……あ、トイレのあたりに偽
所在無さげにうろついていた八奈見は、俺たちに気付くとコッソリ親指を立てる。やめろ。
「──みなさんに夢を提供する素晴らしい仕事だと思いますよ。自信を持ってください」
「ありがとうございます。なんだか少し、気が楽になりました」
「お話ならいつでもお聞きしますよ。いつでもスタジオにおいでになってください」
会長、なんか従業員の身の上話を聞いているぞ。八奈見がサムズアップしてる間になにがあった……?
俺は二人に続いて2階に上がる。
階段を上った左側が、説明会があった会議室。右に進むと新郎新婦の更衣室が並んでいる。
新郎と新婦は別の部屋。そして1日2組が式を挙げられるので、計4室が並んでいる。
更衣室の先は、披露宴会場の吹き抜け階段につながっている。
──奥から二つ目。『
「田中様、よろしいですか。撮影の方がいらしてます」
扉はすぐに開いた。タキシード姿の
「おや、少し早かったですね」
「はい、こちらの式場は初めてなのでカメラテストをしたくて。お邪魔ではありませんでしたか?」
差しだされた名刺を受け取ると、田中先生はむしろ嬉しそうな顔をする。
「
会長は、ポウっと自分を見つめている従業員に
「ありがとう、ナツミさん。お仕事に戻ってください」
「はい。なにかありましたら声をかけてくださいね」
会長に意味ありげな視線を送ると、背を向けるナツミさん。そんな名前だったのか。
……さて、
雑談をする先生と会長の裏で、俺はこっそりとスマートウォッチに視線を送る。
と、タイミングよく画面にメッセージが浮かびあがってきた。
『ご飯は
──
俺は田中先生と世間話をしている会長の背中を軽く叩く。
「
「ああ、そうだな。急がないと」
会長はカメラを片手で顔の横にかかげると、性別不詳の魅力的な笑みを浮かべた。
「では新郎様、ご
◇
チャペルでは光がキラキラと舞っていた。
三方の窓から差しこむ朝の陽光が、高い天井で回るシーリングファンに巻きあげられるかのように、室内を明るく彩っている。
厳かな雰囲気に立ちつくしていると、会長が俺を振り返った。
「では
和子──って俺か。慌ててバッグから折りたたみ式のレフ板を取りだす。
レフ板とは光を反射させる板で、なんかこれがあるとキレイな写真が撮れるらしい。
今回使用するものは、広げると1mを優に超える大きさになる。
田中先生が興味深そうに近付いてきたので、俺はレフ板を持ち上げて顔を隠す。
「ずいぶんと本格的ですね。本番もこれを?」
「自然光をいかした写真を撮るので、挙式の時間を想定したライティングをテストするんです。それでは向かって右に4歩、移動してもらえますか」
「おっと失礼。このあたりですかね」
会長がカメラを構える。
「ええ、いいですね。もう30度右を向いて。顔は壁を見るくらいの角度で──ああバッチリです。そのまま動かないで」
シャシャシャシャ。シャッター音が響く。
会長はカメラのファインダーから目を離すと、手ぶりで俺に合図する。
「──
その言葉が合図だ。俺は
床までレフ板を下ろすと、白玉さんはゆっくりと説教台からレフ板の裏へと移動する。
「もう少し光が欲しいかな。和子君、もう少し前に出てくれないか。いっそのこと、新郎様の隣くらいまで近付いてくれ」
俺は頷くと静かに、でも気配を殺しすぎないようにゆっくりと前に進む。
たった3mばかりの距離。だけどそれがいまは遠い──。
「タキシードの
シャシャシャシャシャ──。
シャッター音にまぎれて最後の一歩を詰めると、レフ板を横によける。
そこからは一瞬だ。
俺がすばやく離れたその場所に、ブーケを手に、ウェディングドレスを身にまとった白玉さんが立った──新郎に寄り添うように。