第五章 対策会議と鍛錬の時間


 エルトライトさんが取り乱してから二時間後。

 ようやく色々と落ち着いたのか、もう一度族長の家に集合してほしいというエルばあの伝言をエルフの一人が持ってきた。

 それに従って俺達は再集合。

 となれば当然、ステラとも顔を合わせるわけで……真っ赤になって顔を背けられてしまった。

 俺もつい目をらしてしまう。

 くそっ……顔が熱い。

 リンとエル婆の「おやおや、まあまあ」みたいな目が心底うっとうしい。

「コホン。先ほどは取り乱してしまい、大変失礼しました。こうして改めて集まっていただいたこと、心より感謝します」

 そんな状態にツッコミを入れることなく、せきばらい一つで流れを変えてくれたエルトライトさんに感謝だ。

 ありがとう。あなたこそが真の大人だ。

 そこでニヤニヤしてるエセ年長者とは違って。

 この調子で、マザロリコンというイメージを、できる大人のイメージでもう一度塗り替えてほしい。

「さて、まずは現状の戦力と被害状況についてお話ししましょう。あの四天王との戦いによる戦死者は八人。神樹の下敷きになった者達を含めればもっと増えるでしょうが、そう極端に増えることはないでしょう。エルフはそこまで弱くない」

「八人……!?

 思わずきょうがくの声が出た。

 あの化け物相手に戦死者一桁だと!?

 信じられん。エルフ強すぎだろ。

「あれを相手に、よくぞそこまで被害を抑えたのう。偉いぞ、エルトライト」

「母上、もう慰めは結構です。それに人的被害が少なかったのは敵の戦術のおかげですよ。奴は竜の群れを盾に時間をかけて魔力を練り込み、極大のブレスを神樹に向けて放ち、少しずつ神樹を削っては撤退するという戦法を繰り返していました。奴の狙いはあくまでも神樹であり、我らのことは後回しにされていた。それだけの話です」

 ああ、そういう感じだったのか。

 いくらドラグバーンとはいえ、神樹の加護による弱体化の影響をもろに受けた状態で突撃はしなかったってことだな。

 それをしたら負けると思ったから……いや、単純にフルパワーで暴れられないのが不満だっただけか。

 俺達との戦いで撤退を決めたのも、そんな感じの理由だったみたいだし。

 少しの間しか接していないが、あの魔族の性格はわかりやすい。

 あれは完全な闘争本能の化身だ。戦うことしか頭にないと見た。

「とにかく、神樹こそ折られましたが、我らの戦力は十二分に残っています。加えて勇者様方も駆けつけてくださった。対して向こうの手駒である竜どもはほぼ壊滅。仮に温存してある戦力があるとしても、そう多くはないでしょう。奴が再び攻めてきた場合、勝算は充分にあると考えます。ですが問題は……」

「敵がドラグバーンだけではなくなった場合じゃな」

 む?

「ああ、なるほどね」

「そういうことですか」

「ん? どういうことだ?」

 エルフ親子の言葉に、ステラとリンは納得したようにうなずき、ブレイドは首をかしげた。

 俺も一瞬わからなかったが、すぐにエル婆から聞いた話を思い出して納得する。

「なぁに、簡単な話じゃよ、ブレ坊。迎撃態勢万全の勇者に、手勢のいなくなった四天王を単騎でぶつける。そんな愚策にもほどがある作戦を、あの慎重な魔王が許すとは思えないという話よ」

 そう。エル婆から聞かされた当代魔王の性格は、慎重にしてこうかつ

 回りくどくても確実にという手口でこれまで人類を攻めていたはず。

 ドラグバーンのやってることは、そんな魔王の方針とは真逆だ。

 だからこそ、魔王がドラグバーンのやり方に待ったをかける可能性は高い。

「ああ、そういうことか」

 それでブレイドも納得したのか、深々と頷いている。

 ……ドラグバーンの言動に当てられて、一瞬そんなこともわからなくなってた俺が言えたことじゃないかもしれないが、ブレイドは結構脳筋のがあるよな。

 これが悪い方に働かなければいいんだが。

「普通に考えれば、奴にとっての最善手は魔王に向けて連絡を飛ばし、勇者を確実に倒せるだけの軍勢、それこそ残りの四天王全員を動員するような大軍勢を動かし、それと共に攻めてくることじゃろう。しかし、交戦した時に垣間見えた奴の性格から考えると、神樹の加護のざんが消えた瞬間に、単騎で突っ込んでくるという可能性も大いにあり得る」

 まあ、そうだろうな。

 ドラグバーンの性格や魔族の協調性のなさを考えたら、何も考えずに突っ込んでくると思う。

 だが、もし魔王が想像以上にくドラグバーンの手綱を握っていた場合。

 こっちの読みが外れて大軍勢が来れば詰みだ。

 難しい二択だな。

「じゃがまあ、対策は立ててあるから安心せい」

「はい。四天王襲来という事態に陥った時点で、それに対する策は用意しています。その策は勇者様方の出立前にはシリウス王国と共有済みです。現在、かの国では『剣聖』ルベルト殿を筆頭に、決戦用の部隊が編成されていることでしょう。魔王軍が軍勢を動かすのであれば時間がかかる。そうなれば、こちらの援軍の到着も充分に決戦に間に合うはずです」

 そこまで考えられてたのか。

 エルトライトさんの語った作戦は、一戦闘員でしかない俺が関与できるような話じゃなかった。

 エルフの里にもシリウス王国にも、戦略を考える担当の頭の良い人達がちゃんといるということだ。

 人類だってバカじゃない。

 このくらいは備えていて当然ということだろう。

「まあ、決戦など起こらぬに越したことはないんじゃがのう。できることなら相応の大打撃を受ける決戦ではなく、四天王はこちらの消耗を抑えた上で一人ずつ倒していきたい」

 そりゃそうだ。

「ドラグバーン自身が戦場で語っておった通り、奴が魔王の命令を無視して独断専行しておるというパターンが一番助かる。その場合はこちらの援軍も到着が間に合わんじゃろうが、他の四天王まで出てくるよりははるかにマシじゃ」

 その通りだな。

 とりあえず、ドラグバーンが後先考えずに、自分の欲望を優先してくれるように願っておくか。

 だがもし願いがかなったとしても、それはそれで大変な戦いになること間違いなしなのだから、世は無情だ。

「では次に、奴が単独で即座に再戦を挑んできた場合の対策を話しておきましょう」

 そうして、エルトライトさんは既に決まっているエルフの作戦を説明し、俺達をその作戦にどう組み込むかについて話し合った。

 これには実際に奴と真っ向から戦った俺達の意見が重要視される。

 どういう状況に持ち込めば勝てそうなのか。

 弱体化が解けたドラグバーンの力が想定以上だったらどうする。

 そういう話し合いを繰り返して、ひとまず会議は終わった。


 ドラグバーンとの戦いもあったし、長旅の疲れもまってるだろうってことでその日はもう休ませてもらった。

 眠ってバッチリ疲れを取って、キスの余韻もどうにか乗り越えた翌日。

 俺達はエルフの里の開けた場所で、ドラグバーンとの再戦に向けた鍛錬をしていた。

 道中は急いでたせいで、あまり本腰を入れてできなかったからな。

 できたのは急ごしらえの連携訓練くらいだ。

 それと、空き時間を使ったステラとの五年ぶりの勝負。

 それくらいしかできなかったからこそ、目的地に到着した今、神樹の加護の残滓が消えるまでの間だけでも気合い入れて鍛えようと思ったんだが……。

「『りゅうじん』!」

「ぐはぁ───!?

 俺は今、最も息を合わせる必要のあるもう一人の前衛担当、ブレイドの正確な強さを知るために模擬戦を行い、そして困惑していた。

 困惑してるのか?

 それはブレイドが弱いからだ。

 簡単にボコボコにできるくらい弱いからだ。

 いや、総合的に見れば決して弱くはないんだろうが、俺にとっては相性が良すぎる。

 ブレイドは大剣を使ってることからもわかる通り、ゴリゴリのパワータイプだ。

 同じ剣聖であるルベルトさんと比べても圧倒的なパワーを持っている。

 そのパワーでガンガン攻めてくるスタイルなんだが、相手の力が強ければ強いほど強烈なカウンターを放てる俺の剣技にとってそういうのは最高のカモだ。

 結果、ブレイドは連敗に次ぐ連敗。

 ステラとブレイドの模擬戦もやったが、そっちの戦績もブレイドの全敗だ。

 その、なんというか……。

「お前、本当にルベルトさんに勝ったのか?」

「勝ったわ!」

 などと供述してるが、正直あまり信じられない。

 だって、どう考えてもルベルトさんの方がごわかった。

 思わず「本当か?」って感じの視線をステラに向けてしまったほどだ。

「本当よ。一応ね。パワーとスタミナでゴリ押したって感じだったけど」

「ゴリ押し……」

 そんなんで、あのルベルトさんが倒せるのか?

 いや、でも別にブレイドもパワーだけってわけじゃない。

 ステラやルベルトさんに比べれば見劣りするが、技量だってちゃんと聖戦士の平均くらいはあるのだ。

 センス任せの粗削りの剣技って感じではあるが、恵まれた体格のおかげで他の聖戦士を上回る怪力を持ってることを加味すれば、ブレイドの総合能力は間違いなく聖戦士の中でも上位のはず。

 なのに何故、こんなに弱く感じるのか……。

「ああ、そうか。ブレイド、お前の剣は格下相手に特化しすぎてるんだな」

「は!?

 ブレイドの戦闘スタイルは、基本的にガンガン攻めて、守りに入る時は、敵の攻撃を大剣やよろいに守られた腕を盾にして受け止めるって感じのものだ。

 大剣という重量級武器の一撃を防ぎ切れない相手や、ブレイドのガードを突破できない相手からすれば付け入るすきのない強敵に見える。

 反面、ステラみたいなブレイド以上の身体能力を持っている相手には弱い。

 ブレイドの攻撃は普通に受け止められ、ガードしてもガードの上から押しつぶされるからだ。

 俺については、粗削りな攻撃じゃ通じない上に、身体能力任せの防御をすり抜けてくるから相性が悪いんだろう。

 ルベルトさんの場合は……もうご高齢だし、ステラの言う通りパワーとスタミナに任せて押し切った感じか?

 ブレイドの攻撃は全部受け流されると思うが、老人であるルベルトさんの筋力でブレイドを崩すのも難しそうだしな。

 持久戦になれば案外いけるのかもしれない。

 そんな感じの考察をブレイド本人と、ついでに周りで聞いてた仲間達に話した後、俺はブレイドの剣技を一言でまとめた。

「さしずめ、俺の最強殺しの剣と対を成す、『格下殺しの剣』ってところか」

「おお、そう聞くとなんかカッコ良い感じに聞こえないこともないわね」

「実際は格下しか相手にできぬとディスられておるのじゃがな」

「うぐっ!?

「やめてください! ブレイド様をこれ以上イジメないで!」

 リンがブレイドの前で両手を広げてかばうような体勢を取った。

 それ、逆にブレイドの傷口えぐってないか?

「まあ、格下殺しうんぬんはさて置いて、これドラグバーンに通用するのか……?」

「お前、さっきからひどくね!?

 いやだって、奴はどう考えてもお前の天敵だぞ。

 ブレイドが苦手とする自分以上の身体能力を持つ相手って条件を、これ以上ないほど満たしてる相手だ。

 下手したら何もできずに死ぬぞ。

「防御は俺達が受け持って、攻撃だけに専念すればなんとか……。いや、それだとフォローできなかった時が怖すぎるな……」

「なら、アー坊の剣を教えるのはどうじゃ? ワシは剣術にはあまり詳しくないから素人考えじゃが、あの受け流しの技を覚えるだけでも大分変わると思うぞ?」

「いや、それはやめといた方がいいだろう。俺の剣は力が弱いこと前提の剣技だからな。非力でもどうにか魔族と戦えるように頭をひねって編み出した技だ。力の強いブレイドには合わない」

 本人の資質に合ったスタイルってのは大事だ。

 俺がステラやブレイドのスタイルを真似たところでどうにもならないように、ステラやブレイドが俺のスタイルを真似てもどうにもならない。

 エル婆が言った『わいきょく』にしても、あれは力の流れにそっと触れて、最小限の動作で攻撃の軌道を逸らす技。

 勇者や聖戦士の怪力と『歪曲』のソフトタッチとは、どう考えてもミスマッチだ。

 最小限の動きにしても、大きく動いて間に合うだけの速さがあるなら、もっと効率的な方法はいくらでもある。

 例えるなら、『歪曲』は軽くて強いが繊細でもろい武器。

 非力な奴はそういう武器を使うしかないが、力の強い奴なら重くても丈夫な武器を使った方が安定して強い。それと似たような話だ。

 『歪曲』を加護持ちが使って強くなるとしたら、聖戦士ではなく通常の加護持ちが自分に合わせてカスタマイズした場合くらいだろう。

 俺は加護持ち達の感覚を知らないから、どうカスタマイズすればいいのかはわからんが。

「頭を捻って編み出した、か。そういえば、アー坊がどうやってそんなデタラメな剣技を習得したのかには興味あるのう」

「あ、それは私も興味あるわ! 昔は『流刃』しか使ってこなかったから、他の技の説明とかピンとこなくてあんまり聞かなかったし」

「俺も興味あるなぁ! 俺のことをボロクソに言ってくれたお前の技にはよぉ!」

「ブレイド様……。アランくん、話してくれませんか?」

「いや、別に構わないが、そんな参考になる話でもないぞ?」

 ゼロから編み出す過程なんて非効率極まりない修行しかできなかったし、加護持ちとは身体能力から何から前提条件が違いすぎる。

 でもまあ、そろそろ休憩を挟もうと思ってた頃だ。

 ドラグバーンが不意討ちで攻めてきた時に疲れてましたじゃ洒落しゃれにならないからな。

 休憩時間の暇潰しの話としてはちょうどいいか。

「まず最初は一の太刀の話だな。あれを思いついたキッカケは、迷宮で出会った足が一本しかない壊れかけのゴーレムだった。で、そいつが目障りだったのかなんなのか、迷宮の中でも屈指の強さを持つ魔物がそのゴーレムに襲いかかったんだ。どうなったと思う?」

「普通に考えればゴーレムが大破して終わりじゃな」

「ゴーレムってよえぇからな」

「たまに変に強いゴーレムもいますけどね」

 三人は奇をてらうことなく一般論を口にした。

 だからってわけじゃないが、俺も変にもったいぶらずに答えを口にする。

「正解はゴーレムのパンチが相手の魔物の首をへし折った、だ。見た時は驚いたぞ。その魔物は魔族の半分くらいの力を持ってる強獣だったし、ゴーレムは別に強くもなんともない普通のゴーレムだったからな」

「ほほう。それはまた」

「そのゴーレムはアランくんみたいに中身が変種だったんですかね?」

「誰の中身が変種だ」

 人を面白生物みたいに言いやがって。

「それで、そのゴーレムはどうやってその魔物を倒したの?」

「まあ、一言で言えば偶然だな。ゴーレムが右拳を突き出す直前に、たまたま相手の魔物の攻撃が左半身に直撃して、一本だけの足を軸にして体が回転。結果的に回転力が拳の威力を跳ね上げて、魔物を一撃KOだ」

「それって……」

「ああ。俺はその動きから『流刃』を思いついた」

 相手の攻撃を回転力に変え、回転力を攻撃力に変換する一の太刀の誕生だ。

 もちろん、完成までには多大な苦労があった。

 ダメージを受けずに受け流す方法。体に最も負担のかからない回り方。反動の軽減方法。

 他にも余った勢いの殺し方や有効活用の仕方や、どれだけ負担を減らしても最低限は襲われてしまう目が回る感覚にゲロ吐きながら体を慣らしていく作業など、色々と問題はあったが、最終的に全て乗り越えて『流刃』は完成したのだ。

「そうして俺は『流刃』を武器に魔族に戦いを挑んで倒した。この技は確かに魔族にも通じるんだって知って興奮したのを覚えてる。だが、その戦いは接戦で、勝ったはいいが全身ボロボロだった。魔王でも四天王でも上位魔族でもない普通の魔族相手の戦いでだ。問題点も多々あったし、『流刃』だけじゃ魔王には届かないと思った」

 連撃を受け流し切れずに骨がヒビ割れ、避けることもできなかった攻撃で足がはじけ飛んだ。

 それだけで済んだのは幸運だ。

 頭か胴体に直撃を食らってれば、間違いなく死んでいた。

「その戦いで一番足りないと感じたのは、『流刃』で受け流せない攻撃への対処法だ。特に速すぎる攻撃や手数の多い攻撃。それをどうにかできる手段を欲して『歪曲』が生まれた」

「あれ? 『歪曲』には何かエピソードとかないの?」

「ないぞ。強烈な攻撃の受け流し方は『流刃』の修行で身についてたからな。それを回転や反撃と切り離して個別に鍛えただけだ。速すぎる攻撃に間に合うように、よりわずかな動作と僅かな力で受け流せるようにひたすら磨いて効率化した。それが『歪曲』だ」

 まあ、言うはやすし行うは難しだったが。

 究極の受け流しを求めて、あらゆる敵に挑んでは攻撃を食らい続ける日々。

 骨折以下のをしない日は一日としてなかった。

 回復薬を使いすぎて依存症になるかと思ったレベルだ。

「とはいえ、『歪曲』は俺の速度や筋力に合わせて効率化しすぎた。ブレイドの怪力には合わないだろう」

 さっきも言ったことをもう一度強調してから、次の技の話に移る。

「そして、次に問題になったのが広範囲攻撃への対処。これは本当に苦労した。そういう攻撃手段を持ってそうな奴を敬遠してたくらいだ」

 あの頃は本気で頭を抱えたな。

 『流刃』を思いつく前と同じか、それ以上に悩んだかもしれない。

「もう徹底的に接近戦を仕掛けて、撃たせる暇を与えないか、撃たせないように思考を誘導して戦うしかないと思ってたんだが……ある時、遠くで戦ってた竜のブレスの余波を食らって死にかけてな。あまりにあっさりやられたもんだから、こんなわかりやすい弱点を抱えたままじゃ先がないと思った」

 今までの努力を自分に向けられたわけでもない攻撃の余波だけで粉砕されて、黒焦げになりながらわからされたあの時のことは忘れない。

「その思いが、俺に三の太刀『きりばらい』の習得を急がせた」

「あの技ね。正直、前の二つに比べても滅茶苦茶な技だと思ったわ」

「まったくじゃ。あれはワシら魔法使いにとって天敵のような技じゃぞ。どうやって覚えたんじゃ?」

「滝行だ」

「「「滝行!?」」」

 予想外だったのか、ステラ、リン、ブレイドの三人がそろって驚愕の声を上げた。

「もちろん滝行をやる前に、『流刃』を思いついた時みたいなキッカケはあったがな。俺が余波で死にかけた竜のブレスを斬って、その竜を討伐してた加護持ちの旅人がいたから、まずはその人に教えを請うたんだ」

「あれ? 人に教えてもらうなんて、なんか普通ね」

「普通だな」

「普通ですね」

「普通じゃな」

「俺が普通のことしちゃ悪いのか」

 確かに最強殺しの剣は普通じゃない挙動が多いが、全ての基礎は最初に習った普通の剣だ。

 夢の世界でステラが旅立った後、勇者の故郷を守るために派遣されてきた加護持ちの騎士に習った普通のな。

 だから何もおかしな話じゃないだろうに。

「で、その旅人の剣士は教えてくれた。ブレスなんかの広範囲の魔法攻撃には魔力の濃い場所と薄い場所があって、最も魔力が薄いほころびのような場所を斬れば簡単に霧散させられると」

 あれは俺一人じゃわからなかっただろう。

 その発見を得るために広範囲攻撃の前に身をさらせば、その瞬間に死ぬのだから。

「一ヶ月くらい旅に同行させてもらって、何度も何度も手本を見せてもらって、それでどうにか取っ掛かりをつかんだ感じだ。その後、たまたま滝を見つけて、それが広範囲攻撃に似てたから、滝を練習台にして技を完成させた。『斬払い』って技の名前は、その人から受け継いだものだ」

 懐かしい。

 今頃元気だろうか、あの人は。

 夢の世界じゃ多分死んだんだと思うが、この世界ではどうか元気にしててほしい。

「え、ちょっと待って。それほとんど教わったことをそのまま覚えたってことじゃない!? あの技ってアランのオリジナルじゃなかったの!?

「そうなる」

「マジかよ!? お前以外にあんなおかしい技を思いつける奴がいたのか!?

「驚愕の事実ですよ!!

「お前らな」

 別に俺が唯一無二の存在ってわけじゃないんだから当たり前だろ。

 多分、俺以前にも加護の差を覆そうとした人はいたはずだ。

 俺と同じく無才の身で魔族に立ち向かおうとした者。あるいは通常の加護持ちで魔王や四天王クラスを倒そうとした者。

 ただし、自分より圧倒的に強い奴を倒そうとして挑みかかれば死ぬ確率も半端じゃない。

 先駆者達は何かを掴む前に死ぬか、掴めても後世に残す前に死んでしまったんだろう。

 俺が今こうしてるのは奇跡のたまものだ。

 だが、俺という例があるなら、運が良ければ他の格上殺しの技を持つ人と偶然出会う可能性だって当然ある。

「ふーむ。アー坊よ、その旅人とやら、勧誘できんか?」

「無理だろうな。名前すら教えてくれなかったし」

 一ヶ月間、自分の旅のついでに最低限のことを教えて、俺が本格的に斬払いの練習を始めたら付き合うことなく去ってしまった。その程度の関係だ。

 当時の俺とそっくりな魔族への憎悪に染まった目をしてたし、俺と別れた後は魔王にでも挑んで死んでしまったんだろう。

 ……もし当時の俺がもっと強ければ。そこらの魔族に苦戦するような雑魚じゃなければ。一緒に魔王と戦う仲間になっていたのかもしれない。

 本人いわく、俺に技を教えたのは、少しでも強くなって魔族を一体でも倒してくれればもうけものっていう、ダメ元の僅かな期待だったらしいからな。

 ダメ元じゃなく、もっとちゃんと期待させられていれば。

 そう思うと残念だ。

 まあ、しょせんは夢の世界での話だし、今ならもしかしたらどこかで普通に出会って仲間にできるかもしれないが。

 ああ、いや、その人は見た目は俺より若干歳下だったし、出会ったのは俺がそこそことしを取ってからだったから、今は多分子供だろう。

 強くなった後のあの人と出会えるとしたら、魔王との戦いが十年単位で長期化してしまった場合だけだ。

 むしろ、出会わない方がお互いにとって幸せなのかもな。

「そうか。さすがに、そう上手くはいかんか。話の腰を折ってすまなかったのう。続きを頼む」

「わかった」

 少ししんみりとしてしまった感傷を振り払って、俺は話を続けた。

「次の四の太刀『黒月』は簡単だ。この時期にこくてんまるを手に入れたってだけだからな。元々使ってた急所狙いのけんせい技に黒天丸による遠距離攻撃を加えたら、なんか割と魔族に通用する感じになったから、四番目の必殺剣に認定した」

「うわ、適当」

「三の太刀のエピソードと大違いですね」

「うるせぇ」

 別にいいだろ適当だって。

 大切なのは使えるか使えないかなんだよ。

「まあ、この技にも『斬払い』を教えてくれた人の技術を取り込んで昇華させたんだけどな。あの人は『斬払い』を盾に、急所を両断する技を剣にして、上位竜すら倒してたんだ」

「何者なのよ!?

「さっきから気になってしょうがねぇぞ!」

「キャラが強すぎますよ!」

 まあ、正直俺もそう思う。

 だが、俺だって答えを知らないんだからどうしようもない。

 夢の情報だから調べようもないしな。

 ……今さらだが、ホントなんなんだろうな、あの夢は。

 定期的に考えてはそれっぽい予想をしてるが、真相はあの人の正体と同じく一切不明だ。

 いつかはわかる日が来るんだろうか?

「……話を続けるぞ。次の五の太刀『まが返し』には本当に大したエピソードはない。あれは『流刃』と『歪曲』の複合技みたいなもんだ。今までの経験の応用でできた」

 そういう意味で言うと、『禍津返し』は変型の技に近いのかもしれない。

 一応、『流刃』とも『歪曲』とも役割がまるで違うから独立した技として扱ってるが、それを言えば一の太刀変型の『激流加速』とかも大概な気がする。

 まあ、そこらへんは割と適当だからどうでもいいか。

「で、次。六の太刀『反天』だが」

「出た! 一番意味不明な技!」

「どんなとんでもエピソードが出てくるんですかねぇ!」

「楽しみだな、おい!」

「まったくじゃのう」

「期待してるところ悪いが、これも半分は人に教わった技だぞ」

「「「「!?」」」」

 今度は人生経験豊富なエル婆も含めて、全員が驚愕の表情になった。

「『反天』は斬撃の通らない硬い相手をどうにかしようとして開発した技だ。頭を捻ってるうちに、そういう硬いものを技術だけで破壊する人が割と身近にいたことに気づいてな。ドワーフの職人が魔法金属を砕いて素材にする技法がまさにそれだった」

 俺の装備してるミスリルの鎧も、似たような技術で加工されたものだ。

 あの人達は別に加護持ちでもないのに、厚さによっては聖戦士の一撃にすら耐え得る魔法金属を砕いて、変形させて、加工することができる。

 とんでもない神業だ。

「冷静に考えたら、あの神業は戦闘に流用できるんじゃないかと思い至ってな。頑固なドワーフの職人に土下座して教えを請うたんだ」

 当然のごとく嫌な顔をされたが、その頃には人類の数が大幅に減ってたからか、このままじゃ自分の技術が継承されることなく人類ごと消えると思ったみたいで、「最後の戯れだ」って言いながら教えてくれた。

 それから一年くらい、自分が剣士であることを忘れそうになるほどかなづちを振らされたっけな。

 金槌で成功した感覚を剣技に落とし込むのにも時間がかかった。

「そうして習得したのが、物体の最も脆い部分に衝撃を届かせて破壊する技法。そこに今までの経験で磨き上げてきた相手の力を利用する技術を組み合わせて『反天』は生まれた。六つ目の必殺剣の誕生だ」

「ほえー、結局とんでもエピソードには違いなかったわね」

「ですねぇ」

「お前はあれだな。雑食ってやつだな」

「雑食というにも極まりすぎておるがのう」

「仕方ないだろ。そのくらいしないと強い奴とは渡り合えなかったんだよ」

 その域に達するまで、前の世界の俺はいったい何年をかけたんだろうな。

 数えてないが、十年、二十年では利かないだろう。

 時間の感覚がなくなるほどに没頭した濃い年月をそれだけささげて、ようやく至った境地だ。

 それなりに自信はある。

「それで最後。七つの必殺剣の最後の奥義だが」

 仲間達がゴクリとつばを飲み込む。

 今まで散々驚いてきたシリーズの最後の技だ。

 しかも、一度として使ってみせたこともない技。

 これまで以上にとんでもない話が飛び出してくると思って身構えてるんだろう。

 同時に、なんかすごく期待されてるようにも見える。

 ……だからこそ、ちょっと言いづらいんだが。

「悪いが最後の必殺剣については語れないぞ。上手く説明できないからな」

「え───!?

「それはないですよ!?

「ここにきてらすか!?

「アー坊!」

「いや、仕方ないだろ。まだ習得できてない技なんだから」

 あの技が成功したのは、たったの一度。

 夢の世界の魔王に致命の一撃を与えた時だけだ。

 かつての全盛期に至れていない今の俺じゃ詳細は語れない。

 感覚こそ覚えているとはいえ、語れるほどあの技について詳しくないからだ。

「ただ一つ言えるとすれば、あの技は間違いなく俺の最終到達点だ。培ってきたことの全てを極めた時、俺はあの技を習得できる。それ以上は自分でもわからん」

「思わせぶりなことばっかり言ってんじゃないわよ!」

「最高にいいところでお預け食らった気分ですよ!」

「俺達のドキドキを返せ!」

「年寄りをもてあそんで楽しいか!」

「あー、うるさいうるさい! わからないもんはわからないんだから仕方ないだろうが!」

 それからしばらく、俺達はギャーギャーと言い争いを続けた。

 歯にきぬ着せず、まるで俺とステラのいつものやり取りに全員参加したみたいな遠慮のなさでわめき合った後、ふとした拍子に全員が急に我に返る。

「で、何か参考になったか、ブレイド?」

「とりあえず、付け焼き刃でお前の技を習うのはやめといた方がいいってことはわかった」

「妥当な判断ね」

「アランくんの修行は特殊すぎます」

「ブレ坊は既に持っておる力を伸ばす方向で鍛えた方がよさそうじゃな」

 まあ、エル婆の言う通りだろうな。

 参考にするなら俺じゃなくて、むしろ、ブレイドの上位互換に近いステラとかだろう。

 ステラの受け流しの技は、歪曲に至る前の俺の技を参考にして派生した全くの別物だ。

 ……ただ、ここまで語らされたのに収穫なしっていうのも、なんか悔しい。

 いつか、俺の技で強くなってくれるような奴に教えてみたいもんだ。

「さて、そろそろ休憩の時間は終わりにするかのう。次は連携の訓練を再開するぞ」

「「「「了解」」」」

 エル婆の号令によって、俺達は次の修行に精を出した。

 結局、ドラグバーンが不意討ちで襲来することもなく、日が暮れるまで修行を積み、急ごしらえの連携が少しはマシになったところで、この日は終了したのだった。