ウルは獣化のスキルにより十メートル以上の狼へと姿を変える。ウルが姿を変えるとミライ家の屋敷はそのたいを内に収めることができず屋敷は崩壊した。

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉーん!」

 ウルのたけびが大地を揺らす。

 まるで泣き叫んでいるかのように高く響く声であった。

 ガラッ

 勇者が瓦礫がれきから出てきた。さすがに勇者だけあって体は丈夫であった。だが、勇者でない者には被害は甚大だった。

「ハニエル!! 無事か?!

 屋敷が崩れる際に、とっに正妻のハニエルをかばおうとしたがそれは遅かった。既にハニエルの体は瓦礫によってつぶされてしまい即死している。

 勇者はハニエルのなきがらを見て顔をゆがめるが、なんとか頭を冷やす。まだ戦いは続いているからだ。勇者は姿を変えたウルを見上げる。

「なんなんだ、あれは……あれがウルなのか? 獣化は体を獣に変えるだけのスキルだったはず、一体どうなっているんだ!」

 勇者が状況に戸惑いをみせるが、ウルは待ってくれない。理性を失ったウルは獣のごとく本能、欲望によって行動する。ウルの望みは、アブソリュートを殺した奴らを自らが死ぬまで虐殺し続けること。主犯の勇者をウルは決して逃さない。

 ウルは勇者に向かって拳を放つ。その破壊力は一撃で周り一帯に被害を及ぼすほどだ。

 獣化したウルの拳を受け、勇者は初めてダメージを喰らい膝をつく。

「や、やばい! この力桁が違う……そうだ! 皆は?! アブソリュートの時みたいに協力して倒すんだ。マリアとアリシアは屋敷にいたはず。皆、いたら返事をしてくれ!」

「ホーリーアウト」

 勇者はもしかしたら瓦礫に埋もれている可能性を考え、人以外を攻撃の対象にし、瓦礫を吹き飛ばした。するとそこにはウルに殺された仲間や屋敷の者たちの姿があった。

「あ、アリシア……マリア……。そんな、なんて酷いことを……」

 首を刎ねられたマリア。

 四肢をもがれ苦しんで死んだアリシア。

 そして恐らくエリザも。

 勇者は変わり果てた仲間の姿を見て絶望した。なぜ、仲間たちが殺されなくちゃならなかったのか分からなかった。

 そしてこの怒りが自分に向いていることに気づき、急いでウルの誤解を解こうとする。

「ウル! 違うんだ、俺たちは君を助けようとしたんだ。アブソリュートは悪い奴だったんだ! 気づいてくれ!」

 勇者は、理性を失って歯止めの効かないウルのげきりんに触れた。アブソリュートの名前に反応し、さらにウルの攻撃は苛烈さを増す。

 ウルは何度もその巨軀から拳や蹴りを繰り出す。勇者は一撃を避けてもその余波は受けてしまい、衝撃から立ちなおれず二発目から必ず当たってしまう。勇者はもうボロボロであった。

「ウ、ウル! もう、降参だ! こんな戦いは止めよう。アブソリュートのことは謝るからっ!」

 ウルは攻撃をやめない。勇者を何度も何度も怒りのままに殴りつける。

「……もう、止めて。死んぢゃう……」

 ウルは殴る、殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 勇者の肉体が崩壊し始め、意識が遠のいていく。

 最後に走馬灯が頭に流れる、懐かしい初恋の思い出だった。それは王都で行われた武闘大会で初めて会った獣人の少女だった。

(……俺は君が好きだった。ずっとアブソリュートの側にいる君を見たくなかったんだ)

 ここに来てようやく本心を知った勇者だったが、そこで意識が途切れた。

 勇者から何も聞こえなくなった。

(あれ? 声が聞こえなくなった? まさか逃げたの!? 許さない!)

 ウルは周りの家や逃げ惑う民を踏みつぶしながら勇者を探した。

 だが、勇者は既に死んでいた。

 理性が飛んでいる今のウルにはそれが理解できていなかった。勇者が死んでいる事に気づくころには、既にミライ領は壊滅していた。

 圧倒的な数でアブソリュートに挑んだ勇者の最後は、圧倒的な個の力によって幕を下ろした。

 勇者アルト死亡

 勇者が死んだ。だが、まだ終わらない……。

 勇者と共に戦った貴族に兵士、ミカエル王が残っている。ウルは次の敵に向かって動き出した。

(全員皆殺しなの)





 ライナナ国王城。

 王城では勇者の死や謎の化け物が王都に向かっている状況で混乱を極めていた。

「報告します! 化け物はミライ領で動いたあと周辺の貴族たちや領民を虐殺し、王都に向かっています。ミカエル王いかがされますか?」

 ミカエルは怒りで机を殴りつける。

(くそっ! なんなのだ!? その化け物は……勇者でも勝てなかったんだろ、勝てるのか? いや、アブソリュートを殺す時に学んだではないか。強い相手は数で対抗することを!)

「総員! 迎撃の準備をしろ。アブソリュートとの戦いを思い出せ! 数で対抗するのだ」

「「はっ!」」

 王国軍総勢八万が集結した。

 かのアブソリュートとの戦いを乗り越えた者たちだ、士気が高い。ミカエル王の指示で軍はまとまったかのように思えたが、それは圧倒的な個の存在で打ちのめされた。

 十メートルを超える狼の姿のウルが王都から確認される。

「なんだ……あの化け物は!?

 王国軍に動揺がはしる。アブソリュートは強かったが人間であった。だが、あれはただの化け物である。

 自分たちで勝てるのか?

「ひ、ひるむなー! 剣を構えよ!! 国を守れっ突撃ーー!」

「「わぁぁぁぁぁ!!」」

 この王国軍の雄叫びを合図に王国軍とウルの対決が始まった。

 勢いよくウルに向かって突撃するがウルが足で勢いよく蹴り上げるだけで数千の兵士たちが吹き飛ばされる。

「なんだあの力は……」

 ウルの圧倒的な力の前に王国軍の士気は挫かれる。

 王国軍は数はいるが先のアブソリュートとの戦いで実力者は軒並み戦死していた。

 今いるのはほとんどが後方に待機していた経験の浅い者たちなのだ。これではウルを止めることはできない。後はただの虐殺だった。

 ウルは楽器を奏でるように腕を振り下ろし兵士を殺していった。

 兵士たちはつぶせば音の出る楽器だ。

「ぎゃあああああああ!」

「うわあああああああああああああ!」

「し、死にたくないいいいいいい!」

 戦場には兵士たちの悲鳴が鳴り響く。

(ご主人様……この歓声あなたに届けます!)

 八万の悲鳴が戦場を満たしていく。この悲鳴は親愛なる主人に贈るウルからの、レクイエムだった。

(もっと高く、響き渡れ)

 このレクイエムの演奏は最後の一人になるまで続いた。

 戦場の悲鳴が鳴り止み、その場に立っているのはウルだけだった。ウルの体に限界が来て【獣化】のスキルが解かれる。ウルは元の人型に戻った。消耗が激しく、今は立つことができない。

「少し、休んだら次は王城……。ご主人様。すべて片付いたらすぐそちらに向かいます」

 愛しい主人の顔を思い浮かべあと少しだけ頑張ろうと思うのだった。



 ライナナ国王城

 王城内にいたミカエル王は伝えられた化け物の討伐報告を聞きがくぜんとした。

「全滅だと……!? バカな、あり得ん」

 いくら相手が化け物であろうと、アブソリュートの時と同じように数で押せば勝てると踏んでいたが、結果は惨敗だった。

「なぜだ……私たちはあのアブソリュートに勝ったんだぞ?! あの化け物はアブソリュートに勝ると言うのか」

 もちろん獣化したウルがアブソリュートと戦っても勝てはしない。

 王国軍がアブソリュートに勝てたのは、アブソリュートのスキル【絶対悪】の効果で聖の力を持つ勇者に対して弱体化していたこと。勇者が殺されそうになるたびに優秀な兵士が肉壁となり、それを阻止していたこと。聖女が勇者の致命傷を何度も回復したのに加えて、その美貌とスキルで兵士たちの士気を高めていたこと。

 このすべての要素があり奇跡的に勝利することができたのだ。

 このすべての要素を持たない今の王国軍が敗北するのは必然であった。

「それで化け物は消えたときたか……あれは一体なんだったんだ……獣人か? いや獣人のスキルであそこまで強力なのは聞いたことがない。

 勇者やこの国の者たちに恨みがあるものか……他国からの侵略も視野に入れなくてはな」

 ミカエル王は一瞬頭によぎった可能性を即座に否定する。アーク家でアブソリュートに仕えていた、武闘大会でも優勝したことがある奴隷の少女の可能性を。

「アブソリュートが死ぬ時にそばにいなかったのだ。愛想を尽かせてどこかへ消えたのだろう」

 ミカエル王は頭では否定するが、妙な感がその考えを捨てきれなかった。

 そして、

「国王様! 獣人の女が城の人間を殺して回っています。すぐに脱出を!」

 ミカエルの勘は間違っていなかったことが証明された。

 その頃ウルは正面扉から王城に入り、見かけた人間を殺しながらミカエルの元へ向かっていた。

(もうすぐ、すべて終わるの。そうしたらようやくご主人様の所へけるの)

 ウルはアブソリュートと共に戦えなかった。だからアブソリュートを殺した者たちを自ら殺すことで清算しようとしているのだ。


 自ら命を絶つ前に


 歩きながらこれまでのことを思い出す。

 初めて会った時はすごく怖かったこと。

 侍女の仕事の時にお菓子をくれたこと。

 ウルの頭を撫でてくれたこと。

 学園で勇者にからまれたウルを守ってくれたこと。

 何度もおいしいお店に二人で行ったこと。

 二人で愛し合ったこと。

 子供が生まれたこと。

 楽しかった思い出ばかりくれた愛しいアブソリュートのことを思いながら、ミカエルのいる部屋に手をかけた。そこにミカエルは怒りの表情でウルを待ち構えていた。

「まさか、お前が勇者や王国軍を倒した奴だというのか?」

「だったら?」

「なぜだ? アブソリュート一人殺しただけで十万の国民を道連れにするなど、こんなことになんの意味がある! 貴様のせいでライナナ国は終わりだ。答えろ、奴隷!」

 ミカエルは怒り狂っている。アブソリュート一人殺しただけで、少なくとも十万以上の人間がウルによって殺されたのだから。

 ウルは鼻で笑った。

(ご主人様一人殺しただけで? くだらない)

 ミカエルにとってはたった一人かもしれない。だが、ウルにとってはその一人がすべてだったのだ。

「ウルはこれからご主人様の元へ逝くの。なのに、ご主人様を殺した奴らがのうのうと生きてるなんて許せないわ。貴方たちは死んであの世でご主人様とウルに土下座するの」

「狂っているな……だがお前、俺を舐めすぎだ、王族の俺には最強の固有魔法が使える。固有魔法『絶対無敵装甲キングオブシールド』発動」

 ミカエルの体を光が包み込む。その光は純白で重装な鎧へと変わりミカエルの体に装着された。

「俺の固有魔法は物理攻撃、そして中級以下の魔法はすべて無効になる。獣人は物理主体で戦うからな、お前には攻撃手段がないだろう。さぁいくぞ」

 物理無効化はウルにとって最大の弱点といえるだろう。だがウルは今回元から物理攻撃で済ませるつもりはなかった。

 ウルの足元を中心に闇の魔力が部屋全体に広がる。

(ご主人様、お力お借りします)

「ダーク・ホール!」

 ウルは何度も見てきたアブソリュートの得意魔法を使った。魔力の多いアブソリュートに比べたら威力や範囲は弱いが、それでも充分有効だ。

 闇の魔力から生み出される魔力の手がミカエルを闇に引きずりこんでいく。

「な、それはアブソリュートの魔法?! なぜお前が! くそ、離せ!! なぜ、死んでまで俺の邪魔をする、アブソリュートォ!」

「二年前の戦いでご主人様は死んだ。でもまだアーク家にはウルが残っている。お前はご主人様に負けたの」

 ミカエルの顔が歪む。

 だが頭部以下はすでに闇の中へと沈んでいた。

「くそおぉぉぉぉおお! アブソリュートォ!」

 アブソリュートへのじゅに近い狂った声を最後にミカエルは闇の中に消えた。

 これで最後の相手だった。

 主人の雪辱を果たした余韻に浸り、静かに涙を流す。

 二年前共に戦えなかったことをどれだけ悔いたことか。

 たった一人で、すべてを敵に回した彼はどれだけつらかったことだろうか。

「うぅ、ご主人様……貴方の……勝利です」

 嗚咽おえつの交じった声でそうつぶやいた。

 ウルはアブソリュートの敗北を自らの勝利で上塗りした。

 ミカエル死亡





 ウルはミカエルに勝利した後、王都を歩いていた。死ぬ前にアブソリュートと何度も歩いた道を、思い出をなぞるように歩いた。そこで大好きだったスイーツのお店を見つける。まだ店は開いているようだった。

「ごめんくださいなの」

 怖い顔の店主が迎える。

 何も変わっていない店主や店内にどこかあんしてしまう。

「んっ? あぁ久しい顔だな。いらっしゃい」

 店主もアブソリュートのことを知っているだろうが何も言わずに迎えてくれる。

「イチゴのタルトと、モンブランをお願いします」

 モンブランはよくアブソリュートが食べていた商品だ。

「食べていくのかい?」

「持ち帰りでお願いします」

 店主はウルの顔を見て悟ったのか、何も言わずに商品を包んでくれた。

「お代はいらんよ。……なぁ、別にアンタまで逝かなくてもいいんじゃないか?」

 店主が最後に問いかける。

「ありがとうございます。でも、あの人のいない世界はやっぱりつらいの……ここのスイーツいつも美味しかった! ありがとう」

 そういい残して店を後にした。



 ウルが向かったのはアーク家だった。

 討伐時に踏み荒らされた領内は景観が変わり知らない町のようだった。

 だがその中で唯一変わらないのがアーク家である。

 討伐軍もさすがに証拠や重要書類のある屋敷までは壊さなかったようだ。

 中は封鎖されていたが、鍵は変わっていなかったためそれを使って中に入る。

 もちろん中には誰もいない。ウルはかつてのアブソリュートの部屋に入り、二人分の紅茶とスイーツを並べた。

 ウルは自分の分のタルトと紅茶を飲み干して部屋を眺める。何年も見てきた部屋だが、入るのは久しぶりだった。この部屋にいるとあの頃に戻ったような気分になる。

 少し感傷に浸り、ウルはアブソリュートの椅子の向かいに立つ。

「ご主人様、私もこれから貴方の元に向かいます。死んだらどうなるかは分からないけど、もし向こうの世界でまた会えたら、次も貴方を好きになりたいの!」

 ウルは涙を流しながら二回目の告白を告げ、自らの心臓にナイフを突き刺した。

 最後は望みどおりアブソリュートの事を考えながら死ねるのだ。ウルは満足していた。

 体に力が入らなくなり体は地面にたおれた。

 ウルの視界が白くなり、死が近くなるにつれて知らない世界が広がっているように見えた。

 ただ白い景色が広がる純白の世界。気が付くとウルはそこにいた。

『……』

(ご主人様!?

 その世界のどこかからアブソリュートの声が聞こえた気がした。

 長年連れ添ってきた主人の声を忘れるはずなかった。

 ウルは声の元へ駆け出した。

 はやる気持ちを抑えきれずにただ声の主の元へと。

『……』

(間違いない)

『……』

(貴方が亡くなってから、いろいろありました。子供が生まれ、その子供が貴方を失った悲しみを埋めてくれることもありました。でも、自身が幸せだと思うたびにあなたのことをおもいだして……そのたびに会いたくて仕方なかった)

『……ル』

(ああ、ご主人様)

 だんだん近くなる自身を呼ぶ声。

(……お帰りなさいませ。ご主人様)

 溢れる涙を抑えきれず、声の主の胸へ飛び込み……ウルの命は消えた。



 その後、王族や貴族を多く失ったライナナ国は帝国に取り込まれ、長い時間をかけて民主国家へと変貌した。

 そしてその国を率いる人物の名前はウリア・アークである。