~4敗目~ しらたまリコ・リベンジ大作戦



 GWの連休明け。放課後の部室に集まった、会長、白玉さんと俺をあわせた四人に向かって、あさぐもさんがキラリとオデコを光らせた。

「ついに『白玉リコ・リベンジ大作戦』の計画が完成しました。計画は大きく二つに分かれています。まずは──」

 朝雲さんはホワイトボードに『フェイズ1』と大きく書きこむ。

「フェイズ1の達成目標は、偽白玉の八奈見さんが館内に侵入することです」

 バナナをモチャモチャ食べながら親指を立てる八奈見。

 ダイエットも順調で、やる気は充分だ。

「とはいえ、リコさんは式場の人に顔を知られています。変装した別人がリコさんのフリをして侵入するのは難しいでしょう」

 朝雲さんはホワイトボードに8:30と書きなぐる。

「なので、最初に本物のリコさんが制服姿で入館して、式場の人に認識されたあと、変装した八奈見さんと入れ代わります。リコさん、手順は大丈夫ですね?」

 つぶあんのチューブを吸いながら、うつろな瞳でうなずく白玉さん。大丈夫か。

 彼女の増量計画は難航中。2kgくらい八奈見なら瞬殺だが、無理は言うまい。

「今回の作戦で一番避けるべきは、リコさんがウエディングドレスを着ているとバレることです。最初に制服姿を式場の人に印象づけておけば、ドレス姿を見られても、まさか正体がリコさんだとは思わないでしょう。なにしろ八奈見さんが変装したリコさんがそこにいるんですから」

 朝雲さんは生徒たちの反応を確認してから、再びホワイトボードに書きはじめる。

「入れ替わりに成功したら、フェイズ2に突入です」

 大きく書かれた『フェイズ2』の文字を、赤いマーカーでクルリと囲む朝雲さん。

「カメラマンに変装したほうばる先輩とぬくみずさんが式場に入ります。この際、できるだけ式場の人の注意をひいてください。その隙に偽玉こと八奈見さんの手引きで、ドレスに着替えたリコさんがチャペルに潜入します」

 八奈見は食べ終えたバナナの皮を見つめながら、神妙な表情で頷く。

 白玉さんは……なんか顔が青ざめてきたぞ。

「潜入が完了したら八奈見さんから合図を送るので、放虎原会長たちはカメラテストの名目で、なか先生を連れてチャペルに向かってください」

 マーカーのキャップをパチンと閉めると、朝雲さんはニコリとほほむ。

「さて、一番の難関は撮影です。温水さん、絶対にリコさんが田中先生の視界に入らないよう、誘導をお願いします」

「ええと、具体的にどうやって?」

「それはもちろん、相手は生きた人間ですから。りんおうへんにお願いします」

「臨機応変って──」

 さすがに異議をとなえようとすると、あさぐもさんは分厚い紙の束をテーブルに置いた。

「このマニュアルのとおりにすれば大丈夫です。それ前提の臨機応変ですよ」

 朝雲さんはマニュアルの表紙をめくる。

「特にフェイズ2は、9時半から10時までの限られた時間で遂行する必要があります。チャンスは1回、やりなおしはききません」

 中には当日のタイムスケジュールがびっしりと書かれている。

 なか先生が会場入りするのが午前9時。俺と会長は9時半に偽カメラマンとして潜入し、本物のカメラマンが到着する10時までに撮影と撤収を終えるのだ。

「では疑問点があれば言ってください。ここで解消しましょう」

 朝雲門下生たちは顔を見合わせる。

 疑問点だらけだが、ええと……まずは最初からいくとするか。

「スケジュールだと、親族の集合時間は10時半だろ。しらたまさんが入るのは8時半だけど、入れてくれるのか?」

「新婦の来場に母親や姉妹が同行するケースは多いので問題はないでしょう。新婦は着替えとメイク、髪のセットがあるので朝7時半に入場します。白玉さんが入館するのは新婦が身支度で身動きが取れない時間帯なので、向こうから会いにくることもないでしょう」

 朝雲さんはマニュアルをパラパラとめくる。

「チャペル内部の飾りつけは午前9時すぎには終わると思われます。作戦時間のチャペルへの人の出入りはないか、極めて少ないでしょう」

 なぜか自信満々の朝雲さんに、会長がげんな顔をする。

「単純な疑問だが、なぜそんなにくわしいんだ?」

「この連休中、計5回の式を観察しました。まりさんが内密で情報収集に動いてくれたんです」

 ……小鞠が? いや、だけどあいつに情報収集とか、一番向いてなさそうな役割だ。

 も同感なのだろう。不思議そうな表情で口を開く。

「どうやって? 小鞠ちゃん、警備員の人に声かけられなかったの?」

 朝雲さんは黒とオレンジ色の表紙をしたスケッチブックを取りだす。

「式場前の駐車場で、風景画のスケッチをしながら人の出入りを調査してもらいました」

 手渡されたスケッチブックには、式場周辺の風景画が描かれている。

 一枚めくると、小さな文字で時刻や人の出入りがメモされている。

「昨日はキリノキ高校の屋上から、チャペルを見張ってもらいました。出入りするスタッフの動きも、ある程度つかんでいます」

「ありがたいけど、なんで秘密にしてたんだ? 言ってくれたらよかったのに」

 会長は俺の手からスケッチブックを取ると、ジッと見つめる。

「失敗した時に備えてだろうな。計画が失敗し、文芸部員がそろって停学にでもなったら目も当てられない」

 ……まあ、確かに。こんな計画を進める俺たちを見て、あいつも不安だったに違いない。

 それで陰でコッソリ、一人でこんなことを──。

「この件はまりさんに言うなと言われてたので、内密にお願いしますね?」

 悪戯いたずらっぽい仕草で、口の前に人差し指を立てるあさぐもさん。

 この人の前では、しゆなんて言葉は無意味である。

 黙ってマニュアルをめくっていたが口を開く。

「あのさ、しらたまちゃんは式場でウェディングドレスに着替えないの? わざわざ抜けだして、キリノキ高校と往復するほうが目立つでしょ」

「白玉さんは前科があるので、大荷物を抱えていたら怪しまれます。それに親族の誰かが早い時間に来ないとも限らないので、ウェディングドレスの持ちこみはさけたいんです。もちろん、移動の際はコートでドレスは隠します」

「そのために、動きやすくかさばらないドレスを選びました」

 白玉さんは口をはさむと、再びつぶあんのチューブをくわえる。

 俺たちの質問が途切れたのを確認して、朝雲さんは10円玉大の黒い金属片を二つ、テーブルに置く。一つにはボタンがついているようだ。

「それと八奈見さんは、このクリッカーをお持ちください。ボタンが付いているほうです」

「クリッカー? なにそれ食べ──」

「食べられません。そのボタンを押すと、こちらのしんどうする仕組みです」

 朝雲さんがボタンを押すと、片割れがブルリと震える。

「1回鳴らすと『前進』、2回が『後退』、3回が『待機』、それ以上の連打は──『全力でてつ退たい』です。振動するほうは白玉さんが持ち、その指示に従って動いてください」

 なるほど。スマホや指信号より、ボタン一つで振動が伝わるほうが直感的で分かりやすい。

 なんだかちょっとソワソワするのは、俺の心が汚れているせいである。

「撮影が完了したら、カメラマンのお二人は確実になか先生を二階にお連れしてください。その隙に、再び八奈見さんが白玉さんを誘導して二人とも脱出を。細かい計画はマニュアルを確認しておいてください」

 改めて見るとこのマニュアル厚いな……。

 若干引きつつも手にとると、表紙に『承認印』と書かれた四角い枠がある。

「ええと、この承認印というのは」

「それではプロジェクトリーダー、この計画に認可をお願いします!」

 真っすぐに俺を見つめるあさぐもさん。プロジェクトリーダーって……俺?

 たじろぐ俺に、朝雲さんがグッと身を乗りだしてくる。

「さあ、表紙に印鑑を押してください! ググッと! 勢いで!」

「え、ほら、印鑑とか持ってないし……」

 と、しらたまさんが横から印鑑を差しだしてくる。

「それなら作っておきました。朱肉もあります。どうぞお使いください」

 俺の印鑑を勝手に作ってくれたのか。へえ……それは気が利くな……へーえ……。

 俺はうながされるまま朱肉に印を押しつけると、マニュアルの真ん中に印を押した。

 初めて目にした『ぬくみずかずひこ』と書かれた立派な印鑑で。


          


 作戦前日の放課後。

 明日にそなえて、今日は全員身体からだを休めることになっている。

 俺はグラウンドの横をブラブラと歩きながら、自転車置き場に向かう。

 ……俺はこの半月で、何度一線を越えたのだろうか。

 戦場なら胸に勲章が並んでいるに違いないが、あいにくここは平時の学校である。好きこのんで面倒ごとに飛びこむ人に、世間はきわめて冷淡だ。

 日も傾きはじめ、グラウンドでは練習中の運動部が後片付けを始めている。

 陸上部の中に見知った顔を探していると──バシン、と強く背中を叩かれた。

「痛っっった!?

 涙目で振り返ると、そこには予想通りやきしおの姿。

 練習着の焼塩は、今度は軽く背中を叩くと、俺の隣に並ぶ。

「痛いって。練習中じゃないのか?」

「練習終わってクールダウン中。もう帰るんだ」

「ああ、自転車置き場まで散歩中」

 言うでもなく、並んで歩きだす。

 焼塩は周りにチラリと視線を送ってから、声をひそめて言う。

「……ちゃんに聞いたよ。ヤバいことやってるんだって?」

「ヤバいってほどのことは──あるけど」

 苦笑いをする俺に、焼塩が好奇心に満ちた瞳を向けてくる。

「なんか手伝おうか。体力なら任せてよ」

「お前はダメだって。陸上のほうが順調なんだろ」

 やきしおは白い歯を見せて笑う。

「まあね。今月の県予選で勝ったら、来月は東海地区予選。それに勝ったら──」

「全国か」

 うんうんと楽しそうにうなずく焼塩。

「調子はどうだ?」

「ばっちり仕上がってるよー。腹筋見る?」

「ちょっ……見ないし、男子に見せるんじゃありません」

 慌てる俺を見て、ケタケタと笑う焼塩。

 肩の力が抜けた、たわいもない会話。

 先日の勝負から、ほんの少しの間だけ、微妙にぎこちない時期があった。

 理由は分からないし、元に戻った理由も分からない。

「ね、文芸部のみんなで試合きてよ。すごいとこ見せるから」

「東海予選は行くよ。全国決まるとこ見たいし」

「え、県予選は見にきてくれないんだ?」

 わざとらしく口をとがらせ、背中をつついてくる焼塩。

 俺は苦笑しながら身をかわす。

「勝つだろ、焼塩なら」

「まあね」

 そう言って、顔を見あわせて笑う。

 ──元に戻った。そう思っていたが、少し違う。

 多分なにかが過ぎ去って、季節がめぐるようになにかが変わった。

 それがどんなものか分かるには、きっと俺たちは幼すぎて。

 大人になってから、いまの日々を思いだすのが……少しだけ楽しみだ。


          


 ついに結婚式当日だ。

 午前7時。早朝の澄んだ陽の光が、キリノキ高校演劇部の部室に差しこんでくる。

 ここにいるのは俺とあさぐもさん、会長、そして白玉さんが──二人。

 そう、白玉さんに変装した八奈見が本人と並んでいるのだ。

 ウィッグで同じ髪形にして、メイクに制服、靴や小物はおそろいだ。

 ……意外といける。

 まあ確かにボリュームはちょっと違うし、使用前・使用後みたいなノリはある。

 だが二人同時に姿を見せなければ、だませるのではなかろうか。

 ねんしていたの胸回りも、しらたまさんの控えめなそれと違和感がないし、ジャンル違いの足のラインも、どうやってるのかなんかいい感じに収まっている。

 つくづく感心していると、あさぐもさんがキラリとオデコを光らせる。

「はいみなさん、私の言ったとおりでしたね。ぬくみずさんは予想どおりの行動をしてくれました」

「え、なんの話?」

 女性陣は、俺の顔をジッと見つめてくる。

「男性は制服姿の女性を前にすると、顔・胸・足の順に見ます。ですからそこの印象を寄せれば、入れかわっても簡単にはバレないんです」

「朝雲さん、なに言ってんの?!

 いや待って、みんなそんな目で俺を見ないで。

 いたたまれない俺に構わず、朝雲さんは説明を続ける。

「反対に女性はメイクや小物、服装をよく見ます。服は制服ですから、髪形やメイクをそろえて、全体的に青の差し色をして印象づけることにしました」

 確かに胸に差したペンや腕時計、ネイルも青系だ。

 会長は二人を見くらべながら口を開く。

「ただ声は簡単にはダマせまい。八奈見君はできるだけ話さないようにするのか?」

「はい、それも対策済みです。八奈見さん、お願いします」

 八奈見はうなずくと青いマスクをつける。そしてマスク越しに聞こえてきたのは──。


『白玉リコです。今日はよろしくお願いします!』


 ……白玉さんの声だ。

 驚く俺に向かって、八奈見がマスク越しでも分かるドヤ顔を向けてくる。

 朝雲さんが八奈見のマスクを指差す。

「マスクに薄型の圧電フィルムスピーカーを仕込みました。本番では録音した白玉さんの声で会話をしてもらいます。かなり高性能なので人間の耳で聴き分けるのは困難でしょう」

「高かったです」

 神妙な顔で頷く白玉さん。

「八奈見さんのウィッグも、同年代のアジア人女性の毛髪を使ったものです。サロンで白玉さんと同じ髪形にしてもらいました」

「高かったです」

 再び頷く白玉さん。朝雲さん、人のお金を使うことにちゆうちよない。

 八奈見はポケットからICレコーダーを取りだすと、ポチポチとボタンを押す。


『すいません、着替え中です』、『ちょっと風邪かぜ気味で』、『大盛りにしてください』、『あまったご飯、おにぎりにしてもらえますか?』


 内容は少しが混じってるけど、確かにしらたまさんの声だ。

 感心する俺の横で、あさぐもさんが真面目な顔でうなずく。

「フェイズ1の準備は完璧ですね。さて次は──」

 なぜか女性陣が一斉に俺の顔を見る。なんだなんだ……?

「ええと、俺と会長も変装をするんだよね。朝雲さんが衣装を用意してくれるって……」

「はい、なか先生とじかに接するお二人には、特に念入りに変装をしてもらいます」

 朝雲さんが目配せをすると、八奈見は無言でほほみながら背後に隠していたブツを掲げた。

 黒くて上品なデザインの──スカートを。

「…………はい?」

 いや待て、この展開はひょっとしてあれか。俺に女装して式場に潜入しろというのか?

 八奈見の顔に、隠しきれないニヤニヤが広がっていく。

「私のよそいきだよ。特別に貸したげるから、かんねんしようか?」

「待って待って、もっとよく考えよう。絶対にバレるって、やめたほうがいい」

 その場から離れようとした俺の退路を、すばやくふさぐ朝雲さん。

「あら、ぬくみずさんが証明してくれたじゃないですか。家族ですら、『そんなはずはない』という正常化バイアスからはのがれられないって」

「でもほら……それだと会長も男装をするってことだろ。会長だって嫌ですよね?」

 助けをもとめて話を振ると、会長は明るい笑顔で髪をかきあげる。

「構わない、私ならむしろ望むところだ」

 ……会長、ノリノリだ。

 退路は絶たれた。絶望する俺に、朝雲さんは安心させるような笑顔を向けてくる。

「それと安心してください、メイクについては助っ人を呼んであります」

「へ? メイクって朝雲さんがしてくれるんじゃないの?」

「男性を女性に見せるには、かなりの技術が必要です。それに私や八奈見さんはフェイズ1の準備がありますから──」

 その瞬間、首筋にゾクリと冷たい風が触れ、廊下側の窓が次第に暗くなっていく。

 いつの間にか開きかけた扉のすきから、白い瞳がこちらをジッと見つめている。

先輩っ?!

「温水君で遊べると……聞いてきた……」

 ぬるりと部屋に入ってきた志喜屋さんが、ゆるゆると俺に近付いてくる──。


          


 ……この姿、じゆには見せられない。

 俺はランニングシャツの上から、に借りた白いブラウスを着る。

 肩幅が気になったが、八奈見いわく『上から羽織る用のオーバーサイズ』らしいので問題なく前のボタンも閉められた。

 えりもとがヒラヒラしていて落ち着かないが、第一関門はとつだ。さて次は。

 ……ゴクリ。俺は無意識にツバを飲む。

 目の前にあるのは、黒いノープリーツのスカート。八奈見の私物だ。

 下に向かってわずかに広がるような、チューリップを思わせるデザインをしている。

 女性モノのブラウスまではまだいい。いや、よくはないけど仕方ない。

 だが、スカートをはくのは一線を越えていると言わざるを得ない。

「あの、やっぱ俺──」

「一人で……着れない……?」

 入ってこようとするさん。俺は慌てて押しもどす。

「いやいや、一人で着れますって! 入ってこないでください」

 ああもう、仕方ない。俺はズボンの上からスカートを装着する。

 ええと、こっちが前だよな……ホックを閉じて、ファスナーを上げて……と。

 俺は深呼吸をすると、姿すがたで全身をチェックする。

 変装もなにも、ここにいるのは『女物の服を着た男子高校生』だ。

 思った以上にこれはキツイぞ……。

 しかたなく、わざとらしく置いてある長髪のウィッグをかぶるが、女装感が増しただけだ。

ぬくみず君、ズボンは脱がないの?」

「脱ぐから、八奈見さんはのぞかないで?!

 ああもう、ここまできたら覚悟を決めろ。

 俺はズボンを脱ぎすてると、その勢いのまま、カーテンから外に出る。

「着た、けど……」

「「「「おー」」」」

 パチパチパチ。手を叩く女性陣。なんの拍手だ。

「ほら、めっちゃ不自然だろ? 俺に変装とか無理だって」

 八奈見はなぜかやけに楽しそうに、ポケットから小さなゴムバンドを取りだす。

「スカート入んなかったでしょ? 調整用のバンドを持ってきたから──」

「……? いや、普通に入ったけど」

 俺はスカートと身体からだの間に指を入れる。

「なんならちょっとユルいくらいだな。そのバンドで調整できるのか?」

「…………」

「え、あの、バンドは」

 なんで、人殺しの目で俺を見てくるんだ……?

 いまにもバンドで首をめてきそうな八奈見の肩に、あさぐもさんが手を置く。

「いい感じですね。ここには舞台用の補正下着やウィッグがありますので、それも使って仕上げていきましょう。先輩、あとはお願いします」

 朝雲さんは会長としらたまさんを連れて、入れかわりで着替えスペースに入る。

 会長は男装をするのか。やたらと似合いそうだな……。

 そんなことを考えていると、俺をジトリと見つめる志喜屋さんの視線に気付く。

「ええと、先輩がメイクをしてくれるんですよね」

「それだけじゃ……だめ……」

 志喜屋さんはフラリと間合いを詰めてくる。

「外に出るとこは……ごまかせない……手足に……首」

「首?」

 志喜屋さんの細い指が俺の首に触れる。

「男の人……のどぼとけ……ある……」

 ピタリ。志喜屋さんの手が止まり、不思議そうに首をかしげた。

「のどぼとけ……ちっちゃい……?」

 え、そんなこと初めて言われた。八奈見も俺の首元をのぞきこむ。

「いくらぬくみず君でも──うわ、ちっちゃ」

「うん……ちっちゃい……」

「ですね。そうすけと違って、ぜんぜん小さいや」

 女子二人に囲まれて、ちっちゃいちっちゃい言われるとか、なんなんだこの時間。

 されて後ずさる俺の身体からだを、志喜屋さんがベタベタと触ってくる。

「足……スベスベ……」

「いや、あの──ふぁっ?!

 志喜屋さん、ついにはスカートに手を入れてきた。

 と、八奈見が志喜屋さんの手をつかむ。

「ちょっと先輩、なにしてるんですか?! 文芸部はおさわり厳禁ですよ?!

 志喜屋さんを引きはがすと、部屋のすみに連れていく八奈見。

「だって……スベスベ……」

「あんなんでも、一応男子ですからね。たまに私をいやらしい目で見てくるし」

 そう言うと俺にジト目を向けてくる八奈見。こいつ、俺をそんな風に見てたのか。

「でもぬくみず君……身体からだは……女の子……」

「えっ、そうなんですか?」

 いえ、身も心も男です。

 ジットリした二人の視線に無意識にスカートを押さえていると、着替えスペースのカーテンが静かに開いた。会長が着替え終わったのだ。

 迷いのない足取りで部屋の中央に歩みでる会長。

 茶色の革靴をき、チェックのスラックスをサスペンダーで吊っている。

 黒いハイネックシャツに、薄茶系のジャケット。頭にかぶったハンチング帽に髪をすべてしまいこんでいる。どことなく、大正の新聞記者を思わせるいでたちは、性別『ほうばるひばり』と言うにふさわしい。

「ふむ、不自然ではないかな。自分ではよく分からないが」

「とてもお似合いです。なんかこう、説得力がありますよ」

 我ながら謎のホメ言葉に、あさぐもさんがうなずきながら隣に並ぶ。

「男女差が出やすい首元を、ハイネックのシャツで隠しました。髪はネットでおさえて帽子に収納したので、自然に見えると思います」

 朝雲さんは会長の身体をポンポンと叩く。

「あとは体型ですね。補正下着と服の重ね着、それにタオルをサラシで巻いて、身体のボリュームを調整しましょう。メイクは先輩にお任せします」

 朝雲さんはチラリと壁の時計を見る。

 ──午前7時半。新婦のしらたまみのりが会場入りする時間だ。

「まずはフェイズ1。白玉さんが式場に入ったあと、ころあいを見てさんと入れかわります。さあプロジェクトリーダー、号令を!」

 そういえばプロジェクトリーダーって俺だっけ。そうか……ヤダな……。

 とはいえ、ここまできたら是非もない。俺はすじをのばすと、みんなの顔を見回す。

「では白玉リコ・リベンジ大作戦開始……ということで」

 俺の煮えきらない号令で、ついに計画が始まった。


          


 八奈見たち三人は出動した。俺たちはフェイズ2の準備だ。

 ……顔にふれる柔らかいブラシ。ときおりほおを軽く押す志喜屋さんの冷たい指。

 きぬずれの音、志喜屋さんの浅い呼吸音。そして化粧と混じった志喜屋さんの香り──。

 目をつぶっていると他の感覚がとぎすまされる。

 ドキドキしながら固まっていると、

「目……開けて……?」

 近くからさんのかすれ声。

 ゆっくりと目を開けると、志喜屋さんが手鏡を俺に向けている。

 これが……俺……? さっきまでと全然違うぞ……。

 俺は立ちあがると、姿見に全身を映す。

 年は二十くらいだろうか。地味だがちょっと背伸びして、精一杯にわいく装った女子の姿がそこにある。きっと読書が趣味で、素敵な出会いを夢見る純朴な子だ。

 メイクだけではない。タオルをサラシで巻いて体型を調整し、首元はスカーフでごまかしている。肩幅が目立ちにくいジャケットを選び、スカートから伸びる足には肌色のタイツ。

「うん……可愛い……ける……」

 志喜屋さんがしみじみとつぶやく。

 と、部屋の扉が開いてあさぐもさんとしらたまさんが走りこんできた。

「フェイズ1、さんとの入れ代わりは成功です! さあ時間がありません。ウェディングドレスに着替えますよ」

「はい、分かりました!」

 朝雲さんがバタバタと更衣スペースのカーテンをくぐり、白玉さんもリボンを外しながらその後に続く。

「着替え……お手伝い……する……」

 フラフラとカーテンの向こう側に消える志喜屋さん。

 どことなくマズイ気がするが、なにがマズいかよく分からないので見なかったことにする。

 会長はサスペンダーをパチンと鳴らしてから、ジャケットを羽織る。

「さて、次はフェイズ2だ。八奈見君の手引きで白玉君をチャペルに引きこみ、我々がなか先生を連れだして写真を撮影する──さすがに緊張してきたな」

 ある意味これからが本番だ。偽カメラマンの潜入が失敗すれば、その時点で作戦は終了だ。

「それはそうと会長、カメラはどこですか?」

「ああ、そり君に頼んである。きっと生徒会室に──」

 顔を見あわせて固まる俺と会長。

「それって、ツワブキに忘れたってことですか?!

ひろが荷物に入れてくれているかもしれない。ちょっと待っていてくれ」

 会長は更衣スペースのカーテンをくぐる。

 待て、カメラがないとカメラマンのフリどころじゃないぞ。

 ここにきて最大のピンチに困っていると、ノックに続いて部屋の扉が開く。

「失礼します。私、ツワブキ高校のそりというものですが……」

 天愛星ていあらさんっ?! 俺は勢いよく背を向ける。

「すいません、こちらにほうばるはお邪魔してませんでしょうか」

「えっ、あっ、はい! いるにはいますが、現在ちょっと席を外してまして!」

 天愛星ていあらさんは『やっぱり』とつぶやくと、こちらにツカツカと近寄ってくる。

「忘れ物を届けに来たのですが、本人はどちらにいますか?」

「い、いつ戻るか分からないので、そのへんに置いといてくださいませ!」

 裏がえった声で答えると、天愛星さんの足がピタリと止まる。

「本人に直接渡したいので、待たせてもらっていいでしょうか?」

「あ、はい、構いませんけど」

 バレて……ないよな。俺は天愛星さんに背を向けたまま、息すら止めて気配を殺す。

 そう、俺はキリノキ高校の妖精だ。心がくさった人には見えない妖精さん──。

「あの、おうかがいしてよろしいですか?」

 バッチリ見えてた。俺は無言でコクコクとうなずく。

 天愛星さんはためらうように間をおいてから、口を開く。

「放虎原は──ここでなにをしているんですか?」

 え、まさかこの人、俺たちの計画に気付いているのか……?

「なにってその……取材です。演劇部の取材です」

「確か文芸部の人と一緒ですよね。なんであの人が、文芸部と演劇部の取材を?」

「さ、さあ。私にはなんとも」

 ……ゴクリ。俺はツバを飲みこむ。

 少しの間。しばらく黙っていた天愛星さんが、ポツリとつぶやく。

「……ぬくみずさんも水臭いです」

「え、俺?」

「えっ?!

 あ、ヤバイ。慌てて口を手でふさぐがもう遅い。

「ちょっと顔を見せてください!」

 天愛星さんは俺の肩をつかむと、強引に振り向かせる。

 そこには驚きに目を丸くする天愛星さんの顔。

「温水さんっ?! なんでそんな格好を?!

「え、えーとそれは……」

 顔を引きつらせていると、カーテンが開いて会長が姿をあらわす。

「おや、その声は馬剃君か。どうしてここが分かったんだ」

「生徒会室の予定表に書いてありました! ここでなにを──きゅっ?!

 天愛星さんがめられたニワトリみたいな音をだす。

 会長は固まる天愛星さんの手から、カメラバッグを受けとる。

「カメラを届けにきてくれたのか。助かった、恩にきる」

「かっ、ぬっ、えっ、じゃあ……」

 天愛星ていあらさんは口をパクパクさせながら、俺と会長の顔を何度も見くらべる。

「会長が男で、ぬくみずさんが女で、つまり、その──そういうことなんですかっ?!

 違います。

 会長はなぜか得たりとばかりにコクリとうなずく。

「うむ、よくは分からんがそんなところだ」

「会長、適当なこと言わないで?!

 天愛星さんはもう一度、絞められたニワトリみたいな音をだす。

 そして鼻からツーっと赤い筋を流しながら──その場にそつとうした。


          


 午前9時30分。作戦はフェイズ2に突入した。

 俺は肩にかけたバッグの重みを確かめながら、式場の玄関を見上げる。

 2度目の来訪。前回は見学者としてだったが、今回は完全に侵入者だ。

「……天愛星さん大丈夫ですかね」

 緊張をごまかすように独りごちると、会長が安心させるように肩を叩いてくる。

がついてくれているから大丈夫だろう」

 だから心配なんだが、そこは言うまい。

 チラリと横に視線を送ると、隣の建物とのすきに、二つの人影が見える。

 あさぐもさんと、ウェディングドレスの上からコートを羽織ったしらたまさんだ。俺たちが無事入りこんだら、の手引きで白玉さんがチャペルに侵入する手はずになっている。

 会長はもう一度俺の肩を叩くと、玄関の大きな扉を開いた。

 シックな色調の高い天井。先日と違い、式場の従業員が忙しそうに行きかっている。

 会長は迷わず受付に向かうと、名刺を差しだした。

「お忙しいところ失礼します。『スタジオ・だもんで』のとらたにです。今日はなか様と白玉様の撮影でうかがいました」

 受付で書類を書いていた女性の従業員が、げんそうに顔を上げる。

「お疲れ様です。打ちあわせは10時からとおうかがいしていましたが……」

「初めての式場なので、撮影場所の下見をさせていただければと。よろしければ新郎の田中様にごあいさつさせてもらえませんか?」

 男装の会長はニコリとほほむ。

 女性従業員は一瞬息をのむと、夢でも見ているような表情で頷く。

「ええと、そういうことでしたら……新郎様にご都合をうかがってきますね」

「恐れいります。私たちもご一緒しましょう」

 会長、さすがのレディキラーだ。

 俺は目立たぬように背をかがめながら、二人の後をついていく。