──
小鞠の揺れる声が全員の注意をひく。
顔を出して様子をうかがうと、玄関から飛びこんできた小鞠が、周りの制止も構わずに白玉父の前に立ちふさがる。
戸惑いながらも、安心させるように
「君、おちついて。猫が逃げこんだのかい? 私は見なかったけど、どんな子なんだい」
「そっ、そいつは意地汚くて、目の前の食べ物全部食べちゃう、から! 早く捕まえないと!」
だが八奈見猫のインパクトは充分だったらしい。
式場の支配人は、周りの人に声をかけて猫の情報を集めだす。
「あっ! そ、そっち逃げた! キ、キッチンに向かった! 捕まえない、と!」
「おやおや、そんなに押さないでくれないか」
式場の人も、いるはずのない八奈見猫を追ってキッチンに向かう。
──生まれる一瞬の空白地帯。
階上から足音が迫ってくる。
迷っている暇はない。俺は白玉さんの手をつかむと、玄関に向かって一気に走りだす。
ゲストの横をすり抜け、一気に建物から外に出る。
駐車場にいる人たちが、驚く顔を向けてくる。
花嫁姿の女性が、男に連れられて飛び出してきたのだ。
この光景は目立つに決まっているが、構っている場合ではない。
壁沿いに隣の建物との間に向かう──と、
「待って、靴が──」
振り返ると、式場の前に白い靴が片方、落ちている。
取りに戻るか迷った瞬間、式場から従業員が飛び出してきた。
この騒ぎ、さすがに無風とはいかないようだ。
俺は考えるより早く、白玉さんを抱えあげると走りだす。
「部長さんっ!?」
「
白玉さんをお姫様抱っこしたまま、隣の建物との間に走りこむ。
「きゃっ!」
白玉さんの
◇
キリノキ高校演劇部の部室。俺は肩で息をしながら、部屋の天井を見上げた。
逃げのびた……のか?
生垣に飛びこんでからは必死だ。振り返るヒマもなく、とにかく全力で走った。
なんとかここまでたどり着いたが、腕も腰も限界だ。
「……もう降ろしてくれてもいいんですよ?」
「へっ?!」
我にかえると、目の前には白玉さんの顔。俺は慌てて白玉さんを床に下ろす。
「えっとごめん。ケガとかない?」
「はい、部長さんが守ってくれましたから」
周りの気配を探る。近くに人の気配はない。
聞こえてくるのは遠くに響く運動部の掛け声と、管楽器の太い調べ──。
「追っては……こないみたいだね」
「ですね。もう安心です」
白玉さんは手をのばすと、俺の頭についていた葉っぱを取る。
俺はなんとなく照れくさくて、
「さあ、あと15分しかないよ。早く着替えないと」
「でも、せっかく着たのにもったいないですね」
薄暗い部屋の中、ドレスのスパンコールがキラキラ光る。
「似合います?」
「ええと、それ前も聞かなかったっけ」
「何度でも聞きたいです」
なんか白玉さん、グイグイくるぞ。俺は半ばあきらめて素直に
「あー、よく似合ってるよ」
「似合ってる、ということは?」
前かがみで俺を見上げてくる白玉さん。これは……言わないと終わらないやつだな。
俺は美少女ゲームにはくわしいんだ。
「ああ、
照れながらぶっきらぼうに答えると、白玉さんは予想に反してやけに真面目な顔になる。
そして俺の前に立つと、ゆっくりと両腕を俺にさしだしながら、言った。
「キス──しましょうか」