第四章 弱音
ドラグバーンが消えた後、俺達は
命を懸けてあれだけの激戦を繰り広げたにもかかわらず、俺達が手にしたものは何もない。が、とりあえず竜の群れを壊滅させ、エルフの里を守れただけでも良しとしておこう。
エルフ達は、ドラグバーンとの再戦の時、必ずや大きな戦力になってくれるはずだ。
そういう損得勘定を抜きにしても、エルフ達はエル
そんなエルフ達は、俺達のことをかなり歓迎して受け入れてくれた。
元族長であるエル婆の仲間である上に、俺達はエルフの
むしろ、歓迎しない理由がないのかもしれない。
エルフの里は神樹が折れたせいで大混乱に陥っていたが、意外なことに被害自体はそうでもなかった。
神樹が折れ、その下敷きになった区画は壊滅状態だが、それ以外の被害はまるで見当たらない。
エル婆
「里での防御戦は、神樹の加護と数百人がかりの結界魔法で徹底的に守りを固め、その内側から魔法攻撃で敵を
とのことだった。
つまりエルフを敵にする場合、魔法の
ドラグバーンは結界をぶち破っていたが、その攻撃の対象になったのはあくまでも神樹であり、里への被害はほぼなかったらしい。
エルフが列強種族と言われる理由が、また一つわかった気がする。
しかも、後で聞いた話だが、神樹の下敷きになった区画にいた住民達も、
なんでも、エルフは非戦闘員の子供ですら、保護者に指示されて動ければ、そのくらいの魔法は使えるという。
エルフ強すぎだろ。
「エルネスタ様、勇者パーティーの皆様。お疲れのところ大変申し訳ありませんが、族長様がお呼びです。四天王との再戦に備えた話し合いがしたいと」
「そうか。すぐに行くと伝えてくれ」
「ハッ」
エルフの一人がエル婆へと伝言を伝えて去っていった。
族長が呼んでる、か。
エルフの族長。確かエル婆の後継者で、『賢者の加護』を持つ聖戦士の一人だったな。
ドラグバーンとの再戦を見据える上では最強の味方だろう。
「というわけで、ワシは少し族長のところに顔を出してくる。できればお主らも一緒に来てほしいが、どうする? 死闘の後じゃし、疲れとるようならワシ一人で行くが」
「俺は問題ないぜ。体力には自信あるからな」
「私も大丈夫です。さっきの戦闘でもサポートしかしてませんし」
ブレイドとリンの二人は、エル婆の言葉に即答する。
「私も大丈夫。早速行きましょう」
ステラもほんの一拍だけ遅れてそう答えた。
ああ、これは……。
「アー坊はどうじゃ?」
「……俺も問題ない。そういう話はさっさと済ませよう」
とりあえず、今は族長との話を優先するしかない。
面倒事は先に済ませておいた方がいいだろう。
そういうわけで、俺達はエル婆の案内でエルフの族長のもとへとやってきた。
土魔法か何かで作ったような質素な建物が多いエルフ里の中では比較的豪華な家だ。
その家のベッドの中に彼はいた。
二十代後半ほどの見た目をしたエルフの美丈夫が、青い顔でベッドから体を起こしていた。
「お久しぶりです、先代様。そして、はじめまして勇者パーティーの皆様。私はエルフの族長、『賢者』エルトライト・ユグドラシルと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って、ペコリと頭を下げるエルフの族長、エルトライトさん。
それだけの動作でも大分キツそうだ。
……そりゃ体調も悪くなるだろう。
何せ、この人はあのドラグバーンを相手に俺達が来るまでこの里を守り抜いたのだ。
いくら神樹の加護があったとはいえ、どれだけの無茶をしなくてはならなかったのかは想像に
だが、彼はそんな最悪の状態でも、エルフの族長の名に恥じない威厳を保っている。
強い男だ。素直に尊敬する。
「久しいの、エルトライト」
そんな後継者に話しかけるエル婆の目は、誇らしさと優しさに満ちていた。
「その症状は魔力枯渇か。治癒魔法でも治らんほどに体を酷使し、里のために戦ってくれたようじゃのう。ようやってくれた」
「……いえ、私に
血を吐くように、エルトライトさんは告げる。
その言葉には、なんとか威厳を取り繕っていた仮面を壊してしまうほどの怒りが、嘆きが、悔しさが
それだけ、エルフ達にとって神樹は大切なものだったんだろう。
大切なものを奪われる気持ちは痛いほどよくわかる。
エルトライトさんは強く歯を食いしばっていた。
彼が感じているだろう、食いしばった歯が砕ける感触も、口の中に滲む血の味も、怒りと悔しさで嫌な熱を持ち、悲しみと後悔で冷たく寒くなっていって壊れそうになる心の温度も、全てが共感できるものだった。
そんなエルトライトさんの頭を、エル婆は優しく胸に抱く。
「お主はよくやった。お主自身が認めずとも、このワシが認めよう。ワシが戻るまで、よく里を守ってくれた」
「ッ……」
エル婆の言葉を受けて、エルトライトさんの瞳に涙が浮かんでいく。
エルトライトさんにとって、エル婆は何か特別な存在だったのかもしれない。
心の底から
「頑張ったのう、エルトライト」
「うっ……うぅ……!」
そして、エルトライトさんはエル婆の胸で泣きだした。
彼はエルフの族長として、他者に弱みを見せられなかったのかもしれない。
弱音なんて吐けなかったのかもしれない。夢の世界の
そうして
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! ママ~~~~!」
「おー、よしよし、相変わらず、お主は泣き虫じゃのう」
……………………………………は?
なんか今、衝撃的な単語が聞こえたような。
「「「「ママ?」」」」
「ん? 言ってなかったかの? エルトライトはワシの息子じゃぞ」
思わずハモってしまった俺達の声に、エル婆は当たり前のように答えた。
……確かに、息子がいるという話は聞いてたような気がする。
そうか。これは親子のふれあいなのか。
なら、なんの問題もないな。なんの問題もないはずだ。
これは決して、幼女をママ呼びして赤ちゃんプレイをする大の男という変態の図ではないんだ。
そう頭ではわかってる。わかってるんだが……
エルトライトさんはマザコンのロリコンというイメージが強烈に刷り込まれ、いつまでも消えてくれなかった。
俺が心から尊敬した強い男というイメージが、マザコンのロリコンというイメージに埋もれて消えてゆく。
なんという悲劇。
エルトライトさんに落ち度は一切ないというのに。
「さて、エルトライトがこの調子では対策会議どころではないのう。ワシはしばらく頑張ってくれた
「いいんじゃないか。そういう時間は大切だ」
俺が即座にそう言うと、他の皆も異論はないのか、軽く
リンとブレイドは、
「そうか。助かる。では、この場は一時解散じゃ。お主らは好きに里の中でも見て回ってくれ。何か用があれば、近くの者に話しかけてくれればよい」
「わかった。ほら、行くぞ」
親子を二人きりにしてやるべく、俺は未だに
「あ、私はちょっとお花
だが、ステラはそう言ってどこかに消えていく。
それを横目で確認してから、俺は剣聖と聖女の二人組を近場のエルフの人に託す。
「さてと」
二人を押し付けてから、俺はゆっくりと足音を立てないようにして歩きだした。
少し時間をかけることを意識する。
すぐに行くより、少しは一人になる時間もあった方がいいだろうから。
そうして、あいつの去った方向を探索し、いい感じに時間が経過した頃。
俺は予想通りの現場を発見した。
「ああ。やっぱり、そうなってたか」
場所は使われていなさそうな建物の裏。
緑が多いエルフの里の自然に紛れて、他人から見つかりにくそうな場所。
そこには、膝を抱えて
「アラン……」
俺に気づいたステラは顔を上げて、
そんなステラの隣に、俺はどっかりと腰を下ろす。
「見ない間に少しはしおらしくなったかと思えば……肝心な時に強がって、弱いところを見せたがらない癖は変わってないな」
「あうっ」
ステラの頭を乱暴に
旅の初日の時みたく、ここでキレるようならまだ少しは余裕があったんだろうが……今回はマジで
それを見て、俺は乱暴な撫で方から、できるだけ優しい撫で方に変えた。
「別に強がってなんか……」
「こんなところで一人で膝抱えてるくせに何言ってんだ。……怖かったんだろ?」
「うっ……」
図星だったらしく、ステラは再び膝に顔を
まったく、こいつは。強がることばっかり
そう。ステラはドラグバーンとの戦いを怖がっていた。
当たり前の話だ。
勇者の力があろうがなかろうが、あんな化け物、怖くないわけがない。
俺やエル婆やブレイドは、それなりに修羅場をくぐり抜けているから覚悟も決まっていただろう。
リンは微妙なところだが、遠距離からのサポートに徹していたのであれば、まだ精神への負担は軽いと思う。
だが、ステラは違う。
話を聞く限り、修行の一環で戦場に連れ出されたことはあるみたいだが、自分より圧倒的に強い化け物相手に、生きるか死ぬかの修羅場を繰り広げた経験はあまりないはずだ。
人類の希望である勇者を修行で殺すわけにはいかないのだから当たり前だが。
多分、ステラがこれまでくぐり抜けたガチの修羅場はカマキリ魔族戦くらいだろう。
そして、あの時もステラは膝を震わせていた。
終わった後も、俺がぶっ倒れたからトラウマになったとまで言っていた。
そんな状態で、ステラはあの化け物相手に真正面から立ち向かったのだ。
強敵なんて飽きるほど見てきた俺でも背筋が凍った怪物と、正面切って戦ってみせた。
五年前までただの村娘だった奴が、だ。
どれだけ怖かっただろうか。どれだけ勇気を振り絞ったのだろうか。
それなのに、こいつは皆の前で弱い姿を見せなかった。
おばさん──ステラのお母さんが死んだ時もそうだ。
こいつは俺達に心配かけたくなかったとか言って、隠れて一人で泣いていやがった。
夢の中で、たった一人でカマキリ魔族と戦った時もそうだ。
なのに、おばさんの時はちゃんと気づけたのに、あの時の俺は勇者の力に目が
それどころか不用意に無責任な応援の言葉を投げかけ、ステラを一人で魔王との戦いに送り出してしまった。
あれが全ての悲劇の始まりだ。
俺がステラをちゃんと見ていたなら。弱いところを支えられていたのなら。強がる癖を見抜けていたのなら。あの悲劇は起こらなかったかもしれない。
その時の俺の力で何かできたとも思えないが、力が足りないのなら今の俺のように死ぬ気で鍛え上げるなりなんなりして、少しはステラの力になれていたはずだ。
夢と同じ過ちは犯さない。
あんな悲劇は絶対に起こしたくない。
だから今、俺はステラにこう告げる。
「怖かったならちゃんと言え。辛かったならちゃんと言え。そうしたら、絶対に俺がお前を助けてやる」
「……うん」
ステラは涙声に喜色の混じった小さな声でそう言って頷き、しばらく静かに泣いていた。
その間、俺はステラの頭を撫で続ける。
泣くことは恥じゃない。長い時を生きた大人であるはずのエルトライトさんにだって泣く時間は必要だったんだ。
勇者という立場が泣くことを許さないのなら、俺が許す。
俺にとってのお前は、勇者である前に大切な
幼馴染を慰めることの何が悪い?
何も悪くない。悪いはずがない。
だから、俺の前でだけは強がらずに、思う存分泣けばいい。
そんなことを思いながら、俺はステラの頭を撫で続けた。
やがて少しは落ち着いてきたのか、ステラはポツポツと心のうちを話し始める。
「別にね、あの化け物自体が怖かったわけじゃないの」
「ほー。大雨で帰れなくなった時、雷にすらビビって俺の布団に潜り込んできた挙げ句、オネショして大惨事を引き起こした奴が言うじゃねぇか」
「それ四歳とか五歳の時の話でしょ!? 忘れなさいよ! 事あるごとに蒸し返さないで!」
茶化してみれば、いい反応が返ってきた。
どうやら大分持ち直してきたみたいだ。
「で? ドラグバーンが怖かったわけじゃないって、どういうことだ?」
「そのままの意味よ。私はあの怪物が怖かったわけじゃない。そりゃ、ちょっとは怖かったけど、それ以上に皆が、アランがあの怪物に殺されちゃうかもしれないって思って、それが
「……なるほどな」
自分ではなく、仲間が死ぬのが怖い、か。
そういえば、カマキリ魔族戦がステラのトラウマになったのも、戦いそのものが怖かったというより、丸一日寝込んだ俺がそのまま死ぬかもしれないって思ったことの方だったな。
俺も自分の死より、ステラが死ぬことの方が百倍怖いから気持ちはわかる。
「だけど、これは戦争だ。犠牲を出さずに勝つことはできない。戦いが続く限り必ず誰かは死ぬ。その誰かは赤の他人かもしれないし、よくしてくれた知り合いかもしれない。もしかしたら、昨日まで笑い合っていた仲間かもしれない」
「……うん」
俺はあえて残酷な現実を口にした。
ここで楽観的な希望論を口にしても意味がないからだ。
どうやってもこの現実だけは変わらないし、それに耐えられないのなら戦う資格はない。
それならまだ俺と一緒に逃げた方がマシなレベルだ。
「どう
「うん。それだけは譲れない。多分、私が逃げたら皆死ぬと思うから」
「そうか」
頑固者め。しかし、ステラの言うこともあながち間違ってないから何とも言えない。
まったく、勇者ってのは本当に難儀なもんだよ。
けど、そんなお前を守ると俺は決めたんだ。
なら、俺から言えることは一つしかない。
「だったら、恐怖に飲まれず前を向け。恐怖を忘れろとは言わないが乗り越えろ。覚悟があるなら、腹くくって、勇気振り絞って、根性で戦え。……って言っても、いきなりは難しいだろうから、今はこれだけ覚えとけ」
そう言って、俺はドンッと思いきりステラの背中を
ビクッとするステラに向けて、俺は告げる。
「大丈夫だ。俺がついてる」
この一言が、俺の伝えたかったことの全てだ。
「どんなに辛い時でも、どんなに強い敵が現れても、俺はいつでもお前の味方だ。俺は必ず、お前を最後まで守り抜く」
途中で死ぬかもしれない? 知ったことか。
これは俺の決意だ。人生の全てを懸けて、何がなんでもやり遂げると誓ったことだ。
運命ねじ曲げてでも、俺はこの誓いを完遂する。
「おじさんとも約束したしな。とにかく、どんなことになっても、俺は最後までお前の
そう問いかければ、ステラは
よく聞き取れないが、なんか「ズルい……!」とか「またこいつは無自覚に……!」とかブツブツと言いながら
何やってんだ?
「ステラ?」
「……ええ、とっても励みになったわ。すっごく勇気出た。ありがとう」
そんな言葉とは裏腹に、何故かステラは真っ赤な顔のままキッと俺を
そして、数秒目を泳がせた後、覚悟を決めたように予想外の行動に出た。
次の瞬間、チュッという小さな音を響かせて、俺の
「!?」
こ、こいつ!? な、何を!?
「な、慰めてくれたお礼よ、お礼! そ、それ以上でもそれ以下でもないんだからぁ!」
まるで言い捨てるようにそれだけ言って、ステラは俺じゃ追いつけないような速度で爆走していった。というか逃げた。
……元気になったようで何よりだが、最後にとんでもないことをしてくれたな。
「あのヤロー……」
毒づくような言葉を吐きながら、俺は自分の頬に触れた。
振り払おうにも、あの感触が脳裏に焼き付いて消えてくれない。
いや、それ以前に、何やら得体の知れない幸福感に全身が冒されてる時点で、色々とダメなのかもしれないが。
自分で触った頬はやたらと熱くて、不思議な熱を指先に伝えてくるのだった。
