エピローグ
「……セリエさまのご協力もあり、ケガ人の治療は現在までにほぼ完了。家屋が倒壊した民については、一時的に神殿や王宮の一部を開放して対応しております」
──リオネッタによる王都襲撃があったその晩のこと。
ピシュテルの王宮、
そこにはカストラルをはじめとした国の要人、そして今回の事件──後に〝ピシュテル事変〟と呼ばれる──に関わった人々が集められ、その後の経過を報告しあっていた。
「ふむ、これで一段落といったところか」
文官の報告を聞き、カストラルは力強くうなずく。
「
「続けられる状況でもない。中止だ」
カストラルは間髪をいれずに答え、そのあと──
「それで……息子たちの捜索はどうなっておる? 手がかりはあったか?」
そちらが本題といった様子でそう続けた。
文官は視線を泳がせ、申し訳なさそうにゆっくりと首を振った。
「いえ……全力で捜索に当たっておりますが、
「命を落とした、ということか」
言いづらそうな文官の言葉を、カストラルが険しい表情で継いだ。
そうなのだ。第一王子ブラットの活躍にくわえ、カストラルや王国中枢の人々の迅速な対応により、どうにか今回の騒ぎは終息した。
一方で、事件をおさめた立役者のブラット、さらには弟のアルベルトの両名が騒動の最中に行方不明になってしまっていたのだ。
『残念だが……お二人ともこうなると厳しかろうな』
『日も暮れてしまったからな。もはや発見は困難。魔将とともに姿を消したブラットさまに至っては、まず無事では済むまい』
『改心なされたばかりだというのに……』
貴族たちはぼそぼそとそんな言葉をかわす。
(ブラットさま……)
謁見の間の片隅で話を聞いていたマリーは唇を
闘技場上空でリオネッタと互角の戦いを繰りひろげていたブラット。
彼は突如リオネッタとの戦いを中断したかと思うと、リオネッタの転移魔法でこの王都から一瞬にして姿を消してしまった。
あえてブラットがそれを望んだのか、あるいはリオネッタの幻惑魔法に操られていたのか、そのあたりは判然としない。
だがとにもかくにも、彼はそのまま
(いったいどこにいらっしゃるの……?)
マリーも公爵家の私兵を投じて捜索させたものの、手がかりはつかめず。
父である公爵に無理を言ってこの会合に同席させてもらったものの、やはり騎士団のほうも成果をあげられなかったらしい。
(せっかく皆も殿下を認めつつあったというのに……なぜこのようなことに)
これからというときだったのだ。
ながらく後ろ向きだったブラットが、ようやく前向きになったこのときになぜと思う。
(これが警告されていたあの災厄だった、ということなの……?)
降りかかると言われた災厄。
それが今回の件のことだったとしたら、それによってブラットが命を落とすことになったとしたら、それは自分の責任だ。自分が先日ブラットにほだされず、はっきりと婚約を破棄していれば、回避できた事態だったかもしれないのだから。
(無事でいてくださいませ……)
ただ無事を祈ることしかできない自分が、マリーは歯がゆかった。
もしもブラットの身になにかあったらと思うと、胸が張りさけそうだった。
しかし謁見の間に重苦しい空気が流れだしたそのとき──
「ブラットくんなら大丈夫だと思うよっ☆」
そんな空気をまったく読んでいないかのようなのんきな声が響いた。
声の主は、〝
セリエは疲労のため、マーリンは捕虜の監視で、それぞれ欠席するなか、グラッセだけは
カストラルは
「グラッセ殿、大丈夫というのはどういうことですかな? なにか心当たりがあるのなら、ぜひお聞かせ願いたいのですが……」
「ん、ないけどっ☆」
謁見の間の面々が淡い期待をしたのもつかのまで、グラッセはいつもの軽薄な微笑でそう肩をすくめるだけだった。
マリーふくめ、謁見の間の面々は同時に大きく息をついた。
この英雄の冗談もいつもなら生暖かい目で見守っていられるのだが、深刻な場面ではさすがにやめてほしいと思う。ブラットが無事である確証を持っているのかと思ってしまった。
「ふむ……いまだ痕跡すらつかめぬとはな。ブラット、アルベルト……ともに万一のときのことは考えておくべきであろうな」
カストラルのその言葉により、場の空気がさらに重々しくなる。
だが、そんなときだ。
「……!?」
謁見の間の中央。
そこに突如として膨大な魔力が収束する。
気づけばその空間に、人の等身大サイズの黒い穴のようなものが開いていた。
それは召喚魔法や転移魔法を用いるときに使われる異次元へと通じる扉で、数えるほどの機会ではあったがマリーも見たことがあった。
「──刺客やもしれぬ、警戒せよ!」
カストラルが即座にそう声を張る。
謁見の間に集っていたものたちは皆一斉に臨戦態勢へと入り、護衛の騎士たちが武器を構えてその転移門を取りかこんだ。
転移門から現れるということは、人間にしろ魔物にしろ強大な力を持つ存在である可能性が高い。襲撃があったばかりということもあり、息をのむ緊張感が謁見の間に
だがしばしあって──
「!?」
そこから出てきたのは、輝く銀糸のような髪に褐色の肌を持った美男子。
間違いない。
それはリオネッタとともに行方をくらましていたマリーの婚約者、この国の第一王子ブラット・フォン・ピシュテルその人だった。
「……」
マリーはその姿を見て、信じられないと首を振る。
それが実は幻なのではないか──リオネッタの見せる幻惑魔法かなにかなのではと疑うものの、その力強い魔力はまぎれもなくブラットのものだった。
胸から熱い感情がせりあがってくるのを感じた。
ブラットが完全に姿を見せ、転移門が役割を果たして消失したところで、緊張に包まれていた
『なんと……生きておられたのか!?』
『信じられぬ……あの魔将と姿を消したというのにご無事とは!?』
『奇跡だ……よくぞお戻りになられた!』
数ヶ月前まで国中から嫌われきっていたあの〝黒豚王子〟からは考えられぬほど、ブラットの帰還をよろこぶ人々の声が耳に入る。
さいきんのブラットの紳士的な立ち居振る舞い、そして慈善事業や教育事業への多額の寄付と社会的貢献が評価されつつあったことに加えて、今回この王都を見事に窮地から救ったことで、さらに多くの人々から認められたということだろう。
そんなふうに自身の婚約者が受けいれられたことをふだんのマリーならば静かによろこんでいたのだろうが、今日だけはそんな余裕はなかった。
ブラットとわかった瞬間に感情爆発し、気づけば彼に飛びついていたからだ。
「マリー、無事でよかった」
「……こちらのセリフですわ」
なによりもまずこちらを気遣う言葉が出てくるところが昔の心優しかった頃のブラットに戻ったようだと思いながら、マリーは彼の背にまわす腕にぎゅっと力を込める。
彼の存在を確かめるように、ぐりぐりと胸板に顔を押しつける。
するとブラットは優しい微笑を浮かべて、壊れやすい大事な大事な宝物でも扱うかのようにマリーの背に手をまわすと、そっと抱きしめかえしてくれた。
「──」
もはや、二人のあいだに言葉はいらなかった。
二人はひしと抱きしめあう。
まるで、邪悪な