第六章 神の語る真実
エルフの里に来て三日目。
里の防衛を担う部隊の隊長達を交え、より具体的な対ドラグバーン戦に向けた会議をしていた時。
その
「し、失礼します!」
会議の途中で突如、血相を変えたエルフの一人が部屋に飛び込んできたことから全ては始まった。
「族長、緊急事態です!」
「……勇者様方との話し合いに割り込むほどの事態というわけですか。いったい何事です?」
エルトライトさんがそう問いかけると、エルフは慌てて状況を説明し始めた。
割と理解不能なことを。
「し、神樹に! 神樹に謎の変化が生じ始めました! 淡く発光し、周囲にいた者達の頭に直接『勇者をお呼びなさい』という謎の声が聞こえてきたとのことです!」
「……なんですって?」
エルトライトさんが
エル
長いこと神樹を見守ってきた彼らをして予想外の現象ということか。
だが、さすがはエルフ達の上に立つ族長親子と言うべきか、すぐに動揺を鎮めて行動を開始した。
「申し訳ありません。緊急事態につき、話し合いを中断させていただきます」
「ワシらは神樹の様子を見てくる。ステラ、できればお主も来てくれると助かるのじゃが……」
「わかりました。行きます」
エル婆の言葉にステラは即答し、席を立った。
俺もまた席を立ち、歩き出したステラの隣に並ぶ。
一緒に行かないという選択肢はない。
それはリンとブレイドも同じのようで、俺達は全員
そうして
しかし、報告にあった通り、神秘的な光の粒子のようなものを
とても切られた
『よくぞ来てくれました、勇者よ』
突然、頭の中に直接声が響く。やたら
ステラ達がビックリしたようにキョロキョロと辺りを見回す。
だが、俺は全く別の感覚を覚えていた。
なんだ、この感じは?
懐かしい、のか?
俺は、前にもこの声をどこかで……。
そんなことを思っているうちに、神樹を覆っていた光の粒子が集まり、俺達の前に淡く輝く一つの扉が現れた。
『さあ、お入りなさい』
見たこともないような魔法。
いや、魔法かどうかもわからない力。
それに驚きつつも、意を決した様子でエル婆とエルトライトさんが扉に向かっていった。
行かないという選択肢はないのだろう。
エルフにとって神樹は信仰対象。
その神樹に異常があったのなら、良い変化にしろ悪い変化にしろ、確かめようとするのは当然だ。
しかし、
「む?」
「これは……」
途中でその足がピタリと止まった。
どうしたんだ?
「見えない壁、ですかね?」
「そんな感じじゃな。優しく押し返されるような感覚がして、これ以上前に進めん。恐らく、呼ばれたステラ以外は入れんということじゃろう」
「は?」
つまり何か? こんな得体の知れない場所に、ステラ一人で行かせろと?
ふざけんな。
そんな思いで俺は扉に近づいた。
エル婆達のように拒絶されるかと思いきや……なんか普通にエル婆達が止められた場所を越えて、扉の前まで来られたぞ。
「ん?」
「おや? アー坊は行けるのか。うーむ、選定基準が謎じゃな。加護の有無か?」
その後、リンやブレイド、俺と同じく加護を持っていないエルフも扉に近づいてみたが、結局扉の前まで来られたのは俺とステラの二人だけだった。
ますます選定基準が謎だ。
勇者のお供、先着一名とかなのか?
いや、それならエル婆達が行けているはず。
不思議だが……まあ、ついていけるのであれば是非もない。
「……行くか」
「そうね」
「くれぐれも気をつけるのじゃぞ」
エル婆達に見送られ、俺達は神樹の扉をくぐる。
扉の中は、床も天井も壁も、全てが幹や
神樹の中、みたいな場所なのだろうか?
全体的に薄暗いが、神樹を覆っていたのと同じ光の粒子がそこかしこで舞ってるせいで、視界は確保されている。
そして、不思議と警戒心をあまり感じなかった。
そういう
それどころか妙な安心感すら覚えた。
なんだろうな。例えるなら、小さな子供が絶対の信頼を寄せている親の腕に抱かれてるような感覚というか。
いや、自分でもよくわからないんだが。
「不思議な場所ね。ただの道なのに、なんか加護持ちの人達から感じるのと似たオーラを感じるわ」
「そうなのか?」
つまり、あの声の主は加護に関わりのある人物ということか?
そんなの俺の知る限りでは一人しか思いつかないんだが……。
やがて、歩いているうちに行き止まりにまで辿り着いた。
そこには、一人の少女が立っていた。
見た目の年齢は俺達より少し上程度。

ステラよりも整った顔立ちをしている。
彼女の印象を一言で表すなら『白』だった。
白い肌、白い髪、白い衣服、瞳の色まで
まるで聖神教会が
それが俺が彼女に抱いたイメージだ。
だが、ステラは違う感覚を覚えたようで、
「加護の、塊……!?」
加護の塊ときたか。
加護持ちは同じ加護持ちを識別できる。
ステラ
そのオーラの大きさで、相手の持つ加護の強さもわかる。
普通の加護持ちと聖戦士では、纏うオーラに大きな差があるという話だ。
そして、この純白の少女は、世界最強の加護『勇者の加護』を持つステラをして加護の塊と言わしめた。
尋常な存在ではない。
だが、やはり不思議と危機感も不安も湧いてこなかった。
「ようこそ『勇者』ステラ。そして『救世主』アランよ」
純白の少女が口を開く。
どこかで聞き覚えがあるような、やたら綺麗な声で語りだす。
「私はこの世界の管理者。人類に加護を与え、魔族と戦う力を授けた、あなた方が『神』と呼ぶ存在です。どうぞ、よろしくお願いしますね」
そう言って、神を名乗る純白の少女は、俺達にペコリと頭を下げた。
「か、神様……?」
「はい。とはいえ、あなた方がイメージするような全知全能の存在ではありません。ただ、この星とそこに住まう知的生命の守護という役割を担っているだけの存在です。そのための力は持っていますが、それも制約によって大きく制限され、加護や聖剣といった力を人類に授けるのがやっとの無力な存在ですよ」
思わずといった様子のステラの
……本当に神様なのか?
いや、ステラが加護の塊とまで言ったんだ。
加護とは神に授けられた力だと聞いたことがある。
だったら、その大本である神様が加護の塊に見えるのは、ある意味当然の話なのかもしれない。
だとしたら、こいつはステラを勇者にした憎い相手の一人ってことに…………いや、やめよう。
ステラが隣にいる状況で、もしかしたら本当の神かもしれない存在を、最低でも加護の塊みたいな奴を、
元々、ステラが勇者に選ばれたのは運が悪かっただけのこと。
それに文句をつけるのは、天に唾吐くも同然の無意味な行為だと思ってたんだ。
それに、ステラを直接苦しめてるのは、あくまでも魔王。
神は人類の味方で、無理矢理ステラを戦わせてるというのなら、連行していったルベルトさん達も同罪だ。
そして、俺はルベルトさんのことは恨んでない。
よし、怒りは飲み込める。
だけど、
少女の視線が俺に向く。
聞きたいことがあるなら遠慮せずに話せと言われているような気がした。
……あなたは本当に神様なんですか、なんて聞いても意味はないな。
結局、俺が納得できなければ、どんな話をされても無駄なのだから。
だったら、とりあえず気になっていることを聞くのがいいか。
勇者の加護については……俺が
そうなると、今真っ先に問い
「俺のことを『救世主』と呼んだのは何故ですか?」
「言葉通りの意味ですよ。心当たりはあるはずです。何せ、あなたは一度魔王を倒し、この世界を救った張本人なのですから」
「ッ!?」
その言葉に、俺は過剰に反応した。
ステラもだ。この少女の言っていることは、それだけ俺達の根幹に関わる。
彼女の言う心当たりなんて一つしか思いつかない。
それは、全ての始まりとなった……。
「あんた、やっぱりあの夢のことを……!?」
「ああ、なるほど。あなたはあの出来事を夢として認識しているのですね。未来から送った魂と過去の魂が融合した結果でしょうか? それに私との会話の記憶も抜けている様子。やはり時に関する魔法は安全性に欠けますね」
自称神様……いや、もう神様でいいか。
神様はため息を
「あなたが夢として認識している出来事は、紛れもなく現実に起こったことですよ。アラン、あなたはかつて魔族に立ち向かうための力である加護もなしに、人類を滅ぼしかけ、この世界を支配する寸前までいった歴代最悪の魔王を倒しました」
神様は語る。
俺の夢はただの夢なんかではないのだと、ハッキリと断言する。
「これは計り知れないほどの快挙であり、私は報酬として、制約のギリギリを攻めてでも、あなたの願いを一つだけ
覚えていない。
だが、思い出せないだけで、記憶の片隅に引っ掛かるような感覚があった。
そして、俺が望むことなどわかり切ってる。
「あなたが私に願ったのは『ステラにもう一度会いたい』ということ。今度こそ彼女を守りたい。隣で支えてやりたいと心の底から願っていました。愛されていますね、ステラ」
「うぅ……」
滅茶苦茶優しい目で見られて、ステラは
リンやエル婆や母さんと違って、からかってる様子が一切ない純度一〇〇%の優しさに満ちた目だから、逆にもっと恥ずかしいんだろう。
いつもの俺なら一緒になって恥ずかしがってたかもしれないが……今の俺に、そんな余裕はない。
今までずっと、あの夢は最悪の予知夢か何かなんだと思ってた。
未来に起こる最悪の可能性を夢に見た。もしかしたら、これが俺の加護、もしくは加護の代わりに授かった力なのかもしれない。そんな風に思っていた。
だが、あの悪夢が夢じゃないのであれば、俺は……。
「そんなアランの願いを叶えるために、私は時の魔法を使ってアランの魂を過去へと送り込みました。本当はあなた達を生き返らせられればよかったのですが……」
そこで神様は苦笑した。
「大分前に消滅してしまったステラの魂を復元するのは、大海に解けた氷の痕跡を辿って成分を抽出し、もう一度固め直すほどに困難。できなくはありませんが、ステラの魂の
神様はまるで、自分の力不足を嘆くようにそんなことを言う。
スケールが違いすぎてわかりづらいが、多分この人は自分のしたことに納得がいっていないのだろう。
気持ちはわかるような気がした。
「世界を救ってくれたあなたに、こんな最悪の時代をもう一度送らせるというのは痛恨の極みでしたが」
いや、それは全然構わない。
どんな形であれ、もう一度ステラに会えて、今度はちゃんと隣で支えられてるというのは事実だ。
こんなチャンスを与えてくれたことに関しては感謝しかない。
感謝しかないが……。
「あのー……さっきからちょくちょく話に出てくる『制約』って何なんですか?」
ステラが神様に率直な質問をぶつける。
正直、それは俺も気になっていた。
「うーん、説明が難しいのですが……そうですね。例えるのなら、私にとって世界とは粘土細工のようなものなのです」
「ね、粘土細工?」
「はい。その気になれば好きに
「は、はぁ……」
ステラがわかったようなわかってないような間抜けな声を漏らした。
俺もスケールが大きすぎて
世界が粘土細工ってなんだ?
じゃあ、神様の正体はこの世界を粘土のように
「あれ? でもそうなると、時間を巻き戻すなんて滅茶苦茶な魔法、
「ええ、その通りです。時間を巻き戻すなんて、粘土細工全体を捏ねて、少し前と全く同じ形を再現しようとするようなもの。最も危険な行いの一つです。それに時を戻してしまえば、せっかく救われた世界もなかったことになってしまう。だから私は、時間を巻き戻したわけではないのですよ」
「時間を、巻き戻したわけじゃない……?」
その言葉を聞いて、俺の心臓が嫌な音を立てた。
「そう。そして、それを説明することこそが、私がこうしてあなた達を呼び寄せた最たる理由なのです」
神様の目が真剣さを増す。
対して俺は、まさか、そんなという思いが襲来し、呼吸が荒くなって、嫌な汗が出てきた。
俺の見た悪夢は夢じゃなかった。時間が巻き戻ったわけでもないらしい。
なら、前の世界はどうなったんだ?
いや、世界なんてどうでもいい。
前の世界のステラは、どうなったんだ……?
「私がしたのは、死して肉体から切り離され、消滅を待つばかりだったアランの魂を
「んん?」
ステラが首を
「これも説明が難しいのですが……例えるなら、川の流れのようなものですかね。川の流れと同じように、時間という概念の中にも『時の流れ』というものが存在すると考えてください」
「時の流れ……」
「ええ。私は川の先端にあったアランの魂という名の石を拾い上げ、上流へと投げました。すると、その石は川を一部
いや、なんとなく少しは理解できた。
特に俺にとって重要な部分については。
「既に水が流れた後で、変えようのない本流、か」
つまりは、そういうことなのだろう。
俺は最悪の未来を予知して事前に行動できているわけではなく、全てをやり直してステラを救えているわけでもなく、前の世界、正史の世界とやらのステラには何の罪滅ぼしもしてやれないまま、のうのうと今を生きているということだ。
「ッ!!」
深い深い悔恨と絶望が胸を焦がす。
食いしばった奥歯が砕ける音がした。
「……ステラ?」
そんな俺の
そこから温かい魔力が流れ込み、砕けて血を流した俺の奥歯を治癒する。
「なんで……」
「わかるわよ。アランが
そのまま、ステラは俺の頭を
……この前と立場が逆転した気分だ。
「アランは、その正史の世界とかいう方の私を助けられなかったのを後悔してるの?」
「……そうだ。俺が無責任に放った一言のせいで、お前は一人で勇者として旅立って死んだ。なのに俺は、お前が死ぬまでお前が苦しんでることにすら気づかず、追いかけようともしなかった。最低の男だ……」
「えいっ!」
「……何すんだ」
いきなり、ステラは俺の頬を両手で思いっきり挟んで寄せて、変顔にさせられた。
いや、本当に何すんだ。
「それ普通だからね! 勇者とか聖戦士と普通の人の違いを考えれば普通だから! アランは何も悪くないわ!」
「でも……」
「でもじゃないの! むしろ、それで責任感じて
「悪いか」
「うぇ!? そ、そこで素直に肯定するの……!?」
やさぐれた勢いで本心を口にしてみれば、一瞬ステラの動きが止まった。
ついでに俺の頬を挟んでいた手も離れた。
しかし、すぐに再起動して話しだす。
「と、とにかく! 前の世界の私だって、絶対にアランのこと恨んだりしないわ! だって、正史だろうと過去だろうと、私は私だもの! 私が大切な
「だが……」
「だがじゃないの! もし、どうしてもアランが罪滅ぼしとかしたいっていうなら、助けられなかった私の分まで今の私を助けて。幸せになれなかった私の分まで今の私を幸せにして。そして、アラン自身も幸せになって。死んじゃった私への罪滅ぼしなら、きっとそれが一番だから。きっと、それが一番喜ぶから」
ステラは大真面目な顔でそんなことを言う。
助けられなかったステラの分まで、今のステラを助ける。
幸せになれなかったステラの分まで、今のステラを幸せにする。
そして、俺自身が幸せになる。
それで、いいのか?
それで本当に、死んでしまったステラに報いることができるのか?
「……本当にそうだと思うか?」
「本人が言うんだから間違いないわよ!」
「……そうか」
俺は自分の目から涙が流れるのを感じながら、やっと少し笑えた顔でステラを抱き締めた。
ステラの体がビクッと震えたが、そのまま受け入れてくれる。
「ありがとな、ステラ」
情けない俺を慰めてくれたステラに、俺は精一杯のお礼を言った。
「これくらい当たり前よ。アランが私を支えてくれるように、私だってアランを支えてあげたいんだから」
「……そうか。ありがとう。もう大丈夫だ」
「うん」
なんとか精神を落ち着かせてステラから離れ、神様の方に向き直る。
俺の醜態を見せつけられた形になった神様は不機嫌そうになることもなく、むしろ慈しみの目で俺達を見ていた。
普通に恥ずかしい。
「なんというか、本当に愛し合っているのですね、あなた達は。それは素晴らしいことです」
「違いますから! そういうんじゃないですから! ……今はまだ」
「そんなあなた達に、これ以上の苦難を与えたくはないのですが……ここまで来た以上は、伝えないわけにもいきませんね」
ステラの言葉を思いっきり無視しながら、何か最後に小声でボソッと呟いてた言葉に
なんとも不穏な気配のする話を。
そして、案の定、
「今から私の言うことこそが本題です。……結論から言いましょう。今のままでは、この改変された過去の世界は消滅します。近い将来、正史の世界に上書きされることによって」
神様の放った言葉は、とんでもない爆弾発言だった。
「この世界が、消える……?」
呆然としながら、言われたことを
ちょっと待ってくれ。
たった今、過去を受け入れて、未来に希望を持ったばかりなんだが!?
「ええ。それが時を逆行する魔法の仕様です。一つの世界に二つの歴史。この異常な状態は決して長くは続きません。いずれ世界の自浄作用によって二つの歴史は統合され、再び一つの世界となります。どちらかの歴史が、もう一方の歴史を塗り潰すという形で。そして、その時に優先されるのは、基本的に正史の方の歴史です」
俺達は絶句した。
それが本当なら、俺達がどれだけ頑張ったところで意味はないってことじゃないのか?
たとえ俺達が死闘の果てに魔王を倒せたとしても、前の世界に上書きされて、全てが無になってしまうのだから。
だが、そんな俺達の絶望を覆すように、神様は更なる情報を口にする。
「しかし、何事にも例外というものはあります。今から私が教えるのは、この改変された歴史が逆に正史を塗り潰し、この世界を新たな正史とするための方法です。心して聞いてください」
絶望の後に伝えられた希望。
俺達は息を飲んで神様の言葉に耳を傾ける。
そして、神様は告げた。
ある意味、とてつもなくシンプルで、されど達成困難な解決法を。
「あなた達がしなければならないことはただ一つ。でき得る限り魔族による被害を抑えて魔王を討伐してください。それこそ正史の世界とは比べ物にならないくらい軽微な被害で魔王に圧勝するのです」
「魔王に、圧勝……」
「そうです。そうすれば、世界の生存本能のような力がこの歴史の存在価値を押し上げます。そこへ私が制約の範囲内の力で手を加えれば、無理なくこの歴史を新しい正史として世界に刻むことができるでしょう」
「…………」
それは何とも、言うは
俺は脳裏に、つい先日戦った化け物の姿を思い浮かべる。
四天王の一角、ドラグバーン。
神樹の影響により弱体化した状態で俺達全員と張り合ってみせた、正真正銘の怪物。
あれと同格の奴が、あと三体。
おまけに、英雄と同等の力を持つ魔族もわんさか。手駒にされた魔物もゴロゴロ。
そして何より、それら全てを
これを相手に圧勝しろと?
とてつもなくキツい戦いになりそうだ。それこそ今までの想定を
「……とても困難な道のりだとは理解しています。何せ、敵は正史の世界で、あなた達全員が命と引き換えにしてようやく倒した怪物達なのですから。無理強いはしません。この世界のことを
「ですが」と、神様は言葉を継ぐ。
「できることならば、どうかこの困難を乗り越えてほしい。
それは、とてつもなく大きくて、とんでもなく大変な無理難題。
だというのに、
「一度世界を救ってくれたあなた達に対して、もう一度こんなことを頼むのは筋違いでしょう。それでも、お願いします。無力な神からの頼みです」
「やります」
神様が最後まで言い切った瞬間、ステラはハッキリとした声で即答した。
迷いなく、
「やりますよ。たとえ、それがどんな困難なことでも。だって、それを成し遂げた先にしか私達の幸せはなさそうですから」
堂々とした顔で宣言するステラは、まさに勇者の称号に
努力を積み重ねて力を磨き、困難にぶち当たっても折れないという経験を経たステラは、確実に勇者として成長しているということだろう。
やはり、こいつが勇者に選ばれたのは必然なのかもしれない。
そんなステラを見て、仕方ないなという気持ちを小さなため息に乗せて吐き出し、俺もまた神様に向かって宣言した。
「ステラがやるなら俺もやります。こいつを守り抜くことが俺の誓いだ。今さらどんな困難が襲ってきたところで、それは変わらないですから」
「……二人とも、ありがとうございます」
そうして、神様は俺達に頭を下げた。
仮にも神を名乗る強大な存在が、人間風情に。
そこに彼女の、世界に対する確かな思いやりを見た気がした。
「ここまでのことをお願いしておいて、力を貸さないわけにはいきませんね。もう一つの本題を果たしましょう。ステラ、聖剣を出してください」
「え? あ、はい」
言われるがままに、ステラは聖剣を
神様は聖剣の剣身に手をかざした。
すると、この周囲に
「へ?」
「聖剣にこの神樹に残っていた残存エネルギーの
サラッととんでもない強化が実行された……!?
今の聖剣からはこれまでとは比較にならない、まさに伝説の武器に相応しい圧倒的な力を感じる。
時の魔法とやらのことは覚えていないので、なんか今初めてこの人が超常の存在なのだと、目に見える形で実感した気分だ。
「……この程度の支援が精一杯ですみません。できることならあなた達の加護をもっと強化したり、アランに加護を授けたりもしたかったんですがね」
これだけのことをしてくれたにもかかわらず、神様が申し訳なさそうな顔で
……加護といえば、まだ聞いてないことがあったな。
「これだけは聞いておきたいんですけど、なんで勇者の加護を授けたのがステラだったんですか? というか、加護を授ける相手の基準ってどうなってるんですか?」
ついでに、俺が長年疑問に思っていたことも聞いておく。
夢の中、じゃなくて前の世界の話だが、自分に加護があればと嘆いた回数は数え切れない。
それこそ、最強殺しの剣を思いつくまでは、己の無力さとこの世の理不尽さに
今だって、くれるなら加護でも何でも
ステラを守るためには、力なんていくらあっても足りないのだから。
それが無理だというのなら、せめて理由くらいは聞かせてほしい。
「加護とは、私が制約に触れない範囲で人類を支援できる数少ない手段であり、その正体は神の力による超強力な強化魔法です」
強化魔法。
加護も分類上は魔法なのか。
まあ、神の基準と人の基準は違うのかもしれないが。
「しかし、私からすれば僅かな力とはいえ、神の力を受け入れるには受け手側にもそれ相応の資質が──
え、何それ怖い。
「その二つを合わせ持って生まれてくるのが、大体千人に一人というわけです。もちろん、より強力な聖戦士の加護を受け入れられる逸材は更に少なく、最上位の勇者の加護ともなれば世界に一人いるかどうか。その一人が運悪くステラだったのですよ」
……そういう感じだったのか。
「更に運の悪いことに、アランには加護を受け入れられるだけの資質がありませんでした。あったらとっくに与えています。というか、できることなら全人類に与えています」
……つまり結局のところ結論は同じで、俺には才能がなくて、逆にステラは運悪く才能の塊だったってわけだ。
話を聞いてみれば、こればっかりは本当に運としか言いようがないな……。
誰だって生まれる体は選べない。至極当たり前の話だ。
神様に対して心の奥で
当たり前の平穏な日常を送れるのは、決して当たり前のことじゃない。それを守るために誰かが頑張ってる。その中で一番頑張らなければならない勇者という名の貧乏クジを、本当にたまたまステラが引いてしまっただけ。
そう思えば、神様への怒りが完全に消えた。
むしろ、貧乏クジでもなんでも、魔王軍という理不尽な存在に対抗できるだけの力をくれたことに感謝するべきなんだろう。恨むなんて筋違い、だな。
「まあ、アランが加護を持っていなかったことも、今回に限っては一概に運が悪かったとも言えないのですがね。おかげで時を逆行する魔法に耐えられたのですから」
「ん? それはどういう……」
「あなたの魂を過去の世界に投げ入れる時にもまた私は神の力を使いました。そして、加護持ちというのは既に魂と肉体に許容範囲ギリギリの神の力を注ぎ込まれている者達のことです。彼らにアランにしたのと同じことをすれば、過剰注入でボンッてことになりかねません。そういう意味では不幸中の幸いでしたね」
わ、笑えねぇ。
「……しかし、この程度の支援しかできないことが本当に口惜しいですよ。存分に力を振るえるのなら、あの
神様の声に、堪えきれないほどの怒りがこもる。
燃え上がる憤怒と、ドロドロの
下手したら復讐のみに
……魔族。約百年に一度、魔界から襲来する人類の敵か。
「そもそも、魔族って何なんですか?」
気づけば、そんなことを問いかけていた。
小さい頃からただ人類の敵だと教えられ、戦いの余波でおばさんを殺し、故郷にまで襲来してきて、一度は大事な幼馴染すら殺した憎い憎い存在。
加護の仕掛けという、神に聞かなければわからないような謎が解けたせいだろうか。
俺は唐突に、災害か何かのように思っていた奴らの正体を知りたくなった。
「奴らは一言で言えば、『魔界』という外の世界からやってくる外来種の害虫です。私が管理する世界の外からやってきては、私の愛する世界を欲望のままに食い荒らそうとする。
「害虫」
的確な言葉ではあるな。
「恐らくは、魔界の神が他世界への侵攻をよしとするロクデナシなんでしょう。神同士が戦う場合、己の管理領域にいる方が絶対有利ですから、代わりに自分の世界の住人を
……確かに。
人間を餌としか思ってなかった、カマキリ魔族。
英雄達の死体を
どっちも、とんでもないクソ野郎だった。
俺が見てきた他の魔族だって似たようなもんだ。
相対的にドラグバーンがマシに見えてしまう。
まあ、あいつもあいつで自分の欲望のために、自分勝手な理由で人様の命と平穏を奪おうとするロクデナシには違いないんだが。
「むろん、私も魔界からの干渉を遮るように妨害してはいるのですが、何せずっと攻められているので、どうしても百年に一度くらいは守りの魔法が
それが魔界の門が百年に一度開くことの真相か。
……神様は本当にずっと俺達を守ってくれていたんだな。
恨むどころか、拝んどいた方がいいだろうか?
そんなことを思っていたら、神様の顔が更に忌々しそうに歪んだ。
「……そうやって繰り返されてきた魔族との戦争の歴史の中でも、今回の魔王は歴代最悪と断言できます。正史の世界では人類の七割を
脳裏に一度だけ相まみえた奴の姿が
怪物、か。
その通りすぎて笑えてくるな。
「暴虐の化身のようだった先代魔王も厄介でしたが、単騎で暴れ回るだけだった先代よりも、明確な戦略と悪意をもって配下を動かし、確実に人類を滅ぼそうとする当代魔王の脅威は筆舌に尽くしがたい」
一見
だが、本質はそうじゃない。
何よりも恐ろしいのは、なりふり構わず何がなんでもという姿勢で俺達を倒しにくる、その意志だ。
「そんな怪物が先代魔王によって弱ったところに襲来したのですから、これは人類史上最悪の厄災と言っても過言ではないでしょう。世界にとって最大の異物にして病巣である魔王が生きている限り、危険を覚悟で時の魔法のような大規模な干渉を行うこともできませんし」
「けれど」と神様は続ける。
「あなた達ならば、この
神様がそう言った直後、俺達の後ろの方から光が溢れ、扉が開くような音が聞こえた。
「私の話はこれで終わりです。さあ、行ってください。あなた達の未来に幸多からんことを」
手を組み、祈るような仕草でそう言った後……神様の姿は、淡い光の粒子となって消えた。
……どうやら、これで本当に話は終わりのようだ。
なんだかんだで、得るものの多い会話だったな。
夢の真相、世界を変える方法、加護や魔族の正体。
知識だけじゃなく、聖剣の強化という明確な支援もしてくれた。
本当に、得るものは多かった。
「行くか」
「うん」
そんな神様がいた場所を離れ、俺達は元来た道を引き返す。
「大変なことになっちゃったわね」
「そうだな。あんな
「全然!」
「そうか」
強くなったな。
なら、これが本当に最後の最終確認だ。
「それでも、俺はお前が勇者の責務に耐えられなくなったら逃げてもいいと思ってる。神様の言った通り、世界が消えるまでの間だけでも平穏に暮らす。そういうのも別に悪くはないだろう」
「アラン、それは……」
「わかってる。最後に一度言ってみただけだ。そんな生活にお前の幸せはないんだと、さっき改めてハッキリとわかった」
俺は立ち止まり、ステラの目を強く見ながら言う。
「だから、改めて言おう。俺は必ず最後までお前を守り抜く。お前の隣で最後の最後まで支え続ける。お前を絶対に幸せにする。だから、──やってやろうぜ。神様の言う通り、魔王に圧勝してやろう。前の世界で一度は倒した相手だ。俺達ならやれる」
俺はステラに拳を突き出した。
ステラは前半の言葉で顔を赤くした後、ステラらしい勝ち気な笑みを浮かべて俺の拳に拳を合わせてくる。
また力加減を微妙にミスったみたいで痛かったが、今だけは強がって耐えた。
「ええ! せいぜい足引っ張らないでよね!」
「ふっ、誰にものを言ってるんだ?
「最近はずっと引き分けでしょうが! っていうか、あんたの剣はしぶとすぎるのよ!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
そんな会話をしながら歩みを再開する。
そして、出口である最初にくぐった扉が見えてきた頃に、
『あ、そういえば、二つほど言い忘れていたことがありました』
唐突に、神様の声が再び聞こえてきた。
……せっかく、あんな神秘的な立ち去り方をしたのに、今ので台無しだぞ。
しかも言い忘れとか、この神様もしや、結構おっちょこちょいなのでは?
「なんですか?」
『この神樹はまだ普通に生きているので、治癒魔法でもかけ続けていれば十年くらいで元に戻ると、エルフの皆に伝えてほしいのです』
「わかりました。というか、神樹もしぶといですね」
『まあ、この樹は人類の安全地帯を作ろうとして、広範囲をカバーできそうな色んなものに破魔の力を宿らせようとした時の唯一の成功作ですからね。折られるのもこれが初めてではありませんし』
初めてじゃないのか。
まあ、とりあえず、エルトライトさんあたりが聞いたら歓喜しそうな朗報だな。
「二つ目は?」
『この神樹の特殊空間は、少し無理をして、訪れる人数を絞って、それでギリギリ意識のみとはいえ、私が世界に顕現することができる大変特殊な空間です。なので、ここの時空は少し歪んでおり、外界とはほんの僅かに時の流れが違っています』
……ん?
いや、ちょっと待て。
それって、まさか……!?
『外界と比べて時の流れが早かったり遅かったりするので、出たら数日
「「それを早く言え(言いなさいよ)!」」
最後の最後に、俺達は思わず敬語を忘れてしまった。
盛大なツッコミを入れながら扉にダッシュする。
冗談じゃない! ドラグバーンがいつ攻めてくるかわからない状況で、数日留守にするとか自殺行為だぞ!?
『心配しなくても、神樹の加護の残滓の効果はまだ持続していますよ。奴が攻めてくるのはもう少し先のはずで…………あ』
なんだ、その最後の「あ」は!?
嫌な予感がする!
そうして扉までの僅かな距離を全力で走破した俺達は、外に出た瞬間絶句した。
里に巨大な結界が張られ、その結界の外側から強烈な魔法攻撃が加えられていたのだ。
魔法と結界がぶつかった
戦いは既に始まっていた。
そして、俺は思った。心の底から思った。
あの神様、やっぱりおっちょこちょいじゃねぇかッ!