クリスはどこか残念そうにしながら準備を始めた。

(残念だったな、クリスよ……エリザベスを頼んだぜ!)

 決まったのでホセ伯爵を呼び、ウルとマリアとの契約が完了した。

 奴隷の二人に向き合う。

「これから、お前たちの主人になるアブソリュート・アークだ。お前たちには今後私の侍女として仕えてもらう」

 私の名前を聞き、二人は顔色を変えた。

「あ、アーク家ってこの国で一番悪いって言われてるあの? イヤァァァァ!

(ウル……否定はしないけどウチは法律の中で暴れているだけだから……否定はしないけど)

「くっ! アーク家の者だったか……道理で嫌悪感が凄いわけね。私たちに何をするつもりだ。はずかしめを受けるくらいなら死んでやる!」

(アーク家ってだけでこれかよ。酷い言われようだ……)

「殺すつもりはない。お前らには侍女として働いてもらう。……だが、口の利き方がなっていないようだ。お前たちは今後私の奴隷だ」

 スキル【王の覇道】を発動し、二人を威圧する。

 まるで強風に吹かれたような圧が二人を襲う。

 空気が薄くなったように感じ呼吸が上手くできなくなる。

 二人は顔を青白くし、ガタガタ震えていた。

(もう……いいか)

 威圧を解除した。

「これからは、口の利き方に気をつけろ……分かったな?」

「……はい」

「……失礼した」

 二人が頷いた姿を見て心の中で一息つく。

 女を二人わからせてやったぜ。





 私はマリア・ステラ。元は貴族の生まれだった。

 優秀な騎士である父と厳格ながらも愛に溢れていた母、そして目、耳、鼻どこに入れても痛くないほど可愛い弟と幸せに暮らしていた。

 昔は家族仲もよく平和に暮らしていたが、父と弟が病に倒れてしまったことによりその平穏が崩れ去ってしまった。

 回復魔法でも治療が難しい難病で治療法は確立されていなかった。

 なんとか病を治そうとあらゆる所からお金を借り、高位の神官やポーションで治療を試みるも結果最愛の家族を二人も失ってしまった。

 その後、絶望した母は自殺して、残された私には借金だけが残った。

 父たちの後を追う選択肢は私にはなかった。父や弟を救うためにお金を貸してくれた者たちへの恩をあだで返したくはなかったし、まだ自分にはやるべきことがあるのではないかと漠然とそう思っていたからだ。

 私が父から受け継ぐはずだった家宝。固有魔法を宿した『宝剣ステラ』も手放し、家財を全部売っても返済しきれず領地は国に返還され、奴隷として身売りすることになった。

 騎士として約束された将来、優しい両親や可愛い弟のいる日常は壊された。



 奴隷として売りに出されていた私は、アーク家の子息アブソリュート・アークに買われ奴隷兼侍女として働くことになった。

 初めて見た時は、死んだ弟と同じくらいの年なのに非常に嫌な感じのする子供だと思った。それがまさかあのアーク家の人間だったとは……アーク家はライナナ国のグレーな商売を担っている貴族たちのトップであり、裏ではかなりヤバイことをしているとの話だ。

 正直、初めはどんな汚いことをさせられるのかと思ったが、仕事内容は至って普通の侍女のそれであった。先輩メイドのミトさん(四十八歳)もアーク家の者とは思えないくらいに優しくとてもよくしてもらっている。

 だが、私はアブソリュート、もといご主人様の奴隷なので必然的に彼と過ごすことが多くなる。その時間だけが苦痛だった。嫌悪している相手の世話を焼くなどしたくなかったが奴隷なので逆らうこともできず、仕方なく従っている。

 しかし、しばらくしてご主人様の生活を見ると、あのアーク家の子息とは思えないくらい大人しいものだった。言葉の端々には傲慢さがうかがえ、表情も基本的に無表情でたまに見せる獰猛な顔が印象的だが、使用人や傘下の貴族に手をあげたことはない。

 花瓶を割ってしまった同じ奴隷のウルを叱りつけるのではなく、真っ先に回復魔法を使ったのも意外だった。

(あんなに嫌な奴みたいな雰囲気を出しているのになんか調子が狂うわね……)

 私にはアブソリュートが理解できなかった。



 アーク家に来てしばらく経った頃、先輩メイドのミトさんに呼び出され、ミトの辞職と今後のアブソリュートの担当を任せることが伝えられた。

 慣れてきたらそのまま私をミトさんの後釜に据えられることはあらかじめ聞いていたが、こんなにも早いとは思わなかった。

「マリアは仕事を覚えるのも早かったし、ウルも掃除は一通りできるようになったから私の役目は終わったわ。アブソリュート様のことをお願いね」

 最後にずっと気になっていた事を聞いてみた。

「あの、ご主人様のこと怖くはないのですか?」

 それなりに鍛えた私ですら背筋が凍る相手なのだ。にもかかわらず、ミトさんはそんな様子は見せず接していたのが気になったのだ。

 ミトさんは悲しそうに語り出した。

「……怖くないって言うとうそになるわね。でもね、私の母が亡くなった時にアブソリュート様は静かに泣いてくれたの。そして、屋敷に勤めて暫くしてアブソリュート様のスキルの事を聞いたわ。そうしたら恐怖より同情の気持ちが強くなっちゃって。きっとアーク家の使用人は皆同じ気持ちよ」

「スキルですか? 初耳ですね」

 聞いていないぞ、と少し遠回しに攻めてみる。

「正式にアブソリュート様の侍女になるのだからこれから伝えるわ。でも、貴女はアブソリュート様のお世話をしていても決して嫌な感じを顔や態度には出さなかったから伝えるかどうかを迷ったのもあるわ……アーク家の使用人は皆アブソリュート様に同情しているから、どうしても腫れ物を扱うようになってしまうの。それが原因で幼いアブソリュート様は、屋敷の空気に敏感になってあまり笑わなくなってしまった。私たち大人の責任よ……まだ若い貴女に頼むのもこくだと分かっているわ。でも、貴女は変わらずアブソリュート様と接してあげて」

 そしてマリアは、アブソリュートについて、ミトからすべてを伝えられた。



(まさか……スキルで印象が最悪になるなんて)

 マリアは自らの主人のことを余すことなく伝えられた。

 アブソリュートのスキルのこと。スキルのせいで友人がこれまでいなかったこと。最近、ようやく理解してくれる友人ができたこと。

(たくさん傷ついてきたのね……まだ幼いのに)

 マリアはかつての弟と同じ年くらいのアブソリュートの現状を嘆いていた。

 そしてマリアはアブソリュートの部屋に行き、ミトから仕事を引き継いだことを伝える。

「ミト様に代わり、これからは私がご主人様のお世話をさせていただきます。それで……あの、引き継ぎにあたりご主人様のスキルのことを教えていただきました」

 ご主人様の表情は変わらず無表情のままだった。

「そうか……」

 それだけ言い、本に視線を戻した。

 あまり関心はないようだった。

「……辛くはないのですか?」

 聞かなくてもいいことを聞いてしまった。マリアは少し後悔するが時はもう戻らない、ご主人様がそれに答える。

「さあな、別に他人の目などどうでもいい。すべての人に嫌われようと私はアブソリュート・アークだ。それだけは変わらん。他人の目で私が変わることなどない、決してな」

(凄い覚悟だ。そして悲しくもある、まだ幼いご主人様にここまで覚悟させたことが。きっとこれからもご主人様は傷つきながら生きていくのね……そんなのあんまりじゃない!)

 気づけばもう初めて会った時の嫌悪感はない。今は傷つきながらも、その傷を見ないように強がるご主人様が悲しくも愛おしく感じた。

 かつて生意気盛りだった弟と姿が重なる。

 気がつくと私はご主人様を後ろから抱きしめていた。

「おい、貴様何をしている……早く離れろ」

 私は腕を緩めない。上手い具合にホールドできたので、相手の力が上でも決して抜け出せない。ご主人様もそのことがわかったのか抵抗が弱まった。

「ご主人様、これからは私が奴隷として、侍女として姉として家族として貴方の側にいます。決して一人になんかさせませんから!」

「もう分かったから……いいから離せ」

 これからはこの不器用で傷ついた少年の心を癒やしていこう、そう誓ったのだった。

「はぁ……お前の相手は疲れた。もう風呂に入って休む。風呂の準備をしろ……」

「……一緒に入りますか?」

「入らん!」

 この後風呂に乱入し、めちゃくちゃ一緒に入った。