方がなくなった。

 燃えるように生き、燃え上がるような戦いを楽しみ、最期は燃え尽きるように死にたい。

 それが、ドラグバーンという魔族のあり方である。

 しかし、そんな彼の生き様は、とある一人の魔族によってねじ曲げられた。

 そいつは恐ろしいほどに強かった。

 全力で挑んでも歯牙にもかけられず、命を捨てた特攻ですら通用しない。

 ドラグバーンは完膚なきまでにたたきのめされ……しかし、殺されることはなかった。

 そいつは言った。我の配下になれと。

 我こそが魔族をべる者『魔王』であると。

 敗者は勝者の腹の中に収まり、その糧となるのが魔界のことわり

 ならば、腹ではなく配下に収まるというのも一つの理の形かと納得して、ドラグバーンは魔王の軍門に下った。

 それからの日々は、まあ、それなりに楽しかった。

 魔王の配下として力を振るい、他の魔族や魔物達を力で屈服させ、徐々に勢力を拡大していく。

 その頃にはドラグバーンの強さは魔王を除けば魔界の中でもトップクラスの域にまで至っており、互角に戦えた相手など、後に同じ四天王となった連中くらいしかいなかったが、弱い連中でも徒党を組んで向かってくれば遊び相手くらいにはなった。

 やがて魔界の全てとまではいかずとも、名だたる強者の多くを配下に加えた魔王軍は、次の目的地として百年に一度開く異世界への門をくぐり、この世界へと進軍した。

 だが、ここからドラグバーンの退屈の日々が始まる。

 最初に門をくぐり抜けた時、近くにあった国を滅ぼした時はまだよかった。

 圧倒的な戦力差に任せたじゅうりんとはいえ、今回の敵となった人類の中にもれはいて、それなりに戦いを楽しめたからだ。

 しかし、この世界に来てしばらくち、最初の国一帯を完全に滅ぼして支配した頃。

 魔王は何を思ったのか、ドラグバーンをはじめとした四天王全員に戦闘を禁じた。

 そこから先の魔王は、圧倒的な力を持っているくせに、そく極まりないまどろっこしい作戦を展開し、チマチマと今回の敵である人類を削っていく始末。

 だと問い詰めたこともある。

 その時、魔王はただこう言った。

『我はこの世界を手に入れたい。どうしても手に入れたいのだ。だからこそ、より確実な方法を選んでいるに過ぎん』

 魔王の言うこともわからないではない。

 聞けば、この世界へ攻め入った歴代の魔王達は、全て『勇者』なる存在に討たれているらしい。

 そういう強敵に対して、策を練って挑むのは決して間違っていない。

 だが、それは弱者の考え方だ。ドラグバーンのあり方には合わない。

 強敵と真っ向からぶつかり、己の全てを懸けて戦うのがドラグバーンの生き甲斐なのだ。

 それを取り上げられるのは、死にも勝る苦痛だった。

 しかし、ドラグバーンは魔王に敗れ、その糧となった身。文句を言う資格はない。

 幸い、魔王は勇者が現れれば、その勇者にドラグバーンが挑むことを認めてくれた。

 もっとも、その時は四天王全員で挑めという指令なのだが。

 戦いという名の生き甲斐を誰かと分かち合うなど真っ平ごめんだ。

 それでも、このままずっと出番がないよりはいい。

 他の四天王はドラグバーンほど好戦的ではない。

 いちばんやりを務めれば、おのずと自分が主体で勇者と戦えるだろう。

 それだけを慰めに、ドラグバーンはふて寝した。

 だが、五年、十年と待っても、勇者は一向に現れない。

 いったい、いつになったら勇者は現れる?

 いったい、いつになったら戦える?

 そうして不満を募らせていた折に耳にした、古参の魔族すらも打ち破る強者の存在。

 戦いたいという欲求を覚えた瞬間、それが最後のひと押しだったかのように、闘争本能がどうしようもないほどに燃え上がって胸を焦がし、ついにドラグバーンの我慢は限界を迎えた。

 そして、彼は魔王の命令を無視して、たった一人で魔王城を飛び出した。

 今ここにいる四体の上位竜達は、その時ドラグバーンについてきたのだ。

 彼女らは魔王城の防衛戦力の一端だったが、元を正せば魔界においてドラグバーンが屈服させた魔物達。

 そして、竜は己より圧倒的に強い同族にかれる本能がある。

 彼女らはついていく相手として、魔王よりもドラグバーンを選んだ。

 その後、強敵を求めて、とりあえず他の魔族が一番厄介だと言っていたエルフの里を目指し、道中で偶然竜の群れと遭遇。

 身のほど知らずに挑みかかってきた群れのボスをぶっ飛ばしたら群れ全体になつかれ、彼らは勝手にドラグバーンの後をついてくるようになった。

 こうして、成り行きで竜の大軍勢は結成されたのである。

 竜の群れを引き連れて訪れたエルフの里で待っていたのは、素晴らしい錬度を誇る魔法使いの集団であった。

 己と互角に戦ってくれるような強者がいるかはわからなかったが、少なくとも歯応えは充分にありそうな敵との遭遇にドラグバーンは歓喜する。

 当初の予定では竜達に手を出させるつもりはなく、自分一人で戦いを満喫しようと思っていたのだが……エルフの里には死闘を邪魔するうっとうしいことこの上ないものがあった。

 それが神樹。魔に属する者の力をぐ奇っ怪な大木。

 全力で戦うために来たというのに、全力を出させてくれないなんて、こんなひどい話はない。

 我慢に我慢を重ね、遂に我慢し切れなくなって飛び出してきて、ようやく強敵を見つけて喜んでいたところに、まさかの神樹だ。

 ドラグバーンはキレた。

 フラストレーションは限界を突破し、即座に神樹の破壊を決意する。

 なりふり構わず竜達の力も借りた。

 戦いに介入させる気はなかったが、障害物の撤去作業となれば話は別だ。

 役目を与えられた竜達は、喜んでドラグバーンのために働いてくれた。

 その末に最初の四体以外は全滅してしまったが、彼らの犠牲に見合うだけの成果はあった。

 いまいましい神樹は倒れ、そして……。

「クハハ……!」

 ドラグバーンは、新たに現れた強敵達の姿を思い出しながらどうもうに笑う。

 何せ、夢にまで見た勇者が現れたのだ。

 しかも、他の四天王などという邪魔者がいない時に。

 大きな、それはもう大きな喜びの感情が胸の中で荒れ狂う。

 魔王城を飛び出してきてよかったと心の底から思った。

 まだ成長途上なのか、それとも何かカラクリでもあるのか、勇者の実力は魔王に届いているようには見えない。

 だが、それでもドラグバーンが本気を出しても苦戦させられそうなほどの力は感じた。

 場合によっては、最後の切り札を使わなければならない状況まで追い詰められるかもしれない。

 それでいい。それがいい。互いに全力を尽くしてこその戦いだ。

 神樹の加護の残滓が完全に消滅するまで、恐らく、あと二~三日。

 すぐ近くにまで迫った至高のひと時を思って、ドラグバーンはまた笑った。

「ああ、やっと、やっと見つけました。随分と探しましたよ」

 しかし、そんな良い気分に水を差す邪魔者が現れた。

 ドラグバーンは先ほどまでの上機嫌がうそのような渋い顔になり、その来訪者にゴミを見るような視線を向ける。

 そこにいたのは一匹のこうもりだった。

 同僚の中で最もいけ好かない奴の使い魔だ。

 確か、こいつは主人と感覚の共有ができるのだったか。

「まったく、この私があなたごときのために使い走りのようなことをさせられるとは。あんな簡単な命令にすら従えない無能。頭の中まで本能に染まった野蛮蜥蜴とかげ。あなたのような者が同僚かと思うと悲しくなりますよ。ああ、嫌だ嫌だ。私の品位まで下がってしまう」

 イラッ。

 ドラグバーンの額に青筋が浮かぶ。

 嫌いな奴が、せっかくの楽しみを邪魔しかねないタイミングで現れ、ぐちぐちと腹の立つセリフをまくし立てるのだ。

 ドラグバーンでなくともキレるだろう。

 こいつは魔王城に帰ったら殺すと決意する。

 まあ、どうせいつものように、四天王のリーダーに止められて終わりだろうが。

 それをわかった上で挑発してくるのだからタチが悪い。

(姑息でずるがしこいだけの、四天王の恥さらしが……!)

 ドラグバーンとて、こいつのことは大嫌いである。

「さあ、帰りますよ。帰ったら『風』によるせっかんが待っていることでしょう。せいぜい楽しみにしていなさい」

「断る!」

 ドラグバーンは即答した。

 折檻がどうした。そんなもので最高に燃え上がっている今の自分を止められると思うな。四天王筆頭の名前を持ち出さないと己に命令できないような小者の言うことなど無視だ! 無視!

「……ハァ。正気ですか? これは魔王への明確な裏切り行為ですよ? これ以上、私に無駄な労力を使わせないでほしいのですが」

「断ると言ったら断る! 俺はもう我慢の限界だ! せめて、ひと暴れしなければ気が済まん!」

「……バカだバカだとは思っていましたが、まさかここまでだったとは。覚悟はできているのでしょ……」

「うるさい!」

 炎のブレスで使い魔を跡形も残さず消し飛ばしておいた。

 魔王城との距離から考えて、ないとは思うが、こいつに情報を渡そうものなら、最悪、勇者と戦っている間に邪魔が入る可能性がある。

 ならば、長く会話してボロが出る前に消し飛ばしてしまった方がいいだろう。

 消してやりたいほどイラついていたのも本当なのだから一石二鳥だ。

「……気分を害された。寝るか」

 思わぬ来訪者のせいで最悪にまで落ちた機嫌を直すべく、ドラグバーンはふて寝した。

 起きる頃にはこの嫌な気分を忘れ、純粋な気持ちで勇者達との戦いを楽しめるように。

 だが、深く物事を考えるのが苦手なドラグバーンは失念していた。

 あの性悪が、この程度で大人しく引き下がるわけがないということを。


                 


「まったく、あのバカが……!」

 魔王城の一室に、嫌いな同僚に使い魔を消し飛ばされ、いらちをあらわにしている人物がいた。

 ごうしゃな貴族風の装いをした、一見すると二十代ほどの人族の男に見える人物。

 しかし、彼はれっきとした魔王軍最精鋭の一角、『水』の四天王である。

「しかし、あの戦いのことしか頭にない脳筋蜥蜴があそこまで執着するとは。位置から察するに、狙いはエルフどもか? 共倒れにでもなってくれれば万々歳なのですが、さすがに望み薄ですかね」

 そんなことをつぶやきながら、男は消し飛ばされたのとは別の使い魔を何体かエルフの里に向かわせ、周辺を探らせる。

「ふむ。鬱陶しかった神樹が倒れている。独断専行とはいえ、一応の成果は出しているということですか。忌々しい」

 男はドラグバーンの戦果を確認してみする。

 一応、これで魔王軍が人類に対して更に優勢になったのだが、それを喜ぶ気配は欠片かけらもなかった。

 と、そこで男は思いつく。悪魔のような嫌がらせを。

「あの蜥蜴の目的はエルフとの戦闘。ならば、少し手助けしてやるとしましょうか」

 ニヤァと、男の口角がいやらしく上がった。

 手助けとはよく言ったものである。

 実際は、ドラグバーンに気持ち良く戦わせないための嫌がらせだというのに。

「使う駒は……あの上位竜どもにしておきましょうか。使い魔で打ち込める量では多少思考を誘導するのが精一杯とはいえ、単純な魔物を操るのなら、それで事足りる」

 それに奴がそれなりに愛着を持っているペットを害せるのだから一石二鳥。

 なに、これは命令違反の不忠者にまで慈悲をかけてやった善意の支援だ。

 怒られる筋合いはどこにもない。

「さて、あの脳筋蜥蜴に、頭を使うことの素晴らしさを少し教えてあげるとしましょう」

 そうして気配を隠した男の使い魔は、ドラグバーンの周囲で眠る四体の竜達に近づき、その体に何かを注入した。

 すぐに気づいた竜達によって使い魔は叩き潰されてしまったが、既にくさびを打ち込んだ以上、問題はない。

 すぐには効果が出ないだろうが、数日中には動き出すだろう。

 この男のてのひらの上で。


 かくして、エルフの里における勇者達と四天王の決戦のぶたは、無粋な来訪者の手によって、互いの望まぬ形で切られることとなる。