──まりだ。

 小鞠の揺れる声が全員の注意をひく。

 顔を出して様子をうかがうと、玄関から飛びこんできた小鞠が、周りの制止も構わずに白玉父の前に立ちふさがる。

 戸惑いながらも、安心させるようにほほしらたま父。

「君、おちついて。猫が逃げこんだのかい? 私は見なかったけど、どんな子なんだい」

「そっ、そいつは意地汚くて、目の前の食べ物全部食べちゃう、から! 早く捕まえないと!」

 かな。

 だが八奈見猫のインパクトは充分だったらしい。

 式場の支配人は、周りの人に声をかけて猫の情報を集めだす。

「あっ! そ、そっち逃げた! キ、キッチンに向かった! 捕まえない、と!」

「おやおや、そんなに押さないでくれないか」

 まりは俺たちとは反対方向に、白玉父をグイグイと押していく。

 式場の人も、いるはずのない八奈見猫を追ってキッチンに向かう。

 ──生まれる一瞬の空白地帯。

 階上から足音が迫ってくる。

 迷っている暇はない。俺は白玉さんの手をつかむと、玄関に向かって一気に走りだす。

 ゲストの横をすり抜け、一気に建物から外に出る。

 駐車場にいる人たちが、驚く顔を向けてくる。

 花嫁姿の女性が、男に連れられて飛び出してきたのだ。

 この光景は目立つに決まっているが、構っている場合ではない。

 壁沿いに隣の建物との間に向かう──と、しらたまさんが俺の手を引いた。

「待って、靴が──」

 振り返ると、式場の前に白い靴が片方、落ちている。

 取りに戻るか迷った瞬間、式場から従業員が飛び出してきた。

 この騒ぎ、さすがに無風とはいかないようだ。

 俺は考えるより早く、白玉さんを抱えあげると走りだす。

「部長さんっ!?

いけがき抜けるから目を閉じて!」

 白玉さんをお姫様抱っこしたまま、隣の建物との間に走りこむ。

 じゆにくらべれば重いが、を思えば羽毛布団も同然だ。

 あさぐもさんが見つけた偶然、開いている生垣の穴に、勢いのまま飛びこむ。

「きゃっ!」

 白玉さんのわいらしい悲鳴を聞きながら、俺は足をとめずに走り続けた──。


          


 キリノキ高校演劇部の部室。俺は肩で息をしながら、部屋の天井を見上げた。

 逃げのびた……のか?

 生垣に飛びこんでからは必死だ。振り返るヒマもなく、とにかく全力で走った。

 なんとかここまでたどり着いたが、腕も腰も限界だ。

「……もう降ろしてくれてもいいんですよ?」

「へっ?!

 我にかえると、目の前には白玉さんの顔。俺は慌てて白玉さんを床に下ろす。

「えっとごめん。ケガとかない?」

「はい、部長さんが守ってくれましたから」

 周りの気配を探る。近くに人の気配はない。

 聞こえてくるのは遠くに響く運動部の掛け声と、管楽器の太い調べ──。

「追っては……こないみたいだね」

「ですね。もう安心です」

 白玉さんは手をのばすと、俺の頭についていた葉っぱを取る。

 ひとのない薄暗い教室で、ウェディングドレス姿の後輩と二人きり。

 俺はなんとなく照れくさくて、ほおをかきながら一歩下がる。

「さあ、あと15分しかないよ。早く着替えないと」

「でも、せっかく着たのにもったいないですね」

 しらたまさんは名残惜しそうにドレスを見下ろすと、クルリとその場で回ってみせる。

 薄暗い部屋の中、ドレスのスパンコールがキラキラ光る。

「似合います?」

「ええと、それ前も聞かなかったっけ」

「何度でも聞きたいです」

 なんか白玉さん、グイグイくるぞ。俺は半ばあきらめて素直にうなずく。

「あー、よく似合ってるよ」

「似合ってる、ということは?」

 前かがみで俺を見上げてくる白玉さん。これは……言わないと終わらないやつだな。

 俺は美少女ゲームにはくわしいんだ。

「ああ、わいいって。二度は言わない」

 照れながらぶっきらぼうに答えると、白玉さんは予想に反してやけに真面目な顔になる。

 そして俺の前に立つと、ゆっくりと両腕を俺にさしだしながら、言った。


「キス──しましょうか」