時間にしたらほんの数秒。カメラで切り取ったのはさらにその数十分の一秒だ。

 会長がカメラを持つ手の人差し指を一本立てる。撮影完了の合図だ。

 俺はすばやく近付くと、レフ板を床に立てる。

 白玉さんがその裏に隠れるのと、田中先生が振り返ったのはほぼ同時。

 至近距離で田中先生と目が合う。

「す、すいません、ちょっと近付きすぎちゃいました。えへ、えへへへへ……」

「あなたでしたか。……さっき隣に誰かいたような気がしたもので」

 俺に近付こうとするなか先生の前に、会長が割りこむ。

「すいません、アシスタントが近すぎましたね。カメラテストは完了です」

「え、ああ……お役に立てたならよかった」

 どことなくされたような表情の田中先生。会長はその肩に手を回すと、チャペルの出口に向かって歩きだす。

「本番では、お二人の最高の瞬間を切り取ってみせます。新婦様のドレス姿はもう見ましたか?」

「ええ、ドレス選びのときに」

「素敵ですね。本番ではメイクもするので見違えますよ」

 話しながらチャペルを出ていく二人。

 閉じた扉を見つめていた俺の隣に、いつの間にかしらたまさんが立っている。

「大丈夫? くいったね」

「あ、はい……」

 白玉さんはボウっとした表情で、その場に立ちつくしている。

 どことなく不安を感じつつ、もう一度声をかける。

さんがむかえにくるまで、もう一度隠れてて。俺は田中先生が部屋に戻ったのを確認しに行くから」

 コクリとうなずしらたまさん。俺はレフ板をたたんでチャペルを出る。

 さあ、ミッションコンプリートまであと少し。俺たちがここから脱出すれば完了だ。

 俺はに任務完了のメッセを打つと、会長の後を追って2階への階段を上る。

 一週間かけた準備も、終わってしまえば一瞬だ。

 ようやく肩の荷が下りた。念のための用意がムダになってよかったな……。

 すっかり気が抜けた俺をもう一度現実に引き戻したのは──八奈見からの返事だった。


『白玉ちゃん、どこにもいないんだけど?』


          


 白玉さんが姿を消した。

 俺と会長、八奈見の三人は彼女を最後に見た場所、チャペルに集まっていた。

「合図しても全然出てこないからさ、様子を見にきたら誰もいなくて」

 身振り手振りで話し続ける八奈見。

 会長はスマホから顔を上げると、顔を横に振った。

あさぐも君も、彼女が建物から出てくるのを見ていないそうだ」

 つまり──白玉リコはまだこの建物の中にいる。

 黙って姿を消したということは、なにかをしようとしているに違いない。

 俺は気を取りなおしてウィッグの前髪を直す。

「ここにいても仕方ないし、手わけして彼女を探そうか」

「そうだな。幸いにもゲストの到着前だ」

「ねえ、あとで白玉ちゃんのブーケもらっていいかな。持ってると次に結婚できるんでしょ?」

 最初の持ち主は結婚どころかなす術もなく振られてるが、それでもよければ。

 俺たちはチャペルを出ると、式場の建物に入る。

 白玉さんが隠れるとしたら、親族の更衣室だろうか。それともトイレか倉庫……。

 考えながら玄関の方に向かっていると、受付で二人組の男性がなにかを話している。

 肩から下げているのは──カメラバッグ。本物のカメラマンが到着したのだ。

「……かず君、いったん下がろう」

 固まる俺の腕をつかむと、きた道を引き返す会長。

 八奈見が戸惑いながら後をついてくる。

「えっ、どうするの? 私はどうすればいい?」

「八奈見さんは俺たちと一緒にいない方がいい。ここで解散だ」

 俺と会長は八奈見を残して建物を抜け、再びチャペルの前に出る。

「会長、まずは身を隠しましょう」

「どこかいい場所はあるのか?」

「こっちです」

 俺はチャペルとへいの間、茂みの中に足を踏み入れる。

 チャペルの側面と正面には大きな窓があるが、奥の一角だけが死角になっている。

 俺たちは周りの視線からさえぎられているのを確認すると、ホッと息をつく。

「まずいですね。本物と鉢合わせになったら、いいわけができませんよ」

「やむをえない。ここはいったん脱出しよう」

「玄関を通るのは危険ですよ。下手したら俺たちを探しているかも」

 会長はハンチング帽の先をつまみながら、高い塀を見上げる。

「この塀を越えればいい。私が台になるので、先に上に登ってくれ」

 目標は達成した。脱出の判断がけんめいなのは言うまでもない。

 そう、後はしらたまさんの問題だ。気持ちに区切りをつけ、いままで通りにすごすのも。

 すべてを捨てる覚悟で、なにかを起こすのも──。

「……俺は残ります」

 驚く会長に向かって、俺は言葉を続ける。

「白玉さんをこのままにはできません。もう少しだけ、やれることを探してみます」

「では私も一緒だ。君一人をここに残すわけにはいかない」

 俺は首を横に振る。

「演劇部の部室に大きな黒いボストンバッグがあります。それを持ってきて、ここに投げ入れてくれませんか」

 一瞬、固まっていた会長が驚いた顔をする。

「……君はこの事態を予想していたのか? 最初から?」

「予想というより覚悟していた、ですかね」

 スマートウォッチの時刻は、ちょうど10時を指している。結婚式の開始は12時。

 それまでに白玉さんを見つけて、説得して着替えさせて、式に参加させるだけだ。

 ……うん、それだけだ。俺は会長に向かって親指を立てる。

「任せてください。こういうことには慣れてますから」

 こんなこと文芸部ではよくある話。こう見えても俺は部長なのだ。


          


 11時をすぎ、ゲストの受付が始まった。

 待合スペースやガーデンにゲストの姿が見え始めたころ、俺は隠れ場所から脱出した。

 カメラアシスタントのいずみかずではなく──どこにでもいる男子高校生Aとしてだ。

 会長に運んでもらった黒いボストンバック。

 中身は演劇部に借りたキリノキ高校の男子制服だ。

 学生は一般的に結婚式に制服で出席するから、目立たずに行動できる変装なのだ。

「やっぱりズボンは落ち着くな……」

 あのスースーする感覚には慣れる気がしないが、夏には意外と涼しくていいのか……?

 とよはしの暑い夏を思いながら、室内の待ち合わせスペースに入る。

 壁沿いにイスとテーブルが並び、ガーデン側が一面のガラス戸になっている。

 いまはガラス戸は開け放たれて、さわやかな初夏の風が流れこんでくる。

 談笑するゲストの中にしらたまさんの姿を探すが、さすがにここにはいないようだ。

 ちょうどバーカウンターに差しかかったので、ウーロン茶をもらって一服する。

 見失ってからすでに1時間以上っている。どこかに隠れて、動いていない可能性が高い。

 1階は人目につくし、次に探すなら2階かな……。

 ウーロン茶をすすっていると、隣に女性の二人組が並ぶ。

「いやあ、のり玉ちゃんわいかったなぁ。なか先生にはもったいないって」

 っ!? この声は──あまなつ先生?!

 慌てて顔をそむけると、二人目の女性の声が聞こえてくる。

「あら、あの子には年上の男性がぴったりよ。しっかり者な分、甘えさせてあげないと」

 ぬき先生もいる。俺は気配を殺しながらジリジリと遠ざかる。

「私も甘えたい……やっぱマンション買っときゃよかった」

、ひょっとしてもう飲んでる?」

「飲んだらこんなもんじゃないぞ」

 この人、プライベートでもこんな感じか。俺は先生がクダをまく隙にその場を離れる。

 白玉さんは人ごみの中にはいないようだ。反対に人のいないところを探せばきっと……。

 人目を避けながら、バックヤードに続く薄暗い廊下に足を踏みいれる。

 少し進むと『倉庫』と書かれた扉があった。人目を気にしながらドアノブを回すと、カギはかかっていないようだ。俺はゆっくりと扉を開く。

「白玉さん、いる……?」

 倉庫の中は真っ暗だ。明かりのスイッチを探る手を──誰かが乱暴につかんだ。

「ひゃっ!?

「どこにいたのよぬくみず君!」

 この声は──だ。八奈見は俺を倉庫に引きずりこむと、扉を閉める。

 闇に閉ざされた倉庫の中、八奈見のスマホの灯りが俺たちの顔を照らす。

「八奈見さん、なんでこんなところに?」

「あのあと、しらたま家の親戚一同が着いたんだよ! 両親に見つかったら最後だから、必死に逃げ回ってたんだからね?!

 俺が口を開こうとすると、そのヒマもあたえずに詰め寄ってくる

「それで聞いてよ! ここに隠れる前、親戚のおじさんにつかまったんだけどさ。久しぶりとかいうけど私は初対面だし、『肥えた』って5回も言われたんだけど?! 5回よ?! これでも3やせたんですが!」

「ええと、バレなくてよかったね。それより白玉さんを探さないと」

 俺は八奈見をなだめつつ、スマホの画面の時計を確認する。

 ──時刻は11時15分を回っている。式は12時からだから、時間との勝負だ。

 八奈見は言いたいことを言い終えると、満足したのだろう。青いマスクを顔につける。

「さて、ぬくみず君も手伝ってよ。トイレにもいなかったし、あと探すんなら2階じゃないかな」

 やはり残るはそこだけか。俺は無言でうなずくと、倉庫の扉を開けた。


          


 2階には新郎新婦の控室がある。ゲストは誰も立ち入らないように見えて、あいさつにおとずれる親戚や友人がいるので、人のおうらいは決して少なくない。

 まずは新郎新婦の控室とは反対側、階段を上って左のエリアを探索する。

 廊下の一番奥、教室を一回り小さくしたくらいの集会室の中を探す。

 見学会で最初に説明を受けた場所で、今日は一時的な荷物置きに使われているようだ。

 奥の大きな窓からベランダも確認したが、白玉さんの姿は見えない。

 部屋を出ると、他の部屋を確認していた八奈見が首を横に振る。

「こっちにもいなかったよ」

 そうなると──残るは新郎新婦の控室がある一角だ。

 八奈見のノドがゴクリと鳴る。

「まさかにんじようとかないよね? 私、第一発見者になるのイヤだし、温水君先に行ってよ」

「人の出入りがあるから、それはないって。むしろその先の披露宴会場に隠れてるかも」

「披露宴会場……?」

 腕組みをして考えこむ八奈見。

「どうしたの?」

「分かった、ケーキだよ……!」

「おなか空いたの?」

「空いてるけど違います。結婚式って背よりも高いケーキがあるでしょ? 白玉ちゃん、中身を食べて中に潜んでるんじゃないかな」

 えっ。この人、本気で言ってるのかな。本気だな。だし。

「あれって、ケーキ入刀するとこ以外はつくりものだぞ」

「えっ、あれって偽物……? ウソでしょ……?」

 八奈見あん16歳。明かされた真実に立ちつくす。

 ショックを受けたのは分かるが、いまはそれどころじゃなさすぎる。

「ほら、きっとオプションで全部をケーキにできるって。さあ早く行こう」

「バブルなら……? バブルの時代なら全部ケーキだったのかな……?」

「そうだね、バブルまたくるといいね」

 八奈見を急かして、階段のところまで戻る。

 と、ちょうど階段を上ってきた中年女性が、俺たちの前で立ちどまった。

「あらー、ひょっとしてリコちゃん? 私のこと覚えてる? 西さいのミツエおばちゃんよ」

 ?! まさかここでしらたまさんの知り合いにエンカウントだ。

『リコです。お久しぶりですね』

 あせったのか、ICレコーダーで白玉さんの声を再生する八奈見。

 ミツエおばちゃんは、笑顔で八奈見の手を握る。

「本当に久しぶりね! 小学生のころはあんなにほっそりしてたのに、すっかり肥え──立派になっちゃって」

『はい、私はご飯が好きです』

 そう、しらたまさんの声で返事をした以上、録音した音声で会話せざるを得ないのだ。

 がワタワタと慌てながら俺に目配せをしてくる。これは……。


 ──私に任せて先に行け。


 そう言いたいに違いない。きっとそうだ。そう決めた。

 俺はソロソロと後ずさると、八奈見に親指を立ててからその場を離れた。

 八奈見のころすような視線を背中に受けながら。