──ここが天国なのだろうか?


 俺はとなりかたに頭を乗せていきを立てる胡桃くるみさんを見て、そう思った。

 場所は京都へ向かう新幹線の中。昨夜あまりねむれなかったのか、乗車して数分後には胡桃くるみさんは夢の世界へと旅立たれてしまった。

ねむれなかったのは、今朝様子がおかしかったのと何か関係があるのか……)

 ぼんやりと考えてみるけれど分からない。

 胡桃くるみさんはだいじようぶと言っていたけれど、やはり心配なものは心配だ。

 修学旅行中は注視しておこう。……いつものことだな。

 それにしてもすやすやと聞こえるいきが非常にかわいらしい。というより愛らしい。

 ちらりと顔をのぞめばみずみずしいくちびるが視界に入って──あー、キスしたい。何ならちゆう下車して近くのラブホテルに連れ込みたい。

 よこしまにもほどがある下心をいだきつつ、しかしさすがに自重。

 しゆんかん胡桃くるみさんの身体からだいつしゆんビクッとはねた。

 うたた中になるあれだろうか。わいいな。

「んむ……もぅ、ヤバみやくんの、へんたい……」

「夢の中で何が行われているというのだ」

「そ、そういうのは二人の時に……むにゃむにゃ」

 本当に何が行われてるんだ!?

 非常に気になるけれど、さわいで起こしてしまうのもしのびない。

 俺は京都までの数時間、動かざること山のごとしと言わんばかりに胡桃くるみさんのまくらてつするのだった。一回だけっぺたをっついたのは秘密である。

 やわらかかった。



 そうして新幹線にられること約二時間。

 京都駅にとうちやくした我々は、クラス別に観光バスに乗り込んだ。

 この修学旅行──二泊三日の予定は次の通りとなっている。

 一日目にクラス単位で観光地を散策し、夕方ホテルへ移動。

 二日目・三日目が、先日決めた班別での自由行動。

 そして一日目である本日──俺たちのクラスが最初に向かったのは、

「──ここがきよみずでら

 京都でも一、二を争うレベルの名所、きよみずでらだった。

 雲一つない快晴の下、正面には赤くてでっかい門があった。

 これが入口なのだろう。

 写真やテレビなんかでは何度も見たことがあるが、実際に来たのは初めて。

 正直あまり寺社仏閣には興味がなかったけれど、さすがに本物を目の前にすれば興奮してしまう。門前からでも目をかれるものがあった。

「まさに圧巻って感じだね、胡桃くるみさん!」

 なのでその感動を胡桃くるみさんと共有させていただく。

 バスを降りてからとなりで目を見開いてどうだにしていなかった彼女は、しかし俺のこえけにピクリと身体からだを動かして、ほおを上気させつつ興奮した様子で口を開いた。

「ほ、ほんとに、ほんとにすごいれい……! 死ななくてよかったぁ!」

「重い重い」

「み、見て見てっ! あの正面に見えるのがおうもん! 高さは十四メートルもあって中には二体のおうぞうりようわきに構えているのよ! そこをくぐけると右手には西にしもんがあって、その先にはずいどうって呼ばれる──」

「……」

 めっちゃ早口だった。

 思わず俺がだまってしまうほどの速さで、胡桃くるみさんはきよみずでらについて熱弁を始める。

 ちらりと先ほど手に入れたきよみずでらの観光マップを見てみると、すごい全部あってるよ。

 まさか胡桃くるみさんの景色好きがここまでとは。

「そ、それでね! その先に今度はとどろきもんって呼ばれる門があって、そこをけると一番有名なあのきよみずたいが──」

「おーい、お前らー。はぐれねーようにちゃんとついて来いよー」

 熱弁を続ける胡桃くるみさんに、中に入るためおうもんへと向かっていくもののべ先生が声をかけるが聞こえている様子はない。それほどまでに興奮しているのだろう。

 愛する彼女の意外な一面を知ってしまって役得。

「でね、でねっ──」

 結果、とり残されたのは興奮する胡桃くるみさんと俺──それと、

「く、胡桃くるみちゃん! とりあえず先に行こ! このままだと取り残されて入れなくなるよ!」

「──ハッ! あっ、ご、ごめんね! なんか、おさえらんなくて……っ」

 ずかしそうにしながら赤くなったほおを手であお胡桃くるみさん。

 決して中に入れないということはないだろうが、入場券的なやつは学校がまとめて買っているだろうから、いつしよに行動しなければ自費になってしまう。

 胡桃くるみさんはこの場に残っていた俺とぐら、そしてしようかべてぼうかんしていたきりしまくんに頭を下げつつ、てててっ、ともののべ先生やクラスメイト達の後を追い始めた。

 じやつかん早足なところに入れなかったらどうしよう、というあせりを感じられてとても愛らしい。

胡桃くるみちゃんって、あんなにはっちゃけることあるんだね」

「マジでわいいよな」

「分かる」

 ぐらと『分かり』を共有してしまった。

「お前らいろいろとすげーよ」

 そんな俺たちをどこかあきれた目で見てくるきりしまくん。

 別段何もすごくはないと思うのだが。

 三人並んでおうもんへと歩いていると、不意に胡桃くるみさんが小走りでもどってきて──。

「は、早く行くわよ!」

 俺の手をつかんで引っ張った。

「ふ、二人もっ! はっ、早くっ!」

 よほど楽しみにして来たのだろう。

 今度は俺たちも小走りできよみずでらに向かった。



「大きいー! ひろーいっ!」

 とどろきもんけてきよみずたいとうちやくするなり、テンションがれて子供のようにはしゃぐ胡桃くるみさん。せり出したたいの方へと小走りでけて行くと、手すりにもたれかかるようにして景色を一望していた。

 そんな彼女をながめて思うことはただ一つ。

胡桃くるみさんがわいすぎる」

「分かりみが深い」

「あれ俺の彼女なんだぜ?」

うらやましすぎる。いや、マジで」

 ぐらとだべりつつ胡桃くるみさんへと近づくと、彼女もこちらに気付き、

「んっ、んん! ……すごいれいね」

 せきばらいを一つして落ち着きをもどしながら、そう告げた。

胡桃くるみさんの方がれいだよ」

「……っ、あ、あんたはほんととつぜんなんだから……ば、ばか!」

 いきなりでおどろいたのか、かみをいじって視線を京都の景色へと向ける胡桃くるみさん。

 そんな反応がわいくって仕方がない。

「ほんとにそのセリフ言うやつ居るんだ」

「何か言ったか?」

「別に~? ねぇねぇ、胡桃くるみちゃん! 写真ろ!」

 俺の視線をかいくぐりスマホ片手に胡桃くるみさんに近付くぐら

 相変わらずのどろぼうねこっぷりである。

 インカメでりを始める二人をながめていると、となりきりしまくんが近付いてきた。

「何だかんだ、仲良くしてるんだな」

「あの二人はね」

「お前は?」

「……俺は、どうだろうな。わからん」

 きっとこの形が何よりもいいのだということはわかっている。胡桃くるみさんに新しい同性の友達が出来て、ぐらも以前のことを反省して自分を変えようとしている。

 あぁ、いいことくめじゃないか。

 ……だけど、俺の心の中に完全に許しきってもいいのだろうか、ともやのようなものがいまだに存在するのも確かだった。外に出すつもりはないけどね。

「そう言えば、きりしまくんは友達と回らなくてよかったの?」

 話題を変えるために今度はこちらから話をる。

「って言うと?」

「だって今日は班行動じゃないからさ、他のクラスメイトと回らないのかなって。あぁ、じやとかそういうことを言っているわけじゃないから」

「分かってるよ」

 あわてて付け足す俺にしようかべたきりしまくんは、ポケットに手を入れながら視線を前へと向ける。つられて見れば、楽しそうに写真を胡桃くるみさんとぐらの姿。

「まぁ、なんだろうな。修学旅行はお前らと回りたいって、本当にただそれだけだ」

「そう」

「あぁ……って、俺のことはどうでもいいんだよ! それよりお前は愛する彼女と写真らなくていいのか?」

「──はっ! そうだった!」

 きりしまくんの言葉にあわてて、二人に近付く。

胡桃くるみさん! 俺ともろう!」

「あっ、う、うん。もちろん」

「じゃあ私も……」

 あさましくも割って入ろうとしてくるぐらであるが、大親友のきりしまくんがサクッと回収してくれた。本当に気がく友人だ。

 ぐらは彼のつめあかせんじて飲めばいいと思われる。

「お前はこっち。……ったく。んじゃ俺がってやるよ。並べ~」

 スマホをかかげるきりしまくんの言葉に甘えて、胡桃くるみさんの横に立って手をにぎった。

「……ち、近いんだけど」

「俺と胡桃くるみさんの心のきよだよ!」

「重なり合ってるんだけど!?

「そう、胡桃くるみさんとは身も心も重なり合いたいんだっ!」

「ちょっ、ほ、他の人も居るのに何言ってんのよ!」

「本心を言っている! 絶対にこの手ははなさない! いつしようがいとなりに居てもらうから!」

~~っ! ば、バカバカ! こんな外でそんな……」

 ずかしさのあまり手をはなそうとする胡桃くるみさんであるが、ぎゅっとにぎって引き寄せると、借りてきたねこのようにおとなしく身を寄せてきた。

「もぅ……ほんと、バカなんだから……」

胡桃くるみさん……」

 自然と胡桃くるみさんと見つめ合う。

 れいんだ目に俺の顔が写っていて──。

「お前ら早くしろよ!」

「「ご、ごめん」」

 きりしまくんの悲鳴にも近いぜつきようで、現実にもどされた。

 そう言えば写真をうんぬんって話だったっけ。

 胡桃くるみさんがあまりにもりよくてき過ぎてすっかり二人だけの世界に入っていた。

 胡桃くるみさんは真っ赤な顔をぱたぱたと手であおぎつつ、大きく深呼吸。

 それから顔のりが取れるまで数十秒ほど待ってから、ようやくさつえいかんりようした。

 かくにんすると自分で言うのもなんだが、ほほましいカップルの写真に仕上がっていた。

 これはとも印刷してがくぶちに入れてかざろう。

 まだ修学旅行は始まったばかりにもかかわらず、俺は帰ってからのことを考えながら最高の一枚をさつえいしてくれたカメラマンに感謝を述べる。

「ありがとう!」

「俺、二度とカップルの写真はらねぇ、二度とだ!」

 大事なことだから二回言っていた。いや、ごめんて。



 きよみずたいを通り過ぎると左手にしゆじんじやと書かれた鳥居が現れた。

 なんでもえんむすびの神様がまつられている神社だそう。

 これが胡桃くるみさんと知り合う前の俺ならば、それはもうえんもいいところの存在であったのだが、今はちがう。

 何ならえんはすでに結ばれているし解くつもりも毛頭ないけれど、胡桃くるみさんとれんあいじようじゆの神社に参拝とか絶対楽しいに決まってる。むしろ神様に見せつけてみようじゃないか。

胡桃くるみさん!」

「──わ、わかった! わかったから変なことは言わないで!」

 こちらが何かを言うよりも早く、胡桃くるみさんは言葉をさえぎった。

 言葉をわすまでもなく以心伝心出来たことは非常にうれしいけど、一体全体胡桃くるみさんの中で俺はどういう存在なのか。

 それほど変な言葉を投げかけているつもりはないのだが……。

 これは一度、小一時間ほど密室で二人きりでめた方がいいかもしれない。

 もちろん他意しかない。

 胡桃くるみさんの許しがもらえたので一応同行者であるぐらきりしまくんにもたずねると「どうせ来たんだから行こう」と彼らからもきよだくを得られた。

 仮にも集団行動中だからね、こういうのは重要だ。

しゆじんじや』と書かれた大きな鳥居をくぐって石階段を上ると、しゆいろほん殿でんが姿を現した。

 例によって胡桃くるみさんがキラキラと日朝ヒロインをおうえんする小学生のような目になっているが、わいいので写真を一枚。永久保存版だな。

 次に、手を清めておさいせんを入れる。

 お参りは大切だ。

胡桃くるみさんといつしようがいえますように。はなれるつもりなんかないけど!」

「神様に何言ってるのよ」

「決意表明……的な?」

「それ合ってるの?」

「まぁ、ちがってはいないと思うよ。それに──」

「それに?」

胡桃くるみさんとのえんは自分で結んでいきたいからね! だから神様にはおちからえをいただくのではなく、生温かい目で未来のおしどりふうを見守っていてもらいたいんだよ!」

「んなっ! ばっ……な、なに言ってるのよ!」

「だから胡桃くるみさんを幸せにする決意表明だよ! 胡桃くるみさんはいやだった?」

……っ! そ、その言い方ズルいのよ……!」

 そう言って胡桃くるみさんは再度おさいを取り出すと五円玉を投げ入れもう一度お参り。

「こいつと……き、いちいつしよに居れます、ように……っ! これでいいっ!?

胡桃くるみさん……っ! 大好きだ!」

「わっ、だ、だから人前でやめてってばぁ!」

 思いのままにきしめると、胡桃くるみさんは顔を真っ赤にしてさけぶのだった。

 ひとしきり愛を伝え、参拝を終えると──ふと、ある物が目に付いた。

「……『こいうらないのいし』?」

 それはほん殿でんの前に十メートルほどのかんかくをあけておかれた二つの石である。

 近くの立て札に書かれた説明を読むと、一方の石から目を閉じてもう一方の石まで辿たどければこいの願いがかなう、というものらしい。

 一度で出来たら早くかなう、出来なければおそくなる。

 友人の手を借りれば、こいの方でも友人の助けがいる、とつまりはそんな内容だった。

 なるほど。

胡桃くるみさん!」

「──わかった! わかったから変なことは言わないでっ!」

 だからどうしてそんなにけいかいするのか。変なことなど言っていないのに。

 やはりここは一度めた方がいいかもしれない。

 もちろん二人きりで。



 というわけでさつそくこいうらないのいし』にちようせんする。

 俺は一方の石の前に立ち、もう一方の石をえた。

 次いで、ぶつからないよう少し横にずれてこちらを見る三人──主に胡桃くるみさんを見つめて、

「絶対一回で成功させるから!」

「わ、わかったから大きな声で言わないで! は、ずかしいっ」

 消え入りそうな声で真っ赤な顔をうつむける胡桃くるみさん。

 彼女のとなりぐらがめちゃくちゃデレデレしていた。めすねこめ。

 さて、さくっと終わらせるとしよう。

 観光地ということもあり他の観光客の視線を感じるが、きんちようなどはない。

 俺は目をつぶるとちゆうちよなくまっすぐ歩きだした。

 暗い視界の中を自らの心に従ってまっすぐ進み──、

「な、なんでっ!?

 俺は胡桃くるみさんをきしめた。……おや?

「俺のえんはすべて胡桃くるみさんに結ばれているということだね!」

「そういうのじゃないと思うんだけどっ!?

「でも、現にこうして胡桃くるみさんにたどり着いたわけだし」

「め、目を開けてたんでしょ!?

「そんなわけない」

「じゃ、じゃあもう一回やってみなさいよ!」

 というわけでさいちようせん

 俺はもう一度目をつぶり、まっすぐ一歩をした。

 そして──。

「──っ、ど、どうしてっ!? 場所は移動したのに!」

 目を開いて確かめると、確かに先ほどまで立っていた場所から胡桃くるみさんは移動していた。

「やっぱり俺たちは運命の赤い糸で結ばれているということだね!」

「だからそういうのじゃ……っ、ほんとに目は開けてないの!?

「そんなに言うなら……っと」

 俺はカバンからアイマスクを取り出す。

 旅行ということで一応持ってきていたものだ。

 装着していざたびちようせん

 結果は──。

「ぜ、絶対におかしいわよ!」

 俺のうでの中でこうする胡桃くるみさん。わいいなぁ。

「そんなこと言われても……」

「じゃ、じゃあどうしてわかるのよ」

 どうしてかと問われれば、そりゃあ。

「俺のラブラブセンサーがビンビンに反応していたからかな!」

「ら、らぶ……こ、こんな人の目があるとこで──」

えるなら、俺の中のしんばん胡桃くるみさんを指し続けているってことだよ! 永遠にね!」

 いつものように心のおもむくまま、愛の言葉を告げる。

 すると胡桃くるみさんはわなわなとふるし、口をぱくぱくと数度動かした後、顔を真っ赤にしてえた。

「ば、ばかぁぁぁああああっ!!

 ちなみにこの間きしめたままだったりする。



 私、胡桃くるみずかしさをすようにった顔を手であおぎながら、ため息をつく。

「どうして私まで……」

 先ほどの彼のこうで周囲からの注目が集まる中、私は石のとなりに立つ。

 ずかしいけれど仕方がない。

 あいつにだけやらせて、私はげるというのは……まぁ、なんと言うか不公平だと思うから。

 それに──

胡桃くるみさんがんばれー!」

 ちらりと、横にずれてこちらをおうえんするあいつを見る。

 仮にもし私が一度でたどり着けたなら……まぁ、喜んでくれるかな、なんて。

 ただ、それだけ。

「……」

 私は一度ほおをはたくとぎゅっと目をつぶり、歩き始めた。

 なんだかんだと言ってきたけど、結局はまっすぐ歩くだけのうらない。

 うんてんより、当人の方向感覚がによじつに表れるのが、このこいうらないだ。

 その辺り、運動神経に自信がある私からすれば、そこまで難しいものではないはず……。

(で、でも、さすがに少し不安ね……)

 ズレてたらどうしよう、なんて思いつつ、歩みを進める。

 やがて、そろそろ反対側の石に辿たどいたかな? と足元に意識を集中し始めたしゆんかん──

「わぷっ」

 だれかにぶつかった。

 と同時に強い安心感を覚える。

 このかんしよくと言うか、このにおいはちがえることもない。

「おめでとう、胡桃くるみさん!」

 目を開けると、見慣れたあいつの顔がすぐそばにあった。

「う、うそっ! もしかして私もあんたみたいに──」

 かいどうえがいておもびとの胸に飛び込んでしまったというのっ!?

 しようそうと同時に周囲をわたすも、しかし彼のすぐ後ろに本来の目的地であった『こいうらないのいし』がぽつねんとちんしていた。

 つまりそれは彼が私を受け止めにわざわざ待ち構えていたということで……。

「なんでっ!?

「愛ゆえに、かな?」

「だからそういうのじゃないんだけど!?

 先ほどと同じことをさけびながら、私は急いで彼のうでから退いた。

 ショックを受けた表情を見せる彼。

 もう、やめてって言ってるのにしつこくするからよ。

 少しは反省してほしいものね。

 私はふいっ、と顔をらして調しらべちゃんときりしまくんの下に合流する。

 ちらりと彼に視線を向けると、まだショックを受けていた。

 ……もう、もうっ!

「い、行くわよ!」

胡桃くるみさん……!」

 そうして向けられる愛情百パーセントのひとみ

(……っ、これに弱いのよね)

 ずかしいけど、悪くない。

 そんなふわふわとした心持ちで、私たちはしゆじんじやを後にした。



 その後、おとたきをぐるりと回り、きよみずでらを後にしたところで昼食の時間となった。

 決められた時間内に決められたはんで好きに食事をして来いとのこと。

 メンツは変わらずの四人である。

 結局、修学旅行中はずっとこの班のメンバーで行動することになりそうだ。

 昼食に関しては、せっかく京都に来たのだから有名なラーメンでもと思ったが、女子が二人いる都合、えんりよした方がいいだろう。だからと言ってファミレスやファストフードでは味気ない。

 うーむ、と迷った結果。

「やっぱり寒いときはなべね。……はい、胡桃くるみちゃん♡」

 目の前でぐらが小皿に材料を取り分けながら言った。

 なんでも京野菜を使ったいい感じのところなのだとか。

 店で迷っていたら口コミで評判の良かった店をぐらがサクッとチョイスしてくれただいである。俺は思いつきもしなかった。

 だってだれかと知らない店に入った経験などなかったから。

 さすがは元陽キャ。

 今ではクラスのふわふわポジションを共にする仲だが、経歴の差にしつを覚える。

 ちなみに胡桃くるみさんも終始どうしようと頭をなやませていたので、俺と同じなのだろう。

 ふうになっても価値観にちがいが生まれにくくていいかもしれない。

 ちがいが生まれてもそれはそれでいいのだけど。

 結局胡桃くるみさんといつしよになれるのならそれ以上の幸せなんてないのだ。

「ありがと、調しらべちゃん」

「ううん、……と、はいきりしまくん」

「うい」

 胡桃くるみさん、きりしまくんと具材を取り分けるなべぎようぐら

 胡桃くるみさんのところにお肉が多いのは気のせいではないだろう。

 きっと俺もそうするからよく分かる。

「……」

「……」

 ぐらは自らの皿に具材をよそって、俺を見た。

 俺も無言を返す。

 すると彼女は俺の皿を取り、他二人と同じように取り分けた。

…………はい」

「おう。ありがと」

「別に」

 そうして四人そろっていただきます。

 湯気がのぼる具材を見て、うまそうだと思う一方で、俺の皿に野菜が多いのは気のせいではないのだろう。きっと俺もそうするからよく分かる。

 とりあえず目についた野菜をパクり。

 ふむ……おいしいじゃないか。



 食後も京都散策は続き、俺たちのクラスが乗った観光バスが最後に向かったのは本日宿しゆくはくするホテルである。おのおの荷物を持って、もののべ先生がホテルの人とチェックインやらなにやらの諸作業を行っている間、ロビーで待機となる。

 それにしても本日は様々なところを散策した。

 個人的におどろいたのはきんかくぎんかくって結構きよが開いてたんだってこと。

 教養のかけもない自身になみだが出るね。

 と言っても、本日でかなりくわしくなったが。

 理由はもちろん、

「どこもれいだったわね!」

 こうこつとした表情でそう告げる胡桃くるみさんのおかげである。

 行く先々で観光ガイドさん並みのご案内をろうしていた胡桃くるみさんの言葉を、かれとして聞かないわけにはいかない。その結果だった。

「うん、いい思い出にもなったよ!」

「写真もたくさんれたし……今夜送っとくね」

りようかい、それじゃあ俺も……」

 そう言ってスマホのアルバムを開くと、ずらりと並んだ胡桃くるみさんの写真がざっと百枚以上。

 まるで観光地の宣材写真のような仕上がりだ。

 もちろん中には俺と二人で映っているものや、ぐらあるいはきりしまくんと映っているものもあるが、基本胡桃くるみさんががおで景色を見ている姿の写真だった。

「い、いつの間にってたの!?

「いつの間にというか、常にってたよ。胡桃くるみさんはいついかなる時でもわいいから、気付けば無意識レベルでシャッターを押しているんだ」

「さ、さすがにずかしいんだけど……」

「ほら、これとか胡桃くるみさんのりよくがぎゅっとまった一枚だと思うよ!」

「もう! わざわざ顔をアップにしなくていいから!」

「そんな。わいいのに……いや、ほんとわいいな。これ待ち受けにしてもいい?」

「だ、だめ!」

「えぇー」

 あまりにもかわいいがおだったのでともホーム画面にセットしたかったのだが。

 仕方がない。この写真は家に帰ったら写真立てをこうにゆうしてまくらもとかざるとしよう。

 ちなみに今のホーム画面も胡桃くるみさん(昼食の姿)だったりする。

 正直、選びたい写真が多すぎて困っちゃうね。

「せ、せめて、その……二人で映ってる写真にしてよ。わ、私単体はさすがに……」

 口元を手でかくして告げる胡桃くるみさん。

 指のすきから見えるこうたんわずかに上がっていた。

「それじゃあ同じ写真をホーム画面にしよう! それでどうかな?」

「そ、それなら……ん。いいよ?」

 うわづかいにこちらを見ながらりようしようしてくれる胡桃くるみさん。

「よし、それじゃあさつそくどれにするか──」

 二人で写真選びにかろうとしたところで、

「おーい、バカップル。ホテルの部屋に案内するからさっさとこ~い」

 もののべ先生からの呼び声かかかった。

「そうだった……。それじゃあいいのがあったらまたLINEするね!」

「うん。私も探しとく」

 そうして部屋は男女別のため、一時胡桃くるみさんとお別れとなった。



 この修学旅行中、俺がお世話になる部屋は六人部屋の和室だった。

 きりしまくん以外は話したことのないクラスメイトというだけの男子たち。

 彼らと共に部屋に行き、たたみすみっこに荷物を広げる。

「ホテルの和室についてるこの空間って何なんだろうな」

 そう言って、きりしまくんはたたみとは障子で仕切られたまどぎわのフローリング空間をのぞいた。

 確かに、何のようで作られたのだろう。

 ソファーチェアとローテーブルが置かれ、窓の外には夕焼けの京都が一望できる。

 寺社仏閣もいいけれど、何気ない夕焼けの街並みをながめるのも、やはり悪くない。

 そんなことを思いつつ、夕食までの自由時間をきりしまくんとだべってつぶしていると、不意に同室の男子が声を上げた。

「おーい、浴衣ゆかたあるけど着る?」

「晩飯に着て行っていいんだっけ?」

「部屋着か浴衣ゆかたでいいって言ってたし、いいんじゃね?」

 浴衣ゆかたあさる男子たちを遠巻きに見ていると、

「せっかくだし俺たちも着るか」

 そうきりしまくんにさそわれた。

 断る理由もないので俺たちもえる。

 正直、浴衣ゆかたって足元がスースーして落ち着かないんだよなぁ。

 なんて思いながらえていると、え終わった一人が話しかけてきた。

「なぁ、かさみや!」

 おちゃらけたふんの彼は確か──

「えーっと……なに? さかくん」

 危ない危ない。いくら胡桃くるみさん以外は基本アウトオブ眼中とは言え、同室のクラスメイトの名前を忘れかけていた。

 彼の名前はさかけんくん、だったはず。

 きりしまくんほどではないが顔は整っていて、バレー部だかバスケ部だかに所属していたはず。個人的な印象は、良く言えばクラスのムードメーカーで、悪く言えばひようきんもの

 ……いや別に、悪く言う必要はないのだが。

 さかくんとはほとんど話したことないというのに、気さくな様子でたずねてきた。

かさみやってさんと付き合ってんだよな? どっちから告ったの?」

 とつぴようしもない質問にいつしゆん面くらう。

 ……ふむ、しかしこれは。

「いわゆるこいバナ的なやつ?」

「そそ、男だけのむさ苦しいこいバナ」

「参加したくないなぁ」

「まぁまぁそう言わずにさ。この部屋の中でお前はゆいいつの彼女持ちなんだ。作り方をご教授してくれよ~」

 わざとらしくへりくだってみせるさかは、しかし一度同部屋の男子をぐるりとわたしてから、俺と、それからきりしまくんにどこかせんぼうにも似た視線を向けた。……なんだ?

 疑問に思うこちらに対し、しかし彼は再度人好きのするみをかべる。

「まぁ、なんだ。かのじようんぬんは置いておくにしても、せっかくの修学旅行なんだしさ、ほとんど話したことないけど仲良くしようぜって、つまりはそんな感じ」

 それが本音であることは、ちがいないだろう。

 それだけが本音とは限らないだろうが。

 まぁ、そこを追及する必要はないだろう。

 俺はこうたんを持ち上げて、ひとまずは彼らの期待に応えるとする。

「あぁ、構わないよ。こっちも楽しい思い出にしたいしね。……それじゃあまずは手始めに胡桃くるみさんがいかにわいいかということを──!」

「まずいっ、げろ! 二時間は聞かされるぞ!」

 口を開きかけたらきりしまくんにものすごい勢いでされてしまった。

 そんな……がんって一時間にするからダメ? ……あ、ダメ。はい。

 落ち込んでいると部屋にもののべ先生がやってきて、夕食の時間になったことが伝えられる。

 俺はじやつかん落ち込みつつも部屋を後にするのだった。



 夕食も終えて、部屋にもどってくるととんかれていた。

 同部屋の男子連中がさっそく場所そうだつせんひろげている。

 俺はバレないようにそっとまどぎわはしっこを確保した。

 となりきりしまくんがこしける。

「時間が早かったから腹に入るか不安だったが……まぁ、ゆうだったな」

「観光で歩き回ってつかれたからね。にしても早くに入りたい」

 夕食が開始されたのは六時半。

 観光ちゆうでつまみ食いなんかをしていたら危なかった腹具合である。

 そんなわけで現在時刻は八時前。そろそろおの時間だ。

あせもかいたしな」

 いくら寒い季節とは言え、厚着して歩けばあせもかく。

 早く流してさっぱりしたいものだ。

 そう考えていると、部屋のとびらがノックされた。

 なんだ? と同部屋のさかくんがドアを開けると、そこにはもののべ先生の姿。

「あれ、もうの時間っすか~?」

 さかくんがたずねるともののべ先生は申し訳なさそうな表情で答えた。

「あー、そのことなんだが……すまん。学年全体で大浴場を使うと混雑して間に合わないことが分かった。そこですうのクラスは部屋で済ましてくれということになってだな……」

「え、えぇっ!?

 きようたんの声を上げるさかくん。俺だって同じ思いである。

 だって我らのクラスは二年三組──バリバリすうのクラスだったから。

 俺は立ち上がってもののべ先生に食ってかる。

「へ、部屋って本当ですか!?

「あ、あぁ。すまん……俺が、俺がじゃんけん弱いばかりにっ……!

 おそらく先生たちはじゃんけんで勝敗を決めたのだろう。

「そ、そんな……じゃあ先生はこの大学生の一人暮らしみたいなせまいバストイレ一体の部屋に代わる代わる六人も入れと、そうおっしゃるんですか!?

「ぐぅっ……! も、もう決まったことなんだっ!」

 そう言い残し去っていくもののべ先生。

 俺はショックのあまりひざからくずちる。

「……うそだ」

「まぁ仕方ねぇよ。背中流してやろうか?」

せまいバスタブに二人は無理だよ、きりしまくん」

 彼の不器用なフォローに何とか気を取り直す。

 部屋を見ると同部屋の男子がしぶしぶといった様子での順番を決めていた。

 ふと、ドアの外から声が聞こえて顔を出してみると、そこにはぐうすうクラスの連中が大浴場へと向かって行く姿。うらやましすぎる。

 そんな彼らを俺は指をくわえて見ているしかないのか? あまりにもじんじゃないか。

 視線を部屋の中にもどすと、今度はの順番が決まっていた。

 参加しなかった俺はもちろん最後。

 自分の番が回ってくるまで早くても一時間といったところか。

…………よし」

「どうしたんだ?」

「大浴場行ってくるわ」

「いや、でも部屋で済ませろって──」

きりしまくん!」

 おじづく彼のかたつかみ、そのんだひとみをまっすぐ見つめて、俺はしんけんこわいろで告げた。

「人多いし、多分バレないって」

 最低なかんげんを。

 きりしまくんは口元に手を当ててしばし熟考すると、ぼそりとつぶやいた。

「……まぁ、他の生徒に交じって入るだけだし……バレてもそこまでおこられねぇか」

「ああ」

 ニヤリとみをかべた彼にニヒルな感じにうなずいてみせる。

 気分はさながら映画に出てくる密売人。

 きりしまくんとの密談を終え、えと部屋に備え付けられていたバスタオル、フェイスタオルをカバンに入れて、いざしゆつじんっ──と。

「おいおい、待ちな」

「「……っ!」」

 部屋の入口の柱に背を預け、ダンディズムあふれるこわいろで呼び止めたのはさかくん。

 まさか、先生に告げ口するつもりじゃ……っ!

 そんなこちらの表情を読んだのか、さかくんは不敵にこうたんげて──。

「俺もお供しようじゃねぇか」

「……あぁ」

かんげいするぜ」

 どう考えても修学旅行で変なテンションになっていた。



 大浴場には思いのほかすんなりと入ることが出来た。

 いちがいぐうすうクラスの生徒と言っても、はやの者もいればながの者もいる。

 だつじよ周りはかなり人が多くてまぎれやすかった。

「みんなもう出たのか結構空いてるな~」

 などとぼやきながらきりしまくんが浴衣ゆかたぐ。

 腹筋バキバキだった。さすがサッカー部。

「にしても、かさみやってだいたんなんだな。こういうことしないやつだと思ってた」

 そう言ってさかくんも服をぐ。

 こちらもバキバキだ。さすが運動部。

「それを言うなら、さかくんが俺に話しかけてきたことの方が意外だと思ったよ」

 俺も浴衣ゆかたいでかごの中に放り込む。

 俺の腹筋は、まぁ可もなく不可もなく。

 胡桃くるみさんに見合う男になるためにいつぱんてきな筋トレをしていた成果だった。

 タオルをこしに当ていざ大浴場へ。

 引き戸を開けるとそれなりの大きさのうちが広がっていた。

 入口すぐ横にはサウナがあり、おくにはてんへと続くとびらまである。

「これに入らせないとか、学校をうつたえても勝てるんじゃないだろうか?」

 しんけんにそんなことを思いつつ、しっかり身体からだを洗ってから湯船に入る。

「「「あぁ~」」」

 に入ると声が出るのはなのだろう。

「でかいはいいなぁ」

「それな」

 足を伸ばしてぼやくきりしまくんと、同調するさかくん。

 まったくもって同意しかない。

 俺たち以外の生徒はもう出ているのか、ひとかげはまばら。

 今に入っているのはかなり後半組ということなのだろう。

 しばらく三人並んでかっていると、気付けば俺たちだけになっていた。

 ぐうすうクラスの生徒は俺たちより先に入っているので必然であるが……しかし、ほぼ貸し切りというのはなかなかに気持ちがいい。

「なぁ、ちょっとサウナ行かね?」

 と、言い出したのはさかくん。

 彼とはこの修学旅行で話したのが初めてだというのに、何だろうかこの親近感は。

 だんしやべらない生徒ともなんとなく話ができる。

 これが修学旅行というやつか。

「いいよ」

「んじゃ、俺も」

 俺がしゆこうすると、きりしまくんも後を付いてきた。

 三人でサウナに入って座る。

 しばらくするとじわじわとあせしてきて、息苦しいのにどこかここいい。

 サウナは不思議なせつだ。

 パチパチと焼石がはじける音に耳をかたむけていると、不意にさかくんが口を開いた。

「……あのさ、二人に相談があるんだけど」

「どうしたんだ? さか

「……」

 小首をかしげるきりしまくんに対し、俺はおおよそ彼の相談内容が分かっていた。

 さかくんもそれを察知したのだろう。

 彼は俺をいちべつしたのち、わずかにくちびるをかみしめるととつとつと語り始めた。

かさみやは気付いてるよな? さっきも言ってたぐらいだし」

「さっき?」

 きりしまくんが不思議そうにこちらを見てきた。

 俺が無言でさかくんに視線をやると、彼はちようするように口元をゆがめた。

「『俺に話しかけてきたことの方が意外だと思った』……か。まったくだな」

 さかくんはため息を一つついて、続けた。

かさみやはさ、俺のこときらいだろ?」

「……」

 無言を返すも、彼はつづけた。

「何せ──俺のせいで、ぐらはあんなことになったんだから」

 それは約三週間前。

 クラス内の悪意ある空気が、ぐらという女子生徒ただ一人に向かったあの日のこと。

 せきえというなんてことはない日常の中で、

 彼は──さかくんは──ひようきんものは──最初の一言を口にした。


『俺、ぐらとなりの席になったらいじめられちゃうよ~』


 と。

 あのじようきようで、あのセリフ。

 ウケねらいにしても、たとえ相手がいじめを行っていたぐらだとしても──完全にアウトだ。

「俺はぐらのことをきらっている」

「そうなのか? ……いや、それでも、お前は俺を許せないだろ?」

「そうだね。あれは俺のきらいな行動だったし、さかくんのことはけいべつしたよ」

 なにせあれは、俺が何よりもきらっていること。

 ──いじめの、始まりを告げる言葉だったのだから。

「……だよな」

 さかくんはひざひじを置いて顔をせる。

 彼のかみせんたんからあせつぶがぽつぽつとサウナのゆからした。

「で、相談っていうのはなに?」

「……っ」

「俺にきらわれてることを確かめたかったわけじゃないでしょ?」

「そりゃあ、まぁ……」

 さかくんはしばらく口をまごつかせてから、せていた顔を上げてこちらを見やった。

「お、俺は……ぐらに謝罪するべき、なんだろうか?」

「……はぁ?」

 意味の分からない言葉に思わずとんきような声が出た。

「俺は、俺は本当に最低なことをした。謝罪したい。だけど、謝罪してもいいのだろうかと、そう思ってしまう。傷つけたことには変わらない。どうつぐなうこともできない。だからこれはただ、自分の罪悪感を減らすための利己的なものなのかもって思えて──だからっ」

「でも、ぐら胡桃くるみさんに謝罪したよ」

「──っ」

 さかくんは面食らったように目を見開いた。

 何をおどろくことがあるのかと思わないでもないが、きっと彼はなやぎたのだろう。

 事が事だけにだれかに相談することもはばかられる。

 一人でなやみになやつづけて、そしてドツボにはまってしまった。

 俺は続ける。

「悪いと思ってるなら謝罪するべきじゃないかな? 許してもらえるかどうかは別として。だって──それしかないでしょ?」

「……」

 さかくんは無言であごに手を当ててめいもく

 しゆんじゆんの後に大きく息を吸い込むと──せた。

 サウナの中で深呼吸などするからだ。

「──けほっ。すまん、その通りだ。っけほ。ありがとうかさみや

「別に、思ったことを言っただけだよ」

「そうか……そうだな。……なぁ、良ければ謝罪の場を──いや、なんでもない」

 すように首をると、彼は立ち上がる。

「先に上がるよ」

 告げて、さかくんはサウナを後にした。

 どうなるかは分からないけれど、いい方に転ぶことをかげながらおうえんしておこう。

 少なくとも、悪い方に転がるよりはマシなのだから。



「のけ者だったんだけど?」

「ご、ごめんってきりしまくん」

「……まぁ、いいけどさ。それよりてん行かね?」

「そうだった! まだてんがあるんだった!」

 俺たちはサウナを出て、一度シャワーであせを流してからてんへと向かう。

 外に出ると十一月じゆんの冷たい空気が身体からだの熱を一気にうばっていった。

 俺たちは大急ぎで湯船にかる。

「あったけぇ」

「だなぁ」

 気のけた声でひとごこ

 ぼんやりと夜空をながめる。

 都会のためか星はあまり見えないが、月はれいに見えていた。

 昼間晴れてたしね。

「にしても、さかも色々考えてたんだな」

「だねぇ」

「俺、あいつと結構話すけど、あんなしんけんなの初めてだ。よほどこうかいしてたんだろな」

「だろうねぇ」

 きりしまくんの言葉にまったりあいづちを返しつつ、俺は今日ずっと──いや、あの班決めの時からずっと疑問に思っていたことをたずねてみることにした。

 さかくんが胸の内をした今なら答えてくれるかもしれないと思ったからだ。

「で、きりしまくんはどうして同じ班になったり、今日みたいにいつしよに行動してくれたの?」

 いつしゆんの間。

「……どうした、急に?」

いつしよに回りたいと思ったって言ってたけど、それだけじゃないでしょ?」

…………

 きりしまくん──彼は俺の良き友人である。

 しかし、こと胡桃くるみさん関連のことに関しては常に我関せずをつらぬいてきていた。

 いている胡桃くるみさんに表立って話しかけることはないし、だからと言って他のクラスメイト同様の視線を向けることもない。裏で俺たちをフォローしてくれることはあるが、俺やぐらを助けた胡桃くるみさんのように、真正面から関わるようなことはなかった。

 彼はただ、人目があるところでは関係しない。

 それだけをつらぬいていたのだ。

 でも俺は気にしていなかった。彼には彼の生活があるのだから。

 変に手を出して、彼の人間関係を、高校生活をこわす必要はない。

 むしろ、裏で色々助けてくれているだけで十分以上だった。

 だからこそ、今回の修学旅行にずいする行動がせない。

 昼間ははぐらかされたが、もうがさないと意思を固めてきりしまくんを見る。

「そうだなぁ」

 きりしまくんは大きく息をくと、頭にせていたタオルを手にして立ち上がった。

「とりあえず、そろそろ出るか。さすがにのぼせそうだ」

 ハッとして備え付けの時計に目をやると入浴を始めてから一時間が経過していた。

 ……ふむ。

「まったくもってその通りだね」

 意志を固めて約五秒、さつそくげられちゃったぜ。

 急いでてんから出てだつじよ身体からだいていると、こしにバスタオルを巻いたきりしまくんがぽつぽつと語り始めた。

「別に大した理由じゃないんだ」

「え?」

「さっきの続き」

 きりしまくんは自身のえをかごから取り出し、続ける。

「まぁなんだ。もうぼうかんしやで居たくなかったんだよ。が苦しんでいるのを見て、お前が苦しんでいるのを見て、ぐらが苦しんでいるのを見て。見て、見て、見ているだけ」

「……」

「俺に助けられたかなんてのはわからない。助けられたなんてごうまんなことも言わない。……でも、助けるべきだったんじゃないかって、そう思うんだ。そう、思ってしまうんだ。──特にお前を見ていると」

「……俺?」

 きりしまくんはしゆこうする。

「あぁ……。どうなるかわからない。だけど助けたい。その一心でを助けたお前。それにも同じだ。元は自分をいじめていた女を、周りの目を気にせず助けた。助けてしまった」

 きりしまくんは浴衣ゆかたそでを通しながら続ける。

「できないかもしれないけど、何もかも放り出して助けてしまったお前やを見ていると、俺は俺がずかしかった。ただ見ているだけの自分にいやがさした。……だから、お前たちと行動している。そんな利己的な考えが理由だよ」

 どうなるか分からないから手を出せなかったきりしまくんは、俺が『助けた』という結果を残したからこそ、きっとそのこうかいを強くしているのだろう。

 話し終えた彼は、大きく息をくと備え付けのドライヤーでかみかわかし始める。

 俺も浴衣ゆかたを身にまとって、となりかみかわかした。

 終わると、二人そろってだつじよを後にする。

 暖簾のれんくぐれば目の前にはたたみきゆうけいスペースがあり、はんへいせつされていた。

 俺はさいを出してコーヒー牛乳を二本こうにゆう

 一本をきりしまくんにわたし、たたみこしけた。

きりしまくんの行動はなおうれしいと思うよ。たとえ利己的でも、結局のところ根底にあるのは俺たちへの心配だからね。……でも、それでキミの行動を制限する必要はない」

「……けど」

 それでも気が済まないのか、くやしそうに顔をゆがめてコーヒー牛乳のびんにぎりしめるきりしまくん。

 俺はびんふたを開けて口を付けた。甘ったるい味わいが口の中に広がる。

 ごくりとえんのどうるおしてから、きりしまくんに向かってみを向けた。

「それでもきりしまくんの気が済まないなら……今度は空気を読まずにキミに助けを求めるよ」

「──っ」

 きりしまくんは大きく目を見開いて、こちらを見た。

「だから俺たちに気を使わなくてもだいじようぶきりしまくんにも好きなように楽しんで欲しい」

 言い終えると、彼はわずかにびんにぎる手を強め──ふたを開け一気にコーヒー牛乳を飲み干した。

「──ぷはっ。……あぁ、分かったよ」

「それは良かった」

「けど、お前は一つかんちがいをしているぜ」

かんちがい?」

 何のことかと小首をかしげると、彼は今までに見たことがないほどの気持ちのいいみをかべて、堂々と告げた。

「俺はもう、じゆうぶん楽しんでるってことだよ」

「……っはは、それはもっとよかった!」

「だな。……くくくっ」

 二人で一通り笑い合ってから、俺たちは部屋にもどった。



 時刻は夜の九時過ぎ。

 しゆうしん時間まで一時間を切った現在、俺はこの修学旅行のとある目的を達成するために、ホテルのロビーに下りてきていた。

 目的地はただ一つ。

(売店まだ開いててよかった~)

 俺は目的地である売店に小走りで向かった。

 ここに来た理由は言わずもがな、マイシスターへのお土産みやげ探しである。

 日中も様々な土産みやげものてんを探したが、これといったものが見つからず、いまだにどれも保留状態だったのだ。

 売店ならメジャーな土産みやげものがある程度そろっているだろう、との考えで出てきたのだが……。

 ちんれつたなを見る。

 地ビール、地酒、つまみ……このコーナーじゃないな。

 酒コーナーからはなれて土産みやげものをチェック。

 大半がお類で、名産が少し。

 まぁこんなものか……って、お茶安いな。ホテル内のはんより良心的だ。

 ぼんやりと土産みやげものながめていると、ふと聞き覚えのある声がたたいた。

「えっ……?

「むむっ、その声はまがうことのない胡桃くるみさんの声──ちょっと写真を一枚」

「なんでよっ!」

 かえったところに立っていたのはホテルの浴衣ゆかたそでを通した胡桃くるみさんだった。

 上からちやおりを着ている。初めて見る和の様相に思わずれてしまう。

 どこかさっぱりした表情からきっとおがりなのだろう。

 非常に似合っていて、二人きりなら押し倒していたかもしれない。

「なんでって、似合ってるから?」

「……はぁ、一枚だけよ?」

 やったぜ。ため息をともなっていたが、りようしようをいただいたのでさっそく一枚。

 大変わいらしい写真が出来上がった。

 ほくほくと満足していると、胡桃くるみさんは口をへの字に曲げる。

「なんか、いつもあんたばっかりズルい……わ、私にもらせなさいよ!」

「え、えぇっ。俺なんかっても──」

「う、うるさいわね! ……か、かれの写真欲しいって思ったらダメなの?」

 ほおを染めながら見つめてくる胡桃くるみさん。

 そんな目で見つめられれば断れるはずもなく……。

「わかった、何枚でも取っていいよ! なんならごうか?」

「いらない!」

 きたえてきた腹筋の見せ所と思ったが、きよぜつされてしまった。当たり前だね。

 とつぱつかいさいさついえかいが終わったところで、俺はたずねる。

「ところで胡桃くるみさんはどうしてここに?」

「ん? ……んー、まぁ多分あんたと同じ理由、かな? かすみちゃんへのお土産みやげに何かないかなぁって見に来たの」

「気配りが行き届きすぎてすごすぎる」

「べ、別に……かすみちゃんに喜んで欲しいだけだから」

胡桃くるみさん……っ、好き!」

 かんきわまってきしめるが、

「も、もう! はなして!」

 いつしゆんがされてしまった。

 胡桃くるみさんは俺をジトっとした目でにらんだ後、ほおふくらませるてピッと俺の顔を指さした。

「人前でべたべたしちゃダメ!」

「で、でもあふる愛が──」

おさえて」

「気持ちを伝えたくて──」

「伝わってるわよ! ……もう」

 彼女は大きくため息をこぼすと、とつぜん俺の手を取ってロビーのすみ──人気のないたりに連れ込んだ。

 近くにあるのはたばこをはんばいするはんのみ。

 おどろきのあまりきつえんしやは大変だねぇ、なんてちがいなことがいつしゆんのうよぎる。

「──ねぇ」

 りんとしたするどい声と共に、かべぎわに追いやられ──ドン。

 こ、これは……逆かべドン?

 しんけんな表情の胡桃くるみさんのすぐ目の前に。そのきよは鼻先が当たってしまいそうなほど近くで、彼女の呼吸をはだで感じられた。

 れいひとみに整ったりようみずみずしいくちびるに絹のように美しいはだ

 俺が何年もおもがれ続けていた彼女に、まっすぐ見つめられている。

 そう思うと自然と顔に熱がのぼるのを感じた。

 ……なまつばを飲み込む。

「ど、どうしたの胡桃くるみさ──っん!?

 まどっていると、とうとつくちびるうばわれた。

 やわらかいかんしよくだとか、いい香りだとか、そういうことを考える前におどろきが先行。

 そしておどろいている間に、胡桃くるみさんはくちびるはなす。

 その顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。

「く、胡桃くるみさん!?

「……ひ、人前では、あんまりべたべたしないで。その……ずかしいの」

「う、うん。ごめん。そんなにいやだったなんて──」

「い、いや、その……あんたの行動がいやとかそういうのじゃなくて……あ、あんた以外に、あんまり見られたくない、って言うか、あんたにしか見せたくない……って言うか。……重い?」

 不安にれるひとみで俺を見つめてくる胡桃くるみさん。

 なるほど、確かに重いかもしれない。

 でも愛する人からそれほどのおもいを向けられてうれしくないわけがない。

 俺は首を横にって、胡桃くるみさんをきしめた。

「そんなことないし、俺はすごくうれしいよ!」

「……ん。その……二人きりの時だと、なおになれるから。だから……ね?」

「わかった。出来るだけ自重するよ」

「ほんとにー?」

 今度は打って変わっていぶかな目を向けてくる胡桃くるみさん。

「信用ないなぁ。こんなに胡桃くるみさんのことを愛しているというのに」

「これだけ私のことを好きでいてくれてるって信用してるから信じられないのよ」

「確かに」

なつとくするな」

 ジッと見つめてくる胡桃くるみさん。見つめ返すと、照れたように顔をらした。

 なので彼女のほおに手を当てて正面を向かせる。再度視線が合い、胡桃くるみさんはわずかにあごを上げた。

「好きだよ」

「知ってる」

 ひとみを閉じて待つ彼女に、俺はわずかにきんちよういだきつつ応えるのだった。



 数分後、バレないようにたりから出て売店の物色を再開した。

 なるほどこれがなまはしかーおいしそうだなぁ。

 こっちはまつちやのクッキー、おっ、これはまつちやのチョコレートか。

 かすみが喜びそうだなぁ。うん。

 …………

「ごめん、かすみ。お兄ちゃん今しんけんに考えられないや」

「へっ、変なことをかすみちゃんに謝らないでっ……、わかるけどっ!」

 思い出したのかお片手に顔を真っ赤にした胡桃くるみさんは、

~~っ! は、はずっ、はずっ! なんであんなこと……うぅ、あわぁぁぁああっ!」

 頭をかかえてしゃがみ込んでしまった。

 もんぜつしている胡桃くるみさんもわいいな、なんて思いつつ、しかしさすがにいじるほどのゆうは俺も持ち合わせていなかった。むずがゆいのと罪悪感と言うか、背徳感と言うか、やってしまった感がマッハ。

 帰ったらもう一度かすみに謝っておこう。あ、あと──。

「ごめんなさい、ホテルの人」

「そこまでしてないでしょ!?

 確かにキスしかしてないけども。

 こうかいなのか興奮なのか、よく分からない胡桃くるみさんの小さな悲鳴が売店の一角にひびくのだった。