……あ、トイレのあたりに偽しらたまがいる。

 所在無さげにうろついていた八奈見は、俺たちに気付くとコッソリ親指を立てる。やめろ。

「──みなさんに夢を提供する素晴らしい仕事だと思いますよ。自信を持ってください」

「ありがとうございます。なんだか少し、気が楽になりました」

「お話ならいつでもお聞きしますよ。いつでもスタジオにおいでになってください」

 会長、なんか従業員の身の上話を聞いているぞ。八奈見がサムズアップしてる間になにがあった……?

 俺は二人に続いて2階に上がる。

 階段を上った左側が、説明会があった会議室。右に進むと新郎新婦の更衣室が並んでいる。

 新郎と新婦は別の部屋。そして1日2組が式を挙げられるので、計4室が並んでいる。

 更衣室の先は、披露宴会場の吹き抜け階段につながっている。

 ──奥から二つ目。『なか家・新郎様控室』と書かれた札がついた扉を従業員がノックする。

「田中様、よろしいですか。撮影の方がいらしてます」

 扉はすぐに開いた。タキシード姿のなか先生が、驚いたように俺たちを見る。

「おや、少し早かったですね」

「はい、こちらの式場は初めてなのでカメラテストをしたくて。お邪魔ではありませんでしたか?」

 差しだされた名刺を受け取ると、田中先生はむしろ嬉しそうな顔をする。

ひまをしていたから構いませんよ。男の準備はすぐに終わりますからね」

 会長は、ポウっと自分を見つめている従業員にほほみかける。

「ありがとう、ナツミさん。お仕事に戻ってください」

「はい。なにかありましたら声をかけてくださいね」

 会長に意味ありげな視線を送ると、背を向けるナツミさん。そんな名前だったのか。

 ……さて、しらたまさんのチャペル潜入はくいったんだろうな。

 雑談をする先生と会長の裏で、俺はこっそりとスマートウォッチに視線を送る。

 と、タイミングよく画面にメッセージが浮かびあがってきた。


『ご飯はけた』


 ──から配置完了の合図だ。白玉リコのチャペル潜入は成功した。

 俺は田中先生と世間話をしている会長の背中を軽く叩く。

とらたにさん、そろそろ陽が高くなってきました」

「ああ、そうだな。急がないと」

 会長はカメラを片手で顔の横にかかげると、性別不詳の魅力的な笑みを浮かべた。

「では新郎様、ごそくろう願えますか──最高の写真を撮ってみせますよ」


          


 チャペルでは光がキラキラと舞っていた。

 三方の窓から差しこむ朝の陽光が、高い天井で回るシーリングファンに巻きあげられるかのように、室内を明るく彩っている。

 厳かな雰囲気に立ちつくしていると、会長が俺を振り返った。

「ではかず君、準備を頼む」

 和子──って俺か。慌ててバッグから折りたたみ式のレフ板を取りだす。

 レフ板とは光を反射させる板で、なんかこれがあるとキレイな写真が撮れるらしい。

 今回使用するものは、広げると1mを優に超える大きさになる。

 田中先生が興味深そうに近付いてきたので、俺はレフ板を持ち上げて顔を隠す。

「ずいぶんと本格的ですね。本番もこれを?」

「自然光をいかした写真を撮るので、挙式の時間を想定したライティングをテストするんです。それでは向かって右に4歩、移動してもらえますか」

「おっと失礼。このあたりですかね」

 会長がカメラを構える。

「ええ、いいですね。もう30度右を向いて。顔は壁を見るくらいの角度で──ああバッチリです。そのまま動かないで」

 シャシャシャシャ。シャッター音が響く。

 会長はカメラのファインダーから目を離すと、手ぶりで俺に合図する。


「──かず君、もう少し後ろから照らしてくれないか」


 その言葉が合図だ。俺はうなずくと、足音を立てないように説教台に近付いていく。

 なか先生との位置関係を計算しながら説教台の後ろに回ると──白いドレスに身を包んだしらたまさんが、身をかがめて台の中にしゃがみこんでいる。一瞬、目が合う。

 床までレフ板を下ろすと、白玉さんはゆっくりと説教台からレフ板の裏へと移動する。

「もう少し光が欲しいかな。和子君、もう少し前に出てくれないか。いっそのこと、新郎様の隣くらいまで近付いてくれ」

 俺は頷くと静かに、でも気配を殺しすぎないようにゆっくりと前に進む。

 たった3mばかりの距離。だけどそれがいまは遠い──。

「タキシードのえりが少し曲がってますね。もっと上……はい、これでもう一度撮りましょう。身体からだを少し壁に向けて。顔もそのまま。はい、そのまま動かないでください!」

 シャシャシャシャシャ──。

 シャッター音にまぎれて最後の一歩を詰めると、レフ板を横によける。

 そこからは一瞬だ。

 俺がすばやく離れたその場所に、ブーケを手に、ウェディングドレスを身にまとった白玉さんが立った──新郎に寄り添うように。