トアとの話し合いから数日後、アブソリュートはこれから入学する王都学園に入学試験を受けに来ていた。

 アーク家傘下の者たちは一足先に会場に到着し、今は私たちしかいない。傘下の者たちはアブソリュートを囲うように席につき、クリスが仕切り場をまとめた。

「今後についてはまず、魔法・近接戦闘・筆記試験が実施され、その結果をもとにAからDにクラス分けが行われます。アブソリュート様は問題ないとは思いますが、傘下の私たちが低い点数をとって足を引っ張らないよう既に通達しています。今年はミカエル王子や勇者の末裔に聖女様まで入学します。私たちはあまり関わることはないと思いますが、何かあればアブソリュート様の名前に傷がつきます。皆さん気をつけてください。最後にアブソリュート様、お願いします」

 クリスの言葉に皆がおうように頷く。アブソリュートから言うことは特にない。

「ベストを尽くせ。それだけだ」

「「「はいっ!」」」

 気合いの入った声が会場に響いた。それから、ぞろぞろ他の受験者も中に入ってくる。

 その中には原作のヒロインもいた。

「アブソリュート様、あの修道服の方が聖女様のようです。何か不思議な雰囲気をしていますね」

 クリスは聖女に魅入っていた。

 あれがヒロインの一人聖女エリザか……。

 聖女エリザは教会にて最高位の地位についており、回復魔法の上位互換のスキル『再生』を使う聖職者だ。

 原作ではアブソリュートとの戦いにて致命傷を負った勇者を何度もスキルで癒やしてから前線に送り、その美貌とスキル『扇動』で兵士たちの士気を上げ続けた陰の立役者だ。

 聖女エリザ……やつの危険度は勇者と同列だ。しかも、奴はあまり教会から出てこなかったからかなりの世間知らずだったはずだ。勇者の思考にハマる前にどうにかしなければな。

 アブソリュートが考えこんでいると次は勇者の婚約者でありヒロインのアリシア・ミライが会場に入る。

「アブソリュート様、勇者さまの婚約者アリシア様ですよ。勇者様はご一緒ではないようですね?」

 アリシア・ミライ

 ミライ家の令嬢であり勇者の婚約者。そして幼馴染でもある。原作では暴走する勇者に振り回される描写が目立ったが貴族の世界に疎い勇者のストッパーでもある。戦闘スタイルは遠距離からの魔法攻撃と固有魔法である『魔弾』がメインだ。

(アリシアは学園で更に勇者に振り回されて苦労するんだろうなぁ)

 アブソリュートはアリシアに同情しながらさっきのクリスの疑問に答える。

「クリス。勇者は学園の受験を免除されているから今日はここには来ないだろう。勇者は王族からの推薦という形で入学する。平民ではあるが勇者は準貴族という扱いだからな。っとそろそろ試験が始まるな、戻れ」

 会話を切り上げ、すぐに試験官が会場に入り筆記試験が始まる。学園で習う範囲は既に押さえてあるので、筆記試験は問題なく終えることができた。

 問題は受験者同士で行われる模擬戦だ。この試験では立ち回りや、魔法や剣の技術などが見られる。

 受験者は場外に対戦相手を出すか、試験官が止めるまで試合が続く。対戦相手は基本的にランダムに選ばれるが、爵位が近い者同士になる傾向にある。

 アブソリュートは自分の番が来るまで他の人の試合を見ていた。ちょうど今、友人のレディの対戦が行われており、クリスと観戦している。

「レディはアブソリュート様に魔法の指導を受けてから凄く強くなりましたね。ほら、対戦相手を圧倒していますよ!」

 レディの対戦相手は剣士で、レディとの間合いを詰めようとするがレディの氷魔術のスキルで放たれる氷柱が対戦相手を襲う。

 剣で振り払うが永続的に放たれる氷柱が徐々に当たりだし、最後はレディの攻撃に圧倒されそのまま場外になり、試合は終わった。

「まぁレディなら当然の結果だな」

 試合を終えたレディが笑顔でアブソリュートの元へ向かってきた。

「アブソリュート様! 私の活躍見てくださいましたか!」

 レディが顔を近づけてアブソリュートに問いかける。

「あぁ、強くなったな」

 お世辞ではない。初めて会った時からだいぶ強くなったと思う。レベルにして30ちょっとか。この世界でなら十分強者と言えるだろう。

「お褒めにあずかり光栄ですわ! アブソリュート様の名前に恥じない戦いができたと自負しておりましたの。でも実際に褒められると私、火照ほてってしまいましたわ。アブソリュート様も頑張ってくださいましね!」

 身長差か狙ってやっているのか、上目遣いで話すレディ。

 可愛らしい顔に小柄な体軀も合わさりどこかあざとくも嫌ではなかった。

「……ああ。そうだな」

 レディは、アブソリュートの褒め言葉に内心デレデレしながらアブソリュートの隣に座って会話を続ける。

「アブソリュート様の対戦相手は誰になるのでしょうか? カコ公爵家の方かミライ侯爵家のアリシア様あたりですかね」

 それにクリスが答える。

「聖女様の可能性もありますよ。まぁですが、上位貴族の受験生はカコ家とアーク家意外は令嬢が多いですから必然的にカコ家の方になるのではないですかね」

(カコ家か……)

 カコ侯爵家は、ミカエル王子の記念パーティーでクリスを含むアーク家傘下の貴族たちに突っかかってきた者たちのリーダーだ。名をトリスタン・カコ。噂ではカコ家の中でも実力はずば抜けているが異端児と言われている。

 原作でもあまり出てこなかったからどう絡んでくるか未知数だ。

 そこで考え込んでいると次の試合にアブソリュートの名前が呼ばれた。

「アブソリュート様、頑張ってくださいね」

「ご武運をお祈りしておりますわ!」

 クリスとレディの声援を受けながら試合会場にはいる。そこでアブソリュートは一足先に対戦相手を待った。

 後から入ってきた対戦相手は、アブソリュートの予想を斜め上に裏切った。

「聖女エリザ……そしてアリシア・ミライ、それにカコ家の者だと?」

 そう。対戦相手は聖女エリザとアリシア・ミライ、カコ公爵家のトリスタンだった。アリシア、トリスタンと聖女エリザもこの状況に驚くがまず先にトリスタンが語りかける。

「ごきげんようアリシアさんに聖女様にアブソリュートさん。私はトリスタン・カコと申します。それでこれはどういう状況か説明していただけますか? 試験官様」

 試験官が口を開く。

「確かに模擬戦は一対一で行うのがルールだ。だが、聖女様は戦闘に関してはサポートに特化しておりこれでは聖女様の真価を評価することができない。そこで特例としてこの対戦に関しては二対二で行うものとする」

 確かにサポートに特化した聖女にはこの試験は厳しいだろう。それでダブルバトルか。なるほど、だが組み合わせはどうなるか。

「ペアに関してはアブソリュート・アーク、アリシア・ミライ。トリスタン・カコと聖女様の組み合わせで行う。ルールに関しては審判が試合を中断するかペアの二人が場外にでた時点で終了とする」

 なるほどアリシアとペアか。助かるな……私が聖女と組んだら聖女の力を見ることがかなわず終わってしまう。

 前半アリシアに戦わせて聖女の力を見るか。

 そう考えるとアリシアがアブソリュートに話しかける。

「……話すのは初めてね。アリシア・ミライよ。それで役割はどうする? 私は魔法しか使えないから遠距離からの攻撃になるけど」

「そうか、なら私の剣の間合いに入るまでトリスタンを魔法で攻撃しろ。私がトリスタンを相手している間は何もしなくていい」

 アリシアは不思議そうな顔をして尋ねる。

「いいの? 聖女は戦えないから貴方がトリスタンと戦っているときに私が魔法で援護した方が確実だと思うけど?」

 確かにアブソリュートが提案したやり方は、前半アリシア後半アブソリュートと一対一を繰り返していくやり方だ。二人でトリスタンをつぶせばすぐに終わる可能性が高いだろう。だが、それでは聖女の援護力を見ることができないではないか。それだけは避けなければならない。

「ふん。いくら聖女が援護しようと戦うのはトリスタン一人だ。それを二人がかりでつぶすのはあまり美しいやり方ではないな。場面ごとに役割を分けて一対一で戦うのがいいだろう」

 アブソリュートは原作の自身の最後を思い出した。そう、数で相手を押しつぶすやり方をアブソリュートは好きになれなかった。

 アブソリュートの答えにアリシアが驚く。

「……ごめんなさい。私、貴方を誤解していたわ。確かに誇りある上位貴族の私たちがやることではないわね。分かった、貴方のやり方に従うわ。誇りを持って戦いましょう!」

 アリシアはアブソリュートに賛同した。

「あぁ、それと聖女には当てるなよ?」

「ふふ、分かっているわ。さぁ始めましょう」

 そうして二組はむかい合い審判の合図を待つ。

「始め!」

 試合開始と共にトリスタンが駆け出す。

「ファイヤーボール」

 アリシアの魔法がトリスタンを襲うがトリスタンは避ける気配がない。そこで聖女が動く。

「『防御力上昇プロテクト』、『自動回復魔法リジェネヒーリング』」

 聖女は付与魔法を使いトリスタンを援護していく。それに厄介なのがトリスタンのアリシアの魔法に恐れなく向かっていく闘争心だ。

(もしかして聖女のスキル【扇動】を使って恐怖心をなくしているのか? やはり危険だな)

 人間は恐怖心により脳にストップがかかるがあのスキルはそのストッパーを外している。【扇動】を使うことによりリスクを度外視して危険な行動をとらせることが可能なのだ。

「なんなの、あいつ?! 魔法をくらいながら進んでくるなんて!」

 アリシアは連続して魔法を使うがトリスタンは止まらない。

 そろそろアブソリュートの間合いに入る。

「……そろそろだな。交代だ」

 アブソリュートは剣を抜きトリスタンに向かって斬りかかる。

 二人の剣が交じり合う。

 トリスタンがアブソリュートに語りかけた。

「おや、ついにアブソリュートさんの登場ですか? 貴方の噂は聞いていますよ、なんでも大変優秀なのだとか。私ゾクゾクしてきました、さぁ斬りあいましょう!」

 鋭く速いトリスタンの太刀。

 明らかに学生で収まるレベルではないのが分かる。

 思えばアリシアに対して彼は一度も剣を振るっていない。それだけトリスタンとアリシアの差があるってことか。

(縦、横、縦、突きとみせかけて刃をかえして下から。いろいろやってくれるな。決まった型ではなく、いろんな流派をかじっているのか?)

「凄い、凄い! ここまで僕と打ち合えるなんて、なんてめでたい。今日は二人の記念日だ」

(なんの記念日だよ! 私は記念日にこだわる人間が一番嫌いなんだよ)

 トリスタンの猛攻が続くが聖女のスキル【扇動】の影響か、えていた剣術が曇り始める。

 アブソリュートは適当に打ち合いつつ聖女とトリスタンの分析を続ける。

「ところでなぜアリシアさんと一緒に攻撃しないんです? 二人でなら僕を倒せるかもしれませんよ?」

「聖女の援護があろうと戦うのはお前だけだろう? 二人がかりは美しいやり方ではない」

 そう答えると、トリスタンは一瞬呆けた顔をするが意味がみ込めるとどうもうな笑みを浮かべた。

「アハハハハハハハ! 貴方はやはり最高だ。ですが、それを敗北の理由にしないでくださいね!」

 トリスタンがギアを上げ攻め立てるが、アブソリュートは余裕で対応する。しばらく二人の打ち合いが続いた。拮抗状態に焦りを感じた聖女が動く。

「トリスタン様、援護します! 『聖女の祝福』」

 聖女がさらに支援魔法をトリスタンにかける。トリスタンのスピード、パワーが増す。

 だが、レベル差のあるアブソリュートにはそんな強化は効かない。アブソリュートは聖女の強化魔法をあらかた観察し終えていた。

 今のところ、スピードとパワーが上がっただけで他は対して変わってないな。強化したスピードにトリスタンが対応できていない。まぁ初めてのタッグだし仕方ないだろう。

(それにしても、身体強化の魔法は大したことはないが、これが大勢に使えたとしたら厄介だ。そして恐怖心をなくすスキルか)

 アブソリュートは聖女エリザの危険度を上げた。

「もう終わりにしよう」

 あらかた力をみたアブソリュートは決めにかかる。斬りかかってきたトリスタンの剣を光速で弾き、腹に蹴りを入れて場外に出す。

「グッ……」

「剣の腕は見事だったが、少し精細さが欠けていたな。次は学園で本当の一対一で勝負をしよう」

 場外のトリスタンを見下ろすように告げた。

「ははっ、手加減されてこれでは、まだまだ修行不足でしたね。参った」

「なんのことやら」

 場外のトリスタンにそう言い終えると聖女の方を向く。

 残りは聖女だ。

 すると聖女は両手を挙げて降参の意を示した。

「そこまで! 勝者アーク、ミライペア」

 審判の判定をもって試合が終了した。





 学園の入学試験を受けにきたアリシアはあのアーク家の子息と模擬戦のペアを組むことになった。アーク家の評判の悪さは子供の時からに聞いているし、パーティーでもいつも傘下の貴族を大勢はべらせているのを遠巻きに見ていた。できればあまり関わりたくない人種だが、試験なので仕方ない。

 アリシアは頭を切り替える。

 それに相手は武闘派カコ家のトリスタンに聖女だ。力を合わせなければすぐにやられる。

「……話すのは初めてね。アリシア・ミライよ。それで役割はどうする? 私は魔法しか使えないから遠距離からの攻撃になるけど」

 アブソリュート・アークは不気味な男という印象であった。噂によれば、かなり優秀らしい。もしかしたら二人で力を合わせれば聖女たちに勝てるかもしれない。

 そう思ったが、アブソリュートからは相手がアブソリュートの間合いに入ったら手を出さなくていいと言われたのだ。

「いいの? 聖女は戦えないから貴方がトリスタンと戦っている時に私が魔法で援護した方が確実だとおもうけど?」

 アリシアの疑問にアブソリュートは悠然と答える。

「ふん。いくら聖女が援護しようと戦うのはトリスタン一人だ。それを二人がかりでつぶすのはあまり美しいやり方ではない。場面ごとに役割を分けて一対一で戦うのがいいだろう」

?!

 アブソリュートの答えにアリシアは自身を恥じた。

 たかが試験、二対一で相手を倒そうとするなんて確かに褒められたものじゃない。

 アリシアはアブソリュートの勝負に対する姿勢に感銘を受けた。実質一対一を行うことで相手側をたてた形にもなる。

(悪い噂ばかり聞くけど、今回ばかりは素直に尊敬するわ)

 アリシアはこの勝負に対しての姿勢を勇者アルトに見せてやりたかった。勇者アルトは強いが、アブソリュートのような誇りを持ち合わせていないように感じたからだ。

(……もし、アルト君が今のアブソリュート・アークの姿勢を見たらどう思うかしら。何か感じてくれれば嬉しいけど、何も感じないようなら……少し寂しいわね)

「……ごめんなさい。私、貴方を誤解していたわ。確かに誇りある上位貴族の私たちがやることではないわね。分かった、貴方のやり方に従う。誇りを持って戦いましょう!」

「あぁ、それと聖女には当てるなよ?」

 アリシアはここにきて見せるアブソリュートの優しさが少し微笑ましく感じた。

 そして試合が始まる。

 聖女の援護を受けたトリスタンが距離を詰める。アリシアは魔法でトリスタンを攻撃するが相手は止まらない。

 すぐに距離を詰められてアブソリュートと交代するハメになった。

 そしてトリスタンと斬り合うアブソリュートの姿を見て、アリシアはまた驚愕した。

(噓っ……トリスタンはあの武で有名なカコ家よ。決して弱くない。むしろ、聖女の援護を受けた今なら勇者ともいい勝負ができるはず、それをアブソリュートが互角に戦ってる?!

 本当は、アブソリュートはかなり余裕をもって戦っていたが、あまり戦闘経験のないアリシアには二人は互角に見えたのだ。

 そして二人が打ち合うその戦いにいつの間にかれていた。

 一方的に攻め立てるトリスタンの剣戟を、アブソリュートはすべて正面から受けきってみせた。

 もはや二人の間に試験など関係なかった。

 互いの剣技をぶつけ合う美しい試合に目が離せなくなる。

 ドクンドクンと血が熱くなる。

 会場には刃が交じり合う音だけが響き、あたりを見回せば皆この試験を見守っていた。

「もう終わりにしよう」

 そうアブソリュートがいうとトリスタンも同意するかのように全速で斬りかかる。

 攻めるトリスタンに受け続けたアブソリュート。

 白熱した試合の結果アブソリュートが勝利した。

 試合が終わるとアブソリュートはアリシアに目もくれず去っていった。

 その背中をアリシアはずっと見つめていた。



 試験の帰り、すっかり試合の熱がとれたアリシアは勇者について頭を悩ませた。

(どうしよう……アブソリュート・アークがここまで強いなんて思わなかったわ。もし、これから学園でアルト君が彼にけんを売るようなことがあれば……)

 アリシアは暴走しがちな婚約者を思い浮かべる。以前、アーク家をぶっつぶすなどとほざいていたのだ。必ず何か起こすに決まっている

(アルト君はミライ家が後ろ盾……もしアブソリュート・アークにアルト君が喧嘩を売ったりしたら………ヤバいわ!)

 アブソリュートと勇者アルトが戦えば被害が大きくなる可能性が高い。その責任の所在は原因の勇者の後ろ盾であるミライ家になる。

(屋敷に帰ったらアルト君に喧嘩を売るなと言い含めなければ!)

 アリシアの苦難は続くのであった。





 アーク家。

 入学試験を終えたアブソリュートたちは、同じ受験生の傘下の貴族をアーク家に招いてパーティーをしていた。

 昔とは違いアブソリュートの周りにも人が集まっている。

「アブソリュート様の戦う姿かっこよかったですわ!」

「そうか」

「あのカコ家のトリスタンを圧倒するなんてさすがです。ぜひ、今度手合わせお願いします!」

「ああ」

「アブソリュート様! わたくしと結婚してくださいまし!」

「……」

 アブソリュートに話しかける傘下の貴族に対してぶっきらぼうだが、ちゃんと受け答えをする。

 流しているように見えるが普段からこんな感じなので周りも気にしていなかった。

 パーティーも締めに入り最後にアブソリュートから全員に伝えられる。

「さて、全員今日はご苦労だった。普段から鍛錬を欠かさないお前らのことだ、きっとベストを尽くせたことだろう」

 話を聞いている者たちの顔はせいかんだった。全員アブソリュートを支えるために鍛錬を欠かさなかった。これをアブソリュートは知っていたのだ。

「これから私たちは学園に入ることになる。学園では身分は関係ないとあるが、それは建前であり爵位の壁はもちろん存在する。そこで、私たちは見せなければならない。アーク家派閥の結束を!」

 アブソリュートは全員の顔を見渡す。

「ライナナ国では私たちアーク家派閥はいつも悪者扱いされ侮蔑されてきた。私たちがグレーな仕事を生業なりわいにしているからだ。だが、グレーな仕事をしているだけで悪者扱いされるなら私は一生悪役のままでいい。グレーな仕事で救われる命もあるのを私は知っているし、私はアーク家に誇りを持っている。問題は、なぜおもてだって馬鹿にする奴がいるのか? それはアイツらが私たちを舐めているからだ」

 全員の顔つきに怒りが見える。これまで散々馬鹿にされ続けられてきたからだ。

 アブソリュートは続ける。

「もう一度言う。私たちは見せなければならない。アーク家派閥の結束を! もうお前らは馬鹿にされていいほどの弱者ではない。そして力を示さなければならない。力のない悪は正義をかざす強者の思うままにじゅうりんされる。それが嫌なら共にあらがい続けよう。私は常に君らの前にいる!」

 ドクンッ

 聞いている者たちは胸が熱くなる。

 あのカコ公爵のトリスタンをも圧倒する力を持つ彼が自分たちを仲間と認め、守るとまでいうのだから。

「お前たちアーク家派閥であることを、悪だということに誇りを持て! そして見せてやろう悪の誇りを!」

 全員が頷く。

 それを見てアブソリュートは悪い笑顔で告げるのだった。

「初めが肝心だ。全員で行くぞ!」





 少し時が経ち、今日は入学式。

「それでは行ってくる。今日は入学式だけだから、ウルとマリアは先にほどきを済ましておけ。明日から二人には共に学園に来てもらうからそのつもりでいろ」

「「承知しました」」

 ウルとマリアは返事をしてからすぐに作業に取りかかる。

 アブソリュートは王都の学園に入学するにあたり、王都にあるアーク家の別邸に移ることになった。

 そしてアブソリュートは待たせている馬車に向かう。

 その足取りは堂々としたものだった。



『ライナナ王立学園』

 ライナナ国の貴族は十五歳になったら必ず入学する規定のある三年生の学校である。

 クラスはA〜Eに分けられ入学試験での成績を基に振り分けられる。

 また、貴族の他にも有名な商人の子や教会の推薦、貴族の後ろ盾がある場合は平民でも入学が可能になっている。

 特例で王族や勇者は試験が免除される。

 この学園で重要なのが爵位と成績もとい実力である。

 試験や授業内での模擬戦や筆記の成績がよければ就職先や将来の出世、学園内のカーストに影響する。

 学園内での爵位による上下は基本的にはないが完全にとはいかない。もちろん派閥を超えての友情も中にはあるが、基本的につるむのは同じ派閥の人間になりがちなのが現状である。

 そして今日は入学式という一大イベント。開場してから新入生への準備や、手伝いのために来た上級生の姿も多い。

 そんな賑わう空気のなか、生徒たちの視線が校門付近に集まる。

 校門の前に黒塗りの馬車が大量に並んで鎮座していたからだ。

 ある生徒たちが言葉を漏らす。

「あの馬車って確かアーク家の?」

 辺りがざわめきだしたところで馬車から人が降りてきた。それは威圧的な雰囲気を出しながらも体中から嫌悪感を感じさせる男だった。

 誰かが言った。

「アブソリュート・アークだ……」

 アブソリュートが姿を見せた後、後続の馬車からぞろぞろと傘下の貴族たちも降りてくる。アブソリュートを先頭に、アーク家派閥が勢揃いする形になる。

 アーク家派閥が現れてから明らかにその場の空気が重くなったのが分かる。

 周りの者たちに異様な光景に映ったアーク家派閥は、上位貴族が少なく、国の中では目の敵にされる存在だったはずだ。悪い噂があっても表立つ存在ではなかったはずなのに、今は目が離せない。

「お、おい、アーク家の派閥ってあんなやばそうな奴らの集まりだったか?」

「噂ではアーク家はかなりヤバイ組織の親玉って聞いたことあるけど……あの圧力もしかして本当なのかも」

「上位貴族にも嚙みつく狂犬ウリスに、社交界の花レディ・クルエル嬢もいるぞ」

 人垣が自然とアブソリュートたちを避けていく。その場の空気はアブソリュートによって支配されていた。

 アブソリュートはスキル【王の覇道】で周りを少しだけ威圧して重い空気を演出したのだ。

 アブソリュートという絶対的な強者とその傘下の者たちを印象づけるためにこの催しが行われた。

 まずは第一印象が大事だ。決して舐められてはいけない。私がいる時なら叩きのめすが、私がいない時に目をつけられては傘下の者たちを守れない。

 だから、示さなければならない。アーク家の結束をこの場で。アーク家派閥に手を出そうと思わせないように。

「アーク家の派閥にはあんまり近づかない方がいいかもな……」

「あぁ、同じクラスになりたくねぇよ」

「俺はレディさんとお近づきになりたい……」

めとけ、前にしつこく言い寄った奴がアブソリュート・アークに半殺しにされたって話だぞ。絶対殺される」

 その甲斐もあり、この場にいた者の中に刻まれた。アブソリュート派閥と、それを率いるアブソリュートのことを。



 入学式は学園にある講堂で行われた。席は決まっていなかったために後ろの席をアーク家で埋めた。

 クリスが横で話しかける。

「さっきは凄く見られていましたね。まさか、あんなやり方で周りを牽制するなんて思いませんでした」

 私はそれを鼻で笑う。

「牽制だなんて大袈裟な言葉を使うな。クリスよ、私たちはただお前らと共に登校しただけだ、そうだろう?」

「あんなに殺気を振りいといてよく言えますね。貴方って人は……」

 クリスや周りの者たちも苦笑いしているが、アブソリュートに感謝とせんぼうの視線を向けているのが分かる。

 彼らはアブソリュートが自分たちのためにあえて牽制してくれたことを理解しているからだ。

「ありがとうございます。アブソリュート様」

「ふん、知らん」

 代表してお礼を述べるクリスだが、アブソリュートはそれを受け取らない。いつものやりとりを続けるのだった。

 そうして入学式が始まった。始まってからは不備もなくスケジュール通りに進んでいく。

 校長や教師の紹介などが行われて最後に新入生の紹介が行われる。

 代表は王族であるミカエルだ。

「校長先生、教師の皆さま、温かい歓迎の言葉ありがとうございます。私たちはライナナ国の者として恥ずべきところのない人として成長できるようにこの学園で学ばせていただきます。そして今後もライナナ国を共に支えていく仲間たちとの仲を深め、どんな悪にも負けないよう強くなってゆきたいと思います。これから三年間よろしくお願いします。新入生代表 ミカエル・ライナナ」

 ミカエルの代表の言葉が終わり、拍手が湧く。私も拍手をするが、私はミカエルの言葉が

『学園で私の支持者を集めてアブソリュートをつぶして、王太子の座に返り咲く』

 という意味に聞こえた。

 席に戻るミカエルと目が合う。ミカエルは憎しみのこもった目をしていた。その目を見て確信に変わる。

 王太子の座から降ろしたから安心していたが、まだミカエルは諦めていなかったか……。勇者に聖女、それに元王太子に原作イベントか……いいぜ、迎え打ってやるよ。

 最後に生き残るのは──

 アブソリュート・アークだ!



 入学式を終えたアブソリュートたちはその場でクラスを言い渡された。受験時の成績順AからEと振り分けられる。勿論アブソリュートは上位であるAクラスだ。

 もし私が、Aクラスから漏れたら原作ブレイクできただろうか……。

 一瞬妙案だと思ったが、ひらめいた考えを即座に否定する。

 いや、アブソリュートである私がAから落ちるのはさすがにダサすぎる。

 私みたいな偉そうな強キャラは一回格が落ちるとすぐにネタキャラ扱いされるからな。

「申し訳ありません。アブソリュート様を補佐すべき立場の私が、違うクラスになるなんて……」

 落ち込んだ声でクリスが声をかける。

 クリスは戦闘が苦手なので模擬戦の試験であまり評価がよくなくBクラスになった。落ち込むクリスの肩をレディが叩く。

「御安心くださいまし、クリス様。アブソリュート様の補佐はこのレディが務めますので! 何からナニまでお世話させていただきますわ!」

 レディがクリスを慰めるように言うが逆効果らしく、歯をぎりぎりと悔しそうにならすクリス。

 ばちばちの二人を無視する。

「他にAクラスになったのはウチの派閥からはオリアナとミストか……。二人ともよくやった」

 アブソリュートはAクラス入りを果たした傘下の者を褒める。


 オリアナ・フェスタ

 父の側近であるスハイ・フェスタ男爵の娘である。

 フェスタ男爵家はアーク家ではちょうほう活動を行っている。

 性格は大人しめでいつもレディの後をついていっているイメージだ。


 ミスト・ブラウザ

 ブラウザ子爵家の長男。

 ブラウザ家はアーク家の裏の仕事に対して証拠の隠滅や死体処理を専門で行っている。

 最近はアブソリュートの魔法で綺麗に片付いているためにあまり仕事がない。

 裏の仕事の度に顔を合わせるようになって、それなりに話せる仲にはなった。

 だが、ミストは糸目で腰の軽そうな話し方をするためにどうも信用できずにいる。もし裏切るならこいつだろうな、とひそかに思っている。

「いやいや、アブソリュート様の教育のたまものっすよ。自分一人じゃCがやっとですよ、ホント」

 いかにもお世辞のようにおべっかを使うミスト。それに対して、無表情ながらも恐縮ですとでも言うかのようにひたすらぺこぺこ礼をするオリアナだった。

 本当にミストはすぐ裏切りそうだよなぁ。言葉の端々と顔から伝わってくる。裏切りが発覚したら容赦しないからなマジで。それに比べてオリアナはいい子だ。

 いつもレディと一緒に私をよいしょしてくれる。

「ふん、お前のお世辞はわずらわしいからやめろ。他の者もまだ学園は始まったばかりだ。これから上を目指せ、まだチャンスはある。クリス、レディいつまでそうしているつもりだ? 行くぞ!」

「「は、はいっ!」」

 仲良く返事が揃うクリスとレディだった。

 他の者たちもそれぞれ自分のクラスに向かい、アブソリュートたちもAクラスに向かった。

 教室の扉を開く。

 Aクラスに入ると既に中にいた者たちから強い視線を向けられる。恐怖、侮蔑、殺意、興味様々な感情のこもった視線。

 こういった視線に慣れてはいるが居心地が悪いのは頂けない。

(うわっ、めちゃくちゃ見られてる。ミカエルは親の仇に向ける顔しているし、あれ? 勇者もなんかにらんでない?!

 お前との敵対イベントはこの後だろ!

 敵対するの早すぎるだろ。いや、原作で最初から敵対してた気もするな、どうだろう。

「さすがアブソリュート様、人気者はつらいですわね。大丈夫、私たちが、ついておりますわ」

「まぁ、気楽にやりましょうや。アブソリュート様」

…………………初日からオワコンくさい。帰りませんか?」

 レディにミスト、オリアナがそれぞれ励ましてくれる。

 気持ちはありがたいが別に傷ついたわけじゃない。

 まぁ、慣れているし。ただめちゃくちゃ見てくるから驚いちゃっただけだ。

 ていうか、ジロジロ見てくるなんて失礼じゃない!

 一応上位貴族なんですけど。一回釘刺しておくか……。

 スキル発動【威圧】。

「お前ら、何をジロジロ見ている? 殺すぞ」

(やべ、一言多かった。つい本音が出てしまった)

 アブソリュートの威圧を受けてクラスの温度が一気に下がる。いきなりの威圧で、全員が冷や水をいきなり浴びせられたような衝撃を受けた。

 震えてアブソリュートから視線を落とす者が多いなか、なかには威圧に耐えているものもいた。

…………さすがに勇者は耐えてるな。襲ってきそうだったが、婚約者のアリシア・ミライが羽交い締めで止めている。ミカエルも震えながら睨んでくるあたりちょっとだけ成長している。それに他にもちらほらと……かなり弱めに放ってはいるけど大したもんだ)

「あの、アブソリュート様……しょぱなから喧嘩を売っていくスタイルすか?」

 オドオドするミスト。

「この圧力……アブソリュート様ホントに素敵ですわぁ」

 見惚れるレディ。

 オリアナはレディに同調しコクコクと頷く。

 そこで第三者が後ろから声を放つ。

「おい、お前ら入学早々暴れる気か? 元気良すぎだろう。後で発散させてやるから今は席についとけ。なっ?」

 声の主は先ほど入学式で紹介にあった、Aクラスの担任であった。名前はティーチという。

「それは誤解ですわ、アブソリュート様は視線に敏感ですのよ。なのに、教室に入って早々に舐めるように見られるものですから少し注意しただけですわ。ホントに皆さん女性だったらセクハラですわよ」

 アブソリュートに代わって説明をするレディ。噓は言っていない。確かにアブソリュートは注意しただけで手はあげていない。

「いや、普通に殺すと言ってませんでした?」

 余計なことをいうミストは放置する。

「そうか、お前らこれからクラスメイトになる人物が気になるのは分かるがあまりジロジロ見るのは失礼だからやめとけよ。アブソリュート・アーク。お前もクラスの連中を威圧するな。敵を作りすぎると今後大変だぞ?」

 どちらか一方に偏らず双方に注意か……。

【絶対悪】のスキルで嫌われているはずだと思うが、この先生はかなりの人格者かな?

「肝に銘じておきますよ」

 それだけ言いアブソリュートたちは席に着いた。

 教室の中は戦々恐々としていたが、途中で入った担任の介入で事なきを得た。

 アブソリュートとクラスメイトのいざこざは担任によって鎮められた。そして、これからクラス初めてのHRが行われる。

「入学式でも紹介があったように俺がAクラスを担当するティーチ・トートだ。剣技や格闘を専門に教えている。教師をやる前は冒険者をやっていた。こう見えて結構強いぞ? よろしくな」


 ティーチ・トート

 原作ではそんなに活躍しなかったよな。

 でも、さっきの私への反応を見る限りは公平な人物ではあるだろう。

 それに冒険者か。あまり関わったことのない職業だな。


 この世界にはダンジョンはないが魔物は存在する。魔物を狩ったり、依頼に応じてなんでもこなしたりするのが冒険者である。

「じゃあ、次はお前らが自己紹介する番だ。一応言っとくがこの学校では身分による上下関係はない。あまり他人を見下すようなことを言うなよ? じゃあ端っこの奴からな」

 ティーチに促されて一人ずつ自己紹介が始まった。一人ずつ無難にこなしていく中で時々原作キャラの紹介が始まる。

「ミカエル・ライナナだ。王族だが、学園ではフレンドリーにいこう。よろしく頼む」

 アブソリュートには見せない笑顔で自己紹介をするミカエル。普段からやれよ!

「クリスティーナ・ゼンよ。魔法も勉強も女としても誰にも負けるつもりはないから!」


 クリスティーナ・ゼン

 ライナナ国の宰相を務めているゼン公爵の娘である。

 原作では勇者に勝負をふっかけて敗北した後、リベンジのために何度も勝負を仕掛けてくるようになる。だが原作イベントにて序盤で命を落とす。ちなみに、現在はミカエルの婚約者候補になっている。


 次に勇者。

「初めまして次代の勇者になるアルトです。ライナナ国最強になって、悪い奴らから人々を守るのが目標です」

 一瞬こちらを見るが私は無視する。

「アリシア・ミライです。穏やかな学園生活を送りたいです」

 ほんの一言だが、どこか苦労を感じさせる。

 そして聖女。

「ライナナ教会から参りました。エリザと申します。皆さまよろしくお願い申し上げます」

 聖女の護衛名目でライナナ教会から推薦で何人か入学している。このクラスにも何人かいた。

「スイロク王国第一王女レオーネ・スイロクです。よろしくお願いします」


 レオーネ・スイロク

 スイロク王国の王女であり留学の名目でライナナ国にいる。だが、本当の理由は別にあり、国内が危機に陥っているため王女を避難させる名目で留学している。そして、それを解決するのが勇者である。つまりは、イベントである。このイベントをこなすことにより勇者に実績ができて、国や学園での発言力が上がってしまう。なんとかこのイベントから勇者を遠ざけねばならない。


 そうこう考えている間に次々と挨拶が終わっていく。

「最後だ。アーク、お前の番だ」

 ティーチから促される。

 そういえば、原作でアブソリュートは自己紹介を拒否していたな。私も拒否したいがそれはしない。これは原作の流れとの決別であり、悪役としての宣戦布告だ。いっちょかますか!

「アブソリュート・アーク。私の道を邪魔する奴は誰であろうと容赦なくつぶす。覚悟しておけ」

 クラスの反応は様々だ。敵意、嫌悪、興味の視線が入り乱れる。だが私は、気にはしない。アブソリュートとして生まれ、彼の歩んできた人生をなぞってきた私は、もう覚悟はできている。原作で国や読者からは白い目で見られながらも、陰では国を守ってきた誇り高い男のアブソリュート。ホントに尊敬するよ、でも最後にはすべての罪を背負わされ負けた。

 自分のためだけじゃない、これはアブソリュートの誇りを取り戻す闘いなんだ。

「はぁーっ、敵を作りすぎるなと言ったのに聞きやしない」

 その後、ティーチから学園の設備や授業スケジュールなどが説明された。

「何か分からないことはあるか? ないなら、最後に明日はクラスの交流を兼ねて模擬戦をやる。全員、クラスの奴らの実力が気になるだろ? それにさっきもバチバチだったしな。いい機会だ、戦って分かり合え」

 入学式後のレクリエーションで模擬戦は勇者とアブソリュートが初めて対戦するイベントだ。これは勇者にとっては負けイベントであるが、この敗北をバネにさらに実力を伸ばすことになる。

「組み合わせはこっちで決める。一人一試合はしてもらうからな。予告しておくとまずは、アークとアルトお前たちからだ。二人ともかなり強いと聞いている。それに相手が勇者だからな、相手の命を奪うような魔法やスキルは使わないこと。一応大丈夫だと思うが試合前に強化魔法を使うのもなしだからな? それでは、今日はこれで終了とする」



 HRが終了し、クラスメイトたちも帰っていく

「アブソリュート様、先ほどの自己紹介はかっこよかったですが、わたくしたちは貴方様が心配ですわ。あまりクラス内で敵を作りすぎない方がよいのではなくて?」

 レディが心配そうに声をかける。近くにきたオリアナやミストも同じことを言いたげな顔をしている。

「そうか……、だがこれは必要なことだった」

 心配は有り難いけど、今回は自分のためにどうしても言ってやりたかった。皆には迷惑かけるかもだけどちゃんと守るし、敵には容赦しないから安心してくれ。

「……アブソリュート様、わたくしたちは貴方様といちれんたくしょうです。ですが、わたくしたちを守るために自分にヘイトを集めるようなことは止めてください」

 んっ?

 何か食い違ったな。

「貴方様がわたくしたちのために傷ついていくのが辛いのです。お願いですからもう少しご自身を大切にしてください」

 あー、そう解釈したのね。どっちかというと君らにも迷惑かけちゃうから少し申し訳ないって思っているよ。言わないけど。

「勘違いするな、あれは私のために言ったことだ。……まぁいい、帰るぞ。他の奴らも待っている」

 送りもアーク家が行う事になっているので、さっさと教室をでるアブソリュート。

 その背中を目で追う三人。

「……オリアナ、ミスト、わたくしたちのアブソリュート様を守るわよ。絶対に一人で戦わせないわ!」

 レディの言葉に頷くミストとオリアナ。

「さぁ、いくわよ!」

 急いでアブソリュートを追いかけ、帰りも賑やかに帰っていった。





 無事に入学式を終えて、翌日に学園生活初日を迎える。今日は原作イベント、勇者対アブソリュートの初めての戦いだ。模擬戦という形だが、勇者はアブソリュートとの戦いに敗北し、それを機にさらに飛躍していく。

 では、この戦いに負ければよいのかと言えばそういうわけにも行かない。負ければアブソリュートの格が落ち、アーク家派閥が舐められる。アーク家派閥はアーク家の実力で成り立っているのだ。それが崩れると派閥は致命的だ。故にアブソリュートは負けるわけにはいかない。実力を周りに示し続けなければならないのだ。

 まだ朝食を食べているアブソリュートは、これから始まるイベントに向けて考え込んでいた。

(……負けイベントは避けられないよなぁ。負けるわけにはいかないけど、原作どおりに事が進むのがなんか嫌だな。あー、私との圧倒的な実力差に心が折れて田舎に引きこもってくれないかなぁ)

 食事が進んでいないアブソリュートをマリアとウルは心配していた。マリアがアブソリュートに声をかける。

「あの、ご主人様お食事口に合いませんでしたか?」

 考え事に夢中になっていたアブソリュートはマリアの言葉にハッとし、食事時に考えることではないなと自嘲した。

「いや、問題ない。少し考え込んでいただけだ。あまりそう心配そうに見てくれるな、大したことではない」

 大丈夫だと言うがマリアとウルはいつもと違う雰囲気の主人を見て不安が隠せなかった。

(めちゃくちゃ過保護だよなぁ。厳しいよりは全然いいけど。二人とも会った時から成長して凄く美人になっているから気を引き締めてないとすぐにダメ男になるな……あぁそうだ!)

「ウルよ。昔武闘大会で戦った勇者を覚えているか?」

「すみません。ウルより弱い奴は覚えてないです」

 獣人特有の価値観だろうか、格下と判断した者にあまり関心はないようだった。

「決勝で戦った男だ。少し会話もしていただろう?」

「あぁ、ぼんやりと思い出してきましたの。じゃなくて、です」

 ウルはアブソリュートの前では、幼い語尾を直そうと近頃丁寧な言葉を心がけていた。アブソリュートは別に気にしていないし、むしろ個性ある語尾で可愛らしく思っていたが本人は同僚のマリアに触発され大人な女性になろうと頑張っていた。

「……そうか。例えばの話だが、もしまた勇者と闘うようなことがあれば勝てると思うか?」

 負けるとは思っていないが、実際に戦った者の意見も聞いておきたかった。勇者とアブソリュートは戦闘面でも相性が悪い。アブソリュートは自身スキルの効果で聖属性を持つ勇者に弱体化がはいる。レベルやステータスの差はあるが油断できなかった。

 ウルはいきなり出てきた勇者の話題に疑問を持ったが、気にせず少し考えてから質問に答えた。

「多分楽勝ですの! じゃなくて、です!」

(あっそうですか。一応勇者だし強キャラなんだけどな……。悩んでいても答え出ないし、まぁなんとかなるか)

 アブソリュートは思考を放棄しそのまま食事を終えた。



 アブソリュートは入学式同様に傘下を引き連れて登校した。それに加えて今日からは侍女も加わるために大所帯だった。

 アブソリュートたちは校舎までくると侍女たちとは別行動だ。侍女は学園では登下校と昼食の支度が仕事であり、基本別行動だ。学園では授業中に待機している侍女のために待機棟も建てられている。

「私たちはここで別れる。お前たちは食事時まで待機棟に控えておけ」

 アブソリュートから命を受け待機棟に向かうウルとマリアだが、そこで一人の少年に出会う。

「あっ君は!? 武闘大会の時の!」

 その少年は勇者だった。だが、ウルは勇者と戦ったことは覚えているが顔は覚えていなかった。ウルたちはいきなり声をかけてきた男を警戒した。

「……誰? すみませんがお仕事があるので」

 ウルたちは立ち去ろうとするが勇者は待ったをかけた。

「えっ? ちょ、ちょっと待って?!

 ウルの肩を摑んで呼び止めようとする勇者だったが、それを共にいたマリアが許さなかった。マリアが勇者の腕を摑む。

他所よその家の侍女に手を付けようだなんてマナー違反ではなくて? それとも貴方様は私たちがアーク家の者と知ってやっているのですか?」

 マリアの腕に力が入る。マリアとウルはアブソリュートから、何かあったら実力行使をしてもよいと言われている。この場で戦うのに躊躇いはない。ウルも臨戦態勢をとる。まさに一触即発の状況だった。

「えっ、握力強?! じゃなくて、俺はそこの獣人の子に話しかけようとしただけなんです!」

「それをとがめているのです!」

 マリアはぜんとした態度で言い放った。

 ウルをかばい、悪漢を相手にするその姿は姫を守る騎士の様だった。たとえ家が滅んでも彼女は騎士であろうとしている。その生き方を貫こうとしているのだ。

 勇者はまさかの対応で困惑していたがそこで助け舟が入る。

「ちょ、ちょっと待って! 彼は私の連れなの。彼が何かしたかしら」

 会話に入ってきたのは婚約者のアリシアだった。アリシアに対してマリアはこれまでの経緯を説明した。アリシアは婚約者がいるのにもかかわらず、他家の侍女をナンパしようとする勇者を信じられないような目で見る。だが、まずは彼女たちへの対応が先と一旦頭の隅においやる。

「彼には後で厳しく叱っておくわ。貴女たちはどこの家の者? 貴女たちの主人にも謝罪したいから教えてもらえる? 私はアリシア・ミライ。こっちのナンパ野郎はアルトよ」

 マリアは相手の身元が分かったので勇者の腕から手を離し、質問に答える。

「アーク家に仕えております。マリアと申します。こちらはウルです。今回の件は主人に報告させていただきますので、それでは」

 マリアとウルはアリシアに一礼し、その場を去っていった。

「アーク家って…………なんて事してくれたのよぉぉぉぉぉおおおお!」

 アリシアの絶叫する声が響き勇者は人目をはばからず説教を受けた。

 あぁ、アブソリュートに謝らなくちゃ……でも模擬戦で何されるか分からないし、終わってから謝ろう。はぁなんでこんなことに……もうアルト君、食事は出すから部屋から出ないでくれないかなぁ。

 この後、さらなる不幸がアリシアを襲うことを彼女はまだ知らない。





 勇者が朝一からやらかしたが予定通りレクリエーションとして模擬戦が行われる。

 場所は学園の施設の中でもかなり広い修練施設だ。

 最初の対戦カードは予告通りアブソリュート・アーク対勇者アルトだ。クラスのほとんどは、嫌われ者のアブソリュートよりも勇者アルトの勝利を願っているのが分かる。

「それでは予定通り模擬戦をやるぞ。ルールとしては試合前の強化魔法の使用の禁止に、相手に致命傷を与えるような攻撃やスキルの禁止だ。危険と判断したらすぐに止めるからな? 武器制限はないが剣とかは刃引きの物を使え。説明は以上だが、質問は……ないか。それじゃあ、アークとアルトは位置につけ」

 ティーチ担任に従い指定の場所にいくアブソリュート。だが、勇者は聖女と何か話し込んでいる様子だ。

(あいつらいつの間に話すようになったんだ?)

 アブソリュートはいぶかしげに二人をみる。

「おいっ! アルト何をしている、早く位置につけ!」

 ティーチ担任に注意され急いで位置につく勇者アルト。勇者はアブソリュートをいちべつして話しかける。

「待たせて悪かった。話すのは初めてだね。俺はアルト、勇者だ」

「……知っている」

 フレンドリーを装っているが、その目に狂気を感じた。

 そういえば話すのは初めてだな。

 アブソリュートは空返事だが、気にせず勇者アルトは続けた。

「君のことはある程度調べさせてもらったよアブソリュート。俺が勝ったらもう悪い事をするのはやめてくれないか? お前の家が陰で闇組織と繫がっているのは知っている。それにまだ小さい獣人の女の子を虐待していたのもな。負けたらすべて白状して罪を償ってもらう」

 何言ってんだコイツ?

 公衆の面前で高位貴族を犯罪者呼ばわりは笑えないのだけど……

 ほらっ、アリシアの顔見ろよ。めちゃくちゃ引きっているぞ。

「おいっ、アルト何を言っている! いきなりクラスメイトを犯罪者呼ばわりは許されないぞっ!」

 ティーチ担任がアルトを止めにかかる。

 だが、すでに攻撃態勢をとる勇者は止まらない。止めに入ったティーチを殴り飛ばしアブソリュートの元へ距離を積める。

 うわーー、担任殴り飛ばしやがった。コイツなんでこんな暴走してるの?

「いくぞっ! アブソリュートォォォォォォォ、ホーリーアウト

 勇者が止めに入ったティーチを突き飛ばして、アブソリュートに先制攻撃を仕掛ける。

 聖属性の魔力が勇者の体から広範囲に広がりアブソリュートを攻撃した。

 ホーリーアウトは勇者のスキルを持っているアルトだけが使える魔術だ。勇者が敵と認識した者だけを狙ってダメージを与える広範囲攻撃でアブソリュートは現在範囲内にいる。

 アブソリュートは実力を見るつもりで元から初手はもらってやるつもりだった。ダメージ量の確認をしたかったからだ。勇者のホーリーアウトがアブソリュートを襲う。

「やったか!?

 勇者は手ごたえを感じていたが、残念ながらアブソリュートを倒すまでにはダメージを与えられなかった。

(……思ったよりダメージ入るな。レベル差あるから大丈夫だと思ったが、くらい続けるとヤバいな)

「アブソリュート様!? 勇者テメェ! 模擬戦で担任を攻撃したあげく、不意打ちなんて許されねえぞ!」

「勇者を止めないとですわ!」

「動くな! これは私の戦いだ。一人を相手に複数で挑もうだと? 私をろうする気か!」

 加勢に入ろうとするミストたちを制止する。

 アブソリュートは絶対に一人を相手に複数で挑むはしない。

 それが彼のきょうである。

 それに、たとえこちらが複数でやろうものならクラスの他の奴らが勇者側に回る可能性がある。これ以上騒ぎを広げるつもりはなかった。だが、クラスの連中は巻き添えを恐れて遠巻きに見ているか冷静に二人の戦いを分析するものに分かれている。戦いに手を加えるという考えはゆうだった。

「チッ! さすがに倒せないか。ならこれならどうだ、俺は宮廷魔法士から指導を受けたことがある。魔法の力は宮廷魔法士の折り紙付きだ。『ホーリーランス』」

 勇者はかつてウルとの対戦を経て剣だけでなく、魔法の方も授業に取り入れていた。アブソリュートを倒すには剣では足りないと感じたからだ。勇者のスキルで強化された魔法は強力であり、アブソリュートでなければ大ダメージである。

 勇者が聖魔法で魔力の槍を展開し、アブソリュートに放つ。だが、アブソリュートには当たらなかった。アブソリュートは勇者の攻撃を避けながら速攻で勇者との距離を詰める。

 アブソリュートはもう勝負を決めるつもりだ。

「な?! ホーリーアウ「遅い。」」

(勇者の攻撃でのダメージ量は知れたし、長引けばアブソリュートの格が落ちる。一撃で決めよう)

 勇者との距離を詰めたアブソリュートは勇者が魔術を使う前に腹部へ打撃を加えた。アブソリュートはレベル差がある勇者が死なないように手加減はしたが、それでも強力な攻撃に勇者は吹き飛び、勢いよく壁に叩きつけられる。

 ドゴォォォォォォォォオオオン

「終わりか? 馬鹿だな。才能がないのだから剣一本に絞って鍛えればよいものを……」

 体感で骨二、三本は折った気がした。アブソリュートは決着がついたかに覚えたが、意外にも勇者は立ち上がった。

(……決まったと思ったのにまだやるのか。予想以上に私自身が【絶対悪】のスキルで弱体化していたか?)

「ハハッ、全然痛くない。今のはちょっと油断したが、もうまぐれはない」

 勇者は再びアブソリュートとの距離をつめる。勇者はアブソリュートとは近距離では危ないと判断して、中距離から魔法と魔術を使って攻撃しようとする。だが、アブソリュートはそれが分かっていたのか勇者が魔法を使う前に懐に入り、今度は先ほどよりも力を込めて打撃を加える。

 バキッ、ドゴォォォォォォォォオオオン

 勇者の体から骨の折れる音が聞こえる。再び勇者は壁に勢いよく叩きつけられた。

「グホォッッツ!!

 内臓にダメージが入り勇者は吐血する。さすがに今度こそはと思ったがヨロヨロとまた立ち上がる勇者。見た目に反してその顔はまだ闘志に満ちており、どこか狂気を感じさせる。

!? 噓だろ、さすがに今度はイッただろ。なんで立ち上がれるんだ? 落ち着け、さすがに弱体化うんぬんの話ではない。今の勇者は異常だ)

 アブソリュートは一度落ち着き、冷静に分析する。

(原作ではあいつは勇者のスキルしか持っていないはずだ。勇者のスキルはステータスを上げる効果はあったが回復などなかった。なぜ、あそこまで平然としていられるんだ。……まて、もしかしてこれは!?

 アブソリュートは戦いを見ていた聖女の方を見る。いつも微笑みを浮かべている彼女の笑みが今回はどこか怪しく見えた。

(あのクソ聖女やりやがったな。試合前に【扇動】のスキル使っていたのか。だから、試合前から理性失って公衆の面前で私を罵倒したり、止めにきた担任をぶっ飛ばしたりしたのか)

 聖女の【扇動】のスキルは味方の恐怖心を克服し、士気を上げるだけではない。脳のリミッターを外し、自分が思う以上のパフォーマンスを可能にする効果とアドレナリンを常に分泌して痛みを消す効果もある。だが、デメリットとして脳のリミッターが外れることで理性も飛んでしまう。理性のとんだ勇者アルトは思ったことをなんでも言ってしまうようになり、自分の感情に歯止めが利かなくなっている。

 立ち上がった勇者がアブソリュートを怒りのこもった目でにらみつける。

「アブソリュート、お前もしかして試合前に強化魔法を使ったな! このきょう者め、そこまでして勝ちたいか!」

(いや、お前が言うな。それにこっちは手加減して強化どころか魔法も武器も使ってないんだぞ? 全くひどい言われようだよ)

 アブソリュートは勇者との試合に臨むにあたり自らに制約をかけていた。それは勇者や周りにアブソリュートの力を見せないようにするためである。もちろん、手加減の意味もあるが、いつかは敵になるかもしれないクラスの奴等に手札をさらしたくないと考えたからだ。

「俺はお前なんかに負けない。お前たちアーク家がいるせいでこの国で苦しんでいる人たちが大勢いる。勇者の俺は助けなければならないんだ。皆や、あの娘を……だからさっさと死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ

 勇者はかつて闘技大会で戦った獣人の少女が心に引っかかっていた。自分より幼い女の子が勇者の自分より高い戦闘力を持つに至るなんて、どれほど過酷で辛い毎日を過ごしていたか。あの時の自分では少女を救えなかったが、成長した今なら彼女を救えるかもしれない。そして彼女を苦しめている元凶がすぐそこにいる。アブソリュートを倒して彼女を解放させる。理性を失ってもかつて救えなかった少女を救うことを心の原動力にしていた。

 勇者が距離を詰めて、なんとかアブソリュートを魔法の射程に入れて攻撃しようとするがそれは叶わない。アブソリュートは高速で勇者の背後に回り、両腕を摑んで勇者の腕の関節を外した。

 ゴキリ!!

 鈍い音が修練場に響いた。

 関節を外した後、勇者の膝を破壊した。両腕、両足を使い物にならなくして勇者を転がした。立ちあがろうにも腕が使えず膝も破壊されている勇者はアブソリュートを睨むことしかできない。

「……弱いなぁ。言っていることは大層だが、実力が見合ってなければただの理想だな。所詮は勇者のスキルを持っているだけのガキだ、お前は。勇者のスキルを持っていれば何をしても許されると思っているふしがあるが、それが許されるのは結果を出している者だけ。お前は義務を果たさず権利ばかり主張するただのガキなんだよ」

「うるさい! お前に何が分かるっていうんだ!! この悪党め、俺はお前を倒してあの娘を救うんだ!」

 勇者は必死に起きあがろうとするが、気力だけで体はボロボロで動くことができなかった。

「………そうだ、私は悪党だ。この国で一番のな。そして悪党にお前は負けたんだ。……じゃあな正義の味方」