天愛星ていあらさんとのみつかいをすませた俺は部室に直行。扉を開けると、まりがジロリと不機嫌な視線を向けてくる。

「おそーい、ぬくみず君」

「ど、どこで油うってた」

「ごめん、ちょっと用事があって」

 俺はに座ると、カバンから調査書を取り出そうとして──手を止めた。

 ……これ、こいつらに見せても大丈夫だろうか。

 迷っていると、八奈見がノートをテーブルの上に置く。

「なにこれ」

しらたまリコのことを調べてきたの。二人で1─Fに話を聞きに行ったんだよ」

「え、小鞠も?」

 ドヤ顔でうなずく小鞠。

「い、1─Fの時間割、覚えてきた」

 役に立たない知識だな……。

 ノートに手を伸ばすと、八奈見が素早くそれを押さえてくる。

「……見ちゃダメなの?」

「ここには本当のしらたまちゃんの姿が書かれているの。あの子にデレデレしてたぬくみず君が、この真実に耐えられるかな?」

「し、死ね」

「あー、うん。多分大丈夫」

 もっとヤバい人、たくさん見てきたし。

 とはいえがそこまで言うのだ。きっと彼女の闇がつづられているに違いない。

 覚悟を決めてノートを開く。ええと、まずはクラス男子の白玉さんに関する印象か──。


『話しかけてくれた』『消しゴム拾ってくれた』『シャンプーのいいにおいがする』


 ……闇は男子たちの方が深い気がする。

 俺は気を取り直して、続きを読む。


『多分俺に気がある』『いや俺だが?』『俺は消しゴム拾ってもらったんだけど』

『俺なんて3回拾ってもらったぞ』


 ……うん、こんな感じか。俺はひようけしながら顔を上げる。

「白玉さん、いい人じゃん。消しゴム拾ってくれるんだぞ」

「いやいや4月だってのに拾いすぎじゃない?! そんなに落ちる?」

「意外と落とすんだって。そして誰も拾ってくれないのもセットだ」

 コクコクとうなずまり。消しゴム落としの闇は深い。

「つまり白玉さんは、消しゴム拾いの妖精さんってことで」

「待って、女子からの評判も読んでください! 泣いても知らないよ?」

 まだ続きがあるのか。俺は再びノートに目を落とす。


わいい』『お人形さんみたい』『いい匂いがする』『別の意味で分からせたい』


 ……うん。じやつかんあやういが、女子にも評判はいいようだ。

 八奈見が若さにしつしているだけで、白玉さんはやっぱりいい子だ。えーと続きは……。


『男子に色目を使ってる』『男にびすぎ』


 ……あれ、なんだか流れが変わってきたぞ。俺はページをめくる。


『男子にチヤホヤされて調子のってる』『彼氏に振られた』『それ関係なくない?』

『彼氏にあの子を紹介してって頼まれた』『それ本当に彼氏?』『消しゴム拾ってくれた』


 1年女子、ツッコミがようしやない。そしてここでも消しゴム拾ってる。

 俺はもう一度じっくり読み返すと、ノートを閉じた。

「ひょっとして……しらたまさんってモテるから、ねたまれてるだけじゃないか?」

「私も少しはモテるんですが?!

 いや、の話はしていない。

 まりがノートをパラパラめくりながら、えんりよがちに口を挟む。

「で、でも、悪い子じゃなさそう……」

「小鞠ちゃん、だまされちゃダメだよ。彼とはそんなんじゃないって言って、いつの間にかくっつくのがやつらの手なんだよ。けしからんよ」

 ジワリとあふれだすえん。そして話がズレてきた。

「八奈見さん、俺たちは彼女に入部してもらうのが目的だろ? それに停学してるくらいだから、問題を抱えてることは間違いないわけで」

「それはそうだけどさ……」

 八奈見の勢いが落ちる。よし、一気にたたみこむぞ。

ぬき先生はそれも含めて、俺たちに託してくれたんだ。これまでの恩を返すチャンスだと思って──」

 ……小抜先生に恩か。自分で言っててウソくさい。

 思わず口ごもる俺の前で、八奈見が複雑そうな表情でうなずく。

「まあ、それを言われると弱いよね。小抜先生にはずいぶんとお世話になってるし」

「え、八奈見さんそんなこと思ってたんだ?」

「待って、私がそんな恩知らずに見えるの?!

 うん、見えてた。

 恩知らずの俺と小鞠が意外そうな視線を向ける中、八奈見は立ちあがって先月からそのままにしていた壁のカレンダーを破る。

「まあ、仕方ないね。とりあえずは様子を見ましょうか」

 明日、4月16日。白玉さんの停学明け、再登校が始まるのだ──。


          


 自宅のリビングの扉を開けると、甘い香りがただよってきた。

「お兄様お帰りなさい!」

 パタパタと駆け寄ってきたのは妹のじゆだ。

 俺は佳樹の頭越しに台所を眺める。

「この匂いはアンコでも煮てるのか?」

「ピンポーン、正解です。賞品は佳樹一生分です!」

「ああ、それは豪華景品だな」

 佳樹の冗談を受け流しながら、コンロの鍋をのぞきこむ。

 中に入っているのは、アンコの汁と小さな白いだんだ。

「へえ、ぜんざい作ったんだ。もちじゃなくて団子か?」

「はい、しらたま団子です。どうぞ味見してください」

 差しだされた小鉢には、どろりと煮込まれたアンコと丸い白玉団子が一つ。

 偶然とはいえ、白玉が入ったぜんざいを見ていると、なんジャスでの顔合わせを思いだす。

 なか先生と白玉さんは一体どういう仲なのか──。

 気もそぞろに、そえられた木さじを手に取ると、佳樹が真面目な顔で口を開く。

「お兄様、団子はノドに詰まりやすいので気を付けてくださいね」

「ああ、心配しなくても大丈夫だって」

 軽く言って食べようとすると、佳樹が俺の手を握ってくる。

「佳樹?」

「──白玉団子は表面がツルツルして口当たりがいいので、事故の可能性が高いんです」

 佳樹は手をつかんだまま匙で白玉をすくい、俺の口の中に入れてきた。

 アンコは予想よりずっと甘味がひかえ目で──むしろ塩気の方が強く舌に伝わってくる。

「白玉は、よーくかんでつぶして……そうやって食べるのがお勧めです」

 口の中に伝わる塩味と、すぐそばにせまる佳樹の口元だけの笑顔──。

「お兄様……気をつけてくださいね?」

 俺は無言でうなずくと、ゆっくりと白玉団子をかみしめた。


          


 翌日の放課後。

 文芸部の部室では、まりがソワソワと身じろぎをしていた。

ぬくみず君、本当に白玉ちゃん来るんだよね?」

「大丈夫だって。ぬき先生から連絡あったし」

 これからついに、おつとめ帰りの白玉さんが見学に来ることになっているのだ。

 小鞠はよほど落ち着かないのか、さっきから立ったり座ったりを繰り返している。

まりも落ち着けって。お前も先輩になるんだから、ドンと構えてないと」

「せ、先輩……っ?!

 目を丸くして立ちつくす小鞠に、うなずいてみせる。

「それもそうだね。小鞠ちゃん、ぬくみず君相手に先輩の練習してみなよ」

 なにそれ。だが小鞠の先輩観は気になるぞ。

「よし、俺が練習台になろう。小鞠、遠慮せずに先輩風を吹かせてくれ」

「え、えと、なにをすれば」

 八奈見は余裕の表情で腕を組む。

「温水君にして欲しいことを言えばいいんだよ。肩もませたり、ジュース買いに行かせたり」

「……八奈見さん、しらたまさんにそんなことさせちゃダメだからな?」

「じゃ、じゃあ温水──」

 小鞠は俺を見下ろしながら、言葉を続ける。

「あ、頭……なでろ」

 ……? 思いがけない要求に部室が静まり返る。

「いや、だから小鞠が先輩役だって。先輩が甘やかされても仕方ないだろ」

「で、でも、して欲しいこと言えって……」

「……小鞠ちゃん?」

 なぜかシリアス顔をする八奈見。

 えーとよく分からんが、小鞠は後輩プレイを要求する先輩役を演じたということか? なかなか高度なしゆこうだな……。

 感心していると、部室の扉がいつの間にか少し開いている。

「おう……なんか変なことしてる」

檸檬れもんちゃん久しぶり!」

ちゃん、久しぶり。今日は新人来るんだって?」

 やきしおは練習着姿で部室に入ってくると、八奈見の隣にストンと座る。

「もう練習終わったのか?」

「オーバーワーク気味だから、コーチが少し休んでこいって。朝から走りまくってたのバレちゃってさ」

 そう言って、プロテインのシェーカーを振る焼塩。

 シェーカーを八奈見と反対側の手で持っているのは学習の成果である。

「順調なんだな」

「まあね、楽しみにしててよ」

 雨上がりのヒマワリを思わせる、明るい笑顔。

 もう俺が心配をする段階ではないし、きっとすでにずっと遠くにいるのだろう。

 それに少しばかりのさみしさを感じるのは、わがままだよな──。

 楽しそうに話をする三人娘を眺めていると、再びゆっくりと扉が開いていく。

「ええと、こちら文芸部の部室ですよね……」

 恐る恐るといった感じで顔を出したのは──しらたまリコだ。

 不安そうな顔をしていた彼女は、俺と目が合うと安心したようにほほんだ。

「君が玉ちゃん? 入っておいでよ!」

 やきしおが声をかけると、白玉さんは恥ずかしそうにうつむきながら入ってくる。

 俺たちの視線にされたようにしばらく黙っていたが、勢いよく頭を下げる。


「ええと、1年の白玉リコです。当面は仮入部ということで……お世話になります」