「よくやったミスト、後は任せろ」

 聞きたかった人の声が聞こえた気がしたが、そこでミストの意識は途絶えた。





「起きたか?」

 ミストは目を覚まし、現在背中におぶられている状態である。

「アブソリュート様?」

 ミストは状況を理解し、どうやら自分は助かったようだとあんした。

「ようやくお目覚めとは、遅すぎるぞ。不遜にも程がある」

 人に対してこの情けのない対応、正しくアブソリュート・アーク本人である。

 先ほど修羅場を体験した身としてはこんな対応でも不思議と嬉しく感じてしまう。

「いや、さっきまで死闘を繰り広げていた俺にかける言葉ですかね? まぁ、アブソリュート様らしくてどこか安心してしまう俺も慣れたもんですけど」

 ミストはアブソリュートの背中から降りようとするが、アブソリュートによって制止された。

 回復魔法で治療したとはいえ体力は戻らないのだから無理はするなと。

 アブソリュートの言葉に甘えて暫くおぶってもらうことにした。

「助けてくれてありがとうございます。よく間に合いましたね」

 アブソリュートが出て行ってから十五分も経っていないはずだ。

 なぜミストの元へ駆けつけることができたのか分からなかった。

「お前のスキルのおかげだ。あれは外から見たら嫌でも目立つ。あれを見て非常事態と知り駆けつけることができた、スキルを使ったのは英断だったな。それで目覚めたばかりで悪いがお前の話を聞かせてくれ、何があった?」

 ミストはアブソリュートが離れた後の事を話した。結界が破られ上位種の魔物に襲われたこと。レディが気を失って助けが呼べなかったこと、レオーネ王女と共に上位種のオーガと戦ってマリアに助けられたこと。その後魔物の大群が現れて自分が殿になってマリアたちを逃がした事。

「そうか……お前の結界が破られたこと、レディの件、不可解な点はあるが状況は分かった」

「アブソリュート様聞いてもいいすか……」

「なんだ?」

「今回上位種の魔物が結界を破って急に襲ってきたり、倒したと思ったら魔物の大群が来たりとおかしいことが続いています。自然発生とは考えきれない。どこか作為的に感じるんすよ。もしかして何か知っていたりします?」

「……」

「別に責めているわけではないです。でも……」

 アブソリュートはしゃべらない。ミストは声を震わせながら続ける。

「でも、こんな時に頼ってくれなかったのは悔しいです。俺ら任務の時もずっと一緒にやってきたじゃないすか! 仲間じゃないんですか。こんな時くらい頼ってくれても……」

 ミストはアブソリュートのことを信頼していたが、アブソリュートはミストのことを信頼していなかったと思うと涙が止まらなかった。

 アブソリュートが口を開き言葉を紡ぎだす。

「悪かったな……許してくれとは言わない。だがこれは必要なことだった」

 アブソリュートは続ける。

「情報源は言えないが、今回の件は教会が前から計画していたことだ。恐らく学園や、もしかしたら身内の中にも協力者がいる可能性があった」

「教会がアーク家を目のかたきにしているのは勇者の件で知っていましたが、アブソリュート様は俺らの中にいるかもしれない協力者を警戒していたと?」

「仮に協力者がいて私が計画を見抜いていると知られ、計画を変えられたら今頃被害が大きくなっていたかもしれない。故に情報を知る者を最小限に抑えておきたかった」

 原作の中ではアーク家傘下の者の中でミカエルや勇者たちに、アーク家や派閥の情報を売った者がいる。そのことが胸の中でシコリとして残りアブソリュートは仲間のことを信用はできるが信頼まではできなかったのだ。

「マリアさんも知らなかったのは?」

「あれは意外と噓をつくのが下手だからな」

 アブソリュートは小声で考えを整理するようにつぶやく。

「転移阻害の魔道具をマリアに持たせて結界内の転移を封じたが、まさかブラウザ家の結界を破って突入するとは思わなかった。オーガの上位種ぐらいで結界は破れないはずだがどうなっているんだ?」

 思ったより根が深い問題のようでミストは驚いた。確かに誰が味方か分からない状態では打ち明けられないだろう。一応はそれで納得することにした。

「でも、いいんですか? 聞いといてなんですけど俺にそんなこと話して」

 ミストが協力者だとしたら、どこかで得た情報源の存在をバラしてしまう可能性があるはずだ。次から情報源が使えなくなるかもしれない。

 アブソリュートは鼻で笑って答えた

「フンッ。お前が敵の協力者だったらな。だが、私はそう思ってはいない」

「?」

「お前ははたから見たら軽薄な態度が鼻に付く薄っぺらい奴だ」

「……酷い言われようっすね」

「だが、お前は自分を犠牲にして仲間を守った。仲間を守るために自らの命をかけて魔物の大群に立ち向かったお前を私は疑わない」

「アブソリュート様……」

「ほら着いたぞ」

 アブソリュートの背中から降りて辺りを見渡す。

 気づいたらミストたちは本部まで来ていた。本部にはBクラスのクリスたち、先に避難していたオリアナや治療を受けたレオーネ王女たちの姿があった。

「ブラウザさん?!

 レオーネ王女はミストの姿を見ると側まで駆けつけた。

「ブラウザさん、怪我はないですか!」

 レオーネ王女はミストの体をペタペタ触って怪我の有無を調べた。

「アブソリュート様に助けてもらいましたから大丈夫っす。レオーネ王女も無事で何よりです」

 ミストの怪我の確認が終わると、レオーネ王女はミストの体に腕を回してミストを強く抱きしめた。

「れ、レオーネ王女? あの……さすがにマズイっすよ、皆が見てます」

 女性特有の柔らかい感触が体を包み込み、ミストの心拍数が速くなる。

 王女の体を触るわけにもいかず両手を上げた状態のミスト。

「貴方が私をかばって死んだと考えたら……本当に申し訳なくて……ああぁよかった、生きててよかったぁ! ごめんなさい、貴方を置いて行ってごめんなさい」

 泣き出すレオーネ王女、ミストの体に回した腕の力が強くなる。ミストはどうしていいか分からず、目でアブソリュートに助けを求める。

「左手をレオーネ王女の腰に回して、右手で頭をでて落ち着かせろ」

 焦っていたミストはアドバイスに従いミストはレオーネ王女を落ち着かせた。

「レオーネ王女、貴女が無事でよかったです。でもさすがにこれはマズイんじゃ……」

「ミスト、お前は体を張って王女を助けた英雄だ……王女の抱擁を受ける権利がある。受け取っておけ」

 アブソリュートはミストに向けて言った。

(英雄……? あぁ王女を逃したからか……)

 幼い頃に夢見た英雄になる夢。魔物の大群から王女を守るために一人残って生還した英雄。一時だけで当事者しか知らないことだが確かに叶ったと言える。

「ありがとうミスト! 貴方が無事でよかったわ」

 抱擁をしながらミストの顔を見上げる形でお礼を言うレオーネ王女。その笑顔は少し赤みがかっていてとても綺麗だった。

 その笑顔だけで報われたように感じた。





 クリスたちBクラスのアーク派閥グループも夜に森の中を彷徨うろつくのは危険と判断して野営の準備を進めていた。

 テントを張り終え、夕食をすます。

 クリスたちはき火を囲んでまったりとした時間を過ごしながら、今日のことを振り返るように会話をしていた。

 そんななか、木々の向こうから誰かがやってくるような気配がした。

 さっきまでのクリスたちのなごやかな空気は一変し、張り詰めたものに変わる。

 警戒するクリスたちの前に現れたのはまるで舞踏会にいるかのように髪を巻いている少女だった。

「貴女は……ゼン家のクリスティーナ様ですね?」

 初めに切り出したのはクリスだ。

「ご機嫌よう、アーク派閥の皆さま。ええ、私はAクラスのクリスティーナ・ゼン。こんな所で奇遇ですね」

 クリスティーナは優雅にお辞儀をして答える。

 ゼンと言えば上位貴族の公爵家であり当主はライナナ国の宰相を務めている家だ。クリスたちは上位貴族相手にあまりいい思い出がないので警戒心が高まる。

「初めまして、このグループの代表クリス・ホセです。ゼン公爵家の方が一人でいったいなんの御用でしょうか?」

 まさか闇討ちということはないだろうが、いきなり上位貴族の令嬢が一人でアーク派閥である自分たちの元に現れたのだ。警戒しないわけにはいかない。

「そう警戒しないでいいわよ、ホセ。ただ近くを散歩していたら友人の傘下の者たちがいたから声をかけただけよ。他意はないわ」

「魔物がいる森を一人で散歩ですか、それはそれで怪しいと思うのですが……それに友人? レディやオリアナのことですか」

(Aクラスにいるアーク派閥ならレディやオリアナが妥当だけど、見た感じ二人と相性は悪そうだ。レディは計算高い女、クリスティーナ様はガツガツいく女みたいな感じで正反対の性格だ。オリアナは自他ともに認める陰キャラだからクリスティーナ様のような派手で我の強そうな人とは口も利かないだろうし、もしかしてミストかな?)

「いいえ、アブソリュート君のことよ」

 シーーーーーー

 アブソリュートの名前を出した瞬間空気が凍りついたかのように静かになり、クリスたちの警戒心はMAXになる。

 警戒した理由は一つ『アブソリュートに友達がいるはずがない』。

 アブソリュートのスキル【絶対悪】は周りの人間すべてに作用する。あの嫌悪感を上回るほどの感情を抱ける人はそういない。それに傘下である自分たちさえ友人認定されているか怪しいのに、あの心の壁の厚いアブソリュートに友人がいるはずがないのだ。

「噓ですね。アブソリュート様からは貴女のことを聞いたことは一度もありません。本当の目的はなんですか? あんまりしつこいとアブソリュート様を呼びますよ」

 まるで警戒心の強い女が何かあるとすぐ警察を呼ぼうとするかのごとく、アブソリュートを呼ぼうとするクリス。

「……そんな理由で呼んだら怒るんじゃない、彼? 後、本当に友人よ? 空いてる時間とかよく話をするしとても仲良くさせてもらっているわ」

 クリスティーナの発言に間髪入れずに突っ込むクリス。

「噓ですね。アブソリュート様は休み時間は本を読んだりして、ゆっくり過ごしたい感じの人なんです。貴女に口を利くはずがありません!」

 クリスはある意味でアブソリュートの一番の理解者である。裏の国防に携わること意外はほぼアブソリュートのことを把握している。誕生日に好きな食べ物から休みの日の過ごし方、屋敷の使用人の名前までしっかりとリサーチしているのだ。余念がない。

 実際、クリスの言っていることは当たっている。アブソリュートは何かとからんでくるクリスティーナを初めは無視していたがあまりにもしつこいので嫌々対応しているのが現状である。

「本当なのに……まぁいいわ、別の目的があるのも事実ですしね。貴方たちの口からアブソリュート君の事を知りたいのよ」

 クリスティーナの目的を知りクリスの目が鋭いものへと変わる。

「アブソリュート様が言わないことを私たちに話せと? そんな簡単に口を割る奴アーク派閥にはいませんよ」

「そうじゃないわ。貴方たちから見たアブソリュート君のことを知りたいのよ。彼あまり自分のことを喋らないじゃない?」

「アブソリュート様は寡黙な方です。ペラペラと自分を吹聴して回るような人ではありませんよ。質問を返すようで申し訳ないですが、なぜアブソリュート様について知ろうとするんです?」

 クリスの問いにクリスティーナはクスリと笑みを浮かべて答える。

「ふふっ、単純な理由よ。彼がどういう人間かを見極めるためよ」

「見極めてどうする気ですか?」

「どうもしないわ。私は友人としてライバルとして彼のことを知りたいだけよ。それで納得してもらえないかしら?」

 彼女の話を聞きクリスは考える、彼女が信用できるかどうかを。

 クリスが考えをまとめていると、後ろに控えていた同じグループの獣人の女子がクリスティーナの目の前に立つ。

「おいおい!! さっきから黙って聞いていたら、見極めたいからボスについて話せだぁ? 舐めた真似してんじゃねぇよ、テメェなんのつもりだ、ぶち殺すぞっ!」

 この粗暴な口調をしているのがアブソリュートに次ぐアーク派閥の問題児、ウリス・コクトだ。虎の特徴である鋭い爪と黄と黒の耳を併せ持つ獣人の彼女はかなり喧嘩っ早い性格をしており、あの器の大きいアブソリュートでさえたまに眉をしかめるほどだ。自分より爵位の高い貴族相手に平気で殴りかかるし、教員にも嚙みつく問題児だが戦闘面に関してはAクラスにも劣らない頼りになる存在だ。

 ウリスの実家コクト家は『蟲』という闇組織を運営しており、その上にアーク家がいるので彼女はアブソリュートのことを尊敬の念を込めてボスと呼んでいる。

「ちょっと! ウリス落ち着いて!」

 クリスは何とか彼女を落ち着かせようとするが一度スイッチの入ったら止まらないのがウリス・コクトだ。

 殺気ビンビンでクリスティーナに近づく。

「……貴女は確か以前ウチの派閥の者を痛めつけてくれたウリス・コクトね。噂にたがわぬ狂犬ぶり……いや狂猫ね。貴女本当に貴族なの?」

 クリスティーナの言葉に額に青筋を立てたウリスは彼女の胸ぐらをつかみ、凄むようににらみつける。

「テメェさっきから喧嘩売ってんだろ……あーしはなぁ、同じ派閥でもねぇのにボスに付きまとう奴とあーしを猫扱いする奴には容赦しねぇぞ」

 凄むように睨みつけるウリスに対してぜんとした表情を崩さないクリスティーナ。

 一触即発の空気に外野の者たちは息を吞む。

「猫ちゃんその手を離しなさい。アブソリュート君の派閥に手荒な真似はしたくないけど、そっちがやる気なら私も上位貴族として格の違いを見せつけなければならないわ」

「やってみろよ、糞女」

 二人は睨み合い空気が張り詰める。

 クリスは睨み合う二人の間に入って、なんとか二人を仲裁しようと試みる。

「ストーーーップ! 二人とも落ち着いて……」

 クリスは勇気を出して止めに入るがその声は届かなかった。

「皆! 魔物がきた!! 準備して」

 見張りをしていたグループのメンバーが魔物の襲来を告げる。

 爆発寸前だった空気が魔物の襲来で一変する。

 クリスティーナやウリスも睨み合うのを止めて臨戦態勢に入った。

「チッ! 先に魔物から片付けるか……それで魔物の数は?」

「とにかくたくさん! いきなり現れて既に私たち囲まれてる」

 ウリスが辺りを見まわすと確かに魔物の大群に囲まれていたのだ。

「ああん? どうなってんだ?」

 いきなり現れた魔物の大群に驚くウリスたち。

(見張りが気づかず魔物の大群が現れるなんてあり得るか? それにこの数、これは非常事態だ)

 クリスは現状を非常事態と判断して空に魔法を打ち上げた。

「非常事態と判断したので救援を呼びました。これで先生たちやアブソリュート様が来てくれるはずです。クリスティーナさん申し訳ないですがそれまで力を貸してもらえませんか?」

「えっアブソリュート君が?」

 クリスティーナはアブソリュートの名前を聞くと少し考え込んでから言った。

「構いませんが条件があります。貴方たちがいては戦えないので二手に分れましょう。私が貴方たちの逃げる道を作るので貴方たちは撤退しながら追ってきた魔物に対処をしてください」

 無謀にも思える条件にクリスは目を見開く。

「えっ? 何を言ってるんですかクリスティーナさん。いくらAクラスの貴女でも無茶ですよ」

「いらない心配よ、私せんめつなら得意分野なの。『バーニング』」

 クリスティーナが発動した波のような大きな炎が魔物の大群に襲いかかり、どんどん魔物の大群を吞み込んでいく。圧倒的な火力と炎の量で魔物たちを焼き払った結果、クリスたちの逃げ道を作ることに成功したのだ。

 でたらめな威力に高レベルの魔法。開いた口がふさがらない。

「これは上級魔法ですか……さすが公爵家ですね」

「ゼン公爵家は火に愛された家系。すべての火属性魔法を使うことができるのよ? 私は加減ができないから間違って燃やしても困るわ。ほら道ができたから早く行きなさい」

(凄い威力の魔法だ……固有魔法かな? 確かにこれなら一人でも応援が来るまで耐えられるかもしれない。だが……っ!

「悪いけどあーしも残るからクリス、後よろしく」

「ウリス?!

「どうせ、この女一人残したら後々ボスや派閥に響いてくるとか考えてるんだろ? だからあーしが残ってやるって言ってんだ。それにコイツがホントにボスの友人の資格があるのかあーしが見極めてやるよ」

 その通りだった。クリスティーナ一人残して自分たちが逃げて彼女に何かあった場合、責任はアブソリュートに行くのが目に見えていたが故にクリスは迷ってしまっていた。

 クリスティーナはウリスの発言を興味深そうに聞いていた。

「ふぅん。ただの暴れん坊というわけではないようね。でも貴女も行ってくれた方が、邪魔が入らなくて楽なのだけれど?」

「テメェの理由なんか知るか! 魔物は半分に分ければいいだろうが! あーしより先に全部倒したらボスについて話してやってもいいぜ?」

「そう……ならいいわよ。貴女の勝負受けてあげる」

「ウリス……」

「クリス何悩んでやがる! 今はテメェがリーダーだろうが! しっかりしやがれ!!

 ウリスに背中を押されて、決断する。

「すみませんクリスティーナさん、ウリスをよろしくお願いします。行こう皆」

 クリスたちはクリスティーナに背を向けて走り出した。

 横からクリスたちに魔物が襲いかかろうとしていたので、クリスティーナは炎でバリケードを作ってクリスたちの避難のサポートをする。クリスたちが無事逃げ切ったのを確認してから、彼女は再び魔物の大群と対峙した。

「こいつら殲滅したら演習一位間違いなしね。アブソリュート君も私を無視できなくなるんじゃないかしら」

「ハッ、やってから言いやがれ」

「そのつもりよ。それではコクト対戦よろしくお願いしますわ」

 二人は互いに背を向け合い魔物に向かっていった。

(一応危なくなりそうなら助けてあげられるように見ておかないといけないわね。他派閥であってもノブリスオブリージュの精神は忘れてはいけないわ)

 クリスティーナは自分の勝利を信じて疑わない。なぜなら自身が一番だと確信しているからだ。





 クリスたちBクラスのアーク派閥グループは、現在二度目の魔物の大群と遭遇しなんとか撤退を試みようとしていた。魔物の目的はクリスたちだ。魔物の半分以上がクリスティーナたちを避けてクリスたちを追ってきていた。何度か抗戦しつつその度に怪我人を抱え現在追い詰められていた。

「くそっ! 次から次へときりがない」

「クリス! もう追いつかれる」

 魔物はもう目の前まで迫ってきている。自分たちにはあの魔物の大群に抵抗できる力は残されていない。

 ダメかと諦めかけた時、ようやく救援が駆けつけた。

 救援に来たのはアブソリュート・アークだ。

「トア、魔物の大群を殲滅できるように魔法の範囲を拡張しろ」

 契約している献身の精霊の支援を受け、魔法を発動する。

 献身の精霊の能力の一つである『魔法範囲の拡張』によりアブソリュートの闇の魔力が視界に確認できない距離まで広がる。

「ダーク・ホール」

 アブソリュートが来るまでクリスたちの元へついていた精霊のトアが魔法を補助し闇の魔力がさらに大きく膨れ上がる。先ほどまでクリスたちを追い詰めていた魔物たちが一瞬で魔力の腕に捕まり闇の中に引きずり込まれていった。

「お前ら生きているか?」

 クリスたちはアブソリュートが来たことが分かると、張り詰めていた糸が切れたように崩れ落ちる。

「アブソリュート様来てくれたんですね!」

「あぁ、それより早くここから離れるぞ? もう少しで本部に着く、クリスよく耐えたな」

「ありがとうございます。ですが、クリスティーナ様とウリスが僕たちを魔物から逃すためにまだ森の中にいるんです!」

「あの女とウリスが?」

(なぜクリスティーナがクリスたちと? いや、クリスティーナは原作でこの演習で命を落とした。もしかしてクリスたちを守るために……)

「アブソリュート様お願いします。クリスティーナ様とウリスを助けてください」

(私はクリスティーナが死ぬのを分かっていて放置した。だが、クリスティーナが私の傘下の者たちを助けたとあらば今からでも助けに行くべきだな。まぁウリスがいるなら初めから行かない理由はないか)

「話は分かった。お前らは急いで本部に向かえ」

 アブソリュートは急いでクリスティーナたちの元へ向かった。





 クリスティーナとウリスは初めは数千いた魔物の大群からなんとか生き残っていた。魔物の半分以上はクリスたちの方へ流れたが残りの魔物を二人で殲滅したことになる。

 魔物と戦った後ウリスは大の字で仰向けに寝転び、その近くにクリスティーナは腰を落としていた。

「貴女のそのスキル? 反則じゃないかしら……あんなの使われたら勝負にならないじゃない。私の獲物も奪っていくし」

 クリスティーナはウリスが戦っている姿を思い出す。体のサイズが数倍になり魔物たちを見下ろしながらじゅうりんしていく姿を。

「ああ? ただの【獣化】のスキルだぜ? いちゃもんつけんじゃねぇよ。まぁ、久しぶりに使ったら理性とびそうで結構やばかったなぁ。あーしはしばらく動けねぇし、気づいたら終わってたから、この勝負引き分けでいいぜ?」

 勝ち誇った顔で気分よく笑うウリスを見て、あきれてため息をつくクリスティーナ。

「ハァ、貴女の反則負けよ。それより獣化のスキルって……使うと皆あんなに大きくなるものなの?」

「さぁな、あーしの周りの奴らはそこまで大したことはねぇな。種族や力によるのかもな。ただ……」

「ただ?」

「ボスの所にいる獣人のメイドはあーしより遥に強くてデカくなるぜ。そいつには気をつけることだな……あいつはあーしらとは格が違う」

「さすがに噓でしょう?」

 ウリスは肩をすくめるだけで何も言わなかった。

 正直クリスティーナはウリスをいくら威勢がよくても下位貴族だと下に見ていた。だが、ふたを開けてみれば半分以上クリスたちの方へ流れたとはいえ、千に近い魔物を倒したとあってはその実力を認めざるを得ない。

「強そうなのがあらかた向こうにいったからってのもあるだろうけど、早く終わったわね。彼ら大丈夫かしら」

「まぁボスが向かってるなら大丈夫だろ」

「凄い信頼ね……それじゃあ私たちも移動しましょうか。おぶってあげるから感謝しなさいウリス・コクト」

 家名ではなくフルネームで呼んだ。

 クリスティーナがウリスを認めたということだ。

 ウリスはそれに気づく様子もない。

 移動しようとクリスティーナが立ち上がった瞬間、事は起こった。

「貴女たちやりすぎだよ」

 ザシュッ!

「い?!

 何者かが後ろからクリスティーナを斬りつけた。背中が熱く、痛い……。血の流れる背中に手を回すと、ヌルリとした感触が伝わる。傷は浅くなく、その場で膝をついてしまった。

 後ろを振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。

「貴方は……聖女の護衛の? 貴方がどうして私を……」

 斬られるまで彼の気配に全く気づかなかった。まるで先ほどいきなり魔物に囲まれた時のような違和感を覚える。

「エヴァンだ。クラスメイトの名前くらい覚えておいてほしいね。クリスティーナ様」

 エヴァンと名乗った聖騎士は地面に膝をついたクリスティーナを見下ろしている。ウリスの方にも抵抗できないように他の聖騎士三人が骨を折るなどしていた。

「悪いけど弱い人の名前は覚えるつもりはないの……それでなぜこんなことを?」

「さぁな。俺は命令に従うだけだ。悪いけど抵抗しないでくれ」

 答える気はないようだ。聖騎士エヴァンは再び剣で斬りつけようとする。

「糞女れ! 殺されるぞ!」

「くっ、ファイヤーボール」

 クリスティーナはとっに抵抗しようと魔法を放つ。放たれた魔法は聖騎士エヴァンに直撃するも、炎の中で体を燃やしながらくぐり抜けクリスティーナに再び一撃を与えた。気力でなんとか耐えていたクリスティーナの体はこの一撃で限界を迎え地面に倒れた。

「糞女!!

「あり……えない。炎をくらいながら攻撃してくるなんて。命が惜しくないの……」

 聖騎士エヴァンは事前に聖女のスキル【扇動】を受けて脳のリミッターが外れており、痛み度外視の行動を可能にしていた。

 そしてクリスティーナはとっに抵抗したものの、人を殺したことのない彼女は無意識のうちに手加減してしまい威力の弱い魔法を使ってしまった。結果エヴァンに攻撃を許してしまったのだ。

 エヴァンと他の聖騎士はクリスティーナとウリスの上に馬乗りになる。どうやらすぐに殺さなかったのは初めからもてあそぶ気があったからのようだ。

 本来教会の掲げた正義のために己を律し続けるのが聖騎士だ。だが聖女のスキルで理性をなくし、魔物を放ち人を手にかけるストレスが精神に影響した結果タガが外れてしまい本能に走ってしまった。

「残念だったな、アーク派閥に味方しなければ貴女の番はまだ先だったのに。せっかくだ、楽しませてもらうぜクリスティーナ様」

 血が流れ意識が朦朧として身動きが取れないクリスティーナたちに、聖騎士たちは欲望のままに覆いかぶさった。





 クリスティーナは朦朧とした意識の中思い出した。

 クリスティーナの父親はライナナ国の宰相を務めており多忙を極めていた。娘に構うこともなく仕事にいそしんでいる父や、パーティーやお茶会に出てばかりの母を見て自分に興味がないのだと悟ってしまった。

 泣いても、駄々をこねても使用人たちが困るだけで両親は気にも留めなかった。

 自分に興味のない父を振り向かせるためにクリスティーナは一番にこだわり続けた。幼いながらに結果を出すことで関心を引こうとしたのだ。

 幸いなことにクリスティーナには才能があった。やればやるほど魔法の腕は上がり学力も身に付いていく。

 ミカエル王子の婚約者候補を集めたお茶会を開いた際、同年代の令嬢とは比べ物にならないテーブルマナーや言葉遣いで一気に差をつけ、婚約者候補筆頭にまで上り詰めることもできた。

 だが、変わらず両親は自分に見向きもしない。幼い頃に両親によって注がれるはずだった愛情は依然空のままでクリスティーナの心に空洞ができてしまった。

 満たされない心に苛立ち、クリスティーナは傘下の貴族たちにも当たるような嫌な子供になってしまい両者の間に溝ができてしまった。この時クリスティーナは本当に一人になってしまったのだ。

 それでもクリスティーナは己を高め続けた。だが、クリスティーナにも心境の変化が起きる。

 ミカエル王子の十歳の記念パーティーで、傘下の貴族を庇うアブソリュートの姿を見て心境が変わっていく。

 アブソリュートのことは昔から知っており、少し嫌な感じはしたが同じ公爵家でたまに出たパーティーでは同じ一人ぼっちの、どこか同族だと感じていた。

 そんなアブソリュートが傘下の貴族を庇う姿を見てから、たまに出るパーティーで彼の周りに人がいる所を見ることが増えた。最初は二人、その後徐々に数は増えて彼は人に囲まれるようになった。

(彼、一人ぼっちじゃなくなった。孤独が終わったんだ)

 クリスティーナが同族の彼に抱いた感情は素直によかったという思いだった。そして、人に囲まれているアブソリュートの姿を見てそっちの方がいいとも思った。

 もう理想の両親を追うのはやめて自分も彼のようになりたいと思うようになった。だが、十五歳になった今でも周りとの溝は埋めることができずクリスティーナは一人のままだった。

 学園に入学してアブソリュートと再会した。依然彼の周りには人がいる。クリスティーナは知りたかった。どうやってアブソリュートは変わったのか。それとも周りが変わったのか、自分に何が足りなくてどうすればいいのか。

 入学してからクリスティーナはアブソリュートに絡むようになった。勝負を挑んだり、何か問題が起きたらフォローを入れたり、休み時間は話かけたりと積極的に交流を図った。純粋に彼の力を見て力比べをしたい気持ちもあったがそれよりもアブソリュートのことが知りたかったのだ。

 初めは相手にしてくれなかったが、しつこく食い下がって行くうちに面倒そうにしながらも相手をしてくれるようになった。もう友達と言えるのではないだろうか。だが彼は自分のことをあまり話さない。

 だからクリスティーナはアーク派閥の傘下の者から聞こうと考えた。同じクラスのレディ・クルエルはアブソリュートのことになるとヒステリーになるのでダメだ。

 オリアナ・フェスタは話しかけてもかたくなに口を開こうとしないし、ミスト・ブラウザに至っては信用できないので論外だ。

 だからBクラスのアーク派閥に接触することにした。幸いにも演習にてBクラスのアーク派閥と自分たちに決められた進路が近かった。クリスティーナのグループはゼン家の派閥で構成されていても仲は冷え切っているので途中で抜けても問題なかった。少し寂しかったが今はそれがありがたかった。

 その後Bクラスのアーク派閥と接触して口論になり、魔物の大群がきたりクラスメイトに斬りつけられたりして、現在死にそうになっていた。

 原作では学園でも自分と同じずっと一人のアブソリュートのことが気になり、彼について知ろうとアーク派閥に接触し魔物の大群に襲われ、アーク派閥を逃して一人応戦している所を聖騎士になぶられ殺されてしまう。

 そして今、原作通り女として人としてあらゆる面で殺されようとしている。だが、抵抗しようとしても体がもう動かない。

(私は一人のまま死ぬのだろうか。両親は私が死んでも何も思わないだろう。使用人たちは多少は惜しんでくれるかもしれない。傘下の皆はざまぁみろとか思うのかなぁ。アブソリュート君はどうだろうか? 結局彼のことは最後まで分からなかった。私は友人だと思ってるけど、彼はどう思ってるのかな……私の死を多少は惜しんでくれるだろうか。そうだったら嬉しいな)

「貴様ら何をしている」

(アブソリュート君の声が聞こえる)

 声の後、上に乗っていた重い物が消えて、冷たくなりかけていた体から体温が戻ってくる。いつの間にか体の痛みも消えて呼吸も楽にできるようになった。

 痛みがなくなり落ち着いたからか少し眠くなってきた。クリスティーナは重いまぶたをゆっくり閉じて眠りに落ちた。





「お前ら何をしている」

 アブソリュートは怒気を込めて言葉を発する。

 アブソリュートがクリスティーナたちの元へ駆けつけると、その場にいた聖騎士たちが馬乗りになり女性の二人を襲おうとしていた。聖騎士たちは興奮状態でアブソリュートが来たことにまだ気づいていないようだった。

「ダーク・ホール」

 馬乗りになっている聖騎士たち四人を魔力の腕を使い、クリスティーナたちから引き離して拘束する。

「なんだこれは!? 動けない!」

 騎士たちはアブソリュートの魔力の腕によりがんがらめに拘束された。

 アブソリュートは拘束した聖騎士たちを放っておいてクリスティーナたちの元へ行く。服装が乱れた二人に闇の魔力に収納している毛布をかけ、クリスティーナとウリスに回復魔法をかける。重傷だったクリスティーナの顔色が徐々に青白い色から赤みがかった肌色に戻っていく。念のため呼吸と脈が正常だったのを確認してウリスの方へと向かう。

「ありがと、ボス。助かった」

「遅くなったなウリス。大丈夫か?」

 ウリスはアブソリュートが掛けた毛布を抱いて力なくお礼を言う。

 回復魔法をかけて傷は回復したが心の傷は治らない。いつもの雰囲気ではないウリスをみて心配になる。

「うん……大丈夫。ボスが来てくれたからやられる前に助かった。ごめん、こんな奴らにいいようにされかけるなんて……」

 ウリスは悔しさで涙を流している。ウリスを傷つけた聖騎士たちにさらに怒りがわく。アブソリュートは彼女を抱きしめ落ち着くように言う。

「忘れろ。私がなかったことにしてやる」

「……うん」

 アブソリュートはスキルで威圧しながら闇の魔力で拘束している聖騎士たちの方へ向き直る。よく見ると聖騎士たちは見覚えのある顔だった。中には勇者との模擬戦の後アブソリュートに嚙みついてきた者の姿もある。

「汚れた聖騎士たちよ、何か言い残すことはあるか?」

 聖騎士たちはアブソリュートの威圧が効いていないのか、未だ敵対心のこもった瞳でアブソリュートを見据えている。

「この手を離せ! アブソリュート・アーク」

(かなり強めで威圧してるのに戦意剝き出しとはこの感じもしかして……)

 アブソリュートは聖騎士たちを拘束している魔力の腕に力を込めて腕や足を破壊する。

 バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ

 聖騎士たちは痛みで叫ぶことなく離せと先ほどと同じ主張を繰り返す。

(痛みを感じていない。やはり聖女のスキルがかかっているのか……性欲に対して悪だと一般人より厳しく己を律している聖騎士だから、理性がなくなって歯止めが利かなくなり暴走したってところか)

 だが、いくらスキルの影響とはいえクリスティーナやウリスを傷物にしようとした事実は変わらない。

 アブソリュートは見覚えのある顔の聖騎士に話しかける。

「そこのお前確か同じクラスだったな。貴族のクリスティーナやウリスに手を出そうとするとは許されると思っているのか?」

「お前じゃねぇエヴァンだ! 糞っ、アブソリュート・アーク、このまま俺らを拘束して情報を引き出すつもりか。だが残念だったな、俺らには教会がついている。教会の指示のもと俺らは正しいことをしたんだ。聖女様たちが助けてくれるまで俺らは何も話さないからな」

 教会という大組織がバックについているエヴァンは強気だった。他の聖騎士たちも同じことを思っているのだろう。

 アブソリュートはその言葉に首を振った。

 それはどこか冷酷さを感じさせた。

「いや、お前らはここで殺す」

「……は?」

 ぽかんとした顔をする聖騎士たち。

 アブソリュートは話を続ける。

「聞こえなかったのか? お前らはここで殺すと言ったんだ。情報も証言も何もいらない……ここで殺す」

「殺す……クラスメイトの俺らを? 俺らは情報を持っているんだ。普通聞き出すだろ。それに俺たちを殺したら捕まるのはお前だぞ! 分かっているのか!」

「情報については問題ない。もっと上の者に聞くことになっている」

「何を言って……」

「アークさん、言われた通り聖女と共にいた魔物を操っていたと思われる司教を捕縛しました」

 エヴァンの言葉を、遮った男はいきなり現れた。

 見たことない仮面をしている男。こんな奴学園にいなかったはずだ。

「そうか……ウルは優秀だな。期待通りの仕事をしてくれた。これで心置きなくコイツらを始末できる」

 アブソリュート・アークが殺意のこもった瞳で聖騎士たちを見つめる。聖騎士たちは聖女のスキルで脳は恐怖を感じなくなっていても本能でこれから自身の死を感じてしまい手や足が震え、汗が噴き出す。

「ほ、本当に殺すのか?」

「当たり前だ。私が悪だと知っているだろう? それに前に忠告したよな? 『二度目はない』と」

 アブソリュートの言葉が本気のものだと確信し表情が固まる聖騎士たち。その表情をみて満足そうな顔をするアブソリュート。

 これまで多くの悪を葬った悪人でありライナナ国の悪を支配するアーク家の後継者。

 どれほど転生前の価値観に引っ張られて人を殺すことに罪悪感を抱こうとも、今の彼の本質は紛れもなく悪なのだ。

「ダーク・ホール」

 アブソリュートが魔法を発動し、魔力の腕が聖騎士たちの首を絞めていく。

「アブソリュート・アークである私は悪だ。だが弱い正義は悪以下だ、汚れた聖騎士たちよ」

 叫び声も上がらずただ人を握り潰した時のニブイ音がこの場に響いていた。



 聖騎士たちの遺体は交渉屋を使ってこの場から転移させる。

「聖騎士たちが襲ってきたのは予想外だったが支障はない。交渉屋、後は頼んだぞ」

「あっ、はい。え〜と……」

 交渉屋は何か言いたそうにしている。人を殺して機嫌の悪いアブソリュートは交渉屋にあたるように言った。

「なんだ? 言いたいことがあるならさっさと言え」

「はいっ! さっきの聖騎士の奴ら生かしておいた方がよかったんじゃないですか? 確かに上の奴は捕らえましたけど、証拠は多いほうが良いのでは?」

 確かに証拠は多い方がいいだろう。加えてコイツらはゼン公爵家の令嬢にまで手を出したのだ。教会にしてみれば痛い失態だろう。だがそれはできない理由があった。

「確かにお前の言うことは正しいだろう。アイツらを使えばゼン公爵家を巻き込んで教会をつぶせたかもしれない。クリスティーナとウリスを犠牲にしてな」

「ん?」

「告発するにはコイツらがやった悪事を公にしなければならない。その場合、先ほど起こった女性暴行未遂も公になる。決して許される事ではないからな。だが、貴族というものは体裁が大事だ。結婚前に傷物になっているかも分からない令嬢など価値はないからな。貴族としては死んだも同然だ。よくて一生軟禁、悪ければ修道院送りになって一生を過ごす事になる」

「要するに二人の体裁を守るために殺したってわけですね。体裁を子供より大切にするなんて貴族の世界ってのはわからないですね」

「そういうものだ」

 貴族間は常に足の引っ張りあいだ。故に体裁を大切にし、隙を作らないようにしている。

 アブソリュートだってそうだ。傘下の者を守るために周りに弱みを見せないようにしている。

「あっそうだ。ここに来る前にアークさんのグループの方から霧が出ていましたよ」

「なんだと?」

 アブソリュートは風の魔法を使い体を空にまで持ち上げる。確かにミストたちのいる方向に霧が発生しているのが確認できる。

(あの霧はミストのスキル……ということは向こうにも敵が来たか。レディに何かあって合図が送れなかったか?)

 地面に降りて急いで指示を出す。

「交渉屋、ミストたちの元へ向かう。近くまで転移しろ」

「彼女たちはどうするんです?」

「本部の近くまでお前が転移して連れて行け。ウリス歩けるか?」

「大丈夫。そこの女もあーしが担いでいくからボスは早く行ってあげて……後、そいつのこと交渉屋って」

 ウリスも闇組織の人間だ。交渉屋の存在を知っているだろうが今は説明している時間はない。

「ウリス命令だ。交渉屋のことは誰にも言うな。交渉屋は本部の近くまでウリスとクリスティーナを連れて転移しろ」

「了解。また後でね、ボス」

 ウリスたちが転移したのを確認してアブソリュートは自分のグループの元へ戻っていった。





 欲望のままに蹂躙しようとする聖騎士が私を襲おうとゆっくり近づいて来る。

「来ないで……」

 消えそうなほど小さな声をなんとか絞りだす。

 だが聖騎士に慈悲はない。

 聖騎士は襲おうとするのをやめない。体は言うことを聞かず聖騎士に押し倒されてしまう。

 闇に心が吞まれ侵食されていき自分を、見失っていった。

 その直後、クリスティーナは目を覚ました。目を覚ますと初めに知らない天幕のような物が視界に映る。

「ここは?」

 クリスティーナが当たりを見回すと側に見覚えのある人物が控えていた。

「起きたか?」

「ウリス・コクト?」

 寝ていたクリスティーナの側にいたのは先ほどまで共に戦っていたウリス・コクトであった。

「そうだ、あーしだぜ。状況はわかるか? 聖騎士たちから殺されそうになったところをボスが救ってくれた。その後、あーしがお前を本部まで運んで来たってわけだ」

「アブソリュート君が? そう……彼に借りができてしまったわね」

「あーしは無視かよ、別にいいけどな。それとこの演習中止になるらしいぜ」

「中止……どうかしたの?」

「さっき教員の奴らが知らせに来たんだよ。あーしらのグループの他にもボスのグループや聖女のグループも魔物に襲われたらしいぜ。ウチらやボスたちは怪我だけで済んだけど聖女のグループはほとんど死んでいて壊滅状態。さすがに中止は避けられなかったな」

(聖女のグループに死者……それってもしかして……)

 クリスティーナの頭に自分たちを襲った聖騎士たちの姿がぎる。

「ねぇ……さっきアブソリュート君が私たちを聖騎士から助けたって言ったわよね? 私たちを襲った聖騎士たちはどうなったの?」

「……知りたいかい?」

 ウリスの雰囲気がガラリと変わる。彼女の今の雰囲気は、まるで『聞いたらもう戻れないぞ』と言っているかのようだった。ウリスの雰囲気に吞まれたクリスティーナだったが少し考えて静かに首を横に振った。

「……止めておくわ。アブソリュート君は私を助けてくれた、それだけで納得することにする」

 クリスティーナは踏み込むことをやめた。アーク家が闇組織とつながっているのは知っているし、アブソリュートが裏で何かしていてもおかしくはない。だが、目の前でそれを肯定されたらアブソリュートへの見る目が変わりそうで怖かった。クリスティーナはアブソリュートのことを友人だと思っている。

 故にこれ以上知ることをやめたのだ。

「そうかい、あんたがいいなら何も言わねぇよ。それと今回のことだが……」

「分かってる……これが公になったら私と貴女は貴族として終わる。だから妙なことはするな、でしょ? 犯人は死んだみたいだし、未遂だから大丈夫よ。勿論機会があればふくしゅうするけど」

 今回聖騎士による暴走を指摘してもクリスティーナが損するだけで得るものもない。犯人が死んだことで仕方なく留飲を下げることにした。

「それならいいさ。全く、貴族の女ってのはこんな時でも黙ってるしかねぇんだからどうしようもねぇな。まぁ、うちはボスが黙ってねぇから泣き寝入りは殆どねぇけどな。教会は終わったな」

「ねぇ、アブソリュート君のこと聞かせてくれる約束だったわよね? 教えてほしいことがあるのだけど」

「結果は引き分けだろ、何勝った気でいるんだよ。まぁいいや、言うだけ言ってみろや」

「昔はアブソリュート君って派閥の中でも一人のように見えたのだけれど、どうやって貴女たちと和解したの?」

 クリスティーナは知りたかった。自分と同じ一人だったアブソリュートの環境が変わった理由を。

 ウリスは前で腕を組み少し考えてから答える。

「ん〜、上手く言えねぇけど、ゆっくり時間をかけてが答えになるんじゃね?」

 ウリスは続けた。

「あーしらの場合は皆ボスを誤解していた。だからそれに気づいた奴が頑張ってあーしたちのボスへの誤解を解こうとしたんだよ。そいつが頑張ってくれたおかげで時間はかかっちまったけど誤解は解けたって感じだな」

「そうだったんだ……周りが変わったのね」

 時間をかけても傘下の者たちとの関係を修復することができなかったクリスティーナ。きっと今のままでは変わることができない。アブソリュートの場合、周りが変わっていったのなら、自分の場合は自分が変わらなくてはならない、そう感じた。

「ありがとう。おかげで答えは出たわ」

「そうかい。あぁ後、ボスから伝言だ」

「アブソリュート君から? 聞くわ」

「『今回はウチの者が世話になった。礼として、お前が望んでいたように一度だけ相手してやる』だとよ。お前これ、いやらしい意味じゃねぇだろうな?」

 アブソリュートの伝言を聞いて目を見開き、頰を緩ませるクリスティーナ。アブソリュートと戦うことはずっと望んでいたことだ。こんなに嬉しいことはない。

「ウリス、私だ。入るぞ」

 天幕の外からアブソリュートの声が聞こえ中に入って来た。

「目覚めたのか、クリスティーナ・ゼン」

 変わらずぶっきらぼうなアブソリュートがおかしく笑いそうになるクリスティーナ。

「ええ、おかげさまで。話は聞いたわ、助けてくれてありがとう。それでいつ勝負してくれるの?」

 待ちきれない様子のクリスティーナを見てため息をくアブソリュート。

「起きたと思えばそれか。まぁいい、いつでも構わない。手加減してやるから安心してかかってこい」

「そう? なら今からやりましょう」

 クリスティーナはそう言うと体を起こしてベッドから降りる。

 重心が安定しておらず本調子ではなさそうだ。

「止めておけ……ふらふらだぞ?」

 だが彼女の瞳には闘志が宿っていた。

 アブソリュートの言葉に強がるように笑うクリスティーナ。

「いいえベストコンディションよ、それに今からでないとダメなの。私はあの聖騎士たちによって殺されかけた。今戦わないと今後心が戦いを拒否して戻れなくなってしまう……そんな気がするの」

 クリスティーナは覚悟を秘めた瞳でアブソリュートを見つめる。これはただの力比べではなくあの死の恐怖を払拭するために必要なものだ。

「……お前がいいなら何も言うまい。出るぞ、ついて来い」

「えぇアブソリュート君、対戦よろしくお願いしますわ」



 そして二人は戦う場所を森の中に移して存分に戦いつくした。

 大地を焦がすほど強力な火魔法をアブソリュートに放つクリスティーナ。

 ライナナ国でもトップクラスの火力を誇るだろう。

 だがクリスティーナの炎をアブソリュートは正面からすべて受け切ってみせた。

 実力のすべてを出し切ったクリスティーナだったがアブソリュートに大敗することになった。だが、クリスティーナの表情は明るかった。

 同年代と戦い初めての敗北だったが聖騎士との事件を忘れるくらい濃い時間だった。あの恐怖を乗り越えることができたと確信した。この戦いをクリスティーナは生涯忘れないだろう。

「対戦ありがとうございました」

 魔力を使い果たして地面に仰向けに転がっているクリスティーナ。周りの木々は焼け焦げ、その光景は戦いがどれだけ苛烈なものだったかを物語っていた。

「ああ」

 それだけしかいわないアブソリュート。クリスティーナはいつものことなので気にしなかった。

「さすが私の友人ね、結局傷ひとつつけられなかった。悔しいわ」

「誰が友人だ……まぁ、確かに私には通じなかったがお前の火力には驚かされた。誇っていい。お前は強い」

 どこまでも上からな発言だが、アブソリュートが人を褒めている所を見たことがないクリスティーナは素直に嬉しかった。だが、聞き逃せないこともある。

「ありがとう嬉しいわ。後、友人は貴方よアブソリュート君」

 アブソリュートは嫌そうな顔をして反論する。

「勘違いするな私は……」

「私は貴方の派閥の者たちを、体を張って魔物から逃したわ」

 クリスティーナはアブソリュートの言葉を遮り、お前には借りがあるだろうと言うかのようだった。アブソリュートも借りがあるのは分かっているので睨むだけで反論はしない。

「まぁ私の一方通行の可能性も考えてたけど……やっぱりという感じね。ならここで言うわ、私と友達になりましょう。友人なら借りなんていらないでしょ?」

 クリスティーナの申し出に眉間にしわを寄せるアブソリュート。嫌がっているというより何かを考え込んでいる様子だった。しばらく無言の時間が続きため息を吐くアブソリュート。クリスティーナはそれがアブソリュートが折れたかのように見え期待を寄せる。

「……クラスメイトからだな」

「なんでよ!!

 その後二人はなんとか妥協点を模索して話し合いは収まった。

 こうしてクリスティーナとアブソリュートは友人(仮)になった。二人が本当の友人になれるかどうかが分かるのは仮にこのまま原作通りに進んでいくとしたら、すべてがアブソリュートの敵にまわった時に分かることだろう。

「ぼっち同士仲良くしましょうアブソリュート君」

「……一緒にするな」

 こうしてアブソリュートたちの演習は終わりを迎えた。





 時はアブソリュートがクリスたちと合流した頃までさかのぼる。

 今回の演習にあたり教会は森の中に簡易基地を構築して現在聖女たちはその中で計画の進行を見守っていた。

「報告します。レオーネ王女が本部まで撤退したようです」

 聖騎士からの報告を受け、聖女エリザは残念そうに口を開く。

「計画は失敗のようですね。……シリウス司教?」

 自分より一回り年下の聖女にシリウス司教と呼ばれた男は、ただひたすらに頭を下げ続けた。

 優しい声音のように聞こえるが、どこか圧のようなものを感じて言いよどんでしまうシリウス司教。

「まさかレオーネ王女の側にあれほどの実力者がいたとは思いませんでした」

「確かにそうですね。上位種を一人ですべて倒すなんて……あのメイドは一体何者なんですか?」

 聖女はいつもの穏やかな表情のまま上位種の魔物がやられる報告を聞いていた。

 シリウス司教は聖女の言葉に自分が悪いわけではないのに萎縮してしまった。

 聖女エリザ、初めはライナナ国の辺境の街から聖女に据えるために連れてこられただけのどこにでもいる少女だったと記憶している。だが、今はライナナ教会に傾倒しすぎてどこかおかしくなっているように感じる。

 近年ライナナ教会はどこかおかしい。昔は悪に対してもそこまで締め付けは強くなかった。だがネムリア枢機卿が戻ってきてからというもの、今はライナナ教会の判断により裏で粛正するまでになった。この作戦にしても貴族を相手に手を出すなど普通はあり得ない。正直今すぐにでも逃げ出したいのが本音だった。

「ミカエル王子からの情報だと恐らくアブソリュート・アークの奴隷兼侍女のマリア・ステラだと思われます」

 聖女エリザの護衛であり同じクラスの聖騎士アーニャが補足する。

「ステラって確か代々優秀な騎士を輩出していた家よね? それにマリア・ステラって聞いたことあるわ。確か十歳の時には騎士団から勧誘されていたほどの逸材。なんでアーク家の奴隷なんかに?」

 本来の計画では主力の上位種の魔物でミストたちを囲むように配置し、逃げ場を封じてから襲う予定だった。だが、二つのアクシデントによりそれは叶わなかった。その一つがマリア・ステラの存在である。ミストたちを襲うための主力の上位種でミストたちを囲む前に一人でほぼすべて倒してしまったのだ。

 教会側は大量の上位種の魔物を倒せる人材が、アブソリュートを除いてあの中に紛れ込んでいようとは思ってもいなかった。そのアクシデントにより、本来予備戦力として温存しておいた魔物計三百をきゅうきょ投入することになったのだ。

「上位種が全滅したのは仕方ありません。ですがシリウス司教、どうしてもっと彼らの近くに魔物を転移させないのですか? 魔物が彼らの元へ行くまでにラグができたせいでレオーネ王女を逃してしまいましたよ?」

 聖女エリザは魔物のテイムと転移を担当しているシリウス大司教を笑顔のまま責める。

「それが……彼らの近くでは固有魔法が使えないのです。恐らくなんらかのスキルか魔道具の力が働いているのかと」

「彼らに転移を封じる手段があると考えているのですね?」

「えぇ、転移阻害の魔道具……もしかしたらあの者たちの中に所持者がいるかもしれません。恐らく空間の勇者対策としてスイロク王国でも作られたでしょうから、レオーネ王女が所持している可能性があります。あの国も以前空間の勇者からひどい目にあっていますから」

「空間の勇者ですか……まさか勇者対策の転移阻害の魔道具が、まだ残っているとは思いませんでした」

 聖女たちが予想しなかったアクシデントの二つ目は本来転移させるはずだった場所に転移させることができず、結果距離を空けて転移をする羽目になり、ミストたちに逃げる時間を与える結果になってしまった事だ。

 勿論それは偶然ではない。アブソリュートは教会が転移に近い手段を使用するとあらかじめ分かっていた。故に交渉屋を捕縛する時に使用した『転移阻害の魔道具』を荷物の中に入れることで転移対策をしたのだ。その結果時間を稼ぐことに成功し、レオーネ王女の避難を許してしまった。

「クリスティーナさんたちの対処をお願いした聖騎士の皆さんもまだ連絡もありませんし、今回はここまでですね。シリウス司教は見つかる前に引き上げてください。私たちは演習に戻ります」

「……承知しました」

「お話し中失礼します。聖女様、私たちのグループの方から魔法が打ち上がりました。非常事態かと思われます」

「そうですか、なら早く戻らないといけませんね。シリウス司教また教会で」

 聖女エリザはそう言うと護衛の聖騎士アーニャを連れてグループの元へと戻っていった。

 聖女たちが離れるとシリウス司教は周りに誰もいないことを確認してひと息ついた。ストレスから解放され、一気に体から力が抜けていく。

「はぁ〜疲れた、まじで帰りたい。聖女様は遠回しに責めてくるから心労がヤバいし、魔物を使って間接的に人殺しさせられてるしでやってらんないわ」

 シリウス司教は流されやすい男だ。親の言うままに教会に勤めて、上司に言われたことだけをやり、教会内の派閥争いも流れに流されていつの間にか上位の派閥に属してしまい出世して司教にまでなった男だ。

 上層部に言われて仕方なく従っているが本当は悪人であろうが人を殺したくなんかなかった。

「アーク派閥以外の人間も手にかけようとするなんて……どっちが悪か分からないな」

 シリウスは自嘲しながら撤退の準備のために重い腰を上げようとすると誰もいないはずの後ろから幼さの残る女性のような声が聞こえた。

「どちらが悪か分からないなら教えてあげるの。貴方が一方的に悪いことをね」

 甘くささやくような声はシリウスの耳元から聞こえた。

 気づくとシリウス司教の首に刃物が当てられていた。

(えっ? 噓だろ……。いつの間に俺の背後にいたんだ)

「動かないで。勝手に口を開いたり動いたりしたら殺す。分かったらゆっくり頷くの」

 言われた通りシリウス司教はゆっくりと頷いた。すると後ろにいる人物は首元に当てていた刃物をシリウス司教の右肩に深く突き刺した。

「ギィヤアアアアアアアアアアアア!」

 刃物で刺され血が噴き出す。

(なぜだ、言う通りにしたのに……なぜ刺された?)

「動くなと言ったのに動いた罰なの。お前には耳がないの?」

(お前が頷けと言ったんだろうが! クソ、コイツ……ヤバい。理不尽すぎる。早く逃げなければ)

 固有魔法を使い逃げようとするがそのためにはコイツの目をくぐらないといけなかった。

「お前を観察してて分かったのは、転移するには穴を作ってそこを潜らなければならない。だから動けないように全身を痛めつけてから連れて行くの」

 シリウス司教はこれから自分に起こり得ることを予想し体を震わせた。肩を刺されたこともあり頭から血の気が引いて息も荒くなる。

「ウルのご主人様に手を出して楽に死ねると思わないことね。お前らみたいな小悪党がご主人様に手を出すなんて絶対に許さない。ご主人様の敵は全員皆殺しなの」

(何を言っているんだコイツは……それに手を出したって? コイツ……アーク家の者か。ああ終わった……俺の人生どこで間違えたのかな)

「ウルの大事な人を傷つけようとした報いなの。安心して、殺しはしないわ。ご主人様に怒られるから」

 その後、叫ばれないように初めに喉をつぶされ全身の骨を折られた。幸運だったのは途中から意識を失ったので痛みを感じる時間が少なかったことだろう。骨の折れる音が基地の中で響き続けた。

「終わったわ……新入り、ウルとコイツを屋敷まで送りなさい」

「あっはい先輩」

 シリウス司教が痛めつけられる所を離れて見ていた交渉屋は、ウルの命令で二人をアブソリュートの屋敷へ転移させた。

 ウルと主犯を転移させた後誰もいなくなった司教の基地で交渉屋は項垂うなだれた。

「ウル先輩もヤバい人だった……やはりアーク家は危険だ。……あぁ仲間の元へ帰りたい」

 交渉屋は夜空を見上げながら力なく呟いた。





 シリウス司教と別れ聖女たちは自分たちのグループに合流するためキャンプ地へと向かった。

 キャンプ地へ到着すると何やら血の臭いが漂っていた。

 異変を察知した聖女たちの視界に映ったのは信じられない光景だった。

 聖女たちのキャンプ場は血の海と化していた。

 血の海となったキャンプ場に散乱するのは長い間聖女たちと時間を共にした聖騎士たちの死体……そしてその中で聖騎士たちの死体を喰らっている血や肉にまみれた一体の魔物の姿。目を見開くアーニャと静かにその光景を冷めた目で見つめる聖女エリザ。

「そんな…………何事ですか!」

 アーニャの怒鳴った声で肉を食べていた魔物は聖女たちに気づいてしまった。魔物は聖女らの方を向く。それは黒い肌をしたオーガだった。

「あれは『上位種』のオーガ? この森には教会が放ったもの以外はいないはず……どこから湧いて出たのかしら? まぁいいわ。アーニャ一人でやれる?」

 仲間の死に動じず冷静に討伐を指示しようとする聖女。

 あまりに無茶ぶりだが彼女の護衛のアーニャは眼鏡を光らせ冷静に忠言する。

「正直に申し上げますと一人では無理です。オーガのレベルは個体差にもよりますが総じて30程度だと言われています。私のレベルは丁度30なので通常ならば一人でも可能です。ですが、目の前にいるオーガは『上位種』。通常個体よりレベルが10程度上だと思われます。勿論行けと命じられれば忠実に執行しますが、その場合全滅は免れないでしょう」

「そうなのね。なら私と共に死ぬ?」

 唯一戦える彼女が勝てないというのなら本当に無理なのだろう。

 やり残したこともあるが仕方ない、覚悟を決めよう。

 死を覚悟する聖女の前にアーニャは守るように前に立ち剣を構えた。

「先ほども言ったように一人では勝てません。ですが貴方と二人ならまだわかりません。

 どうか私に手を貸してもらえませんか?」

「そう、分かったわ。アーニャ、聖女の盾よ。貴女に聖女の祝福を授けます」

 聖女は連続して魔法とスキルを発動させ聖騎士アーニャを強化した。

 強化されたアーニャと上位種のオーガの激しい戦闘が繰り広げられた。どんなに傷ついても聖女が癒やし力を与える。腕や足がちぎれても、どんなに血を流してもアーニャは戦い続けた。

 そして、激しい戦闘の末にアーニャが強化種に勝利を収める形になった。

「結局あのオーガはなんだったのか分からなかったわね」

 何者かの刺客の線もあるが、聖女を殺すにしては少々殺意が足りないような気がして頭を悩ませる。

 少し考え込んだ後、聖女は犠牲になった聖騎士たちの名前と人数を把握するために遺体の元へ向かった。犠牲になったのは八人。聖女のグループの総数は十人。聖女と聖騎士アーニャ以外の全員が犠牲になったことを意味していた。

 中にはクリスティーナの始末を命じたエヴァンたちも含まれていた。

(なぜクリスティーナさんたちの始末をお願いしたエヴァンたちまで? もしかしたらシリウス司教の単独の可能性もあるわね)

 アーク家が黒幕の可能性があるが、アブソリュートは仲間を救うために東奔西走していると聞いている。アーク家には魔物を自分たちに仕向けるなど不可能だと考えた。

 今回亡くなった八人は幼い頃から聖女を公私共に支えてきてくれた聖騎士たちだった。聖女は悲しげな顔を作り、亡くなった仲間たちの魂に救いがあるように祈りを捧げた。