◇
「おそーい、
「ど、どこで油うってた」
「ごめん、ちょっと用事があって」
俺は
……これ、こいつらに見せても大丈夫だろうか。
迷っていると、八奈見がノートをテーブルの上に置く。
「なにこれ」
「
「え、小鞠も?」
ドヤ顔で
「い、1─Fの時間割、覚えてきた」
役に立たない知識だな……。
ノートに手を伸ばすと、八奈見が素早くそれを押さえてくる。
「……見ちゃダメなの?」
「ここには本当の
「し、死ね」
「あー、うん。多分大丈夫」
もっとヤバい人、たくさん見てきたし。
とはいえ
覚悟を決めてノートを開く。ええと、まずはクラス男子の白玉さんに関する印象か──。
『話しかけてくれた』『消しゴム拾ってくれた』『シャンプーのいい
……闇は男子たちの方が深い気がする。
俺は気を取り直して、続きを読む。
『多分俺に気がある』『いや俺だが?』『俺は消しゴム拾ってもらったんだけど』
『俺なんて3回拾ってもらったぞ』
……うん、こんな感じか。俺は
「白玉さん、いい人じゃん。消しゴム拾ってくれるんだぞ」
「いやいや4月だってのに拾いすぎじゃない?! そんなに落ちる?」
「意外と落とすんだって。そして誰も拾ってくれないのもセットだ」
コクコクと
「つまり白玉さんは、消しゴム拾いの妖精さんってことで」
「待って、女子からの評判も読んでください! 泣いても知らないよ?」
まだ続きがあるのか。俺は再びノートに目を落とす。
『
……うん。
八奈見が若さに
『男子に色目を使ってる』『男に
……あれ、なんだか流れが変わってきたぞ。俺はページをめくる。
『男子にチヤホヤされて調子のってる』『彼氏に振られた』『それ関係なくない?』
『彼氏にあの子を紹介してって頼まれた』『それ本当に彼氏?』『消しゴム拾ってくれた』
1年女子、ツッコミが
俺はもう一度じっくり読み返すと、ノートを閉じた。
「ひょっとして……
「私も少しはモテるんですが?!」
いや、
「で、でも、悪い子じゃなさそう……」
「小鞠ちゃん、だまされちゃダメだよ。彼とはそんなんじゃないって言って、いつの間にかくっつくのがやつらの手なんだよ。けしからんよ」
ジワリとあふれだす
「八奈見さん、俺たちは彼女に入部してもらうのが目的だろ? それに停学してるくらいだから、問題を抱えてることは間違いないわけで」
「それはそうだけどさ……」
八奈見の勢いが落ちる。よし、一気にたたみこむぞ。
「
……小抜先生に恩か。自分で言っててウソくさい。
思わず口ごもる俺の前で、八奈見が複雑そうな表情で
「まあ、それを言われると弱いよね。小抜先生にはずいぶんとお世話になってるし」
「え、八奈見さんそんなこと思ってたんだ?」
「待って、私がそんな恩知らずに見えるの?!」
うん、見えてた。
恩知らずの俺と小鞠が意外そうな視線を向ける中、八奈見は立ちあがって先月からそのままにしていた壁のカレンダーを破る。
「まあ、仕方ないね。とりあえずは様子を見ましょうか」
明日、4月16日。白玉さんの停学明け、再登校が始まるのだ──。
◇
自宅のリビングの扉を開けると、甘い香りがただよってきた。
「お兄様お帰りなさい!」
パタパタと駆け寄ってきたのは妹の
俺は佳樹の頭越しに台所を眺める。
「この匂いはアンコでも煮てるのか?」
「ピンポーン、正解です。賞品は佳樹一生分です!」
「ああ、それは豪華景品だな」
佳樹の冗談を受け流しながら、コンロの鍋をのぞきこむ。
中に入っているのは、アンコの汁と小さな白い
「へえ、ぜんざい作ったんだ。
「はい、
差しだされた小鉢には、どろりと煮込まれたアンコと丸い白玉団子が一つ。
偶然とはいえ、白玉が入ったぜんざいを見ていると、
気もそぞろに、そえられた木
「お兄様、団子はノドに詰まりやすいので気を付けてくださいね」
「ああ、心配しなくても大丈夫だって」
軽く言って食べようとすると、佳樹が俺の手を握ってくる。
「佳樹?」
「──白玉団子は表面がツルツルして口当たりがいいので、事故の可能性が高いんです」
佳樹は手をつかんだまま匙で白玉をすくい、俺の口の中に入れてきた。
アンコは予想よりずっと甘味が
「白玉は、よーくかんで
口の中に伝わる塩味と、すぐそばに
「お兄様……気をつけてくださいね?」
俺は無言で
◇
翌日の放課後。
文芸部の部室では、
「
「大丈夫だって。
これからついに、お
小鞠はよほど落ち着かないのか、さっきから立ったり座ったりを繰り返している。
「
「せ、先輩……っ?!」
目を丸くして立ちつくす小鞠に、
「それもそうだね。小鞠ちゃん、
なにそれ。だが小鞠の先輩観は気になるぞ。
「よし、俺が練習台になろう。小鞠、遠慮せずに先輩風を吹かせてくれ」
「え、えと、なにをすれば」
八奈見は余裕の表情で腕を組む。
「温水君にして欲しいことを言えばいいんだよ。肩もませたり、ジュース買いに行かせたり」
「……八奈見さん、
「じゃ、じゃあ温水──」
小鞠は俺を見下ろしながら、言葉を続ける。
「あ、頭……なでろ」
……? 思いがけない要求に部室が静まり返る。
「いや、だから小鞠が先輩役だって。先輩が甘やかされても仕方ないだろ」
「で、でも、して欲しいこと言えって……」
「……小鞠ちゃん?」
なぜかシリアス顔をする八奈見。
えーとよく分からんが、小鞠は後輩プレイを要求する先輩役を演じたということか? なかなか高度な
感心していると、部室の扉がいつの間にか少し開いている。
「おう……なんか変なことしてる」
「
「
「もう練習終わったのか?」
「オーバーワーク気味だから、コーチが少し休んでこいって。朝から走りまくってたのバレちゃってさ」
そう言って、プロテインのシェーカーを振る焼塩。
シェーカーを八奈見と反対側の手で持っているのは学習の成果である。
「順調なんだな」
「まあね、楽しみにしててよ」
雨上がりのヒマワリを思わせる、明るい笑顔。
もう俺が心配をする段階ではないし、きっとすでにずっと遠くにいるのだろう。
それに少しばかりのさみしさを感じるのは、わがままだよな──。
楽しそうに話をする三人娘を眺めていると、再びゆっくりと扉が開いていく。
「ええと、こちら文芸部の部室ですよね……」
恐る恐るといった感じで顔を出したのは──
不安そうな顔をしていた彼女は、俺と目が合うと安心したように
「君が玉ちゃん? 入っておいでよ!」
俺たちの視線に
「ええと、1年の白玉リコです。当面は仮入部ということで……お世話になります」