第二章 里を脅かす者
魔王討伐の旅に出てから数週間。
俺達は連携の訓練を重ねながら、勇者パーティーに与えられた最上級の二頭の馬を走らせ、最短距離でエルフの里を目指していた。
シリウス王国の王都からエルフの里までは普通の馬車なら二ヶ月はかかる距離だが、この二頭立て馬車を引く馬達の力と、疲労が
馬達もさすがは勇者パーティーの馬車を引くという大役を与えられた馬というべきか、妙に優秀だ。
俺みたいな素人の指示でもちゃんと聞いてくれるし、治癒魔法をかけられ続けて走らされ続けるという拷問にも等しい仕打ちを受けてるはずなのに、一切足が鈍る様子がない。
むしろ、「走るの楽しいです!」という声が聞こえてきそうなほどに機嫌が良いというか……。
シリウス王国には
そうして、
俺は御者台で馬の扱いをエル
ちなみに馬の扱いについては、普段はステラが隣に乗って教えてくれるんだが、今日のように、たまに別の奴と一緒になることがある。
メリハリがどうのと言ってた気がするが、詳しくはわからん。
「エルフの里の象徴は、なんといっても里の中心にそびえ立つ『神樹』じゃ。昔々、
エル婆がもう何度目になるかもわからない説明を続ける。
この神樹とやらについて語る時のエル婆は、まるで教典を読み聞かせようとしてくる熱心な聖神教の教徒のようだ。
神樹に対して、畏敬の念を持って話してるように感じられる。
聞くところによると、神樹は全てのエルフの信仰対象なんだそうだ。
俺は宗教にさして興味はないが、この後に続く神樹の特性を聞けば、なるほど、
「神樹の持つ不思議な力。それは神樹の力の及ぶ範囲内におる、魔族や魔物などの魔に属する者達の力を大幅に弱体化させるというものじゃ。ワシらが『神樹の加護』と呼んでおるこの力のおかげで、エルフは人類の中で最も数の少ない種族でありながら、
ドヤ顔のエル婆。
果たしてこれは神樹の力を誇ってのドヤ顔なのか、それともエルフの力を誇ってのドヤ顔なのか。
正解は両方だ。
何せ話に聞くエルフの力もまた、それはもう
「エルフは数の少ない種族じゃが、その分一人一人の生まれ持った力が強く、寿命が長い。肉体面はそうでもないが、魔法関係は他の人類と比べても断トツじゃぞ。数百年の時を生き、経験を積み上げたエルフの魔法使いなど、そこらの加護持ちにすら劣らぬ力を持っておる」
加護を持つ者に持たざる者が勝つことはできない。
エルフはこの常識を、限定的な条件下での話とはいえ覆しているのだ。
凄まじいとしか言いようがない。
「おまけに魔法系の加護を持つ者も、他の人類に比べれば多く生まれてくるしのう。エルフとしての力と加護の力。この二つを合わせ持った者は、聖戦士の足下くらいには到達できる可能性を秘めておるのじゃ。そんなエルフ達を
エル婆がドヤ顔のまま、今度は鼻を高々と伸ばす。
元族長として、かつてエルフを率いていた者として誇らしいんだろう。
エルフの里の人口は数万人程度。
非戦闘員を除いた戦える者の数は一万にも満たないらしいが、確かに他の人類に劣らないだけの力を持っていると言える。
神樹の力も含めれば、エルフの里が人類屈指の
だが、そんなエルフの里が今、四天王の一角から襲撃を受けている。
それすなわち、たかだか四天王の一体くらいで、魔王軍はエルフの全てを相手にできてしまうということに他ならない。
そんな化け物と戦いになれば、間違いなく過去最大の激戦になるだろう。
気を引き締めておかないとな。
そうして闘志を研ぎ澄ましているうちに、遠目にエルフの里が目視できる距離までやってきた。
神樹と思われる、やたらとデカい樹が見える。
同時に、里を脅かすとんでもない連中の姿も見えた。
「あれは……!」
そこにいたのは、エルフの里へと殺到する竜の群れだ。
ざっと見ただけでも千はいると思われる大群。
その
ワイバーンだって竜の中では最下位というだけであり、魔物全体の中では中の上くらいの力はある大物だ。
そんな連中が群れを成してエルフの里に襲いかかっていた。
普通であれば絶望する光景。
だが、さすがは列強種族エルフと言うべきか。
竜の大群にも
竜どもの動きもどこか鈍い。
神樹の加護とやらが正常に作用してるんだろう。
「やっておるのう! ステラ! リン! ブレ坊! 戦いの時間じゃ! 準備せい!」
「「「了解!」」」
エル婆が御者台の扉を開けて中のステラ達に声をかける。
その後、竜の群れの方に視線を向けたまま俺に話しかけた。
「アー坊、このまま馬車を最速で走らせてくれ。できるな?」
「むろんだ。で、エル婆はどうする気だ?」
「ワシはここから魔法で狙撃して竜どもを蹴散らす。そうすれば竜どもはワシらに気づいて、いくらかこっちに来るじゃろう。アー坊も戦闘準備は整えておくんじゃぞ」
「了解」
腕が鳴る。
俺は馬の手綱を操り、旅が始まってから覚えた馬術で馬車の速度を上げた。
馬達は凄腕調教師の手によってそこらへんも
そんな俺達の様子をチラリと見て満足したのか、エル婆は
「魔導の
エル婆の口から魔法の詠唱が紡がれる。
俺が辛うじて使える下級の治癒魔法とは次元が違う、長く複雑な詠唱文。
エル婆は魔法使いの最高峰たる賢者、その頂点に位置すると言われる『大賢者』だ。
すなわち、人類最高の魔法使いである。
そんな人が、ただの高等魔法技術である無詠唱魔法を使えないわけがない。
それでも、あえて詠唱をする理由は一つ。その方が威力が高いからだ。
しかも、今エル婆が使おうとしてる魔法は、彼女の持つ魔法の中でも威力だけなら最強と言っていた大技。
完全詠唱にて放たれる、大賢者の最強魔法。
それがどんなとんでもない現象を巻き起こすのか、俺ごときでは推し量ることもできない。
そんな魔法が今、放たれる。
「『
エル婆の杖から放たれたのは、常軌を逸した破壊の極光。
かつてドラゴンゾンビが放った極大ブレスですら比較にならない、圧倒的な威力と大きさ。
それが竜の群れを飲み込み、これだけ離れた距離からの攻撃であるにもかかわらず、一瞬にして竜の半数を跡形もなく消し飛ばした。
ドラゴンゾンビと同格っぽい奴まで一体倒している。
人類が出していい火力じゃないな。
これが大賢者の力か……!
「「「ギュァアアアアアアアア
」」」
しかし予想通り、今の一撃でこっちに標的が移ったらしく、残る竜の大部分が俺達の方に向かって飛んでくる。
この分だと、エル婆が次の一撃を放つより、接近される方が早いだろう。
それに移動の途中で神樹の加護の効果範囲から抜けたのか、竜どもの動きが目に見えて良くなった。
どうやら弱体化状態のまま倒させてくれるような甘い展開にはならないらしい。
「さて、やるか」
勇者パーティーとしての最初の戦い。
相対するは空を埋め尽くすような竜の群れと、恐らくはそれを率いているだろう四天王。
正直、初陣でぶつかるような相手じゃないような気もするが、どうせいつかは倒さなければならない相手だ。

なら、今倒そう。修行の成果を存分に見せてやる。
そうして、俺達と魔王軍との戦いの始まりとなる一戦が幕を開けた。
「神の
馬車の上に陣取ったリンの詠唱が聞こえてくる。
リンもまた無詠唱魔法が使えるが、今は詠唱している余裕があるから、念のために完全詠唱で威力を上げることにしたみたいだ。
その詠唱が終わり、馬車もちょうどいい感じの場所まで
「リン! ここで止めるぞ!」
「わかりました!」
手綱を思いっきり引き、馬車を停止させる。
ここからだと、先頭の竜のブレスの射程に入るまで数秒ってところだろう。
ベストのタイミングでリンの魔法を発動できる。
「『神聖結界』!」
リンの構えた杖を中心に、聖なる光が俺達の周囲に満ちる。
それは瞬く間にドーム状の半透明のバリアとなり、俺達と馬車を包み込んだ。
そこへ向けて、多数のワイバーン達がブレスを放ってくる。
一つ一つは大したことないが、合わさることでドラゴンゾンビの中規模ブレスくらいの威力にはなってる合体攻撃。
リンの作った結界は、それを真正面から受け止め、ビクともせずに耐え切った。
「やるな」
「これで心置きなく暴れられるぜぇ!」
俺の
「行ってくるわ!」
そこに結界の中からのエル婆の援護射撃が加わり、数百の竜の群れが、
強者であるはずの竜達が、更なる圧倒的な力の前に散っていく様は、いっそ哀れなほどだ。
これが勇者パーティーの戦いか。
一対一でも訓練でもなく、集団を相手にした戦いを見ると、その規模のデカさに絶句する。
一挙一動が高範囲
加護持ちの英雄は一騎当千。勇者や聖戦士ともなれば一騎当万。
たった一人いるだけで戦況を左右する大英雄と呼ばれるだけのことはある。
悔しいが、こればっかりは真似できない。集団相手だと、俺は泥試合しかできないからな。
だからといって、ここでボーッとしているだけというのも気が引ける。
苦手な戦場でも、微力くらいは役に立つとしよう。
「四の太刀──『
俺の放った闇の斬撃が飛んでいく。
正確に言えば、今回は斬撃ではなく『突き』だ。
まるで漆黒の矢のような闇の刺突が飛んでいき、一体のワイバーンの眼球を正確に貫いて、その奥の脳まで破壊して絶命させる。
「ほう。器用じゃのう。動き回る小さな的を、この距離で正確に
「まあ、動きが単純な魔物相手だからな」
この距離じゃ、一番
全体の動きを見て、ワイバーンの動きを先読みし、針の穴に糸を通すように眼球を貫いていく。
それで得られる戦果はごく
「グォオオオオオオオオ
」
そうして俺がチマチマと、ステラ達は凄まじいペースで竜を狩っていた時、ひときわ大きな
この群れの中では珍しい、翼を持たない地竜だ。
しかし、その代わりに他の竜とは比べ物にならない巨体と
全長は約二十メートル。かつてのドラゴンゾンビに匹敵する大きさ。
恐らく、上位竜というやつだろう。
老婆魔族
「ハッ!」
「オラァ!」
「『
「グォオオオオオオオオ!?」
ステラとブレイドが
相変わらずステラ達には目もくれず、俺達だけを目指して突き進んでくる。
そういう命令をされているのか、それとも獣の本能で最もくみしやすい相手を見定めてるのか。
まあ、なんでもいい。
「行ってくる」
俺はそう言って刀を強く握った。
「大丈夫か? 見るからに相性が悪そうじゃが」
「問題ない。昔はそうだったが、今となっては楽な相手だ」
足に力を込めて跳躍。
更に
地竜は俺の存在を意にも介さない。
魔物というやつは『技』の強さを理解しない生物だからだ。
奴らが本能で嗅ぎとっているのは、生物としての純粋な強さのみ。
強い魔物であればあるほど、俺のことを餌か羽虫程度にしか認識しない。
俺からすれば
地竜は俺を目前にして、全く速度を緩めない。
障害物としてすら認識せず、邪魔をするなら
俺はそんな地竜の鼻先を飛び越え、その頭部に向かって
「六の太刀──『反天』」
七つの必殺剣の中でも屈指の難易度を誇る、六の太刀『反天』。
だがそれも、ルベルトさんの剣をへし折った時と違って、単純な動きしかしてこない、こっちを
俺が宙を蹴って加速し続けた勢いを刃に乗せて放った一撃は、地竜の突進の勢いと激突し、俺の望む形の衝撃を生み出して、地竜の頭蓋の中を破壊し尽くした。
言うなれば、頭の打ちどころが最悪の最悪に悪かったみたいな状態。
地竜はそれに耐えられず、俺を敵と認識する暇さえなく、脳を壊されて絶命した。
地竜の体から力が抜け、
かつて倒せなかった上位竜へのリベンジ完了だ。
まあ、ドラゴンゾンビ相手だと、脳を破壊しても止まらなかっただろうが。
それでも、昔あれだけ苦しめられた上位竜を一撃で倒せたあたり、己の成長を感じられる。
「さすがね! それでこそ私のライバル!」
「おいおい
割と近くにいるステラとブレイドの称賛の声が聞こえた。
そんな二人も、手を止めずに他の竜を片付け続けている。
あと数秒もあれば全滅させられそうだ。
このまま初陣を勝利で飾れるかと……そう思った瞬間。
──突如、前方から放たれた巨大な熱線が、里を覆っていた結界を貫き、そびえ立つ神樹を横一文字に
神樹が
エルフの里の象徴が、魔を弱体化させるはずの奇跡の樹が倒れていく。
後に残ったのは、溶解した断面を
「……は?」
あまりの光景に
馬車の方を見れば、エル婆が信じられないとばかりに目を見開いている。
何が起きた?
決まってる、攻撃だ。エルフの里への攻撃だ。
しかも、さっきのエル婆の大魔法すら上回る威力の、とてつもない攻撃。
こんなものを放てる存在は、俺達が想定していた敵の中で、ただ一人しかいない。
「ハーッハッハッハッハ!」
突然、戦場に笑い声が響き渡った。
「遂にへし折ってやったぞ! 実に面倒なことこの上ない奇っ怪な樹であったが、その力ももうじき消えるであろう! もう
そんなことを叫ぶのは、一体の竜であった。
身長は三メートル程度と、とても竜とは思えないほどに小さい。
だが、感じる力は上位竜と比べてもなお圧倒的だ。
「さあ! コソコソするのをやめて出てくるがいい! そして本気の俺と戦え! 柄にもなく魔物まで使って邪魔な樹をへし折ったのだ! その労力の分、せいぜい俺を楽しませてみせろ!」
「『
「ぬ!?」
なんとも勝手なことを口走っていた竜に、奴を見つけた瞬間走り出していたステラが斬りかかった。
聖剣の力ではなく、自己の魔法で光を纏った刃を竜へと振り下ろす。
しかし、竜は頑強な鱗に覆われた丸太のように太い腕でステラの攻撃を防ぐ。
人類最強の勇者の攻撃は、竜の腕にかすり傷をつけるだけに終わった。
「おお! 貴様は!」
一方の竜は、その声に
技巧も何もない力任せの攻撃。
ステラはそれに対して防御ではなく反撃の準備に移り、代わりに速度差のせいで少し出遅れた俺が、攻撃を受けるために前に出た。
「二の太刀──『
「おお!?」
「たぁあああ!」
俺が守り、ステラが攻める。
幼少の頃でも魔族を圧倒できた黄金コンボ。
竜の攻撃を『歪曲』でねじ曲げ、その隙を突いて竜の脇を通り過ぎながら放ったステラの斬撃が、竜の脇腹に傷を刻んだ。
浅いが、確実にダメージは通っている。倒せない敵じゃない。
しかし、それでも俺は、今の竜の攻撃に
なんだ、今の手応えは……!
攻撃がとてつもなく重かった。
技巧がなく、攻撃の芯がブレてるから、
だが、今の一撃から推察したこいつの
剣聖の十倍以上のパワーなんて、夢の中の魔王並みだぞ!
いくら夢の中のステラが命と引き換えに
弱体化を極めようとも、世界最強の存在だった。
それに匹敵するような奴が当たり前のように出てくるとは……!
間違いない。こいつが……!
「ハーッハッハッハッハ!」
竜が再び笑い声を上げる。
心の底から喜んでいるとわかるような、歓喜の声を。
「その身に纏う膨大な加護の力! この俺の体に傷をつける剣技! そうか貴様が勇者か! 会いたかったぞ!」
そして、その最強の竜は、高々と名乗りを上げる。
「俺は魔王軍四天王が一人! 『火』の四天王ドラグバーン! 戦いに生き、戦いを求める生粋の魔族なり! 勇者とその仲間達よ! いざ尋常に勝負だ!」
『火』の四天王ドラグバーン。
夢の中の勇者パーティーを破滅へと導いた、四体の怪物の一体。
旅の序盤で早々に出くわした化け物が、歓喜の咆哮を上げながら俺達に襲いかかってきた。