しらたまさんはふくれっ面をすると、俺の腕をさらにギュッと抱きしめる。

「ごめんね、リコ。急だったからお姉ちゃんちょっと驚いて。だけど──」

「私、もう高校生だよ? お姉ちゃんだって私の歳にはもう、なか先生のこと好きだったじゃん」

「リコッ?!

 顔を真っ赤に染める白玉姉。……うん、お姉さんもわいいな。

 田中先生はづかうような笑顔を浮かべながら、白玉姉の肩に手を置く。

「みのりさん、今日はもう行こうか」

「でもゆうさん……」

「二人とも邪魔したね、僕たちはもう行くから」

 子供をなだめるように、白玉姉をその場から連れていく田中先生。

 とうの展開に、二人の姿が見えなくなっても俺はその場に立ち尽くしていた。

 と、腕に伝わる感触が俺を現実に引き戻す。なんか柔らかいし、いい匂いするな……。

「ええと、いまのが白玉さんの」

 しらたまさんがゆっくりとうなずく。

「……姉です」

なか先生が一緒にいたってことは」

「はい、二人は婚約しているんです」

 ……それで白玉さんと田中先生は知り合いなのか。

 南ジャスの駐車場で口論をしていた理由は──それだけなのか?

 わずかに足りないピースを探っていると、白玉さんが俺の腕をつかむ手に力をこめる。

 そして、しがみ付くように立っていた白玉さんが、消えいりそうな声でつぶやいた。

「……二人きりになれるところ、行きませんか?」


          


 トトッ……。

 目の前を茶色い長毛種の猫が、身を低くして走り抜けた。

 俺と白玉さんは、モールの中にある猫カフェにいるのだ。

 木のベンチに並んで座りながら、カフェラテのカップでてのひらを温める。

 二人きりになれる場所ってここのことか……。

「……ごめんなさい、変なウソついて」

「え? いや猫は人じゃないから、二人きりというのもあながち──」

「いえ、付きあってるってほうです」

 俺たちの関係、ウソだった。

 いや別に本気で期待してたわけじゃないし、なんか事情があるんだなってのは分かってたから全然ショックじゃないけどさ、もうちょい引っ張ってもらってもよかったのに。

 ……いかん。脳内言い訳をしていたら、本気で落ちこんできたぞ。

 俺はカフェラテを一口飲むと、気を取り直してたずねる。

「さっきは、どうしてあんなウソついたの?」

「二人に彼氏を見せつけて、驚かせてやろうって思って。モールに来たいって言ったのも、あそこに結婚指輪を受け取りに来るって知ってたからです」

 そう言って、再び黙る。

「……なんでそんなこと」

「私を子供あつかいばかりするから、ちょっとを張りたくなったんです」

 なるほど。俺をゲームコーナーから連れだしたのもそのためか。

 もちろんこんなことだと思っていたが、そうか……そうだったのか……。

「……少しお姉さんの気持ちが分かるな」

「私、そんなに子供っぽいですか?」

 わざとらしいふくれっ面。俺は苦笑いをしながら首を横に振る。

「そういう意味じゃなくてさ。俺も妹がいるから、自分の中で妹が小さかった時の感覚が抜けていないんだ。二つしか違わないんだけどね」

「……私なんて10歳も離れてますから、なおさらですね」

 しらたまさんは熱そうにカフェオレを飲むと、ふーっと細く息をはく。

「姉は優しいし、私のことすごくわいがってくれて。私も姉のこと大好きです」

「いいお姉さんなんだね」

 白玉さんは、これまで見た中で一番の素直な笑顔でうなずく。

「はい。私、物心ついたころは自分にはママが二人いるって思いこんでいたんですよ。子供って変なこと考えますよね」

 そう言って、なつかしそうに笑う。

 だけどその笑いは力なく消えて、白玉さんはうつむき加減につぶやく。

「だから、姉がなか先生を選んだのなら──祝福しないといけないんです」

 自分に言い聞かせるような口調。

「……先生となにかあったの?」

「はい、いろいろ──ありました」

「っ!?

 これはまずいことを聞いてしまったかもしんない。

 震える手でカフェラテを握りしめていると、白玉さんが慌てて首を横に振る。

「変な意味じゃないですよ? 田中先生はご近所さんで、小さなころから勉強とか見てもらってたから」

 ……なるほど、そういうことか。

 よかった、ドロドロした関係なんてどこにもない。

 ここにいるのは、お姉ちゃんと仲のよい普通の女の子だ。

「それじゃ先生が、白玉さんのお義兄にいさんになるのか」

 白玉さんの肩がビクリと震える。

「そう……ですね。姉と結婚するんですから」

 静かな口調で言うと、そのまま動かなくなる白玉さん。

 あれ。俺、変なこと言ったか……?

「あの、白玉さんは田中先生と……仲がいいんだよね?」

 俺の言葉に、白玉さんがゆっくりと顔を上げる。

「……少し、話を聞いてもらっていいですか?」

 俺が頷くと、彼女はいつもと少し違う、大人びた表情で話しだす。

なか先生はウチのご近所さんで、親の帰りが遅い私たちをいつもめんどうみてくれてたんです」

「お姉さんもってことは、二人は年が離れているの?」

「先生は姉より5歳上です。今年で30だからおじさんですね」

 そう言って、楽しくもなさそうに笑う。

「私が物心ついてからは、一緒にかまってもらうようになって。保育園にもよく二人でむかえに来てました」

 なにかを思いだしたのか、懐かしそうな表情で笑う。

「当時の二人って大学生と中学生でしたから、変なウワサもたってたみたいです。当時はまだ付きあってなかったんですけどね」

「じゃあ、そのころから二人は仲がよかったんだ」

 しらたまさんは小さくうなずく。

「私、仲がいい二人にしつして、間に割りこんでばかりいたんですよ。お姉ちゃんに近付いちゃダメってムクれて、他の日はお兄ちゃんと仲良くしちゃダメって姉にワガママ言って」

 白玉さんは懐かしい記憶を探るように、優しい笑みを浮かべる。

「……二人のこと、好きなんだね」

「はい。私、姉のことが大好きです」

 そうか、それならよかった。

 白玉さんはお姉さんが好きな純粋な子で、たちがじやすいするような人間ではないのだ。

 俺はどことなくチラつく違和感をぬぐうように言葉を続ける。

「それで田中先生とも仲がいいんだ」

「……キライですよ。あんな人」

「え」

 気まずい沈黙が降りかかる。

 チラリと時計を見ると、ちょうど昼飯時だ。

 昼飯という単語に八奈見の顔を思い浮かべていると、

 ──トン。

 茶色のサビ猫が白玉さんのヒザに乗り、重苦しい空気など構わずに体を丸める。

「あの人、本気で私を妹みたいに思ってるんです」

 固い表情のまま、猫の毛をなでる白玉さん。

「私はずっと近所の小さな女の子のままなのに、お姉ちゃんはいつの間にかあの人のこと──ゆうさんって呼び始めて」

 サビ猫は合格とばかりに耳をピンと一回振ると、寝息をたて始める。

「……その時からずっと、あの人のこと先生って呼んでるんです」

 言いながら、そっと猫の背をなで続ける白玉さん。

 えーと、お姉さんたちがつきあい始めた時、すでになか先生が先生だったということは……。

「二人が付きあい始めたのって、遅かったんだ」

「はい。正式に付きあい始めたのは、お姉ちゃんが高校を卒業してからで。すごく大事にしてくれてるって分かってて」

 しらたまさんがちよう気味な笑みを浮かべる。

「……少しだけ、私が大きくなるのを待っててくれてるのかなって。小学生の私はそんなこと考えて。本当、バカみたいですね」

 そう言って笑おうとして、笑えずにうつむくと、白玉さんはか細い声をしぼりだす。

「……私が先に生まれていたら。田中先生のこと、なんて呼んでいたのかなって」

 俺はかける言葉もなく黙り続けた。

 恋だろうと夢だろうと、かなわないのがあたりまえで。

 大切なものを手に入れるころには、数えきれないほどのなにかが、指の間からこぼれ落ちているのだろう──。

 猫の寝息が深く規則的になったころ、白玉さんが再び口を開く。

「再来週の土曜日、二人は式を挙げるんです。ガーデンウェディングの素敵な式場で」

「え? ああ、そうなんだ」

「それで先日、深夜に式場に忍びこみました」

「……ん?」

 あれ、なんの話が始まった?

「ごめん。ちょっと俺、話を聞きのがしたかも。式場がどうしたって?」

「ですから夜中に式場に忍びこんで、警察ざたになったんです」

 聞き逃してなかった。

 後輩の失恋話だと思っていたら、ぜんの告白である。

「ええと、なぜそんなことを……?」

「お姉ちゃんが私の欲しい物、ぜんぶ先にもってっちゃうから。私も一つだけつめあとを残して──秘密を作りたかったんです。それで終わりにしたかったんです」

 そこだけ聞くといじらしい少女の恋心だが、今回ばかりはノイズが多い。

「いや、それでどうして不法侵入を」

「姉のドレスを着て、チャペルで写真を撮ろうと思って。お姉ちゃんより先に」

「……秘密を作るにしても、法に触れないものはなかったの? もう少しおん便びんな」

「はい。五つほど候補があったんですけと、一番穏便なものを選びました」

 そうか、一番穏便なら仕方ない。俺は無言でカフェラテをすする。

 白玉さんって、一見まともそうに見えたけどな……現実の女子って、みんなこんな感じなんだな……そうだ、帰りにラノベ買っていこう……。

 俺が二次元への忠誠心を高めていると、しらたまさんが力無くほほんでみせる。

「ごめんなさい、変な話しちゃって。聞いてもらって少し楽になりました」

 確かに本当に変な話だった。

「ええと、気にしないで。もちろん誰にも言わないから」

「必要なら、話してもらって構いませんよ。先輩たちにはご迷惑おかけしましたから」

 白玉さんは指先で猫の首元をいじりだす。

 気持ちよさそうに身をよじる猫を見ながら、俺は聞いた話の整理を始める。

 ──きっとなか先生とお姉さんは、ずっと昔から気持ちが通じあっていたのだろう。

 年の離れた白玉さんはそのそばにいながら、憧れやさびしさや、色々な感情を胸に抱いていたに違いない。

「田中先生のこと、昔から好きだったんだね」

 そんな俺の無神経なひと言に、白玉さんの指が止まる。

「だからキライですよ、あんな人」

「いやごめん、無神経なこと言っ──」

「だって!」

 俺のいいわけをさえぎると、大きく息を吸って一気に言葉を紡ぎ出す、

「あの人、お父さんと同じような目で私を見てきて。お姉ちゃんを見るときだけいつもと違う顔をするのに、私には見せてくれなくて。お姉ちゃんは昔から素敵でモテたのに、あんな人はもったいなくて。お兄ちゃんだったのに田中先生になっちゃって──」

 もう一度息を吸い──今度は小さな声で、つぶやく。

「……じきにお義兄にいさんって呼ばなくちゃいけなくて」

 白玉さんの小さな肩が震えだす。

「えっ、あの、大丈夫? つらいのならそれ以上話さなくても」

 白玉さんは首を横に振る。

 大きな瞳にたまった涙がひと筋、流れ落ちる。

「あのね、ゆうお兄ちゃんは、ずっとお姉ちゃんのことだけ見てるから、リコちゃんが本当の妹になるなんて嬉しい──とか言うんだよ」

 ……ずっと好きだった人が自分の義兄になる。

 いまの気持ちを、決して気付かれてはいけない。

 これまでの想いもすべて、兄としてしたう気持ちに塗りかえて。隠して、生きていく。

 こらえきれずにこぼれた涙が、次々と落ちていく。

「……でね、わたしね、わいくなろうとがんばって。お姉ちゃんの雑誌も、お化粧道具も勉強して。教科書よりも鏡をいっぱい見て……研究して可愛くなって……いつか……お兄ちゃんが……私……私を……」

 うつむいて涙をこらえる背中の震えが、だんだんと大きくなる。

「あんな人……大嫌い……嫌い……キライ、だもん」

「あ! 猫で涙ふいちゃダメだって」

「……じゃあ、肩を貸してください」

「っ?!

 返事を待たず、しらたまさんは横からもたれかかるようにして、俺の肩に顔をうずめる。

 肩に伝わる小さな重み。

 白玉さんは俺の肩にしがみ付くようにしながら、しゃくりあげるように泣き続けている。

 ……仕方ない。このまま泣かせておくしかない。

 肩に白玉さんの体温を感じながら、ぼんやりと辺りを見回す。

 この席に座ったのは失敗だったな。

 モールの通路に面した壁は大きなガラス窓になっていて、ここは外から丸見えだ。

 別にやましいことはないが、知り合いにでも見られたら──。

 視線を上げた俺は、思わず出そうになった悲鳴を飲みこんだ。

 殺し屋のような目をした女が二人、ガラスに貼りつくようにして俺たちを見ているのだ。

 ──あんまり

 なんだか、窓に貼りつくヤモリに似てるな……。

 俺はそんなことを思いながら、肩に顔をうずめて涙を流す女の子に視線を落とす。


 白玉リコ──絶対にバレてはいけない負けヒロイン。


 そして彼女が、文芸部の廃部をのがれる希望でもあるのだ──。


          


 イオンモールとよかわでのしゆ(?)の翌日。

 放課後、俺は部室によらずに自宅にまっすぐ帰っていた。

 ──白玉さんの涙の告白。なか先生への気持ちと秘密。

 自分の中で受けとめきるには、もう少し時間が必要だ。

「お帰りなさい、お兄様」

 パタパタとスリッパを鳴らしながらじゆが出むかえてくる。

「ただいま。佳樹、今日は早く帰れたんだ」

「はい、ももぞの生徒会の仕事もひと段落つきましたので」

「そうか、最近いそがしかったもんな」

 俺がリビングに入ろうとすると、じゆがその前に立ちふさがる。

「お兄様、お部屋で着替えないんですか?」

「録画したアニメを見ようと思って。……なんでリビングに行かせてくれないんだ?」

「熱いお茶をれますから、先に着替えてきませんか? おせんべいもありますよ」

「え、ちょっと──」

 佳樹はバスケットのディフェンスばりに俺の進路をふさぐと、俺を階段に追いやる。

 なんか知らんが、佳樹がそうまでするなら理由があるのだろう。

 素直に自室の前まで来た俺は、ドアノブに伸ばした手を止める。

 ──リビングになにかある。

 佳樹の行動からしてそう思いこんでいたが、ここでもう一つの可能性に思いいたる。

 俺を部屋に行かせたいという可能性だ。

 部屋になにかあるのか。もしくは──部屋にあったなにかが見つかったのか?

 マズい、カーペット裏のアレは無事だろうな。

 あわてて扉を開けると、


「お帰り、ぬくみず君。よく来たね」

「よ、よく顔、だせたな」


 いま一番会いたくない連中がそこにいた。

 あんまり。しかも二人して俺の本棚をあさっている。やめろマジで。

「二人とも、なんでここにいるんだ?」

 どうようをおさえながら部屋に入ると、二人がジト目を向けてくる。

「決まってるじゃん。昨日はろくに説明もせずに逃げたでしょ? しらたまちゃんとなにがあったのさ」

「お、女の敵め」

 今回ばかりは反論できない。

 ……いやしかし、よく考えれば俺はなにも悪くない。うん、悪くない。

「二人とも待ってくれ。確かに俺は白玉さんと黙って姿を消したが、それにはちゃんとワケがあるんだ」

「へえ、じゃあ猫カフェでのアレも、ちゃんと納得できる理由があるんだ?」

 俺は八奈見にむかって大きくうなずく。

「ああ、彼女が俺の肩にしがみついて泣いてたのも、ちゃんと理由があるんだ」

「──その理由、佳樹も気になります」

「っ?!

 背後からの声に慌てて振り返ると、じゆがお茶とせんべいを乗せたお盆を手に、ニコリとほほんでいる。

「佳樹、いつからいたんだ?」

「いまきたところです。お兄様、熱いお茶をお持ちしました」

 佳樹はちゃぶ台にお茶を並べだす。

「ありがと。お兄ちゃんたちはいま大人の話をしてるから、佳樹は外してくれるかな」

「大丈夫です、佳樹はもう大人ですから」

 佳樹は4つ目ののみを置くと、ストンと腰を下ろす。

 俺がなにか言う前に、まりもちゃぶ台の周りに座る。

ぬくみず君も座りなよ」

「か、観念しろ」

「お兄様、お茶が冷めますよ」

 小鞠と佳樹が座布団をポンポン叩き、八奈見が煎餅をボリボリ食べながら、無言でクイッとあごをしゃくる。

 ……正直、この中に座りたくない。

 しかも俺を助けてくれそうな佳樹までも、このな輪に加わっているのだ。

 覚悟を決めて腰を下ろすと、八奈見が煎餅の残りをゴクリと飲みこむ。ちゃんとめ。

「はい、温水君が座るまで1分間かかりました」

 八奈見が校長先生みたいなこと言いだした。

「え、どういうこと……?」

「私たち三人の時間を合わせて3分うばったのです。3分といえばカップラーメンが完成するまでの時間だよ。反省してください」

 反省する理由も分からんし、お前が2分で食いはじめることも知っている。

 いつもどおりの八奈見に落ち着きを取り戻した俺は、ゆっくりと熱いお茶をすする。

「さて、なにから話そうか。なんでも聞いてくれ」

 八奈見が2枚目の煎餅に手をのばしながら口を開く。

「まずは日曜日、二人で抜けだしてなにやってたの?」

「それはほら、プライベートな話だから。他の質問はないか?」

「…………」

 バキン。八奈見の口元で、煎餅が小気味いい音をたてる。

 無言の八奈見をチラ見してから、小鞠が身を乗りだしてくる。

「じゃ、じゃあ、あの子を泣かせてたのはどういうわけ、だ?」

 ふむ、そこに目をつけるとは小鞠もするどいな。

「それは俺としらたまさんの話だし、心のポケットに入れておこうと思う。さあ次の質問は」

 言いながらせんべいに手をのばすと、じゆが煎餅の入った器を俺から遠ざける。

「……お兄様、佳樹は悲しんでいます」

「え、どうした?」

 佳樹はちんうつな表情で、煎餅の器をに手渡す。

「お兄様の冷たさが悲しいのです。文芸部のメンバーは家族同然の存在だと、常日頃から口に──」

ぬくみず君、そんなこと言ってるの?!

 驚いた拍子に、3枚目の煎餅をろくにまずに飲みこむ八奈見。

「……お兄ちゃん、そんなこと言ってないよな?」

「言ってません。でも瞳がそう語っています」

 そうか。俺の瞳、信用ならない。

 そしてそれ以上に俺を信用してない3ついの瞳が俺を見つめる。

「俺は別にしらたまさんと悪いことしてたわけじゃ……」

 もぞもぞと言い訳を始めるが、三人の表情は変わらない。

 八奈見は溜息をつきながら、小さな黒いカードを取りだした。

「温水君がそういうつもりなら仕方ないね」

「……? なにそれ」

「SDカードです。この部屋のカーペットの裏に貼りつけてありました」

 よし、返せ。

 手を伸ばそうとした俺は、佳樹の視線を感じて素知らぬ顔で目をそらす。

「……ただの成績管理用のデータだって。パスワードもかけてるし」

 八奈見が表情を変えずに、佳樹にSDカードを差しだす。

「妹ちゃん、パスワードに心当たりは?」

「お兄様のパスワードは推し声優の誕生日なので、少し時間をいただければ」

「っ?!

 これはマズい。集めた画像もそうだが、整理分類したフォルダ名も禁則事項だ。

 ええと……そういえば猫カフェで、白玉さんが『必要なら話しても構わない』って言ってたな。つまりこいつらに事情を話しても問題はないはずだ。うん、問題ない。多分。

「……分かった。あの日なにが起こったか、すべて正直に話そう」

 俺はしんみような表情を作ると、三人の顔を見回す。

 ゴクリ、とツバを飲みこむきようはくしやたち。

 ──決して、おどされたから後輩を売るわけではない。決して。


          


「……し、死ね」

 話し終えた俺への第一声がこれである。

 まりはゴミを見る目を俺に向け、せんべいをカシカシとかじる。

「お前、俺の話を聞いてたか? どう考えても俺は悪くない。けなげな後輩をなぐさめる優しい先輩そのものだろ」

 まったく話の分からないやつだ。

 溜息をつきながら煎餅に手をのばすが、最後の一枚をじゆが素早く手に取った。

「お兄様、あの方はいけません。お兄様には早すぎます」

「そんなこと言ったって──」

「いけませんったら、いけません」

 ねたようにプクリとほおをふくらませて、そっぽを向く佳樹。

 佳樹までどうした。やれやれ、この調子じゃもご機嫌ナナメにちがいない。

 覚悟をして視線を向けると、八奈見が目元をハンカチで押さえている。

「うぅ……そんな事情が……」