プロローグ



 周囲への高慢な振るまい、丸々と太った体、色黒の肌のせいで〝黒豚〟とさげすまれてきたピシュテル王国の第一王子ブラット・フォン・ピシュテル。

 彼はふとした拍子、前世の記憶を取りもどす。

 くろかわはやという名のアラサーオタクであった前世を──そして、いま生きているこの世界が『ファイナルクエスト』というRPGに酷似した世界であることを。

 ブラットは自身がそのゲームのなかでやみちして魔王軍に加担、最終的に勇者である主人公に討たれて死んでしまう悪役キャラであることを思いだし、一心発起。

 自身の悪評をふつしよくすべく更生し、ゲームの知識で急成長。

 廃レベリングで手にした力で、猫人族ケツトシーの集落を苦しめていたサイクロプスを討伐し、勇者パーティーの一員となるミーナ・リーベルトを見事に窮地から救ったのだった。


 そして──

 それから一夜が明け、ブラットの姿は猫人族の集落近くの森のなかにあった。


(……うまく、いったか)

 胸をなでおろすブラットの眼前には、魔物の群れがいた。

 数は一〇〇体近くいるだろう。

 ゴブリン、コボルト、オーガ、トロール、リザードマン等、その種族はさまざまだ。

 しかしそれほどの数の魔物を前にしながらも、ブラットは動じていない。

 それもそのはずだ。

 なにしろ魔物たちには、ブラットに対する敵意がまるでない。むしろその顔にはブラットへの親愛や尊敬の情が浮かんでいるのだから。いや、親愛や尊敬どころではない。まるで主君への忠誠を示しているがごとく、みな地面にひざまずいていた。

 というのは──実はこの魔物の群れ、ブラットがさきほどすべてテイムした魔物たちなのだ。

(ちゃんとゲームと同じシステムで助かった)

 RPGの多くに登場する〝敵モンスター〟。

 主人公側のキャラクターに比べてその数は膨大で、強大な力を持つものからマスコット的なかわいらしいものまで多種多様だ。

 もしも敵として立ちはだかる彼らを仲間にできたとしたら、ゲーム性がいっそう増しておもしろくなるのではないか? そんな制作陣の思いつきのもと、『ファイナルクエスト』では魔物を仲間にして戦闘をともに行える〝テイミングシステム〟が実装されていた。

〝魔物使いの指輪〟というレアアイテムを入手した状態で、戦闘中に好感度を上昇させる特定のアイテムを使い、好感度が規定の数値に達していると、戦闘後に一定確率で魔物が仲間になる──テイムできるというシステムだ。

 テイムした魔物は元々の仲間キャラクターと同じように、パーティーに加えて戦闘を行うことができる。レベリングで強化もできるため、その実用性の高さからプレイヤーたちは魔物を重用し、気づけばパーティーが魔物ばかりということも起こる人気システムだった。

 レベルに応じて進化する魔物も存在し、レベリングをする楽しさが仲間キャラクターたちを上回ったというのも大きいだろう。

 そして前世で周回プレイしたブラットにはもちろんそのシステムの知識があり、この世界で記憶を取りもどしてから権力と財力に物を言わせて〝魔物使いの指輪〟を入手し、魔物をテイムするタイミングをうかがっていたのだった。

 そしてついに今日──思いがけずではあるが、魔物たちのテイムに見事に成功したのだった。

「偉大なるブラットさマ、貴方のおかげで我らはサイクロプスの支配から解放されましタ。この御恩はいつか必ずお返しいたしまス」

 一体のアンデッドロードが群れから進みでて、魔物を代表して口を開く。

 一〇〇体もの魔物の群れはそれに合わせ、深々と頭をさげてくる。

 彼らはサイクロプスによって猫人族の集落に派遣されていた魔物たちなのだ。

 サイクロプスには処理しておいたと言ったものの、実はブラットは交信用の魔石を破壊するだけにとどめ、説得したうえでこの森に待機させていたのだ。

 というのは、彼らの多くはサイクロプス出現前からスカイマウンテンにいた先住の魔物たち。サイクロプスに強引に従わされていただけなので、命を奪う必要はないと思ったからだ。

 アンデッドロードの言うとおり、ブラットがやつを討伐したことで彼らは自由になった。

 そしてサイクロプスから解放したことで上昇したその好感度を利用し、〝魔物使いの指輪〟の力でまとめてテイムしてしまったというわけだ。

 元々人間とみわけてひっそりと暮らしていたらしいので心配はないと思うが、万一にも悪さをしないようにという保険的な意味合いのテイムだった。

 テイムした結果、まるで王に接するかのごとくブラットに接してくるようになったのだが、忠誠を誓われるぶんには問題ないので放っておくことにした。

 ブラットは平伏する魔物たちを見下ろして頭をかきながら、

「恩は返さなくてもいい。だが、さきほどした約束は必ず守ってほしい」

「はい、おまかせくださイ。ブラットさまにいただいた知識と力で、必ずや一帯の魔物たちを統率。人間には危害をくわえず、むしろ守れとの命を徹底いたしまス」

 そう、それこそがブラットが彼らに下した命令──彼らと交わした約束だった。

 彼らがその約束どおりに動いてくれることは間違いないだろう。

 ブラットの手の〝魔物使いの指輪〟の力により、ブラットと彼らのあいだにはいま〝心のつながり〟がある。魔物たちの気持ちが自分のことのようにわかるのだ。これほどの忠誠心を抱いてくれている彼らが約束を違えるようなことはないはずだ。

(いまはどのモンスターもレベル二〇前後ってところだけど、レベリングの方法も最低限は教えたからな。魔王の配下がまたやってきたとしても、追いかえせるぐらいにはすぐに強くなるだろう。これでこのあたりが平和になるといいが)

 ブラットがそんなことを考えていると、魔物たちが一斉に立ちあがる。

「それでは我らはスカイマウンテンへと帰還しまス。ここで人間たちに目撃されれば、いらぬいさかいが起こる恐れがあるゆエ」

「ああ、頼んだぞロード」

 テイム時につけた名を呼んでやると、アンデッドロードはいたく感動したらしく大仰な仕草で頭をさげてきた。

 そして魔物たちを引きつれ、森の奥へと姿を消した。

(……俺も早く帰らないとな)

 巨人討伐から一夜が明けている。

 昨夜ブラットはミーナからの誘いを断りきれず、猫人族の酒宴に参加した。

 そしてそこでこれ以上ないぐらいに歓迎された。

 サイクロプス討伐の祝宴だったはずなのだが、討伐の立役者として酒宴の主役は完全にブラットだったのだ。そのためなのだろうか。うたげの最中、ブラットのまわりには常に猫人族の美女が侍り、しく酒や料理を運んで接待してくれた。

(そんなに大したことしてないんだけどな)

 とは思うものの、彼らからすればそうではないのだろう。

 ブラットは集落にやってきた魔物を退け、サイクロプスを討伐。そのうえ、高価な薬草やポーションを惜しみなく振るまい、負傷者を片っ端からいやした。慎重な性格のブラットは今世での初めてのボス戦のため、回復アイテムを腐るほどに準備ストツクしていたのだ。

 オリハルコンスネーク狩りで城が建つぐらいに稼いだブラットからすればでもない出費だったが、猫人族たちに涙ながらに感謝されたのは印象的だった。

 まあ彼らからすれば、ブラットが使ったアイテムは一生に一度使うかどうかの貴重アイテムだ。それを大量に使ってもらったとなれば、感謝されるのも当然なのかもしれない。

 一方で、ブラットは酒に強くはなかった。

 そのうえ王宮の高級酒を飲みなれていたこともあり、大量の安酒を浴びるように飲まされ、正直酒宴開始からまもなく半分意識が飛んでしまっていたのだが。

 特に最後のほうの記憶は完全に飛んでいるので、よからぬことをしていないか心配である。ミーナたち猫人族の女の積極性は半端ではなく、ブラットを隙あらば自身の家へとまねきいれようとしてきたからだ。さすがに間違いは犯していないと思うが。

 そんなこんなでさきほど目を覚まし、見送られるのは気恥ずかしいとの思いから皆が寝静まっているあいだに発とうと集落を出て、魔物をテイムして今にいたる。

(間にあう……よな)

 予定よりもかなり時間を使ってしまった。

 けんさい当日には十分に間にあうだろうが、確か剣舞祭に出場するには事前登録が必要だったはず。最悪権力でどうにかできるかもしれないが、急がねばならない。

 侍女のロジエにもスカイマウンテンに来る前から「そろそろ授業に出るデス!」と口うるさく言われていたし、学院に通う必要もあるだろう。いくら王族でも仮病で散々欠席し、権力で強引に卒業したとなれば周囲の心象も悪くなる。周囲に嫌われてしまえば、死亡エンドまっしぐらなのだから。

(うまくやっていけるかな……)

 自主休講しているあいだに、ブラットは以前と容姿も性格もガラッと変わった。学院に通う貴族の子女たちとうまいことやっていけるか心配だった。

(まあ、心配してもしかたないか)

 元々うまくやれていなかったのだ。

 以前よりまずくなることはあるまい。

 竜笛を吹くと、しばしあって、待機させていた愛竜ギルガルドが飛来する。ばっさばっさと翼で突風を巻きおこして森の草木を揺らし、ブラットの前に着陸した。

 だが、その背に乗ろうとしたときだった。


「……もう行くのかにゃ?」


 背後から、少女の声が聞こえた。

 振りかえると、猫人族の若長かつ『ファイナルクエスト』では勇者パーティーの一員である少女、ミーナ・リーベルトが息を切らして近づいてくるのが見えた。

「ああ、本来なら昨夜のうちに出るつもりだった。長居しすぎたくらいだ」

 ブラットがそう告げると、ミーナは悲しげに「そうか」とうつむいた。

 しばし二人のあいだに沈黙が流れる。

 こういった別れは前世から苦手で、ブラットは気まずさを覚える。

「……それでは、またいつか」

 一言そう言い、ミーナにふたたび背を向ける。

 すでに予定よりも遅れてしまっていて、焦っていたというのもある。これ以上ここで時間を使うことはできなかった。

 逃げるように愛竜の体に脚をかけると、そのときだった。

 背後から強引に腕を引かれ──

「……!?

 瞬間──ちゅっ、と。

 気づけばミーナの顔が眼前にせまり、ブラットの頬に口づけを落としていた。

 ブラットは驚きつつも、どうにか慌てることなく平静をたもつ。

 前世では縁遠かった口づけという行為。

 しかし、今世では儀式やあいさつで日常的な行為だった。いくら相手がかわいらしい猫耳少女だとは言っても、これは単なる別れの挨拶であって、動じるには値しない。


「にゃーは……おまえのことが好きだ」


 ──はずだった。

 はずだったのだが、ミーナが至近距離で顔をにしてそのようなことを言ってくるものだから、さすがにドキッとせざるをえない。

 ブラットがその突然の告白に目を見開いてあっけにとられていると、ミーナは自分でも気恥ずかしくなったのか慌ててぷいとそっぽを向いてしまった。

「い……いきなりこんなことを言ってすまんにゃ。一国の王子たるもの婚約者がいるだろうし……にゃーではつりあわないのはわかっている。どうこうなりたいわけでもない。だが猫人族にとって自分の気持ちにうそをつくことは自分を裏切ることと同義。気持ちだけは伝えたかった」

 ミーナは一息に言い、唇をみしめた。

 その表情から彼女の言葉が冗談でなく、決死のおもいで告げられた本音だとわかる。

「……」

 ブラットは口を開き、だが言いあぐねる。

 あらためてミーナの言葉をしやくし、彼女の仕草と表情を見て、目の前の彼女が単なるゲームのキャラクターでなく、生きた人間なのだと再認識させられる。

 冷静に考えてみると、自分はそんなミーナに不都合なことをごまかすため、軽薄なセリフを吐いてしまった。その罪悪感もあり、返答に迷ってしまったのだ。

 だがしばしあって──

「ありがとう、すごくうれしいよ」

 ブラットは微笑ほほえみ、それだけ言った。

 ミーナの告白が立場などをすべて理解したうえで発されている以上、自分が伝えるべきなのは純粋にその告白をどう感じたのかということだと思ったのだ。

 ミーナはそれをどのように受けとったのか、「えへへ♥」と満足げな笑みを浮かべ、かんした表情を隠すように顔を伏せて、ブラットの背を押してきた。

「気をつけろ。あの目玉みたいな魔物を取り逃してしまったから、おまえがサイクロプスを討伐したことは魔王の配下どもに伝わっているにゃ。おまえをねらって動きだすかもしれない」

「あ……ああ」

「猫人族はおまえに返しきれぬほどの恩があるにゃ。救われたこの命はにゃーたち自身のものであり、おまえのものでもある。力になれることがあったら頼れ。世界を敵にまわしても、にゃーはおまえの味方をする。それだけは覚えておいてほしいにゃ」

 ミーナに満面の笑みで背をたたかれ、ブラットは勢いのまま愛竜へと乗りこむ。

 その途中、耳元でミーナがぼそっとなにかをつぶやいた気がしたが、その瞬間にギルガルドが鎌首をもたげたため、その言葉を聞きとることはできなかった。


「まったにゃ~!」


 別れの感慨にひたりながら──

 ブラットは猫人族の少女に別れを告げ、ピシュテル王国へと飛びたったのだった。