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 暦こよみの数字が十二月になった。

 寒さはよりいっそう強さを増していて、今日も今日とて寒風が頰ほおを撫なでていく。

 色々とあった修学旅行から数日が経過した本日、いつも以上に低い気温の中で、しかし俺の気分はいつも以上に高こう揚ようしていた。

 理由は単純。本日が二学期最後の登校日──つまり終業式だからである。

 必然、明日から始まるのは全国の学生諸君が待ち望んだ冬休み。

 俺もその輪に漏もれることなく長期休きゆ暇うかに心躍おどらせているというわけだ。

「うぅ……今日は一段と寒いわね」

 いつも通り、駅で待ち合わせして胡桃くるみさんと学校へ。

 彼女は手て袋ぶくろの上から指先をもみほぐしつつ身体からだを縮こまらせていた。

 寒がっているところ申し訳ないけれど、小動物みたいで非常にかわいい。

「手て袋ぶくろしてるのに寒いの?」

「末まつ端たん冷ひえ性しようは手て袋ぶくろとか靴くつ下したとか、そういうものがほとんど意味をなさないのよ。いつもはカイロを持ってきてるんだけど……昨日買い忘れちゃって」

 今日の分はなかった、ということか。

「そっか、じゃあとりあえず人ひと肌はだで」

 手て袋ぶくろの上から胡桃くるみさんの手を握にぎる。もこもこ。

「ありがたいけど、さすがに手て袋ぶくろ越ごしじゃ分からないわよ。それに歩きにくい」

「なら立ち止まって温め合おうじゃないか!」

「学校に行けないんだけど!?」

「サボるしかないね」

「手を繫つなぎたいがために!?」

「個人的には手だけじゃなく、末まつ端たんまで人ひと肌はだで温めてあげたいんだけどね!」

「まだ朝なんだけど!?」

「それはつまり、夜になったら人ひと肌はだで温めてもオーケーってこと?」

「そ、そんなわけないでしょ!?」

 吠ほえる胡桃くるみさんに、俺は少し真しん剣けんな声こわ色いろで返す。

「じゃあ、修学旅行の帰り道での言葉はいったいどういう意味だったのか聞いてもいいかな?」

「……っ!? あ、あぁ、あれ……は……」

 俺の言葉に胡桃くるみさんは一いつ瞬しゆんで固まった。

 彼女は暫しばし視線を右へ左へと水族館の回遊魚が如ごとく泳がせ、かと思えばこちらを見つめてきて……視線がばっちり交差すると顔を真っ赤にして一歩二歩と後ずさる。

 そして──。

「わ、私先行くからっ!」

 スタタタッ、と脱だつ兎とのごとく逃にげ出だしてしまった。

「あぁ……」

 ……また、である。

 修学旅行から帰って以来、あの日の帰り道で彼女が口にした『……そろそろ、いいかもね』という言葉をどうにかして現実に持っていけないかと、機会があればこうして尋たずねているのだったが、結果は芳かんばしくない。

 話題に出した途と端たんに、今のように逃にげられるのである。

 気になるけど、聞けば逃にげられる。

 逃にげられればそもそも一いつ緒しよに居られる時間が減る。

 でも話していると気になる。

 そんな悪あく循じゆん環かんに、ここ数日悩なやまされていた。

(もう少し落ち着くのを待った方がいいのか? でもそれだと誤ご魔ま化かされそうだし……)

 頭を捻ひねらせつつ、俺も胡桃くるみさんの後を追いかけて学校へ。

 校門を抜ぬけて下げ駄た箱ばこに到とう着ちやくすると、胡桃くるみさんがジト目のお出で迎むかえしてくれていた。

「待っててくれたんだ」

「べ、別に。……は、早く教室行くわよっ!」

 髪かみをいじりながらぼやく胡桃くるみさん。

「……らぶい。やば、胡桃くるみさんマジで可か愛わいい。大好きだ」

「う、うるさいわね! ばかっ!」

 照てれ隠かくしに怒おこってみせる胡桃くるみさんは早足に教室へと向かい、俺もまた忠犬ハチ公よろしく彼女の背中を追うのだった。

 結局二人並んで仲良く登校。教室に(未来の)新しん郎ろう新しん婦ぷが入場だ。

 すると先に来ていた胡桃くるみさん側の友人代表、小お倉ぐらが声をかけてきた。

「おはよ、胡桃くるみちゃんっ!」

「調しらべちゃん、おはよー」

 胡桃くるみさんの返事に一いつ瞬しゆんでれっとした笑えみを浮うかべた小お倉ぐらは、次にこちらにも視線を向けて、ぶっきらぼうに吐はき捨すてた。

「おはよ」

「おう」

 短く返事をすると、彼女は口をへの字に歪ゆがめる。

「出た『おう』。たまにはちゃんと挨あい拶さつしてよ」

「……おはよう」

 言うと、小お倉ぐらはにっこりと母性すら感じさせる笑えみを浮うかべて、

「はい、よくできました~」

 と拍はく手しゆ。

「ムカつくなぁー」

「胡桃くるみちゃんの彼かれ氏しなんだから、礼れい儀ぎ作法ぐらいは身に付けてもらわないとね」

 一体何様でどこ目線なんだと突つっ込こみたいところだが、俺はため息を一つついて自席に座る。

 以前なら、それはもう全力で突つっかかり睨にらみ合あっていただろうけど、修学旅行以来、俺と小お倉ぐらが喧けん嘩かすることは少なくなっていた。

 それは彼女の過去を聞いたり、胡桃くるみさんとの関係を見て矛ほこを収めたというのもあるが、一番はおそらく、彼女の態度に慣れたというのが大きいだろう。

 小お倉ぐらは胡桃くるみさんにとって数少ない同性の友達であるが、それは小お倉ぐらにとっても同じ。

 クラスで浮ういている彼女は基本的に胡桃くるみさんと居て、故ゆえに基本的に胡桃くるみさんと一いつ緒しよの俺とも行動を共にすることが必然的に多くなるのだ。

「それにしても、今日は寒いわねー」

 手て袋ぶくろを外して指を擦こする胡桃くるみさんに、小お倉ぐらが小首を傾かしげた。

「あれ、いつもカイロ持ってたよね?」

「実は買い忘れちゃって」

「じゃあ私の使う?」

「えっ、い、いやっ、それは悪いよ!」

 遠えん慮りよする胡桃くるみさんに、小お倉ぐらは取り出したカイロをずいっと前に出す。

「私は大だい丈じよ夫うぶだから! それに今日は終業式で体育館に行かなきゃだし、ね?」

 教室と違ちがって体育館にはエアコンが付いていない。そう言われて、胡桃くるみさんは遠えん慮りよしつつも、しかし最終的にはカイロを受け取った。

「はぁ……っ」

 途と端たん、胡桃くるみさんはふにゃりと顔を緩ゆるめて感かん嘆たんの息を漏もらした。かわいい。

「んっ、か、かわっ……んっふ♡」

 そしてそんな胡桃くるみさんを見てデレデレと締しまりのない顔を晒さらす小お倉ぐら。だらしない。

 だいたい人の彼女を変な目で見るんじゃない。

 小お倉ぐらを睥へい睨げいしていると、ふと思った。

 ──そう言えば、教室ならもう歩く必要もないし人ひと肌はだで温められるのでは? と。

「えいっ」

「ひょえっ!? い、いきなりなにっ!?」

 カイロを握にぎる手を上から握にぎると、素すっ頓とん狂きような声を上げる胡桃くるみさん。

「何って、約束通り人ひと肌はだで温めようかと。ほら、指先だけじゃなくて心まで温まるでしょ? これが人ひと肌はだの温ぬくもり、愛の証明ってやつだよ! どうかな?」

「べ、別に約束してないし! むしろ恥はずかしさで顔が熱いくらいなんだけどっ!?」

 胡桃くるみさんは顔を真っ赤にして手をぶんぶんと上下に動かして、俺の手を振ふりほどいた。

 そして「もうっ」と、警けい戒かいの目を向けてくる。

 そんな表情も大変素敵ですっ! なんて思っていると、誰だれかに肩かたを叩たたかれた。

 振ふり返かえると、それまで教室の反対側でお友達と談だん笑しようしていたはずの桐きり島しまくんが笑えみを浮うかべて立っていた。

「相変わらず、朝からイチャイチャしてるなぁ」

「本当は夜もいちゃつきたいんだけどねぇ……痛っ」

 胡桃くるみさんに足を蹴けられた。

 いつもと違ちがってちょっと痛い。

「今のはお前が悪い」

 ぼやいて、桐きり島しまくんは呆あきれるように苦く笑しよう。

 これは修学旅行以降の変化である。

 帰ってきてからというもの、桐きり島しまくんは教室でもよく俺たちと絡からむようになっていた。

 と言っても、彼には彼の所属する友達のグループがあり、あくまでたまに顔を出して話に交じるという程度ではあるが。

 それでも俺たちにとっては充じゆう分ぶん。

 話せる人が増えて、胡桃くるみさんが笑うことも多くなっていた。

「……」

 ふと視線を感じて何気なく見やると、それまで桐きり島しまくんと話していたクラスメイト達がこちらに視線を向けていた。しかし、特に気にした様子もなく、すぐに自分たちの話に戻もどっていた。

 これも、最近になって起こったクラスの変化である。

 他にも、以前までクラス中から向けられていた視線も少なくなっていた。

 単純に興味がなくなったからか、俺たちの存在が見慣れたものになったからか。

 仔し細さいは不明であるが、後者なら喜ばしい限りである。

 しばらくしてチャイムが鳴り、物もの部のべ先生がやってくる。

「終業式だが、一時間目からあるからすぐに移動するぞー。お前ら準備しろー」

 相も変わらず間延びした声でそう告げると、いつもより早めにホームルームを切り上げ、俺たちは体育館へと向かった。


☆


 体育館へ向かう途と中ちゆう、俺は胡桃くるみさんと小お倉ぐらの後ろを歩いていた。

 本当なら俺が胡桃くるみさんの隣となりを歩きたいところなのだが、現在二人は美容やファッションといった女子トークを繰くり広ひろげている。とてもではないがここに入ることなど不可能であった。

 というか、友達と盛り上がっているところを邪じや魔まするほど俺も野や暮ぼではない。

 嫉しつ妬とはするが、今はお前に任せよう。

 寂さびしいような、嬉うれしいような。

 複雑な気分を抱かかえて、俺は後方腕うで組ぐみ彼かれ氏しと化す。

 そんな感じで久しくぼっちで歩いていると、ふと隣となりに誰だれかが並んだ。

 誰だれじゃらほいと伺うかがうと、そこには剽ひよう軽きん者ものの姿。

「おはよ、阿あ坂さかくん」

「おはようさん」

 阿あ坂さかくんは片手をあげて返事。

 これもまた修学旅行以降の変化である。

 阿あ坂さかくんとは帰ってきてからもたまに話す仲になっていた。

 内容としては他愛無い世間話程度であり、これを友達と呼ぶのかは分からない。

 だけど、気を使わないという点では他のクラスメイトより話しやすい存在であった。

「にしても、今日は一段と寒いなぁ」

 胡桃くるみさんと同じようなことを口にして、彼は身を抱かかえる。

「だね、寒いのは苦手?」

「まーな。こう、腹の奥が震ふるえて気持ち悪くなるんだよ」

 なんとなくわかる気がする。

「それは……今日の終業式は大変そうだ」

「そこは大だい丈じよ夫うぶ。腹にカイロ貼はってきた」

 ぺしっ、と腹を叩たたいてニッと笑った彼は、ふと前を歩く小お倉ぐらを見た。

 どうしたのかと思っていると、彼は神しん妙みような面おも持もちで尋たずねてくる。

「……笠かさ宮みやはファッションとか気にしねぇの?」

「え?」

 いきなりのことで困こん惑わくしていると、彼は続ける。

「ほら髪かみとかさ。ワックスとかつけたりしないのかなーって」

「あ、あぁー。そういうのはよく分かんないんだよね」

 ああいうのってみんなどこで覚えるのか個人的に謎なぞである。

 ネットとかだろうかと適当に考えていると、阿あ坂さかくんとは逆方向から声が飛んできた。

「おいおい、彼女があの古こ賀が胡桃くるみなのに何言ってんだよ」

「……っ! び、びっくりした……桐きり島しまくんいつの間に」

 声をかけてきたのは桐きり島しまくん。

 クラス内でもカースト上位の男子二人にサンドイッチされた形である。

「やっぱ桐きり島しまもそう思うよな?」

「あぁ、ヤバ宮みやくんはもっと見た目に気を使うべきだな」

 阿あ坂さかくんの言葉に首しゆ肯こうを返す桐きり島しまくん。

「い、一応筋トレはやってるんだけど……」

「そこは普ふ段だん見えないだろうが」

 桐きり島しまくんはため息をつくと、阿あ坂さかくんと一いつ瞬しゆん目配せして、

「冬休み中にたっぷり仕込んでやる」

「えっ」

「俺も手伝うぜ! 頑がん張ばろうな、笠かさ宮みや!」

「あ、阿あ坂さかくんまで……。冬休みは胡桃くるみさんと過ごすつもりなんだけども」

 それはもう毎日一いつ緒しよに過ごし、楽しくキャッキャウフフと青春の一ページを胡桃くるみさん一色で埋うめ尽つくす算段であった。

 思わず肩かたを落としていると、二人から尻しりに無言の蹴けりが飛んでくる。

「あ痛っ! ……な、なんで!?」

「「リア充じゆうくたばれ」」

「……あぁ、そう言えば二人とも彼女いないんだけっけ」

 イケメンなのにおかしな話だ、という意味合いで口にしたらまたもや蹴けりが飛んできた。

 いや……うん、確かに今のは言葉のチョイスを間ま違ちがえた気がする。ごめんね。

「「ふんっ!」」

 謝るとまた蹴けられた。

 理り不ふ尽じんだ! という言葉はさすがに喉のどの奥に飲み込んだ。


☆


 寒い寒い体育館にて開かい催さいされた終業式という名の校長先生のありがたいお話も終わり、生徒たちはそれぞれのクラスに戻もどっていく。

 その前に、俺は自じ販はん機きに温かいコーヒーを買いに行っていた。

 寒いというのもあるが、それ以上に校長の話が眠ねむすぎた。

 このままだと教室に戻もどってからの物もの部のべ先生の話で寝ね落おちは不ふ可か避ひ。

 二学期最終日にそれは申し訳ない。

 というわけでやって来たのだが……当たり前だが誰だれの姿もなかった。

 しかし小こ銭ぜにを入れてコーヒーを購こう入にゆうしていると、不意に足音が聞こえてくる。

 取り出し口から缶かんを手にして顔を上げると、見慣れた人物の姿が。

「小お倉ぐらか」

「そっちも喉のど渇かわいたの?」

「いや、眠ねむかったんだよ」

 買ったものを掲かかげて見せると、苦く笑しようを浮うかべる小お倉ぐら。

 彼女は俺の横を通り過ぎて自じ販はん機きでココアを購こう入にゆう。

「胡桃くるみさんもそうだけど、お前もほんとココア好きだよな」

「胡桃くるみちゃんが好きだからね」

「……そ、そうか」

 何気なく聞いたら思ったより重い理由が返ってきた。

 俺もこじらせている自覚があるけれど、小お倉ぐらもかなりキていると思う。

「なにその目。文句あるの?」

「別に、ただ一応言っておくと、胡桃くるみさんは俺の彼女だからな」

「なにそれ自じ慢まん? 知ってるわよ。……これは友達の好きな物を好きになって共感からの好意を得たいっていう健けな気げな友情よ」

「下心しか感じないんだが?」

「まぁ、それはそれとして普ふ通つうにはまったっていうのもあるけど」

「最初からそう言ってくれ。ちょっと怖こわい」

「ヤンデレみたい?」

 言って、髪かみの端はしを咥くわえてハイライトの無い瞳ひとみで俺を見つめてくる小お倉ぐら。

「怖こわいって、マジで」

 迫はく真しんの演技に感想を述べつつコーヒーを啜すする。

 小お倉ぐらも少し笑えみを浮うかべてココアに口を付けた。

 教室で飲んでもいいのだが、寒空の下で飲むと美味さが倍増している気がするのだ。

 並んでそれぞれ温まっていると、何とはなしに小お倉ぐらが空を見上げた。

「……そう言えば、最近何かあった?」

「何かって?」

 要領を得ない質問に疑問を返すと、彼女は空から俺に視線を移す。

「胡桃くるみちゃんのこと。最近よく私のところに逃にげてくるから」

 言われてすぐに思い当たった。

 彼女が言っているのは修学旅行の帰り道での発言に関するあれこれのことだろう。

 胡桃くるみさんのプライバシーのこともあるし、それに胡桃くるみさんラブの小お倉ぐらに伝えるのはさすがに……と、どう答えようか言いい淀よどんでいると、彼女は顔を伏ふせる。

「こ、個人的には一いつ緒しよに居る時間が増えて嬉うれしいんだけどっ! ……でも、何かあったのか聞いても教えてくれないし……」

 そりゃあ教えられないだろうなと思っていると、小お倉ぐらは下した唇くちびるを嚙かみしめて顔を上げた。

 その瞳ひとみは心配の色で染まっていて──。

「でも、私は胡桃くるみちゃんの悲しむところを見たくないから! その為ためなら何でもするからっ!」

 ──だから、問題はないの? と、訴うつたえかけてくる小お倉ぐら。

 正直、話の根幹がとんでもないド下ネタであるから、こんなに心配してくれている小お倉ぐらには罪悪感しか抱いだかないのだが……。

 だけど……そうか。

 俺はコーヒーを一息に飲み干すと、近くのゴミ箱に投げ捨てた。

「安心しろ、そんなことにはならないから」

「……ほんと?」

「あぁ。それに、逃にげてきた胡桃くるみさんは悲しそうな表情をしてたか?」

「そう言われれば……」

 顎あごに手を当てて思い出すように目を瞑つぶる小お倉ぐら。

 やがて彼女は「そっか」と呟つぶやきココアを飲み干すと、空き缶かんを捨てる。

「なら……ひとまずは安心しとく。安心して、冬休みに胡桃くるみちゃんと二人でどこに遊びに行くかを計画しとく」

「……は? ちょ、ちょっと待て! 二人だと!?」

「あっ、そろそろ教室に戻もどらないと」

「お、おい待て、小お倉ぐら! 話はまだ……くそっ! 逃にげるな!」

 駆かけ足あしぎみに教室へと戻もどっていく小お倉ぐら。

 そんな彼女に俺は、

「せ、せめてクリスマスは外せよ!?」

 そう投げかけつつ、後を追うのだった。


2


 俺は今世紀最大に胸が高鳴っているのを感じていた。

 場所は胡桃くるみさんの部屋。

 何度か訪おとずれたことのある当所は、相も変わらずおしゃれなお部屋である。

 モダンな雰ふん囲い気きで統一された家具に色しき彩さい。テーブルデスクの上に俺とのツーショットが写真立てに飾かざられているのを発見した時は悶もん絶ぜつするかと思った。というかした。

 しかしながら、今現在俺が居るのはリビングではなく浴室だった。

 鏡の前で俺は裸はだか一いつ貫かんとなりシャワーを頭から浴びる。

 外は寒かったからなぁ、気持ちいなぁ……ってそうじゃない!

 あまりの状じよう況きように脳の処理が間に合っていない。落ち着けと頰ほおを張るが当然落ち着けるはずもない。一体全体どうしてこうなったのか。

 それは少し前にさかのぼる。


☆


 二学期最後の学校も終わったところで、今日も今日とて胡桃くるみさんと帰宅である。

 本当なら恋こい人びと繫つなぎで帰りたいのだが、胡桃くるみさんは寒さに負けてコートのポケットに手を入れていた。危ないよと思わないでもないけれど、いざとなれば俺が全力でフォローするので問題ないだろう。

 というか、防寒着でもこもこしていてとても可か愛わいい。お持ち帰りしたい。

 そんな感じで駅までの道を歩いていると、もこもこの胡桃くるみさんがポツリと呟つぶやいた。

「冬休み、長いわね……」

「あれ、胡桃くるみさんは冬休み嫌いやだったりするの?」

 ため息を伴ともなった言葉を意外に思いつつ聞き返すと、彼女は首を横に振ふった。

 サラサラの黒くろ髪かみがたなびいて、いい香りが鼻び孔こうをくすぐる。

「別に、そういうわけじゃないけど……その、最近学校が楽しかったから。長期休きゆ暇うかになったらみんなと会えないなぁ、って」

「えっと、俺はバリバリ冬休みも会いに行くつもりだったけど?」

「……え?」

「小お倉ぐらも遊びに行く計画がどうとかって言ってたし」

 その言葉に胡桃くるみさんは顎あごに手を当て、真しん剣けんな表情を浮うかべて呟つぶやいた。

「……冬休みに、誰だれかと遊ぶ?」

 長期休きゆ暇うかに誰だれかと遊ぶということに困こん惑わくする胡桃くるみさんに涙なみだが出そう。

 まぁ、俺も友達と呼べる友達など桐きり島しまくんしかいなかったのだから、正直あまりピンときているわけでもないのだけれど。

 それでも真しん剣けんな表情で『そんなことあり得るの?』と言わんばかりに頭に疑ぎ問もん符ふを浮うかべる胡桃くるみさんには是ぜ非ひとも幸せになってもらいたい。……いや、俺が幸せにするのだが。

「胡桃くるみさんさえよければ毎日でも遊びに行くよ!」

「ま、毎日……?」

「そう、毎日。クリスマスでも大おお晦日みそかでも元がん旦たんでも。胡桃くるみさんが会いたいと思ってくれるのなら俺はたとえ火の中水の中、家族が実家に帰省していても会いに行くよ!」

「それはご家族と過ごして」

「胡桃くるみさんは未来の家族だから問題ないね!」

「……っ! そ、そうっ!」

 顔を逸そらす胡桃くるみさん。

 角度的に表情は見えないけれど、耳まで赤く染まっていた。

 少しの静せい寂じやく。

 寒風が吹ふき、胡桃くるみさんは乱れる髪かみを手で押さえながら、横目で俺を見る。

「ま、毎日……私の家に来るの?」

 それは問いと言うより、確かく認にんに近いように聞こえた。

「もちろん! 迷めい惑わくかな?」

「……ううん。嬉うれしい、かも」

 そう告げて、胡桃くるみさんは幸せそうに微ほほ笑えんだ。

 あまりのかわいさに、自分でもびっくりするぐらい心臓が跳はねた。

「だ、だったら今から胡桃くるみさんの家に行こうじゃないか!」

「え、えぇっ!?」

「何ならもう同どう棲せいしてもいい! 冬休みの間、ひとつ屋根の下で目くるめく夜を超こえ、怠たい惰だで退たい廃はい的てきな生活を築こうじゃないか!」

「ば、ばか! そ、そんなの、だ、ダメなんだから……っ!」

 慌あわてて否定し、手で口元を隠かくす胡桃くるみさん。

 しかし指の隙すき間まからはニヤけている様子が覗のぞいて見えた。

 俺は、押すなら今しかないと一歩踏ふみ込こむ。

「それじゃあ、あの日のあれはどういう意味だったか、そろそろ教えて欲しいんだけど」

「え? ──っ、あ、あれはっ!」

 胡桃くるみさんは一いつ瞬しゆん困こん惑わくの表情を浮うかべたものの、すぐに修学旅行の帰り道での発言のことだと気付き、しどろもどろになりながら顔を逸そらした。

「……別に俺は、そういう意味じゃないって返事でもいいよ。俺は胡桃くるみさんのことが大好きで、愛しているから。胡桃くるみさんの準備が整うまで待てる。ただ……」

「た、ただ?」

 小首を傾かしげて繰くり返かえす胡桃くるみさんに、俺は告げた。

「それはそれとして、普ふ通つうに気になる! そしてそういう意味ならめちゃくちゃ嬉うれしい!」

「……へ、変態っ!」

「っ、仕方ないだろう!? 俺は胡桃くるみさんのことが好きで好きで仕方がないんだ! もしそういう意味だったらと考えると、こう……心の奥底から溢あふれんばかりの喜びが込み上げてきて……っ! それで、そろそろ教えて欲しいんだけどもっ!」

「~~っ」

 胡桃くるみさんは下した唇くちびるを嚙かみしめて、次いでジト目で俺を睨にらむ。

 かと思えば顔を逸そらしてと、百面相を十秒ほど繰くり広ひろげた後、顔を逸そらした上に表情を読み取られまいと手で覆おおいながら、蚊かの鳴くような小さな声で──提案した。

「……わ、私の家、来て。今から」


☆


 そして家に到とう着ちやくするなり「寒かったでしょ」とお風ふ呂ろに入れられ、今に至るというわけである。

 サクッと髪かみと身体からだを洗った俺は湯船に浸つかり、改めて先ほどのことを考え──。

(……!? いや、待て。思い返せばこの流れ見たことあるぞ!? 具体的にはエロ同人で──)

『まさか』と思っていると、ふと脱だつ衣い所じよから扉とびら越ごしに声がかかった。

「お、お湯加減は、ど、どど、どう?」

 めちゃくちゃ震ふるえた声だった。

 必然的にこちらの返す声も震ふるえたものになる。

「い、いい感じだよ。さすがは胡桃くるみさんだね!」

 もう何がさすがなのか言っている自分でもわからなかったけれど、それくらいしか言葉が出てこない。

 それほどに俺は緊きん張ちようしていた。

「じゃ、じゃあ、は、入るからっ」

「──っ!? ほ、ほんとにっ!?」

 シュルシュルと衣きぬ擦ずれの音が扉とびら越ごしに聞こえて、バクバクと痛いぐらいに高鳴る心臓を押さえつけつつ生なま唾つばを飲み込むと──ガチャリと扉とびらが開いた。

 そこに居たのは──

「み、水着なら、一いつ緒しよに入ってもいいって言ったから」

 学校指定の無難な競泳水着を身に着けた胡桃くるみさんだった。

「……っ」

「な、何か言ってよ」

「いや、その……どうして裸はだかじゃないんだ! と最初は言おうと思ったんだけど、風ふ呂ろ場ばで水着っていうのは、それはそれで魅み力りよく的てきだなと……子作り頑がん張ばろうね!」

「なに言ってるの!? ねぇ、ほんとなに言ってるの!?」

「あれ、これってそういう流れじゃないの!?」

「ち、違ちがうわよ! こ、これはその……背中を流してあげる的なあれよ……」

 羞しゆ恥うちからか顔を真っ赤にして告げる胡桃くるみさん。

 正直すでに全身洗い終えているけれど……まぁいっか!

 胡桃くるみさんに洗ってもらえるなんて最高以外の何ものでもないのだから!

 俺は嬉き々きとして湯船から立ち上がろうとして──

「っと、その前にタオルを一枚貰もらってもいい?」

「え? ……あっ、う、うん!」

 彼女の視線が一いつ瞬しゆん下がって、かと思えばものすごい勢いで逸そらされタオルを手て渡わたされた。

 何もそこまで嫌いやがらなくても。お風ふ呂ろに入れたのは胡桃くるみさんじゃない。

 なんて思いつつ椅い子すに座ると、胡桃くるみさんが新品のボディタオルを泡あわ立だてる。

「胡桃くるみさんのタオルでよかったのに」

「さすがにそれはヤバいでしょ」

「すんごいマジレス」

「もう。……よしっ、そ、それじゃあいくわよ?」

 呆あきれつつも泡あわ立だったタオルを手にする胡桃くるみさん。

「胡桃くるみさんを受け入れる準備はいつでもオッケーだよ」

「そういう意味じゃないんだけどっ!? ……え、えいっ」

 背中にタオルの感かん触しよく。そして上下にごしごしと擦こすられる。

「気持ちいい?」

「胡桃くるみさんと同じ風ふ呂ろ場ばにいるというだけで気持ち良すぎる」

「……やめるわよ?」

「天にも昇のぼるような心ここ地ちです!」

「そ。痒かゆいところはない?」

「嬉うれしさで心がむず痒がゆいです」

「ないのね」

 ごしごし擦こすられながら思う。素す手でじゃなくてよかったぁ、と。

 本当は素す手でで洗って欲しかったなと一いつ瞬しゆん思ったけれど、絶対堪こらえられなかっただろう。

「それじゃあ──」

「次は前かな?」

「それは自分でして!」

 べしっ、とタオルを投げつけられた。

 仕方がないのでささっと残りを洗い終えて泡あわを流すと、俺は席を譲ゆずる。

「……なに?」

「次は俺が胡桃くるみさんを隅すみから隅すみまできれいに洗ってあげようかと……」

「わ、私はいいのよ! それより洗ったなら先にあがってて!」

「えっ、もう!?」

「だ、だって、洗うってなったら裸はだかにならなきゃだし……」

「大だい丈じよ夫うぶ大だい丈じよ夫うぶ、湯船に浸つかって待ってるから!」

「なにも大だい丈じよ夫うぶじゃないんだけど!?」

 いいから先あがってて! と俺の裸はだかをあまり見ないようにしながら背中を押す胡桃くるみさん。

 この一世一代の大チャンスをこんな一いつ瞬しゆんで終わらせていいのか? いいやよくない(反語)。

「ならせめて一いつ緒しよに湯船に浸つかろう!」

「なんで!?」

「そりゃあもう、小さな浴よく槽そうに愛する人と密着して浸つかりたいという純じゆん粋すいな恋こい心ごころだよ」

「たぶん身体からだ目的の奴やつも同じこと言うと思うんだけど!? ……うぅ、わ、わかったわよっ!」

 懇こん願がんするように見つめていると、胡桃くるみさんはしぶしぶといった様子で首しゆ肯こうした。

「よし!」

「そ、その代わり、一いつ瞬しゆんだからね! すぐあがってよ!」

「もちろんだよ!」

 というわけでちゃぽんと湯船に浸つかると、胡桃くるみさんもおずおずと足を入れる。

 なんだろう、水着を着ているはずなのにヤバい一線を越こえようとしている感がマッハである。

 胡桃くるみさんはゆっくり両足を浸つけ、腰こしを下ろし、俺と向かい合うように体育座りで浸つかった。

 水かさが僅わずかに上じよう昇しようする。

「……や、やっぱりこれ……は、恥はずかしすぎるんだけ──どっ!?」

 もう限界だといわんばかりに顔を赤くしてこちらを見た胡桃くるみさん。

 しかし彼女は慌あわてて視線を逸そらした。

 一いつ瞬しゆんわからなかったが彼女の視線を追って考え理解。

 対面の位置に座っているから俺のタオルの中が見えそうになったのだろう。

「これは失敬。ほら、こっちへどうぞ」

「い、行くわけないけど!?」

 手を広げて俺の方に背中を預けて欲しいと示してみるけれど、胡桃くるみさんは拒きよ絶ぜつ。

 しょんぼりしていると、彼女はざばっと湯船から立ち上がって、

「そ、それじゃあもういいでしょ! 貴き一いちは先に──っ」

 と言いかけ、湯船の底で足を滑すべらせたのか胡桃くるみさんの体勢が崩くずれた。

「危ないっ!」

 俺は大おお慌あわてで彼女を支えるように動き──ざぶんっ! とお湯がこぼれる。

「だ、大だい丈じよ夫うぶ? 胡桃くるみさん」

「え、えぇ、ありがと……う?」

 お互たがいに声を掛かけ合あいつつ、状じよう況きようを確かく認にんしようとして……思考が停止した。

 何しろ、俺と胡桃くるみさんは湯船の中で真正面から抱だき合あう形になっていたのだから。

「……」

「……」

 水着越ごしに胡桃くるみさんの柔やわらかさが身体からだ中じゆうに伝わる。

 顔は鼻先一センチもなく、視線は逸そらすのが難しいほどにかち合っていて、互たがいの息いき遣づかいさえ聞こえる距きよ離り。少しの身じろぎも緊きん張ちようで強張るほどに身体からだは密着していて、彼女の早はや鐘がねを打つ心臓の音すら聞こえてきそうだ。

 というか、胸むな板いたに触ふれてるこの柔やわらかい感かん触しよくって胡桃くるみさんの──。

 それが何か察した瞬しゆん間かん──ぴちょん、とシャワーの雫しずくが湯船に落ちた。

「~~~~っ! ご、ごめんっ」

 瞬しゆん間かん、胡桃くるみさんが跳はねるように飛とび退のく。

「い、いや……怪け我ががないみたいで、その……」

 先ほどの感かん触しよくがまだ残っている気がして、上う手まく言葉が回らない。

 肌はだはすべすべとしていて、柔やわらかく……思わず生なま唾つばを飲み込むと、胡桃くるみさんが顔を真っ赤にして見下ろしながら、脱だつ衣い所じよへと続く扉とびらを指さした。

「そ、その……今度こそ……さっ、先にあがってて」

「わ、わかった」

 俺はいまだに茹うだって思考力の戻もどらない脳を引き連れて、脱だつ衣い所じよへと向かう。

「その、わ、私もすぐ出るから」

 その言葉に、俺はいよいよもって限界であった。


 言われた通りリビングで胡桃くるみさんを待っていると、彼女はすぐに姿を見せた。

 時間にして十分もかかっていないように思えるが、緊きん張ちようしていたので正しいかは不明。

 胡桃くるみさんはいつぞやのようなラフな格好ではなく、ゆったりしつつもオシャレで可か愛わいらしい部屋着を身に纏まとっていた。

 ドライヤーを当てていないためか髪かみはまだしっとりとしていて、風ふ呂ろのせいではないだろう頰ほおの上気が、煽せん情じよう的てきな雰ふん囲い気きを醸かもし出だしていた。

「お、お待たせ」

 彼女は少し躊ちゆう躇ちよしつつも、俺の隣となりにぽすんと腰こしを下ろす。

 しかし落ち着かないのか足をもじもじ。

 ちらちらとこちらに視線を向けては、合いそうになると慌あわてて逸そらす。

「あ、あー、な、何か飲む? ……あっ」

 やがて逃にげるように立ち上がろうとしたので慌あわてて腕うでを摑つかむと、思いのほか何の抵てい抗こうもなく、胡桃くるみさんは再度ソファーに腰こしを落ち着けた。

 沈ちん黙もくが訪おとずれる。

 胡桃くるみさんは顔を赤らめたまま、俯うつむきがちにこちらを見て何かを待っている様子。

 さて、どう切り出したものかと逡しゆん巡じゆんし、結局は直球に伝えることにした。

「えっと……襲おそってもいい?」

「そ、それはさすがに直球過ぎないっ!?」

「じゃあ、一いつ緒しよに大人の階段を昇のぼろう!」

「な、なんかふざけてるみたいでいや!」

「そんな! 俺はいつだって胡桃くるみさんに真しん剣けんだというのに!」

「そ、そんなの知ってるわよ! で、でも……だってぇ……うぅ……っ」

 恥はずかしさのせいか目に涙なみだすら浮うかべて、あわあわと目を回す胡桃くるみさん。

 これ以上、どう言えばいいというのだろうか。

 考えていると、何とか落ち着きを取とり戻もどした胡桃くるみさんがおほん、と咳せき払ばらい。

 どうしたのかと視線を向けると、彼女は口をキュッと結んで瞑めい目もく。

 自らの両りよう頰ほおを張って大きく深呼吸すると、目を見開いて身を寄せてくる。

 その表情は何か覚かく悟ごを決めたような様子で、固かた唾ずを吞のむ。

 やがて彼女はまっすぐに見つめたまま俺の肩かたに手を置いて──ぼすん、とソファーに押し倒すとお腹なかの上に馬乗りになる。

「く、胡桃くるみさん?」

 驚おどろいて声をかけると、彼女は決意した表情のまま告げる。

「い、一度しか言わないから、よく聞いて」

 馬乗りになった胡桃くるみさんが俺を見下ろしてくる。

 流りゆう麗れいな黒くろ髪かみが重力に従い垂れ下がり、頰ほおを撫なでてくすぐったい。

 俺の身体からだを挟はさむ太ももが柔やわらかく、興奮してやまない。

 互たがいの服が擦こすれ、その内側の体温が服越ごしに伝わる。

 顔は先ほどにも増して近付けられ、その同年代とは思えないほど大人びていて綺き麗れいな顔に思わず目を奪うばわれた。

 そんな彼女は、恥はずかしいのか顔を真っ赤に染めながら、しかし瑞みず々みずしい唇くちびるをゆっくりと動かして息を吸うと、──提案した。


「わ、私と……セックスしましょう」


 それはいつだったか俺が言ったことの焼き直しのようで。

 思わず破顔してしまう。

「な、何よっ!」

「だって、胡桃くるみさんも直球じゃないか」

「そ、それは……っ、な、なに!? 嫌いやなの!? 嫌いやなんだったらしな──」

 馬乗りのまま目を吊つり上あげてうがーっと怒おこる胡桃くるみさん。

 相変わらず、可か愛わいくて、愛おしい人である。

 怒おこっているにも関わらず逃にがすものかと馬乗りをやめない胡桃くるみさん。

 顔を近付けたまま睨にらんでくる彼女に、俺は背に手を回して抱だきしめた。

「あっ、ちょっと!」

「嫌いやなわけないよ、胡桃くるみさん。むしろこちらからお願いしたいくらいだ!」

「……そ、そう。なら、いいけど」

 彼女は小さく呟つぶやくと腕うでの中で抵てい抗こうをやめた。

 そして俺たちはしばらく見つめ合い──。

 端たん的てきに言おう、襲おそった。


☆


 私、古こ賀が胡桃くるみは微睡まどろみの中で目が覚めた。

 場所は寝しん室しつのベッドの中。窓の外を見るとすでに日もとっぷりと落ち切っていた。

 何だかんだで真昼間から始めた結果である。

 心ここ地ちよい気だるさの残る身体からだを動かしてデジタル時計を確かく認にんすると、時刻は十一時四分。

 意外なことに、まだ日は跨またいでいないみたい。

 寝ね惚ぼけ眼まなこを擦こすりながら身を起こそうとして、隣となりで小さく寝ね息いきを立てる彼に気付いた。

 ぺらっ、と掛かけ布ぶ団とんを捲めくると裸はだか。私も裸はだか。

(…………っ)

 一いつ瞬しゆん遅おくれて、何とも言いい難がたい感情が胸中に飛来した。

 嬉うれしいような、恥はずかしいような。でも決して嫌いやという思いではない。

 というか、ついに意識のある状態でシたんだ、私。

「……」

 いやいや。

 そもそも意識のない状態でヤったことがあるというのがおかしいのだけど。

 過去は変えられないというのに、それでもあの日のことを思い出すと胸の奥が痒かゆくなる。

 恥はずかしさに頭を抱かかえていると、ふと眠ねむっていた彼が目を覚ました。

「──お、おは……よう」

 彼はぱちぱちと瞬まばたきし、私の顔を見て、視線を下に、かと思えばもう一度顔を見る。

「えっち」

「胡桃くるみさんが魅み力りよく的てき過ぎるんだよ。……月明かりじゃ足りないから電気を点つけてもいい?」

「ぜ、絶対ダメっ!」

 そんなっ、と悲ひ壮そうの表情を浮うかべる貴き一いちに思わず笑ってしまう。

 すると彼もつられたように笑えみを見せた。

「それにしても、あれだね。……子供の名前は何にしようか」

「は、はぁ!? いきなりなに言ってるのよっ!? だ、だいたい、ご、ゴムしてたでしょ!? ……してたわよね?」

 どうしよう、最後の方はどうだったか曖あい昧まいなんだけど。

 不安に思っていると、頭を撫なでられる。

「大だい丈じよ夫うぶ。子供は欲ほしいけど、そのあたりはちゃんとしてるつもりだから。ただ二人仲良く大人の階段を昇のぼった次のステップと言えばそこかなと思っただけだよ」

「……っ」

 その言葉にチクリと胸が痛んだ。

 理由は当然、すでに大人の階段は昇のぼっていたからである。

 色々と我が慢まんしていた彼に対して、私は一人性欲に負け、眠ねむっている彼を襲おそった。

 だからこそ優やさしい笑えみを浮うかべて『一いつ緒しよに』と喜ぶ彼に、罪悪感というか気まずさを覚えて仕方がない。いや、ほんと申し訳ない。

「どうしたの、胡桃くるみさん」

「い、いえっ、べ、べべ、別になんでも──」

 いつまでも返事をしない私を不ふ審しんに思ったのか、心配げな表情で尋たずねてくる貴き一いち。

 何でもないと誤ご魔ま化かそうとして、ふと彼のお腹の虫がぐぅ、と鳴った。

「そう言えばお昼から何も食べてなかったわね」

「確かに胡桃くるみさんしか食べてなかったね!」

「バカじゃないの!?」

 確かに何度も食べられたけども!

 まだ感覚残ってるし……。

 私は胸に溜たまった恥はずかしさを一度飲み下すと、ため息をつく。

「と、とりあえず何か作ろうか?」

「いいの?」

「えぇ、私もお腹なか空いたし」

 何気なく提案してみると、彼は満面の笑えみを浮うかべた。

「ありがとう胡桃くるみさん! すごく嬉うれしいよ! それに、なんだかこうしてると未来のシミュレーションをしているみたいでドキドキするね!」

「ば、バカなこと言ってないで早く服着てよ! リビングに行くわよ」

「ついでに役所に婚こん姻いん届とどけも貰もらいに──」

「ご飯いらないの?」

「いります!」

 元気に返事する彼に苦く笑しようしつつ、私は服を着るためにまず部屋の電気を点つけようと布ふ団とんから出ると、スイッチの元まで歩いて行き──ぱちっ。

 電気が点つくと同時、後方で息を飲む音が聞こえた。

「……っ」

 振ふり返かえると、私を見て顔を真っ赤にする貴き一いちの姿。

 どうしたのだろうと一歩近付くと、あからさまな動どう揺ようを示した。

 瞬しゆん間かん、ぞくぞくと私の中の嗜し虐ぎやく心しんが強く刺し激げきされる。

「……ねぇ、どうしたの?」

「……っ、い、いやその、て、天使が降臨したのかと思ってつい見み惚とれて──」

「ふーん、そうなんだぁ♡」

 今の私の表情は、これ以上なくニヤけていることだろう。

 でも仕方がない。興奮して仕方がない。

 さらに一歩、二歩と近付く。

 どうしよう、いけない扉とびらを開いてしまったかもしれない。

 張はり裂さけそうなほど心臓が脈動し、興奮のあまり身体からだが火ほ照てってくる。

 そしてついにベッドに腰こし掛かける貴き一いちのもとに辿たどり着ついた。

「く、胡桃くるみさんっ!」

 すると突とつ然ぜん立ち上がった彼に手を摑つかまれ、強く引き寄せられる。

 バランスが崩くずれた私は彼の腕うでの中に倒たおれ込こみ、優やさしく受け止められてそのままベッドに押し倒された。

「ひゃっ……んっ、……へっ? ちょ、え?」

「今の、誘さそってるって受け取っていいよね?」

「え、あっ、ちょっ……んぶっ♡」

 驚おどろいていると唇くちびるをふさがれる。

 一いつ瞬しゆん驚おどろきつつも受け入れ──そして今の自分の行動を俯ふ瞰かん。

 確かに、そうとしか思えない。

 というか、間ま違ちがいなく誘さそっていた。

 性欲に思考回路を乗っ取られていた。

「んっ、んむぅ……っぷはっ♡ はぁ、はぁ……♡ ご、ご飯はいいの?」

「さすがに我が慢まんできないです」

「もう……変態なんだから」

 せめてもの抵てい抗こうにそう告げると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。

「最近よく思うんだけど、実は胡桃くるみさんの方が変態だったりするんじゃない?」

「ばっ! そっ、そんなわけないでしょ!?」

「いや、でも修学旅行でもキスされたり、案外積極的に来てくれるような」

「そ……んなことより──し、シないの?」

「っ、胡桃くるみさん!」

 話題を逸そらすと、なんとも簡単に誤ご魔ま化かされてくれた。

 けど、彼の言うことは正しい。

 たぶん、というか絶対に私の方が変態である。

 何しろ一方的に襲おそっているのだから。

(……夜よ這ばいしたこと、いつかは言わなきゃいけないよね)

 キスに応えながら、私は茫ぼう然ぜんと考える。

 まぁ今は絶対無理だけども。

 嫌きらわれることを心配しているんじゃなくて、もっと自分勝手な理由。

 単純に、恥はずかしいのだ。


 だけどこれから先、私は彼と一いつ緒しよに生きていく。

 その中で、いつかは言える日が来るかもしれない。


 いつか、貴き一いちと共に歩く未来。

 それを妄もう想そうしつつ、私は幸せに身を委ねるのだった。