「ほう、お前に魔物を放つように依頼したのはライナナ教会か」

「はい、正確には仕入れと搬入を任されていました。依頼人は不明でしたが依頼のバックボーンを調べたらライナナ教会だと判明しました。僕が魔物を他国から交渉して手に入れ、転移を使って搬入した後、教会が強化して時が経ったらなんらかの手段で放つ予定らしいです」

(原作では交渉屋が主犯になっていたが、黒幕は教会だったのか。恐らく聖女のスキルを使って強化するか何かしらの手段で魔物を操るかだな。

 ターゲットは恐らくアブソリュートである私。もしくは、アーク家派閥の者か。でも、クリスティーナも確か死んでいたし、まだ分からないな。とりあえず、アーク派閥の全滅と仮定して動くか)

 魔物はもう教会の手にあり遠征まで時間もない。止めようにも発言力の低いアーク家では証拠も交渉屋の証言だけなので説得は不可能である。

 聖女や教会への対策をアブソリュートは考える。

「交渉屋、現段階でこの計画はどこまで進んでいる?」

「僕の仕事は仕入れて指定の場所に転移で魔物を搬入するまでなのでそれ以上は分かりません。恐らくもう魔物を別の場所に移して強化していると思います。放つ時は恐らく教会側も転移に近い手段を持っていると思います」

(私やアーク家派閥の者たちに大量の強化された魔物が襲い掛かり、もしかしたら他家にも被害が出る。元々、交渉屋が捕まらなければ一人で魔物をせんめつして最悪の場合、自分の派閥だけでも守るつもりだった。アーク家の力はまだ使えないし、実際に起こるかも分からなかったからな。証拠もコイツの証言だけでは弱いな。教会は無駄にセキュリティが高いから今から調べていたら間に合わない。やはり当日なんとかするしかないな)

 アーク家はライナナ国の闇組織のトップであるがまだ当主でないアブソリュートはこの力を行使することができない。だから自分の力だけで切り抜けなければならない。

 今回の件を仮に相談するにしても、アブソリュートは父や傘下の者たちを信頼はしているが信用はしていない。父は国王と近すぎる、傘下の者たちは一部原作でアブソリュートを裏切っているためまだ信用できないのだ。国王なんていつでもアーク家を切ることのできる立場であり、敵であるミカエルに甘いのでもっとも信用できない。

 交渉屋を突き出せば父のヴィランを説得できるかもしれないが、その場合交渉屋は死ぬだろう。アブソリュートの目標は仮に国や勇者と戦う事になった場合でも勝利し生き残ることだ。そして原作アブソリュートや今の自分のきょうを守ること。交渉屋のスキルはレアだから今後必ずアブソリュートの役に立つ。

 なんとしても手に入れておきたかった。

「元はと言えばお前がいた種だ。最後まで付き合ってもらうぞ。交渉屋」

(交渉屋が手元にいればアーク派閥を守ることも教会に嫌がらせもできる。勇者の時の借りを返さないとな……聖女エリザ)

 教会の悪意と戦うためにアブソリュートは動きだした。





 ギレウスの討伐から数日が経ち、アブソリュートはいつも通り学園で授業を受ける。

 朝のHRでは担任のティーチから野外演習についての詳細が聞かされる。

「来週一年生は野外演習を行う。君たちにはクラス内でグループを組んで、ライナナ国南部に位置する魔物の生息する森で魔物を狩ってもらう。期限は三日間。成績は狩ってきた魔物がドロップした魔石のランクや数で決める。狩る魔物の数が少なかったり、生徒同士の争いは当然減点だが、だからと言って無理はするな。全員しっかりと準備をしておけ。一応はいないとは思うが、準備が間に合わずに丸腰で当日を迎えるなんてことにならないように」

 ライナナ王立学園の授業の一環として行われる野外演習。クラス内でグループを組み三日間魔物の生息する森で魔物の討伐を行う。

 討伐した魔物の魔石の数やランクによって成績が決まる授業だが原作でこの野外演習は犠牲者が大勢でるイベントになっている。その原因として異常な数の魔物に想定以上の強さが上げられる。戦闘経験を積むための演習でいきなりの非常事態に対処できる生徒は少なく、多くの生徒の命が失われた。かなり危険のあるイベントである。

 ティーチからの説明が終わると次はグループの発表に入る。グループ分けは基本的に同じ派閥同士で組まれる。

 他派閥に手の内をなるべく見せたくない生徒への配慮として人数差はあれど同じ派閥でグループが作られるようになっている。

「グループ発表に入る前に、一つ確定事項がある。

 ミカエル殿下はトリスタン・カコと、レオーネ王女はアブソリュート・アークと組むことが確定事項だ」

 レオーネ王女から質疑の手があがる。

「あの……ティーチ先生、その理由を教えていただけますか?」

「レオーネ王女、貴女に万一の事があればライナナ国としても問題がありますし、だからといって王族だけこの授業を受けさせないという判断は会議では上がりませんでした。

 なので、このクラスでもっとも実力がある二人に王族についてもらう形で協議しました。これもレオーネ王女を守るためです。納得していただけますか?」

「……分かりました。立場を考えずにままを言ってしまい申し訳ありません」

 レオーネ王女はひとまず納得してその場は引いた。

 その後、派閥ごとにグループ発表がスムーズに進む。


①ミカエル、トリスタンを含む王派閥グループ


②聖女をリーダーとした教会グループ


③アリシアを中心とした女子グループ


④クリスティーナをリーダーとした貴族派閥グループ


⑤アーク派閥とレオーネ王女グループ


 派閥同士の者たちで固まるため、この五つのグループに決まった。

 発表が終わった後、グループごとに分かれて話し合いの時間が設けられる。

 アブソリュートはレディ、オリアナ、ミストのAクラスにいるアーク派閥にレオーネ王女を交えてグループ作成について協議をする。

「さて、話すのは初めてだなレオーネ王女。アブソリュート・アークだ。そしてコイツらがウチの派閥のメンバーのレディとオリアナ、ミストだ。戦闘面に関しては心配はいらない」

「レディ・クルエルです。同じグループになれて光栄ですわ、レオーネ王女様。微力ながら頑張らせてもらいますわ」

 愛想よく挨拶をするレディ。

 学年でも一、二を争う顔面偏差値を誇る彼女の笑顔は、たとえ愛想笑いでも心に来るものがあった。

 アーク派閥の中でもコミュ力が高い彼女は安心して見てられる。彼女にならこの演習の間王女を任せても問題ないだろう。

「……オリアナ・フェスタです。レディに右に同じです」

 挨拶する気のない挨拶をするオリアナ。

 だが悪気があるわけではないのは知っている。

 彼女は根っからのコミュ障なので話したことのない王女に萎縮したのだろう。

 王女も特に気にしてないようだから問題ないだろう。

「どうもミスト・ブラウザです。二人と全く同じ気持ちです。よろしくお願いします」

 軽い挨拶で済まそうとするミスト。

 こいつはよくわからん。

 恐らく挨拶の内容に困って前のオリアナがいけたから自分もいけるんじゃね? とかおもっていそう。

「……いや、二人とも挨拶くらいちゃんと考えなさいよ」

 やる気のない自己紹介にツッコミをいれるレディ。

「あははっ、皆さん仲がいいのですね」

 そしてそんなやりとりを笑って見守るレオーネ王女。

 かなり人柄はいいように感じる。

「皆さまよろしくお願いします。レオーネ・スイロクです。魔法は得意ではありませんが剣なら自信があります。共に頑張りましょうね」

(さすが王族だな。挨拶だけでも品を感じさせてくれる。ウチの王族も見習ってほしいものだ)

「さて、挨拶も済んだところでレオーネ王女よ」

?! な、なんでしょう?」

 アブソリュートに声をかけられ、わずかに怯える王女。

(王女の仮面が剝がれるくらい怖がられているとはなぁ。怖がられているのは慣れてるけど毎回しっかり心えぐってくれるな)

 原作でもたまに気が弱そうな描写があったのは知っている。それがアブソリュートを目の前にして顕著に出はじめたのだろう。

 アブソリュートは気にしないようにして話を進める。

「悪いがお前の身を預かる上で約束してもらうことがある。

 一つは私の指示に従うこと。

 二つ目は決して一人にならないことだ。

 三つ目は貴女の側に置く侍女にウチの侍女も置かせてもらう。いざという時盾になるし、かなり腕もたつ。

 悪いがこれを守らないのなら私のグループからは外れてもらう。私たちもお前のせいで変な責任を負いたくないのでな」

(魔物の対処に王女の世話……。これは面倒臭いことになったな。原作でレオーネ王女は勇者のグループに入っていたが恐らく勇者がいないから消去法で私の所になったんだろうな)

 レオーネ王女は何か言いたげな顔をしているがアブソリュートのことが怖いのか目を合わせずに答える。

「ア、アークさんのグループにお邪魔させてもらう形になるので勿論その三つの条件をみます。……ですが、国の方針で侍女は必ず付けるように言われていますのでそこはご留意いただけますか?」

「構わない」

(とりあえず、マリアをこの班に入れることには成功だな。王族の世話のためなら侍女が二人いても怪しまれないだろう。マリアを入れておけば最悪私がいなくても生き残れる。Bクラスのクリスたちのことも見なくてはならないし、戦力はいくらいてもいい)

「それでアブソリュート様。この演習の方針はどうなさいますか? ぶっちぎりでトップを狙いますか! このレディ、アブソリュート様のためなら命を懸けて大物を狩って参りますわ。勿論オリアナも!」

 レディの後ろでぎょっとした顔を見せるオリアナ。

 自分が頭数に入れられるのが解せないようだ。

「……アブソリュート様がどうしてもって言うなら………狩ってきます。今までありがとうございました」

 体張る気満々のレディに死ぬ気満々のオリアナ。

 アブソリュートの目の前でノーとは言えないのだろう。

「そうか、だが今回はそこまで頑張る気はない。理由として演習は三日間もある。だから初めは体力を温存していくことにする。レオーネ王女やレディも野外での長期訓練はしていないだろう? まずは環境に慣れることに時間を割こう。魔物は二の次だ」

(どうせ、演習中は教会の放った魔物と嫌というほど戦うことになる。レディたちも念のために休ませながらいくことにしよう)

「……アブソリュート様、私のことを考えてくださるなんて……。アブソリュート様のお心遣い痛み入りますわ。早く環境に慣れるよう善処いたしますわ」

「アークさん。すみません、早速足を引っ張ったみたいで……。私もやれることは精一杯やらせてもらいます」

 アブソリュートが、二人のためを思っての方針と勘違いして、気合いを入れ直すレディとレオーネ王女。

「少々よろしいかしら?」

 ふと後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。

 思わず顔をしかめてしまう。

「ご機嫌よう、アブソリュート君。早速ですが私たちのグループと組みません?」

 声をかけてきたのはクリスティーナだった。いつもの勝ち気なたたずまいでこちらを見つめている。

「どうでしょう? 私とアブソリュート君が組めばこの演習トップも間違いないと思いますが?」

「またお前か……。私のグループは誰とも組む気はない。それにお前はミカエルの婚約者だろう? ミカエルとでも組んでろ」

(ほらミカエルを見てみろよ。凄い顔でこっちをみてるぞ。)

「ち・が・い・ま・す!! 候補です、候補。勘違いしないでください。まぁ、アブソリュート君にも事情があるだろうし組んでくれるとは思ってませんでしたが。それなら勝負しませんか? 魔物を狩った数とかで競いません?」

 クリスティーナは何かにつけてアブソリュートと競い合おうとしている。アブソリュートも何度も誘われ続けうんざりしていた。

「……気が向いたらな」

「アブソリュート君はそればかり言って相手にしてくれませんね。ブラウザを盾にしてやり過ごしたり私悲しいですわ。ヨヨヨっ」

 クリスティーナがわざとらしく噓泣きをかます。その様子をどこか寂しげに見つめるアブソリュート。

(……クリスティーナと話すのもこれで最後になるのかもしれないな。正直コイツの魔法の腕はかなり強いしグループで動くなら危険はないと思うがなぜ原作では命を落としたんだ? コイツと組んだら命を救えるか? いや、その場合クリスティーナのグループにも魔物が襲い掛かる。

 ……考えるのはやめよう。クリスティーナには悪いが優先するべきは教会の放った魔物の討伐だ。これを放っておくのがもっとも不味い。高い確率で私や傘下の者たちに襲い掛かってくるはずだ。優先順位を間違えるな。

 私は悪だ、正義の味方ではない。全員を救うことはできないんだ)

 アブソリュートはクリスティーナのことは好きではないが死んでほしいとまでは思っていない。

 もし目の前でクリスティーナが危なくなったら恐らくだが助けるだろう。だが、どういった理由で死ぬか分からないクリスティーナを気にかける余裕はなかった。

「クリスティーナ・ゼン」

 アブソリュートは彼女の名を呼ぶ。

 名を呼ばれたクリスティーナはアブソリュートを見つめる。どこか期待のこもったまなしだった。

 クリスティーナの無邪気な目を見てアブソリュートの罪悪感が増す。

「………悪いな」

 アブソリュートの口から謝罪の言葉が漏れる。これから死にゆくかもしれない彼女を救えない故にでた言葉だが、それを彼女は理解していない。

………? どうしたのですか、貴方らしくもない」

「悪いな、私は忙しい身だ。遊ぶ相手が欲しいなら、ミストを貸してやる」

 先ほどの謝罪を誤魔化すように話を変える。

(らしくないことを言ってしまった。もしかしたら私が魔物を全滅できたらクリスティーナも助かるかもしれないではないか。まだ死ぬと決まったわけではない。一人で悲観的になるのはめにしよう)

 またか……とでも言いたそうな顔をしているミスト。

「アブソリュート様…………マジで勘弁してください。俺この前クリスティーナさんに服二着も燃やされたんすよ」

 切実に訴えてくるミスト。

(一着目が燃えた時点でやめてあげればいいのに……。恐らく二着目はわざと燃やしたな)

「ごめんなさい、ブラウザ。私はアブソリュート君と勝負したいの。強くなって出直してきてね」

「俺が振られたみたいな言い方止めてくれません!」

 その後特に話の進展はなく会議は終わった。後は本番を迎えるのみである。





 屋敷に戻ると交渉屋はマリアやウルにこき使われていた。命を奪わないかわりに今後アブソリュートの足として仕える契約だ。もちろんアーク家に敵対や転移を使って逃げ出さないように契約魔法を使って行動や言動を縛り、必ずアブソリュートの元に戻るようになっている。

 ちなみに交渉屋は今、ウルと共に屋敷の庭の草の掃除をしている。交渉屋は他国での活動がメインだったためにアーク家には顔バレしていない。それを有効活用して、新しい奴隷兼使用人として屋敷に置くことにしたのだ。

「新入り、雑に掃除をするな!! よく聞くの、人生頑張って必ず結果が出るものと言ったら掃除だけよ! だから掃除だけはしっかりとやりなさい」

 ウルのことを知っている身としては非常に重みのある言葉だ。

 ウルの屋敷での仕事は掃除だけだ。昔は皆辛抱強く他の仕事を教えたものだが人間どうしても向いていないこともある。料理に洗濯等どうしても不器用な彼女にはできなかったのだ。だが掃除は違った。言い方はあれだが誰でもできるし、やればやるほど結果は目に見える。

 先ほどの言葉は彼女がアーク家にきて学んだ教訓でもあるのだ。故に彼女は掃除にだけはうるさいのだ。

「分かりましたけど、ウルさんそんな悲しいこと言わないでください。まだ若いんだから」

 ウルの説法を聞いているとウルがアブソリュートに気づきアブソリュートの側まで近づく。

「おかえりなさいご主人様、この男なかなか便利なの。屋敷と学園を転移で往復できるし、仕事も覚えが早いです」

 ウルは自分に後輩ができたことが嬉しいのか交渉屋に積極的に仕事を教えていた。

「ウルよ。この男をしばらく借りるぞ?」

 アブソリュートと交渉屋は防音対策のされている部屋に入る。以前ウルの聴覚をみくびり情報を抜かれたために作られた部屋だ。部屋自体に魔法がかかっており音が漏れ出さないようになっている。

「アークさん僕の待遇なんとかなりませんか? 僕の本職は使用人じゃなくて交渉屋なんですけど。一日中掃除は勘弁してくれませんか。腰がやばいんですよ」

 切実に訴える交渉屋。

 以前とは違い仮面をしていない。その素顔は意外にも可愛い系の童顔男子であった。年齢は二十代後半らしいが同い年といわれても驚きはしないだろう。

 そんな男からの切実な嘆願を一蹴する。

「ならんな。お前は金次第でなんでもやってきたんだろ? なら文句を言わず従え。悪が仕事を選べると思うなよ。それよりこれから仕入れに行くから早く転移しろ」

「本気でやるんですね……貴方は悪魔です」

「勘違いするな。私は悪だ、だから敵は容赦なくつぶす。いくぞ」

 アブソリュートは演習の準備のため、交渉屋を連れて転移で屋敷を離れた。

 来週波乱の野外演習が始まる。





 ライナナ王国南部エレエメ領。

 ここはライナナ国の中でも魔物が最も多く生息する魔境となっている。

 学園を出発してから、エレエメ領まで揺られ続けること約半日。

 ようやく目的地の森の前に到着し、次々と生徒たちを乗せた馬車が停まっていく。

「着いたか……意外と早かったな」

 公爵家用の馬車は居心地が良かったので時間が過ぎるのを早く感じる。だが、表情はいつもより険しく見え周りの生徒も萎縮してしまっている。

「ご主人様、怖い顔をしていますよ」

「生まれつきだ放っておけ」

 同じ馬車に乗っていたマリアに指摘され緊張していることに気づき少し肩の力を抜く。

(ついに来たか。命が懸かっている場面は何度体験しても慣れないな)

「全員、中央に集合!」

 引率の教師の号令で生徒たちが集まる。

「事前に説明したように、これから君たちにはこの魔物の生息する森で魔物を狩ってもらう。期限は三日間だ。途中、怪我などで演習の続行が不可能だと判断した場合には空に魔法で合図を出せ。私たち教師はここの本部にて待機しているからいつでも駆けつける。

 それと大物を倒したグループには特別に成績を上げることを約束しよう。だが、功を焦って無茶をすることだけはするな。あくまで今回の目的は森の中での実戦と魔物の討伐だからな。質問がないなら演習を開始する。

 森に入るルートはトラブルにならないよう教師陣であらかじめ決めておいた。それぞれのグループに割り振られたルートで進むように。以上、演習始め!」

 教師が号令を出すと、生徒たちはそれぞれ自分の班の元へと向かうために散っていった。

「アブソリュート様、お待たせしました」

 教師からの説明が終わり、他の班と同じようにアブソリュートも班のメンバーが集まるのを待っていると、Bクラスのアーク派閥のクリスがこちらに来る。

「いいや、直前に悪いなクリスよ。お前らはどこのルートで森の中に入る?」

 アブソリュートは魔物の襲来に備えてすぐに動けるように身内の位置を把握しておきたかった。ルートによっては進行速度を上げねばならないし重要な事だ。

「僕らはFルートですね」

「Fか。私らはDだからそこまで遠くはないか」

 およそ数キロほどしか離れていない事にあんするが逆に考えればまとめて襲われる可能性があるということだ。油断は許されない。

「クリス、念のために言っておくが異変を感じたらすぐに魔法を空に上げろ。私が瞬時に其方そちらに向かう」

「ありがとうございます。では行ってきますね」

 離れていくクリスにアブソリュートは気づかれないように精霊のトアを付けておく。これでクリスたちの位置や危なくなったらトアの力を使ってアブソリュートがくるまで耐えられる。

「アブソリュート様、俺らも準備できましたよ。」

「あぁ、分かった。レディ、何かあればお前が空に魔法を上げて異変を伝えろ。私とお前以外魔法は得意ではないからな。マリアはレオーネ王女から離れるな。ミストとオリアナは先頭だ。行くぞ」

 アブソリュートたちは森の中に足を踏み入れたのだった。





 ライナナ国物語の世界の魔物は大きく分けると二種類に分かれる。

 それは人型と異形型だ。人型の魔物は姿や大きさが人間に近いほど危険度が上がる。それはオーガやドラゴンニュートなど、人型に近い魔物ほど知能が高くなるからだ。知能が高くなるにつれ人型は力を求めて人間だけでなく魔物も襲うようになる。魔物が強くなるには戦って喰らうことが効率的だと理解するからだ。

 逆にそれ以外の異形型の魔物はサイズが大きいほど危険度が上がる。知能は人型と比べて劣るが純粋にサイズが大きいほどパワーがあるので危険だからだ。加えて本能によって動き群れを形成し数も多いためこっちも厄介である。

 アブソリュートたちの入った森に危険度の高い魔物はあらかじめ討伐されている。だが、弱い魔物でも人間には害になる存在だ。

 この野外演習には身をもってそれを体験することも目的の一つなのである。

 教師たちによってDルートを進んでいたアブソリュートたちは何度も魔物に遭遇し戦闘を繰り返し、現在は二十匹ほどのゴブリンの群れと戦闘をしている。

「レディ、魔物そっち行ったぞ!」

 自慢のナイフさばきで魔物を一突きで仕留めるミスト。

「了解ミスト! アイスランス!」

 遠距離攻撃で魔物を狙い打つレディ。

「……こっちも終わった」

 格闘術を駆使して堅実に魔物を仕留め近距離が苦手なレディの護衛もこなすオリアナ。

「私も終わりました。まだ入って間もないのに随分と魔物が多いですね」

 圧倒的な剣捌きで一番の討伐数を記録したレオーネ王女。

 正直気の弱い彼女を戦闘に参加させて大丈夫かとも思ったがそれはゆうだった。

 王女とは思えないほどの洗練された太刀は達人のそれであった。

 森に入ってアブソリュート・グループは魔物の多さに戸惑いながらも順調に討伐を進めていた。

 アブソリュートを除いては。

(さすがにこのレベルだと何匹いても楽勝っぽいな。それにしても教会の連中はさすがにまだ魔物は放っていないか。私なら夜に放って油断しているところを狙う。それまで大丈夫かな? しかし、正直レオーネ王女のことは心配していたけど結構強いな。レベルじゃなく技術や練度が高い感じがする。恐らく幼い頃から真面目に訓練を積んできたのだろうな。……暇だな。闘おうとしたらミストたちに経験積みたいから後ろでゆっくりしとけって言うからずっと見てるけど、ここまで何もしなかったら正直申し訳なく感じてきたわ。魔物退治は人殺しほど良心は傷まないけど、ゴキブリを殺した時のような忌避感を抱くから初めは正直ありがたい申し出だったけどここまで空気だとは。レオーネ王女も何か言いたげな顔してるし)

 ミストたちに言われ後ろで待機していたアブソリュートだったが戦場を共にし、よい関係性を築いている仲間たちを見て疎外感を覚え、非常に居心地が悪い。

「アークさんも次からどうですか? 見ているだけでは退屈でしょう?」

(心なしかお前も戦えと言われているように感じるのは気のせいではないよな。側から見たら傘下の者にだけ戦わせている嫌なやつだもんなぁ)

「そうだな次からは私も……「いやいや、この程度の魔物は私たちだけで充分ですわアブソリュート様。暫くは私たちに花を持たせてください」」

「そうっすよ。アブソリュート様がやったらすぐ終わるから演習にならないし、俺らに任してください」

(コイツら血に飢えてるのか? ウチの奴らはいつからこんなに好戦的になったのやら)

「そうか。だがお前ら疲れてないか? 次魔物が出たら変わるぞ?」

「大丈夫ですよ? アブソリュート様はどっしり構えててくださいまし。雑魚ざこくらい私たちが相手しますわ。あっ、のど渇いてませんか? レディ水飲みます?」

 アブソリュートが気を遣ったと思ったのか逆に気を遣われてしまった。

 レディ水をもらい一息つく。常温で出してくれる気遣いが嬉しい。

「あっ、王女様もよかったらどうぞ」

「ありがとうございます。……あら? この水とてもおいしいですね。自然の中で何度もろ過され不純物を取り除いたようなスッキリとした味わい。これってどこの水ですか?」

「レディ水ですわ」

「レディ水?」

「ええ、私から(水魔法で)出た水なのでレディ水です」

 レオーネ王女の顔が青くなる。

 他人から出た水と言えば、あれしか思いつかないからだ。

(レディの奴、わざと言葉足らずにしゃべっているな。見た目は可愛いのに下ネタもいけるとかモテるわけだ)

 恐らく狙ってやっているであろうやり取りに既視感を覚える同派閥の面々。

 ツッコミを入れる準備をしていた。

「私が……? 出した? もしかしてこの水って、おしっ「いわせないぞ?」」



 その後、レオーネ王女の誤解を解き、全員で一息つく。

 休憩したのち、アブソリュート・グループはそのまま進み戦闘を繰り返していった。だがあまりにも魔物が多いので本当はもう少し森の奥に行く予定だったが一日目はあまり進めずに終わる事になる。

 森に入ってから数時間が経過し、空も暗くなってきたのでこれ以上の探索は危ないと判断して明るいうちに見つけておいたキャンプ予定地でアブソリュートたちはキャンプの準備を始めた。

 レディとオリアナは薪や水の補給。

 マリアは辺りを警戒

 レオーネやメイドで天幕の設置

 アブソリュートの魔法で辺りの木々をぎ倒してスペースを確保

 ミストにはブラウザ家の固有魔法【結界】を使用して、魔物けの結界を張ってもらっている。

「…! …! …!」

 天幕を張り終えた後、精霊のトアから緊急信号が送られてきた。この信号はクリスたちに向かって大量の魔物の襲来を意味していた。

 少し遅れてクリスたちのいる方向から空に魔法が上がる。

(ようやく動いたか。私たちの方にはまだ来ていないし、ミストの結界があれば十五分は稼げるはずだ。距離はそんなに離れていないし全力で行けば間に合うな)

「ミスト、私は一五分ほど席を外す。それと結界を厳重に張っておけ。何かあれば予定通りレディに魔法を空に上げさせろ!」

「えっ? アブソリュート様!」

 それだけ言い残してアブソリュートは一瞬でその場から姿を消した。

 その場に取り残されるミストと天幕を張っていたメイドやレオーネ王女。



「行っちゃいましたか、仕方ない人っすね……」

 そう言いながら苦笑いを浮かべるミスト。

 アブソリュートとの付き合いも長い彼にしてみればこういう状況はよくあることだった。

(アブソリュート様は魔法の上がった方に向かっていったな。このタイミングでグループを離れるなら恐らく救援に行ったのだろう。アブソリュート様が行かなければならないほどならかなり危険な状況だと理解できるし、なんの躊躇ためらいもなく動いたのだからアブソリュート様は恐らく何かしら異変の情報をつかんでいた?)

 ミストたちはアブソリュートからは何も知らされていない。無用な混乱を招かないためか、それとも自分たちが信頼されていないからなのかは分からない。

 長い付き合いの自分らに相談してくれなかったことに一抹の寂しさを感じる。

「あのブラウザさん。少しいいですか?」

 仕事を終えたレオーネ王女がミストに声をかける。

「なんすか? 王女様」

「アークさんの事なんですが、貴方たちはどう思っているんですか?」

「ん? どういう意味合いですかね?」

「正直私はあまり彼にいい感情を持っていません。

 勇者を倒すほどの実力、それは認めています。ですが先ほどまで彼は自分で戦わず貴方たちに戦わせてましたよね? 正直言って失望しました。あの力がありながら貴方たちを盾にして踏ん反り返っている彼に!」

「……」

 ミストは何も言わずにレオーネ王女の話を最後まで聞いている。

「もし彼によって苦しめられているなら私が力になります。今日一緒に戦ってみて貴方たちは悪い人ではないと思いました。他国ではありますが、私は王女です。貴方たちを救う助けができるかもしれません」

 レオーネ王女なりにミストたちをおもんぱかっての言葉なのだろう。

 ミストたちを助けても彼女にメリットはないのだから。

 話を聞き終えようやく口を開くミスト。

「えっと、王女様? その話はレディやオリアナにもするつもりですかね?」

「ええ、貴方の意見を聞いてみてから聞こうと思っています」

「んー…。それは止めといた方がいいすよ? アーク家派閥の女子組は皆アブソリュート様にぞっこんですから、悪口言ったら暴れちゃうかもしれません」

 ミストの予想は当たっている。もしレオーネ王女がミストではなくレディに先ほどの話をしていたとしたら修羅場になるのは確定だろう。

「分かりませんね。あんな扱いを受けてどこをしたっているのやら。それでブラウザさん質問に答えてもらっても?」

「んー……」

 どう答えたものか頭を悩ませる。

 アブソリュートをどう思っているか。単純なようで難しい質問に感じる。

 レオーネ王女はアブソリュートの【絶対悪】のスキルも重なって悪い印象しか持っていない。ミストは今更彼女のアブソリュートへの誤解を簡単に解けるとは思っていない。

 ミストはあまり口がうまい方ではないので素直な気持ちを語ろうとする。

「……英雄ですかね?」

「英雄?」

「いや、なんでもないっす。アーク派閥は皆アブソリュート様のことは好きっすよ。勿論俺も含めて。戦闘だって俺たちが進んで引き受けたことですし」

 勿論これは本心だった。

 子供の頃ならまだしもこの年になってアブソリュートのことを悪く言うものは派閥内にはいない。

「なぜかばうんですか? もしかしたら現状の待遇が少なからず改善するかもしれませんよ?」

「噓かと思うかもしれませんけど、一応本心っす。レオーネ王女、アブソリュート様は戦いが嫌いなんですよ」

「はぁ?」

 レオーネ王女にとっては寝耳に水な話だった。

 冗談のような事を言われたので理解が追いつかない。

「えっ? いや何を言うかと思えば噓ですよね? 勇者を倒すほどの力を持っていて戦いが嫌いなんて」

 噓だといわれても仕方ないだろう。

 誰があの悪名高いアーク家の跡取りが戦いが嫌いだと思うだろうか。

 レオーネ王女の疑問にミストは苦笑いしながら答える。

「別に力を持っていても戦いが嫌いな人はいるでしょう。アブソリュート様は正にそういうタイプの人です。身内や家のために仕方なく力を使っているんです。まぁ、本人は認めないだろうし俺の臆測ですけどね」

「少し自分の話をしますね。俺らアーク派閥は皆この国ではグレーな仕事をしている貴族です。この国はそういう仕事に対して風当たりが厳しいんで貴族の間で俺らは嫌われてるんすよ。初めて王都のパーティーに行った時なんて高位貴族の子息たちがお前らは汚らわしいって言って俺らを囲ってリンチっすよ。酷いもんでしたよ……」

「同じ国にいる貴族なのに……酷い話ですね」

 レオーネ王女は同情し顔に悲しみをにじませる。

(真面目で善良な人っぽいすね。まぁ人としては好ましいと思いますけど)

「この国だとそんなもんですよ。んで、そんな俺らを助けてくれたのがアブソリュート様っす。俺らも最初は怖くて正直アブソリュート様のことは苦手でした。同い年なのに威圧感凄くて怖いし、嫌な感じがするしで誰も近寄りませんでした」

 罪を告白するように話すミスト。

 今でも彼はアブソリュートを遠巻きにしていたことを後悔しているのかもしれない。

「でも──アブソリュート様は俺らを大勢の貴族の子息たちから守ってくれました。アブソリュート様を孤立させていた俺たちをですよ。『今後は私の側を離れるな』とまで言ってくれて、こんな俺らのために今でも自分を盾にして守ってくれてんすよアブソリュート様は……」

「……貴方たちがアークさんを慕っているのは分かりました。それでも貴方たちに戦わせるのは間違っていると思います。仮に貴方が言うように戦いが嫌いだとしてもです」

 ミストは困った顔をして頰をかき話を続けた。

「さっきの話の続きなんすけどね、アブソリュート様が俺らを守ってくれた時から結構交流が増えたんすよ。俺もそっから家の事情でアブソリュート様の側にいる事が増えて、それであの人を近くでずっと見てきました。いっつも眉間に皺寄せて、嫌そうな顔で周りのために戦うアブソリュート様の姿を。戦う時だけなんですよ……あの人があんなに感情を表にだすのは。だから、皆で話し合ってせめて俺らで代われる範囲の戦いは俺らでやるように決めたんすよ。アブソリュート様が少しでも嫌な思いしないように」

 ミストはアブソリュートのことを誰よりも見てきた。

 怖くて無愛想でよく面倒なことにはミストを身代わりにするが、それでも……優しいのだ。

 そんなアブソリュートがミストは好きなのである。

「……なぜ私にそこまで話してくれたのですか?」

「こんなこと言うとアブソリュート様に怒られるかもしれませんけど、あんなに優しい人が嫌われたままでいるのが俺は悔しいんです。俺はアブソリュート様には幸せになってもらいたいんですよ。それだけです」

「……本当に慕っているんですね。正直意外でした。ブラウザさんは意外と忠臣なんですね」

 レオーネ王女が一番最初にミストに声をかけたのは彼が忠誠とは程遠い見た目や振る舞いをしていたのが大きい。

 にもかかわらず意外な忠誠心を持つミストに対して評価を大幅に変えるのだった。

「よく裏切りそうって言われますよ。でもアブソリュート様は人を中身で判断する人なんで見た目で判断せずに接してくれます」

「確かに先ほどの私のように人を先入観だけで判断するのはいけませんね。アークさんが帰ってきたらもっとお話してみようと思います。すみません、貴方の主人を悪く言うようなことをしてしまって」