ひどい空腹と共に目が覚めた。

 昨日のばんはんが早すぎたんだよなぁ、なんてまなここすりつつ大きくび。

 部屋をぐるりと見まわすと、同室の男子は部屋とかんちがいしたのではないかと思うほどに適当な位置でころがっていた。

 思い起こせば昨夜は何かとさわいでいた気がする。

 俺は胡桃くるみさんとのとつぱつてきキスでドキドキしていたので、話半分にしか聞いていなかったが。

 あくびをころしながら洗面所へ行き顔を洗う。

 ぐせを整えたところできりしまくんがやって来た。

「うっす」

「おはようきりしまくん。ねむそうだね」

「いつもは朝練があるから気にしないんだが、ないと思ってるとダメだな。無限にれる」

 つうはない日でも早起きしてしまうとこうかいしそうなところだが、彼は逆らしい。

 歯をみがいてから洗面所を後にして、何気なく外を見ると本日もいい天気。

 太陽もさんさんかがやいていて……って、あれ? ちょっと明るすぎない?

 確か朝の六時半には朝食の会場に集合と予定表に書かれていた気がするが。

 プチっとテレビのスイッチを入れると朝のニュース番組が放送されていた。

 関西ローカルの見慣れないスタジオである。そして画面左上には時刻の表示。

「ふむ……」

「どうしたぁ?」

「いやぁ、その──」

『時刻は七時をお伝えします! 今日も元気に、いってらっしゃい!』

 にこやかな女子アナのがおと共に、こくの事実が周知された。



 朝食会場にとうちやくすると同時にもののべ先生からのお説教。

 こくするようじゃ、社会に出たらやっていけないぞうんぬん

 いやぁ実に申し訳ないと謝罪を重ねると、さっさと食べてこいとあきれられた。

 会場での食事は基本的に自由な席に着いて問題ない。

 そうと決まれば胡桃くるみさんのとなりねらうのは必然である。

 本当は昨夜の夕食の際も胡桃くるみさんと食べようと思ったのだが、彼女は同室と思われる女子と食べていたので、しぶしぶ俺はさかくんたちと食べたのだ。果たして本日は……と。

 会場をわたすとこくしてきたこともあってか、すでに食事を終えた生徒もそれなりに居たようで席はまばらに空いていた。それは胡桃くるみさんのとなりも同様の様子。

「おはよう、胡桃くるみさん!」

「……おそい。待ってたのに」

 そう語る彼女の皿は半分を少し過ぎたころ

 すでに食事が始まって三十分以上もつだろうから、かなり待っていてくれたのだろう。

「ごめんね。胡桃くるみさんとのおうが非常にげきてきだったもので、目がギンギンにえてなかなかけなかったんだ。これってつまり胡桃くるみさんがかせてくれなかったとえてもいいね!」

「ば、ばかじゃないの!?

「男というのは好きな女の子の前では馬鹿になってしまう生き物なんだよ」

「あんたはいつもだと思うんだけど……」

「いつも見てくれているだなんて……っ! うれしいよ胡桃くるみさん!」

「ちょっ、ちょちょ! 昨日言ったこともう忘れたわけ!? もうっ!」

 ふんっ、と顔をらしてベーコンを口に運ぶ胡桃くるみさん。

 ちなみに朝食はバイキング形式。胡桃くるみさんは洋食中心のようだった。

 もぐもぐよくんで食べる胡桃くるみさんに相変わらずぎようぎがいいなぁ、とれていると、彼女の横合いから低い声がけられた。

「早く取ってきたら?」

「……わかってるよ」

 ごく当たり前のことを告げたのは今朝もどこかローテンションのぐらだった。

 やはり朝にめっぽう弱いのだろう。彼女の言う通りに行動するのはしやくだが、腹が減ったのも事実。さつそく並んでいる料理の下へと向かおうとして──。

「あ、それと」

「なんだ?」

「……おはよ」

…………お、おう」

 うーむ、やはり何だか調子がくるうが……まぁいいか。

 俺は大きく息をつくと、気を取り直して料理の下に向かった。

 とりあえずは胡桃くるみさんの食べていたベーコンを確保するとしよう。



 食事を終えると、一度部屋にもどって本日の準備を行う。

 修学旅行二日目はそれぞれの班に分かれての自由行動だ。行く場所もおのおので決定することが出来るという、まさにクラスメイトとのプチ旅行である。

 浴衣ゆかたから制服にえを終え、きりしまくんと共にロビーに下りる。

 げんかんぐちにはすでに胡桃くるみさんとぐらが待機していた。

 二人仲良く話す姿に、どことなく心が温かくなるのを感じた。

「お待たせ!」

「ううん、待ってないよ」

「十分は待たされた」

ぐらは先に行ってくれてよかったのに」

「だからあたりが強いって。じようだんじゃん!」

「ははは、俺のもじようだんだ!」

 たがいに棒読みでう。

 するときりしまくんが手をたたいて注目を集めて告げた。

「そこまでにしろー。とにかく、時間も有限なことだし、さっさと行こうぜ」

「「「おぉ~!」」」

 そんな感じで修学旅行二日目の幕が上がった。



 ホテルを後にした俺たちが足を向けたのは駅。

 目的の路線をかくにんして電車に乗り込む。

 ちゆう一度えをはさみつつ電車にられること約一時間。

 見知らぬ景色が窓の外を流れていくのを見たり、本日の行き先について話したりしていると、すぐに目的地にとうちやくした。

 胡桃くるみさんは目の前の光景を見て、

「……事前に決めてたからわかってはいたけど……修学旅行でここ?」

 と首をかしげてつぶやいた。

 確かに、修学旅行と言うにはいささか疑問が残る目的地である。

 なら、俺達が本日やって来たのは関東の某遊園地TDLと並び立つ、日本のもう一つの有名なテーマパーク──某遊園地USJだったのだから。

 わびさびの景色はどこへやら、昨日の京都とは似ても似つかぬ同所が本日の目的地であった。

「まぁまぁ、細かいことは気にしない方向で! 今日も楽しもうよ!」

「……そうね。でも、こういうところはあんまり来たことないからリードはお願いできる?」

 そう言って胡桃くるみさんはいたずらっ子のようなみをかべて手を差し出した。文字通りリードして欲しい、ということなのだろう。

 なので俺は彼女の手をゆっくりと取って、

「もちろん。いつしようがい胡桃くるみさんをリードしていくつもりだよ!」

「遊園地だけでいいんだけど!?

「またまた~照れちゃって!」

「て、照れてないけど!? あ、あと──」

 息をあらくして否定の言葉をつむいだ彼女は、しかし一度深呼吸して落ち着くとうわづかいに俺を見て。

「……や、やっぱりなんでもない。行くわよ」

「え、ちょ、ちょっと! すごい気になるんだけど!?

 きびすを返して遊園地の入場ゲートへと向かう胡桃くるみさんの手を引いてたずねる。

 すると彼女はしたくちびるみしめしゆんじゆんし、意を決してこちらをくと、耳元に口を近付けて俺にだけ聞こえる程度の声量でささやいた。

「……い、いつしようがいに関してはリードじゃなくて、支え合う方向で」

……っ!?

「わ、わかった!? そ、それじゃあ行くわよっ!」

 とつぜんの告白にぼうぜんとしていると、胡桃くるみさんはげるようにいそいそと入場ゲートへ足を向けた。一方の俺はすぐに軽いトリップ状態から抜け出せるわけもなく……ガシッと誰かにみぎかたつかまれ、現実にもどされた。

 どちら様かなと視線を向けると、そこにはしぶい顔のきりしまくん。

「何を言ってたのかは知らんが朝からはやめてくれ。胸焼けする」

 いや、申し訳ない。

 胸中で謝罪していると、今度はひだりかたぐらが手を置いた。

胡桃くるみちゃんがわいかったから、許す」

 何をだよ。つーかかた痛い。力入れ過ぎなんだよ。

 俺は一度大きく深呼吸して落ち着くと、胡桃くるみさんの後を追って入場ゲートへと向かった。



 ゲートをくぐると園内は平日にも関わらず人でごった返していた。

 俺たちと同じような高校生から大学生、大人に小学生ぐらいの子供まで。だいせいきようだ。

 マップを広げて四人で話し合った結果、まずはコースター系からせいしていくことになった。

 と言っても、一日ではとうてい回り切れないので、その都度しゆしやせんたくしていく必要はあるだろうが。

 なに、別に今日一日で回り切る必要はない。

 また胡桃くるみさんと二人で……いや、四人で来ればいいだけの話だ。

「また、来たいね」

「今着いたばかりなんだけど!?

 まったくである。

 なんで終わりのふんを出してるんだ俺は。

 とにかく俺たちは一番近いコースター系のアトラクションに向かった。

 とうちやくしたのはドーム型の建物の中をジェットコースターが走るアトラクション。

 混んではいるが一番人気や二番人気に比べるとそこまでではない。

 待ち時間も、胡桃くるみさんたちと話しているとすぐに過ぎ去っていった。こういうところ、遊園地はぼっちお断りだよなってつくづく思う。きっとひまで仕方がないだろう。

 しばらくして俺たちの番が回ってくると、係員に案内されてコースターに乗車。

 おとなりには少しきんちようしたおもちの胡桃くるみさんが座った。

きんちようしてる?」

「ま、まぁ。遊園地に来るの子供のころ以来だし、そのころは身長的な問題でこういうのはまだ乗れなかったから」

 口をキュッと結ぶ胡桃くるみさん。

 実質初めてということらしい。

「じゃあ初体験ってわけだねっ!」

「確かにそうだけど、言い方!」

だいじようぶ! 実は俺も初めてだけど、二人いつしよならこわくないよ! 仲良く一皮むけようね!」

「だから言い方!」

 顔を赤くしてえる胡桃くるみさん。

 そうこうしているうちに安全バーが下りてくる。

 もう間もなく出発だ。

「も、もう……昨日も言ったけど、そういうのは二人きりの時に──っ」

胡桃くるみさん」

 じやつかんふるえていた彼女の手をにぎり、名前を呼ぶ。

 おどろいてこちらを見る胡桃くるみさんに俺は笑いかけた。

 すると彼女は小さくたんそくして、ぎゅっとにぎかえしてくれる。

「もう」

 そんな風につぶやく彼女は、すっかり安心したようにみをこぼしていた。

『では、出発します! 行ってらっしゃい!』

 係員の声と同時にコースターは出発した。



「も、もう一回! もう一回乗らない!?

 アトラクションの出口から出てくるなり鼻息あらく告げた胡桃くるみさんは、まるで子供のようにテンションが高かった。昨日も昨日で京都の街並みに興奮していた様子だったが、それとはまたちがった興奮の仕方である。

「ま、まぁまぁ胡桃くるみちゃん。アトラクションは他にもあるから、ね?」

「あっ、そ、そう、だね……」

 ぐらがジェットコースターでぼさぼさになった胡桃くるみさんのかみを整えながら告げると、胡桃くるみさんはわずかに落ち込んだ様子でしゆこうした。まるで楽しみにしていた遠足が雨で中止になった小学生のようである。わいそうかわいいというやつだろうか。よくがビシバシとげきされる。

 そんな姿に、ぐらは俺ときりしまくんをかえると、はつらつとした声で告げた。

「もう一度乗ろっか!」

「大賛成だ」

「……お前らに甘すぎないか!?

 あきれたようなため息をつきつつも、しっかり付き合ってくれるあたりきりしまくんもたいがい甘い性格をしていると思う。

 そんな感じでもう一周を終えると今度こそ別のアトラクションへと移動。

 コースター系をめるとは言ったが、それだけに決めているわけではなく、ちゆうおもしろそうだと思ったところにかたぱしから並んでいく。

「ね、ねぇ! 次はアレにしない?」

 そう言ってそでをクイクイと引っ張ってアトラクションの入口に向かう胡桃くるみさんに、俺の口角は上がりっぱなし。ただ気分的にはこいびとと言うよりむすめとお父さんって感じ。

「ん~? もう仕方ないにゃあ!」

「え、気持ち悪いんだけど」

「いきなりしんらつ過ぎない!? ……まさかこれがはんこう? はんこうむすめってこんな感じなのか?」

 むすだったらまだましなのだろうか。

 ぼんやり考えていると、胡桃くるみさんのジト目が飛んできた。あらかわいい。

「いったい何の話してるのよ」

「いずれ生まれてくる胡桃くるみさんとの子供について……かな?」

「まるで意味わからないんだけど!?

だいじようぶ、子どもが出来ても俺の一番はいつまでも胡桃くるみさんだから」

「そ、そんなこと聞いてないし心配もしてないから! むしろあんたの頭の方が心配なんだけど!?

「そう? 結構近い将来だと思うんだけど」

「ち、ちか、近くないけどっ!?

 かめちゃくちゃどうようしていた。

 顔を耳まで真っ赤にして、今までにないほどどうようしていた。

 いったいどうしたというんだろう。

 まぁ、確かに『近い』か『近くない』で言えば俺たちはまだそういうことをしていないので、『近くない』が正しいのだが……あっ、そうか!

「……なるほど! けつこんしてしばらくは二人の生活を楽しみたいってやつだね!」

「そっ……う、かも……」

 だからどうして口ごもるのか。

 顔を真っ赤になつとくするようにしゆこうする胡桃くるみさん。

 すごくわいいからいいのだけど……はて、そこまでどうようする話題だっただろうか?

 割といつもと変わらないと思ったけれど。

 どこかこうかいするように頭をかかえる胡桃くるみさんをながめつつ考えていると、それまでぼうかんしていたきりしまくんが小さくぼやいたのが耳に入った。

「……楽しめてるよな? 俺。このバカップルに付き合わされてるじようきようだけど、本当に楽しめてるんだよな?」

 いや、本当に申し訳ない。

 胸中で深く謝罪しつつ、俺はまだじやつかん顔がうだっている胡桃くるみさんの手を取って次のアトラクションの順番待ちの列に並んだ。



 しばらくして順番が回ってきたので、アトラクション用のボートに乗り込む。

 席は二つ並びではなく複数人が横に座るタイプのものだった。

 並びとしては胡桃くるみさんが一番外側で、次いで俺、ぐらきりしまくん。

「実はこの映画見たことないのよね」

 ぽつりとこぼした胡桃くるみさんは、どこかそわそわとした様子でボートのへりから水面をのぞむ。

 今回乗るアトラクションはとある映画がモチーフとなっており、そこに登場する化け物たちの間を流れる川をボートに乗って遊覧する、というものだ。

 感覚的にはコースター系とはちがい、いききのつもりで胡桃くるみさんは選んだらしい。

 係員の合図でボートが出発してしばらく。

 最初は化け物を遠巻きにながめつつ、時たま入るギャグ付きの解説にほんわかしていたのだが、アトラクションが後半にかったところで何やらふんが変わった。

「ひゃっ!」

 わいらしい声を上げて胡桃くるみさんが俺のうでいてくる。

 ふくしでも女の子らしいやわらかいたいが感じられてドキドキ。どうていかな? どうていだわ。

胡桃くるみさんだいじようぶ? いくらでもいていいからね!」

「べ、別に何も問題は……わひゃっ」

……っ! か、かわ、かわいい……っ」

 びくっ、とかたらして、身を寄せてくる胡桃くるみさん。

 というのも、実はこのアトラクション、最初は遊覧船のようなゆったりとしたふんで森の中を進むだけなのに対し、ちゆうからは化け物の研究所らしき場所に入っていき、それまで遠巻きに見ているだけだった化け物たちがおそってくるようになったのだ。

 しかもホラーと言うよりびっくり系で。

「安心して、胡桃くるみさんのことは俺が守るから!」

「いや、びっくりしただけでこわいわけでは──はわわっ」

 どうやら胡桃くるみさんはびっくり系がよほど苦手な模様。

 化け物が出てくるたびにびくっと身体からだふるわせ、いてくる。

 おびえる胡桃くるみさんには悪いけど、わいすぎてずっと見ていたいぐらい。

「……チッ」

「まぁ、落ち着けって」

 胡桃くるみさんの反対側では、俺にするどい視線を送ってくるぐらきりしまくんがなだめていた。

 もうほんと、きりしまくんには頭が上がらない。お昼ご飯は俺がごそうすることにしよう。

 そんなことを考えているうちにアトラクションもしゆうばん

 ボートは化け物からげるように研究所の中をのぼっていき、やがて追いつかれる──と思ったしゆんかん、目の前が開けて一気に外へとすべちた。どうやらこのアトラクションのラストは急流すべりのようで……って、待って? 急流すべりってことは──。

「きゃっ」

「ぬおぅ!」

 俺たちは頭から水をかぶることになった。



 れた、と言ってもずぶれというほどではなかったのは不幸中の幸いか。

 それぞれハンカチでれたしよを軽くいて、近場のお土産みやげの中に入った。

 外だとさすがに寒い。その点、店内は空調がよく効いて助かった。

 土産みやげものを見ながら体を温めていると、

「悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「私も、お手洗いに」

 と言って、きりしまくんとぐらは店内のトイレへと向かって行った。

 俺は店内でぬいぐるみをもふもふしている胡桃くるみさんに近付いて声をかける。

「それ気に入ったの?」

「ん……アトラクションの方はこわかったけど、ぬいぐるみだとわいいかも」

 彼女がかかえていたのは先ほどまで俺たちをおそっていた化け物のぬいぐるみだった。

 デフォルメされて確かにわいい。

 胡桃くるみさんはしつかんしよくが気に入ったのか、もふもふもふもふ。

 何だこのわいい生き物。

「よかったらプレゼントに俺が買おうか?」

「別にいいわよ。それにまだなやみ中だし」

「そっか。……それにしても、できれば夏に乗りたいアトラクションだったね」

「ふふっ、そうね」

 さすがに冬や寒い季節はキツイ。かつはんばいもあったのでそれを羽織ればいいだけの話ではあるのだが、今回は気付かなかった。それに水をかぶるのもだいのひとつというやつだろう。

「その時はうすで」

「……この変態」

 するどい視線が飛んできた。ぞくぞくしちゃう。

「我々の業界ではごほうです」

「変態」

「あひん」

「……はぁ、ほんとバカなんだから」

 胡桃くるみさんは大きくため息をつくと、ぬいぐるみに視線を落としてわずかにほほみながら続けた。

「──でも、また夏に来るのはいいわね。うすは絶対しないけど」

「そんなにいや?」

「い、いやって言うか、何て言うか……」

 胡桃くるみさんはいつしゆん口ごもると、手にしていたぬいぐるみで顔をかくすようにして、ぼそぼそとつぶやいた。

「……あ、あんた以外に見られるのが……い、いやなのよ」

 その言葉を理解するのに数秒を要したのは仕方のない事だろう。

 俺はぬいぐるみの後ろでずかしがる胡桃くるみさんを見て、視線をらし、てんじようでファンのようなものがくるくる回ってるな、なんて思ってからもう一度胡桃くるみさんを見る。

 やがてすべてを理解した脳みそが、一つの答えを導き出した。

「それはつまり、逆説的に言えば俺には見てもらいたい、と?」

「なんでそうなるわけ!?

「俺はいつでも構わないよ!」

「私は構うんだけど!? こ、この変態っ!」

 ぺしっ、とぬいぐるみのパンチが飛んできた。わいい。

 ぬいぐるみをかかえて顔を赤くしつつおこ胡桃くるみさんを何とかなだめていると、トイレに旅立っていた二人が帰ってきた。

「わりぃわりぃ。ちょっと混んでてさ。っと、次はどこに行く?」

 マップを広げるきりしまくんに、ぐらはおなかを押さえながら答えた。

「そろそろおなか空いたかも。いい時間だしお昼にしない?」

 言われて時計をかくにんすると、時刻は十二時を少し過ぎていた。

 朝ごはんが早かったというのもあって、腹の具合は丁度いいあんばいだ。

 特に反対意見も上がらず、次の目的地はレストラン街に決まった。

 さつそく移動を開始しようとして、

「あっ、ちょっと待って」

 と言って、胡桃くるみさんは先ほどからずっとかかえていたぬいぐるみを持ってレジへ。

 てててっ、と小走りで向かい、待たせている俺たちをちらちら見て、気持ち急ぎ目にお金をはらえると、また小走りでもどってきた。

「ご、ごめんね」

「全然、胡桃くるみさんのためなら何年だって待てるよ!」

「あんたはむかえに来るタイプの人間でしょ」

 ぬいぐるみの入ったふくろかかえ、ごく当然といった目でこちらを見つめてくる胡桃くるみさん。

 いや、まったくもってその通りだ。その通りなのだが……ふむ。

 自分のことを言い当てられるというのはうれしいようなずかしいような、むずがゆい感じだ。

 でも、決して悪い気分ではない。

 まぁ、胡桃くるみさんが関係することで悪い気分になることなどないのだが。

「ほら、早く行くわよ」

 そう言って手を取る胡桃くるみさん。

 俺もにぎかえして、レストラン街へと向かうのだった。



 昼食を終えて約一時間後、事件はとあるアトラクションを乗り終えた時に起こった。

「……あぁ、俺はもう無理かもしれない。胡桃くるみさん。さ、最後に……旅立つ最後に胡桃くるみさんの美しい顔を見たい。ともその世界一れいな顔を、俺の目に……」

「なんか思ったより元気っぽいんだけど?」

「いやぁ、でもマジでちょっとしんどい」

 俺は園内のベンチにこしけ、空を見上げるように背中を預けていた。

 気分は最悪。正直、きそうである。

 ぼんやりと空をながめて気をまぎらわしていると、視界にイケメンが入ってきた。

「まさかお前がここまで4Dに弱いとはなぁ」

「自分でもびっくりだ。そして胡桃くるみさんの顔を要求したのになぜきりしまくんが」

「ひでぇ」

 けらけら笑うきりしまくん。

 俺がこうなっているのは、4Dと呼ばれるタイプのコースターに乗ったのが原因だった。

 3D眼鏡をけて、映像を見ながら縦に横に、上に下に、前に後ろにとぐるぐる回転しながらぐわんぐわん動き回り、ぎゅんぎゅんめぐる映像に俺のさんはんかんは音を上げたのである。

 つまりは、った。

「って、あれ? 胡桃くるみさんは?」

 先ほどから胡桃くるみさんの声が聞こえないと思って視線を空から地上に移すと、飲み物を手にした胡桃くるみさんが丁度こちらにけてくるのが目に入った。

「もう……だいじようぶ? これ飲んで? ……気分、落ち着かない?」

 心配げな表情で俺のとなりに座ると、ぺたぺたと首やおでこをさわられる。

 それは熱が出た時のしよくしんでは?

 やぶへびになったら最悪なので、何も言わないけど。むしろ一生さわっていて欲しいまである。

「だ、だいじようぶだよ。少しきゆうけいすれば落ち着くから」

「そう? それ飲んでね。お金は気にしなくていいから」

 胡桃くるみさんがわたしてきたのははんのペットボトル飲料。

 テーマパークの中だと割高だろうに、申し訳ない。

 お金は後で返すとして、今はえんりよなく飲ませていただく。

「ありがとう、胡桃くるみさん」

「べ、別にこれくらい……気持ち悪いなら横になる? い、今なら、ひざ貸すけど……」

……っ! それはもう全力でお借りしたい! ……けどっ」

 俺は口元を押さえる。

「ごめん胡桃くるみさん。ちょっと今横になるのはしんどくて……今度二人きりの時に、もう一度さそってくれないかな。いつしよに大人の階段をのぼろう」

「やっぱり元気なんじゃないの!?

 顔を真っ赤にして立ち上がる胡桃くるみさん。

 彼女は心配そうに俺を見つめていて──。

「乗りたかったら、乗ってきてもだいじようぶだよ。俺はここで少しきゆうけいしてるから」

「っ、い、いいわよ。あんたが心配だし」

「それはうれしいけど……胡桃くるみさん楽しそうだったしさ。きっと他にも乗りたいのいっぱいあるでしょ?」

 そう、4Dアトラクションを終えてすぐ俺はバタンキューしてしまったが、それでもしっかり両の胡桃くるみさんがすごく楽しそうにしていたのはとらえていた。

 つうのコースター系のアトラクションより、ことさらにはしゃいでいたのだ。

…………で、でも」

「時間は有限だし、俺はまだもうちょっと動けそうにないからさ。それに……俺にとって、胡桃くるみさんが楽しんでくれているのが、一番の薬なんだよ」

…………

 それでもまだわずかにしぶ胡桃くるみさんは、俺のほおに手を当てて、

「ほ、ほんとにだいじようぶ?」

「まぁ、っただけだしね。あとで話を聞かせてよ」

 告げると、彼女はしぶしぶといった様子でしゆこう

…………ん、じゃあ、行ってきてもいい?」

「楽しんできてね」

「わかった」

 胡桃くるみさんは小さく告げると、俺からはなれる。

 俺はきりしまくんに視線をやると、

「じゃあきりしまくん、お願いできる?」

「おっけー、任せろ」

 ドンと胸をたたいて任されてくれた。ありがたい。

 相も変わらずたのもしい友人だと思っていると、ふとそれまでだまっていたぐらが大きく息をいて俺のとなりこしけた。

「何してんの?」

「いや、実は私もちょっとしんどくて……こっちで残ってていい?」

「し、調しらべちゃんも!?

 俺だけならまだしも、ぐらもとなれば胡桃くるみさんはやっぱり行くのをやめると言うだろう。

 胡桃くるみさんがいつしよに居てくれるのはとてもうれしいが、個人的には胡桃くるみさんが楽しんでくれている方がもっとうれしい。

 余計なことをと流し目でぐらを見ると、彼女はしようかべて胡桃くるみさんに告げた。

だいじようぶ、私のはそこまでつらくないから。胡桃くるみちゃんは楽しんできて」

「で、でも……」

 胡桃くるみさんは俺とぐらこうに見やる。

 まぁ、俺たちの関係はお世辞にもいいとは言えないからな。

「私としても、胡桃くるみちゃんが楽しんでくれている方がうれしいなって」

「う、うん……そう、かな? ……わかった。それじゃあ一時間ぐらいでもどるから、ここに集合ね」

「おっけー」

 ぐら胡桃くるみさんの言葉に軽く答え、二人を見送った。

 俺も胡桃くるみさんの姿が人ごみに消えるまでしっかり見送る。

 気分はさながら今生の別れである。

 そうして取り残されたのはクラスでも頭がおかしいと有名な男子生徒と、きんぱつきよにゆうの元いじめっ子。

「……」

「……」

 周囲からレールを走るコースターの音や、アトラクションの音楽、客の楽しそうな声が聞こえてそうおんに包まれる中──俺とぐらの周りだけ、まるで切り取ったかのように異質にせいじやくが支配していた。

 胡桃くるみさんからもらったペットボトルのふたを開けて、中身を口にふくむ。

 静かに飲み込み、何か話した方がいいのか? と考えているとぐらが先に口を開いた。

「……覚えてる?」

「何が」

「修学旅行に行く前、言ったこと」

「修学旅行に行く前?」

 何だったか、とおくさかのぼり一つ思い出す。

「……あぁ『時間を作ってくれ』とか、そんな感じだったか?」

「そう」

 ぐらは短く返事をすると、スッとしんけんな表情でこちらに向き直り、静かにたんたんと、今までに聞いたことのない、しんけんな口調で告げた。

「いま、時間ある?」

「……そりゃあ、あるけど」

「だったらさ、ちょっと歩きながら話さない?」

 ぐらは返事も待たずにベンチから立ち上がって、さっさと歩き始めてしまった。

 別に後を追わなくてもいいのだが……。

「おい、待てよ……くそ」

 のうにこびりつく彼女のしんけんな表情が、それを許さなかった。



 歩くことしばらく、俺たちがやって来たのはコラボエリアだった。

 このテーマパークは自社のキャラだけではなく、日本の有名なアニメやまん、ゲームとよくコラボしては、それに応じたエリアを展開するという少し変わったとくちようがあった。

 俺たちがおとずれたのはまさにそこ。

 現在は有名なロボットアニメとコラボしていた。新とか旧とか映画の頭についてるやつだ。

 ただ、正直世代が少し古いので、オタクの俺でも内容は大まかにしか知らない。

 そのような場所、オタクでもなくコミュきようのバリバリ元陽キャのぐらからすれば、ことさらえんに思えたのだが……。

「す、すごっ! でかっ、かっこいいっ!」

「お、ぐら?」

「見て見て! これ主人公が乗ってる機体! 有名だから見たことぐらいはあるでしょ? って、細か! このどうめっちゃってる!」

「……あー、良かったら写真ろうか?」

 等身大ジオラマを前に目をかがやかせるぐらに、俺は思わずそうたずねていた。

「い、いいの!? ……んっ、んん! じゃ、じゃあお願いしてもいい?」

「まぁ、それぐらいなら」

 というわけではいチーズ。

 きんぱつギャルとロボの異色なツーショットの完成である。似合わねぇ。

 しかし、出来上がった写真をかくにんするぐらは何ともがおだった。

「好きなのか?」

「ん、ま、まぁ」

「お前が好きなのはバイクに乗る変身ヒーローじゃなかったか?」

「あ、あれも好きだけど……言わなかったっけ? お父さんのえいきようで好きになったって。これもそうなの」

「なるほどね」

 確かに、俺たちの親ならちょうどリアタイしていた世代だろう。

「中、入らない?」

「話は?」

「……その、まっすぐ伝えられる自信ないから。見ながらでもいい?」

「お前がそれでいいならいいけど」

 中はアトラクションになっているわけではなく、アニメで出てきた武器やしようなど、ファン向けの資料がずらりと並んでいた。一応、4Dのアトラクション的なのがあるみたいだが、とてもではないが無理だ。

 ましついでにぼんやりとながめつつ、帰ったらこの作品見てみるかなぁ、なんて考えていると、とつとつとぐらが語り始めた。

「昔、好きだったモデルの子がいたの。れいでなんでも着こなして、すごいなぁ、なんてばくぜんと思って。しかも同い年。……あこがれって言うのかな。近付きたくて、して、して……ほんとに、強くあこがれてた」

「……」

「その子はどんどん有名になっていって、女優にならないか、なんて話が持ち上がるくらい成功してた。ひがみなんてない。さすがだ、って。やっぱりすごい子なんだ、みんなやっと気づいたんだって……」

「古参面だな」

「そうかもね。……でも、その子はある日とつぜん活動を休止して、SNSなんかも全部止まって、消息が分からなくなって──私の目の前に現れた」

 ぐらは目の前の展示物を見ているようで、だけどどこか遠くを見つめていた。

「高校の入学式の日、すぐにわかった。あの子だって。話しかけようかな、どうしようかなって一週間ぐらい……ううん、もっとなやんだかも。こんなにきんちようしたの初めてってぐらいきんちようしたし、いつも以上に身なりに気を付けて、話しかけた。モデルやってた胡桃くるみさんですよね、って」

「……」

「そうです、って返してくれて、私もううれしくって……たくさん話した」

 それは、俺の知らない話だった。

 胡桃くるみさんとぐらはそんなに早く接点を持っていたのか。

「それで、どうしてそれがああなったんだ?」

 人の目もあるためぼやかしてたずねると、ぐらは苦しそうにした。

「……あこがれの人が目の前に現れて、ひがんじゃった」

「……」

「きっとすごい努力をしてその体型をしてるんだろうなとか、食べ物はどんな感じで気を使ってるんだろうとか、はだの手入れは? かみの手入れは? どんなしようすいを? ……とか。聞いて、いっぱい、めいわくかなとか、うん。思ったけど……で、聞いて、それで私……」

「落ち着け。ゆっくりでいいから」

 段々とめつれつなことを口にするぐらかたに手を置いて、一度会場を出る。

 外のいけがきのふちにこしけさせると、ようやく落ち着いたようだった。

「……ごめん」

「問題ない」

 ぐらはしばらくうつむいた後、自分の顔を両手で押さえつけながら、を続けた。

「なんだっけ。……あ、そうそう、聞いたのよ。どんなふうにしてれいに保ってるのかって。いきなり失礼だとは思ったけど、でもずっと聞きたかったことだから」

 それは分からないでもない。

 俺も好きなまんやラノベの原作者が目の前に居たら作品について色々と聞くだろう。

「そしたら胡桃くるみちゃんね、特に努力はしてない、って」

「……まぁ、そうかもな。胡桃くるみさんとは中学からの付き合いだけど、モデルになる前からわいかったのは覚えてる」

「……だよね。うん、知ってる。……でも、その時の私はけんそんなのかなって思って、結構かんって言うか、まぁ学内だけだけどストーカーってぐらい見てたの」

 マジかよ。俺以外にも胡桃くるみさんのストーカーが居たのか。

「それで?」

「それで、胡桃くるみちゃんの言ってることってなにもちがってないんだなぁって。確かに体型で多少運動してる感じはあったけど、朝からガッツリ走ったり、食事制限したりはしてなかった。私より、全然努力してないのに私よりすごいんだなぁって、まじまじ見せつけられた気がして──ひがんだ。ねたんだ」

「……」

「もしこれが、雑誌の向こうやテレビの向こうならそうはならなかったかもしれないけど、目の前でであることを見せつけられたら、もう……おかしくなっちゃった」

 聞こえるか聞こえないか、たましいしぼすようにしたぐらは下を向いたまま頭をかかむ。朝からセットしていたであろうきんぱつがぐしゃっとくずれ、その努力がすいほうに帰す。

「……」

 ぐら胡桃くるみさんにあこがれていた。

 それも他の人よりも強くあこがれていたのだろう。

 だからこそ、自身の理想であるあこがれの胡桃くるみさんと現実の胡桃くるみさんのギャップにえられず、失望し──そして自分には無いものを持っている彼女にしつした、と。

 つまりはそういうことなのだろう。

「……ってことを、あんたに伝えときたかった。ごめん、今こんな話して」

「まったくだ。楽しい楽しい修学旅行がしんみりしたじゃないか」

「うぐっ。……そ、それで?」

 気まずそうな表情で、こちらを見つめてくるぐら

「は? なにが?」

「いや、だから……そ、それで? 何か言わないの? そんな自分勝手な理由で、とか、やっぱりお前はくそアマだ、とか。……っ、な、なぐるのは、やめて欲しいけど……でも、い、一発までなら……」

 ぎゅっと目をつぶぐら

 いや、そんなくつなことを言われても。

「……別に、何もないよ」

「で、でも……わた、私は……」

胡桃くるみさんにはもう伝えてるんだろ?」

「そりゃあ、うん。あの、あの日に……助けてくれた日の夜に、電話で」

胡桃くるみさんはなんて?」

「そうだったんだ、って。……あ、あと」

 ぐらは一度言葉を区切ると、わずかにこうたんを持ち上げる。

「使ってるしようすい、教えてもらった」

「……」

「そんな感じ」

「そうか。……なら、それでいいんじゃないか?」

 ことはすべてぐら胡桃くるみさんの間で完結している。

 俺が口をはさむようなことは何もない。

「でもあんたは、私にすごいおこってたし、おこられてけいべつされる自覚もあるし……」

 だから理由を聞いてもっとおこると思ったのだろうか。

「馬鹿か。俺がおこっていたのはお前が行ったこうに対してだ。理由は関係ない」

「そ、そっか……そうだよね」

「だが──まぁ、なんだ。なつとくはしたよ。許せる許せないは別として」

「……うん」

 ぐらは小さくしゆこうすると、大きく息を吸い込んで、一言。

「ごめん」

 と告げたのだった。

 それを静かに受け止めつつ、俺は空を見上げた。

 大きくいた白い息が、からっと晴れた空へとのぼっていった。



 まだ時間があったので近くのカフェに入る。

 さすがに外に出ずっぱりでは身体からだが冷えてしまった。

「俺コーヒー」

「飲み過ぎると身体からだに悪いんだって」

「コーヒー好きを前になんてことを言うんだ」

「……別に。胡桃くるみちゃんのかれならちょっとでも健康でいて欲しいだけ」

 そう言って自分は砂糖たっぷりのココアをたのぐら

胡桃くるみさんの友達やるならデブるなよ」

「女子に向かってなんてこと言うのよ」

 キッとにらみつけてくるぐらたんそくしつつ、俺はふと思ったことをたずねた。

「そう言えば、どうして今だったんだ?」

「なにが?」

「さっきの話だよ」

 告げると彼女は机にひじを置いて、窓の外をへいげいする。

「別に、学校じゃ胡桃くるみちゃんがいるから二人になれないし、かと言って電話をするのもなんかちがう。休日に会うのはもっとちがうし……このタイミングなら、修学旅行中なら話せる機会もあるかな、って。そう思ったのよ」

「なるほどな」

 短く返し、俺も背もたれに背を預けて窓の外を見つつ、思う。

 だからと言って、こんな楽しそうな場所でする話でもなかったのでは? と。

 まぁ、もう済んだことだし別にいいのだが。

「楽しいふんこわしたのは……うん、ごめん」

「別にいいよ。……つーか、前から思ってたんだけどさ。お前は……胡桃くるみさんが好きなんだよな? そういう意味で」

「何、いきなり」

「いや、はっきりと言葉で聞いたことはなかったなと思って」

 たずねるとぐらじやつかんごこが悪そうに身じろぎして、ほおを染めて答えた。

「……まぁ、好き。……そういう意味で」

「ふむ……ならもっとココア飲め」

「はぁ!? あぁ、もう。なんで胡桃くるみちゃんはこんなデリカシーの無い男を……」

「なんか言ったかぐらァ」

「別に?」

 などと口論しつつ、とうちやくしたコーヒーを一口。

 ほのかな苦みと深いコク、どこかフルーティな口当たりが飲みやすい。

 なるほど、いつぱんけしやすい飲み口だ。

「何考えてんのよ」

「いや、なに。胡桃くるみさんといつしよならもっとかっただろうなって、そう思っただけだ」

「ふーん」

 ぐらもココアの入ったマグカップを手にしてすする。

 小さくえんすると、満足そうに息をいた。

「それには同意」

 以降は特に言葉をわすこともなく、窓の外をぼんやりながめつつ飲み干した。

 そして身体からだが温まったのをかくにんしてから、俺たちはカフェを後にした。



 待ち合わせの場所でぐらと待っていると、数分もしないうちに胡桃くるみさんときりしまくんはもどってきた。

「あっ、おーい、胡桃くるみさん」

「ごめんごめん、待った? と言うかもうだいじようぶ?」

 こちらに気付くやいなばしりで近付いてきた胡桃くるみさんは、そのまま再度しよくしんを始めた。

 されるがままになっていると、彼女は早々に切り上げて、お次はとなりきんぱつギャルをる。

調しらべちゃんもだいじようぶ? 気持ち悪くない?」

胡桃くるみちゃんにさわってもらってるだけで体力が回復していくよ♡ もっとさわって♡」

「なんかヤバみやくんみたいになってるんだけどっ!?

「それは心外」

「おいこら」

 このアマ。さっきまでのしおらしい様相はどこに行ったんだ。

 内心であきれていると、少しおくれてきりしまくんがもどってきた。

「どうだった?」

「楽しそうにしてたよ。変なやからからまれることもなかった」

「それは何より」

「お前らの方は、何かあったのか?」

 きりしまくんは俺とぐらこうに見やる。

 何かあったかと聞かれれば、答えはただ一つ。

「特に何もないよ。少し話をしただけ」

「そうか」

「そうそう。……さて、それじゃあもう時間もないし、次のアトラクションに行こっか」

 じゃれていた二人に告げると、彼女たちはみをかべてうなずいた。


 そんな感じで時間いっぱい遊園地をまんきつ

 おそくなる前に、電車に乗ってホテルへともどるのだった。



 ホテルに着くと、すぐに夕食の時刻となった。

 時計を見ると六時半。だから早いんだって。

 席は自由で、今回は胡桃くるみさんのとなりを無事確保。

 が、四人並んで座れるところは空いておらず、ぐらきりしまくんは少しはなれた席である。

 胡桃くるみさんが少しさびしそうな表情を見せるあたり、二人にはかなり心を許しているようだ。

 それはともかく、本日の料理は和食。

 目の前には色とりどりの季節のお野菜に白ごはん、しるもの、鉄板焼きにさしと、なんだとってもごうじゃないか。一人感心していると、おとなり胡桃くるみさんがふるえた声でつぶやいた。

「ま、マグロがある」

「あれ、胡桃くるみさんマグロ苦手?」

「いや、そうじゃなくてむしろ……」

 ごくり、とのどを鳴らすところを見るにかなりの好物のよう。

 ならば俺が行うべきはただ一つ。

「はい、あーん♡」

「なんで!?

「もちろん胡桃くるみさんの喜ぶ顔が見たいからだよ! 胡桃くるみさんが未来えいごうとなりで笑っていてくれることこそが、俺の何よりの望みだからね!」

「マグロ一切れにそこまで考えてるの!?

胡桃くるみさんとの将来設計はつねごろから考えてるよ!」

「もっと別のことは考えられないの!?

 胡桃くるみさん以外のことか。

「子供の教育方針……とか?」

「バカなの!?

「まぁ、親バカにはなりそうかな」

「聞いてないんだけどっ!?

 わいわい言い合っていると、胡桃くるみさんはハッと我に返ったように周囲をわたし、顔を赤くしてうつむいてしまった。俺もならって周りを見ると、なるほど同じクラスの連中が『またか』といった様子でこちらを見ていた。

 確かに、学校でも似たようなものだしな。

「はい、あーん♡」

「少しは空気を読んで欲しいんだけど!?

 何て言いつつも、胡桃くるみさんは口を開いて俺のはしからマグロをパクり。

 もぐもぐと小動物のようにしやくしてごっくん。

 口をへの字に曲げて俺をにらむとぼそりとった。

ぬるくなってる」

「あちゃー、愛のほのおであったまっちゃったかー」

「あちゃーじゃないわよ! ……でも、ありがと。代わりにこれあげる」

 胡桃くるみさんが差し出してきたのは白いさし。イカだ。

 彼女ははしはさむとそのまま俺の皿へ──。

「食べさせてくれないの?」

「く・れ・な・い・わ・よっ! ばかっ!」

 べっ、と舌を出した胡桃くるみさんは、自らの皿に向き直って食事を再開した。

 本当に食べさせてはくれないらしい。残念だ。

 しかし、おいしそうに自分の分のマグロを口に運ぶ姿に、自然とみがこぼれてしまう。

 ぎようぎいい所作で食べる彼女にれつつ、俺もちようだいしたイカをパクり。

「……おいしい」

「そう? よかった」

「うん、胡桃くるみさんの味がするよ」

「何もよくなかった。病院行く?」

胡桃くるみさんとならどこへでも」

「あんたは無敵なの!?

 本心なんだけどなぁ。



 食事も終えて部屋にもどろうと館内を胡桃くるみさんと歩く。

 食事会場は一階にあり、俺たちがまっている部屋は男子が四階、女子が五階。

 それぞれエレベーターでの移動となる。

 食事が終わった者から部屋にもどって構わないと言われていたため、帰る時間はバラバラ。

 エレベーターの前には俺と胡桃くるみさんの姿しかなかった。

「それにしても、今日はつかれたわね」

「そうだね。かなり遊んだし……胡桃くるみさんもはしゃいでたしね」

「は、ずかしいから忘れて……」

胡桃くるみさんのがおを忘れるなんて無理な話だよ!」

「う、うぅ……ばかぁ」

 赤面してほお胡桃くるみさん。

 改めて心のメモリーにしっかり刻み込んでおこうと決意していると、胡桃くるみさんはエレベーターの階層表示をながめながら大きくため息をついた。

「どうしたの?」

「ん? あぁごめん。つかれたからこそ、また部屋かって思って。男子もそうなんでしょ?」

「まぁ、先生にはそう言われたね」

 答えると、胡桃くるみさんはまゆをひそめた。

「もしかして……」

「昨日は大浴場の方に行かせていただきました」

「ルールはちゃんと守らないとだめでしょ!」

 おこられちゃった。胡桃くるみさんらしい。

 なのでこちらは仲間を売らせていただく。

「いや、俺以外にもきりしまくんや同室のさかくんもいつしよで──!」

「言い訳しない!」

「はい!」

 仲間のばいきやくはなんの意味もなかったし、ただ共犯者の名前をしやべっただけだった。

 俺といつしよにお酒を飲もうとしたり、授業をエスケープして屋上に向かったりしている胡桃くるみさんであるが、それにはそれ相応の理由があり、基本的に彼女は真面目な人なのだ。

 そういうりんとしているところが最高にこうかれるのだけども。

「……ち、ちなみに、ほんとにバレなかったの?」

 ……おっとぉ? さすがの胡桃くるみさんも背に腹は替えられなかった模様。

 そりゃあ大浴場があるならのんびり足をばしてくつろぎたいよね。特に女の子なら。

 真面目なところも最高にりよくてきだけど、ちょっとずるがしこいところが出てくる胡桃くるみさんも、それはそれで非常に愛おしい。ギャップえというやつか。

 なので俺は親指を立てて胡桃くるみさんに答えるのだった。

「もちのろんよ」



 胡桃くるみさんと話しているとエレベーターがとうちやく

 さつそく乗り込もうとしたところで──。

「な、なぁぐら。少し話があるんだけど、今時間いいか?」

「……っ、な、なに?」

 聞き覚えのある声と、耳なじみのある名前が聞こえてきた。

 胡桃くるみさんも気が付いたのか、エレベーターに向けていた足を止めて声の方に視線を向ける。

 そこにはぐらを呼び止めるさかくんの姿があった。

「ここじゃあれだからさ、少し移動していいか?」

「……わ、わかった」

 場所を移動する二人。

 それを見て、俺は理解した。

(昨日のこと、さつそく行動に移すのか)

 昨日のこと──とはさかくんが大浴場で相談してきたことだ。

 つまるところぐらへの謝罪である。てっきり修学旅行が終わってから謝罪するものだと思っていたのだが……まぁ個人的にすぐに動いたことに関しては好感度が高い。

 二人の間でどのようなやり取りがなされるのかは気になるが、のぞくのはさすがにさかくんに対して失礼だろう。

 俺は再度エレベーターに乗り込もうとして。

「あ、あれっ! ……っ!

「ちょ、胡桃くるみさん!? ま、待って!」

 どういうわけかあわてて二人の方へと向かおうとする胡桃くるみさんの手を取って制止する。

「と、止めないとっ!」

「どうしたの胡桃くるみさん。止めるって何を──」

「ま、また調しらべちゃんが、傷つけられる!」

 その言葉を聞いて、合点がいった。

 さかくんはかつてぐらいじめる空気を作り出した張本人であり、そのことをこうかいして俺に相談をけてきた。

 その結果としてぐらに対ししんに謝罪するということを決めたが、当然胡桃くるみさんはそのことを知らない。だから『また』とあせっている。

「ま、待って、待ってって胡桃くるみさん!」

「ど、どうしてっ?」

「とにかく落ち着いて。……それから、静かについて来て」

 俺はしゆんじゆんした後、さかくんには申し訳ないと思いつつも、見せた方が早いと静かに二人の後を追った。

 二人が行きついたのはロビーのすみ

 というか、俺と胡桃くるみさんが昨日ちちっていた現場である。

 そんな場所でしんけんな話をしようとする二人。

 何というわけではないけれど、さかくんに対する申し訳ない気持ちが倍プッシュ。

 今度学食で焼き肉定食でもごそうしよう。

 俺は、したくちびるんで今にも飛び出しそうな胡桃くるみさんを押さえながら二人の話に耳をかたむけた。

「……は、話って、なに?」

 ぐらの声はわずかにふるえていた。

 ぐら自身も、さかくんに対して相応の苦手意識をいだいているのだろう。

 そういう意味では、人気のないここは悪手だったと言える。

 静かなカフェとか、そんなところが良かったのではなかろうか。

 いまさらどうなるわけでもないが。

 さかくんもきっとそれに気付いていたのだろう。

 だからこそ彼は安心させるように一歩足を退いた。

「話っていうか……その……」

 さかくんはわずかによどんだけれど、一度大きく息を吸い込むとまっすぐ頭を下げた。

「あの時は、ごめん」

「……え?」

「あのせきえの時、俺はぐらに対してひどいことを言って傷つけた。そのことを改めて謝罪したい。……本当に、申し訳なかった」

 その言葉にぐらは明らかにどうようしていた。

 どうすればいいのだろう、と頭を下げるさかくんを見てくちびるみしめる。

 せいじやくは十秒もなかったように思える。

 けれど、どこまでもめて、当事者にとっては数分や数十分にも感じられるだろう。

 その中で、ぐらうつむいてちようかべた。

「……あれは、私が悪かったから」

 確かに元を辿たどれば、ぐら胡桃くるみさんをいじめていたのが原因だ。

 けれど、だからと言って関係の無い人間がぐらきゆうだんするのはまったく別の問題なわけで。

 ──『私が悪かったから、別に気にしないでいい』

 なんて答えは、必ずと言い切っていいほどちがっている。

 うつむき、まえがみで表情のうかがえないぐらに対し、何と声をかけていいのかしゆんじゆんするさかくん。

 しかし、それよりも先にぐらが小さく横に首をった。

「ううん、そうじゃない。──あれは、私悪かったから。って言うほうが正解なのかな」

 その独白は、静かな当所によくひびいた。

 となりで息を飲む音が聞こえる。

 視線を向けると、胡桃くるみさんが目を見開いて二人をじっと見つめていた。

 何を思っているのだろうか。残念ながら俺には分からない。

 けれど、彼女はまっすぐ二人を見つめていた。

 ぐらは一つ深呼吸して言葉を続ける。

「私は、ああいうことをされて当然の人間だった。それだけのことをした自覚もあるし、こうかいもある。そのつぐないで、あの子のためなら何でも、本当に何でもしてあげたいって思う。それぐらい、あの時の私は最低最悪で、本当に気持ち悪くて、自己けんで死にたく──ううん」

 ぐらいつしゆん言葉にまり、ふるえた声で告げた。

「私みたいな人間死んでしまえ、って。そう思うぐらい、私はひどいことをした」

 もしかしたら彼女はあの日──屋上にけあがった日。

 本当にその先へ足を進めるつもりだったのかもしれない。

 ちらりととなり胡桃くるみさんを見ると、こぶしを強くにぎめていた。

「だからさかにされたことはごうとくだと思ってる。……でも、さかが言いたいのはそういうことじゃないんだよね」

「……あぁ。俺が、俺がやったのは、だれが相手でもしちゃいけないことだ。ぐらがどういう人間だったかは関係ない。結局のところ、俺が行ったのは他人を傷つけるこうだから……。本当に申し訳なかった」

 改めて深々と頭を下げるさかくん。

 そんな彼を複雑なひとみで見つめた後、ぐらは彼に顔を上げさせる。

「正直、さかのことは最低だと思う。それはきっと今後も変わらない。……ごめん」

「──っ」

「で、でもっ! だけど、あんたより最低の私を、見捨てないでくれた人がいた。その人は、私のあこがれで尊敬している人で──だから、今すぐはまだ心の整理がつかないけど、謝罪は受け止めとく」

 必死にしぼしたであろうその言葉を受け、さかくんはしばめいもくすると小さく息をいた。

「あぁ、わかった。……話はそれだけだ。改めて本当に、申し訳なかった」

 もう一度深く頭を下げると、彼はきびすを返してその場を後にした。

(って、こっち来る!)

 あわてて胡桃くるみさんの手を取り場所を移動。

 幸いさかくんは外の空気でも吸いに行ったのか、げんかんぐちへと歩いて行った。

 俺たちはエレベーターホールにもどってくると、じようしようボタンを押して二人並んで待つ。

 会話はない。ただつかんだ手ははなさず、俺はぼんやりと変化する階層番号をながめる。

 しばらくして胡桃くるみさんが小さな声で話しかけてきた。

「……さかくん、調しらべちゃんに謝るつもりだったんだ」

「そうだね」

「知ってたの?」

「相談は受けてた」

「そっか……。また調しらべちゃんに何かするのかも、なんてひどいこと考えちゃったな」

「知らなかったんだから仕方ないよ」

 エレベーターがとうちやくする。

 人は乗っておらず、乗り込んで四階と五階のボタンを押した。

調しらべちゃんも、あんなになやんでるなんて知らなかった」

 まぁ、ぐらの性格からしてだれかに相談することはないだろうしな。

 特に相手が胡桃くるみさんならなおさら。

 気取られることすらいやがっただろう。

「知らなかったなら、知ればいいだけだよ」

「……そうね。それとなく聞いてみる。……その、友達として」

「そうだね、それがいい。俺も何かあったらいつでも手を貸すから。よめたのみなら何でも聞くよ!」

「まだ彼女よ、ばかっ! ……でも、ありがと。期待してる」

 胡桃くるみさんはみをかべる。よかった。

 しんくさふんのまま別れるのはいやだったからな。

「もちろん! 期待通りちゃんとよめにするから!」

「そっちじゃないんだけど!?

 そうこうしているうちに四階に到着し、俺たちはそれぞれの部屋にもどった。



「お前は馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だとつねごろから思っていたが、まさかここまで馬鹿だとは」

「いや、ほんと申し訳ないです」

 俺は目の前でおかんむりもののべ先生にひらあやまりしていた。

 時刻は八時半を少し過ぎたころ。場所は夜空を望むてんの中。

 こうなったのか。それはさかのぼること約一時間前。



 胡桃くるみさんと別れて部屋にもどった俺は、本日もきりしまくんと大浴場へと向かうことにした。

 昨日のこともありさかくんもさそおうと後から帰ってきた彼にも声をかけたのだが、少し一人で考えたいことがある、とのことで本日は部屋せんたく

 先ほどの一件の後だから、それも仕方ないだろう。

 というわけできりしまくんと大浴場をおとずれ、本日のつかれをいやしていたのだが……。

「んじゃ俺は先あがるわ」

「うい~、俺はてんでもう少しゆっくりしてからもどるよ」

「おっけー」

 てんかり、外気のはださむさと温泉の温かさのはざまで極限の快楽に文字通りその身をしずめつつ、満天の星々をながめていた俺は──ばくすいした。それはもうぐっすりと。

 自宅のちしてしまうことがあるが、旅先ではさすがに初めてだ。

 それだけつかれていたということなのだろう。

 ちすること自体はしばしばあるのでおぼれる心配はなかったが……問題はその後だった。

「……ぉい、おい」

「……んぇ?」

「なにが『んぇ』だ。起きろかさみや

 だれかに名前を呼ばれた気がして重たいまぶたを持ち上げると、そこにはもののべ先生の姿。

 俺は目をこすり、周囲をきょろきょろ。

 てん──きりしまくんと別れてから約一時間が経過した時計──ぜんもののべ先生。

 そこから導き出される結論はただ一つ──。

「ごめんなさい」

きでよくそこまで頭を回せたな。ったく」

 そして、現在に至るというわけだ。

 もののべ先生はてんふちにゆったり背中を預け、タオルを頭の上にせて息をいた。

「はぁ……。まぁ、なんだ。いろいろと言いたいことはあるが、修学旅行中におこるのもあれだしな。今回は大目に見よう」

「ありがとうございます。……でも、ふと思ったんですけど、生徒は部屋で先生は大浴場なんですね」

「……」

「視線らさないでくださいよ。まるでおどしてるみたいじゃないですか」

「……なにが望みだ」

「ほんとにおどしてるみたいじゃないですか!?

 もののべ先生はクツクツ笑うと、湯船から出ていたかたに湯をけた。

 十一月末の夜ともなるとかなり冷える。

 俺は一時間近くもちしていたのでじやつかんのぼせているが。

 てんの湯気が夜空にのぼっていくのをぼんやりながめる。

かさみや、修学旅行はどんな感じだ?」

「楽しんでますよ。何枚かけつこんしきの時のスライドショーで使えそうな写真もれましたし」

「お前って素でそれなんだな」

「それってなんですか、それって」

 失礼な。俺は胡桃くるみさんを世界の何ものよりも愛しているだけだというのに。

 もののべ先生は、こちらの内心などまるで気にしないで続ける。

「でも、そんな写真がれるくらい楽しんでるのなら……そりゃあよかったよ」

「それに関しては同意ですね。……っと、すいません。そろそろのぼせそうなのでお先に失礼します」

「おう。……あっ、そうだ。俺はがりにビール飲んでばくすいするつもりだが、夜はあんまりさわぎるなよー」

 適当にひらひらと手をりながら一応といった風に告げるもののべ先生。

 まったく、それでいいのか教師よ。

 あきれつつもてんを後にしようとして、背中に声をけられた。

「あと一日。最後まで楽しめよ」

「……はい、それはもう全力で楽しませていただきますよ」

 たんてきに返しつつ、俺はを上がった。



 だつじよ身体からだいて浴衣ゆかたえ、ドライヤーでかみかわかしてから大浴場を後にする。

 暖簾のれんをくぐってろうに出ると、同タイミングで女湯の暖簾のれんの向こうから二人の少女が出てくるのが視界に入った。……あれはっ!

胡桃くるみさん! ……と、ぐら

 そこに居たのは愛するマイハニーとその友人。

 こちらに気付いた二人はおどろいた表情を見せる。

「あんたもちょうどおがり?」

「そうだけど……、っ」

 近付いて小首をかしたずねてくる胡桃くるみさん。

 その表情はかんしきっており、とろんとした目がこちらを見つめていた。

 ほおがりのためかわずかに上気していて、しっとりとしたかみようえんふんかもしている。正直、浴衣ゆかた姿すがた胡桃くるみさんというだけでも興奮が止まらないのに、そこに加えてがり。──いつしゆん、息をするのも忘れてれてしまうのも無理からぬことだった。

「どうしたの?」

胡桃くるみさんがりよくてきぎてれてた。しんこん旅行は温泉もいいね」

「い、いきなり何なの!?

いやだったりする?」

「い──や、では、ないけども……」

 もごもごと答えた後、口を結んでずかしそうににらんでくる胡桃くるみさん。

 申し訳ないとは思いつつ、しかし彼女への愛情をおさえられないのだ。

 すると一部始終を見ていたぐらあきれを多分にふくんだため息をついた。

「はぁ……、あんまりそういうこと人前で言ってると本格的にきらわれちゃうわよ? ──はっ! そうじゃなくてもっと言っていった方が愛が伝わるわよ!」

調しらべちゃん!?

ほんしようつくろえていないにもほどがあるだろ、お前」

 その言葉にぐらは舌打ちをして返した。

 彼女もまたがりのためほおしゆいろに染まり、だんきつめのひとみも目じりが垂れ下がっていた。かみゆるやかに下ろされていて、いつもと異なるふんまとっている。豊満な胸は浴衣ゆかたを持ち上げ、帯で強調されたくびれに、彼女もまた胡桃くるみさんとは別種のスタイルの良さを持つ少女なのだとさいにんしきさせられた。

 こちらの視線に気付いたぐらはふんっと鼻を鳴らす。

「なに?」

「いや、別に。……それより胡桃くるみさん、おの方はどうだった?」

「部屋で済ませろって言った先生をうらむ程度にはよかったわよ」

 まったくもって同意だ。

「それはよかった。とも今度はいつしよに入ろうね!」

「あれ!? そんな話だったっけ!?

「私はもう胡桃くるみちゃんといつしよに入ったけどね」

「なんで張り合ってるの!?

 じんと化した胡桃くるみさんにすり寄るめすねこ

 そりゃ、いつしよに大浴場から出てきたところを見るにそうなのだろうけども。

「……待て、つまりお前は胡桃くるみさんのはだかを見たと?」

「おに入ったんだから当たり前でしょ?」

「お、俺もまだ見てないのに!」

「ば、ばか! 何言ってるの!?

「えへへ、胡桃くるみちゃんスタイル良過ぎ。マジで目の保養になった」

「これが……られ?」

 脳がかいされそう。

「背中流してあげるときに少しさわったけど、はだもすべすべで──」

「ぐあぁああああああっ!」

 完全なられにより脳がかいされてしまった。

「くそっ……! 胡桃くるみさん!」

「な、なに!?

「おに行こう!」

「今出てきたんだけど!?

「家族的なやつがあるかもしれない。いつしよに入ろう!」

「家族でもないんだけど!?

「将来的にいつしよになるからだいじようぶ! ホテルの人も分かってくれる!」

「ぜ、絶対に無理だから! っていうか、入らないから!」

ぐらとは入ったのに!? どうして!」

「どうしてもこうしても調しらべちゃんは女の子だし! ……うぅ、あーもうっ!」

 なげいていると、胡桃くるみさんはあきれた表情を見せつつも吹っ切れたように声を上げた。

 そして顔を真っ赤にしながら俺の耳元に口を寄せると、小さくささやく。

「か、帰ってから……水着ありなら、いつしよに入ってもいいわよ……っ」

「っ! よ、よし! 帰りの新幹線は何時かな?」

「まだ帰らないけど!?

 スマホを取り出して調べようとしたらうばわれてしまった。

「……ねぇ、二人で何の話してるの?」

「べ、別になんでもないわよ?」

 いぶかな目を向けてくるぐらに対し、胡桃くるみさんはしどろもどろになりながらもしていた。

 きっと何もせてはいないのだろうけど。



 ぐらついきゆうかいしつつ部屋にもどろうと歩いていると、ある物を見つけた。

「ここ、たつきゆうだいもあるんだ」

 エレベーターホールへと向かう道すがらにらくしつがあり、その中央に本格的なたつきゆうだいがドンとちんしていた。近くにはラケットもあり『ご自由にお使いください』の文字も拝見できる。

「せっかくだしやってみる?」

 とは胡桃くるみさんからのご提案。

 もちろんきよなどしない。胡桃くるみさんとたつきゆうなんて最高。

 当然と言うか何と言うか、ぐらも二つ返事で参加を表明してきた。

「……ぐらは帰ってもいいのに」

「なんでよ。私も胡桃くるみちゃんとたつきゆうしたい。キャッキャうふふしたい」

「それはかれの俺がするから」

「……」

「……」

「ぼこぼこにしてやる」

「絶対負けない」

 というわけで、第一回戦は俺とぐらの対戦となった。

 たつきゆうだいはさんできんぱつギャルとたい

「じゃ、私はしんぱんしてるね~」

 胡桃くるみさんは近くのベンチに座り俺とぐらの両方にがんばれー、とせいえんを送っていた。

 かわいい。

「俺は経験者だからサーブはそっちからでいいぞ」

「……ふん」

 ピンポン玉を手にしてぐらが構える。

 その立ち姿を見るに、彼女もまたたつきゆうの経験がありそうだった。

 ところで、俺がわざわざぐらに勝負をけたのには単純にムカついた以外にも理由がある。

 それすなわち、胡桃くるみさんの前でぐらを打ち負かしていいところを見せたいという純度百パーセントの下心だ。言われたい、胡桃くるみさんにきゃーきゃーと。

 言っているところはかけも想像できないけれど。

 とにかくぐらには悪いが、だいになってもらうとしよう。

 ぎゅっとラケットを構え直すのと、ぐらがサーブを放ったのはほぼ同時だった。

 カンッカンッ、とかわいた音と共にピンポン玉が飛んできたので、救い上げるように打ち返す。

 するとぐらも難なく打ち返し、しばらくラリーが続いて──。

「……っ」

 俺がからり、ぐらに点が入った。

「二人ともたつきゆうできるんだ」

 にこやかな胡桃くるみさんの声に、しかしぐらはじっと俺を見つめていた。

「……ねぇ、たつきゆうやってたんだよね?」

「そうだが?」

「……? そう」

 ぐらは不思議そうに小首をかしげた後、再度サーブ。

 それは強い下回転がかかっていた。

「っ、くそ!」

 手を出すも球ははじかれネットにかり、またもやぐらの得点。

 するとぐらが再度同じ質問を投げかけてきた。

「……ねぇ、たつきゆうやってたんだよね?」

「だからそうだって言ってるだろ? お前もなかなかやるようだな」

「な、なかなか……? まぁ、中学生の時はたつきゆうだったし。一年でやめたけど。そういうあんたはどこでやってたの?」

「俺は去年、体育のせんたく種目でたつきゆうを選んだ」

 ちなみにほかのせんたく種目はバスケとサッカー。

 求められる運動神経の質が高すぎるんだよ。

「……それだけ?」

「あぁ、それだけだ。──さぁ、こい!」

「サーブはあんたからよ」

「おっとそうだった。せいっ」

 そうして放った俺のサーブは、

「──って言うか、そんなやきかなうわけないでしょうがッ!」

 おそろしい速度のスマッシュにより容易に打ち返されてしまった。

 かべに当たりゆかを転がるピンポン玉。

 俺はそれを拾い上げるともう一度構えて──。

「そんなの、やってみないと分からないだろ!」

 スポコン主人公みたいな台詞せりふいたのだった。



 ──負けた。

 得点は十一─三、完敗である。

調しらべちゃん、すごいね!」

「え、えへへっ、そ、そう?」

 よいしょする胡桃くるみさんに、デレデレするぐら

 くそう、本当なら俺がめられたかったのに。

 しかし実力差があったのは事実。

 と言っても、最後の方はなんとか三点取り返したのでがんった方だろう。

 ぐらも本気でくやしがっていたので、情けをけられたということもなさそうだし。

 そんなわけで負けた俺が胡桃くるみさんと場所をわり、二回戦はぐらvs胡桃くるみさんのマッチがおこなわれる。

「よろしくね、胡桃くるみちゃん!」

「う、うん。おやわらかに……」

 たいする二人。

 ぐらたつきゆう強かったのは正直意外だったが……、俺は知っている。

 ──胡桃くるみさんが運動神経ばつぐんかんぺき美少女であるということを。

 彼女は顔が良く、スタイルも良くて、性格もいい。加えて運動神経もいいのだ。

 思い出すのはアミューズメントせつでバスケをした時のこと。

 サクサクと点を取られたのはいい思い出だ。

「ふっ、胡桃くるみさんは強いぞ」

 俺は胡桃くるみさんの後方のベンチにこしけ、うでを組みながら告げる。

「へぇ、それはちょっと楽しみかも」

 ぺろりとくちびるをなめるぐら

「ちょ、ちょっと! ほんとにおやわらかにね?」

「がんばれ胡桃くるみさん! 胡桃くるみさんなら勝てる! ぐらなんてやっつけろっ!」

「いくらかれだからってひいしすぎじゃない!?

 ぐらわめくが気にしない。

 俺はただ胡桃くるみさんを全力でおうえんするのみだ。

 サーブは胡桃くるみさんから。

「じゃ、じゃあ行くわよ……っ、えい!」

 ……ごえわいすぎない?

 見事なフォームで放たれたピンポン玉は美しい曲線をえがき──まっすぐネットに収まった。

 これがサッカーなら先制点だ。しかし困ったことにこれはたつきゆう

「……」

「……」

 どうしたんだと俺とぐらが視線を向けると、胡桃くるみさんは耳まで真っ赤にしながら再度構え直していた。

「……っ、も、もう一回っ、……んっ♡」

 今度はか色っぽい声だった。助かる。ありがとう。

 しかし胡桃くるみさんの放った球は、またもやれいな曲線をえがいてネットに一直線。

 これにはぐらも困ったようで、気まずそうに視線をそらす。

「あー、えっと……じゃ、じゃあ次私のサーブ……い、いくね?」

「……」

 顔を真っ赤にして返事もできない胡桃くるみさんに、ぐらがサーブを出す。

 ふんわりふわふわ、小学生でも簡単に返せるやさしいサーブボール。

 胡桃くるみさんはジッとぎようししてラケットをにぎりしめ、こんしんのスイング。

 果たして──ボールは無情にも俺の足元に転がった。

 それはもう見事なからり。

 コンコンとボールのはねる音だけが気まずい空気の中にひびく。

 すると、とうとうまんの限界が来たようで……胡桃くるみさんは赤くなっていた顔を手でおおうと、声をしぼすように告げた。

「……じ、実はラケットとか道具とかを使う系のスポーツは苦手なのよっ」

 ずかしそうにする胡桃くるみさん。

 ここはかれとしてなぐさめるべきだろう。

「そんな胡桃くるみさんも、たまらなく愛おしいよ」

「フォローになってないんだけど!?

だいじようぶ、俺が教えるから」

「あんたも調しらべちゃんに負けてたじゃない」

「それでも一応勉強はしたから問題ないよ」

 ぐらたおしてかっこいいところを見せよう作戦は失敗したので、へんこうである。

 今度は大学のテニサー所属のチャラ男がごとく、手取り足取り指導させていただくとしよう。

 俺は胡桃くるみさんを後ろからきしめるようにうでを取った。

「まず構え方はこう」

「……んっ、ちょ、ちょっと? ち、近いんだけど」

「そんなことないよ!」

「は、ずかしいし、はなれてよ」

はなれたら教えられないじゃん」

~~~~っ!

 正直自分で言っていて意味が分からないが、反応がわいいので続けさせていただく。

「このラケットはペンホルダーだから、にぎかたはこうじゃなくて、人差し指と親指でペンを持つみたいにして……そう、そんな感じ」

「も、もう、それくらい言葉だけでもわかるってば」

「……まぁ、本音を言うと好きな人と一分一秒でもっていたいという下心なだけなんだけど。……そんなにいやだった?」

 たずねると、胡桃くるみさんは顔を真っ赤にしたまま、小さく首を横にる。

「べ、別にいやだとは……もう、ずるい」

 その言い方が一番ずるいと思うのだけど。

 これはもういけるところまでいけるのではないだろうか?

 修学旅行中だとか、ここはホテルはホテルでもラブホじゃないよ? とか関係ない。

 暴走する愛は止められないのだ。

 なんて思っていると、

「だ、ダメダメダメ! せめて目の前はやめてっ!」

 そうな声が聞こえて来た。

 だれだと思って視線をやるとくやしそうな表情のぐらの姿。やっべ、完全に忘れてた。

 胡桃くるみさんも同じだったのか、あわてて居住まいを正そうとして──しかしその前にぐらたつきゆうだいを回り込んでこちらにやってくると、ラケットを持つ胡桃くるみさんの手を取った。

「わ、私も教える!」

「いや、問題ない。胡桃くるみさんには俺が手取り足取り教えるから!」

「ダメ。私の方がたつきゆういから!」

「ちょ、ちょっと二人とも!?

 あわてる胡桃くるみさんをサンドイッチにする形でぐらにらう。

 するとぐらは俺が教えているちゆうだったラケットのにぎかたぐ形で教え始める。

胡桃くるみちゃん! このタイプのラケットは裏を使わないから中指なんかで後ろを支えるようにすると打ちやすいよ!」

「し、調しらべちゃん!?

 言いながらぐらはその豊満な胸を胡桃くるみさんに押し付ける。

 人によってはけんかんいだいてもおかしくないだろうが、胡桃くるみさんはどっちもいけちゃう系女子。そのアピールはちがってないだろう。

胡桃くるみさん! ボールを打つ時はまず軽く向こうに届けることを意識して打つとやりやすいよ!」

「ちょ、ち、ちかっ……、ふ、二人とも、近いって! はわ、はわわわっ!」

 前門のきよにゆう、後門のかれというじようきように、あわわと顔を真っ赤に混乱する胡桃くるみさん。

 しかしここで引くわけにはいかない。

 胡桃くるみさんとイチャイチャするのは俺なのだからっ!

胡桃くるみさん!」

胡桃くるみちゃん!」

「わ、あわわわわわっ!」

 結局それから約三十分。

 指導という名のセクハラは、まんの限界をむかえた胡桃くるみさんがすまで続くのだった。

 ちなみに、混乱しつつも胡桃くるみさんの口角が少し上がっていたのを俺はのがさなかった。

 やはりぐらは要注意人物かもしれない。

胡桃くるみちゃん、めっちゃいいにおいだったんだけど」

「お前、中身おっさんなのか?」

「うるさい、変態」

「鏡見ろ鏡」

 胡桃くるみさんがげてしまったこともあり、とつぱつてきかいさいされたたつきゆう大会はお開きとなった。



「たけぇなぁ」

 夜も完全にけて現在時刻は十時半。

 消灯時間も過ぎて、部屋の外に出ることを禁止されている時刻であるが、俺はろうたり──立ち並ぶはんながめてをこぼしていた。

 何てことはない、のどかわいたので買いに来ただけだ。

 しかし流石さすがはホテル価格。どれもお高い。

(……そう言えば、売店は安かったな)

 一階までの移動となると先生に見つかる可能性もあるが……まぁ、いいか。

 いざとなればもののべ先生にたのむとしよう。一人のびのびと大浴場でつかれをいやしていたことを持ち出せば、きっとおん便びんに済ませてくれるはずだ。

 というわけでエレベーターに乗ってサクッと移動。

 売店で京都ブランドのお茶をこうにゆう

 ついでにかすみへのお土産みやげをもう一度かくにんしておこうかな、なんて思い店内をぶらつこうとして俺の耳がのがすはずのない声をとらえた。

 しかし、どうしてこんな時間にこんなところで?

 疑問に思いつつ声の方へと向かうと、人気のないすみ胡桃くるみさんがスマホを耳に当てていた。

 それにしても、本当にこの場所とはえんがあるな。

(相手は気になるけど……ぬすきはさすがに失礼だよな)

 だがそれとは別にせつかくだし部屋までいつしよもどろうと、彼女の電話が終わるまでお茶を飲んで待っていると──俺のラブラブイヤーが思いとは裏腹に彼女の美しい声を拾ってしまった。

「それは……うん……いや、無理かなって……っ、う、うん」

 困ったような胡桃くるみさんの声。

 のぞく彼女の表情には、たつきゆうをしていた時のようながおなどかけも存在していない。

 胡桃くるみさんはしたくちびるめて、電話の相手に何かを告げようとしては、飲み込むことをかえしていた。

 修学旅行が始まってから、そんなふんかけも見せていなかったと思ったが……。

 そう言えば昨日の朝──つまりは修学旅行初日、集合場所の学校に向かう電車の中でも彼女はかない表情を見せていた。

 それはまさしく今、目の前で見せているのと同じようなもので──。

「……でもっ、……うん、いや……あ、うん。──わかった。じゃあ、明日」

 思考している間に電話は終わったらしい。

 かない表情の胡桃くるみさんはスマホを浴衣ゆかたそでもどすと、しばらくその場にくす。

 大きく息をいて、もう一度スマホを取り出して操作。

 少しの間画面をじっと見つめると、小さく首をって、スマホを再度そでもどそうとしながらきびすを返して──そこでようやく俺に気が付いた。

「ぇ、ええ!? な、なな、なんでいるの!?

のどかわいたからお茶を買いに来たんだ。つまり運命だね!」

「そ、それはぐうぜんでしょうが」

「愛し合う二人が意図せず出会ったのなら、それは運命と呼ぶんだよ!」

「本質的にはぐうぜんいつしよでしょ。……はぁ」

 胡桃くるみさんは大きくため息をつくと、ちらりと自らのスマホを見る。

 そこにはどういうわけか俺のれんらくさきが表示されていた。

 胡桃くるみさんはあわてて画面を消すと、浴衣ゆかたそでもどしてせきばらい。

「ん、んんっ。……それより、聞いてた?」

「まぁ、少し。でもだれと何を話していたのかは聞こえてないよ」

…………そう」

 小さくつぶやいてうつむいてしまう胡桃くるみさん。

 その表情はやはり、先ほどまでのかないものだ。

 ──だからこそ、俺がやるのはただ一つ。

胡桃くるみさん。何があったのかは分からない。だけど、俺は胡桃くるみさんの味方で、胡桃くるみさんががおになってくれるためなら何でもする。文字通り何でもだ。だから、何かなやみがあるのなら相談して欲しい。だって、俺は胡桃くるみさんの未来の夫だからね!」

 告げると、胡桃くるみさんはくちびるとがらせて、

「……最後のは余計だと思うけど……でも、ありがと」

 少しだけ、みをかべてみせてくれた。

 正直、無理をしているのはまるわかりだったが。



 話を聞くため、場所を移して売店横のソファーにこしける。

 時間も時間なので周りに人はおらず、おだやかなBGMだけが館内をゆるやかに流れていた。

 となりこしける胡桃くるみさんとのきよは近く、こぶし一つ分って感じ。

「お茶いる?」

「……そうね、もらってもいい?」

 こしけてしばらく。無言でなんと切り出せばいいのかなやんでいる様子だったので、きんちようをほぐすためにと差し出すと、思いのほかすんなりと胡桃くるみさんは受け取った。

「ちなみに間接キスだね」

「そうね」

……!?

「……なにおどろいてるのよ」

 気にした様子もなく、キャップを開けてペットボトルに口を付ける胡桃くるみさん。

 コクコクと飲み込み、ありがと、と言って返してきた。

「……胡桃くるみさんから、照れが消えた?」

 いつもなら間接キスなんて言うと顔を真っ赤にしていたというのに。

 返していただいたペットボトルをながめつつつぶやくと、胡桃くるみさんがゆったりとこちらに寄りかかってくる。こ、これもどうしたというのか。いつもより積極的だ。

 しかし俺はクールな男。落ち着いて対処できるはずだ。

「く、くりゅ、くりゅみしゃんっ、どどど、どうしたの?」

 ね?

「あんたこそ……き、いちこそ、どうしたのよ」

「きっ──」

 名前まで!?

 以前一度呼んでくれたきり、全然呼んでくれなかったというのに!

 じようきように付いていけずおろおろしていると、胡桃くるみさんがクスリと笑う。

「もう付き合い始めて半月以上よ? 間接キスだって気にしないし、名前も……うん。がんってみた感じ」

「き、気にしないって……でも夕食のときはあーんですごいずかしがってたじゃないか!」

「……っ、あれは! ほ、他の人が見てたから……それに言ったでしょ?」

 胡桃くるみさんは言葉を区切ると、俺の目をまっすぐ見つめて続けた。

「二人きりの時なら、なおになれるって」

「~~っ」

「あっ、照れたぁ。私最近になってだんだんあんたのこと分かってきたけど、いちってば自分はぐいぐい押してくるくせに、自分がされるのは弱いわよね」

「そ、そんなことは」

「ん~?」

「ひょっ!?

 否定しようとすると、胡桃くるみさんがさらに体重をかけて手をにぎってくる。

 すべすべとした手はしよう気味なのかひんやりとしていて、だんぼうが効いて温かい当所において、とても気持ちがいい。

 それは彼女も同じなようで……。

「手、すごい熱いね♡」

「愛のほのおが燃え上がっているからね」

「そうなの? 気持ちいい」

 ダメだ! まったく効いていない!

 結局イケイケな胡桃くるみさんが落ち着くまで、俺はほんろうされっぱなしになった。



 ひといきついたところで、さてどうしたものかと考える。

 出来うることならこのかんした空気のまま胡桃くるみさんに話してもらいたいものだけれど……あまり期待することは出来ないだろう。時間をければ彼女は教えてくれるだろうが、長居していると教師じんに見つかる可能性も高くなる。

 そうなってしまえばほんまつてんとうだ。

 なのでここは俺からたずねることにした。

「……それで胡桃くるみさん。何があったの?」

 えんな問いに意味などない。

 単刀直入に切り込むと、胡桃くるみさんはいつしゆんかたこわらせた。

 しかし、ぎゅっとこぶしにぎるとぽつぽつ話し始める。

「……お父さんがね、京都に居るの。それで明日の十一時、場所はこっちで指定していいから久しぶりに会えないかって」

 それが先ほどの電話だったのだろうか。

 別に会えばいいじゃないか、とは考えるまでもなく口に出来なかった。

 なら、俺は胡桃くるみさんが一人暮らしをしていることを知っているから。

 そしてそれが家族とくいっていないからこその結果だということも。

 だけど、具体的にどのような事情があったのかは当然ながら知らない。

 俺が知っているのは、何かがあって、胡桃くるみさんは一人で暮らすようになった。

 ただそれだけなのだから。

「会いたくないの?」

「……そうね。会いたくない。きっと会わなくちゃいけないんだけど……でも、どんな顔をして会えばいいのか分からない。──いえ、どんな顔をして会いに来るのかが分からなくて、会いたくない」

 初めて聞く、底冷えするような声。

 俺がおどろいたことに気付いたのか、胡桃くるみさんはちようかべた。

「ごめんね。こんな顔、見せたくなかったのに……」

「何があったか聞いてもいい?」

「……聞いてもらってもいいの?」

胡桃くるみさんのことで聞きたくないことなんて何一つないよ。それだけ俺は、胡桃くるみという女の子を愛しているからね」

「……ん」

 胡桃くるみさんはくすぐったそうにめいもくしてしゆこうすると、ゆっくり昔のことを話し始めた。


 ある日、モデルとしてスカウトされた。仕事をこなしていると自分でもおどろくほどに成功した。するとある時から母親が、仕事の成功を自分のことのように、自分のこと以上に喜び始めた。

 そこから何かがおかしくなり始めた。

 じゆんぷうまんぱんな仕事は、しかしあまりにもくいきすぎていて、こわくなって一度休もうと思っても母親のことを考えればそうもいかない。そうしてズレた歯車を回し続けた結果、こわれてしまった。

 父親が「一度きよを置いた方がいい」と口にして家を出て行き、胡桃くるみさんも後を追うように家を出て、母親の元をはなれ一人暮らしを始めた。

 そして、それからはどちらともれんらくを取っていなかった、と。

「……それで、一年ぶりに電話をかけてきたのが、二日前」

 二日前と言えば、修学旅行出発の前日だ。

「なるほど、それで元気がなかったんだね?」

「ん、まぁ、そんな感じ」

 話を聞く限り、会いたくないと語る胡桃くるみさんの気持ちが分かった気がした。

 同時に、会ってきちんと話をしないと、この問題の根本的解決にはならないということも。

 胡桃くるみさんの様子を見るに、気まずいから会いたくないといったような、単純な問題ではないことはわかる。となりに座る胡桃くるみさんは、どこかおびえているように見えた。

 父親がこわいのか、それとも……。

胡桃くるみさんは、なにがこわいの?」

「……っ、わかるんだ」

「愛しているからね」

「もう。……でも、何だろ、今はまだ言葉に出来ない。ごめん」

「別に謝ることじゃないよ。胡桃くるみさんはどうしたいの?」

「……会いたくない」

 きゅっと、俺の浴衣ゆかたそでをつかむ胡桃くるみさん。

 だから一々行動がかわいいんだって。

 俺はおびえる彼女を安心させるようにその手をにぎりながら告げる。

「でも、胡桃くるみさんは会わなくちゃいけないって、そう言ったよね?」

「……ん。……会わないと、たぶん何も解決しないってことは、分かってる」

 でも、と彼女は不安にれるひとみで俺を真正面からとらえて、

こわいよ」

 との鳴くような声でしぼした。

 すっかりしようすいしきっている様子の胡桃くるみさんだが、それも仕方がないだろう。

 胡桃くるみさんは中学生の時に俺を助けてくれたり、クラスの悪意がぐらに集中した際に、すべてを投げ出してでも助けたりと、つうの人ならこわくて出来ないことをできる人である。

 しかしそれはだれかを助けるため、という理由があってこそ。


 ──そもそも胡桃くるみという少女は、自分のことに関してはめっぽう弱いのだ。


 何せ、一度は飛び降りる直前までめられたほどなのだから。

 むしろこうしてだれかに相談してくれていることは大きな成長と言えるだろう。

 ならば俺がしてあげられることなんて一つしかない。

 それすなわち、胡桃くるみさんの背中を押すことだ。

げることも必要だ、なんて俺は言わないよ」

「……っ」

「進んだ先の結果はわからないけれど、げた先の結果はわかるからね」

 例えばそれは、先ほどのぐらさかくんの一件。

 彼もまたなやんでいた。許してもらえるかどうかわからないけど謝罪するか、それともげるか。結果として彼は謝罪し、許してはもらえなかったけれど、それでもいい方向に進んだのはちがいない。だがげていれば……。

 うつむいてしたくちびるみしめる胡桃くるみさんに俺は続ける。

こわいのはわかる。でもやらなきゃいけないなら、やるしかないんだ」

「……だけどっ」

 胡桃くるみさんのおびえはまだぬぐえない。

 否、ぬぐうことなど無理なのかもしれない。

 ならばはつをかけるしかない。

胡桃くるみさん。夕食の後のこと、覚えてる?」

「……えっと、調しらべちゃんのこと?」

「そう。あの時、さかくんはぐらに謝罪した。許してもらえるか分からないけど、それでも」

「で、でも、あれは、彼が悪くて……」

「そうだね。悪いから謝罪するのが道理。しないことがちがっているのは分かっていた。つまり、さかくんもまたげた結果はわかっていたから、謝罪したんだ。まぁ、結果はあまりかんばしくはなかったけど、それでも以前よりはいい方向に進んだと俺は思ったよ。……胡桃くるみさんはどう思った?」

「……私もそう思った。けど……」

「俺は思うんだ。……どれだけこわくても、しなきゃいけないことはある、って」

 やるしかないから、やる。

 結局のところ、それだけなのだ。

「……」

 俺の言葉を受け、胡桃くるみさんはうつむだまむ。

 十秒、二十秒と経過して、きんちようからか背中にいやあせをかき出したころ──彼女は顔を上げた。

 そのひとみはまだ不安に染まっていたけれど、胡桃くるみさんはゆっくりと声をしぼす。

「あ、会いに行く前……一回きしめて。……そ、それで、がんるから」

 口をきゅっと横に結び、俺の手をにぎ胡桃くるみさん。

 返す言葉は決まっていた。

「一回だけじゃなくて何回でもきしめるよ」

「……ううん、一回だけでだいじようぶ

「いやいや、えんりよしなくても」

えんりよとかそういうのじゃなくて」

「……」

「……」

「……えい」

 ぎゅっときしめる。

「なんで今!?

胡桃くるみさんに勇気を送り込んでいるんだ」

「下心しか感じないんだけど!?

「そんなことはない! 愛情も感じるはずだ!」

「やっぱり勇気はないじゃない! もー!」

 ぷんぷんとわいらしく『私、おこってます』みたいな表情を見せる胡桃くるみさん。

 文句を口にしつつも、しかしはなれようとするどころか大人しく収まっているあたり、いやなわけではないのだろう。

「がんばって、胡桃くるみさん」

「……むしろ、最初からその一言だけでよかったのに」

 案外、俺が思っている以上に胡桃くるみさんの心は強くなっているのかもしれない。



「さて、たっぷりイチャイチャしたことだし、そろそろ部屋にもどろうか」

 先生に見つかる前に早く帰らねば。

 ソファーから立ち上がって胡桃くるみさんを見やると、彼女は両手で顔をかくしながらぼそぼそと何事かをつぶやいていた。

「……もう、私はなんであんな……はぁ、確かに二人きりだったけど、修学旅行先のホテルよ? あぁ、もう。ほんと、つかれがたまってるから……?」

 どうやらいまさらながらにしゆうちが顔を出したらしい。

 相も変わらずわいいなとほっこりしていると、

「……あ~? お前らこんな時間に何やってんだぁ?」

 どこか間延びした、そして聞きたくない声が聞こえてきた。

 かえった先に居たのは見慣れた担任教師の姿。

「あー、こんばんは、もののべ先生」

「おう、さっきぶりだな……じゃなくて、生徒は部屋にいる時間のはずなんだがなぁ?」

 暗にどういうことかとたずねてくる彼に、俺はちゆうちよなく答えた。

あいきってやつですよ」

「ち、ちがうけど!?

「さっきまでそれはもう二人だけの空間を形成してイチャイチャしてました」

「はぁ……いつものやつか。ほどほどにしろよ、お前ら」

「私も!?

 あきれたようにため息をつくもののべ先生に、胡桃くるみさんはなげく。

 そんな照れなくてもいいのに。

「ったく、ほんとこれだからバカップルは! 俺だってわいい彼女と旅行に行きてぇよ!」

「せ、先生……?」

 るように語る彼は平素とは様子が異なって見えた。

 いつもあけっぴろげではあるが、さすがにここまでぶっちゃけたりしない。

 彼は生徒に対してもかくてきフランクな対応をするが、それでも生徒と教師の線引きはきちんと考えているタイプの人間だ。

 どうしたのか……って酒くさ!

 胡桃くるみさんも気付いたのか鼻を押さえつつ、もののべ先生にたずねていた。

「先生、ってます?」

「まぁ、したたかにな。っと、そうだ。足りなくなったから買いに来たんだった」

 ふう、と大きく息をいてもののべ先生は売店の方へ。

 何とはなしに付いていくと、彼は京都の地ビールを三かんこうにゆうしていた。おい教師。

「そんなに飲んでだいじようぶなんですか?」

 胡桃くるみさんが再度たずねると、もののべ先生はこうにゆうしたビールを大事そうにかかえながら答える。

「まぁ、だいじようぶだ。学年主任にばれるとおこられるだろうが……あの人もビール好きだし、いざとなればよいしょしながらおごれば許してくれるだろ」

 大人の酒への愛情をかいしゆんかんだった。

 その答えを受け、胡桃くるみさんはあごに手をやり彼のかかえるビールに視線をやる。

 もののべ先生も気付いたのか、かかなおしながら告げた。

「未成年は飲むなよ」

「の、ののの、飲まないですよ! 飲んだこともないですよ! ただ、どんな味なのかなぁ、って。大人がそんなに好きになるほどおいしいんですか?」

 その質問に、もののべ先生は手元のビールに視線を落としつつ、そうだなぁ、と口にする。

「確かに、いっていうのもある。うまい飯食って、い酒を飲む。そういう楽しみ方もある! ……だけど、俺は酒の良さはいにあると考えている」

い?」

「そうだ。何しろ、っぱらうといろんなしがらみから解放されるからな。めんどくさいことを考えなくて済むし、なやんでねむれなくなることもない。まさにほうの飲み物なんだよ」

 飲み過ぎると翌朝がつらいけどな、としようしながら付け足して、もののべ先生はエレベーターの方へときびすを返した。

「まっ、酒の味はになるまでまんするんだな。っぱらうのは楽しいぞー。……それじゃ、他の先生方に見つかる前にさっさと部屋にもどれよ~」

 もののべ先生はいつもより間延びした声で言い残し、どこかげんよく鼻歌を歌いながら背を向けて去っていった。知らない人が見れば、とてもではないが修学旅行のいんそつちゆうの教員だとは思わないだろう。……それにしても。

っぱらうのは楽しいぞ、か)

 思い出すのは初めて胡桃くるみさんの家におじやした日のこと。

 酒を口にこそしていないけれど、あの日俺たちはべろんべろんにってしまった。

 ちらっと胡桃くるみさんを見ると、彼女も思い出していたのか顔を赤くしている。

「……確かに、楽しかったね」

「っ! ……そ、そう、だった?」

「えっ、覚えてないの!? 胡桃くるみさんが俺のファーストキスをうばったあの日のことを!」

「う、うるさい! 覚えてない! 全部忘れた!」

「それじゃあもう一度っぱらって思い出そうじゃないか! だいじようぶ! 飲まなくてもえることは実証済みだから!」

「し、しない! 絶対しないからっ!」

「どうしてだ! 今はあの時とは関係性もちがうし、少しいが回ったところで二人仲良く大人の階段をのぼろうじゃないか!」

「……っ」

 告げると彼女は押し黙って気まずそうに視線をらした。

 たまにそうするけど、一体どういう意味なのだろうか。

 そろそろ聞いてみようかな、と思ったところで──足音。

 まさか別の先生が来たのではといつしゆんあせったが、そこに居たのはぐらだった。

胡桃くるみちゃん? 電話長いけど何か──って、なんでかさみやもいるの?」

「運命だな」

ぐうぜんよ」

 ぐらは俺と胡桃くるみさんをこうに見やり、やがて大きくため息をく。

「はぁ……。とにかくおそかったのはあいきしてたってこと? 別に、付き合ってるし二人きりで会うのは何も言わないけど……でも、心配だからせめておそくなるってれんらくぐらい欲しかったな」

 どうやらぐらは、なかなか帰ってこない胡桃くるみさんを心配して様子を見に来たらしい。

 それはなんと言うか、申し訳ない気もしないでもない。

「ご、ごめんね調しらべちゃん!」

「……ん、別にいいけど」

「ほ、ほんとにごめん!」

 ねるぐらに謝罪の言葉を口にする胡桃くるみさん。

 まぁ、これに関しては悪いのは胡桃くるみさんなのだから仕方ない。

「……じゃあ、今日いつしよてくれたら許してあげる」

 前言てつかい。こいつは悪だ。

「ほんと? いいよそれくらい」

胡桃くるみさん!?

「そ、それじゃあ早く部屋にもどろ! うん、すぐにもどろう!」

「え、あ、う、うんっ」

 そうして胡桃くるみさんの手を取ってエレベーターの方へと向かおうとするぐら

 俺はたまらず、そうはさせるかとぐらにぎっているのとは逆の手を取ろうとして──、その前に胡桃くるみさんはぐらに一声かけてから立ち止まる。

 そのままこちらにってくると、胡桃くるみさんはうわづかいに見つめて告げた。

「話、聞いてくれてありがと。おやすみ」

 それだけ言って、胡桃くるみさんはぐらと部屋にもどっていった。

 個人的には仲良く二人で部屋にもどりたかったのだが……まぁ、行ってしまったものは仕方ない。スマホの画面を見るとすでに十一時を回っていた。

 今日はテーマパークに行ったりたつきゆうをしたりといそがしかったうえに、修学旅行はまだ一日残っている。

「俺も、もどるかな」

 一人ぼやいて部屋にもどろうとして、ぐぅ、と腹が鳴った。

 夕食が早いへいがいだ。いや、たつきゆうをしたからか?

 にもかくにもカロリー消費の多い一日だったことにはちがいない。

 俺はホテルにへいせつされていたコンビニに入っておにぎりをこうにゆう

 一人ゆっくり部屋にもどると、電気が明々といた中できりしまくんやさかくんたちが同然の様相でばくすいしているのを発見した。辺りにはトランプが散らばっている。

 そう言えば俺も参加していたのだが、ちゆうで飲み物を買いに出たのだったか。

「仕方ないな」

 ちゆうけた申し訳なさもあるので散らばったカードをケースにもどしてから電気を消す。

 寒くないようにだんぼうの温度をかくにんし、空気がかんそうしないよう湿しつのスイッチも入れる。

「んぁ、もどったのか?」

「ごめん、起こした?」

「いや、問題ない。……何か手伝うか?」

てていいよ」

「うい~」

 いつしゆん顔を起こしたきりしまくんだったが、数秒の後にこてんとねむりに落ちた。

 彼もかなりつかれていたのだろう。

 俺は部屋の奥にあるテーブルとが置かれたなぞスペースにおもむき、買ってきたコンビニ飯を広げた。それにしても、ここなんていう名前なんだ?

 調べるとひろえんと言うらしい。

「なーんか、落ち着くんだよなぁ」

 なんて独りつぶやき、おにぎりをほおる。具はさけ

 重くないチョイスである。

 窓の外に視線を移すと、京都の街が一望できた。

 と言っても、時間も時間なのでれいというほど明かりはついていないが。

「……さて。明日どうなるか。だな」

 お茶を飲み、おにぎりを食う。

 何気なく見上げた夜空は、雲が星をおおかくしていた。