「という感じで聖女たちは生き延びました。アークさんが殺した四人の遺体は魔物にやられた形で処理しました。それに加えて上位種の魔物に殺された四人、ウル先輩が捕らえた捕虜一人が成果になります」

 演習が終わりアーク家の屋敷の防音室で交渉屋から聖女たちの様子を聞いていた。

 アブソリュートは交渉屋の手腕を試すために、聖女の取り巻きである聖騎士の処理を任せた。結果、交渉屋は教会と同じように魔物を使って聖騎士たちを襲わせたのである。

(下準備で魔物を何体か捕まえるように頼まれたがこういうことだったのか。さすがは交渉屋だ。転移だけじゃなくこういった仕事を任せられる人材は貴重だ。捕まえて正解だったな)

「聖女は本当に殺さなくてもよかったんですか?」

「ああ。今回の計画は聖女一人で立てたものではないだろう。敵の規模を見るために聖女を泳がしておいたが、やはり教会全体が絡んでいるのは間違いあるまい。今回奴等を逃がさないために証拠を集めたのだ」

「アークさんがまた裏で殺せばそれで終わりませんか?」

「聖騎士のような下端ならそれで終わった話だが、聖女や枢機卿のような立場がある者の処理は慎重に行わなければならない。それにこういう奴等を相手するにはいろいろとやることがあるのだ。全く宗教というものは面倒だ」

 主にやることと言えば証拠集めと外堀を埋めることだ。

 聖女が主犯の司教と共にいる所を映像の魔道具で記録している。あとは枢機卿の証拠があれば言うことはないが、これだけでも正当に聖女を排除することができる。

 どうするか悩んでいると交渉屋が声をかける。

「アークさん取引をしませんか?」

「ほう……言ってみろ」

「現状まだ教会を仕留められる証拠はありませんよね? なら僕がライナナ教会の上層部が逃げられないような証拠を持ってきます。その代わり見返りとして僕を奴隷から解放してくれませんか?」

 アブソリュートは少し考え込む素振りを見せる。

(交渉屋はできない交渉はしない。ということは証拠についてある程度がついているのだろう)

「『交渉屋命令する』証拠の心当たりについてすべて話せ」

 現在奴隷である交渉屋は主人であるアブソリュートの命令に逆らうことができない。

「スイロク王国の闇組織ブラックフェアリーのアジトに裏帳簿という物がありまして、僕を通じて帝国と人身売買を何度かしていました。その中にネムリア枢機卿のサインがあるんですよ。それが証拠になるかと思いまして」

 交渉屋は悔しそうに心当たりについて吐き尽くした。奴隷の身分では主人に対して対等な交渉などできないのだ。

(スイロク王国か……勇者が闇組織から国を救う次のイベントの場所だったな。原作と違いレオーネ王女と縁のない勇者はイベントに関われないだろう。だからこのイベントは正直どうでもいい。だが証拠があるなら長期休暇の時に行くのはありだな)

「話は分かった。もしそれが本当に持ってこられるのならお前を解放してもいい」

「本当ですか?!

「ただし、解放は十年後だ」

 アブソリュートは今後国との戦いが起きる事を前提で行動している。その上で見いだした数字が十年だった。

 交渉屋は十年という長い月日に絶望する。

「もう少しなんとかなりませんか?」

「これは譲れないな。もしくは別のものでも構わないぞ? さて、話は終わりだ。私は学園に事情聴取で呼ばれているからマリアたちに遅くなると伝えておけ」

 交渉屋はアブソリュートにとって有効な駒だ。故に最大限に譲歩したつもりではある。

 話は終わり、アブソリュートは部屋から出ていった。その背中を交渉屋はずっと見つめていた。





 アリシアのグループは総勢七人の女子のみで構成されている。グループの中心になるのは勿論アリシアだ。

 アリシアは派閥内に収まらず他派閥や他クラスでも人気が高い。勇者と過ごす間に培われたその面倒見のよさと、あのアブソリュートすら受け入れる人柄のよさで令嬢カーストのトップ層に君臨している。勇者の婚約者というブランドがなくてもその地位は揺るがなかった。

 アブソリュートたちが生き残りをかけて奮闘している間、アリシアたち女子グループは伸び伸びと演習を楽しんでいた。

 原作では勇者やレオーネ王女が加わり波乱の演習になったのだが問題の二人はグループにいない。今は全員で火を囲って談笑しながらゆったりとした時間を過ごしていた。

「アリシアさんは勇者様のこと今はどう思っているんですか? やっぱり離れて寂しいとか思います?」

「ちょっと貴女デリカシーがないわよ」

 勇者との婚約破棄の話題は皆気を遣って話さなかった。それが話題に出たことにより雰囲気が少しピリついた。

「あはは、大丈夫よ。そうね、家が決めた婚約だからそういった感情はなかったわね。向こうも私をそんな風に見てる感じはしなかったし、離れても意外と寂しくはなかったかな」

 悪くなった雰囲気を搔き消すように苦笑いしながら答えるアリシア。事実勇者と離れてから、彼女は平和な日々を過ごしている。平和すぎて落ち着かないほどだ。

「そっかー、確かに女心分かってなさそうでしたもんね。勇者様は今冒険者をしているんでしたよね?」

「えぇ、一応王家の方からの報告にソロでBランクまでは一気に上がれたらしいけど、それ以上はやっぱり今の実力だと厳しいみたい。……全く、今のままだと一生飼い殺しにされると分かっているのかしら。だからあれほど訓練は真面目にしなさいって言ったのに……スキルにぐらをかいてサボってばかりで、ホントにアルト君は……」

 今この場にいない勇者のことを考え始めると止まらなくなる。冒険者のランクは冒険者ギルドの試験と評価によって決まる。短期間でBランクまで上がるのはかなり優秀な部類に入るが、それが勇者だと話が変わってくる。

 いくらまだ学生といえど勇者なら最低でもAランクにはなっていないと話にならない。

「この前もお金がなくて餓死しそうになってる、って見張りの人から連絡が来て食料を仕送りしてあげたのよ? もう私ほとんど関係ないのに……でも見捨てるのも後味悪いし、ホントにどうしようもないんだから。はぁ……」

 頭を抱えてボヤくアリシアをグループのメンバーたちは苦笑いしながら見つめていた。

 こういう変に面倒見のいいところが、彼女が慕われる理由なのだろう。

 話を変えるようにグループの一人が話す。

「まぁ、勇者様の話は置いといて皆さんはクラスの中で誰がタイプなんですか?」

 その言葉を聞いて他のメンバーはニヤリとする。この手の話は女子の鉄板ネタであり全員が食いつく話題だ。

「私は断然ミカエル王子派! カッコいいし性格もいいなんて完璧じゃない!」

「いやいや、それならトリスタンさんだって負けてないでしょ。あの剣以外に興味がない感じストイックで素敵だわぁ」

「えー、でもトリスタンさん二学年上の婚約者に頭が上がらないらしいですよ。イメージと違くないですか?」

「私は生徒会長のベルベット先輩ですかね。いつも凛としていて憧れちゃいます」

 それぞれが思い思いの男子の名前を挙げていく。そんな中アリシアは黙り込んでいた。

「アリシアさんは誰なんですか?」

「……えっ?」

 突然自分に振られて驚くアリシア。だがすぐに平静を取り戻す。

「わ、私は……ア…」

 アリシアは一瞬出かけた名前をみ込んだ。自分と彼は結ばれないし自分からそれを拒んだのだから。

「……アルト君以外がタイプかしら?」

 無理やり誤魔化したがこれについては闇が深そうなので誰も言及することはなかった。

 それから暫くして教員がアリシアたちの前に現れ演習の中止が伝えられる。

 少し名残惜しかったが彼女にはとてもいい思い出となった。





 波乱の演習から数日挟み、登校日を迎える。

 登校日の朝、レディは身支度として初めに母親譲りの青の長髪をき、髪型のセットを行う。こういうことは普通の貴族ならよっぽど生活が苦しくない限りは侍女に任せてしまう場合が多い。

 だがレディの場合、想い人には常に美しい自分を見てほしいと思い自分で納得のいくまで手入れを行うようにしている。侍女に任せるより自分でやった方が時間もかからないし、どうすれば輝けるかは自分が一番よく分かっているからだ。

 いつものように髪をセットするため大きな鏡の前に座り鏡に映る自分を見つめる。鏡に映る自分はいつもよりゆううつな顔していた。

 原因は分かっている。演習中にあろうことか気絶してしまい、仲間や想い人であるアブソリュートに多大な迷惑をかけてしまったからだ。気絶する前のことは記憶にないが今回の失態は一歩間違えば死人が出ていたのだ。

 到底許されることではない。

 それなのに仲間は気絶した自分を心配し、アブソリュートも気にするなとしか言わない。いっそ責めてくれれば楽になれるのに仲間たちはそれを許さなかった。

(これが罰というなら仕方ないですわね。ああ私はなんてことを……。あろう事かアブソリュート様にまで迷惑をかけるなんて。これではせっかく積み重ねてきた好感度が無駄になってしまいますわ)

 レディは大きなため息をき鏡の前にいる自分を見つめる。

 桜色の唇に白い肌、毛質は細くさらさらとした青い髪、同年代の令嬢と比べると頭二つ抜けて優れた容姿……いつもと変わらないはずの見た目が本人には少し暗く見えた。憂いを帯びているといえば聞こえはいいだろうがいつもの自分ではない雰囲気に違和感を覚えてしまう。

(酷い顔をしていますわね。お母様が男にだけは溺れるなと言っていたことも今なら理解できる。アブソリュート様のことで一喜一憂して……ホントに何しているのかしら)

「はぁ……ダメですわね。こんなことではまた失敗をしてしまう。しっかりしないと」

 鏡の前で自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 こんな状態でアブソリュートに会うのは躊躇ためらわれる。今の醜い自分を見せたくない。

 そう思いつつもやはり会いたいという気持ちは抑えきれず、いつもより時間をかけて髪をセットしてからメイクを施し部屋を後にした。





 登校してレディはいつものようにAクラスの教室に入る。先日の演習の件もあり教室には空席が多い。聖女を含めた教会グループは全員欠席。それにレオーネ王女の姿もない。

(あれ? アブソリュート様もいない……どうしたのかしら。いつもならもう来ていてもおかしくないのに珍しいですわね)

「ご機嫌よう、オリアナ……あとミストも。アブソリュート様がいないようですけど何か知ってる?」

 二人と軽い挨拶を交わしアブソリュートについて聞いてみた。

「今日はまだ見てないっすね。遅刻じゃないんすか?」

 ミストが答えるとオリアナも首を横に振っている。

 アブソリュートがいないことにレディの表情が暗くなる。言葉にはしないが内心ストレスで心中は荒れていた。

「アブソリュート様が遅刻するはずがないでしょ! 発想が陳腐すぎるわ。だから貴方はいつまで経ってもミストのままなのよ……」

 レディは心の中で毒づいた。

「いや、声に出してましたからね。あと、人の名前を悪口みたいに言うのやめましょうよ」

「ミスト草」

「おい、オリアナ。草ってなんすか。何も面白くないでしょうが」

 そんなやり取りをしている間に、時間となり担任のティーチが教室に入る。数日しか経っていないはずなのにどこか懐かしく感じる。

「よう、お前ら。演習は波乱だったと聞いている。残念なことに犠牲者が出てしまったが、それでもお前らとまた会えたことを嬉しく思う」

 クラスの全員を見て悲しい顔でティーチは言った。今回の演習での犠牲者はAクラスに所属するライナナ教会の聖騎士たちだ。クラスの者たちも惜しむような顔をする者がちらほらいた。

「加えて残念な知らせがある。レオーネ王女が緊急な用件で帰国するそうだ。またこの学園に戻るかは分からない。本人もお前らに別れを告げられない事を惜しんでいたそうだ」

 いきなりの知らせにクラスがざわめく。

(いきなりですわね……スイロク王国が危険な状態なのは知っていたけど、避難させていた王女を呼び戻すってことは問題が解決したか、もしくは……)

 レディは不意にミストの方を見る。演習終わりの際、一番レオーネ王女と仲がよかったのは彼だ。アブソリュートが見守ってやれと言っていたので、もしかしたらかなりいい感じの仲になっていたのかもしれない。

 ミストはいつも通りのひょうひょうとした顔に見えるが、長い付き合いのレディからすると少し寂しそうに見えた。

「それと残念な知らせはもう一つある」

 これ以上にまだ何かあるのかと生徒たちに不安が広がる。

「アブソリュート・アークに無期限の停学処分が下された」

「「「え?」」」

 クラス中が驚く。

 いきなりの知らせにレディの頭が混乱する。

「アブソリュート様が……どうして……もしかして」

 レディの頭の中をある可能性がよぎりそう考えると顔から血の気が引いた。

「私の…せい……」

「私は正直この処分※納得※※※ない。原因はレ※※※※※から※※※※、※※を※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」

 どうで心臓の鼓動が速くなり呼吸も乱れる。ティーチの言っている言葉が聞き取れず視界も徐々にかすむようにゆがんでゆきレディは気を失った。