~2敗目~ 実は私とこの人は



 放課後の保健室。テーブルの向かいに座ったぬき先生は、マグカップのコーヒーを一口飲むと、俺を安心させるようにほほむ。

「最近、リコさんはどうかしら」

「部室では元気にしてますよ。昨日は昔の部誌とか読んでましたね」

 俺は自前の水筒から、ほうじ茶をチビリとすする。

 ……あれから一週間。しらたまさんは放課後に毎日、部室に来ていた。

 あたりさわりない会話をしては、キッカリ1時間で帰るのだが、まりとは微妙に壁がある。消しゴムは2回拾ってくれた。

「学校に居場所があるのはいいことよ。しばらく様子を見てあげて」

「でも、文芸部でいいんですかね。クラスのみんなと仲良くしたほうがいいんじゃないかと」

「あら、君や小鞠さんも少し前までそんな感じじゃなかった?」

 ……うんまあ、いまも似たようなもんですけど。

 小抜先生は何かを思いだすように遠い目をする。

「子供のうちって学校が全部と思いこみがちだけど、それだけ他の世界が遠いってことなの」

「他の世界、ですか」

 オウム返しをする俺に、優しくうなずく先生。

「だから反抗したり、反対にあきらめたり。私もこう見えて高校時代、色々あったのよ」

「いまのツッコミどころですか?」

 返事の代わりに楽しそうに笑うぬき先生。

 この人の中ではきっと、十代の記憶や感情がまだいろあざやかに残っているのだろう。

 先生がしらたまさんの中になにを見ているのか、見ていないのか。

 どちらにせよ白玉さんに対する気遣いにうそはない。だからこそもう一つ──。

 探るようにしばらく言葉を交わしたあと、俺は何気ない口調を装ってたずねる。

「それはそうと、国語のなか先生について聞きたいんですけど」

「あら、なにかしら。なんでも聞いてちょうだい」

「ええと、田中先生の人となりというか、人間性というか──」

「田中先生の人となり……?」

 小抜先生がスッと目を細める。あれ、なんかヤバいこと聞いたか?

「いやその、このあいだ文芸部に関係するイベントとか紹介してくれて、気になっているというかなんというか……」

 俺の説明が通じたか、小抜先生は納得したように頷く。

「あの人、文芸部の顧問だったこともあるから、気にしてくれてるのかもね。それと人間性については──」

 小抜先生はしばらく記憶を探るように、天井を見上げる。

「そうね、とても誠実な人よ。具体的には、同僚につまみ食いされそうになってもパートナーにみさおをたてて、上手に断るくらいにね」

「……ごめんなさい。聞かなかったことにできますか?」

「ええ、それがけんめいね。はい、どうぞ」

 田中先生の同僚はクスリと笑うと、ミントタブレットのケースを差しだしてくる。

 反射的に手を出した俺は──慌ててそれを引っこめる。

「いえ、大丈夫です」

 しばらくそのまま固まっていた小抜先生は、残念そうに肩をすくめる。

「賢明ね」


          


 足早に部室に向かいながら、さっきまでの会話を思い返す。

 田中先生の名前を出したとき、小抜先生の様子がおかしかったように見えたのは、気にしすぎだろうか。

 少なくとも同僚とワンナイトするような人ではないと分かったし、誠実なのは信じてもいいかもしれない。

 まさかとは思うが、仮にしらたまさんとなか先生がよからぬ関係だったとしても、俺が口をはさむような話ではないしな……。

 さあ、早く部室に行かないと。きっといまごろ、微妙な雰囲気になってるぞ。

 西校舎にがる渡り廊下を足早に通りすぎ──ようとした俺の足が止まる。

 ……そういやさっき、ぬき先生が言ってたな。田中先生にパートナーがいるのに、って。

 …………

 ………………まあ、俺が口をはさむ話じゃないよな。うん。

 俺は増築済の心の棚にこの件を置くと、再び足を進めた。


          


 部室は決して微妙な雰囲気ではなかった。

 むしろもっとひどかった。

 は真っ白な灰のように燃えつきて、の上でグッタリとうつむいている。

 直立不動のまりは至近距離で壁と向かいあい、イヤホンで音楽を聴いている。2か月に1回ペースでおとずれる、言葉が届かないモードだ。

「あ、部長さん!」

 胸の前で手を握り、オロオロしていた白玉さんが俺に駆け寄ってくる。

「えーと、一体なにが」

「それが私にもよく分からなくて。さっきまで普通に会話してたんですけど……」

 そうか、じゃあ誰にも分からないな。

 俺は帰りたい心を押さえつけ、八奈見に声をかける。

「ええと、八奈見さん大丈夫? 砂糖水でも飲む?」

「大丈夫……少し心にダメージを受けただけだから」

 八奈見は顔にかかった髪を払いながら、力無く首を振る。

 打たれ慣れている八奈見に、これほどのダメージを与えるとは……。

 白玉リコ、一体なにをしたんだ。

「ええと……とりあえずお茶でもれようか」

 そう、困った時はお茶だ。きゆうにお湯を入れていると、白玉さんが隣でのみを並べだす。

「すいません、気がきかなくて。後輩の私が先に淹れないとでしたね」

「ああ、うちではそういうのないから大丈夫だよ」

 文芸部ではみんな平等なのだ。なのにいつも俺がお茶をれているのはなぜだろう……。

「……部長さんって大人なんですね」

 しらたまさんがそんなことを言いだした。

「へ?」

「落ち着いていて、話しやすいと言いますか。2年生ってもっと怖いと思ってたから、部長さんが話しやすくてホッとしました」

 え、そんなこと初めて言われたぞ。いまの発言、他の二人もちゃんと聞いてただろうな。

 まりの動向を気にしつつ、のみに緑茶をついでいく。

「話してみると、みんな意外と優しいもんだって。クラスの人とも、もっと話してみたら?」

「んー、女子のみなさんには嫌われちゃうから、男子とばっかり話しちゃって。私、男っぽい性格かもですね」

 そう言ってテヘ、と舌を出す白玉さん。

 なるほど、女子のみなさんに嫌われるのもうなずける。あざとわいい。守ってあげたい。

「みなさん、お茶がはいりましたよ」

 白玉さんが湯呑を配り始めるが、灰化した八奈見と、壁小鞠はノーリアクションだ。

 自分の分のお茶を持ってに座ると、白玉さんが隣に座ってくる。

「部長さん、今日は遅かったですね。どこか行ってたんですか?」

「ええと、ちょっとぬき先生のとこに。あの人、うちの顧問だから」

さんって、とてもおれいですよね。なんだか少しあこがれちゃいます」

 それはやめたほうがいい。悪いことは言わないから。

「そういえば白玉さんって、先生と前から知り合いなんだっけ」

「はい。小夜さんは姉のお友達で、昔から仲がいいんです。私も勉強見てもらったり、遊びに連れていってもらったり」

 へえ、小抜先生に遊びに……どんな遊びなんだろ。

 話を広げていいか迷っていると、白玉さんはニコニコと笑いかけてくる。この人、全体的にホワホワしていて可愛いよな……。

 つられて笑顔になっていると、なぜかほおにピリついた視線を感じる。

 見れば八奈見が上目づかいで俺にジト目を向けている。

「……ぬくみず君、なんか楽しそうにしてるね」

 うん。からまれるまでは、わりと楽しかったぞ。

「ええと、八奈見さんも復活したならちょっといい? 俺から提案があるんだけど」

「……提案?」

 頭をボリボリかきながら顔を上げる八奈見。

 なにがとは言わないが、白玉さんと開いていくポイント差。

「ああ、今度の週末──」

 俺は言いかけて、壁に貼りついているまりに目をやる。

 イヤホンつけてるから、話しかけてもムダだよな……。

 俺は小鞠に電話をかける。

「うなっ!?

 アタフタとスマホをいじる小鞠が電話に出たのを確認すると、自分のスマホをスピーカーモードにしてテーブルの真ん中に置く。これでこっちの会話はあいつに聞こえるはずだ。

「じゃあ改めて。今度の日曜、みんなで出かけないか?」

 一瞬、戸惑ったように部室が静まりかえる。

 しばらくたって、が不思議そうに口を開く。

「出かけるって、合宿でもするの?」

「そこまでは無理だけど、ゆるい取材くらいに考えてもらえれば。それを元に、部会でネタだし会をしてもいいし」

 去年の夏。合宿を通じて部員の仲が近づいた──気がする。予想外のイベントもあったが、一人振られて二人に恋人ができたので、収支はプラスといってもいい。

 それにならい、みんなで出かけることによって部内のけつそくを強化するのだ。

 しらたまさんが真っ先に手を上げる。

「素敵ですね! 私、行きたいです!」

 乗り気の白玉さんをチラリと見て、八奈見は不機嫌そうにスマホに視線を落とす。

「急に言われたって、私にも用事とかあるし。うん、なんかあるから」

 小鞠も壁に向かったままコクコクとうなずく。

 えぇ……こいつら非協力的だな。だけど確かに急だったかな。

「じゃあまた次の機会に──」

 言いかけた俺をさえぎるように、白玉さんが口をはさんでくる。

「じゃあ部長さんと二人きり、ですね」

 ……へ? なぜかビクリと震える八奈見と小鞠。

「なんか照れちゃいますね。なに着ていこうかな。あ、まずはどこに行くか決めなくちゃ」

「えーと、俺と白玉さんの二人で出かけるの?」

 白玉さんはハッとしたように驚くと、さみしそうに目を伏せる。

「……私と二人なんて、ご迷惑ですよね。すみません、部長さんとお出かけできると思って、ちょっとはしゃいじゃいました」

「いや、俺は全然かまわないけど……」

 無限買い食いする女や、人を待たせて2時間立ち読みする女に比べれば、犯罪さえ起こさなければそれでいい。

 しらたまさんは瞳をキラキラさせながら顔を上げる。

「いいんですか? じゃあ私、行きたいところが──」

「……私も行く」

 不機嫌そうに、ボソリとつぶやく

「え、八奈見さん予定があるって」

「言ってないけど?」

 あれ、俺の聞き間違いか。

 最近、八奈見の言うことを自動的にスルーするクセがついてるし、気をつけないとな……。

「じゃあ日曜は三人で」

「え、えと、ヒマだから、私も行く」

 いつの間にかテーブルを囲んでいたまりが、おずおずと手を上げる。

「小鞠は用事あるんじゃ」

「お、終わらせたから」

 いつの間に。小鞠の有能ぶりに感心していると、八奈見が腕組みをしながら思案顔をする。

「どこか行くんだよね。お昼ご飯なに食べよっか?」

 もう少し先に決めることがあると思う。例えば行き先とか。

「そういえば白玉さん、さっき行きたいとこがあるって言ってなかったっけ」

 話をふると、白玉さんは俺たちを見回してから口を開く。

「私、とよかわのイオンモールに行きたいです」

「あそこか……」

 隣の市にある大型ショッピングモールだ。比較的新しく、俺もまだ行ったことはない。

 とよはし駅からモールの最寄り駅まで20分程度だし、距離的にも手ごろだな。

 さて、二人の旧部員の判断は──八奈見はうなずきながら親指を立てる。

「いいね、白玉ちゃん。あそこならお昼ご飯に不自由しないよ」

 昼食への強いこだわり。八奈見は乗り気のようだ。

「あ、あそこの書店、行きたかった」

 小鞠は興奮気味に財布の中身を数えている。数え終わると、ガクリと肩を落とす。

「ええと、じゃあみんな予定をあけておいてくれ。詳しい話はグループLINEで……」

 あれ、白玉さんの電話番号は知ってるけど、グループには入ってないよな。

 どうしたものかと思っていると、白玉さんがスマホを差しだしてくる。

「じゃあ部長さん、ご迷惑でなければLINEの交換してくれませんか?」

「え、ああ、俺でよければ──」

 ──殺気。なぜか八奈見と小鞠が俺をジトリとにらんでいる。

 これは……立場を利用して手を出そうとする男子から、新入生を守ろうとする女の目だ。

 実に具体的だが間違いない。

「そうだね、文芸部のグループに入ってもらおうかな! はい、招待したから入ってね! 文芸部のグループに!」

 必要以上の潔白アピール。しかしこの時代、身を守るために必要なスキルなのだ。

 登録が終わると、しらたまさんは嬉しそうにスマホを抱きしめる。

「入学して初めてLINEを交換しました。私の初めての人は、部長さんでしたね」

 そのセリフにたちの殺気が増していく。いまのは俺のせいじゃないだろ……?

 怖くて旧部員たちから目をそらすと、そこには白玉さんの犬のような丸い瞳。

「ふつつかものですが、よろしくお願いしますね。部長さん」

「あ、はい。こちらこそ」

 俺はこわった笑みを浮かべつつ、いちまつの不安を覚える。

 ……この人、わざと言ってるんじゃなかろうな。


          


 快晴の日曜日。新旧含めた四人の部員の姿が、イオンモールとよかわにあった。

 俺は中央通路の真ん中で、巨大な空間を見上げていた。

 ここは長くて広い通路全体が全3階の吹き抜けになっていて、通路沿いにテナントがズラリと並んでいる。いわば3階建ての商店街といったところだ。

 この手の店に来たのは初めてだが、なんかデカいな……。

 隣ではまりも口を半開きにして、吹き抜けを見上げている。

「うぇ……で、でかい」

 うん、デカい。人間、圧倒されるとそんな感想しか出てこないものだ。

 小鞠と並んでポカンと口を開けていると、ドヤ顔八奈見がフフンと胸を張る。

「仕方ないな。モール経験済みの私が、ここでの楽しみかたを教えてあげましょう」

「八奈見さんが?」

 反射的に口にすると、八奈見がジロリとけんのんな視線を向けてくる。

「ご不満ですか? 名鉄と間違えていい線に乗ろうとしたぬくみず君が?」

 だって改札一緒だし。俺が言い返そうとすると、

「私、八奈見先輩の楽しみかたを知りたいです!」

 花柄のツートーンワンピに身を包んだ白玉さんが、すかさずフォローに入ってくる。

 八奈見は満足したようにコクリとうなずく。

「白玉ちゃんは見どころがあるね。モールを100楽しむには──」

「はい! 楽しむには?」

 注目する俺たち三人に、は自信満々な口調で言う。

「まず──お茶でも飲んで一服するの」

「早くない?」

 思わずツッコむと、八奈見がヤレヤレと肩をすくめる。

「いい? この手のモールは一通り歩くだけでかなりの時間がかかるの。しかも1周するころにはいい感じに序盤を忘れてるから、気付かないうちに2周目に突入するってトラップ付きなのよ」

「ええと、新鮮な気持ちで2周できるのならいいのでは」

「いやいや、序盤になにか食べて、後半でもっとしそうなの見つけたらどうするの? お小遣いもおなかも限界ってものがあるんだからね。だからまずお茶をしながら、攻略ルートを考えるんだよ」

 小遣いはともかく、八奈見のお腹は心配いらない。俺が保証する。

「それは分かったけど、どこか喫茶店でも入るのか」

「あっちでドリンクやスイーツとか売ってるコーナーがあるの。さ、みんな行こうか」

 八奈見に連行されたのはテイクアウトのスイーツやカフェが集まったコーナーだ。

 レモネードやアイスの他、シュークリームやチョコショップもある。

 八奈見の瞳がギラリと光る。さあ、戦争の始まりだ──。


          


 コーナー横のテーブル席を確保すると、俺はの背もたれに身体からだを預けた。

「……なんで飲み物を選ぶだけでこんなに疲れるんだ」

 詳細はかつあいするが、八奈見と一緒に行動したのがまずかった。まりだけでなくしらたまさんまでフェイドアウトしたということは、八奈見の生態はすでにバレてるな……。

 アイスほうじ茶をすすっていると、テーブルの向かいに八奈見が座ってくる。

「席、いいとこ空いてたじゃん」

「空くまで頑張って待ったんだが?」

「じゃあ、ほめてあげるよ。よくできました」

 八奈見は緑色のドリンクをテーブルに置く。

 カップの底には小さく切ったわらび餅が敷きつめられ、その上には甘そうなまつちやペースト、トッピングに抹茶ソフトまで乗っている。

「……なんかすごいの買ったな」

「うん、抹茶わらび餅クリームスムージーってやつ。ダイエット中だから飲み物だけにしたの」

 言いながら太いストローで、カップの底のわらび餅を吸う八奈見。

「いやそれ、かなりカロリーあるぞ?」

ぬくみず君、これって西にしまつちやを使ってるんだよ。しかもスムージーなの」

「はあ」

 ズルズルズル。わらび餅を吸う

 ……?

「え、待って。それ説明になってる?」

 俺の当然の疑問に、八奈見が得意げな表情をする。

「温水君、ダイエットの本来の意味、知ってる?」

「え? やせることだろ」

「違うんだなー、本来は『日常の食事』って意味なの。だから私、一時的な数字の大小に一喜一憂するのはやめたんだよ」

「つまり──あきらめたのか」

「あきらめてませんけど?!

 そうか。あきらめが悪いな。

「日常の食事ってことは、日頃から気をつけろってことだろ」

「あのね、ダイエットって、もっとこうがいねんてきというか気持ちの問題なの」

「はあ」

 また変なこと言いだした。俺は脳をスルーモードに切り替える。

「ダイエットは最後はイメージなんだよ。最新のダイエット理論によれば、やせようという気持ちがカロリーを裏返すの。抹茶──スムージー──ほら、やせそうな要素がそろってるでしょ? だからこれを飲んでやせない道理はないの」

 最近のダイエット、そんな能力バトルみたいなことになってるのか。

「じゃあサラダせんべいでもつければ完璧だな」

「お、温水君も分かってきたじゃない」

 したり顔でトッピングの抹茶ソフトを吸う八奈見。ちなみにサラダせんべいの名前のらいはサラダ油だ。

 ダイエットの真実も知ったことだし、そろそろ誰か八奈見の相手を代わってくれないかな。

 あたりに視線をめぐらすが、まりしらたまさんの姿は──わりとすぐに見つかった。

 増えてきた買い物客の流れに飲みこまれ、同じところをグルグルとかいゆうしているようだ。

 小鞠も東京には住めないな。知ってた。

「すみません、お待たせしました!」

 八奈見に救出された白玉さんと小鞠が戻ってきた。

 二人が手にしているのは抹茶ソフト。白玉さんのが白玉トッピングつきなのは、ねらっているのか天然か。

「結局お二人と同じ店にしたんですけど。迷ってたら行列になっちゃって、買ったあとも迷っちゃって」

 いつものわいいしぐさでニコリとすると、俺の向かいにトスンと座るしらたまさん。

 まりがその隣に座るのを確認して、俺はテーブルにモールのマップを広げる。

「──さて、どこから攻めようか」

 が真剣な顔でマップをのぞきこむ。

「さっきフルーツサンド売ってたよね。フードコートでラーメンの食べくらべもいいし、チャオの鉄板スパも捨てがたいな。でも昼ご飯の前だしなー」

「いまの全部、昼食とは別に食べるつもりなの?」

 すでに脳をスルーモードに切り替えた小鞠は、定期的にうなずきながらまつちやソフトを食べている。

 そして白玉さんは、八奈見が冗談か本気か分からないのか、どっちつかずな笑みを浮かべている。すまない、この女は本気なんだ。

 この状況をできるのは自分だけだ。俺はアイスほうじ茶を一気に飲み干す。

「えーと、まずは目的を決めずにウィンドウショッピングとかどうだろう。ほら、せっかくだから小説のネタ探しというか、みんなで歩いて話をしたりさ」

 そもそも今回の目的は、部員同士の交流である。さらに言えば、新入部員と旧入部員に仲良くなってほしいのだ。

 俺の提案に、八奈見が得たりとばかりに頷く。

「それならお勧めの精肉店があるよ。ショーケースに肉がズラリと並んでるのはそうかんだから」

 ウィンドウショッピングとはそういうのではない。多分。

 白玉さんがポンと胸の前でてのひらを合わせる。

「じゃあまず、お洋服でも見にいきませんか? 八奈見先輩のブラウスすごく素敵だから、私の服も見立ててほしいなって」

「え、そうかな? まあちょっとふんぱつしたんだけどね。誰かさんと違って、ちゃんと見てくれる人は見てくれるんだなー」

 なぜか俺をジト目で見てくる八奈見。ちなみにその攻撃は小鞠にも効くぞ。

 だがこの流れ、乗らない手はない。俺は勢いよく立ち上がる。

「よし、じゃあさっそく行こうか!」

 小鞠がジロリと見上げてくる。

「た、食べ終わるまで待て」

「すみません、私歩きながら食べるの苦手なんです」

 ……あ、はい。そうだよね。

 俺は静かに頷くと、再び腰を下ろした。


          


 ウィンドウショッピング。買うでもなく店頭の商品を眺めて楽しむことだ。

 買わないのに買い物と名乗るのはどうかと思うが、三人のツワブキ娘はそんなことはお構いなしだ。華やかな洋服を前にテンションが上がっている。

まりちゃん、これ似合うんじゃない? 試着してみようよ」

「先輩、きっとわいいですって」

「うぇ?! え、えと……」

 訂正。小鞠は実に心地ごこちが悪そうだ。

 試着室に連れこまれそうになった小鞠が、あわてて逃げだす。

「ふ、服、着てるから! か、買わなくても大丈夫!」

 その理屈だと全裸じゃないと服買えないぞ。

 ……なんか安全な距離から、女子がワイキャイしてるのを眺めるのは楽しいな。

 今後の文芸部、俺はリモート参加でいいかもしれない。

 そんなことをそうしていると、小鞠たちから離脱したが、無遠慮に距離を詰めてくる。

ぬくみず君、楽しんでる?」

「ああ、意外と。あの二人、放っておいて大丈夫なのか」

「あの子、わりと人当たりいいし心配いらないでしょ。いい子だよ」

 しらたまさんは小鞠の身体からだに洋服を当てたりして、小鞠遊びに夢中だ。

 あの二人、意外といいコンビかもな。小鞠が死んだ目をしているのは気になるが。

「八奈見さん、白玉さんのこと苦手なんだと思ってた」

「私、後輩をいじめるような女に見える?」

 その件についてはコメントを差しひかえたい。

「ええと……彼女、八奈見さんの服をほめてたし。趣味があうとか」

 さりげなく話題をそらすと、八奈見は軽く肩をすくめる。

「あれが会話のじゆんかつってやつだよ。ほらほら、温水君もやってごらん?」

「え、俺が八奈見さんのファッションをほめるの?」

 八奈見はうなずくと、俺の前でクルリと一回転する。

 なんか薄茶色っぽいヒラヒラした感じの……ブラウスを着ているな。

 そして白系のダボッとした……ズボンだか……スカートだかを……はいている。

「なんか服に色がついてたり、ついてなかったり──」

「おう、そこからか」

 そこからです。さらに俺は八奈見を観察する。

「──全体的にオシャレだと思いますが、ブラウスのそでが少し短くないだろうか」

「これ、七分そでですが……?」

 ……七分? なにその中途半端な数字。

「ああうん、そういうのもあるよね。ただちょっと寒そうだなって」

 は心底あきれたように溜息をつく。

「あのね、暑いだ寒いだいうならオシャレをあきらめなさい──って、偉い人も言ってるの。これが正解だから覚えておいて」

「あ、はい。分かりました」

 俺は素直にうなずくと、正解を心の八奈見フォルダに収納する。整理しておくとだんしやする時に便利なのだ。まりたちが歩きだしたので、俺たちも通路を進む。

「そういえば、やきしおにも声かけるって言ってなかったか」

「記録会が近いから練習だってさ。気になるの?」

「まあ、友達だからな。そういえば今日の八奈見さん、あんまり食べてないよね」

 俺が話題をそらすと、八奈見がものげな表情をする。

「こんなこと、ぬくみず君には思いがけない話だろうけど……」

 まさか、ドクターストップでもかかったのか。

 緊張する俺に、八奈見が大人びた表情を向けてくる。

「さっきのリアクションで確信したの。私──最近少し食べすぎだったんじゃないかなって」

「え、ツッコミ待ち?」

「待ってません。ほら、うちら2年生になったでしょ? 私にあこがれる下級生のためにも、大人の女性の立ち振る舞いを心がけようかなって」

 なるほど、それはいい心がけだ。あとは八奈見にあこがれる下級生を用意すれば完璧だ。

 俺の内心を見抜いたか、八奈見が横目でにらんでくる。

「だから今日もお茶しか飲んでないでしょ。温水君って私の女子力、みくびってませんか?」

 さっきのカロリースイーツ、こいつの中ではお茶なのか。ある意味みくびっていたぞ。

「お、お前らなにサボってる」

 しらたまさんの手から抜けだした小鞠が、おぼつかない足取りで近付いてきた。

「最新モードと女子力について語っていたんだ。小鞠こそ洋服はもういいのか?」

 フルフルと首を横に振る小鞠の背後から、白玉さんが顔をだす。

「小鞠先輩、お洋服はあまり興味ありませんか? なにか他に見たいものがあれば言ってください」

「うぇ、えと、その……」

 スマホを探しながらワタつく小鞠。まずいぞ、こいつのゲージはもう0だ。

「ほら小鞠、どこか行きたいって言ってなかったか?」

 俺の助け舟に小鞠が目を輝かす。

「う、うん! ほ、本買いに行き、たい!」

 まりは一枚のカードをとりだす。図書カード。しかも5000円のやつだ。

「ほう、大人買いの覚悟があるようだな」

 小鞠は嬉しそうにうなずくと、指を二本立てる。

「ひ、秘蔵のカードの封印を解いた。二冊は、買う」

 全部は使わないんだな。実に堅実で計画的だ。いい嫁になるぞ。

 先導して歩きだそうとした小鞠が、正面からきた若者の集団におびえて俺の背後に隠れる。

 ……こいつは2年生になっても変わらないな。

 俺はなんとなく安心しながら、エスカレーターに向かって歩きだした。


          


 本のほうせんどうイオンモールとよかわ店。ややこしいが本店はとよはし市にある。

 地域最大級の売り場面積を有する書店で、地元の食材を使ったカフェもへいせつされているので、きよどうがおかしいのも当然だ。

「ほら八奈見さん。お昼ご飯はまだだって」

「分かってるって。大人女子がよだれなんてらすわけないじゃん」

 言いながらハンカチで口元をぬぐう八奈見。垂らしたのか。

 とはいえ、よだれこそ垂らさないが俺のテンションも上がっている。

 小鞠はとっとと姿を消したし、しらたまさんも新刊コーナーをのぞいている。

 さて、俺もどこからチェックしようか──。

「でも、わざわざここまで来て本を買わなくてもいいじゃん。どこで買っても一緒でしょ?」

 そのセリフに俺は肩をすくめる。やれやれ、八奈見はまだその段階か。

「八奈見さん。書店ってのは、どこでも同じように本が並んでいるわけじゃないんだ」

「つまり……カフェメニューが違うってこと?」

 違う。本って言ってるじゃん。

「いいか、書店は本と俺たちの出会いの場でもある。書店のコンセプト、それにともなう棚の配置。そしてそこに並ぶ本を見ることは、棚を預かる書店員さんとの対話なんだ」

「分かった! 店の人と交換日記とかするんだね?」

 八奈見、ちっとも分かってない。どう言えば分かってくれるのかな……。

「ええとだな、例えばクラシックのコンサートで同じ曲を聞いても、指揮者と楽団が違えば別物だろ? どんな読書体験を俺たちに提案してくれるか、書店によって全然違うんだ」

「でもぬくみず君が買うのってマンガとラノベばっかじゃん」

 ……うんまあそうだけど。店によって、けっこう品ぞろえが違うんだぞ。

 のスポンジ状の脳にも、なんとなく伝わったのだろう。

 興味深そうにグルメ雑誌を手に取る八奈見を確認すると、店内の探検を開始する。

 マンガとラノベ売り場に直行するつもりだったが、八奈見にあんなこと言われたし、他の売り場を先に見るか……。

 小説コーナーに行くと、しらたまさんが一人で文庫本の棚をじっと見つめている。

 そっと歩み寄ると、彼女が熱心に見つめているのは時代小説。

 くわしくはないが、いわゆる時代劇みたいなジャンルだという印象だ。

 俺の視線に気付いた白玉さんが、棚に伸ばしかけた手を戻す。

「部長さん? いつから見てたんですか」

「えーと、いま来たとこだよ」

 俺は白玉さんと並んで棚を眺める。

「意外だね、時代小説とか読むんだ」

「おじいちゃんの影響で読み始めたんですけど、最近ちょっとハマってて」

 白玉さんは『雨漏り長屋のご隠居さん』と書かれた本を手にとると、裏表紙のあらすじに目を通して棚に戻す。

「……部長さん、今日は私に気を遣って誘ってくれたんですよね」

「え、いやまあ……みんながもう少し仲良くなれたらなって」

 俺の煮えきらない口調に、白玉さんも迷いながら口を開く。

「八奈見先輩は私のこと苦手みたいですね。それにまり先輩には怖がられてますし」

「ええと、そんなことはないと思うよ?」

 八奈見は若さとわいさにしつしているだけだし、小鞠は誰にでもそんな感じだ。

 俺の言葉をなぐさめだとでも思ったのか、明るく笑ってみせる白玉さん。

「すみません、こんな話をしちゃって。今日は私、頑張ってお二人と仲良くなりますね」

「ああ、無理しないでね」

 俺は白玉さんを残してその場を離れると、内心で頭を抱える。

 さっきまではいい雰囲気に見えたのに、人間関係は大変だ。

 さて、これは難しいぞ。やはり八奈見は食べ物で、小鞠は薄い本で釣るしか──。

 ………………あれ? 意外と簡単だぞ。青い鳥はそこにいたんだ。

 八奈見にはお菓子でも渡せばいいか。


ぬくみず君、白玉ちゃんっていい子だね! 誤解してたよ』


 脳内八奈見のセリフも完璧、もう聞かなくてもいいほどだ。

 さて小鞠はどうしよう。店内を順番に見て回ると、実用書のコーナーに小鞠の姿があった。

 分厚いハードカバーの本を手に固まっている。

「その本がどうかしたのか」

 本に顔を向けたまま、視線だけチラリと俺に向けるまり

「え、えと、昔の西洋のドレスとか服の本で、資料にほしい、けど」

 小鞠は本の裏を見せてくる。図書カードの全力を軽く超えた金額だ。

 溜息をついて棚に本を戻すと、俺を不審気に見上げてくる。

「な、なんか用か」

「お前最近、春アニメの『定時すぎたらオシゴトです』にハマってたよな」

「あ、ああ。あれはいいモノ、だ」

 ニマリ、と邪悪な笑みを浮かべる小鞠。

「じゃあ、小鞠推しのカップリングを教えてくれ。お前の趣味だとタカヤさんが右──」

「うなっ?!

 ドス。小鞠のヒジが俺のミゾオチに決まる。

「わ、私の好みを当てる、な!」

 なんで当てて怒られるんだ。せぬ。

 とりあえず小鞠の好みは分かったし、じようのうひんをアニメショップにでも買いに行くか……。


          


 書店の次は、意外にもの希望でゲームコーナー。

 プレイしたのはVRゴーグルをかぶって、ゾンビを撃ちまくるというやつだ。

 存在は知ってたが、自分がプレイする日がくるとは思っていなかったな。四人用だし。

 プレイを終えて、八奈見が伸びをしながら小鞠に話しかけている。

「小鞠ちゃん、銃撃ったりするゲーム得意なんだ。コツとかあるの?」

「さ、殺意を、こめろ」

 前髪をかき上げながら、ドヤ顔をする小鞠。

「なるほど、殺意かぁ」

「あ、ああ、殺意だ」

 ……なぜ二人とも俺を見る。

 怖いので目をそらすと、しらたまさんと目があった。

「なんか足下がフラフラしますね。大迫力でした」

 両手の人差し指でこめかみを押さえながらニコリと笑う。わいい。そしてあざとい。

「小鞠ちゃん。あっちにエアホッケーあったし、勝負しようか」

「わ、私、意外と強いぞ」

 そうなのか。エアホッケーが強いまり、見てみたいな……。

 二人の後ろをついていこうとすると、しらたまさんが俺の服をそっと引っ張ってくる。

「あの、私ちょっと疲れちゃって。休みたいので一緒に来てもらっていいですか?」

「ああ構わないけど。ちょっとさんたちにひと声──」

 見れば八奈見たちは人混みに消えようとしている。

 追いかけようか迷っていると、白玉さんはさっきより少し強く、俺の服を引く。

「……ハッキリ言ったほうがよかったですね」

「はい?」

 耳元の声に顔を向けると、予想よりずっと近くに大きな瞳。

 次に聞こえてきた白玉さんのささやき声に、ゲームセンターのけんそうがピタリと止まる。

「──言いなおします。ちょっと二人で抜けだしませんか?」


          


 目の前のガラスケースの中には、高級感にあふれた装飾品が並んでいた。

 並んでそれをのぞきこみながら、白玉さんが小声で歓声をあげる。

「うわぁ、キレイですね。あのネックレス、アメジストかな」

「ええと、ああ、それかもね」

 白玉さんに連れてこられたのは、同じモールの中のジュエリーショップ。

 高級感あふれる店構えにすっかりされていると、白玉さんが申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい、急に誘っちゃって。興味なかったですよね」

「いや、そんなことないって。自分一人じゃ来ないから、けっこう楽しんでるよ」

「本当ですか? 部長さんってやさしいですね」

 そう言って笑顔を見せる白玉さん。

 ──俺が白玉さんの申し出を受けたのは、別によこしまなことを考えたからではない。

 彼女が八奈見たちと人間関係に悩んでいるので、助けになれればと思っただけだ。本当だ。

 そう自分に言い聞かせながら、チラリと隣の白玉さんを横目で見る。

 彼女は口元に笑みを浮かべ、ガラス越しにアクセサリーを見つめている。

 子供っぽいあどけなさと大人っぽさが同居した小さな顔を、肩まで伸ばした髪が包んでいる。

 背は八奈見と同じくらいだが、細身の身体からだは触れば折れそうなほどにきやしやだ。

 華奢だけど小鞠と違い、ひかえめだけど女の子らしい身体のラインが服越しにも分かる。

 小顔と長い手足はやきしおほう彿ふつとさせ、白くキメの細かい肌はさんを思いだす──。

 ……やっぱりこの子、相当わいいな。

 八奈見がしつするのも仕方ない。あいつも顔はいいが、手放しにしようさんできないなにかがある。

「部長さんの誕生石ってなんですか?」

「え? 俺は12月生まれだから──」

 誕生石の一覧表を見ていると、これで何度目だろう。ポケットのスマホが鳴りだした。

 ……きっとだ。

 ポケットに手を伸ばすと、しらたまさんがその上からてのひらを重ねてくる。

「へっ?!

「いまだけ、部長さんを独り占めしたらいけませんか?」

「いやあの、俺でよければいつでも……」

「じゃあもう少しつきあってください」

 白玉さんは俺に肩をトンと軽くぶつけると、店の奥に誘導する。

「部長さんの誕生石はタンザナイトですね。石言葉が知的、落ち着き──なんだかイメージにピッタリですね」

「あ、はい。よく言われます」

 俺は相づちをうちながら、ゴクリとツバを飲みこむ。

 これはひょっとして、俺に恋愛イベントが発生しているのか?

 いままで不発だった俺のモテ期がようやく仕事を──。

 ……ないな。しっかりしろ俺。

 モテない俺がわいい後輩にせまられるはずがない。

 そんなラノベタイトルのような展開は、陽キャのイケメンにしか許されていないのだ。

 だからこの展開は俺ではなく、きっと白玉さん自身の物語で──。

「ええと、私の誕生石はなんでしょう」

「……白玉さん、俺になにか相談でもあるの」

 白玉さんの笑顔がわずかに揺らぐ。

 だけど次の瞬間にそのほころびは、いつもより少しだけあざとい笑顔が覆い隠す。

「大丈夫です。部長さんにはさっき弱音を聞いてもらいましたから」

「相談じゃないなら──誰かを待ってるのかな」

 今度こそ、笑顔の仮面がはがれ落ちる。

 驚きと不安。白玉さんの顔色が少しずつ変わっていく。

「え……あの……」

「さっきからアクセサリーを見ているようで、ずいぶん周りを気にしているよね。それに俺をこの場所に足止めしようとしてるみたいだし。誰かがここに来るの?」

「それは──」

 言葉を探すように開いた唇は、再び閉じて。

 逃げだそうとする気持ちを押さえるように、足がわずかに震えだす。

「ごめん、めてるわけじゃないんだ。事情を教えてもらえば、協力できるかなって」

「…………」

 しらたまさんは両手で胸を押さえるようにして、うつむいて黙っている。

 沈黙が不安になって言葉を重ねようとした瞬間、


「──ひょっとしてリコ?」


 澄んだ声が聞こえてきた。

 スイッチが入ったように、白玉リコが顔を上げる。

 その視線の先にいたのは、20代中盤くらいだろうか。

 整った顔立ちにもかかわらず『わいい』という感想が先に浮かぶ、れいな大人の女性だ。

 この雰囲気はいうまでもない。

 白玉リコが、かすれるように声をだす。

「お姉ちゃん……」

 白玉リコの姉。

 だが俺が驚いたのは白玉姉の登場にではない。

 その隣に寄り添うように立つ男性。それは──。

「君はC組のぬくみず君だよね。どうしてリコちゃんと一緒に」

 ツワブキ高校国語教諭のなか先生だ。

 白玉姉妹に田中先生、そして──なぜか俺。

 戸惑いが支配するこの空気を破ったのは、白玉リコだった。

 強引に俺の腕を取ると、抱きつくように身体からだを寄せてくる。


「私──この人とお付きあいさせていただいてるんです!」


 っ?! 俺たち付きあってたの?! いつの間に?

 まったく身に覚えはないが、そうだとすれば白玉さんが俺を連れだしたのも、目的不明なゆるふわタイムをすごしたのもつじつまがあう。うん、ここは流れに身を任せるべきだ。

 しようげきのカミングアウトに固まっていた白玉姉が、ようやく口を開く。

「リコ、あなた彼氏いたの? そんな話、初めて聞いたから……」

「ごめんなさい。お姉ちゃんたち、結婚式の準備で忙しそうだったから言いそびれちゃって」

 そう言って、明るく笑う。

 明るい笑顔にそれ以上言えなかったのだろう。白玉姉は戸惑いを隠せないまま、俺に視線を向けてくる。

「あなたはいつからリコと、その……お付きあいを?」

「へっ? いやその、いつからというか、シュレディンガーの猫的な……」

「お姉ちゃん、私の彼氏に変なこと聞かないで」