子供の頃に英雄譚を読み自分も物語に出てくる彼らのようになりたいと、男なら誰もが一度は思ったことがあるはずだ。
例えば、数百年前魔物を統べる魔王から初代聖女や賢者と共に世界をめぐり魔王という存在から世界を救った初代勇者の冒険譚。
今より魔物が多い時代にスキルや魔法も使えない人間が己の剣技のみで万を超える魔物を斬り殺し生存圏を拡大させた女剣士、人や魔物からも恐れられたアースワン帝国の伝説〝剣聖アイラの伝記。
仲間と船で世界を渡り歩き浪漫を求め続けた海賊。海の上で一時代を築いた海の覇者。〝海賊ドレイク〟の航海日記。
仲間の
一人で一国を落とし、世界を混乱させた勇者。すべての悪意から聖国の大聖女を守り続けた英雄。あまりの強さにその実力は大陸最強と噂されている『空間の勇者』の偉業を記した記録書。
毎日英雄譚を読み込んでその度に胸を弾ませ、英雄たちに憧れた。自分も頑張ったら将来彼らのようになれると思い込んでいた。
だが、ある日気づいてしまった。自分には才能がない、さらに自分は悪者側の存在であり自分は英雄になれないと。
ブラウザ家は代々アーク家というライナナ国で一番の悪党と言われている貴族の傘下に入っており、つまりは自分も悪党の仲間だ。
悪党の仲間である自分は英雄にはなれない。そもそも魔法もスキルも特別なものは何一つないと何度も自分に言い聞かせた。元から自分には無理だったと気持ちにふたをした。

アーク家は代々国のために国の脅威になる組織や個人、他国から来た闇組織等を始末している。ライナナ国が健全な国を維持するためにすべての闇を背負っている。
ブラウザ家はそんなアーク家を補佐するために作られた貴族だ。役割としてアーク家が殺した遺体の処理や証拠隠滅、現場に人払いの結界を張り、撃ち漏らしがあればそれの処理もする。当時まだ十歳のミストは、アーク家の次期当主であるアブソリュートが裏の国防任務を行うのに合わせて同行することになった。まだ未熟なミストが任されたのは遺体処理だ。
現場に来て初めて触れた人の死。
ミストは死んで間もない悪人の死体を見て体が震えてしまい動けなかった。死体が怖いのではない、悪人の死体を通して自らの死を連想してしまい恐ろしくなったのだ。
まるで悪の仲間である自分の将来の姿を見ているようで、ミストは足がすくんで動けなくなった。
(早く、早く処理しなければ……でも体が思うように動かない)
ミストは体が動かせず固まったままだった。そんな時に見かねて動いてくれたのがアブソリュートだった。
「ダーク・ホール」
アブソリュートはミストが処理するはずだった死体を自ら闇の中に葬ってしまった。ミストは訳もわからずアブソリュートを見つめた。
アブソリュートはミストに背を向けたまま言った。
「……本来なら殺した私がやるべきことだ。だからこれから遺体は私が弔うことにする。お前は他の仕事を教えてもらえ」
徐々に混乱から覚めて、ミストはアブソリュートが自分を気遣ったのだと理解した。
「す、すみません。でも、ブラウザ家の仕事をアブソリュート様にやらせるわけには……」
「前から考えていたことだ。私は……お前らの善意に甘えてしまい罪悪感を少しでも軽くしようとしてしまった。殺したのは私だが、お前らも同罪で私だけが悪いんじゃないと……。殺しているのは私なのに
アブソリュートの覚悟と哀愁を宿した瞳を見て、ミストは何も言えなくなった。
(分からない……殺した悪人やそれを処理するブラウザ家になぜ罪悪感を抱いているのか。相手は国に仇を成す悪人とただの下位貴族だ。アブソリュート様のような上位の人間が気に病む必要はないのに)
それからもミストは何度も任務に同行した。アブソリュートはいつも通り淡々と任務をこなしていき、ミストも少しずつ人の死に慣れて耐性ができてきた。だが、アブソリュートが死体処理を自分でしてしまうようになったため、少し任務に余裕が生まれた。
代わりにアブソリュートと過ごす時間が増えた。ミストはアブソリュートが人を殺すところを何度も見てきて思ったことがある。なぜあれだけの力がありながらアブソリュートはあんなに険しい顔をしているのだろう?
二人でいる時にアブソリュートの心情を聞いてみた。アブソリュートは少し考える素振りを見せながら話し始める。
「国のために人を殺すのはライナナ国では正しいのだろう。だが、どんな正当な理由であれ人を
(アブソリュート様の価値観はどこか
「アブソリュート様の心情は正直理解できないっすけど、この国にいることはあまりよくないと感じますね。将来、アブソリュート様が当主になったら傘下の貴族たちをつれて独立でもしますか?」
勿論軽い冗談のつもりだ。そんなことをしてしまえばライナナ国だけでなく周辺国も黙っていないだろう。
「すべて片付いたら、それも悪くないな」
「えっ? いや、冗談ですよ……」
アブソリュートは冗談を言わない人だ。ミストは背中に冷や汗が流れる。
「もし独立したらお前も遺体処理をしなくて済むな」
「……っ?!」
ただの冗談かもしれない。でも自分のためとも言えるこの言葉がとても嬉しかった。
「前向きに検討するとしよう、これは二人だけの秘密だぞ?」
「っ! はいっす!」
秘密の共有それだけで仲が深まったように感じてミストは嬉しかった。それからも二人は語り合い、ミストは幼い頃英雄になりたかったこと、アブソリュートはアーク領には年寄りしかいないと愚痴ったりとたわいもない会話が続いた。
普段は上下関係のある二人だが、語り合っている二人の姿は確かに友人のそれであった。
ミストは懐かしい思い出から現実に意識を戻した。
全く逆転の道筋がない現実にため息すら出なかった。こんなことならまだ思い出に浸っていたかった。
「こんな時に思い出すことじゃないっすけど、これはいよいよヤバいってことすかね」
マリアたちを自らが
スキル【霧】を使い、ミストのいる周辺にだけ山に雲がかかったかのように辺り一面を白く染め上げ、魔物たちの視界を封じて少しずつ数を減らしながらアブソリュートが来るまで耐えきるつもりだった。勿論ミスト自身はスキルの影響を受けずに視界をクリアに保っている。
数百対一なら勝ち目はない。だが、一対一を数百回ならまだ分からない。
細い糸を
数百の魔物に追われ、追い詰められたミストは現在四方を囲まれ窮地に陥っていた。
死ぬのは怖くない……だが心残りはある。
ミストのナイフを持つ手に力が入る。この状況で取れる手段は三つ、逃げる、そして自害か戦って食われるかだ。
ミストの答えは決まっている。アブソリュートなら逃げない。アブソリュートならたとえ一人でも最後まで戦い続けたであろう。
アブソリュート様なら……。
アブソリュート様なら……。
アブソリュート様なら……。
諦め、折れそうになる心を鼓舞する。
ミストは立ち上がり再び武器を握り魔物の中に飛び込んだ。
「うおぉぉぉぉ!」
気合いを入れるように声を上げつつ魔物に向かってナイフを振るう。魔物の急所に刺さるがその魔物が倒れるより早く、周りの魔物が続けて爪で襲い掛かる。
爪で切り裂かれ体の至る所が痛みミストの顔が
全身が熱を持っているように熱く感じる。
ナイフを魔物に突き刺しとどめを刺す。
「次ぃ!」
次の標的に目標を定め急所をめがけナイフを振るう。
「グウウ……」
視認できない魔物はうめき声をあげながら倒れる。
「次」
ナイフを抜いてまた刺してを繰り返していくがその度にミストの体も傷ついていく。血が多く流れすぎて頭の中がぐらぐらと揺れているような感覚になる。
体から任務の時によく嗅ぐ死の匂いがする。
ついに力が入らなくなりその場に倒れた。
(あっこれやばい)
視界も徐々に暗くなり意識が
最後に見たのは魔物ではなく、人とは思えないほど美しい姿をした女性のような存在がミストを守るように立っていた。