アブソリュートとマリアは剣術だけの模擬戦をしていた。

 剣と剣が何度も交差してしのぎを削る。

 マリアは体格差を活かして、あの手この手とアブソリュートから一本取ろうと試みてはいるがすべて失敗に終わってしまった。

(騎士として将来を期待されていた私がこんなにも攻めあぐねるなんて……ご主人様はなんて姉泣かせなのかしら)

 体格や剣術はマリアが上手だが、アブソリュートのセンスは何枚もうわだった。

 何度か剣が合わさり最後にはアブソリュートによりマリアの剣が飛ばされて決着がつく。

「……これで十連敗ですね。剣術だけ見てもご主人様に勝てる者はいないのではないでしょうか?」

 事実、この国の兵士の平均レベルは20。現在レベル55のアブソリュートに比べるとかなり低い。マリアもレベルは30を超え充分強者と言えるが、やはりその差は大きかった。

「さあな……だが、父なら容易たやすしのぐだろう。あれは化け物だ」

 一度、アブソリュートと父ヴィランが対戦した時はヴィランが勝利した。アブソリュートはせんりつしたのを覚えている。この世界に転生して初めての敗北だったのだ。

(……原作では、父は出てこなかった。学園を卒業する頃にはアブソリュートが当主になっていたし……父が大人しく王家に従っているのを見る限り、完全に味方とは言えない。原作でアーク家が断罪された時、父が何をしていたのかは知らないが敵対する可能性も踏まえて準備するべきだ)

 考え込むアブソリュートをマリアは心配そうに見つめていた。それに気づきアブソリュートは考えるのを後にした。

「すまんな、少し考え込んでいた……続きをやろう」

 構えるアブソリュートに対しマリアは剣を置いた。

「いえ、ご主人様はお疲れのようです。あそこのベンチで休憩しませんか? 私軽食作ってきたので」

 マリアの作った軽食を見て空腹を感じたので了承し、軽食を頂いた。満腹感で眠気がアブソリュートを襲う。

「ご主人様はお疲れのようですね。私の膝でよければお使いください」

 首を思い切り鷲づかみにされ、無理やり頭を太ももまで置かれる。

 柔らかくどこか温いというのが感想だ。アブソリュートの意識が眠気に負けそうになる。

(あっ、これ原作の修行イベントで見たことある!)

 そう思いながら、アブソリュートの意識はゆっくり沈んでいく。



 マリアは子供を見守る親のように膝に載せたアブソリュートの頭をでる。

 いつもは大人びて見えるアブソリュートがその時だけは年相応の少年に見えた。

 柔らかな日差しの昼の出来事だった。





「「ご無沙汰しています。アブソリュート様」」

 クリスとレディがアーク家にやってきた。

 二人にはアーク家傘下の貴族たちとの仲を取り持ってもらっている。おかげで仲はだいぶ改善されてきた。

「ああ、それで今日はどうした?」

 相変わらず無愛想だが、二人は気にしない。これが素だと分かっているからだ。

「王都で武闘大会があるんです。アブソリュート様出場してみませんか! アブソリュート様なら優勝間違いないですわ!!

 レディが熱弁する。

(顔が近い近い。そんなれいな顔近づけないで……ドギマギしちゃう)

「十五歳未満の部の参加になりますが、同年代の実力を知るいい機会だと思うのです。それに、今年はあの勇者もでるらしいんです」

 クリスが補足する。

(何? 勇者か……確かに現時点の勇者の実力を見るのも悪くない。原作と違ってマリアはアーク家についている。それがどう影響しているか確認するのも悪くない)

「話は分かった。出ようではないか」

「本当ですか! アブソリュート様なら優勝間違いないですわ♡」

「いや、私は出ない」

 レディは肩を落とす。

(ごめんね、勇者にあまり手の内を見せたくないんだ)

「代わりにウルを出場させる」

 後ろで待機している、狼族の侍女奴隷を指名する。ウル自身も唐突な指名に面食らっていた。

「え? あ、あのご主人様、う、ウルがでるんですの? ウルはご主人様より弱いし……ご主人様の顔に泥を塗ってしまいますの……」

(大丈夫だ。お前は自分が思っているよりはるかに強い。何せ私直々に指導したのだから。ストーリーが始まる前の主人公なら結構いい線行く気がするんだよね)

「不要な心配だ。私と手合わせしているのだぞ? そこいらのぞうぞうに負けるものか。もし、その勇者のまつえいとやらに勝てたなら帰りに王都で人気のスイーツをご馳走してやる」

「っ!」

 ウルは目を見開いた。……ウルはアーク家に来てから初めて甘いものを食べ、その美味しさに涙した。ウルはそれ以来甘い物に目がない。

 欲に忠実なのが獣人の長所であり、短所でもある。

 そこにつけ込んだからこそ、アブソリュートはウルを手なずけることができたのだ。つまり餌付けである。

「優勝したら、加えて欲しいものをなんでも買ってやる。どうだ?」

「出ます! ウルは新しい武器と可愛いお洋服が欲しいの!」

 もう勝った気でいるようだ。だが、これでウルを使って勇者を見定めることができる。

「分かった。ウルよ、勇者に勝利し欲しい物を勝ち取れ」

「はい! ウル、絶対勝ちますの!」

 勇者のスキルを持ち、原作で圧倒的数の有利はあったものの、格上のアブソリュートを倒した男だ。

 アブソリュートは決して油断しない。闘いはもう始まっているのだから。





【勇者】のスキルは過去に初代勇者が神から授かったスキルといわれている。

 自身が敵と判断したものにだけ攻撃できる広範囲攻撃。

 戦闘時のステータスを大幅補正

 追加ダメージ付与

 スキルが『覚醒』すると聖剣を召喚できるなどが挙げられる。

【勇者】のスキルを持って生まれた者に勇者の称号が与えられる。それは勇者のスキルが強力であるが故に、将来国防を担う者として期待してのものである。

 最強のスキル【勇者】を授かりライナナ国の勇者に任命されたアルトは、現在ミライ侯爵家が後見人となり彼の面倒を見ていた。

 そんな勇者は今、授業をサボって木の上で休憩していた。

「見つけたわよ、もうっ! アルト君また授業をサボって! アルト君が真面目に受けないからいつも私が怒られるのよ!」

 彼女はミライ侯爵家の長女であり、勇者アルトの婚約者兼幼馴染おさななじみ。そして原作ヒロインの一人、アリシア・ミライである。

「だってなんかやる気でないし……それに俺は勇者だ。闘うのが役目であって、勉強とかはアリシアたちに任せるよ」

 勇者には原作とは違いマリアとは別人の者が指導についている。マリアはアメとムチをうまく使い分け勇者アルトの手綱を握っていたが、現在の指導者では勇者アルトにされるがままであった。

「いくら勇者のスキルが強くたってバカが使い手では宝の持ち腐れよ! まぁいいわ、お父さんから伝言。『王都で行われる武闘大会で優勝してはくをつけてこい』だって」

「へぇ、いいね。強い奴はいるかな? アリシア何か知ってる?」

「どうかしら? あぁ、そういえばあのアーク公爵家の人間が出場するらしいわ」

「アーク家って確か闇組織と繫がっていて裏で好き勝手にやってる家だよね? いいね、燃えてきた。勇者の俺が成敗してやる。悪い奴らは皆殺しだ」

 勇者の発言とは思えないが、やる気を出してくれるならなんだっていい。

 アリシアはやれやれと苦労をにじませていた。





 アブソリュートたちは武闘大会に出場するために王都を訪れた。この武闘大会では十五歳以上と十五歳未満の二部に分かれて開催される。参加者は貴族の者たちがほとんどだが貴族の者からの推薦があった者に関して例外的に参加が認められる。

 今回ウルはアーク公爵家の推薦で出場した形になる。ルールは魔法なしのスキルと、自前の武器を使って行われる。

 ウルが出るまでの時間、アブソリュートは客席で時間を持て余していた。

 クリスは用を足しに、アブソリュートとレディは会話をしながら試合開始を待つ。

「アブソリュート様ほら御覧くださいまし! もうすぐウルちゃんの番ですわ。楽しみですね! あっ、お水飲みます? 私が出したレディ水ですけど」

 聞きなれない単語に興味が出る。

(えっ? 私が出した? ……レディ水? それっておしっ……いや、わいなものじゃないよね? 上位貴族にそんなものださないよね? レディは歓楽街を治めるクルエル家の令嬢でその母はこの国一番の娼婦だと聞く。そういう知識も持ち合わせているはずだ。もしかしてそういうプレイが好きだと思われているのか? 不穏だ……でも一応もらっとくか)

 決してやましい気持ちはなく純粋な好奇心からレディ水とやらを頼む。さて鬼がでるかじゃが出るか。

「冷たいのと温かいのがありますがどうします?」

「……常温」

 するとレディはカップに自身の水魔法で水を注ぎだす。

「はいどうぞ! 出したてほやほやのレディ水です♪」

(うん、そうだよね。知ってた……だって初めに水って言ってたし。ごっくん。あっ、これ美味おいしい)

美味うまいな」

 感想を言うとレディは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます! 私の出した水って他の人よりなぜか美味しいんです。あっ、おかえりなさい。クリスも私が出したレディ水お飲みになる?」

 先ほどまでトイレでいなかったクリスが戻ってきた。

 クリスはいぶかし気な顔をする。

「えっ? 私が出した? ……レディ水? それっておしっ「いわせないぞ?」」

 クリスは先ほどまでトイレにいたから、きっとその手のワードに敏感になっていたのだろう。

 危うく失言しかけたクリスの誤解を解き、三人でレディ水を飲みながら会話に花を咲かせる。

「それでアブソリュート様、本当に大丈夫でしょうか……確かにウルはあれから成長していますがまだ子供です。スピードはあっても決め手に欠けるのでは? 今回獣化のスキルはアブソリュート様が禁止されましたし……」

 そう、今回ウルは獣人特有の【獣化】スキルの使用を禁止している。理由として今回は勇者の実力を測るのが目的なので奥の手は温存した形になる。

「まぁ、見ていろ。お前の所にいた時より遥かに成長している。なにせ、私が鍛えたのだからな」

 ウルが入場した。相手は今年で十五歳になる男爵家の子息でオーソドックスなスタイルだ。対してウルは、

「なんですの? あのかぎづめに似た武器は。爪がないようですが、あれでは素手と変わらないのでは?」

 そう、ウルの装備はいわゆるメリケンサックである。

「ウルの強みは圧倒的なスピードだ。だが、まだ体の小さいウルは長物と相性が悪い。だから、拳を放つだけで確実にダメージを与えられる装備を与えた」

 試合が始まると同時に相手が斬りかかってくる。

 だがウルは体を少しずらして避ける。

 その後、相手から距離を取り競技場の石舞台を、目にも止まらぬ速さで円の縁をなぞるように駆け巡る。

「は、早い! ……相手目が追い付いてないんじゃないですか」

 興奮して早口になるクリスにアブソリュートは同意する。

「ああ、まるで狩りのタイミングをうかがう獣のようだ。人でありながら本能に身を任せ、獣のように駆け回る。獣人とは美しいものだな」

 相手の出方を窺い自分のタイミングでウルが懐に潜り込み腹に一発放つ。

 相手は立ち上がれず、ウルの勝利が決まった。

「勝っちゃいましたね……」

 クリスは驚いた。かつて自らの家で管理していた奴隷があそこまで成長しているとは思わなかったからだ。

「なるほど……確かにあの武器は理にかなっていましたね。お見それしました」

「あそこまで考えていらしたなんて♡」

(まぁ、戦ったのはウルだけどな……。次の試合は勇者か……さてお手並み拝見だな)

 勇者の試合は時折危ない場面はありつつも勇者有利で試合が運び勇者が勝利を決めた。

 勇者の対戦を見終えたアブソリュートは天井を見上げて一息ついた。

…………弱くはない。だが、せっかくの勇者のスキルを活かせてない。ただ剣を振り回して力で捻じ伏せるだけ。闘いのセンスもウルに劣る)

「クリス、あれは本当に勇者か? 苦戦していたぞ」

「はぁ、まぁ実践を積んでこなかったのでは? アブソリュート様のように経験豊富な子供もそういませんから」

(確かにそれなら頷ける。だが、それならアーク家が行っている裏の汚れ仕事も勇者にやらせるべきだろう。経験も積めるし、レベルも上がる、メンタルだって鍛えられる。何を考えているんだ国は!)



 そうこうしている間に、ウルと勇者は順調に勝ち進んでいた。そして決勝戦が始まる。

 勇者アルトとウルが向かい合い勇者が声をかける。

「なぁ、君はアーク家の人?」

 ウルは黙って頷く。勇者を倒して優勝すればスイーツに欲しい物、なんでも買ってもらえる。考えるとおなかが空いてきた。ウルはスイーツのことを考えると笑みが溢れ、舌舐めずりをした。見る人によっては可愛くみえるが勇者アルトにはそうは映らなかった。

(……まだ、こんな幼い子がこんなに好戦的な顔をするなんて、アーク家はなんて酷い教育をしているんだ!!

 勇者アルトは義憤する。

「武闘大会にでるように言ったのも、アーク家の人かい?」

 怒りを抑えてウルに問う。

「……勝ったら美味しいごはん(スイーツ)がもらえるの」

(……普段からろくなものを食べてないってことか。アーク家め! 絶対に許さん!!

 試合開始の合図が鳴る。

 ウルがさっそく勇者の元へ駆け出し、拳を繰り出すが勇者は剣で受け止める。だがウルの連打は止まらない。

 キィン、キィンキィンキィンキィン

(は、速い!)

 ジャブ、ジャブ、フック、ストレートと繰り出させる連打のコンビネーション。

 軽快に拳を繰り出すその姿はまるで歴戦のボクサーのようだった。

 勇者アルトは受けるのがやっとのところをウルはフェイントを交え始め、勇者は手に負えなくなる。

(くっ! 勇者の俺が、こんな小さな女の子に)

「舐めるな!」

 女の子を振り払おうと剣を横に振るが目の前から女の子が消えた。

(どこにいった?!

「下よ!」

 観客席からのアリシアの声が届く頃には遅く、懐に潜り込んでいたウルから強烈なアッパーを喰らい勇者は意識を失い倒れ勝負が決まった。

 会場が一瞬静まり返るが、数秒後歓声の嵐に包まれる。

「「「「「「す、すげぇぇぇぇー!!」」」」」」

 あまりの大番狂わせに会場が湧く。鳴り止まない歓声が会場を包むがウルの頭にはスイーツしかなかった。

「スイーツ楽しみなの♪」



 クリスは驚きを隠せなかった。

「本当に勝っちゃいましたね……」

 正直ウルでは勇者相手は厳しいと踏んでいたのだが圧勝とは……。

 アブソリュートが口を開く。

「勇者のスキルは厄介だった。だが、持ち主が雑魚だったせいで活かしきれなかった。勇者の攻撃が一撃でもウルに浴びせられていれば負けていたがな。ウルはそれが分かっていたから勇者に攻撃の機会を作らせなかった。まぁ、現段階ではウルが強かった。それだけだな」

 アブソリュートは上機嫌だった。敵である勇者アルトの底が見えたのだから。

(原作で勇者がアブソリュートより弱かったのは闘う者としてのセンスがなかったからか。

 まぁ、今後どうなるかは分からない。センスはなくともレベルが近ければ負ける可能性もある。今後とも勇者には注意しておこう)

「ご主人様! ただいま戻りました! 早くスイーツを食べましょうなの! あと買い物も!」

 尻尾を振りながらウルは戻ってきた。

 アブソリュートはウルの頭に手を載せ軽く撫でてやる。表情は相変わらず仏頂面だが、かけられた声はどこか優しかった。

「ウル、よくやったな。褒美を与えよう、行くぞ。遠慮はいらん」

 アブソリュートたちはウルのご褒美タイムに付き合いながらも王都を満喫した。





 試合に敗れた勇者アルトは医務室に運び込まれ、中には観戦にきていた婚約者のアリシア・ミライ侯爵令嬢の姿があった。

「まさか、仮にも勇者のアルトが負けるなんて……あの獣人の子強かったわね。アルトは力だけで勝てると思っているふしがあるから、この敗戦で少しは学んでくれればいいのだけど」

 アリシアは実戦を知らず、ただ身内の中で井の中のかわずになっていたアルトのことを悔やんでいた。

 それで今回は父の名前を使い、アルトを無理やり出場させたのだ。

(お父様もアルト君のことを私ばかりにまかせるのではなく、ちょっとは対策を考えてくれてもよいのではなくて?! 私ばかりに任せるくせにアルト君が授業をサボると私が怒られるなんて理不尽だわ……。そもそも勇者の彼を引き取ると決めたのもお父様なのに……)

 アリシアは苦労人だった。上からは無茶な注文をされ、下のものが言うことを聞かずやらかすたびに上からしっせきを受ける。

 そんな理不尽な貴族がミライ侯爵家である。

 そんな考えをしているうちに勇者アルトは目を覚ました。

「んっ? アリシアか……そっか、俺負けたんだな」

「えぇ、残念だけど。どう? 何か収穫はあった」

(なにせ、初めての敗北だもの。少しは心境に変化があるとありがたいのだけど)

「アリシア。俺決めたよ……」

(あぁやっと分かってくれたのね! 私信じていたわ! いつか必ず勇者としての自覚を持ってくれるって)

「アーク家をぶっつぶす!」

 勇者アルトの答えはアリシアの望んだ答えの斜め下だった。暴投である。

「え、なんて?」

「アーク家をぶっつぶすんだ! 決勝で戦ったあの子をみて思ったんだ。あんな小さな女の子を奴隷にして戦わせるような家が貴族なんてあってはならない。やっぱりうわさ通りアーク家はくずだった」

「え、えぇぇ?! いや、でもさすがにそれは無理なんじゃない? 貴族でしかも高位貴族だし、それに無理やりなんてアルト君の想像じゃないの? 勇者といっても平民のアルト君に高位貴族をつぶすなんてできるはずがないわ。それにアルト君がアーク家に手を出したら被害を受けるのはミライ家なんですけど!」

「分かっている! だけど、あんな小さな女の子を食いものにしている貴族なんてあってはならない……僕は勇者だ」

(あぁもう、聞いてないし! 話がみ合わない。ホントバカな働き者は厄介だわ。はぁ、落ち着きなさいアリシア。ミライ家の将来は私の肩にかかっているわ)

「まさか、いきなり殴り込むとか言わないでしょうね? そんなことするなら即、縁切るからね。ミライ家はあんたとなんの関係もないから」

「……悔しいけど、俺一人ではアーク家には勝てない。だから一緒に戦ってくれる仲間を探そうと思う」

 ちょっとは冷静なようで安心したが、まだ災難は続きそうだ。

「だから、アリシア! 俺の仲間になって一緒にアーク家を「嫌っ!」」

 アリシアは言葉を被せ断った。

「あんたのその言い掛かりのような理論で味方になんかならないわよ! 私を味方にしたかったら、王族と高位貴族に対し兵を万単位にちゃんとした理由を用意してからにしなさい。そしたらもう、何も言わないから……。だからそれまでアーク家に手を出すのはやめて! あんたのせいでミライ家をつぶすなんて私嫌よ!」

 アリシアの剣幕に押され、勇者アルトはしばらく考え込んだ末に了承した。

「分かった。王族と高位貴族から兵を集めて完膚なきまでにたたきのめせっていうんだな。さすがアリシアだ。考えることが違うぜ。俺やるよ、アリシア!」

(いや違うけど……まぁどうせ無理だしいいか)

 アリシアはとりあえず最悪な事態は避けられたとあんするがまだまだ彼女の災難は続く。





 武闘大会から数日が経った頃、ミカエル王子からウルを連れて王城に来いと書簡が届いた。

 ミカエル王子とはパーティーなどで何回か話したが年相応のクソガキな印象だ。

 原作で、主人公の勇者サイドについておりアブソリュートをつぶせるだけの兵力を出したのも恐らくミカエルだろう。

(どうせろくな用じゃないだろうが、今はまだ敵対するわけにはいかないな……。しようがない……行くか)

「ウル、これから私と王城に行くぞ。ミカエル王子から用があるとのことだ」

「え、え〜?! ウル何かしましたの? 殺されるの? ガクガク、ウルウル」

 分かりやすく狼狽うろたえるウル。いきなり王城に呼び出されたのだから仕方ないだろう。

「お前に心当たりがないなら殺されることはないだろう。恐らく、この前の武闘大会でお前を気に入ったからよこせ、そんな感じだろう」

 ウルは泣きそうになりながら上目遣いでアブソリュートをみる。

「ウル、捨てられるの? ご主人様はウル嫌いなの?」

(……なかなかグッとくるな。やはり女の涙は最強だ)

 ウルを落ち着かせるように頭を撫でる。

「安心しろ。私からお前を手放すことはしない。もし、ミカエル王子から来いと言われたらお前が嫌なら断れ。そうしたら私が全力で守ろう。お前は私の物なのだから」

「ウルは……ご主人様のものなの」

 ウルは安心したのか顔をうずめるようにアブソリュートに抱きつく。

(まだ幼いし、これくらい許してやろう)

 しばらくウルの好きにさせてやったアブソリュートだった。



 ライナナ国王城。

「よく来たな。アブソリュート・アーク、そして奴隷のウル。歓迎しよう、まぁ座れ」

 王城についた私たちは客間に通され着席する。だが、その歓待は決して気の良いものではなかった。

「この大勢の近衛兵はどういうことですミカエル王子? 護衛にしては多すぎるのでは?」

 客間に座る私たちを囲むように大勢の近衛兵が待機していた。

(……脅しにしてはあからさますぎる。ミカエル王子はかなり危険だな)

 アブソリュートは心の中でミカエルに対する警戒レベルを一つあげる。

「そうか? 私は次期国王になる身だ。私の身に何かあっては大変だと護衛がうるさくてな。まぁむさ苦しいだろうが我慢してくれ?」

 白々しく肩をすくめるミカエル王子。

 ウルは警戒して尻尾を立てている。私はウルを落ち着けるために軽く背中を撫でる。

「承知しました。それで? 本日のご用件を伺っても?」

 さっさと帰りたいのでサクサク話を進めよう。

「何、すぐ終わるさ。お前がさっさと応じればな? お前の奴隷を俺に寄越せ。そうすればお前は用済みだ」

(……言うとは思ったが、ここまで高圧的な行動を起こすとは。コイツ頭大丈夫か? 私はライナナ国を裏で国防を担っているアーク家の次期当主だぞ? 私にそっぽ向かれたらお前の代でこの国は終わるぞ! まっ、これではっきりしたな。こんな奴のためにぼう中傷を受けながら裏で働くなんて御免だ。私が当主になってからは付き合いを考えさせてもらおう)

「お断りします。用件はそれだけですか? では私たちはこれで失礼します」

 席を立とうとするが、そこで私の喉元に剣先が当てられる。

 待機していた近衛兵が一斉に抜剣する。

「……なんのつもりですかな? 近衛兵たちはなぜ抜剣している? 警告だ。二度目はないぞ? 剣をしまえ」

 警告するが、近衛兵たちは剣をしまう気配はない。

「くくっ! あの悪名高いアーク家の者がここまでバカだとはな! お前のようなガキが、この人数の近衛兵に何ができる? お前みたいなバカは痛い目を見ないとだめなようだな! どうだ奴隷、俺の元へくればお前だけは助けてやってもいいぞ?」

 ミカエルがウルに問うが、もうウルの答えは決まっていた。ウルはアブソリュートの腕に抱きつく。

「ウルはご主人様の物なの! ご主人様はお前らみたいな奴らに絶対負けないの!! べーっだ。おとといきやがれなの、死ね」

 ミカエルは額に青筋を浮かべる。

「ふん、そうか……どうやら主従揃って死にたいらしいな。お前らは俺に向かって剣を抜いたところを近衛兵にやられて死亡。こういう筋書きだ。お前らコイツらを殺せ!」

「「「「はっ!」」」」

 合図とともに近衛兵たちが剣を振りおろした……。かのように思ったが彼らはアブソリュートに時間を与えすぎた。

「な、なんだこれは?! 体に黒い腕が巻きついて動けない!」

「ダーク・ホール」

 アブソリュートの魔法だ。自身の足元から闇の魔力を伸ばしこの部屋中に広げておいたのだ。

 今はこの部屋の中ならどこからでも魔力の腕を生やすことができる。

「な、なんだ?! これは一体何が起こっている」

 ミカエルは状況が理解できずに狼狽えるだけだった。

 全員動けないことを確認し、アブソリュートはウルに指示をする。

「ウルよ……この部屋からでて人を呼んでこい。ミカエル王子がご乱心になって近衛兵にアーク家の子息の殺害を命じたとな」

「はいなの!!

 早速ウルが出ていった。

(後は時間の問題だな……)

 アブソリュートは近衛兵から剣を奪い取り近衛兵の腕を切り落としていく。

「んーんー!」

 ダーク・ホールの腕で近衛兵の口をふさぎ悲鳴を上げられないようにしたので唸り声だけが部屋に響く。

「……お前ら、なんでこんなことをするって顔しているな、言ったよな? 二度目はないと」

 近衛兵たちの腕を切り落とし終えたら、ダーク・ホールで落ちた腕と血液を回収して近衛兵たちへの罰は終了だ。

 アブソリュートはミカエルに向き直る。

「お前……結局何がしたかったんだ? 奴隷一人のために高位貴族の後継を殺そうとするなんてしないだろう? 普通は」

 ボソッ

「……気に入らないんだよ」

 ミカエルが何かを言うが聞き取れない。

「なんだ? 聞こえない」

「気に入らないんだよ! お前のその目が!! 態度が!! 存在が!! 目障りなんだよぉぉお!!

(……すげぇ嫌われようだな。これも【絶対悪】のスキルのせいか?)

「………そうか。だがお前は私を殺そうとした。これからどうなるか分かるな?」

 アブソリュートは【王の覇道】のスキルを発動。この部屋全員を威圧した。

 あまりの圧力に近衛兵とミカエルは顔を青くし、ただおびえることしかできない。これではどちらが王族か分からないほどの姿だ。

 そこで勢いよく扉が開き中に人が入ってきた。

「そこまでだ!! 双方剣を捨てろ」

 入ってきたのは意外にも国王だった。

 まさか国王直々に来られるとは思わなかった。

「これはこれは、陛下ご機嫌いかがですか?」

 不機嫌だったアブソリュートは皮肉を交えて言う。

「……最悪だ!」

 国王は腕を失った近衛兵たちの惨状とミカエルの姿を見て、恨みがましげにアブソリュートを見る。

 国王が来たと同時にスキルが解かれ、安堵感に近衛兵とミカエルはそのまま気絶した。

 その後アブソリュートとウルは国王に連れ出され、先ほどと違う部屋に通された。

「アブソリュート・アークよ……そちのメイドからおおむね聞いているがお前からも聞かせてくれるか? ことの経緯を……」

(国王は聞きたくはないだろうがね)

「ならこちらの映像をご覧ください。念のために記録に残しておりますので」

 国王はすべて諦めたかのように天井を見上げる。

 あの場では目撃者はおらず、当事者だけの空間だったのでミカエル王子最悪権力を使ってみ消せると考えていた。だが、アブソリュートはそれを見越して証拠として魔道具で映像を残し、逃げ場をなくした。

(逃げられてたまるか! ミカエル王子は将来勇者サイドについて権力を使って兵力を集めてアブソリュートである私を殺す。今のうちにミカエルを引き摺り下さなければ!)

 国王は映像を見終えてアブソリュートに声をかける。

「アブソリュート・アーク……今回はすまなかった。この通りだ……」

 国王は頭を下げた。もし、これがアーク家でなくただの上位貴族なら頭までは下げなかった。だがアーク家は裏で国防を担い、国のために汚名を受けている功労者だ。決して剣を振りかざしてよい相手ではない。

「私たちアーク家は王家が健全な国の運営ができるように手を汚しながら支えてきたつもりです。ですが、あんな形で恩をあだで返されるとは思いませんでした」

 国王が頭を下げても決して引いてはいけない、アブソリュートはたたみかける。

「あれは王家としての判断でしょうか? それなら私たちアーク家も考えがありますよ?」

 アブソリュートはスキル【王の覇道】を使い威圧するが国王は表情に出さずに圧力に耐える。

…………さすが国王だな、長年国を治めてきただけはある)

 アブソリュートは国王の評価を改めた。

「いや、ミカエルの暴走だ。信じては貰えんだろうがな……まさかここまでの事を起こすとは思わなんだ。だが、アブソリュートよ。衛兵隊の腕を斬り落とすのはやり過ぎじゃないか? お前ならもっと穏便に済ませられたのではないか?」

 国王から反撃されるが私は動じない。

「子息とはいえ高位貴族に斬りかかったのですよ? 正当防衛です。それに警告を聞かなかったのも近衛兵です。近衛兵なら命をかけてでもミカエル王子の間違いを正すべきでした。私を責めるのはお門違いです。それで、今回王家としてどう責任を取るつもりですか?」

(最低でもミカエルから権力を奪い取りたいがはいちゃくは難しいかな? 被害者は無傷だし)

「アブソリュートと侍女に慰謝料を払おう……それに加えてミカエルには謹慎させる。どうだ?」

(………甘すぎるな)

「高位貴族の者を呼び出して、権力と暴力で私の奴隷を奪おうとし最後には殺人未遂ですよ? 甘すぎるのではないでしょうか。罪として裁くなら永遠に地下牢レベルですよ。最低でもミカエル王子は王太子の座から外してください」

「それだけはなんとかならんか? 私には息子はミカエルしかおらん。後継がいなければ王家は終わりだ」

 国王は懇願するがアブソリュートは続ける

「ハニエル王女がいらっしゃるのではないですか? ハニエル王女に婿をとっていただけば解決するのではないでしょうか。今のミカエル王子を王太子にするよりいいのでは?」

 国王は悩む……確かにハニエルはミカエルより優秀だが問題があった。

「ハニエルは目が見えん。あれでは公務を行うのは厳しかろう……」

「ええ、そうでしょうな。だがそれは国王陛下やその周りが考えることです。私の要求は私と侍女のウルに慰謝料と、ミカエル王子が王太子から降りることです。国王陛下ご決断を」

 国王は少しの間考える。国王だって我が子が、かわいい。国王の腹が、決まる。

「分かった。ミカエルは王太子から外そう。だが、もしミカエルが反省し、自らの行いを悔い改めた時は王太子に戻るのを許してやってくれんか?」

 まだ、甘いことを言うがアブソリュートは突き放す。

「その時は、この映像をすべての貴族の前で公開し、その後全員の前で私に謝罪した時でしょう」

「そうだな……悪かった。お前の要求は全てもう。今日は悪かったな……慰謝料は帰る時に支払おう」

 これで王家との示談が終了し、アブソリュートとウルは慰謝料で豪遊しながら帰宅した。





 私がアブソリュート・アークに初めて会ったのは、彼が五歳の時。アーク家と息子のミカエルの顔合わせをした時だった。

 初対面で見た時のアブソリュートは幼い頃のヴィランによく似た顔立ちの、あの醜悪な一族の象徴である赤い瞳を宿した嫌悪感が拭えない子供だった。【絶対悪】というスキルの効果だとは聞いているが、無知のままであっていればそのまま追い返した可能性もある。

 嫌悪感は拭えず血筋的にも危険な存在ではあるが、それ以上に彼の身に余る才気に興味がひかれた。彼の父であるヴィランが自慢していたことを親の欲目だと思っていたがそれは間違いだったらしい。

 もし彼が息子と良い関係を築くことができれば、ライナナ国はより発展を望めるだろうと将来を期待していたものだ。

 だがそれももうかなわないだろう。なぜなら、息子であるミカエルがアブソリュートの奴隷を奪おうと剣を抜いたのだ。

 アブソリュートが帰った後、ミカエルに罰を下すために謁見室に呼び出す。

 父としてではなく王としての裁定だからだ。

 ひざまずいたミカエルに語りかける。

「ミカエル……お前は自分が何をしたか分かっているか?」

「悪いのはアブソリュートです。あいつがいきなり攻撃してきたのでやむなく交戦しました」

 ミカエルはシラを切る。あの場には第三者がおらずいんぺいできると踏んだからだ。

「……そうか。この映像を見ても同じことが言えるか?」

「な、なぜ?! なぜそんなものがある!?

「アブソリュートからだ。お前は取り返しのつかないことをしたのだ」

「あいつか!! きょうなマネをっ! アブソリュートが悪いんだ、俺の十歳の記念パーティーをぶち壊した、だから痛い目を見せようとしたんだ!」

 国王は呆れた目でミカエルをみる。

 ミカエルはこのようなことをしてしまったが馬鹿ではない。だが、まだ精神的に幼いのだ。嫌いな人間に取り繕うことができず、演技でも友好的にできない。

 まだ子供故、長い目で見ていたがまさかこのような短慮を起こすとは思わなかった。

「あれはアーク家でなくカコ公爵家の派閥が起こしたものだと言っただろう……アーク家は被害者だ。まぁとにかくお前は罪を犯した。ミカエル、お前には王太子を降りてもらう。本来なら投獄してもおかしくないが感謝しろよ?」

「俺が王太子を降りる?! そんな馬鹿な!」

「ちなみに、この映像を貴族全員に見せたうえでアブソリュートに謝罪するなら王太子の復帰を認めるそうだ……まぁそんなことしたら王家は終わりだがな。しっかり反省して次に活かせ。それだけだ、下がれ」

 ミカエルを下がらせ国王は一人で頭を抱える。

「ミカエルもまだ子供だ。これから学んでくれればいい。問題はハニエルを王太女にすることだ。頭は悪くない、だがあいつの場合盲目の身で公務をこなすのは厳しいだろう」

 国の事、娘の事。悩みだしたらきりがなかった。

 そこでふと妙案が思いつく。

「ハニエルとアブソリュートを婚約させるか……」

 悪くはない考えだ。

 ミカエルを押していたゼン公爵は敵に回すがアーク公爵家、そしてアブソリュートを敵に回す方が国にとっては危険だ。裏で国を守るために暗躍しているのもあるがそれ以上にアブソリュートの血筋を危険視していた。

 もしアブソリュートが望めば世界を敵に回せる力があるからだ。

「王家の血を入れることでアーク家に報いることもできる。この方向で打診してみるか」

 そして国王は動き出した。





 ウルは狼族のとある家庭の二十二番目の子供として生まれた。

 人族と比べると大家族に思われるが獣人族にとっては特に珍しくもないことだ。

 獣人族は強さを誇りとしているため、なるべく強く戦闘に適したスキルを持つ子供が多く望まれることを知っていた。

 だが、その望みに反して貧弱なスキルを持って生まれたウルは両親には必要とされず七歳の時に奴隷商に売られてしまう。

「ウル、売られちゃった……買われるなら優しい人がいいなぁ」

 ウルは現状を嘆く。

 奴隷商ではいつ買われるのかと怯えながらも、今日も選ばれなかったと自分を卑下する毎日が続いていた。

 そしてアブソリュートとウルは出会った。初対面のウルのアブソリュートへの印象は最悪だった。なぜならアブソリュートには明らかに血の臭いが染みついていたからだ。どれだけの人間をあやめればあんなに凝縮された臭いになるのだろう。獣人で鼻の利くウルにはそれが分かってしまった。

 なっ、なんなのあの怖い人。それにアーク家ってウル殺されちゃうの!?

 アーク家と聞きすべてに納得してしまう。どうして血の臭いを纏っていたのか。これから自分はどうなるのか。奴隷として抵抗できないウルは諦めるしかなかった。

 ウルはアブソリュートに購入され、ウルは恐怖しながらドナドナされていった。

 これから待ち受けるは地獄の日々、そう思うと死にたくなった。

 だが、ウルが思ったよりアーク家の環境はよかった。

(最初は怖かったけどアーク家は案外いい所だったの! ご飯は美味しいし、仕事を教えてくれるミトさん(四十八)や同じ奴隷のマリアも優しいし、怖いご主人様もたまにお菓子をくれる! 私お菓子なんて生まれて初めて食べたの)

 高齢者しかいないアーク家ではウルの存在はアイドル化しつつあった。だが、いいことばかり起こるわけもなかった。

 パリン!!

「どっどうしよう!! 高そうな花瓶を割っちゃった!」

 ウルは平和な環境のアーク家に気を緩めてしまいミスをしてしまった。そして割れた花瓶を集めようとガラスの破片を手で集める。

「痛っ!」

 気づけばウルの手はガラスで切れ、血が止まらなかった。

 ウルはパニックになり、どうしたらよいのか分からなくなり泣き出してしまう。

「うぅ、痛いよぉ、どうすればいいのぉ」

「おい、何を泣いている」

 声の主の方を向く。アブソリュートであった。

(まずい、怒られる!)

「お前!! 何をしている!?

 アブソリュートが怒鳴り、ウルは反射的に謝ってしまう。

「ご、ごめんなさ「血だらけではないか! 早く手を見せろ!」」

 アブソリュートは傷だらけのウルの手をとり回復魔法を使った。

 ウルは初めて見る回復魔法と、あの怖いご主人様が治療してくれたことに驚いていた。

「ガラスの破片は手でさわるな……ほうきではけ。分かったな?」

「は、はいなの!」

「ダーク・ホール」

 ガラスの破片がアブソリュートの魔法により影の中に消える。片付け終わるとアブソリュートはそのまま部屋に戻っていった。

 その夜ウルは、アブソリュートのことばかり考えていた。初対面の時から恐怖の対象でありあのアーク家の子息である。だが、ウルに回復魔法を使ったり、たまにお菓子をくれたりと優しい面もある。どれが本当のアブソリュートか分からなくなった。

「ウルはご主人様が分からないの……」

 ウルは悩み続ける。そんなある日、ミトさんとマリアが話しているのを獣人の聴覚で盗み聞きし、アブソリュートのスキルのことを知った。

「スキルのせいで皆に嫌われるなんて……ご主人様はウルと似ている」

 ウルはスキルが弱いせいで家族に売られた自分とスキルのせいで嫌われるアブソリュートをどこか同一視していた。

 そしてアブソリュートが父ヴィランに仕事の内容を聞かされている時にアーク家の真実について知った。

 だが、この真実を知るにはウルは幼すぎた。

 ウルはマリアに聞いた内容を話し、どういうことか分かりやすく教えてもらう。マリアもその内容に驚愕していたが、つまんでウルに説明した。

 あまりの内容にウルは涙した。アブソリュートに救いがなかったからだ。

「みんなのために頑張っているのに、ご主人様は報われないなんて酷すぎる!」

 スキルのせいで皆に嫌われて、国のために働くが賞賛はおろか罵倒される。ウルにはアブソリュートがボロボロに見えた。

 周りから嘲笑されようとぜんとした態度を崩さなかった彼も本当はつらいのではないか。もしくはそれが自分でも分からないくらいに彼は壊れ切ってしまっているのか。

「そうね。私も知る前は同じことを思ったわ。でも真実は違った。私たちのご主人様は凄い人ね。これからもご主人様は傷ついていくでしょう。敵も増えるわ、だから私たちはどんな時もご主人様の側にいましょう。ピンチの時も傷ついた時も、周りに誰もいなくなっても。あの小さな背中についていきましょう!」

 ウルも黙って頷く。

「まずは任務から帰ってきたらお出迎えから始めましょう!」

 そうしてウルとマリアは任務から帰ってくるアブソリュートを待ったが、ウルは寝落ちした。



 アーク家の真実を知ってからウルとマリアは訓練に身を入れるようになった。たまにアブソリュートが指導したりしてウルは着実に強くなった。

 そこでアブソリュートから武闘大会に出場するように言われ出場した。勇者以外は弱かったが、優勝することができた。

「よくやったな、ウル」

 アブソリュートがウルを撫でる。これまで褒められたことがなかったウルにとってむずがゆいが、とても嬉しいものだった。

 だが、また不幸が訪れる。

 なんとミカエル王子から呼び出しを受けたのだ。なんの心当たりもないウルは殺されるのではないかと不安で仕方がなかった。

「お前に心当たりがないなら殺されることはないだろう。恐らく、この前の武闘大会でお前を気に入ったから寄越せ、そんな感じだろう」

 ウルは絶望した。相手は王族だ、また両親の時のように捨てられると思ったからだ。

「安心しろ、私からお前を手放すことはしない。もし、ミカエル王子から来いと言われてもお前が嫌なら断れ。そうしたら私が全力で守ろう。お前は私のものだからな」

 アブソリュートの答えがウルは嬉しかった。自分を必要としてくれていると思ったからだ。

 弱者は必要ないと家族から捨てられた自分を彼は必要としてくれた。

 また捨てられると思ったウルの絶望をアブソリュートは吹き飛ばしてくれた。決して見捨てられない安心感があった。

 実際にアブソリュートはミカエルからウルを守った。

(ご主人様は優しい……強くて、カッコよくて……ご主人様のことを考えると胸が熱くなる)

 王城からの帰り道、どうして自分のためにそこまでしてくれたのか主人に問いかけた。

「ねぇ、どうしてご主人様はウルを守ってくれたの? 王子敵に回したら大変なことにならないなの?」

 子供でも分かる簡単なことだ。いくら王家側に非があろうと彼はライナナ国のトップである王家を敵に回してしまったのである。

 今後必ず尾を引くことになるだろう。

「確かに貴族とは王家へ忠誠を誓い、その引き換えに国からのを得ている。王家を敵に回すことはライナナ国を敵に回すことといっても変わらないだろう」

 スケールの大きな話になってきた。

 幼いウルの頭では国を敵に回すことがどういうことなのか、理解できていないがとりあえず大変だということは分かる。

「だが、王家は忠誠を誓っているアーク公爵家から、あろうことか脅しをかけてお前を奪い取ろうとした。ふざけるな! アーク領はライナナ国の建国前から私たちアーク家が治めてきたのだぞ。いくら忠誠を誓おうが領地のすべてはアーク家に所有権がある。いくら奴隷一人といえど他人に渡す道理などありはしない」

 ご主人様の声に熱がこもる。

 こんなに言葉に感情を乗せる主人は見たことがなかった。

 今回の騒動でもっとも腹を立てたのは間違いなく彼であろう。自らの所有物を奪われそうになったのだから。

 興奮を抑えるように一息つき、いつもより優さし気な声でウルに語り掛ける。

「まぁ、いろいろ話したが、お前は私の奴隷でありアーク家に仕えるものだ。お前を守るのもすべて上の人間である私の役目だ。だからお前が気にする必要はない。そもそもアーク家は何もしていなくとも敵だらけだ。今更だろう」

 諭すように語るその内容に目頭が熱くなる。

 弱いからと売られたウルに、使用人としても未だ役に立たないウルにそこまでしてもらえる価値はないのに。

 彼は王族を敵に回しても自分を守ってくれた。

 そこまでしてくれるなら、と彼女の気持ちは決まった。

「ねぇ、ご主人様。ウルはご主人様のためなら死んでも構わないの」

 ウルに居場所をくれ、寝床と食事、闘う力を与え、権力からも守りそしてこの温かい気持ちをくれた。ウルの人生でここまで自分に与えてくれた人はいなかった。だから自分のすべてをアブソリュートに渡しても構わないと思った。

「ふん。お前を犠牲にしなくてはならないほど私は弱くなどない! 帰るぞ、ウル」

「はいなの!」

 そして二人は帰路についた。