
暦の数字が十二月になった。
寒さはよりいっそう強さを増していて、今日も今日とて寒風が頰を撫でていく。
色々とあった修学旅行から数日が経過した本日、いつも以上に低い気温の中で、しかし俺の気分はいつも以上に高揚していた。
理由は単純。本日が二学期最後の登校日──つまり終業式だからである。
必然、明日から始まるのは全国の学生諸君が待ち望んだ冬休み。
俺もその輪に漏れることなく長期休暇に心躍らせているというわけだ。
「うぅ……今日は一段と寒いわね」
いつも通り、駅で待ち合わせして胡桃さんと学校へ。
彼女は手袋の上から指先をもみほぐしつつ身体を縮こまらせていた。
寒がっているところ申し訳ないけれど、小動物みたいで非常にかわいい。
「手袋してるのに寒いの?」
「末端冷え性は手袋とか靴下とか、そういうものがほとんど意味をなさないのよ。いつもはカイロを持ってきてるんだけど……昨日買い忘れちゃって」
今日の分はなかった、ということか。
「そっか、じゃあとりあえず人肌で」
手袋の上から胡桃さんの手を握る。もこもこ。
「ありがたいけど、さすがに手袋越しじゃ分からないわよ。それに歩きにくい」
「なら立ち止まって温め合おうじゃないか!」
「学校に行けないんだけど!?」
「サボるしかないね」
「手を繫ぎたいがために!?」
「個人的には手だけじゃなく、末端まで人肌で温めてあげたいんだけどね!」
「まだ朝なんだけど!?」
「それはつまり、夜になったら人肌で温めてもオーケーってこと?」
「そ、そんなわけないでしょ!?」
吠える胡桃さんに、俺は少し真剣な声色で返す。
「じゃあ、修学旅行の帰り道での言葉はいったいどういう意味だったのか聞いてもいいかな?」
「……っ!? あ、あぁ、あれ……は……」
俺の言葉に胡桃さんは一瞬で固まった。
彼女は暫し視線を右へ左へと水族館の回遊魚が如く泳がせ、かと思えばこちらを見つめてきて……視線がばっちり交差すると顔を真っ赤にして一歩二歩と後ずさる。
そして──。
「わ、私先行くからっ!」
スタタタッ、と脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「あぁ……」
……また、である。
修学旅行から帰って以来、あの日の帰り道で彼女が口にした『……そろそろ、いいかもね』という言葉をどうにかして現実に持っていけないかと、機会があればこうして尋ねているのだったが、結果は芳しくない。
話題に出した途端に、今のように逃げられるのである。
気になるけど、聞けば逃げられる。
逃げられればそもそも一緒に居られる時間が減る。
でも話していると気になる。
そんな悪循環に、ここ数日悩まされていた。
(もう少し落ち着くのを待った方がいいのか? でもそれだと誤魔化されそうだし……)
頭を捻らせつつ、俺も胡桃さんの後を追いかけて学校へ。
校門を抜けて下駄箱に到着すると、胡桃さんがジト目のお出迎えしてくれていた。
「待っててくれたんだ」
「べ、別に。……は、早く教室行くわよっ!」
髪をいじりながらぼやく胡桃さん。
「……らぶい。やば、胡桃さんマジで可愛い。大好きだ」
「う、うるさいわね! ばかっ!」
照れ隠しに怒ってみせる胡桃さんは早足に教室へと向かい、俺もまた忠犬ハチ公よろしく彼女の背中を追うのだった。
結局二人並んで仲良く登校。教室に(未来の)新郎新婦が入場だ。
すると先に来ていた胡桃さん側の友人代表、小倉が声をかけてきた。
「おはよ、胡桃ちゃんっ!」
「調ちゃん、おはよー」
胡桃さんの返事に一瞬でれっとした笑みを浮かべた小倉は、次にこちらにも視線を向けて、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「おはよ」
「おう」
短く返事をすると、彼女は口をへの字に歪める。
「出た『おう』。たまにはちゃんと挨拶してよ」
「……おはよう」
言うと、小倉はにっこりと母性すら感じさせる笑みを浮かべて、
「はい、よくできました~」
と拍手。
「ムカつくなぁー」
「胡桃ちゃんの彼氏なんだから、礼儀作法ぐらいは身に付けてもらわないとね」
一体何様でどこ目線なんだと突っ込みたいところだが、俺はため息を一つついて自席に座る。
以前なら、それはもう全力で突っかかり睨み合っていただろうけど、修学旅行以来、俺と小倉が喧嘩することは少なくなっていた。
それは彼女の過去を聞いたり、胡桃さんとの関係を見て矛を収めたというのもあるが、一番はおそらく、彼女の態度に慣れたというのが大きいだろう。
小倉は胡桃さんにとって数少ない同性の友達であるが、それは小倉にとっても同じ。
クラスで浮いている彼女は基本的に胡桃さんと居て、故に基本的に胡桃さんと一緒の俺とも行動を共にすることが必然的に多くなるのだ。
「それにしても、今日は寒いわねー」
手袋を外して指を擦る胡桃さんに、小倉が小首を傾げた。
「あれ、いつもカイロ持ってたよね?」
「実は買い忘れちゃって」
「じゃあ私の使う?」
「えっ、い、いやっ、それは悪いよ!」
遠慮する胡桃さんに、小倉は取り出したカイロをずいっと前に出す。
「私は大丈夫だから! それに今日は終業式で体育館に行かなきゃだし、ね?」
教室と違って体育館にはエアコンが付いていない。そう言われて、胡桃さんは遠慮しつつも、しかし最終的にはカイロを受け取った。
「はぁ……っ」
途端、胡桃さんはふにゃりと顔を緩めて感嘆の息を漏らした。かわいい。
「んっ、か、かわっ……んっふ♡」
そしてそんな胡桃さんを見てデレデレと締まりのない顔を晒す小倉。だらしない。
だいたい人の彼女を変な目で見るんじゃない。
小倉を睥睨していると、ふと思った。
──そう言えば、教室ならもう歩く必要もないし人肌で温められるのでは? と。
「えいっ」
「ひょえっ!? い、いきなりなにっ!?」
カイロを握る手を上から握ると、素っ頓狂な声を上げる胡桃さん。
「何って、約束通り人肌で温めようかと。ほら、指先だけじゃなくて心まで温まるでしょ? これが人肌の温もり、愛の証明ってやつだよ! どうかな?」
「べ、別に約束してないし! むしろ恥ずかしさで顔が熱いくらいなんだけどっ!?」
胡桃さんは顔を真っ赤にして手をぶんぶんと上下に動かして、俺の手を振りほどいた。
そして「もうっ」と、警戒の目を向けてくる。
そんな表情も大変素敵ですっ! なんて思っていると、誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、それまで教室の反対側でお友達と談笑していたはずの桐島くんが笑みを浮かべて立っていた。
「相変わらず、朝からイチャイチャしてるなぁ」
「本当は夜もいちゃつきたいんだけどねぇ……痛っ」
胡桃さんに足を蹴られた。
いつもと違ってちょっと痛い。
「今のはお前が悪い」
ぼやいて、桐島くんは呆れるように苦笑。
これは修学旅行以降の変化である。
帰ってきてからというもの、桐島くんは教室でもよく俺たちと絡むようになっていた。
と言っても、彼には彼の所属する友達のグループがあり、あくまでたまに顔を出して話に交じるという程度ではあるが。
それでも俺たちにとっては充分。
話せる人が増えて、胡桃さんが笑うことも多くなっていた。
「……」
ふと視線を感じて何気なく見やると、それまで桐島くんと話していたクラスメイト達がこちらに視線を向けていた。しかし、特に気にした様子もなく、すぐに自分たちの話に戻っていた。
これも、最近になって起こったクラスの変化である。
他にも、以前までクラス中から向けられていた視線も少なくなっていた。
単純に興味がなくなったからか、俺たちの存在が見慣れたものになったからか。
仔細は不明であるが、後者なら喜ばしい限りである。
しばらくしてチャイムが鳴り、物部先生がやってくる。
「終業式だが、一時間目からあるからすぐに移動するぞー。お前ら準備しろー」
相も変わらず間延びした声でそう告げると、いつもより早めにホームルームを切り上げ、俺たちは体育館へと向かった。
体育館へ向かう途中、俺は胡桃さんと小倉の後ろを歩いていた。
本当なら俺が胡桃さんの隣を歩きたいところなのだが、現在二人は美容やファッションといった女子トークを繰り広げている。とてもではないがここに入ることなど不可能であった。
というか、友達と盛り上がっているところを邪魔するほど俺も野暮ではない。
嫉妬はするが、今はお前に任せよう。
寂しいような、嬉しいような。
複雑な気分を抱えて、俺は後方腕組彼氏と化す。
そんな感じで久しくぼっちで歩いていると、ふと隣に誰かが並んだ。
誰じゃらほいと伺うと、そこには剽軽者の姿。
「おはよ、阿坂くん」
「おはようさん」
阿坂くんは片手をあげて返事。
これもまた修学旅行以降の変化である。
阿坂くんとは帰ってきてからもたまに話す仲になっていた。
内容としては他愛無い世間話程度であり、これを友達と呼ぶのかは分からない。
だけど、気を使わないという点では他のクラスメイトより話しやすい存在であった。
「にしても、今日は一段と寒いなぁ」
胡桃さんと同じようなことを口にして、彼は身を抱える。
「だね、寒いのは苦手?」
「まーな。こう、腹の奥が震えて気持ち悪くなるんだよ」
なんとなくわかる気がする。
「それは……今日の終業式は大変そうだ」
「そこは大丈夫。腹にカイロ貼ってきた」
ぺしっ、と腹を叩いてニッと笑った彼は、ふと前を歩く小倉を見た。
どうしたのかと思っていると、彼は神妙な面持ちで尋ねてくる。
「……笠宮はファッションとか気にしねぇの?」
「え?」
いきなりのことで困惑していると、彼は続ける。
「ほら髪とかさ。ワックスとかつけたりしないのかなーって」
「あ、あぁー。そういうのはよく分かんないんだよね」
ああいうのってみんなどこで覚えるのか個人的に謎である。
ネットとかだろうかと適当に考えていると、阿坂くんとは逆方向から声が飛んできた。
「おいおい、彼女があの古賀胡桃なのに何言ってんだよ」
「……っ! び、びっくりした……桐島くんいつの間に」
声をかけてきたのは桐島くん。
クラス内でもカースト上位の男子二人にサンドイッチされた形である。
「やっぱ桐島もそう思うよな?」
「あぁ、ヤバ宮くんはもっと見た目に気を使うべきだな」
阿坂くんの言葉に首肯を返す桐島くん。
「い、一応筋トレはやってるんだけど……」
「そこは普段見えないだろうが」
桐島くんはため息をつくと、阿坂くんと一瞬目配せして、
「冬休み中にたっぷり仕込んでやる」
「えっ」
「俺も手伝うぜ! 頑張ろうな、笠宮!」
「あ、阿坂くんまで……。冬休みは胡桃さんと過ごすつもりなんだけども」
それはもう毎日一緒に過ごし、楽しくキャッキャウフフと青春の一ページを胡桃さん一色で埋め尽くす算段であった。
思わず肩を落としていると、二人から尻に無言の蹴りが飛んでくる。
「あ痛っ! ……な、なんで!?」
「「リア充くたばれ」」
「……あぁ、そう言えば二人とも彼女いないんだけっけ」
イケメンなのにおかしな話だ、という意味合いで口にしたらまたもや蹴りが飛んできた。
いや……うん、確かに今のは言葉のチョイスを間違えた気がする。ごめんね。
「「ふんっ!」」
謝るとまた蹴られた。
理不尽だ! という言葉はさすがに喉の奥に飲み込んだ。
寒い寒い体育館にて開催された終業式という名の校長先生のありがたいお話も終わり、生徒たちはそれぞれのクラスに戻っていく。
その前に、俺は自販機に温かいコーヒーを買いに行っていた。
寒いというのもあるが、それ以上に校長の話が眠すぎた。
このままだと教室に戻ってからの物部先生の話で寝落ちは不可避。
二学期最終日にそれは申し訳ない。
というわけでやって来たのだが……当たり前だが誰の姿もなかった。
しかし小銭を入れてコーヒーを購入していると、不意に足音が聞こえてくる。
取り出し口から缶を手にして顔を上げると、見慣れた人物の姿が。
「小倉か」
「そっちも喉渇いたの?」
「いや、眠かったんだよ」
買ったものを掲げて見せると、苦笑を浮かべる小倉。
彼女は俺の横を通り過ぎて自販機でココアを購入。
「胡桃さんもそうだけど、お前もほんとココア好きだよな」
「胡桃ちゃんが好きだからね」
「……そ、そうか」
何気なく聞いたら思ったより重い理由が返ってきた。
俺もこじらせている自覚があるけれど、小倉もかなりキていると思う。
「なにその目。文句あるの?」
「別に、ただ一応言っておくと、胡桃さんは俺の彼女だからな」
「なにそれ自慢? 知ってるわよ。……これは友達の好きな物を好きになって共感からの好意を得たいっていう健気な友情よ」
「下心しか感じないんだが?」
「まぁ、それはそれとして普通にはまったっていうのもあるけど」
「最初からそう言ってくれ。ちょっと怖い」
「ヤンデレみたい?」
言って、髪の端を咥えてハイライトの無い瞳で俺を見つめてくる小倉。
「怖いって、マジで」
迫真の演技に感想を述べつつコーヒーを啜る。
小倉も少し笑みを浮かべてココアに口を付けた。
教室で飲んでもいいのだが、寒空の下で飲むと美味さが倍増している気がするのだ。
並んでそれぞれ温まっていると、何とはなしに小倉が空を見上げた。
「……そう言えば、最近何かあった?」
「何かって?」
要領を得ない質問に疑問を返すと、彼女は空から俺に視線を移す。
「胡桃ちゃんのこと。最近よく私のところに逃げてくるから」
言われてすぐに思い当たった。
彼女が言っているのは修学旅行の帰り道での発言に関するあれこれのことだろう。
胡桃さんのプライバシーのこともあるし、それに胡桃さんラブの小倉に伝えるのはさすがに……と、どう答えようか言い淀んでいると、彼女は顔を伏せる。
「こ、個人的には一緒に居る時間が増えて嬉しいんだけどっ! ……でも、何かあったのか聞いても教えてくれないし……」
そりゃあ教えられないだろうなと思っていると、小倉は下唇を嚙みしめて顔を上げた。
その瞳は心配の色で染まっていて──。
「でも、私は胡桃ちゃんの悲しむところを見たくないから! その為なら何でもするからっ!」
──だから、問題はないの? と、訴えかけてくる小倉。
正直、話の根幹がとんでもないド下ネタであるから、こんなに心配してくれている小倉には罪悪感しか抱かないのだが……。
だけど……そうか。
俺はコーヒーを一息に飲み干すと、近くのゴミ箱に投げ捨てた。
「安心しろ、そんなことにはならないから」
「……ほんと?」
「あぁ。それに、逃げてきた胡桃さんは悲しそうな表情をしてたか?」
「そう言われれば……」
顎に手を当てて思い出すように目を瞑る小倉。
やがて彼女は「そっか」と呟きココアを飲み干すと、空き缶を捨てる。
「なら……ひとまずは安心しとく。安心して、冬休みに胡桃ちゃんと二人でどこに遊びに行くかを計画しとく」
「……は? ちょ、ちょっと待て! 二人だと!?」
「あっ、そろそろ教室に戻らないと」
「お、おい待て、小倉! 話はまだ……くそっ! 逃げるな!」
駆け足ぎみに教室へと戻っていく小倉。
そんな彼女に俺は、
「せ、せめてクリスマスは外せよ!?」
そう投げかけつつ、後を追うのだった。
俺は今世紀最大に胸が高鳴っているのを感じていた。
場所は胡桃さんの部屋。
何度か訪れたことのある当所は、相も変わらずおしゃれなお部屋である。
モダンな雰囲気で統一された家具に色彩。テーブルデスクの上に俺とのツーショットが写真立てに飾られているのを発見した時は悶絶するかと思った。というかした。
しかしながら、今現在俺が居るのはリビングではなく浴室だった。
鏡の前で俺は裸一貫となりシャワーを頭から浴びる。
外は寒かったからなぁ、気持ちいなぁ……ってそうじゃない!
あまりの状況に脳の処理が間に合っていない。落ち着けと頰を張るが当然落ち着けるはずもない。一体全体どうしてこうなったのか。
それは少し前にさかのぼる。
二学期最後の学校も終わったところで、今日も今日とて胡桃さんと帰宅である。
本当なら恋人繫ぎで帰りたいのだが、胡桃さんは寒さに負けてコートのポケットに手を入れていた。危ないよと思わないでもないけれど、いざとなれば俺が全力でフォローするので問題ないだろう。
というか、防寒着でもこもこしていてとても可愛い。お持ち帰りしたい。
そんな感じで駅までの道を歩いていると、もこもこの胡桃さんがポツリと呟いた。
「冬休み、長いわね……」
「あれ、胡桃さんは冬休み嫌だったりするの?」
ため息を伴った言葉を意外に思いつつ聞き返すと、彼女は首を横に振った。
サラサラの黒髪がたなびいて、いい香りが鼻孔をくすぐる。
「別に、そういうわけじゃないけど……その、最近学校が楽しかったから。長期休暇になったらみんなと会えないなぁ、って」
「えっと、俺はバリバリ冬休みも会いに行くつもりだったけど?」
「……え?」
「小倉も遊びに行く計画がどうとかって言ってたし」
その言葉に胡桃さんは顎に手を当て、真剣な表情を浮かべて呟いた。
「……冬休みに、誰かと遊ぶ?」
長期休暇に誰かと遊ぶということに困惑する胡桃さんに涙が出そう。
まぁ、俺も友達と呼べる友達など桐島くんしかいなかったのだから、正直あまりピンときているわけでもないのだけれど。
それでも真剣な表情で『そんなことあり得るの?』と言わんばかりに頭に疑問符を浮かべる胡桃さんには是非とも幸せになってもらいたい。……いや、俺が幸せにするのだが。
「胡桃さんさえよければ毎日でも遊びに行くよ!」
「ま、毎日……?」
「そう、毎日。クリスマスでも大晦日でも元旦でも。胡桃さんが会いたいと思ってくれるのなら俺はたとえ火の中水の中、家族が実家に帰省していても会いに行くよ!」
「それはご家族と過ごして」
「胡桃さんは未来の家族だから問題ないね!」
「……っ! そ、そうっ!」
顔を逸らす胡桃さん。
角度的に表情は見えないけれど、耳まで赤く染まっていた。
少しの静寂。
寒風が吹き、胡桃さんは乱れる髪を手で押さえながら、横目で俺を見る。
「ま、毎日……私の家に来るの?」
それは問いと言うより、確認に近いように聞こえた。
「もちろん! 迷惑かな?」
「……ううん。嬉しい、かも」
そう告げて、胡桃さんは幸せそうに微笑んだ。
あまりのかわいさに、自分でもびっくりするぐらい心臓が跳ねた。
「だ、だったら今から胡桃さんの家に行こうじゃないか!」
「え、えぇっ!?」
「何ならもう同棲してもいい! 冬休みの間、ひとつ屋根の下で目くるめく夜を超え、怠惰で退廃的な生活を築こうじゃないか!」
「ば、ばか! そ、そんなの、だ、ダメなんだから……っ!」
慌てて否定し、手で口元を隠す胡桃さん。
しかし指の隙間からはニヤけている様子が覗いて見えた。
俺は、押すなら今しかないと一歩踏み込む。
「それじゃあ、あの日のあれはどういう意味だったか、そろそろ教えて欲しいんだけど」
「え? ──っ、あ、あれはっ!」
胡桃さんは一瞬困惑の表情を浮かべたものの、すぐに修学旅行の帰り道での発言のことだと気付き、しどろもどろになりながら顔を逸らした。
「……別に俺は、そういう意味じゃないって返事でもいいよ。俺は胡桃さんのことが大好きで、愛しているから。胡桃さんの準備が整うまで待てる。ただ……」
「た、ただ?」
小首を傾げて繰り返す胡桃さんに、俺は告げた。
「それはそれとして、普通に気になる! そしてそういう意味ならめちゃくちゃ嬉しい!」
「……へ、変態っ!」
「っ、仕方ないだろう!? 俺は胡桃さんのことが好きで好きで仕方がないんだ! もしそういう意味だったらと考えると、こう……心の奥底から溢れんばかりの喜びが込み上げてきて……っ! それで、そろそろ教えて欲しいんだけどもっ!」
「~~っ」
胡桃さんは下唇を嚙みしめて、次いでジト目で俺を睨む。
かと思えば顔を逸らしてと、百面相を十秒ほど繰り広げた後、顔を逸らした上に表情を読み取られまいと手で覆いながら、蚊の鳴くような小さな声で──提案した。
「……わ、私の家、来て。今から」
そして家に到着するなり「寒かったでしょ」とお風呂に入れられ、今に至るというわけである。
サクッと髪と身体を洗った俺は湯船に浸かり、改めて先ほどのことを考え──。
(……!? いや、待て。思い返せばこの流れ見たことあるぞ!? 具体的にはエロ同人で──)
『まさか』と思っていると、ふと脱衣所から扉越しに声がかかった。
「お、お湯加減は、ど、どど、どう?」
めちゃくちゃ震えた声だった。
必然的にこちらの返す声も震えたものになる。
「い、いい感じだよ。さすがは胡桃さんだね!」
もう何がさすがなのか言っている自分でもわからなかったけれど、それくらいしか言葉が出てこない。
それほどに俺は緊張していた。
「じゃ、じゃあ、は、入るからっ」
「──っ!? ほ、ほんとにっ!?」
シュルシュルと衣擦れの音が扉越しに聞こえて、バクバクと痛いぐらいに高鳴る心臓を押さえつけつつ生唾を飲み込むと──ガチャリと扉が開いた。
そこに居たのは──
「み、水着なら、一緒に入ってもいいって言ったから」
学校指定の無難な競泳水着を身に着けた胡桃さんだった。
「……っ」
「な、何か言ってよ」
「いや、その……どうして裸じゃないんだ! と最初は言おうと思ったんだけど、風呂場で水着っていうのは、それはそれで魅力的だなと……子作り頑張ろうね!」

「なに言ってるの!? ねぇ、ほんとなに言ってるの!?」
「あれ、これってそういう流れじゃないの!?」
「ち、違うわよ! こ、これはその……背中を流してあげる的なあれよ……」
羞恥からか顔を真っ赤にして告げる胡桃さん。
正直すでに全身洗い終えているけれど……まぁいっか!
胡桃さんに洗ってもらえるなんて最高以外の何ものでもないのだから!
俺は嬉々として湯船から立ち上がろうとして──
「っと、その前にタオルを一枚貰ってもいい?」
「え? ……あっ、う、うん!」
彼女の視線が一瞬下がって、かと思えばものすごい勢いで逸らされタオルを手渡された。
何もそこまで嫌がらなくても。お風呂に入れたのは胡桃さんじゃない。
なんて思いつつ椅子に座ると、胡桃さんが新品のボディタオルを泡立てる。
「胡桃さんのタオルでよかったのに」
「さすがにそれはヤバいでしょ」
「すんごいマジレス」
「もう。……よしっ、そ、それじゃあいくわよ?」
呆れつつも泡立ったタオルを手にする胡桃さん。
「胡桃さんを受け入れる準備はいつでもオッケーだよ」
「そういう意味じゃないんだけどっ!? ……え、えいっ」
背中にタオルの感触。そして上下にごしごしと擦られる。
「気持ちいい?」
「胡桃さんと同じ風呂場にいるというだけで気持ち良すぎる」
「……やめるわよ?」
「天にも昇るような心地です!」
「そ。痒いところはない?」
「嬉しさで心がむず痒いです」
「ないのね」
ごしごし擦られながら思う。素手じゃなくてよかったぁ、と。
本当は素手で洗って欲しかったなと一瞬思ったけれど、絶対堪えられなかっただろう。
「それじゃあ──」
「次は前かな?」
「それは自分でして!」
べしっ、とタオルを投げつけられた。
仕方がないのでささっと残りを洗い終えて泡を流すと、俺は席を譲る。
「……なに?」
「次は俺が胡桃さんを隅から隅まできれいに洗ってあげようかと……」
「わ、私はいいのよ! それより洗ったなら先にあがってて!」
「えっ、もう!?」
「だ、だって、洗うってなったら裸にならなきゃだし……」
「大丈夫大丈夫、湯船に浸かって待ってるから!」
「なにも大丈夫じゃないんだけど!?」
いいから先あがってて! と俺の裸をあまり見ないようにしながら背中を押す胡桃さん。
この一世一代の大チャンスをこんな一瞬で終わらせていいのか? いいやよくない(反語)。
「ならせめて一緒に湯船に浸かろう!」
「なんで!?」
「そりゃあもう、小さな浴槽に愛する人と密着して浸かりたいという純粋な恋心だよ」
「たぶん身体目的の奴も同じこと言うと思うんだけど!? ……うぅ、わ、わかったわよっ!」
懇願するように見つめていると、胡桃さんはしぶしぶといった様子で首肯した。
「よし!」
「そ、その代わり、一瞬だからね! すぐあがってよ!」
「もちろんだよ!」
というわけでちゃぽんと湯船に浸かると、胡桃さんもおずおずと足を入れる。
なんだろう、水着を着ているはずなのにヤバい一線を越えようとしている感がマッハである。
胡桃さんはゆっくり両足を浸け、腰を下ろし、俺と向かい合うように体育座りで浸かった。
水かさが僅かに上昇する。
「……や、やっぱりこれ……は、恥ずかしすぎるんだけ──どっ!?」
もう限界だといわんばかりに顔を赤くしてこちらを見た胡桃さん。
しかし彼女は慌てて視線を逸らした。
一瞬わからなかったが彼女の視線を追って考え理解。
対面の位置に座っているから俺のタオルの中が見えそうになったのだろう。
「これは失敬。ほら、こっちへどうぞ」
「い、行くわけないけど!?」
手を広げて俺の方に背中を預けて欲しいと示してみるけれど、胡桃さんは拒絶。
しょんぼりしていると、彼女はざばっと湯船から立ち上がって、
「そ、それじゃあもういいでしょ! 貴一は先に──っ」
と言いかけ、湯船の底で足を滑らせたのか胡桃さんの体勢が崩れた。
「危ないっ!」
俺は大慌てで彼女を支えるように動き──ざぶんっ! とお湯がこぼれる。
「だ、大丈夫? 胡桃さん」
「え、えぇ、ありがと……う?」
お互いに声を掛け合いつつ、状況を確認しようとして……思考が停止した。
何しろ、俺と胡桃さんは湯船の中で真正面から抱き合う形になっていたのだから。
「……」
「……」
水着越しに胡桃さんの柔らかさが身体中に伝わる。
顔は鼻先一センチもなく、視線は逸らすのが難しいほどにかち合っていて、互いの息遣いさえ聞こえる距離。少しの身じろぎも緊張で強張るほどに身体は密着していて、彼女の早鐘を打つ心臓の音すら聞こえてきそうだ。
というか、胸板に触れてるこの柔らかい感触って胡桃さんの──。
それが何か察した瞬間──ぴちょん、とシャワーの雫が湯船に落ちた。
「~~~~っ! ご、ごめんっ」
瞬間、胡桃さんが跳ねるように飛び退く。
「い、いや……怪我がないみたいで、その……」
先ほどの感触がまだ残っている気がして、上手く言葉が回らない。
肌はすべすべとしていて、柔らかく……思わず生唾を飲み込むと、胡桃さんが顔を真っ赤にして見下ろしながら、脱衣所へと続く扉を指さした。
「そ、その……今度こそ……さっ、先にあがってて」
「わ、わかった」
俺はいまだに茹って思考力の戻らない脳を引き連れて、脱衣所へと向かう。
「その、わ、私もすぐ出るから」
その言葉に、俺はいよいよもって限界であった。
言われた通りリビングで胡桃さんを待っていると、彼女はすぐに姿を見せた。
時間にして十分もかかっていないように思えるが、緊張していたので正しいかは不明。
胡桃さんはいつぞやのようなラフな格好ではなく、ゆったりしつつもオシャレで可愛らしい部屋着を身に纏っていた。
ドライヤーを当てていないためか髪はまだしっとりとしていて、風呂のせいではないだろう頰の上気が、煽情的な雰囲気を醸し出していた。
「お、お待たせ」
彼女は少し躊躇しつつも、俺の隣にぽすんと腰を下ろす。
しかし落ち着かないのか足をもじもじ。
ちらちらとこちらに視線を向けては、合いそうになると慌てて逸らす。
「あ、あー、な、何か飲む? ……あっ」
やがて逃げるように立ち上がろうとしたので慌てて腕を摑むと、思いのほか何の抵抗もなく、胡桃さんは再度ソファーに腰を落ち着けた。
沈黙が訪れる。
胡桃さんは顔を赤らめたまま、俯きがちにこちらを見て何かを待っている様子。
さて、どう切り出したものかと逡巡し、結局は直球に伝えることにした。
「えっと……襲ってもいい?」
「そ、それはさすがに直球過ぎないっ!?」
「じゃあ、一緒に大人の階段を昇ろう!」
「な、なんかふざけてるみたいでいや!」
「そんな! 俺はいつだって胡桃さんに真剣だというのに!」
「そ、そんなの知ってるわよ! で、でも……だってぇ……うぅ……っ」
恥ずかしさのせいか目に涙すら浮かべて、あわあわと目を回す胡桃さん。
これ以上、どう言えばいいというのだろうか。
考えていると、何とか落ち着きを取り戻した胡桃さんがおほん、と咳払い。
どうしたのかと視線を向けると、彼女は口をキュッと結んで瞑目。
自らの両頰を張って大きく深呼吸すると、目を見開いて身を寄せてくる。
その表情は何か覚悟を決めたような様子で、固唾を吞む。
やがて彼女はまっすぐに見つめたまま俺の肩に手を置いて──ぼすん、とソファーに押し倒すとお腹の上に馬乗りになる。
「く、胡桃さん?」
驚いて声をかけると、彼女は決意した表情のまま告げる。
「い、一度しか言わないから、よく聞いて」
馬乗りになった胡桃さんが俺を見下ろしてくる。
流麗な黒髪が重力に従い垂れ下がり、頰を撫でてくすぐったい。
俺の身体を挟む太ももが柔らかく、興奮してやまない。
互いの服が擦れ、その内側の体温が服越しに伝わる。
顔は先ほどにも増して近付けられ、その同年代とは思えないほど大人びていて綺麗な顔に思わず目を奪われた。
そんな彼女は、恥ずかしいのか顔を真っ赤に染めながら、しかし瑞々しい唇をゆっくりと動かして息を吸うと、──提案した。
「わ、私と……セックスしましょう」

それはいつだったか俺が言ったことの焼き直しのようで。
思わず破顔してしまう。
「な、何よっ!」
「だって、胡桃さんも直球じゃないか」
「そ、それは……っ、な、なに!? 嫌なの!? 嫌なんだったらしな──」
馬乗りのまま目を吊り上げてうがーっと怒る胡桃さん。
相変わらず、可愛くて、愛おしい人である。
怒っているにも関わらず逃がすものかと馬乗りをやめない胡桃さん。
顔を近付けたまま睨んでくる彼女に、俺は背に手を回して抱きしめた。
「あっ、ちょっと!」
「嫌なわけないよ、胡桃さん。むしろこちらからお願いしたいくらいだ!」
「……そ、そう。なら、いいけど」
彼女は小さく呟くと腕の中で抵抗をやめた。
そして俺たちはしばらく見つめ合い──。
端的に言おう、襲った。
私、古賀胡桃は微睡の中で目が覚めた。
場所は寝室のベッドの中。窓の外を見るとすでに日もとっぷりと落ち切っていた。
何だかんだで真昼間から始めた結果である。
心地よい気だるさの残る身体を動かしてデジタル時計を確認すると、時刻は十一時四分。
意外なことに、まだ日は跨いでいないみたい。
寝惚け眼を擦りながら身を起こそうとして、隣で小さく寝息を立てる彼に気付いた。
ぺらっ、と掛け布団を捲ると裸。私も裸。
(…………っ)
一瞬遅れて、何とも言い難い感情が胸中に飛来した。
嬉しいような、恥ずかしいような。でも決して嫌という思いではない。
というか、ついに意識のある状態でシたんだ、私。
「……」
いやいや。
そもそも意識のない状態でヤったことがあるというのがおかしいのだけど。
過去は変えられないというのに、それでもあの日のことを思い出すと胸の奥が痒くなる。
恥ずかしさに頭を抱えていると、ふと眠っていた彼が目を覚ました。
「──お、おは……よう」
彼はぱちぱちと瞬きし、私の顔を見て、視線を下に、かと思えばもう一度顔を見る。
「えっち」
「胡桃さんが魅力的過ぎるんだよ。……月明かりじゃ足りないから電気を点けてもいい?」
「ぜ、絶対ダメっ!」
そんなっ、と悲壮の表情を浮かべる貴一に思わず笑ってしまう。
すると彼もつられたように笑みを見せた。
「それにしても、あれだね。……子供の名前は何にしようか」
「は、はぁ!? いきなりなに言ってるのよっ!? だ、だいたい、ご、ゴムしてたでしょ!? ……してたわよね?」
どうしよう、最後の方はどうだったか曖昧なんだけど。
不安に思っていると、頭を撫でられる。
「大丈夫。子供は欲しいけど、そのあたりはちゃんとしてるつもりだから。ただ二人仲良く大人の階段を昇った次のステップと言えばそこかなと思っただけだよ」
「……っ」
その言葉にチクリと胸が痛んだ。
理由は当然、すでに大人の階段は昇っていたからである。
色々と我慢していた彼に対して、私は一人性欲に負け、眠っている彼を襲った。
だからこそ優しい笑みを浮かべて『一緒に』と喜ぶ彼に、罪悪感というか気まずさを覚えて仕方がない。いや、ほんと申し訳ない。
「どうしたの、胡桃さん」
「い、いえっ、べ、べべ、別になんでも──」
いつまでも返事をしない私を不審に思ったのか、心配げな表情で尋ねてくる貴一。
何でもないと誤魔化そうとして、ふと彼のお腹の虫がぐぅ、と鳴った。
「そう言えばお昼から何も食べてなかったわね」
「確かに胡桃さんしか食べてなかったね!」
「バカじゃないの!?」
確かに何度も食べられたけども!
まだ感覚残ってるし……。
私は胸に溜まった恥ずかしさを一度飲み下すと、ため息をつく。
「と、とりあえず何か作ろうか?」
「いいの?」
「えぇ、私もお腹空いたし」
何気なく提案してみると、彼は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう胡桃さん! すごく嬉しいよ! それに、なんだかこうしてると未来のシミュレーションをしているみたいでドキドキするね!」
「ば、バカなこと言ってないで早く服着てよ! リビングに行くわよ」
「ついでに役所に婚姻届も貰いに──」
「ご飯いらないの?」
「いります!」
元気に返事する彼に苦笑しつつ、私は服を着るためにまず部屋の電気を点けようと布団から出ると、スイッチの元まで歩いて行き──ぱちっ。
電気が点くと同時、後方で息を飲む音が聞こえた。
「……っ」
振り返ると、私を見て顔を真っ赤にする貴一の姿。
どうしたのだろうと一歩近付くと、あからさまな動揺を示した。
瞬間、ぞくぞくと私の中の嗜虐心が強く刺激される。
「……ねぇ、どうしたの?」
「……っ、い、いやその、て、天使が降臨したのかと思ってつい見惚れて──」
「ふーん、そうなんだぁ♡」
今の私の表情は、これ以上なくニヤけていることだろう。
でも仕方がない。興奮して仕方がない。
さらに一歩、二歩と近付く。
どうしよう、いけない扉を開いてしまったかもしれない。
張り裂けそうなほど心臓が脈動し、興奮のあまり身体が火照ってくる。
そしてついにベッドに腰掛ける貴一のもとに辿り着いた。
「く、胡桃さんっ!」
すると突然立ち上がった彼に手を摑まれ、強く引き寄せられる。
バランスが崩れた私は彼の腕の中に倒れ込み、優しく受け止められてそのままベッドに押し倒された。
「ひゃっ……んっ、……へっ? ちょ、え?」
「今の、誘ってるって受け取っていいよね?」
「え、あっ、ちょっ……んぶっ♡」
驚いていると唇をふさがれる。
一瞬驚きつつも受け入れ──そして今の自分の行動を俯瞰。
確かに、そうとしか思えない。
というか、間違いなく誘っていた。
性欲に思考回路を乗っ取られていた。
「んっ、んむぅ……っぷはっ♡ はぁ、はぁ……♡ ご、ご飯はいいの?」
「さすがに我慢できないです」
「もう……変態なんだから」
せめてもの抵抗にそう告げると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「最近よく思うんだけど、実は胡桃さんの方が変態だったりするんじゃない?」
「ばっ! そっ、そんなわけないでしょ!?」
「いや、でも修学旅行でもキスされたり、案外積極的に来てくれるような」
「そ……んなことより──し、シないの?」
「っ、胡桃さん!」
話題を逸らすと、なんとも簡単に誤魔化されてくれた。
けど、彼の言うことは正しい。
たぶん、というか絶対に私の方が変態である。
何しろ一方的に襲っているのだから。
(……夜這いしたこと、いつかは言わなきゃいけないよね)
キスに応えながら、私は茫然と考える。
まぁ今は絶対無理だけども。
嫌われることを心配しているんじゃなくて、もっと自分勝手な理由。
単純に、恥ずかしいのだ。
だけどこれから先、私は彼と一緒に生きていく。
その中で、いつかは言える日が来るかもしれない。
いつか、貴一と共に歩く未来。
それを妄想しつつ、私は幸せに身を委ねるのだった。