予想に反してメッチャ泣いてる。ガチ泣きだ。
「え、どうしたの八奈見さん?」
身を乗りだして、ちゃぶ台をバンと叩く
「
「白玉さんのお姉さんも幼馴染だぞ。むしろ白玉さんが泥棒猫だし、法で規制される立場だ」
「えっ、幼馴染なのに罪に問われるのっておかしくない……?」
幼馴染、そんなに強いカードじゃないぞ。
八奈見はスンスンと鼻をすすりあげながら、思案顔で首をかしげている。
よし、話を切りあげるならこのタイミングだ。
「話も終わったし、今日はこれでお開きにしようか」
そう言って立ちあがろうとすると、
「お兄様、佳樹はまだ最後まで聞いてません」
「え? でもあの日なにがあったか、全部話したし」
「て、停学の理由、知ってるんだろ」
ジロリと前髪越しに俺をにらむ小鞠。
「ええと、なにがあったか話すとは言ったけど、会話の内容まで言わなくても──はい、全部話します」
屈するなら早いほうがいい。
白玉さんの結婚式場侵入事件のあらましを説明すると、すっかり冷めたお茶を飲む。
「これでもう、かくしごとはないぞ。これが俺の知る全部だ」
「はい、お兄様よく言えました」
佳樹が頭をなでてくる。俺の妹、優しい。
途中からあきれ顔で話を聞いていた八奈見は、ズビーッと鼻をかむと、丸めたティッシュをゴミ箱に投げる。
「よくそれで停学ですんだよね。普通に犯罪だし」
八奈見がめずらしくまともなことを言う。
ちなみに投げたティッシュは外れたので、責任持って片付けてほしい。
「お姉さんのウェディングドレスを着て、先にチャペルで写真を撮りたかっただけだろ。女の子らしい、
「だからって、夜中に式場に忍びこむって普通じゃないよね?」
うん、普通じゃない。八奈見、年内の正論を使い切りそうな勢いだ。
確かに白玉さんは可愛いが──普通じゃない。
日頃、普通じゃない女に囲まれている俺ですらそう思うのだ。
部員欲しさに、白玉さんの人となりから目をそらしていたのは否定できない。
「まあ、八奈見さんの心配はもっともだと思うよ」
「だよね。無理に入部させてもお互いに──」
「で、でも!」
驚く俺たちの視線に、オドオドしながら顔をふせる。
「て、停学は終わったし、そこにこだわるのはあんまりよくない──かも」
態度とは裏腹にハッキリとした口調。俺はコクリとうなずいてみせる。
「ああ、俺もそれが言いたかったんだ」
八奈見が『ウソだよね?』という視線を向けてくる。
もちろんウソだが、俺は堂々とした態度で三人を見回す。
「俺たちは審査する立場でもなんでもない。同じツワブキの生徒だし、
シン、と静まりかえる室内。あれ、外したか……?
不安に思っていると、八奈見が小鞠と視線を交わしてから、口を開く。
「とはいえ、私たちも事情を聞いちゃったじゃん。お姉さんの結婚式はまだなんでしょ? あの子がなにかしでかしたら、文芸部の責任になるかもしんないよ」
「そうかもしんないけど、でも……」
俺が口ごもると、八奈見がヤレヤレとばかりに肩をすくめる。
「それじゃ私たちも一度、あの子とちゃんと話してみるよ」
「え、いいのか?」
「女の子同士のほうが、なにかと分かり合えることもあるしね。それでいい?」
コクコクと
「よし! じゃあ難しい話はこれまで。なんか小腹空いたなー」
それを聞いた
「佳樹、お茶のお代わりを
「妹ちゃん、なんか
そう言ってパタパタと手を振る八奈見。
みたいもなにも、メッチャ催促してただろ……。
佳樹が部屋から出たのを確認すると、俺は改まって八奈見に向きなおる。
「それで八奈見さん、さっきのSDカードだけど……」
「あ」
八奈見は四つんばいでズリズリはいずると、床から丸めたティッシュを拾いあげる。
「鼻かんだティッシュといっしょに丸めちゃった。いる?」
無邪気な表情の八奈見。俺は感情を殺しながら首を横に振る。
◇
被面談者白玉リコ(以下「白玉ちゃん」とする。)は、緊張の面持ちで私の向かいに座りました。つられて私まで少し緊張してきます。
ミックスゼリーの袋を差しだすと、白玉ちゃんは四角いゼリーを一つ手に取りました。
手が細くてちっちゃくて、肌が白くてきれいです。白玉肌です。
ですが私だって、1年のころは負けてませんでした。本当です。
──ありがとうございます。外側がオブラートのやつですね。私これ、好きなんです。
白玉ちゃんは嬉しそうにゼリーの包みを開きます。
そう、私もたくさん食べてきましたが、ゼリー菓子は砂糖よりオブラートがベターです。
口の中にペタペタくっつくから、長く楽しめます。
──
……? 周りに砂糖がかかってるやつって、お祝いの時にしか食べない高級品ではないのでしょうか。ちっちゃなころ、父さんからの誕生日プレゼントは常にそれだったのです。
それを伝えると、白玉ちゃんはコロコロと笑います。
──初耳です。面白いお父さんですね。
ニコリと笑ってゼリー菓子を口に入れる白玉ちゃん。
八奈見家の家族会議が決まりましたが、気を取りなおして本題に入ります。
「あのね、白玉ちゃん。こないだの日曜日のことなんだけど」
白玉ちゃんの動きがピタリと止まります。
私が再び口を開こうとすると、白玉ちゃんは勢いよく頭を下げました。
──はい。ごめんなさい、部長さんを独りじめしちゃって。反省してます。
「……
──いいんですか? 私、部長さんが素敵な方だから、甘えすぎちゃってるかなって。
今日は
……?
温水君を素敵だとか、よほど
先輩として迷える後輩を導く責務があります。私は真面目な顔で
「白玉ちゃん、落ち着いてよく聞いて。温水君だよ? 誰かと勘違いしてない? シスコンでコミュ障のくせに毒舌で、私より体重が……いや、最後のはなんでもない」
白玉ちゃんは
──ええと、多分大丈夫だと思います。
あの、つまり八奈見先輩は……部長さんと、お付きあいされてるんですか?
っ?! 白玉ちゃんはなにを言いだしたんでしょう。私は思わず立ち上がります。
「してないけど? なんでそう思ったの? 私なんか悪いことした?」
……おっと、思わず
そんなところも可愛いですが、私だって昔はちょっとしたものだったんです。
私は腰を下ろすと、落ち着くためにゼリーを一個かじります。
「ええとね。文芸部は恋愛禁止だし、そういうのないから。第一、温水君ってクラゲみたいなものだし……って、私たちなんの話してたっけ?」
──さあ、なんの話でしょう……?
白玉ちゃんはこめかみに人差し指を当てると、困ったような顔をします。
可愛いです。可愛いですが、私だって入学当時はすごかったんです。信じてください。
◇
放課後の視聴覚室。
なんなんだこの報告書。
「……八奈見さん、俺なんか悪いことした?」
「
「あ、悪党め」
なぜか俺を責める八奈見と
こいつ、
「ええと、小鞠はどう思った? 俺のことを素敵とか言ってるし、彼女は真実を見抜く目を持っていると思うんだが」
「ふ、節穴にも、ほどがある」
不機嫌そうにそっぽを向く小鞠。
八奈見は再びキーボードの前に座ると、報告書の続きを書きはじめる。
「八奈見さんのモテエピソードは追加しなくていいから。白玉さんの人となりを知るのが目的なんだし、もっと先に書くことがあるだろ?」
キーボードをたたく手を止め、俺をジロリと
「温水君が悪いんだよ? デレデレしてるから、素敵だなんて誤解が生まれるんだって」
俺の人生、そんな素敵な誤解があってもよくないだろうか。
八奈見と言いあらそっていると、小鞠が意を決したように立ちあがる。
「じゃ、じゃあ私があの子と話、してくる」
……小鞠が? 驚く俺たちをドヤ顔で見下ろす小鞠。
「お、女同士のほうが、なにかと分かりあえる、から」
「そのセリフ、昨日もどこかで聞いた気がするんだが」
とはいえ、やる気になったのなら任せるしかない。頼むぞ──文芸部副部長。
◇
白玉リコ面談記録 面談者:小鞠
私が部室に入った時、彼女は宿題をしていた。
向かいの
……やむを得ない。私はスマホで読みかけの本を読む。
「あれ、
時間にしたら数分程度だったろう。
彼女は私に気付くと、照れたように笑って筆入れに筆記用具をしまった。
「今日はみなさんどうしたんですか? 一人ずつ部室に入ってきて、まるで面接を受けているみたいですね」
笑顔にまぎれた探るような視線。
彼女もなにかに勘づいているのだ。あえて私は、素知らぬ顔でスマホを見る。
「日曜日のことで私に話があるんですよね? どうぞ、なんでも聞いてください」
しびれを切らしたのだろう。彼女からそんなことを言いだした。
セオリーならここから話を切りだすのがよいのだろう。
だが文芸部の部員として、言葉の
「えーと、スマホの充電が切れそうなんですか? 私のケーブル使います?」
そう、バッテリーの容量が限界をむかえたのだ。
私はやむを得ず退室を選択した──。
◇
こっちも、なんだこれ。
俺は小鞠の報告書を読み終えると、なにか言いたげな
「小鞠、ひょっとして黙って座ってただけか?」
「が、頑張ったし……」
「うん、頑張ったよね。
八奈見が小鞠の頭をヨシヨシとなでる。えぇ……八奈見だって俺と同じこと考えてただろ。
俺は気を取り直して二人に向き直る。
「ええと、二人には
「当初の目的って? 私たち、そんなこと聞いてないんだけど」
「言うまでもないだろ。彼女の心を開いて、俺たちは味方だって伝えることだ。そうやって社会との繫がりを
「えっ、私たちのミッションってそんなに重かったの……?」
重かったのだ。もっとまじめに取り組んでほしい。
「まあ、こんなものか。じゃあ部室に白玉さんを待たせてるから、俺たちも」
言いかけた俺は、八奈見たちの視線に気付く。
「どうした、二人とも」
答えの代わりに俺をジロリと見る二人。
「ねえ、それだけ言うなら
「え? どうなのって」
「つ、次はお前の番、だぞ」
……俺の番って? 俺が白玉さんを面談するってこと? 俺は顔の前で手を左右に振る。
「無理だって。いつも言ってるけど、俺は女子が苦手なんだ。あの時は流れで仕方なかったけど、二人きりで話をするとか無理……あれ、どうしたの二人とも?」
八奈見と
「あれれー? 苦手なわりには、猫カフェでイチャイチャしてませんでしたかー?」
「ね、猫にわびろ」
待て、なんで俺に
「だけど男の俺だと、白玉さんが心を開いてくれないだろ?」
「あの子に言わせれば、温水君は素敵な部長さんなんでしょ? 適任じゃん」
「お、女の敵め」
……なんか最近、この二人の攻撃性が増している気がする。
◇
コンコン。部室の扉をノックすると、中から『どうぞ』と白玉さんの声がする。
そっと扉を開けると、白玉さんがかしこまった笑顔を向けてくる。
「どうぞ、そちらに座ってください」
「あ、はい」
うながされるままにテーブルの向かいに座る。
「ではお名前と、志望動機を1分以内でのべてください」
へ? キョトンとする俺を見て、
「ごめんなさい。なんだか入試の面接を思いだして、ふざけちゃいました」
なるほど、
……おっと、しみじみしている場合じゃない。
「こっちこそごめんね、なんか変な感じになっちゃって」
「いえ、先輩たちが不安に思うのは当然です。お二人に──話したんですよね?」
ふと真面目な顔になる白玉さん。俺は内心で気おされながら、どっちつかずな笑みを浮かべる。
「いやまあ、一応は言っておかないと……」
「気にしてませんよ。私だってこんな女、怖いですから」
口ごもる俺にむかって、
……あまりいい流れではない。俺は表情を引きしめると、改めて白玉さんに向き直る。
「勘違いしないでほしいんだけど、俺たちは白玉さんを責めるつもりはないんだ。もう少しお互いを知って、文芸部が居場所になってもらえたらって。ええと……」
続く言葉を探すが、そんな都合のいいものが転がっているわけもなく。
俺は開き直りにも似た気持ちで、言葉を繫ぐ。
「俺も
唐突な自分語りに、白玉さんがなにかを言いかけて、口を閉じる。
「それがいけないとは思わないけど。文芸部があって、それを通じて友達──もできてさ。いまになってみれば、悪くはなかったかなって」
言い終えると、俺は照れくささに
しばらく黙っていた白玉さんが静かに
「……みなさん優しいですね」
「いやまあ、優しいというか、周りにしてもらったことを返してるだけというか……」
白玉さんは笑顔を作ろうとして、すぐにあきらめて。
「……でも私、自分の気持ちをあきらめきれないんです」
「ええと、それは──」
白玉さんはフルフルと首を横に振る。
「お兄ちゃんを奪おうとか、そんなこと思ってないですよ。……無理なのも分かってますし」
再び声に
「だけど私、思い残したくないんです。全力でぶつかって、爪痕を残して。そうして自分の気持ちにケリをつけようと思うんです」
静かな独白が部室に染み渡ったころ、俺は口を開く。
「ええと、具体的にはなにをするつもりなの……?」
無粋とは知りつつも、たずねないわけにはいかない。
なにしろこいつは前科一犯。罪を重ねようとするのを、見すごすわけにはいかないのだ。
「……そうですね、前回はお姉ちゃんのドレスを着てチャペルで写真を撮るつもりだったんですけど。二つほど誤算があって」
「誤算?」
「一つ目は、ドレスは直前まで式場には持ちこまないらしくて。完全に無駄足でした」
へえ、そうなんだ。勉強になるなあ……。
俺はツッコミ回路の電源を切り、素直に
「二つ目は、深夜なら人目につかないと思ってたんですけど、建物に入ったら警備会社が飛んできちゃって。プロってすごいですね、気がついたら囲まれていて警察も──」
「それよりさ! そもそもどうやって建物に入ったの? 鍵かかってたでしょ?」
慌てて話題をそらすと、白玉さんはキラキラと目を輝かせる。
「はい、自作の器具で鍵を開け──」
マズい、俺が立っているのは
「よし、話を変えようか! やっぱり他人に迷惑をかけるのはよくないよね」
「はい、私も前回でこりました。次はもう少し
テヘ、と自分の頭をコツンと叩く白玉さん。
こいつ反省してないだろとか、でも
「安心してください。文芸部のみなさんにはご迷惑をかけないよう──距離を置きます」
「……え?」
スルリと指の間からなにかが逃げだした。そんな心細さが俺をつつむ。
「待っ──」
「私のやることで文芸部にご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。この先は一人でやろうと思います」
カバンを手に、音もなく立ちあがる。
「いや、あの」
「もし全部
──ツワブキに残れたら。
つまりそれは、学校を去る覚悟でなにかをしでかすということだ。
俺は
「待って
「それじゃあ。私と一緒にワルイコト──してくれるんですか?」
「え、それは」
口ごもる俺に
──ずっと俺もそうだった。
他人と距離を置いて。独りになろうとして。
文芸部の連中もそうだ。
すぐに自分一人で決めつけて。自分だけで抱えこもうとして。
だけど俺に手を伸ばしてくれたのは、そんな
俺は数歩の距離を一気に詰めると、白玉さんの腕をつかむ。
「ダメだ、白玉さん」
俺の言葉に、白玉さんの
「……みなさんに迷惑をかけたくないんです」
うつむいたまま、消え入りそうな声で
「好きなだけかければいいよ」
ひたすら迷惑をかけて、かけられて。
それでも一緒にいて、迷惑だなんて一度も──いや、5回や6回くらいは思ったかもしれないが、イヤだなんて思ったことはない。
「思いつめている時こそ独りになっちゃダメだ。俺が──文芸部が一緒にいるから。だから」
こわばっていた白玉さんの腕から、力が抜けていく、
「一緒に……? いいんですか……?」
「ああ、もちろん」
白玉さんが勢いよく振り返る。
瞳に浮かぶ大粒の涙は、いまにもこぼれ落ちそうだ。
「私を手伝ってくれるんですね!」