一人の男がいた。

 男は国の中で悪を成すのが役割だった。違法紛いのことも行うが、一番の悪徳は人を殺すことだった。国の黒の部分をすべて背負い、誰にも知られることなく国を乱す悪人を殺していく。

 男が悪人を殺す理由。それは自分以外の悪を滅ぼし、統制することが家の役目だったからだ。

 闇組織のトップでもある男は争いの日々であった。

 敵国の闇組織や自分以外の罪を犯した悪人を殺していく。

 皮肉にも人を殺すたびに男は強くなり、それに比例して恐れられていく。

 どれだけ陰で人を救っても、国のために汚名を被っても、家や派閥のためにその力を振るおうとも、男の周りや後ろを付いてくる者はいなかった。

 別に誰かに認めて欲しかったわけではない。

 だが、自分のしていることが無意味だと、そう感じることが恐ろしかった。

 民や貴族は男を悪党だと陰でののしる。その陰口を聞くたびに自分がなぜこのようなことをしているのか分からなくなる。

 それでも男は悪を成し、国を守る。

 彼にも領地という大切なものがあるからだ。国を守ることが自らの領地を守ることにも繫がる。そう信じて男は剣を振るう。

 悪意を圧倒的な力でじ伏せ、いつかこの役割が終わることを信じて奔走した。

 だが、男がどんなに奮戦しようと終わりは見えず、むしろその強さを恐れて国からも危険視される。

 そして最後はこの世のすべての罪を背負わされ男は国から討伐される。

 男が人知れず国のために戦っていたことは誰も知らない。

 それ故に実績をかいざんし、黒い部分だけを公表することで男は国の敵となった。

 敵の死体が散乱する戦場で男は立ち尽くす。

「私の人生は一体なんだったのか……」

 悪と戦うために身に付けた力を、今は守ってきたはずだった同じ国の者に振るっている。

 これまで自分がしてきたことは無駄だったのだと悟る。

 血をまとった剣を下ろし、返り血を浴びたまま男はどうこくした。





 アブソリュートは長い夢から目を覚ます。

「……またこの夢か。原作で語られなかったアブソリュートの人生……ホントにがでる」

 アブソリュートはたまに変な夢を見る時がある。自分と同じ姿をした人間の人生のようであるが、あまりのリアリティーにそれは原作のアブソリュートの人生を見ているのではないかと仮定している。

「私と同じ歳の頃から人を殺してきたんだ、死が日常にあるせいで罪悪感を抱くことなく人を殺してきたのだろう。前世の記憶を持つ私とは違うし、むしろ原作のアブソリュートの方がこの世界では正常だろう。だが、私はどうしても国のためだからと、原作のアブソリュートのように人を殺すことを割り切ることができない。あんなに人を殺しておいてどの口が……。何をしているんだ私は……」

 アブソリュートは前世の価値観とこの世界の価値観に揺れていた。

 今のアブソリュートは国の命令という大義を持って人を殺してきた。原作のアブソリュートと同様に悪や敵を殺す時に容赦のない残虐さを持ち合わせているが、前世の価値観に引きずられ人を殺すことを罪だと認識してしまっている。

 故に『私は悪だ』と何度も自分に言い聞かせ、自分の行いを正当化しないようにしていた。

『あなたって意外といい人ね』

 アリシアから言われた言葉を思い返すたびに何度も心の中で否定する。

(いいや、私は悪だ。嫌々だが人を殺すし、自分や仲間以外が死んでもなんとも思わない。国からの依頼だったとしても人を殺すことは悪だ)

 久しぶりに見た夢のせいで最悪な気分で朝を迎えた。



 その日学園が休みのアブソリュートは久しぶりにアーク領に帰還した。理由は父から話があるとのことだ。

 なので、恐らく裏の仕事の依頼だと推測される。

 裏の仕事を好まないアブソリュートは足取りを重くしながら父の待つ部屋に向かう。途中で久しぶりに会う年老いた使用人たちがアブソリュートに礼をし、帰宅を祝う挨拶をしていく。

(ホントいつ来ても中年と老人しかいないな、この家は。少子高齢化を嫌というほど突きつけてくる。むさ苦しいし、ないはずなのに畳の臭いがするし正直帰りたい……)

 心の中で文句を垂れながらも父の待つ部屋のドアをノックする。

「アブソリュートです。ただいま戻りました」

 返答を待つと中から執事が出てきてアブソリュートに部屋に入るように促す。

「よくきたなアブソリュート。まぁ座りなさい」

 アブソリュートは父の向かいにあるソファに座る。

 執事が入れてくれた紅茶を飲んで一息ついてからアブソリュートは口を開く。

「それで依頼はなんですか?」

「相変わらずせっかちだな。まぁその話は後でいいだろう。それより先に話したいことがある。アブソリュート、前に話したハニエル姫との婚約考えてくれたか?」

 アブソリュートは、王太女であるハニエル姫との縁談を以前より王家から受けていた。またその話かとアブソリュートは顔をしかめる。

「またその話ですか。私はハニエル姫との婚約はするつもりはありません。どうせ、私を王家に縛るための婚約でしょう? 私にメリットもない婚約なんて御免ですね」

「メリットがないなんてそんな事はないぞ? ハニエル姫と婚約すればアーク家派閥の地位が上がる。それにお前も使える権力が増えるし、表立って私たちを非難する声も減るだろう」

 なぜか父は婚約に肯定的な姿勢を見せる。

 だが、現在闇組織の手綱も裏の国防の任務もアブソリュートが基本的に担っているため、父であり当主のヴィランであってもこの婚約を勝手に進めることはできないのだ。

「ハッ! 地位? 権力? 私がそんなものいつ欲しがりましたか。それに私たちは悪だ。今更地位や名誉など必要はないはずです」

 王家との婚約の話となると面倒なことこの上なかった。

 だから、アリシアとの婚約ができれば王家から縛られることもなく、安全に裏の国防の任務からおさらばできると考えていたが、断られたためにこうして面倒臭い対応をする羽目になっているのだった。

 ヴィランはアブソリュートの答えを聞き、ため息をく。

「まぁお前の気持ちも分かるがな。だが、今回の婚約について国王は本気だぞ? 嫌だろうが、そのうち顔合わせがあるかもしれないからな。その時はちゃんと来いよ? さて、では本題に入るか」

 ヴィランは真剣な表情に切り替わる。

「スイロク王国の闇組織『ギレウス』が崩壊した」

「は?」

 アブソリュートの顔にわずかに驚きが見られる。

『ギレウス』はスイロク王国を取り仕切っている闇組織だ。その規模は小国ながらも一国の裏を掌握している。ライナナ国のアーク家や、帝国のノワール家と比べると格は落ちるがそれなりの実力を持つ闇組織という認識だ。

「それは穏やかな話ではないですね。一体どこがやったのです?」

 聞いてはみるがアブソリュートの中では結論が出ていた。

 これは原作イベントが関連している。

 スイロク王国が舞台となると実行犯はボスキャラのあいつしか思い浮かばない。

「奴らは『ブラックフェアリー』と名乗っているそうだ。

 規模など詳しい情報はスイロク王国に配置している下部組織に調べさせてあるがまだ詳細は不明だ」

 やはりとアブソリュートの中で歯車がみ合う。

 今回の任務は恐らく原作イベントが起こる前兆だろう。

『ブラックフェアリー』にはまだ手を出さないはず。なら今回の任務は何をさせられるのだろうか。

「少し話がれたが本題に入る」

 アブソリュートは父から指令を受ける。

「『ギレウス』が新興勢力の『ブラックフェアリー』との勢力争いに負けた結果、その残党どもがライナナ国に根城を移した。その連中がアーク家の傘下に入りたいと打診してきている。判断はアブソリュートに任せるが話次第ではせんめつしろ」

 ギレウスの殲滅……アブソリュートにとっては難しくない任務だ。

 だが、アブソリュートは深く考えるように眉間にしわを寄せている。

「なるほど理解しました。ですが、疑問があります」

「言ってみろ」

「はい、ギレウスの奴らは一体どうやってライナナ国に入ったのですか?」

 ライナナ国は表では警備隊が、裏ではアーク家の傘下の者が入国を厳しく管理している。他国の闇組織の人間が一人二人ならまだしも大勢が中に入っているなど考えられなかった。

(考えられるのは二つ。アーク家傘下の者たちが手引きしたか、スイロク王国で交渉屋を使ったかだな……。恐らく後者だろう)

 交渉屋……裏の世界では有名な異名だ。闇組織を中心に自らを交渉人と名乗って活動しているが、金次第でどんな仕事でも行う男だ。

 転移のスキルを持っており、捕まえようとしてもすぐに逃げられてしまう厄介な奴だ。原作では学園の試験で行われる大規模遠征試験で大量の魔物を放ち、多くの死者を出した主犯だ。

「我が家からは手引きはしていない。あんなつぶれかけの組織など価値はないからな。傘下の者たちもアーク家を敵に回してまでギレウスを入れようとはしないだろう。恐らくあの交渉屋を使ったな。全くいまいましい奴だ」

 父ヴィランもアブソリュートと同じ判断をくだした。

(転移を使ったタイミングによっては捕まえられるかもしれないな。原作でも転移を使えなくなったところを勇者に見つかって殺されたわけだし。最悪まだその場に残っているだけでも充分だ。切り札はある)

 本来なら大規模遠征試験の時になんとかしようとした相手だが、のこのことやって来た事に幸運を感じた。

「一応そこら辺も含めて聞き出してから始末します。では行ってまいります」

「あぁ、そうだ。それと二週間ほど私も任務で遠出する。ノワール家に不自然な動きがあったのでな。何かあれば執事に手紙を預けておいてくれ」

「承知しました」

 アブソリュートは『ギレウス』の詳細な情報を受け取り行動に移す。





 ライナナ国王都から南に離れたフラワー領にある酒場にて、いつもなら閑散とした酒場が柄の悪い男たちで埋め尽くされていた。

 男たちはスイロク王国から逃げてきた闇組織ギレウスのメンバーである。

 闇組織ギレウスのリーダーのオリオンはいらついていた。

 かつてスイロク王国の一番の勢力を誇っていた闇組織派閥だったギレウスが、新興勢力『ブラックフェアリー』との争いに負けて他国にまで亡命する結果になってしまった。

 プライドの高いオリオンにとって屈辱以外の何者でもなかった。

「クソッ……、絶対にこのままでは終わらせねぇ。この国で力を蓄えて絶対にふくしゅうしてやる」

「もちろんです、ボス。ですがこれからどうしますか? 交渉屋を雇ってライナナ国に入れたのはいいですが……あいにく何千といたメンバーも五十しか残っていません。今後の方針を考える必要があります」

 メンバーの一人がオリオンに方針を決めるように求めた。酒を飲んでいたオリオンだったが頭の中はクリアのままだ。部下の質問に対して返答する。

「……悔しいが、今の俺らにはどうすることもできねぇ。だからこの国の闇組織の傘下に入ろうと思う。この国の闇組織はアーク家って言う上位貴族の下にあるらしい。貴族様が守ってくれるならこの国でもやりたい放題だ。庇護の下で力を貯めて復讐してやる」

「大丈夫ですか? 正直今の俺らにアーク家が迎え入れるだけの価値があるとは思えませんが……」

 築き上げてきた地位も財産も仲間の多くも失ったギレウスは、ただのチンピラの集まりと言っても過言じゃなかった。

「大丈夫だ。ライナナ国にくる前に貴族から見た目のいいガキをさらってきただろう、それを献上する。それに俺らは腐っても元スイロク王国の裏を占めていたギレウスだ。そこいらのチンピラより役に立つし、スイロク王国についての情報も持っている。にはしないさ。クソッ、交渉屋の野郎……金払ったんだからアーク家との交渉までやって帰れよ」

 そう話を進めていると部下の一人が血相を変えて酒場に戻ってきた。

「ボスッ! アーク家を名乗る者が来ました」

「何?! 人数は?」

「一人です。男が一人」

(とりあえず第一関門はクリアだな。俺らを殲滅するなら頭数をそろえるはず、アーク家も迎え入れる気があるってことか?)

「全員ひざまずけ。アーク家の方がお見えだ」

 オリオンを含む全員が、使者を名乗る男が来る前に膝をついて迎える。

 正直殲滅されることも予想に入れていたオリオンは密かに胸をでおろした。

 だが、それは的中だったと早々に気づく事になる。

 ギレウスのメンバーで満たされた酒場の空間に一人の男が入ってきた。男が酒場に足を踏み入れた瞬間に、ギレウスのメンバーにてつもない圧力が降りかかる。

 弛緩しかけていた空気が一変して張り詰めたものに変わる。

 まるで喉元にあいくちを突きつけられているかのような緊張感だった。

(なんだこの圧力……ただ者じゃねぇ。何度も修羅場をくぐってきた俺が震えているだと?!

 男はギレウスを見下ろすかのようにカウンターの上に腰掛ける。

 あまりの圧力に動けないギレウスのメンバーをよそに男は口を開く。

「お前らがギレウスだな? 私はアーク家からきた者だ。用件は聞いている。アーク家の庇護を得たいんだってな?」

 返答が遅れれば相手に不信感を与えてしまう。

 リーダーであるオリオンは乾いた唇を舐めてなんとか返答をする。

「はい。俺たちはこれでもスイロク王国では長年頂点を張ってたんだ。絶対に役に立ってみせます」

 機嫌を損ねるとヤバイと感じたオリオンは必死に自分たちの有用性をアピールする。

「……一つ聞かせろ。お前たちどうやってライナナ国に入った。もしや交渉屋を使ったのではなかろうな? いつ依頼して、いつ別れた?」

 アーク家の男は矢継ぎ早に問いかける。

「はっ、はい。ライナナ国は警備が堅いので三日前に交渉屋に依頼し、全員転移が終わった段階で……昨日別れました。……まずかったでしょうか?」

 オリオンは何か男のに触れたのではないかと冷や汗を流す。男は何か考えこむように口を閉じ、酒場の空間がさらに張り詰める。

「そ、そうだ! アーク家の方に貢ぎ物があるんです。お前らアレを持ってこい!」

 悪い流れを変えようとオリオンは部下に指示し貢ぎ物を持ってこさせる。

 アーク家の男はそれを見て眉間に皺を寄せる。ギレウスの者たちが連れてきたのは十を過ぎた位の双子の子供だった。

 恐らく暴行を受けたか、二人とも傷だらけで片方は虫の息だった。

「スイロク王国から攫ってきた双子の姉妹です。珍しい事に二人ともオッドアイでこのうるわしい見た目、将来高く売れるでしょう。ギレウスは人攫いをメインにやってきた組織です。他国とのコネクションもありますし、きっとアーク家の利益になってみせます!」

(交渉屋の話ではアーク家には奴隷商はあっても人攫いはしていないって話だった。俺らの入れる隙はあるはずだ)

「……そうか、話は分かった。お前らの熱意も有用性も伝わった」

「ではっ!」

 ギレウスのメンバーは庇護を得られると思い笑みを浮かべる。

「その上で伝えよう。不採用だ」

「え?!

 気づけばギレウスのメンバーがいた酒場は闇の魔力で覆われていた。

「お前らはアーク家に相応ふさわしくない」

 ダーク・ホール

 千を超える魔力の腕が酒場中から生えてきてギレウスを襲った。





 ダーク・ホール

 ギレウスの連中と会話している時、アブソリュートは室内を自らの闇の魔力で満たし何時でも魔法を放てるようにしていた。

「ギャァァァァァアアアア!」

「イ、イヤダァアアアア!」

「は、離せぇぇええ!」

「クソ、なんだこの腕は?!

 膨大な数の魔力の腕にギレウスのメンバーが捕まる度に絶叫が上がる。四肢をもぎ取られる鈍い音が室内に響いていく。

 ギレウスの連中も魔法や剣で魔力の腕を切り裂いて抵抗するが、弱い奴から順に魔力の腕に頭や四肢をもぎ取られて死んでいく。

「くそ、俺らを駆逐するつもりか。モリサやれ!」

「ハッ!」

 オリオンの指示で腹心の男がアブソリュートへ攻勢を仕掛ける。

 目前にあるのはおびただしい数の魔力の腕。

 だがモリサは迷わず進んだ。

「スキル【超加速】」

 スキルにより加速したモリサは一気にアブソリュートとの距離を詰めた。

(魔法主体で戦う者は接近戦に弱い傾向がある。このまま切り捨てて終わりだ。馬鹿め、護衛もつけずに来たのが運の尽きだったな)

 アブソリュートの魔力の腕をい潜り、遂に自身の間合いまで距離を詰めた。

(もらった!)

 剣を振りぬき、その首をねようとする。

 レベル四十にしてギレウスの死神の異名を持つ男は勝利を確信した。

 勢いよく腕を振りぬく。

 だが、彼の刃がアブソリュートを傷つけることはなかった。

 敵が攻撃する瞬間にアブソリュートが抜刀し、瞬時にモリサの両腕を斬り飛ばしたからだ。

「ば、馬鹿な……」

「ふん、接近戦が苦手だと決めつけて油断したな。接近戦ができない者が一人で敵地に来るわけないだろう。じゃあな」

 別れの言葉と呼応するかのように魔力の腕がモリサに絡みつく。

 何本もの腕が肉体を摑み握りつぶした。

「ぐわあああああああああああああああ!」

 全身を破壊されたモリサはなすすべなく魔力の腕によって闇の中へ引きずり込まれていった。

「馬鹿な、モリサがっ! くそ……許さねえ」

 ギレウスのリーダー、オリオンは部下の死に怒りを見せながらも、確実にアブソリュートのダーク・ホールを防ぎきっていた。手近な腕は剣で斬り伏せ、一カ所に留まらずこまめにポジションを移動して抵抗していた。

(ガキがいるし、本気は出してないけどさすが元トップ張っていただけはあるな。修羅場に慣れている。瞬時に私の魔法の弱点を見抜くとはな)

『ダーク・ホール』は魔力の腕で握りつぶし、闇の異空間に引きずり込むオリジナル魔法だ。

 アブソリュートが好んでよく使う魔法だが、この魔法は使用者の闇の魔力をフィールドに広げることで、射程を自由に変えることができるために使用者次第で近距離、中距離、長距離とオールレンジで闘うことができるのが強みだ。

 弱点としては、消費魔力が激しいこと、操作の兼ね合いで魔力の腕の動きがどうしても遅くなってしまうことである。

 アブソリュートは魔力の量は心配ないが、魔力の腕のスピードが遅い弱点をカバーするために魔力を多く使い、魔力の腕の数を増やすことでカバーしている。

(契約している精霊のトアを使えれば秒で終わるけど、トアにはのぞき見している奴を見張ってもらっているからなぁ。スピードは今後の課題だな。

 ガキだけでも動かしたいけど、ギレウスの奴らの奥にいるし見た感じ死にかけで意識ないしなぁ。ガキ狙いで変な真似されてこっちの弱みを見せるわけにはいかない、コイツらを殺るまで悪いがしばらく放置だな)

 残りがリーダーだけになったところで、アブソリュートはダーク・ホールを解いた。魔法をなんとか凌いでいたギレウスのリーダーもさすがにまんしんそうだった。

「なぜだ!! 俺たちは仲間になりたくて来ただけだ。殺し合いをしに来たわけではない! 敵対しているわけでもないのになぜ攻撃する?!

「……アーク家は人攫いなんてずるい悪行はやっていないし、そんなことやってる奴らはいらん。それにアーク家の縄張りに許可なく入ってきただけでも死に値する。ほら、死にたくなかったら抵抗してみせろ?」

 アブソリュートはオリオンを始末しようと剣を抜く。

「人攫いの何が悪い。スイロク王国は俺がガキの頃から人攫いが頻繁にあったし、俺の姉や友人だって攫われた。にもかかわらず人攫いを否定するのか!」

 ギレウスのリーダーであるオリオンはスイロク王国のスラムの出身だった。毎日がその日食事にありつけるかどうかに頭が一杯な日々だったが、そんな日々でも悪くない生活だった記憶がある。

 オリオンは不思議と周りに人が集まるタイプでスラムでも同じ境遇の、年の近い子供たちがこぞって彼の周りに集まった。

 年下に対して面倒見のいい姉貴分やいつも周りをウロチョロする弟分や妹分。金も家も何もなかったが皆がオリオンの周りを囲んでにぎやかな日々を送っていた。

 だが、オリオンたちが住んでいたのはスラムだ。スラムでは何が起きても自己責任だ。衛兵たちは来ないし、けんや人攫いも頻繁に行われていた。その魔の手はオリオンの周辺にも伸び始める。

 初めに攫われたのは八歳くらいの妹分だった。オリオンのことを兄と慕う可愛らしい子だった。攫われたのを見たと仲間に言われて膝が崩れ落ち力が抜けていく感覚を今でも覚えている。ここはスラムであり人攫いも日常の範囲だと認識していたが、まさか自分の仲間がとは思わなかったのだ。

 それからも頻繁に仲間が一人、また一人と減っていき、遂には目の前でもそれが行われようとしていた。攫われそうになったのはオリオンの姉貴分だった。

 彼女は人攫い複数人に声や身動きが取れないように口や手足を縛られ運ばれていた。オリオンはなんとかして彼女を助けようと人攫いたちに立ち向かった。だが、大人と子供では力の差が大きくオリオンは人攫い数人に痛めつけられ敗北した。人攫いたちは笑いながらオリオンを痛ぶり動けなくなったオリオンを放置して娘をつれて行った。

(許さない。人攫いはこの国では当たり前だが俺の仲間に手を出すのは許さない。絶対にお前らも攫って売り飛ばしてやる)

 スラム出身で学のないオリオンは法律を知らず人攫いが犯罪だと知らない。人攫いが当たり前の世界で育った彼は常識や価値観がゆがんでしまい自らも人攫いに手を出してしまう。

 オリオンはその後、残った仲間を集めてギレウスを結成した。目的は自分たちの仲間を売っていた組織への復讐だった。幸いにも仲間に恵まれすぐにギレウスは大きくなりすぐにスラムを取り込むことに成功する。

 オリオンの仲間たちを売っていた組織は全員捕まえて奴隷商や貴族に売り飛ばしてやった。その組織を調べるうちに貴族が背景にいるのが分かり勿論その貴族にも復讐し領民や身内を売り飛ばしていく。そんなことを繰り返していくうちにギレウスはスイロク王国で一番の組織になっていた。オリオンにとって人攫いとは世界中で日常的に行われているものであり、復讐の手段であった。

 オリオンは人攫いを行いながら今も攫われた仲間たちを無事でいると信じて探している。別の新興勢力の組織に負けるまで。



 なんとかアブソリュートに一矢いっし報いたいオリオンだったが、二人の力の差は大きく開きすぎていてそれすらもかなわなかった。

 アブソリュートのけんげきでオリオンは重傷を負い、壁に背を預けながらも近づこうとするアブソリュートに弱々しく剣を振って牽制する。

「ハァ、ハァ…。俺もここまでか……。いいよなぁ、あんたはその強力な力を使って好き放題できるわけだ。さぞ気持ちいいんだろうなぁ。俺らみたいな組織やそこいらの貴族相手にやりたい放題じゃねぇか。なのに……あんたなんでずっとそんな面してんだよ! なんだよ! その目は、顔は! 強者ならアイツらみたいに笑いながら痛ぶれよ。俺をそんな目でみるんじゃ……ごふ?!

 グサリッ……

 ギレウスのリーダー、オリオンはすべて言い終える前にアブソリュートによって胸を剣で突き刺され、力なく崩れ落ち力尽きた。

「血の匂い、剣を突き刺した感触、私は戦いのすべてが大嫌いなんだ。それを楽しんでやるようなら私はもう悪ではなく外道だ……。そんな奴らと一緒にするな」



 その後、ダーク・ホールでギレウスたちの遺体を闇の中に引きり込んで遺体処理を行う。

 すると戦いが終わったのを見て処理班のブラウザ家がアブソリュートの方に向かってくる。顔は布を巻いて隠しているが恐らくミストだろう。

「……ミストか?」

「お疲れさまです。言われた通り覗き魔は放置していますよ。死体は……また自分で処理された感じっすね。あまりアブソリュート様自身でやらなくともブラウザ家でやりますよ?」

 証拠の隠滅に遺体処理、目撃者対策はブラウザ家の仕事でありアブソリュートが任務を行う際、遺体処理はすべて自身でやってしまう。

 アブソリュートは自らがあやめた者を自身の闇の中に葬ることで供養をしているつもりだが、ミストたちブラウザ家は自分たちの仕事を派閥のトップがやっていることに申し訳なさを感じていた。

「こんなもの誰がやっても同じだ。まぁ私がやった方が早いのは事実だがな。それにお前、死体処理嫌いだっただろ?」

 ミストが初めて任務に同行した時、初めての遺体処理で固まってしまったことがある。初めてみる命の失われる瞬間、動かなくなった体、死への忌避感におびえてしまったのだ。

 アブソリュートはそんなミストの姿を見て自分の魔法で供養を始めた経緯がある。

「ははっ、いつの話をしているんすか。俺のことを思ってやっているならもうとっくの昔に慣れたんで大丈夫っすよ。貴方はもう、俺らの分まで背負わなくたっていい。そのために俺ら傘下の者一同は強くなったんすから」

 ミストの言葉に若干目頭が熱くなる。

(たまに感動することを言うなぁ、私はお前が分からないよ。すぐ裏切りそうな感じしているくせにたまにこういうこと言うんだから。あぁ、ガキ共のこと忘れてた)

 アブソリュートはギレウスたちが攫ってきた双子の姉妹の元による。二人は顔や体中に殴られた跡がありボロボロだった。

 アブソリュートは回復魔法を使って治療するが全快とまではいかない。失った体力や精神面まで回復はしてくれないからだ。

「ブラウザ家はコイツらを連れて撤退しろ。この見た目に服装、貴族の可能性がある。後日、国王に引き渡す。全く面倒な事になったな」

「了解です。アブソリュート様は?」

「覗き野郎に見物料を貰いに行く」





 アブソリュートが戦っていた場所を上から見下ろせる場所で男は殲滅を観戦していた。

 顔の半分まで隠したローブに加えて仮面をつけた男だ。

「つぶれかけだがギレウスを一人で殲滅とは……思った通りアーク家は危険だ。あんなのを敵に回したらろくな死に方をしない。いくら目から飛び出るような金額だからってやはり断るべきだったな。全く僕の仕事は交渉だって言っているのに全員を他国に運べ、なんて依頼する奴間違えている。まぁ、アーク家との交渉はいくら積んでもやらないがな」

 男は交渉屋と呼ばれており、裏で生きている者であれば知らない者はいない。

 金と交渉次第でどんな物でも手に入れ、密国や密輸もお手の物。それでついた異名が交渉屋だ。

 本人はその異名のせいで交渉次第で本業の交渉以外もやらされ、なんでも屋扱いされるのを嫌っているが名が売れるのは悪くないことだと思っている。

 なぜなら、有名になるほど依頼は増え、金が増えるから。

 金は交渉屋にとって命より大事な物だ。いくらあっても困らないし、愛や信頼も金次第だ。

「あのアーク家の力を見ることができただけでもよしとするか。この情報も高く売れそうだ」

 交渉屋がスキルを使ってこの場を去ろうとすると、いきなり目の前に、人とは異なる異質な美しさを持つ異様に白い女性が現れた。

「これは……精霊? しかもかなり高位の。なんでこんな所に?」

 いきなり現れた精霊に気を取られていると背後から声が聞こえる。

「ほう……精霊を知っているか。そういえば、ブラックフェアリーのリーダーも精霊使いだったな。もしかして知り合いか?」

「あなたは……」

 交渉屋の前に現れたのはさっきまでギレウスと戦っていた男だった。

 背中に冷や汗が流れる。

「会うのは初めてだな、交渉屋。イメージでは中年の男かと思ったが声からして以外に若いな。さて、知っているとは思うが私はアブソリュート・アークだ。ギレウスの奴らを連れてきたのはお前だろう? よくも私に不愉快な思いをさせてくれたな」

 何かがのしかかるように重い圧力が交渉屋を襲う。さっきまでギレウスが圧力に屈した理由をその身で体験したのだった。

──っ!

 自ら戦うことのない交渉屋ではこの圧力に耐えられなかった。膝をつき、乱れる呼吸を必死に整える。

「何を黙っている? 私を無視するとは、貴様なかなかいい度胸だな。殺すぞ?」

(無茶を言わないでくださいよ)

 このままではマジで殺されると思った交渉屋は【転移】のスキルで逃げようと試みる。

 だが【転移】のスキルを使った次の瞬間に、交渉屋は驚愕した。

 まだアブソリュートの目の前にいる。理由は分からないが【転移】のスキルが効果を発動しなかったのだ。

(噓?! なんで、スキルが発動しない?)

「【転移】【転移】【転移】【転移】【転移】【転移】【転移】【転移】!」

 交渉屋は何度もスキルを使おうと試みるが結果は同じだった。

 交渉屋が、あせっている様子を見てアブソリュートは満足そうな表情を浮かべている。

「貴様、私を前にして何も言わずに帰れると思っているのか? さすがに無礼が過ぎるぞ」

「あ、ああ!」

 交渉屋は動揺が隠せなかった。彼がアブソリュートの前で冷静さを保っていられたのはいつでも転移で逃げられると思っていたからだ。

「お前のスキルを封じているのは転移阻害の魔道具だ。この魔道具は、かつて大陸最強と言われていた『空間の勇者』の転移による暗殺を防ぐためにライナナ国が技術を結集して作った特注品だ。まぁ、もう空間の勇者はいなくなったから、お前のために国王と取引して手に入れてきたわけだ。効果があるようで何よりだ」

(転移阻害の魔道具?! そんなものを用意していたのか)

「なぜお前がギレウスと私の殺し合いをのんびり見物できたと思う? 逃げられると面倒だからあえて泳がせていたんだよ。お前には聞きたいことが山ほどあるからな。例えばお前がライナナ王立学園の野外演習に乗じて、強力な魔物を大量に放とうとしていることとかな」

 仮面の奥の顔が引きつる。

 今アブソリュートが口にした内容はその件に関わっている者しか知り得ないはずだ。

 それに奴は泳がしていたとも言っていた。そんなことがあり得るだろうか。

 ブラックフェアリーとギレウスの争いが起こったのは最近のことだ。それに奴らが負けて僕にライナナ国への亡命を依頼することまでよんでいたと? 一体どこまでの先見、もしくは情報力があれば可能なのか。いや、それができるからこそアーク家は闇組織の上位でいられるのか。

 心臓の鼓動が速くなり、冷や汗が止まらない

 自分が相対した相手の力量を測り誤った。

 そしてこれから自分に起こることを悟ってしまった。

 アーク家という巨大な闇組織を敵に回した自分に訪れる未来は死だということを。

「さてお前には……「あああああああああああああああああああああああ!」」

 アブソリュートが言い終える前に交渉屋は発狂しながら森の中へ逃げて行った。

 冷静さを失い、プライドもかなぐり捨て悲鳴を上げながら逃走する。

 目的地も何もなく、ただ先ほどまで目の前にいた死の象徴から逃げるために。

 木枝に体を打ち付けようと、木の根に足がもつれかけてもただ前へ走ることだけを優先した。

「あああ、いいぐあああああぁあああぁぁぁ……

 悲鳴を出しすぎて声がかすれる。

 呼吸は乱れ、過度の緊張で全身が重くうまく体が動いてくれない。それでも体にむちを打つように駆け抜ける。

 ふと後ろが気になり確認する。

 もしかしたら諦めたのではないか。そんな甘い考えが脳裏をよぎる。

 振り返ればあいつは追ってきていた。まるでこちらの速度に合わせるようにぴったりと離れない。確実に相手は遊んでいるのが分かる。だが、逃げないと確実に自分は殺される。ただ一心不乱に自分のために走り続けた。

 何キロ走っただろうか。

 彼が走り続けた先は絶壁でその先の道がなかった。もう道がないとわかると逃げる気力を失ってしまいその場に座り込んでしまう。

「鬼ごっこは終わりか?」

 アブソリュート・アークだ。息を切らした様子もなく彼はそこにいた。暴力のような圧力と殺気をこちらに向けていた。

 いやだ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。死にたくない。

 頭の中が恐怖で埋め尽くされる。

 お金より大切なものはないと思っていたが、死のぎわにして本当に大切なものを理解してしまった。己の命に勝るものはないと。

「グハッ!」

 腹に蹴りを入れられ、意識が刈り取られる。

 意識を手放す瞬間こう聞こえた。

「安心しろ。こう見えても拷問には自信がある。決して死にはしない」

 むしろ不安しかないと内心で毒づきながら気を失った。

 その後、交渉屋はアーク家にされひたすら拷問を受け続けた。

 陽の当たらない空間で何日も心と体を痛めつけられた。食事を抜かれ、睡眠も妨害され、それが心が折れるまで続いた。

 もっとも奴隷契約を行えば取り調べはすんなり終わる話だったのだが、今回の拷問は交渉屋のせいでギレウスを殺したことの罪悪感を抱くようになったことへの憂さ晴らしと今後のことを考えて上下関係を分からせるために行われたのだ。

 心が折れ、こちらに従順になったのを確認し、取り調べを行う。

 交渉屋を取り調べて衝撃の事実が明らかになる。

「ほう、お前に大量に魔物を放つように依頼したのはライナナ教会か」