第一章 勇者パーティと世界情勢


「では! アランくんの勇者パーティー加入を祝しまして! かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

 俺が乱入したせいで色々あった勇者の出立式から一夜明け、勇者パーティーの旅は無事に始まった。

 馬車による初日の移動は何事もなく終わり、俺は今、出立式が行われたシリウス王国の王都から少し離れた森の中で四人の超人達に囲まれている。

 一人はステラ。人類の希望である『勇者』にして我がおさなじみ

 そんなステラが密着するほどとは言わないが、かなり近い位置で俺の隣に座っていた。

 月の下で語り合った昨日の夜から妙に距離が近い。

 思い返せば昨日だって、最初の方からやたら積極的に距離を詰めてきたし、絶対に何かある。

 その何かの元凶と思われる奴が、今俺の前で乾杯の音頭を取っていた。

「ほらほら~! アランくんもテンション上げて飲んでください! 本日の主役なんですから!」

「いや、俺は酒苦手なんだよ……」

 飲めばすぐに酔ってた母さんの体質を受け継いでるからな。

「大丈夫ですよ~! 酔っても治癒魔法の解毒で治せますから!」

 そんなことをのたまうのは、勇者パーティーに加入する前からの知り合いだった治癒術師のリンだ。

 馬車の中で話を聞いたところ、やっぱりこいつの加護は『いやしの加護』ではなく、聖戦士の加護の一つである『聖者の加護』だったらしく、前回俺と別れた頃にそれが発覚して勇者パーティーへの加入が決定したそうだ。

 つまり今のこいつは『聖女』リンということになる。似合わない。

 俺のこいつに対する印象は社畜の苦労人。あと俺が幼馴染だって強調したステラとの関係を脳内で勝手に恋愛に変換して、とことんいじり倒してくれやがった脳内ピンクだ。

 だからこそ、ステラの一連の行動の黒幕はこいつだろうとにらんでるわけだが。

「というか、そもそも一応は戦いの旅の途中に解毒が必要なほど酔うのもどうなんだ?」

「堅苦しいな、オイ!?

 そんなツッコミを入れてきたのは、大剣を担いだ身長二メートル近い筋骨隆々の若い剣士。

 どことなく軽薄な雰囲気のある男だ。

 馬車の中以外で話したことはないが、前に一度見たことはある。

 『剣聖』ブレイド・バルキリアス。

 俺が勇者パーティーへの加入を賭けて決闘をした老騎士、ルベルトさんの孫であり、あの人の後継者と呼ばれてる男だ。

「もうちょっと気楽にいこうぜー。ここはまだ人類の本拠地、シリウス王国王都の近くだ。魔族もそうそう寄りつかねぇよ。近づいてきたら騎士団がたたきのめすからな」

「……まあ、それはそうだが」

「ホッホッホ。これに関してはブレ坊の言う通りじゃな。研ぎ澄まして張り詰めるのも悪いとは言わんが、パーティーとして動く以上は、仲間に合わせられるゆとりも必要じゃよ、アー坊」

 俺のことを「アー坊」と呼ぶ最後の一人は、魔法使い風のローブを身にまとい、ごうしゃな木製の魔法のつえを持った、外見年齢十二歳程度の少女。

 だが、見た目と中身はまるで違う。

 この人は人族よりはるかに長寿で知られるエルフの元族長にして、最強の聖戦士の一人と呼ばれる『大賢者』エルネスタ・ユグドラシル。

 数百年の時を生き、何人もの魔王の時代を生き抜いてきた超年長者だ。

 気さくな性格で、「敬語もいらんし、気軽にエルばあと呼んでくれてもいいんじゃぞ?」って言ってたから、その通りにしてるが。

 この四人が当代勇者パーティーの俺以外のメンバー。

 全員が一騎当千以上の力を持つ大英雄、あるいはそうなり得る資質を持った者達。

 パーティーのバランスも悪くはない。

 少なくとも俺一人やステラと二人で戦うより遥かに心強い仲間達だ。

 頼りにしている。

「さて。では、そろそろ何か食べながら、アー坊に今の人類と魔王軍との戦況でも説明しておくとしようかのう。リン」

「はーい!」

 エル婆に言われて、リンがかばんの中に手を突っ込んだ。

 そこから出てきたのは大きな鍋。

 しかも、中には既に出来上がった料理が入っている。湯気も出てるし熱々だ。

 シュールな光景だが、実はこれ一つとっても結構すごい。

「マジックバッグか。しかも、中の時間まで止められるタイプの」

「そうですよ。庶民からするとビビりますよね。お値段に」

「ちなみに、いくらなんだ?」

「シリウス金貨一万枚くらいだそうです」

 金貨一万枚……。

 捨て値とはいえ怨霊丸の値段が金貨五枚。本来の値がついたとしても金貨百枚ちょっと。

 そう考えると破格もいいところだな。

 国宝級とまでは言わないが、これ一つで貴族の屋敷くらい建てられるだろう。

 そんな代物に鍋なんか入れとく余裕があるとは、さすが勇者パーティー。支援物資も行き届いてる。

「食事はいつもそこから出す感じか?」

「いえ、料理だけで容量を埋めるわけにもいかないから、たまにだけですね。いつもは馬車に積んである保存食か、狩りでもして食料を確保することになると思います」

「なるほど」

「ちなみに、料理は私とステラさんの担当です。ステラさんは意外と嫁力高いんですよ。オススメですよ」

「なんのオススメだよ」

 ニヤニヤしてるリンにイラッとくる。

 やっぱり、ステラ積極化現象の黒幕はこいつだろう。

 お前もなんか言ってくれって気持ちを視線に込めてステラを見れば、反論もせずに照れたような顔で、器によそわれた料理をニヤニヤ顔のリンから受け取ってるところだった。

 くそっ!? 既に調教済みか!?

「はい。ブレイド様も」

「サンキュー」

「はい。エルネスタ様」

「うむ。いただこう」

 そんな感じで俺を含めた全員に料理が行き渡る。

 デカい器じゃないから、おかわり前提だなこれは。

「では、アー坊よ。食べながら聞くがよい。当代魔王の出現より十五年。まずは今の世界情勢の話からじゃ」

「ああ」

 俺は姿勢を正してエル婆の話を聞く態勢に入る。

 そんな俺の姿に満足したのか、エル婆は「よろしい」と言いながら話し始める。

「まずは基本のおさらいからいこうかの。アー坊は先代魔王の時代のことは知っておるか?」

「とんでもなくひどい時代だったとは聞いてる」

 先代魔王の時代。それはここ数百年で人類が最も追い詰められたと言われる時代だ。

 といっても、先代魔王が討ち取られたのは俺達が生まれるよりも前の話。その酷さを実際に目にしたことはない。

 だが、ひとてに聞いたことは結構ある。

 何せ、俺達の故郷の村なんかは、先代魔王との戦争で身寄りを失った人達が集まって作った開拓村だ。

 親父や母さんはその戦争で両親、つまり俺のさんさんに当たる人達を亡くしてるし、それはステラの両親や他の村人達も同じ。

 たまに昔を懐かしんで当時の話をしていた。

 それに夢の中の俺が辿たどった旅路でも、そういう場所は山ほど通った。

 修行最優先だったからそこまで真剣には聞かなかったが、そんな場所を多く訪れていれば、ある程度の知識は嫌でも耳に入ってくる。

「そうか。では先代魔王が討たれたのは何年前かわかるか?」

「確か……二十五年前くらいだったか?」

「その通りじゃ。先代勇者が命と引き換えに先代魔王を討ったのは、たった二十五年前の話。そして、当代魔王が魔界の門をくぐって現れたのは十五年前。つまり、人類はわずか十年しか復興の時間を得られなかったということになる」

 ああ、話の本題が見えてきたな。

「何人もの勇者と渡り合い、逃げおおせ、実に九十年にわたって人々を脅かし続けた先代魔王。その戦いの爪跡はいまだに癒えておらぬ。民の疲弊は十年間の復興によってある程度マシにはなったが、最も問題なのは兵の不足じゃ」

 兵の不足。

 つまり、戦力の不足。

「特に加護を持つ英雄と聖戦士が足りておらん。これは致命的と言えるじゃろう。人類は今、ここ数百年で最悪の戦力枯渇状態で魔王軍と戦っておるのじゃ」

「……そうだな」

 俺はエル婆の説明に神妙にうなずいた。

 そのくらいなら知ってる。

 夢の中、ふくしゅうの旅に出る前の世間知らずだった頃ならいざ知らず、大分長いこと旅をしたんだ。基本の知識くらいは押さえてる。

 とはいえ、これは知っていてもどうにもならない現実ってやつなんだが。

「ふむ。このくらいであればアー坊も知っとるようじゃのう。では、そろそろ本題といこう。当代魔王軍の戦略。それに対する人類の対応。その結果、世界が今どうなっておるのか。今からそれを教える。心して聞くがよい」

「……わかった」

 俺は更に気を引き締めてエル婆の言葉を待つ。

 今までのような旅人でも知れた話と違い、ここから先は世界をかんして見られる、歴史の中心人物達の視点で語られる話だ。

 そして、勇者パーティーの一員となった俺は、その中心人物の一人となった。

 半端な気持ちで聞ける話ではない。

「当代魔王は魔王の中では珍しい、かなり慎重でこうかつな性格じゃ。魔族という限られた精鋭を無駄に消費することを嫌い、現地調達できる戦力である魔物を好んで使う」

「慎重……」

「うむ。奴は決して正面からの真っ向勝負をせん。魔王城周辺の守りを徹底して固め、人類への攻撃に関しては少数の魔族とそれに率いられた魔物を各地へと派遣し、英雄のおらぬ街や村などの削れるところを確実に削ってくる」

「それは何とも……魔王らしくないそくな戦術だな」

 だが思い返してみれば、カマキリ魔族も老婆魔族も魔物こそ率いていなかったが、なんの変哲もないような田舎に出現した。

 なんであんなところに魔族が出たのかと、ずっと不思議に思ってたが、そういうわけだったのか。

 唯一の救いは、俺達の故郷に関してはステラに対する最大限の配慮で加護持ちの英雄が守るようになったから、そうやすやすと手出しはできないようになったことくらいだな。

 多分、リンの故郷もそうなってるだろう。

「姑息でも有効な戦術なのじゃよ。村や街への被害も頭が痛いが、多くの英雄達やほとんどの聖戦士が己の担当区域を守るのに精一杯で身動き取れんのが相当キツい。おかげで、ワシら勇者パーティーは最低限の人数を集めるだけで精一杯じゃった」

 勇者パーティーが俺を含めても五人というのは相当に少ない。

 歴代勇者の物語では、大抵この二倍は仲間がいた。

 魔王を確実に倒すなら、きっとそのくらいの戦力がいるんだろう。

 それすら捻出できないあたり、当代の戦いがいかに厳しいかわかろうというものだ。

「当代魔王は、先代魔王の残した爪跡を徹底的に突いてえぐってきおる。……本当にいまいましいことこの上ないわ」

 エル婆は幼い顔に似つかわしくない嫌悪に満ちた表情で吐き捨てた。

 相当腹に据えかねてるらしい。

「そうやって人類は少しずつ、されど確実に削られていき、真綿で首を絞められるようにして敗北へと向かっておる。この状況を覆す方法は一つ。なんとか絞り出した遊撃戦力であるワシらの手で魔王を討つことだけじゃ。さすれば、統率者を失った魔族はごうしゅうとなり、人類の敵ではなくなるじゃろう」

「……魔王を倒したからって、そうくいくのか?」

 そこは少し心配なのだ。

 夢の中の俺の目的は魔王への復讐であり、その後のことなんざ知ったこっちゃなかったが、今の俺の目的はステラの幸せを守ること。

 魔王を倒せても、残党の中から新しい統率者が出てきたら平穏は遠ざかってしまう。

 そんな俺の不安に対して、エル婆は自信満々に断言した。

「必ず上手くいく。ワシが何年魔族のことを見てきたと思っておる? 魔族は基本的に己のことしか考えておらんような種族じゃ。個々が絶大な力を持つが故に、互いに協力するという発想がない」

「それは……確かに」

 そもそも、奴らの性格の悪さを思えば協調性なんて皆無か。

 カマキリ魔族や老婆魔族の性格が魔族の標準だからな。

 老婆魔族に素直に従ってたツギハギ魔族みたいなパターンですら例外中の例外だ。

 魔族が二体以上一緒にいたら、基本はもっとギスギスする。

 それこそ、何かのキッカケ一つで殺し合いを始めかねないほどに。

 というか、修行中に狩った魔族も何体かはそうやって仲間割れを誘発させて倒した。

「魔王軍とは魔王という旗頭の下に魔族が集結しておるのではなく、魔王がその絶対的な力によって無理矢理支配しているだけに過ぎないのじゃよ。その絶対的支配者さえ倒せれば、魔王『軍』は壊滅する。連携もなしに個々に暴れる残党程度ならどうとでもなるわ」

「……なるほど」

 まだ少し不安ではあるが、今はその言葉を信じておくとしよう。

「とはいえ、ワシらが魔王を倒せんことには、その先の展望など絵に描いた餅よ。そして、勇者パーティーとしては最低限の規模しかないワシらだけで魔王を倒すのはかなり険しい道のりじゃろう。故に、アー坊には感謝しておるのじゃよ。聖戦士クラスが一人でもおるのとおらんのとでは大違いじゃからな」

「そうか。まあ、期待に沿えるように精進する」

「そうしてくれ」

 言われずともだ。

 ステラの命と幸せを脅かす最大の邪魔者である魔王は倒す。

 その後はステラを引きって村に帰り、隠居するなり、実家を継ぐなり、旅に出るなりして好きに生きる。

 これは決定事項だ。

「で、その魔王を倒すための具体的な道筋なのじゃが。当初の予定では各地を巡って魔王軍を倒し、向こうの戦力をぎながら、そやつらに睨まれて身動き取れん英雄や聖戦士を解放して、魔王と戦える戦力を増やしていく作戦じゃった」

「妥当な作戦だな」

「そうでもない。恐らく勇者が動けば魔物を盾にして魔族は逃げる。当然逃がすつもりはないが、いつかは逃げられて魔王に情報が伝わり、温存しておる四天王が動き出すじゃろう。それをなんとか撃退しつつ旅を続けるしかないという苦肉の策じゃ」

 エル婆が苦笑する。

 どうやら、あまり納得のいく作戦ではないらしい。

「ま、その過程で魔王が釣れれば万々歳といったところか」

「ん? なんで魔王が釣れれば万々歳なんだ?」

 普通に考えて、魔王と四天王が束になって来られたら絶望的だと思うんだが。

「魔王が出てきてくれれば、聖剣の本来の力が振るえるからのう」

「本来の力?」

「そうじゃ。聖剣は魔王殺しの剣。より正確に言えば、魔王を殺すことのみに特化した剣。故に、魔王とぶつかるその時まで、聖剣は本来の力を封印して力をめておるのじゃよ。普通の魔族や四天王が相手では、普通の剣と大差ない力しか振るえぬのじゃ」

「……本当なのか?」

 俺はその質問をエル婆ではなく、隣でのんに器をつついているステラにした。

 ステラは急に話しかけられるとは思ってなかったらしく、口の中いっぱいに具材をほおっていた。

 数秒をしゃくに費やし、ゴクンと飲み込んでから、ステラは神妙な顔で口を開く。

 その数秒のせいで真剣な空気が台無しだ。

「ええ、本当よ。今の聖剣は封印から漏れ出した僅かな力を振るうのが精一杯。現時点だと、ちょっと切れ味が良くて、絶対に壊れないだけの普通の剣って感じね」

 しかし、ステラ本人は真剣な空気を維持できてるとでも思ってるのか、特に慌てる様子がない。

 ツッコミを入れても誰も幸せになれないので、俺とエル婆はスルーして話を続ける。

「というわけじゃ。魔王が軍勢を率いてステラを殺しに来れば、その軍勢をワシらや現地の戦力でどうにか足止めし、ステラを魔王にぶつけることができる。勝算こそ高くはないが、道中の戦いを省き、消耗を抑えた状態で決戦に持ち込めるのじゃ。想定される中ではかなり良い方の展開と言えよう」

「……なるほどな」

 正直、ステラ一人に魔王を押しつけているようで気に入らない作戦だが理にはかなってる。

 夢の中のステラのように、味方全員を失って、自身も致命傷を負った状態で魔王城に突撃するよりは、よほど勝算のある賭けだろう。

 だが、これだけは言わせてもらう。

「もしそうなった場合、俺は目の前の敵を放ってでもステラに助太刀するからな」

 強い意志を込めた目でエル婆に宣言した。

 俺が守るのは人類ではなく、ステラだ。

 たとえ俺が放り出した敵が多くの人々を殺したとしても、俺はステラを助けることを優先する。これだけは譲れない。

「わかっとる、わかっとる。お主の熱い気持ちはよーくわかっとるよ。そう睨まんでも異論はないわ」

「ならいい」

「ふう、まったく。愛されておるの~、ステラや~」

「からかわないでください!」

 エル婆が突然ニヤニヤしてステラを弄り始める。

 また真剣な空気が台無しだ。

 そして、エル婆、貴様もか。

「さて、話を戻すぞ。今のはあくまでも当初の計画で、一つの可能性の話じゃ。実際には魔王が自分に有利な状況を捨てて突撃してくることはないじゃろうし、作戦そのものもここ数年で急激に情勢が変わったせいで見直さざるを得なくなった。まあ、情勢の変化に関してはうれしいしらせなんじゃが」

「嬉しい報せ?」

 どこぞの英雄が大戦果でも上げたのか?

「うむ。ここ最近の話なんじゃが、方々に拠点を作って居座っておった魔族どもが何者かに討伐されたようでのう。さすがに広範囲を担当する聖戦士達を解放するまでには至らんかったが、一部の英雄達は自由に動けるようになった。単純に魔族が減ってくれただけでも大助かりじゃ。感謝してもし切れん」

「ほう」

 そんな奴がいるのか。

 魔族を拠点ごとつぶせるとなると、低く見積もってもフィストのような英雄上位クラス。下手したら聖戦士並みだ。

 そんな戦力が自由に動いてるなら、仲間に勧誘できるんじゃないか?

「正体はわからないのか?」

「それがさっぱりでのう。監視をしていた者達いわく、ある日突然魔族どもがざわつき始め、激しい戦闘音が聞こえてきたと思ったら、数時間後か数日後には魔族どもの拠点がるいるいのありさまになり果てていたとのことじゃ」

 頼もしいな。

 だが、戦闘に数時間から数日をかけてるってことは、せんめつ力はそうでもないのか?

 となると、魔法使いではなく戦士タイプなのかもしれない。

「そして、それを成した英雄は名乗るどころか姿すら見せずに立ち去る。なんともカッコ良いものじゃ。最近は吟遊詩人のネタになっておるらしいぞ」

「あー、言われてみれば、そんなうわさを小耳に挟んだような気がするな」

 特に魔族の支配領域に行った時に、近隣の街とかでよく聞いたような。

「ちなみに、ワシとしては他の人類と足並みそろえず好き勝手にやっとる獣人族の連中が怪しいと見ておる。奴らを率いる『獣王』はワシと同じく、最強の聖戦士の一人と言われとる奴じゃからのう。協力してくれればありがたいのじゃが、まあ、敵の敵でいてくれるだけ幸いじゃな」

「ほー。俺もここ数年で魔族は何体か狩ったが、あいにく獣人族とは遭遇しなかったな」

 俺がそう言った瞬間、ピタリとエル婆の動きが止まった。

 そして唐突に真顔になり、感情の読めない目で俺を見てくる。

 どうした?

「アー坊、それはいつの話じゃ? いつ頃から魔族狩りなんて始めた?」

「五年前からだな。強い修行相手を求めて殺しに行った。未来の敵も減らせるし、一石二鳥だと思って」

「……お」

「お?」

「お主かッ!」

「おっと!?

 エル婆が突然、ツッコミのチョップを繰り出してきた。

 見た目の割に強力な一撃だ。

 武術系の加護持ちには到底及ばないとはいえ、魔法系の加護持ちも、過酷な戦いに巻き込まれても死なない程度には身体能力が高い。

 多分、俺とエル婆が腕相撲とかしたら余裕で俺が負けるだろう。

 そんな一撃を食らってなるものかと、無手で『わいきょく』を使って受け流す。

「謎の英雄の正体はお主かッ! なるほど、確かにルー坊を圧倒したお主であれば魔族を狩ることもできるじゃろうな! まったく、本人の前で知ったかぶりして恥をかいたわ! 自信満々で間違った推理を言ってしまったではないか!」

 エル婆が荒ぶっている。

 しゅうのせいか、その顔は少し赤い。

 こうしてると、幼子がかんしゃくを起こしたようにしか見えないな。

 見た目相応ってやつだ。

 というか謎の英雄の正体は俺か。

 修行目的で魔族を狙い、売名より修行時間を優先したから何も語らず、次の強敵や装備を求めてすぐに立ち去る。

 なるほど。俺の内心を無視して客観的に見れば、謎の英雄と言えないこともない。

 仲間にできるかとか考えて損した。

「ふー……すまぬ、少々取り乱した。というか、アー坊は既に随分と人類に貢献しておったんじゃな。加護を持たぬ身でそこまでやるとは。ルー坊が気に入るのも頷ける。さすがはシズカのやいばを継ぐ者じゃ」

「シズカ?」

 唐突に知らない名前が出てきた。

「その刀と羽織の元の持ち主じゃよ。ワシが最初に勇者パーティーに所属しておった頃の仲間『剣聖』シズカ。戦場で暴れ回るタイプじゃった当時の魔王を相手に、傷ついたワシらをかばってたった一人でおとり役を買って出た、尊敬すべき姉貴分じゃった」

 エル婆の目が懐かしそうに細められる。

 過去を思っているのだろう。

「そして、ワシと同じ貧乳族じゃった」

 どうやら少し違ったみたいだ。

 しかも、今の発言にリンが反応した。

 理由は察せていないふりをしてやるのが優しさだ。

 ステラは……地味にあるんだよな。離れてる間に成長しやがったのだ。

 って、何を考えてるんだ俺は……!?

「その装備、どこで手に入れたんじゃ?」

「とある迷宮の奥底でスケルトンになってた女を倒してもらい受けた。元剣聖だろうとは思ってたが、そんな奴だったんだな」

「そうか……」

 エル婆は目を伏せる。かつての仲間の冥福を祈っているのかもしれない。

 あるいは、同胞(色んな意味で)としての祈りか。

 やがて、エル婆は目を開き、優しい目で俺を見た。

「お主のような心の強い男に受け継がれるのであれば、シズカも本望じゃろう。その装備、大事に使ってくれ」

「……ああ」

 神妙に頷く。

 剣聖スケルトン、いや『剣聖』シズカか。

 魔王との戦いに殉じた大先輩の使った装備……これからもありがたく使わせていただこう。

 あと、絶壁とか失礼なこと思ってすみませんでした。

「それにしても、シズカの奴、スケルトンになっとったのか……。強かったか?」

「バカみたいに強かった。当時の俺じゃ勝つまでに何回も手足ぶった斬られて、リンの世話になってたな」

「あ、私と会ってた頃に戦ってたんですね」

「そうだ」

 と、その時、隣のステラが腕を握ってきて、無言の上目遣いで俺を見上げ始めた。

 その顔には複雑な感情が見え隠れしている。

 俺の無茶を怒りたくても怒れないような、心配と罪悪感とその他もろもろがごっちゃになったような悲しい顔だ。

 ……だから、俺がやりたくてやったことなんだから、お前が気にする必要はないってのに。

 とりあえず、俺は苦笑しながらステラの頭をでておいた。

 拒絶されないのが妙にこそばゆい。

「それにしても、あのシズカを相手に何度も手足をもがれて敗れながらも、決して諦めない根性か。あっぱれじゃな。ブレ坊は見習うべきじゃぞ。さすれば、ルー坊に怒られることも減るじゃろう」

「げ、そこで俺に振るのかよ……」

 エル婆が唐突にブレイドの名前を出し、当のブレイドは渋い顔で鍋のおかわりをよそい出した。

 あと地味に気になってるんだが、さっきから会話に出てくるルー坊ってルベルトさんのことか?

 あの老騎士を坊や扱いできるとは、本当にエル婆は年長者なんだな。

 さっきの癇癪を見てると信じられん。

「あー……ルベルト様はブレイド様に厳しいですからねぇ」

「そうなんだよなぁ。もう俺の方が強いってのに、未だにガキ扱いしてきやがる」

「年寄りにとっては、若造なんていつまでっても若造のままなんじゃよ。それに、ルー坊のあれは愛のむちじゃろう」

「私はブレイドの自業自得だと思うけどね。ルベルトさんより強いっていってもパワーで押し切ってるだけだし。それにブレイドって根性なさそうだし」

「誰が根性なしだ、コラァ!?

 ワイワイと騒ぐ勇者一行。

 その光景を見て、こいつらとは仲良くやれそうだという予感がした。

 苦難を前にして笑える奴は強い。

 逆に余裕を失った奴がどれだけ危ういのかは、身をもって知ってる。

 今のこいつらとなら、きっと絶望の未来を変えられそうだ。

「おっと。大分話が脱線してしもうたな。話を戻そう。情勢の変化を受けて変更した、現時点での魔王討伐までの道のりの話じゃ」

 エル婆が話を再開した。

 そして、本日最後となる話題がもたらされる。

「アー坊こと謎の英雄の活躍のおかげで、ワシらが倒さねばならん魔族の数は大分少なくなった。それともう一つ、情勢には無視できん変化が生じておるのじゃ」

 次に放たれたエル婆の言葉は、まさにきょうがくに値した。

 その瞬間、俺は確かに感じたのだ。

 未来が、運命が、音を立てて変わっていくのを。

「魔族が狩られたことに業を煮やしたのか、それとも別の理由かは知らんが、──これまで温存されておった魔王軍の最精鋭『四天王』の一角が、ここ最近、人里付近に出現し暴れ出しおった」

 こんな序盤での四天王の出現。

 俺が夢の中でかき集めた情報の中に、そんなものはない。

わなかもしれんが、これはチャンスじゃ。四天王の一角をここで討ち取れれば後がかなり楽になる。アー坊のおかげで、本来なら真っ先にやらねばならんはずじゃった魔族狩りも大分進んでおるしのう。よって、ワシらは急いで現地へと急行し、現地の戦力と協力してその四天王を討つ。そこが魔王討伐の旅の最初の目的地じゃ」

 「その場所の名は……」とエル婆が続ける。

「──『エルフの里』。ワシの故郷であり、数多あまたの優秀な魔法使い達と神樹の加護に守られた、人類屈指のようさい都市じゃ」

 エルフの里。そこが俺達が勇者パーティーとして体験する最初の戦場。

 その場所で、俺達は思い知ることになる。

 そして存分に味わうこととなる。

 敵の強大さを。四天王という怪物の途方もない強さを。恐ろしさを。


 なお、真面目な話し合いをしてるうちに鍋の料理は全て食われていた。

 目の前でエル婆がおかわりしたのが最後の一杯だった。

 どうやら、ずっと俺と話してると思ってたエル婆も、俺の視線が他へ向いたタイミングを狙ってしっかり食べ進めていたらしい。

 俺は思い知った。パーティーでの食事とは、早い者勝ちの弱肉強食の世界であるということを。